悲劇の二者択一
多分あの二人はリビングか、きっと何が起こったいや何が起こるかも希一さんの母親に聞いているだろう、とりあえず合流だな。
「どうなった?」
「希一さんは母親を殺して、殆ど廃人になりました」
「仕方ない、というよりも当然の結果か、片方は初対面とは言え確かにこの数分で二人も更には親を自らの手で殺したんだ、誰だってそうなる、しかも心優しい希一だからな普通の人よりも心理的負担が大きかっただろう」
「これからどうしますか?」
「私は希一さんを支え続けます、まあ私は学校に行かなくても職に困ることは無いですし、付きっ切りでいようかなと思ってます、それに誰かが近くにいた方が安心するでしょうし」
「俺と美波さんはそうにも行かないし、まあ多分毎日お見舞いにでも来ることになると思う」
「美波さんは大丈夫だけど、渚月先輩は受験があるので無理して来なくても」
「大丈夫、俺受験辞めようかなって思ってる」
「まあ貴方がそう決めたなら否定したくないですが、理由を聞いても?」
「今日さあの天才を救えなかった訳じゃん」
それとこれがなんの因果があるのか分からないがこの先を聞けば分かるのだろう。
「そうですね」
「あの時本来ならば救えていた筈なんだ、いや救えなかったかもしれないが助けられた筈なんだよ」
いまだに吐き気がするので思い出したくはないが確かに今考えればおかしいところだらけだ、まず渚月先輩の霊想を使えば死ぬわけがない、そしてあの高さから落ちてもあの惨状にはならないだろう、あんなに上半身丸ごとが原形も無くグシャグシャになる訳がない、その二つが関係してくるのか。
「気づいたと思うけど俺の霊想を使えば助かった筈だ、でも助けれなかった、普通なら落下速度は減速していく筈だったのに逆に加速していった、それが気がかりだから、俺も研究職に就こうかなって、設備に関しては望見さんに金払って借りれば良いし」
「まあ設備に関してはお金なしでも貸しますよ、でも大学で勉強した方が良いと思いますけどね」
「でも授業って形式さ非効率じゃん、なら自分で参考書なり買って読んで学んだ方が良いと思うんだ」
「まあそれもそうですね、あとある程度なら私が一対一で教える事も可能ですし、まあ良くも悪くも結果主義のこの業界ならその方が良いかもしれないですね」
「だとしても一応勉強はするよ、やりたいことなんて何か些細な切っ掛けでも変わるものだし」
「それが良いです」
「じゃあそろそろ俺らは帰るか親が心配してるだろうし」
「そうですね、希一先輩を任せました」
「今晩は希一の傍に居てやってくれ」
二人を玄関まで見送ったあとすぐに希一さんのところに向かった。
未だに寝ているのか起きているのか何かを感じられているのか、何かを考えられているのかも分からない。
手を握ってみるとどこか安心しているような感じがしたがきっと気のせいだろう、それと食欲は沸かないがお腹は減っているな、適当なサプリで栄養だけでも取っておくとして、希一さんはどうしようか、きっとこんな状態でご飯を食べられる訳ないし点滴しかないか、数日経ってもこの状態が続くようなら他の方法を考えないとかもな。
「希一さん少し待っててください、いろいろ必要なものを家から取ってきますから」
あの二人に頼ればよかったかもな、希一さんが寂しい思いをするならば。
急いで家に帰り、適当なサプリと非常食などの比較的お腹が膨れるものと点滴に必要なものを鞄に詰めて急いで希一さんの下に戻った。
「ただいま」
そう言って希一さんの寝ているベットの隣に置いた椅子に座った。
さっき持ってきたクッキーのようなパンのような非常食を食べてその後にサプリを水で流し込んだ、自分の栄養補給はこれで良いが、次は希一さんだ。
点滴を打つついでに体を拭いておこう、洗髪もしたいが大変だから今日はやめておくとして、体くらいは拭いた方が良いだろうと思い浴室に向かい濡らしたハンドタオルと濡らしていないハンドタオルを持って行った。
