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天才と天才

「渚月先輩、実験台になってください」

「良いよ」

 渚月先輩は二つ返事で内容も聞いていない実験の被験者になった、どういう思考してるんだ。

「希一さんも来てくださいね」

 この後何か用事がある訳ではないので了承した。

「渚月先輩っていつあの幽霊に気づいたんですか?」

「あー、授業サボって図書室にいたら出会った、あの幽霊も驚いていたから俺が初めてだと思う、幽霊と出会ったのは」

 じゃあここ数日であの幽霊が皆み見えるようになった訳だ、原因があるはずだが考えて分かるほど知力も知識も持ち合わせていないので考える必要はないだろう。

「じゃあ渚月先輩はこのヘッドホンのようなものを付けてください」

「分かった」

 数十秒で読み込みは終わった、解析に一時間程度かかるから明日かな結果を見るのは。

「渚月先輩の霊想ってなんでしたっけ?」

「俺のは質量操作だ、例えばそこに椅子があるだろ、これに僕の霊想を使えば」

 渚月先輩はその椅子を持ち上げ振りかぶり窓へと投げた。

 普通ならば窓が割れ、椅子が宙を舞いもしかすると外で歩いてる人に当たれば死人だって出るだろう、だがその椅子は窓を反射して床に落ちるだけだった、それも椅子とは思えないほどの落下速度で。

「便利だけど、危険な能力ですね、下手を打てば世界が終わる、まあ渚月先輩の事だから大丈夫だとは思いますが」

「割と信頼されてるのな」

「だってそもそも、良い人じゃないとこんな部活入らないでしょう」

「それもそうだな、大体予想出来てるが何の実験だ?」

「言ってなかったですね、霊想を調べる装置がちゃんと機能するかです、希一さんではなぜか失敗したので何がダメだったのか調べるための資料が欲しい、ちなみにこれをやった次の日希一さんは頭痛に襲われました」

「大丈夫なんだろうな、俺に使ったということは」

 僕の頭痛がその機械を原因として起こった事なのかが分からないがまあ望見さんの事だからきっと大丈夫なのだろう。

「一応調べましたが頭痛を起こすような物はありませんでした、まあ渚月先輩に頭痛が出たら何か私に気づけない原因があるんでしょう、そうなったら原因が分かるまで、その原因が改善されるまでは漬物石にでもしますよ」

「何かあったら自己判断で病院に行ってください、じゃあ帰りますか」

 いろいろあった一日だったが故だろう、今日はあっという間に過ぎ去っていった。

「じゃあ俺はお先に、邪魔しちゃ悪いし」

 僕が催眠に掛かっていた間にどんな会話をしていたのか分からないがきっと付き合っている事を知っているのだろう。

「じゃあ望見さん、一緒に帰ろうか」

「あの、今日は私の家に泊まってくれませんか?」

 断る理由もない、きっと親は了承してくれる。

「良いよ」

「じゃあ行きましょう」

 そう言い望見さんは僕手を握った、僕は手を引かれるままに歩き数十分歩いたら望見さんの家に着いた、その家は豪邸と言っても差し支えないような家だった。

「じゃあ入りますか」

 望見さんがドアを開けた、解錠している様子はなかったが、もしかして鍵をかけていなかったりするのだろうか、それなら心配だ。

「鍵とかはかけてないの?」

「あー、指紋認証です、ドアノブの裏側に指紋認証の機械を埋め込んでドアノブに私が手を掛けたら勝手に開く仕組みです」

 なら大丈夫か、さすがに防犯くらいしているか、それよりも凄いな、埋め込んだと言ってるあたり自作だろうきっと。

「じゃあ入ってください」

「お邪魔します」

 玄関に靴を並べ、家にお邪魔する。

「ごはんにしますか?」

「おなかも減ったしそうしよう」

「じゃあリビング行きましょう」

 望見さんが僕をリビングまで誘導した、廊下を歩いてみると以外にも部屋の数は少なかった、だがその分部屋は広く、ドアについている窓からのぞいたら何に使うか分からないような機械ばかりだった。

