第六章 戦地での治療 二話
そんな身勝手な理由での戦場に駆り出される事になったトードたち。
船尾でトードたちが潮の匂いを嗅ぎながら、ギゼン国に憂鬱な気持ちで向かう頃。
「今の内にこいつでも吸いながら、酒でも飲んどけ。今回に限っておとがめなしだ」
カズイが落ち着いた様子で、トードとイムに酒瓶と煙草を差し出す。
不安な様子でそれを受け取るトード。
「……私は遠慮しとくわ。何も口にいれたくないの」
暗い面持ちで拒むイム。
「嫌いでも何でも構わない。戦場に出れば、嫌でも鉄と血と煙の臭いを嗅ぐことになる。こう言ったグレーな物でもたまらず恋しくなるぜ」
カズイの言う事は最もだった。
だれでも死地に足を踏み入れる前は、緊張と不安で精神がおかしくなる。
それを緩和させるため、煙草と酒が支給されるのだ。
トードはそれを理解していたため、普段は飲酒も喫煙もしないのだが、今回に限っては、無性に酒も煙草も欲しくて仕方なかった。
トードは酒瓶を開け、口に勢いよく含み飲み込むと、煙草に火を付け吸い始める。
ほとんどの生徒たちが同じことをしていた。
イムにそっと差し出したカズイは、煙草を吹かしながら、遠くを見つめる。
そして、緊張と不安に耐え切れなくなったイムは、獣のごとく酒を飲み、煙草を吸い始める。
「はあーー……ふうーー」
深く深呼吸する様に煙草を吸っていたトードとイムは、自分たちの脆さを痛感した。
普段なら絶対喫煙や酒にも手を出さないが、今回に限っては、緊張と不安を和らげるため致し方なかった。
殆どの医学生たちが話そうとしない。
誰もが無事に生きて帰ってくることを願う他ない。
ウイリーも居て、更に緊張感は増していた。
暫くして、遠くから爆音が聞こえてきたトードたちは急いで船首に向かい、目を見開く。
爆炎で煙が空を黒く覆う、その下には、ギゼン国があった。
人口がまだ二千少しのギゼン国。
グイリバナ国の敵兵が役、五百人余り。
ギゼン国の自衛隊は四百人余り。
均衡に近い戦力同士、雄たけびを上げながら、銃火器で応戦し合っていた。
それはまだ、島の奥の方での事で、まだトードたちが入り江には、誰も居ない。
最初から撃たれて死ぬ様な事は起きないと、事前にウイリーが口にし始める。
「ここ周辺は比較的安全地帯だ。だが忘れるな。貴様らは患者を治療すると言う宿命を背負わされた異端者だ。歓迎もされなければ必要ともされていない。そんな相手にどう対応し対処するか。死にたくなければ、生に執着しながら患者を救え!」
「「ウイッウイー!」」
目と鼻の先にギゼン国がある事を知るや否や、ウイリーが医学生たちに召集をかけ、激励の言葉を贈る。
トードたちはリラックスしていた事など忘却し、再び不安と緊張で押しつぶされる感覚を味わう羽目になる。
だが、こんな思いなど、まだまだ序の口だと言う事を、誰も予想していなかった。
ウイリー以外は。
「なあ、なあ。円陣掛けしようぜ」
「え? 円陣掛け?」
唐突にライアが口にすると無理やりトードとイム、カズイを集める。
「ほら、アッシュもネムイも」
「はあ? 何で俺がお前らのおままごとに、てっ、おい! 無理やり引きずるな!」
安保らしいと子馬鹿にしてくるアッシュの腕を組み、ライアは無理やり連れてくると、イムが「ほら、ネムイも」と無邪気に語りながら、あたふたするネムイを引っ張ってくる。
「ちょ、ちょっと⁉」
強引に連れてこられたアッシュとネムイは、どこか恥ずかしそうにしながら頬を赤らめる。
「んじゃ野郎ども。泣いても叫んでもこれがラストチャンスだ。死に物狂いで勝ち取ろうぜ。卒業証書を!」
「「おう!」」
ライアが気合の入った面持ちで男気ある言葉をかけると、トードたちは肩に手を伸ばし合いながら円陣を組み交わす中、ライアの思いに答え、自分たちを打ち震わせる。
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