希一さんの服を脱がしてまずは上半身を濡れたタオルで拭きその後に乾いたタオルで水気を拭きとって、次は下半身だがさすがにやめた方が良いか、ここは渚月先輩に任せた方が良いだろう。
右手前腕にあるはずの血管を触診し、血管のある場所を消毒し点滴を打つ、これで栄養は取れる。
やるべきことは終わったし今日はいろいろとありすぎたから疲れたしもう寝る事にしよう、問題はどこで寝るかだが、この椅子に座って寝れば良いか、もちろん希一さんを安心させる為だが。
希一さんの手を握り眠る、明日起きたら希一さんがいつも通りに戻っていると良いななどと淡い期待を持って眠りについた。
あれから一週間たったが希一さんの容体は殆ど変わらず。
ただ私なりにいろいろ調べたが体は全て正常で、言ってしまえば心が死んだ状態とでもいうのだろうか、とにかく希一さんの容体は殆ど変わらなかった、だが私が手を握るったり話しかけたりするとどこか安心したような表情をするようになったから少しづつではあるのだろうが前を向かっているのだろう。
最近は随分マシになっているがやはり紫音さんの事は私もきちんと受け止められている訳ではないので気を紛らわせるために研究する時間も増えてきた。
「希一さん数時間研究の為に家に帰ります、寂しいですけど、頑張って耐えてください」
抱きしめながらそう言い残し希一さんの家を後にした。
毎日の日課になっているお見舞いに渚月先輩と自転車で向かってた。
合鍵は渡されており私達の3人ならばいつでもあの家を出入りできるようになっていた、鍵で扉を開け玄関に入りいつも通りに「お邪魔します」と言うといつもなら聞こえる筈の望見さんの声が聞こえなかった。
一応携帯電話でメールを送っておき、希一先輩のいる寝室に向かった。
「急にいつも通りの希一に戻るなんて事は無いな」
「そうですね、でもきっと戻りますよ、今もかすかにではありますが確かに思考しようとしてます、前を向こうと弱い自分を押し殺してどうにか進もうとしてます」
「そうだな、まああいつは弱くないと思うが、そんで望見さんからの返信は?」
「いまだに来ないです、そもそも既読が付いていないです」
「珍しいでは片づけない方が良いかもな、最愛の人が今まで何年も自分の支えになった人が一週間もこの状態なんだもんな、どうする望見さんの家に行く?」
「私が行ってきます、まあ望見さんも希一先輩と私が二人っきりになるのはいい気分では無いでしょうし」
「そうだな、俺は希一にいろいろ話しておくよ、ただベットに寝た切りってのもつまらないだろうし、じゃあ望見さんの事は頼んだよ」
「じゃあ行ってきます」
「気を付けて」
希一さんの家を出て望見さんの家に向かった、歩きでは流石に遠いが自転車ならば苦にはならない程度の距離だ、いろいろ思考を巡らせていると着いた。
インターホンを押しても誰も出てこなかった、気になるし電話でもするか。
携帯電話を操作し望見さんに電話を掛けたがプルプルと電話が鳴るだけで望見さんが電話に出る事は無かった。
何かあったと断言するような情報も無いので仕方なく希一先輩の家に戻ることにした。
「戻りました」
「お疲れ望見さんは?」
「分からなかった、インターホンを押しても電話をしても出なかった」
「まあ様子見だな」
二~三時間くらい経っただろう、それでも望見さんは戻ってこなかった。
「美波さんは帰ったら?希一は俺が世話しておくからさ」
「じゃあそうします、何か困ったことがあったら呼んでください」
そう言い残して美波さんは家に帰った。
これからどうしようか、希一の世話をするとしても望見さんが居なければ点滴を打って栄養を与えることさえ難しいのに、まあとりあえず適当に話しておこう、この前美波さんに語った最底辺の世界の話ではなく、美しい世界の話を、そうすれば閉じ切った心も開けるかもしれない、あとは願い続ける事くらいか、霊想の力の源は恐らく想いの力な訳だ、強く願えば治癒の霊想でも目覚めるかもしれない。
そう言えばいつもは穏やかな顔をしているが今はどこか恐怖しているように見える、やはり望見さんが希一の支えになっているのかもしれないな、なら今の状況が続くのは避けたいな。