「気になりますか?」

「いや、僕は説明されても数割理解するのが関の山だから」

「残念、科学って楽しいですよ」

「それは知ってる、今まで学校で何を学んできたと思ってるの?」

「それもそうですね、まあ私は学校の授業は退屈でしたよ」

 天才故の悩みだろう、僕には一生かけてもわからない景色だろう、だがゆくゆくはその苦悩を理解し共感できるようにしたいところだ、望見さんのために。

「人工的に人格もしくは意識を作ることは出来ると思いますか?これが今私が研究している事ですが」

 人格を人工的に、僕にはわからないな、だが望見さんならばできるのではないのか、世紀の大発見をした彼女ならばできるのではないと思う。

「できるんじゃないかな、何か確信するものがある訳ではないけど」

「じゃあ頑張ります」

 そんな会話をしているうちにリビングに着いた。

「そこの椅子に座って待っていてください、温めてきます」

「何を温めるの?」

「弁当ですよ、コンビニ弁当」

 そう言えばこの前弁当食べたときに料理は苦手と言っていたな、もしや毎日コンビニ弁当食べているのか、健康的によろしくないな。

「ここら辺スーパーあったよね」

「数分歩いたところにあります」

 自分の持ち金を確認したら晩御飯を作るだけの金は十分にあった。

「行くか」

「なんでですか?弁当を温めた方が効率的です」

「言い訳はそれだけだな、行くぞ」

 望見さんは頭が良いから食事にはバランスが必要なのは知っているだろうに。

「何年間この生活を?」

「五年くらい?」

「よくその体形維持出来たね」

「頑張りました、研究室の一室をジムに改造するくらいには」

「それなら料理の練習した方が楽なんじゃ」

「本当に出来ないんですよ」

 本当に出来ないのだろう、仕方ない僕が毎日作りに来るとしようか。

「毎日ご飯作りに来るから、とりあえず行こうか」

「ありがとうございます」


 二人で晩御飯になるカレーと朝ごはんの具材と僕の着替えを買いに行って帰った。

「望見さんでもカレーなら作れるでしょ、食材切って、ルーを一緒に煮込むだけだし」

「それが、なんだろうね、一種の呪いのような感じで、本当に出来ないです」

「そこまで言うなら本当に無理なんだね、まあいいや今日からは僕が君の食べる物を作るから」

「お願いします、なんか夫婦みたいですね」

「そうだね、まあこのままいけばきっと」

「そうですね、まあ私はこの想いを無くす気はありませんが」

「まあ僕も無くす気は無いよ、いつまでも想い続けるよ」

「それはうれしいな、きっと未来の私も幸せだな」

 雑談している間にカレーが出来上がった。

「出来たよ、カレー」

「お米はあと十分で炊き上がります」

 時間が出来たわけだ、そういえばと言うかなぜ知らないかが分からないが、望見さんの発見したものを僕は知らなかった、適当に聞いてみるとしよう。

「そういえば、望見さんって世紀の大発見をしたわけだけどそれって何だったの?」

「魂を発見しました」

「魂かやっぱり望見さんは凄いね」

「そんなこと無いです、私が魂を発見できたのは今まで何年も何十年も何百年もかけて謎の解明の為に思考と行動あってこその結果です、今まで人生のどん底の中私のような実験をし続けたような真の科学者が居た筈です、その人たちに比べれば私なんて、霊想に恵まれたから」

 望見さんの霊想って何だったか覚えていないが

「望見さんの霊想って聞いたっけ?」

「いや、話してなかった気がします、まあ隠すようなことでもないので言いますか、私の霊想は読んだ文章についてあらゆる事が分かるというものです」

 きっとその霊想を使って幼いながらも科学に向き合い、人類の大きな一歩を作ったのだろう。

「どんな人が書いたのか、どんな経緯で書かれたのか、どんな意味を含んでいるのか、そのすべてが分かるんです」

 凄い能力だ、たとえ知らない言葉でも分かるのだろう、ならば僕の家にある本もすべて読むことができるのだろうか。

「Do you know this language?」

 何を言っているのか分からない、何か意図した言葉とはわかるがそれでも意味は全く分からない。

「何を言ったの?」

「この言語を知っていますかと聞きました、まあ知ってるはずもないのですが、私が霊想で知った失われた言語です、他にも数十種類はありました。ご飯炊き終わりましたね」

 失われた言語、少なくとも僕は一度も聞いたことが無いし見たことも無いな、そんな物があったことに驚きはあるが望見さんを疑う訳じゃないが半信半疑だ、僕の持ちうる常識や固定観念ではありえない存在を受け止められないのだろう。

「じゃあ食べるか」

 それにしても気になる、失われた言語か、言葉が失われることは少なくないだろうが言語そのものが失われるのはなかなか無いだろうに、それが何十種類も、過去に何があったのか、今の世界にそれが周知されていない理由は何なのか、僕の両親とは切っても切り離せないような何かがある、そんな予感がする。

「はい先輩」

 そう言いながら僕の前にカレーライスとスプーンを出してくれた。

「ありがとう」

「これくらいしか出来ないので、料理はすべて任せていた訳で」

「僕が居る限りは僕のしてあげられることはなんでもするよ」

「じゃあ私もそうするので何かあったら溜め込まず私に吐き出してください」

「そうするよ、何か困ったら言うし、何も困っていなくても言う、それだけの時間はあるはずだし」

「そうですね、私もそうする、もう敬語やめて良いよね、今は対等な恋人の立場だし」

「もとより僕は気にしてないよ、あれ僕って敬語外して良いって言わなかった?」

「ちょっとまって」

 望見さんが数秒考えて答えを導きだした。

「敬語外した方が話しやすいって言ってた、なんで敬語だったんだろう」

 意外に抜けているところあるんだな。

「まあ良いんじゃない、過去なんて自分の積み重ね以外気にしても意味ないし」

「そうですね、過去よりも未来よりも今を見ます、今の私達を見ます」

「じゃあ今聞きたいことだけど、僕の作ったカレーは美味しい?」

 いつも通り作れていればきっと普通に美味しいくらいの出来になっているだろうが少し心配だ、慣れない環境ではある訳だし。

「美味しいよ、コンビニの弁当の何倍も」

 嬉しいものだな、好きな人に作ったものを褒められるのは。

「希一さん、相互理解を深めよう、今のままではお互いにお互いの事を知っているとは言えないから」

 確かに僕は望見さんの趣味すら知らない。

「じゃあ望見さんの好きな動物は?」

「私の好きな動物か、既に本物を見る事は出来ませんがカモノハシと言う動物かな、カモノハシって哺乳類なのに卵を産んだりするらしい、なんかロマンとでも言うのかなそういう物を感じてわくわくしてとっても素敵な動物だとおもってる」

 カモノハシというのは聞いたことが無いが話を聞く限り確かに興味深い動物だ。

「面白いね、哺乳類なのに卵を産むなんて、どのような姿を取っていたのか想像出来ないな」

「写真なら見る事が出来ますよ、インターネットにデータが残っていた」

 この国は何を隠しているのだろうか、昨日僕の両親の事を望見さんから聞くまでは疑いすらしなかった、今は国が何を隠しているのかどんな秘密を抱えているのか、どんな過去を辿っていたのか、疑問が無数に浮かび上がる。

「希一さんは何が好きですか?」

 僕が好きな動物かなにだろう、犬や猫の姿は可愛いと思うし、鳥の自由さは羨ましいと思う、鮪や牛は美味しいと思う、蝶や鶴は美しいと思う、そんな僕の好きな動物はなにだろう。

「レッサーパンダかな、可愛いし」

 結局一番かわいい動物を選んだ。

「可愛いよね、レッサーパンダ」

「じゃあ次は私から、私の何処が好きですか?」

 どこが好きかと聞かれたがすぐに答えることは出来なかった。

「私はすぐに答えられますよ」

 僕には無理だった、どこが好きかと聞かれるとなかなか出てこなかった、どこかに特定するから難しいのか、それともやはり望見さんへの気持ちはあのピアノの少女が作ったまがい物なのかどちらだろう。

「私は希一さんのすべてが好きです、いや好きでは足りないくらい愛とでもいうのかな、貴方のどんなところでも愛す自身があります、もはや希一さんと言う概念を愛しているのかもしれません」