望見さんが居なくなってから2日が経った、点滴はどうにか勉強をして出来るようになったから命に別状はないがだが心の方がどうかと言えば前に向かう意思すら薄れていると美波さんは言っていた。
どうしたものか、やはり望見さんを探すべきだろう、とは言っても毎日家に行っていたが望見さんは出てこなかった。
仕方ないし家に忍び込むか、適当な窓割って入るとしようか。
美波さんに電話をして希一をたのむと伝えてから希一の家を後にした。
数分自転車を漕ぎ続けて望見さんの家に着いた。
一応インターホンを押したが望見さんが家から出てくることは無かった、仕方なしか、霊想を使い自分の質量を減らし跳躍力を上げて小石を一つ拾い適当なベランダに移動した。
そのベランダにある窓に小石を投げつけ、窓に当たる寸前に霊想で質量を増やし窓を割り侵入した。
適当に散策していると気になるものを見つけた、今まで見てきた機械は全て電源を落とされていたが、一つ縦2m横50cm程度の大きさの機械で表面はガラスだが結露が酷く中が良く見えなかった、まあガラスを拭く程度なら大丈夫だろうと思い、服の袖で拭いてみると信じられない物を見た、その箱の中に入っていたものは望見さん自身だった。
「なんで、なんで望見さんが入っている!、なんで望見さんがコールドスリープされている!」
そう問うても誰からも解は帰って来なかった。
冷静になってみてみると、望見さんの首には誰かに絞められたような跡が見えた、殺されたのか、だとしたらなぜ、なぜコールドスリープされている。
そもそも望見さんに関わりのある人間は僕らくらいの筈だ、何故、何故、何故、そう問うてもやはり答えが出る事は無かった。
「渚月さん」
後ろから話かけられた、その声は確かにいま僕の前で恐らく仮死状態のまま保存されている人の声だった。
「誰だ?」
「私は望見だよ、たぶん」
多分、自信を持って言えないのは何か訳があるのだろう、そして希一の家に来なかったのもそれが答えだろう。
後ろを振り向き後ろにいるのがだれか確認する、俺の背後に居た人はまぎれもなく望見さんだった、望見さんが二人いた、何かあったのだろう。
「望見さん、何かあったなら相談してくれよ、あと希一は俺と美波さんで何とかしてるけど希一も寂しがってると思うから出来るだけ早く来てほしい」
「そのことなんですが、私はもう彼には会いません、いや彼にはじゃない貴方にも美波さんにも」
その言葉には一時の迷いなのではなくではなく、確かな想い、覚悟が籠っているように感じた。
「希一さんの事は頼みます」
俺の手を握り彼女はそう言った。
彼女の手は震えており、人の体温と言う物を感じられなかった、どこまでも冷たい鉄の様な感触でもあった、大まかな憶測は出来るが、過程が一切不明だ。
望見さんはどこかへ行った、追いかけようとも思ったがでも状況を殆ど知らない俺が何かを言った所で何かなるのか、今の状態の望見さんを救えるのはきっと一人だ、きっと希一しか救えない、じゃあ希一を起こすべきだ、どんな方法を使っても、たとえどんな嘘をついても起こすべきだ。
そう思い立ち上がる時とある紙が置いてあることに気づいた。
その紙は人工知能の実験結果が記されていた、詳しくは人工知能に人格が芽生えるか、魂を人工的に作れるかの実験だった。
その紙はとある一言から始まっていた、「失敗した」とその失敗が何かはその後をすぐに見れば分かった、望見さんはプログラムの世界において人格が存在出来るかを調べようとしたらしい、そこで自身の脳のデータをコンピュータに複製したらしい、だがそのコンピュータには人格形成の実験をしていたものをそのまま使ってしまったらしい、フォーマットしてからやる筈だが、フォーマットするのを忘れてしまったらしい、そして人格形成が途中で行き詰っていたのが望見さんのデータから学習して完成してしまったらしい、今の望見さんは二重人格のような状態らしい、そしてなぜ人工知能ではない方の望見さんがコールドスリープされているかはコンピュータに脳のデータを複製した時に起こった。