 彼女の言葉を聞くたびにどんどん彼女の事を意識していく、この感情が好きと言う物なのかもな。

「希一さんはどうですか?」

 ここで嘘をつく必要はないだろう、いや嘘をつかない方が僕らの為になるのだろう。

「僕は僕の気持ちが分からない、きっと今持っている感情は好きまたは愛なんだろう、でもそれに確証を持てない」

「確証なんて私だって持てないよ、そう思っていると思い込めばそうなる、それを疑った時がきっと関係の終わりだよ、そして私たちの恋はまだ始まっていない、貴方が始まる前に疑っていたからきっと始まっていないです」

 そう思えばそうなるか、プラシーボ効果と似たような物だろう、僕も好きだと愛していると思い込むとこから始めるとしよう、自分に嘘をついて真実にしよう。

「そんなものか」

「人間の心なんてそんなものだよ」

 そんな話をしていると二人ともカレーを食べ終わっていた。

「じゃあ二人の想いも語れたところでお風呂に入ろうか」

 急に話が飛躍した。

「なんで」

「なんでって言われても、一緒に入りたいからとしか」

「そうか、お風呂か」

「私と一緒に入りましょう、私って一般的な家族というのを知らないんです、だからお願いします」

「分かった入るか」

 理由が理由なのでなかなか断れないな。

「じゃあ行こうか、お風呂場に」

 リビングからお風呂場に案内された。

「ここがお風呂です」

 スパー銭湯といっても差し支えないほどに広かった。

「やっぱり広いね」

「まあお風呂や寝室はこだったからね」

 布団やお風呂は体の休まるところだ、その質を良くしたら人生の効率が良くなると言っても過言ではないだろう、だからこそその二つはこだわっているのだろう。

「さっさと入りましょ」

 望見さんは恥じらいもなさそうに服を脱ぎ始めた、いっそ流れに任せた方が僕も楽だろう。

 流れに任せるままに脱衣しお風呂場に入った。

「背中流そうか?」

 望見さんからの提案は基本望見さんがやりたいことだろう、なら断らないのが正解だろう。

「じゃあ頼もうかな、僕も後で望見さんの背中流すよ」

 極力気にしない様に意識をそらそうとはするがどうしても意識を逸らそうと思えば思うほどに意識を逸らすことが困難になっていく。

「緊張してる?」

「うんがっつり」

「まあ私もなので、我慢して」

 僕からは恥じらいが無いように見えていたが上手く隠していたようだ。

「じゃあ背中流しますね」

 おぼろガーゼタオルだったかおぼろタオルが背中に押し付け擦られ背中の汚れが落とされていく。

「希一さんの背中小さいですね、可愛らしいほどに小さい、だけど頼りになる背中です」

「ありがとう」

 僕がお礼を言ったすぐ後に僕は望見さんの腕に包まれていた。

 僕を包む腕や体はやや震えており恐怖の感情が僕にも伝わってきた。

「希一さん、私を守ってください、今まで守られなかった分それくらいの我儘いいよね、それくらいの我儘でも希一さんなら許してくれるよね」

 望見さんは泣いていた、震えた声で僕に言ってくれた、吐き出してくれた、それなら僕が助けられる、支えられる、何をしたらいいか察すこともできるだが限度がある、だから言ってくれたのはありがたい。

「よく言ってくれた、きっと僕が助ける」

「しばらくこの状態で良いよね、しばらくの間甘えても良いよね」

 きっと安心したいのだろう、今まで何をするにも親しい人はいなかった、どれだけ親に甘えたくても不可能だったのだろう。

「しばらくと言わずにずっと甘えてもずっとこの状態でも良いよ、望見さんの気が済むまで」

 望見さんはいつ壊れてしまってもおかしくない状態だと思えた、今まで一人で生きてきた、親しい人もほとんど居ない状態で生きてきたのだろう、僕なら耐えられないだろう、きっと望見さんも耐えられていない、だから今感情の波で理性が決壊したのだろう。