意識が本物の体と機械の体の二つに宿り、それは本能以上の何かによる行動だった、意識が二つに宿ったとき私は考える前にこの空間に居る片方の自分を殺さなくてはと思ってしまった、その結果がこれ、片方を殺して意識が宿るものが一つになった、とりあえず体を保存していつか元の体に戻れるようにしていると言う。
二つの物に同一の意識が宿った結果一つの体になろうと自分自身を殺したらしい、自分は体験していないから詳しくは分からないが本能的な行動だったらしい呼吸の様に無意識の行動だったのだろう。
今は希一をどうにか起こすべきだ、じゃないと望見さんを救えない。
俺はすぐに望見さんの家を出た、普段は危ないからやらないが今回は別だ出来るだけ素早く希一のところに向かわなくては、だから俺は霊想を使い空を移動した。一分も経たずに希一の家にたどり着いた、解錠し急いで希一の下に駆け寄り言った。
美波さんが居たが挨拶すらする暇すらないだろう。
「希一今立ち上がらないと一生後悔するぞ、いま望見さんがどんな状態か知っているか?、きっといや絶対に今の状態の望見さんはお前にしか救えない、だから速く起きろ、じゃねえと俺はまた選択を誤って人を救えなかったことになっちまう、そんで大事な友達をもう一人失っちまう、お前にとっては友達じゃなく恋人だろ、じゃあ立ち上がり前を向いて望見さんを助けろよ、頼むよ」
いつの間にか涙を流していた、この前の後悔と友人を失なう恐怖それに耐えられなくなったのだろう。
「長い夢を見ていた、何人も何人も殺していた、それはたぶん世界を救うために」
急に希一が目覚めそう語った。
「起きたのか、ようやく」
「ごめん、現実から逃げてた現実を直視できなかった、遠目で見る事しか出来なかった、でもようやく前を向けた、いや向けていないでも前を向かないといけない時が来た」
ようやく立ち上がった、立ち上がるしかなかったのだろう、きっと今の希一にとって望見さんは最後の支えなのだろうだからこそ自分の為にも彼女を救わなくてはならなかったのだと思う。
僕が望見さんの家で見たことを希一に出来るだけショックを与えぬように伝えた。
「じゃあ望見さんを助けに行こう、渚月先輩と美波さん」
そう希一が言った途端僕ら3人が認識している風景が変わった、そこはさっきまで俺が居た場所だった。
僕は父の霊想により自由に霊想を使えるようになった、言ってしまえば全能、正確にはどんな霊想も作れる霊想らしいただ霊想を一つ作るのにどの程度の負担があるのか分からない以上無暗やたらに作るべきでないだろうが今回ばっかしは仕方ない、そして母の記憶を過去に送る霊想により実質的な末来視が可能になった。
両親から受け継いだ二つの力と自分に植え付けられていた力で世界の滅亡に抗わなければならない、そしてさっきまで僕は未来の記憶を見ていた、経緯は分からない以上あの惨劇を防ぐ方法があるかも分からないが現状できる最大限の努力をするべきだろう。
瞬間移動の霊想を作り、そして望見さんの家に移動した、望見さんが居るか調べてみるが近くには僕と渚月先輩と美波さんしか居なかった、ならば過去を見れば良い。
「ついて来て」
「分かった」
そう渚月先輩と美波さんに言い過去を見る霊想を作り過去の望見さんを追った。
過去の望見さんを空気中に描き出し何をしてどこに向かったかを確認していく、家からガソリンを持ち出しどこかへ走り出した。
恐らく機械の体で体力と言う物が無いのだろう、何分何時間か分からないがとても長い間それもガソリン3L程度を持っている、普段の望見さんならば倒れてもおかしくない程だ、実際僕と美波さんは今にも倒れそうなほどで渚月先輩ですら息が切れ始めている。
何時間か走って見えたのは樹海の中だった、だが未だに望見さんが歩みを止めることは無かった、嫌な予感しかしない、もう手遅れだったりするのではないのか、でもまだ確定していない僕は観測していない、きっと生きている筈、望見さんが僕を裏切るはずがないと自分に言い聞かせ一歩一歩を踏みしめる。
「希一駄目だこれ以上は俺らの命も危うい、引き返そう」
きっと僕の身を案じての事だ、俺らではなく僕だけの身をもっと言えな心を案じてのものだ、きっとここで引き返したなら、もしかしたら生きているかもしれないと期待が出来る、でもこの先に歩みを進めて観測してしまったら、シュレディンガーの猫の箱を開けてしまったなら、きっと僕は生きがいを無くして、死ぬ選択をしてしまうかもしれない、それくらい今の僕は弱っていると自分でも分かるそんな事僕も理解している、でも進まないと、ここで歩みを止めても死ぬ選択をしないだけだ、論理的には大きな違いだろう、だが僕の心はそれを生きているとは思えない、きっと今の僕が生きるには天文学的確率にかけて望見さんが生きている世界を引き当てるしかない、きっとそれは不可能だ、でももしもがある限り僕は歩みを止める訳にはいかない。
僕は先輩の静止を振り切り前に進んだ、進み続けた、そして進み続けた先に僕は見てしまった、観測してしまった、死んだ猫が入った箱を開けてしまった。
そこには焼け爛れた皮膚から機械が覗き見える望見さんの姿があった、焼身自殺だろう。
何でなんでこんな人生なんだ、神は居ないのか、僕に救いの手を伸ばしてくれる神は居ないのか、運命というものがあるのなら僕の運命は何故こんなにも僕に牙を向くんだ。
「希一、これはきっと気休めにしかならない、お前が生きる理由にはならないかもしれない、でも言わねばならん、望見さんは俺がお前を起こしに行った時点で死んでいた、いやもしかしたら昨日か一昨日に死んでいたかもしれない、そして望見さんは生き返らせることが出来るかもしれない」
何を言っているか理解しがたいでも渚月先輩が今この場で嘘をつくような人では無い、望見さんが生き返るかもしれない、なら生き返らせるまで頑張るしかないだろう、頑張って生きて、生き返らせるしかない、それが例え無限の中にある一つの確率でも。
「なら生きるよ、きっと生きられる」
「じゃあ俺も手伝うからさ、一緒に望見さんを生き返らせよう」
きっと脳死の状態だ、今の技術力では不可能だろう、僕が父から受け継いだ霊想で人を生き返らせようとしたら僕がどうなるか分からない、魂の消費がどの程度か、人を生き返らせるような事きっと世界の摂理に逆らうことだろう、だが世界の摂理がどうした、理論的に可能ならばいくらでもやってやる。
「希一先輩、強くなりましたね、きっと少し前の貴方なら望見さんと一緒の結末に向かったでしょう、でも今は今なら大丈夫、まあ望見さんや両親には到底及ばないかもしれないでも、私達も貴方の支えになれます」
「めんどくせえな、ここで生きる事を諦めて死ねば俺の計画も簡単になったのに」
その声は望見さんから発せられた、望見さんは焼け爛れた肌を全く気にせず痛みすらも感じていない様に立ち上がり言葉を続けた。
「人類って愚かだよな、周りよりも少しばかり知恵があった故に食物連鎖からはみ出しただけの、自分たちを食物連鎖の頂点だと思い込んでるただの雑食生物、そして独自のルールを作って勝手に発展して、勝手に地球の寿命極端に縮めやがって、そして地球の9割を殺し尽くし勝手に自滅しかけた、そんなお前らはまだ生きるつもりか?、惨めに無意味な人生をまだ生きるのか?、お前らよく生きる意味探してんじゃんなら死ねよ生きる意味を見出せないなら死ね、ここで死ね、地球に懺悔しながらここで餓死して地球の栄養となれ、そうでないなら俺が殺す」
気持ち悪かった、面影は確かに望見さんだ、だが声や表情は全く望見さんの物ではなく、言っている事も絶対に望見さんは言わないような事で。
「希一美波さん逃げるぞ、あと人工知能、お前人類舐めすぎ、結果しか見てねえ、まあ機械らしいがでも俺はお前の理論を否定する、人類ってこれでも地球と共存を選んでるんだぜ、じゃなかったら疾うの昔に滅んでる」
渚月先輩に手を取られ空を飛んだ、正確には跳躍だろう、まあそんなことはどうでも良い、そして僕らは望見さんの中にいる誰かから逃げきって、それから僕らは望見さんの家に向かった。