「ありがとう」

 十分程度経った頃に望見さんは泣き止んだ。

「ありがとうございました、湯冷めしてしまうといけないから早く体を洗ってお風呂に入ろうか」

「そうだね」

 二人が体を洗い終わりお風呂に入る準備がようやく出来た。

「入りますか」

 二人同時に湯船に使った。

「気持ちいいね」

「だな」

 体にたまっていた疲れを足先から頭まで取り除かれるような気持ちよさだ。

「今晩は何しますか?」

「望見さんは何がしたい?」

 少し間が開いた後望見さんが答えた。

「キスしたいです、別にキスに特定する必要は無いですが、取り合えずカップルらしいこととでも言うのかな?そういったことをしたいです」

 カップルらしい事、例えばキス、例えばデート、例えば、例えば、駄目だこれくらいしか出てこない、もう少し一般教養付けるべきか。

 今日付き合ってから僕らは恋人らしい事を一切してなかった。

「希一さんはどっちが良い?攻めか受けか」

 どちらかと言えば受けだろ、いつどの様にに攻めれば良いのか分からない。

「受けじゃないかな」

「じゃあ私たちの相性は完璧な訳だ」

 望見さんは攻める方が好きなのだろう。そんな事を考えていると唐突に望見さんが抱きついてきて口付けをしてきた。

 思考がまとまらずあたふたしている間に望見さんは口付けと抱きしめるのをやめており、すこし喪失感の様な感情が起こった。

「じゃあ私はそろそろ上がるよ、のぼせそうだし」

「僕も出るよ」

 二人風呂を出て僕は体を拭いて髪も乾かすのにさほど時間を要さなかったが望見さんはどうしても長い髪を乾かすの時間が掛かっていた。

「手伝おうか?」

「お願いしようかな」

 自分の使っていたドライヤーで望見さんがまだ乾かしていない髪を丁寧に優しく乾かしていった。

「ありがとう、おかげでいつもより早く乾かし終わったよ」

 やるべきことは終わった後は寝るまでの暇つぶしだろう。

「今から何やる?」

「少し調べたいことがあるからついて来て」

 またさっきの頭痛だ、どうにか心配させないために平然を装おう。

 何とか収まったと同時にまた脳内に映像が流れ込んでくる。

 僕が何人かと死闘を繰り広げていた、相手は何かを持っているが何も見えない、確かに何かを握っている、言ってしまえば無を持って、無を武器に僕と死闘を繰り広げていた。

 何を意味しているのか、考えても分からなかった。

「希一さん、また来ましたか?」

「いや大丈夫」

「なら良いけど、本当に駄目だったら根を上げてくださいね、そうしたら私は助けられるし寄り添えます」

 きっと気づいている、きっと隠せていない、でも望見さんは何も言ってくれなかった、全部僕が大丈夫な振りをすると気づいているからだろう、僕の欺けない嘘で欺かれたという嘘をついてくれているのだろう。

「じゃあパソコンを置いてる部屋に行こう」

 案内されるがままに向かった先は望見さんの自室だった、完全な趣味の部屋だった。

「何でこの部屋に?」

「調べものが終わった後にゲームしたりするかなと思って」

「なるほど、それで何を調べるの?」

「今日の昼頃に天才ピアニストいたじゃん、あの子について私の同じ学校に認められた天才、なのに私は知らなかったから」

 確かに天才なのに僕も望見さんも知らなかった、天才ならば記憶の片隅にでもあっても良いのに、少なくとも僕の記憶には無かった。

 望見さんが調べ始めてから数分経った。

「見つかりました、名前が太田紫音で18歳、実績は地域で賞を取ってる程度」

 地域で賞を取っている程度で天才とは言えないだろう、何か隠されているのか、ただ素人目で見ても分かったあの実力、天才ってのは素人目で見ても明らかな実力を有するのだろうか。

「まあこんなもんでいいかな、何やる?」

  周りを見渡す限り僕の知っているゲーム機はすべてあるし、僕の知らないゲーム機もそこそこの数ある、それにボードゲームもなかなかの数がある、それ以外ならば小説や映画の円盤など今ならスマートフォン一つで質量も面積も持たないデータとして保存できるでも実物を置いているのはそれが好きだからなのだろう。

「じゃあそこに置いてあるバックギャモンだっけ?あれやりたい」

 そんなにやったことは無いが面白かったと記憶している。

「なんかひねくれてるって言われない?」

 まあ普通なら将棋だのチェスだのオセロを選ぶだろう。

「やりたい気分だから仕方ないじゃないか」

「そうですね、じゃあやりましょうか」

 二人零和有限確定完全情報ゲームとかアブストラクトゲームとか言われる運要素の介入の余地が無いゲームならば勝ち目はほとんどないだろう、だがバックギャモンはコマを動かす際にサイコロを振る性質上運ゲーである、ならば勝てる可能性も多少なりとも存在する。