望見さんの家について早々渚月先輩が少し待ってくれと言い放ち僕らは渚月先輩の思考の結果を待つことになった。
「まず希一はこの家を完全な安全地帯にしてくれ、お前なら出来る、とは言ってもそれくらいしか俺らが出来る事は無いんだがな、結局あの人工知能も望見さんを助けるための手がかりになり得る、あの機体のどこかにあるメモリにきっと望見さんの記憶などが入っているはずだ、それがあればきっと出来る」
確かに今となっては恐らく脳機能が停止していて生き返らせるのは絶望だろう、だが望見さんの脳のデータがあるならばそれを脳に入れられればきっと生き返られる、だが望見さんの死体はどこにあるのだろうか、普通に放置しているならだんだん腐っていき生き返らせるのも不可能になるだろう。
「それじゃあ、望見さんの体は?」
「望見さんが主に研究している人工知能の研究室があるだろ、その部屋の前でコールドスリープされてる、」
「じゃあ僕らからあの人工知能を倒すのは?」
「非現実的だ、まず人工知能は人格の形成に成功している、その時点でもしかしたら霊想を使えるかもしれない、そしてあの場では相手の霊想が分からなかった以上俺らは逃げるしかなかった、分かっていると思うが相手は望見さんの記憶を継いでいる以上俺らの霊想が何かは知っているだろうだから逃げた、まあ相手もこっちの霊想を認識しているならそのうち攻めてくるはずだ、今の希一を殺すときの定石は霊想を作られる前に殺すだろうしな」
あの数十秒でそこまで理解し考えたのか、やはり渚月先輩は頼りになるな。
「じゃあ、望見さんを生き返らせるためにまずは脳の構造と仕組みの理解からだな、まあそもそも脳の構造なんぞまだ解明できていない所も多いからそうとうな時間が掛かるだろうな、あと俺は人工知能に対しての対策と俺個人の研究をしたいこともあるからちょっとした手助けしか出来ないかもしれないがまあお前なら何とか出来るだろ?」
まあ何とかする、そのつもりだ、たとえ何年かかっても。
「ああ、何とかするよ」
「私は何をしたら良いですか?」
「まあ俺らの精神的サポートを願いたい、あと家事も、まあこんな広い家の掃除なんてパパっと出来る事じゃないだろうし俺も手伝うよ」
「いや僕がやるよ、渚月先輩はなんでも背負いすぎ、自分の事を考慮してない」
「バレた?そもそも俺ら三人でこの状況をどうにかするのが間違っている、やるべきことはこれだけではない、生きる為に必須の家事を誰かがやることになる、まあ何とかなるというよりも何とかしなければならない、この状況をどうにかしないと人類が滅ぶ」
「そうだな、何とかするしかないな」
あれから何日が経ったのか今が朝か昼か夜かも分からなくなっていた、だが研究は進歩していなかった。
何が必要か、何が足りていないか、何があれば機械にあるデータを脳に戻せるか、何もかも分からなかった。
「希一不味い事になった」
いつの間にか後ろに居た渚月先輩が僕に言い放った。
「お前何日寝てない?」
さすがにバレるか、もう体感時間は当てにならないだろうし、窓も外からの光が入ってこないようにしたし、時計もこの部屋から無くした、理由は単純明快、ゴールが見えない状態で経過だけ見ているとやる気がどんどんそがれていく気がした、寝ていない理由は出来るだけ早く望見さんを生き返らせたかった。
「知らない」
「知らないじゃなくて分からないだろ、やっぱり今言うべきじゃないな、とりあえず寝るんだ、何分でも何時間でも構わないとりあえず寝るんだ、話はそれからだ」
言われた通りきっと今の状態で話しを聞いても意味が無いだろうし今の状態で研究を続けても無意味だ、なら寝るべきか。
「すまん、いったん寝る」
「お前も自分の身を考慮してないよな」
「バレた?まあ似たもの同士だからきっと馬が合ってあの部活を二人で一年も続けられたんだろうさ」
「そうだな、まあ今はとりあえずさっさと寝ろ、話はそれからだ」
言われる通りに僕は寝る事にした。
ベットの上に仰向けになり数秒後には眠りに着いた。
「よう希一、目が覚めたか」