 賽が投げられバックギャモンが始まった。

 序盤はどれだけ邪魔しながら上がる準備をするかが勝負だと僕は思っているが、どうなのだろうか、定石なんて調べた事が無いからな。

「じゃあ私先行で」

 賽の結果で望見さんが先行になった。

 その後は特に目立った事もなく普通に盤面が動いて行った

 負けた、序盤中盤終盤気を抜いたつもりは無いが惨敗した、サイコロが上振れも下振れもしたとは思えない、要するに戦術で負け戦略で負け、実力で完敗した。

「人とやるの楽しいね」

 憶測にしか過ぎないがきっと今までは最善手しか打たないNPC要するにAIばかりと戦っていたのだろう。

「次何やる?」

 今回のバックギャモンで分かった、運ゲーじゃなければ勝てない。

「ヨットできる?」

 ヨットならば一応チョイスとかいつどの役を切るかは実力も介入するがまあそれくらいなら僕でも出来る。

「まあサイコロならあるし紙も書くものもあるしできるよ」

「じゃあやろう」

「じゃあさっき望見さんが勝ったし望見さんが先行で」

 結果はまたも惨敗だった、理由は単純明快Sストレートとヨットを狙いすぎた。浪漫砲って良いよな。

 それから何度もゲームを変えながらも挑戦したが僕が勝つことは無かった。

「そろそろ寝ない?」

 負け続けていてきっと勝ち目はないのだろう、何十回やってなおも勝てなかったから、そろそろ辞め時だろう。

「そうするか、いつか必ず勝つから」

「私はいつまでも負けないですけどね」

 僕は思っている以上に負けず嫌いだったし、望見さんも僕の思っている以上に勝利に貪欲だった、僕らの関係が続く限り僕が挑戦者として、そのうちには応戦者として勝負をし続けるだろうな。

「こっちです」

 今の部屋の隣に寝室はあった。その部屋は壁が分厚く外からの音がほとんど聞こえず、電気は暖色で相当暗め、エアコンや空気清浄機など本当に寝具というか寝る環境に対して相当気を使っているようだ、そして一つ疑問が、ベットが一つのみしか存在せず、僕が寝るベットもしくは布団が存在しないことだ、僕は床で寝ろと言うことか、まあ無いとは思うが。

「僕はどこで寝れば良いの?」

「え?そこにベットがあるじゃん」

「じゃあ望見さんは?」

「そこのベットだけど?」

 なるほど、一緒のベットで寝るわけだ、まあ付き合っている訳だし何ら不思議な事では無い。

 望見さんはベットに入った状態で掛布団を少しめくりながら言ってきた。

「ほら、さっさと入ってください」

 ベットに入ると望見さんの匂いに覆われて心地よい。

「希一さんは夢ある?」

 僕の夢か本当の夢物語、叶える夢じゃなく見る夢ならば僕は常に見続けている。

「全人類を助けられたら良いなって」

「素敵な夢だね、本当に希一さんらしい、でも我儘をいうと私だけを救ってほしい、私だけを見てほしい、まあ希一さんの事だから私だけじゃなく全員を見て全員を救うんだろうね、まあそこに惚れたんだと思う、矛盾してるねだから人間の心ってのは本当に厄介です」

 多分僕がだれか一人にだけ気を掛けることはしないだろう、でも一人を特別扱いくらいならば出来る、少なくとも今のように二人きりならば望見さんだけを見てられる、他の誰かと一緒にではなく望見さんのみを見てられる。

「そうだね、たしかにどうしても僕は助けられるならば誰でも、たとえそれが人を数百人殺している大罪人でもその人を助けられるなら助けに行くだろうね、だからこそ望見さんだけは特別扱いしたい、出来るかは別だけどね」