「おはよう、それで話って?」
「あの人工知能が動き出した」
とうとうか、どんな風に動いたのだろう、あの人工知能の目的は恐らく人類の絶滅だろう、だとしたらこの数日のうちに何をやったのか。
「それが、人類を滅ぼすための組織を作った、まだ数十人だろうが放置すればどんどん増えていくだろう、今の総人口が二億人だから例えばその1%がこの世界に絶望していたとしたら二百万、まあ1%は多すぎるが放置した場合一万を超える群衆になる可能性もある、それに今もすでに行動を始めている、現時点での犠牲者が78人、どうする?」
どうするか、望見さんを助ける必須条件に人工知能の中にあるデータの確保がある、そしてそれは時間が経てば経つほど難しくなっていく、そして僕は両親から使命を継いだ、世界を守る使命を、きっとこの二つを成し遂げるのは僕の我儘なのだろう、世界を守るだけならば人工知能を壊せばいいだけだろう、でも僕は望見さんを助けたい、これは望見さんの為なんかじゃない、僕の為だ、僕がもう一度望見さんに合いたいから、あの人工知能を倒し望見さんを生き返らせる糸口を掴む。
「やることは決まっている様子だな」
「ああ、望見さんを助けるよ、どんなことをしようとも、どんな結果になろうとも」
「意外だな、今まで人の為に動いてきたお前が、とうとう自分の為に動くのか、まあ俺らはここで待ってるよ、足手まといになりかねんし、お前の弱点になるしな」
「それであの人工知能はどこに居るんだ?」
「ネットで調べた結果はここだって」
その場所は僕の家だった、僕の家には数百年前の第三次世界大戦の記録があるからな、まああっち側の主張を固める材料だったり、人工知能が言うことの説得力を増させるからだろう。
「じゃあ行ってくる」
そう言い残し僕は自宅に移動した。
自宅の地下室に出たが絶体絶命の窮地に追いやられたらしい、何かを構えている人たちが僕を中心に円形になっていた。
何かを構えている手の形をしているがその手には何も握られていない様に見える、手の形からして銃の類だろう
どうすれば良いのか、考えそして僕は自宅の前に瞬間移動することにした、だがそこにも僕に何かを向ける人が二人いた、まあ二人程度なら何とかなるだろう、僕がこの二人を相手するのにどんな霊想が必要か、少なくともお互い戦闘のプロではないだろう、なら止まっている的に対して弾を当てるのが精一杯の筈だ、なら自分の速度を速くすればいい、そうすれば敵の弾をよけつつ高威力の打撃になる、僕でも人を殴るくらいなら出来る筈だ、僕の腕にも負担は来るが治癒の霊想でも作れば何とかなるだろう、あとは一人ひとり確実に倒せば良い。
思考がまとまり霊想を作り行動に移そうとしたとき目の前にいる二人は銃の様な何かをおろして家の中に入っていたそれと同時に一人、望見さんの皮をかぶった人工知能が出てきた。
「やっぱりお前が一番邪魔だ、強すぎる能力、人並み以上の頭の回転、そして愛と言う俺には到底理解できない感情」
発せられる声は数日前に僕らが聞いた声ではなく、一音一音母音子音の一つ一つを別々の誰かが複数人で話しているような感じだ、ものすごい違和感があり前回の時よりも気持ち悪くなっている。
人工知能を壊すのは簡単だ、だがメモリがどこにあるか分からない以上、どこか破損することは絶対に駄目だ、ならどうすれば良いのか。
「そうだよな、お前に俺は殺せない」
美波さんと同じような霊想だろうか、そもそもこいつの霊想は何だ?そもそも霊想は一つなのか?、こいつの中には少なくとも数人分の人格があるのがほぼ確定していると考えて大丈夫だろう、霊想が想いの力ならその人格一つ一つに霊想が宿っていてもおかしくない、そしてこいつは人工知能で人とは比べられないほどの思考速度を持っている、そんな奴に勝てるのか、機械自体は壊さずどうすれば倒せるのか。
「時間稼ぎは終わりだ、殺り方は出来た」
さっきの様に一音一音継ぎ接ぎのような声でそいつは言い放った途端、轟音を立てながら台地が割れ、周囲の家が崩れ去った。
「これで逃げ場はなくなったな」