 決して誇張じゃないきっと僕ならそうする。

「まあそれで良い、いやそれが良いと思うよ、あの抱きしめて寝ても良い?」

 なぜか望見さんは僕の返答を聞く前には僕を抱き枕の様に抱きしめてきた。

「望見さんの夢は何?」

 確か今は霊想と人工知能を研究していると言う、何が理由でその研究をしているのか、何を成したくて研究をしているのかが気になった。

「私の夢は二個ある、一つはこの世の謎を全て解明するまあ不可能だろうね、謎が無くなったことを証明するなんて考えたくもない」

 この世に存在することを証明するのは見つけるだけで済むが存在しないと証明するのはほとんど不可能だろう、じゃあ二つ目の夢は何だろう。

「二つ目はお嫁さんかな、お嫁さんになってお腹を痛めて子供を産んで、私と貴方と子供で普通の幸せな家庭を作りたい」

「じゃあ僕は望見さんの助手になろうかな」

 未来の僕らを思い描くと本当に幸せそうな家族を容易に浮かびあがった。

「なら契約内容は休暇なし給料無し衣食住完備で期限は一生で良いですか?」

「それが良い」

 ただの口約束だろう、娘が父親に「大きくなったらパパと結婚する」と言うのと同じようなものだろう、それでもうれしいな二人でこんな会話を出来るのは、こんな話が出来る相手が居るのはとてもうれしいものだ。

 二人布団に籠り話しているといつの間にか僕らは静かに眠っていた。


 いつの間にか夜は明け春としては少しばかり肌寒い朝になっていた。

 多分冷房が効きすぎたのだろう、起き上がろうとしたが望見さんに抱きしめられていて体を動かすことすら出来なかった。

 数分後に望見さんも起きて朝食を取り制服に着替えて家を出た。

 学校に着いた時間は普通の生徒ならば遅すぎる二時間目が始まり十分程度経っている時間だろう、なのになぜか校内放送でピアノの演奏が流れていた、その演奏は美しいのだがどこか不安を煽るような、いや不安ではなく恐怖心だろう、生きる事への恐怖心を煽ってくるような演奏で、恐らく太田さんに何かあったのだろう。

「希一さんは放送室でこの放送を止めてそのあとは希一さんの自己判断に任せます、私が紫音さんと話してきます」

 望見さんは走って行ってしまった、僕は放送室でこの放送を止めるのが役目だろう、あとは望見さんがやってくれる。

 僕も望見さんの後を追う様に走り始めた。


 私は紫音さんが居るだろう音楽室に向かった、授業中なのに廊下には教員がそこそこ出ており、何が起こっているのか分かっていない様子だった、三十秒程度走ったら目的の場所に着いた、彼女が居るだろう場所に。

 でもそこに彼女は居なかった、そこにあるのは演奏を流しているだけのスピーカーだけだった。

 ならば彼女は紫音さんはどこに居るのだろうか、思考を巡らせ、そしてたどり着いた一つの考えうる最悪の事態をどうしたら良いのだろうか、きっと彼女を救えない、あの場所に足を運ぶ程に彼女が覚悟を決めているのなら、私はきっと救えない、でも時間稼ぎならきっと。

 気づけば私は走り出していた、一刻でも速くたどり着くために走った。

 最悪の場合なら彼女はどこに居るか、それはきっと屋上だろう、理由は単純明快死にやすいから死ぬときに苦になりにくいからだ。

 そして彼女はその場に居た。

「ようやく来た、最後に話したかったんだ貴方と」

 私が考えうる最悪の事態だった、彼女は屋上に居たそれも少しでも強い風が吹いたら落ちてしまいそうな場所に、二メートルはあるだろうフェンスを越えてその場所にいた。

 あのフェンスを越えるにはどれくらいの勇気がいるのだろうか私には分からないし私にはそんな勇気を持てない。

「まだ私は貴方を助けられる?」

「もしかしたらね、とりあえず私の恨みつらみの捌け口になってよ」

「良いよ、たぶん私なら共感できる、同じだから」

「少なくとも私は同じとは思えない」

「いや私たちは同じだよ、同じ孤独な天才だ」

「違う?私は孤独の天才、貴方は孤独だった天才だ、いや孤独だったかすらも危うい貴方の胸の内にはいつも支えがあった筈だ、きっとあの彼氏さんが何年も支えになってくれていた筈で、私には何も無かった、何も、この人生には何もなかった、唯一持っていた天才になり得る才能も私には牙を向いてきた、そもそもこんな才能が無ければ家族が私の心の支えになっていた筈だった、でもこの才能のせいで私の支えにならなくなった」