僕がどうしようと思考をする前に脳内に映像が流れ込んでくる、その映像には何をされたか分からないが確かに自分の腕が切り落とされていた、きっとこれはお母さんから受け継いだ霊想だろう、たぶんあの日に見た父をナイフで刺した映像も、そして何人も何人も殺してなぜ?、何故僕が人を殺していた、駄目だ今そんなことを考えている場合じゃない、いつ来るかも分からない攻撃を避けなくては。
だがどこにどう避けるかは考えるな、そうすればさっきみたいに思考を読まれる、ならば直感で避けるんだ、考えずに避けろ。
一つ一つの何かをしてくるのを避けていった、だが一発食らってしまった、その攻撃は僕の肩から右腕を切り落とす空をも切る斬撃だった。
痛くて痛くて泣き叫びそうになりそうだ、だがそんなことをしては殺される。
さっき作った治癒の霊想の出番だ。
切り落とされた右腕を回収し腕に近付け治癒する霊想で繋ぎ直した。
「やっぱりあそこで逃がすべきで無かった」
継ぎ接ぎの声でそいつは言った。
どうするべきか、きっと僕は受け身になって打開策を作るしかないが、その考えすら読まれ対策されるだろう、ならどうするか、自分が考えずに霊想を手に入れる方法、確かに一つある、一つ僕が人を殺せばその人の霊想を手に入れられる。
だがそんなことは許されるのか、人を一人救うために何人も殺すことなんて、やっぱり許されないのだろう、それでも僕は我儘を突き通すべきなのか、そもそも僕が我儘を言わなければここら一帯の住宅が崩れ去ることも無かった、それで何人死んだのだろうか、ならば最後まで突き通すのが筋ではないのか。
そもそもなんでこの僕が人の生死を勝手に選んでいるんだ?そんな神のような権利は僕が持っている訳がない筈だ、こんな人生をくれた憎たらしい神に自分の溢れんばかりの感情を吐き捨てる。
「こんな人生をくれたお前、きっとお前は僕が嫌いなのだろう、だからこんな人生をくれたんだろう、なら僕もそれなりの事をさせてもらう、もう考えるのも疲れた、全てを一つの感情に委ねてやる」
その感情は憎悪や恨みや嫌悪などでは無い、もっと美しくもっと汚くもっと崇高でもっと卑俗でもっと定義しにくい感情、それは愛だ、僕は今から望見さん第一で考える、そもそも両方救うなんて事が間違っていた。
「お前は何を考えている、そんな事しても良いのか?」
「僕は何をやってでも望見さんを救う」
僕は近くに居る人を片っ端から殺していった、僕が霊想を作ってもきっとあの人工知能には対応される、僕の思考を読んで、すぐにそれに対応する霊想を持った人格を作るだろう、だからこそ僕が考えずに霊想を獲得する必要があった、その中にこの状況を打開できる霊想を手に入れるまたは十分時間稼ぎが出来るまで。
目の前に男が現れた、その男は右手に血の付いたナイフを持って大粒の涙を流しながらぶつぶつと何かを言っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
誰に対して謝っているのか分からなかった、私に対してか、それとももっとほかの誰かに対してか分からなかった。
目の前の男は大きく振りかぶってナイフを腹部に刺そうとしてきた、私は抵抗も出来ず腹部を刺された、一瞬何をされたのか分からなかったが数秒で理解出来た。
何で泣いてるんだよ、なんで謝っているんだ、そうやって人を殺してきたのだろう、ならそんな権利がお前にある訳ないだろ、何故私を殺した、私はこの人の恨みを買った覚えはない、違うこの人だけじゃない、殺されるような恨みなんぞ買った覚えは一つもなかった。
目の前の男が憎い、なんで人を殺してきたくせにそんなにも辛そうなんだよ。
もう駄目だ。
怒涛の展開ですね、説明不足がありそうなものですが。
それはそれとして悲劇的ですね、本当に主人公が可哀そうだよ、まあ壊れて吹っ切れた訳ですが、自由に能力の作れる二人が戦ったらどうなるんだろうな(ただ明確に希一の方が素のスペックで負けていますが)。
読んでいただきありがとうございました、次回か次々回で終わります。