 確かに私は常に彼を想い続け、それが唯一の支えだった、それは孤独では無かった、だが目の前にいる何も持っていないと自称する彼女には支えがなかった、生きる理由が無かった。

「だから私はここにいる、ここに立っている、今も怖い、今も落ちてしまいそうで、死んでしまうのが怖い、でもそれ以上に何もない未来の方が私には怖かった」

 どんな声を掛ければいいか分からなかった、察してしまった、きっと彼女を最後突き落としたのは誰でもない、私だろうから、何も持っていない天才である彼女の前に、いろいろ持っている天才である私が現れてしまったから。

「望見さん、貴方じゃ駄目だ、貴方じゃさらに覚悟を固めてしまう、ここから去るべきだ」

 後ろに立っていたのは渚月さんだった。

 きっと私しか救えないと思っていた、天才同士故に共感できると思ってた、助けられると思ってた、でも逆だった。


 きっと俺みたいな凡人の方が救える可能性はある、そもそも転落死ならば俺の霊想で防げる。

「死ぬ前の雑談に間入ってすまんな、でも許してくれ、きっと俺が説得して死ぬ前の雑談じゃなくするから」

「まあ相手は誰でもよかった、折角なら望見さんに聞かせてあげたかっただけだ」

「ならよかったよ、死ぬのが怖いなら辞めたら?」

「死ぬよりも生きる方が辛い」

「話題を逸らすようだが、さっきまで流れていた音楽は君が演奏したもので合ってるのかな?」

「そうだね、私から何もかもを奪ったこの忌々しい才能で奏でたものだよ」

「一人で死ぬのが寂しかったのか?」

「そうだね、だから私は死にたいという想いを演奏に込め、それを流し霊想で増幅させた」

「全く迷惑な事をしてくれた、全校生徒に自ら死を選ぶことの愚かさを説くことになった、でも良い演奏だったよ、人の気持ちをあんなにも揺れ動かせるなんてな、俺は好きだったよ、あの演奏」

 寄り添っていくには相手を知らなさすぎる、ならば同じ立場に同じ場所に立てば何か言えることが増えるかもな。

 目の前にあるフェンスを飛び越えて天才ピアニストと同じ場所に立ってみる、そこから見る景色は美しく怖く怖く怖く、落ちても霊想で助かると分かっていてもこの恐怖感、ならばとなりにいる天才はどれ程の恐怖感なのだろうか。

「何をしているの、君は正気か、下手すれば死ぬぞ」

 平然を装っている天才は足を震わせ明らかにこの状況に恐怖していた。

「同じ場所に立てば何か分かるかなって、それに正気じゃないのは君の方だろ、」

「そうだな、確かに正気なら自殺なんて出来ないな、でも君にこれ以上迷惑を掛けられないな」

 隣にいる天才が深呼吸をした、何をしようとしているかはすぐに分かった。

 どうしようか考えているうちに天才は隣から消えて、落下し始めた、俺はとっさに手を伸ばしそして届いた、すべて反射だった、天才を掴むのと霊想で質量を小さくした、確かに小さくしているはずだ、でも何故か天才の重量はどんどん重くなっていく。

「速く離して、このままじゃ貴方まで」

 どうにか踏ん張っていただが俺の力では支えきれないほどに天才は重くなっていき俺の手から離れてしまった、それと同時に急に持っていたものが離れた拍子に俺のバランスは崩れ俺も一緒に落下してしまった。

 天才と俺の二人の質量を軽くしていった。

 俺と天才はほぼ同時に落下し始めた、なのに俺よりも一秒も早く天才は地面にたたきつけられた。

 俺は無傷で地面に着いた、目の前には天才の死体が、上半身は砕け散りズタズタの状態で部分部分が散布されて、赤黒い血は数メートルに渡り飛び散り、その血の中に俺の嘔吐物が混ざっっていき、どこかから悲鳴が聞こえたりもした。

 初めてかボランティア部が人を救えなかったのは、望見さんを屋上に留めていたら、希一と美波を待てばよかったのか、フェンスを越えて直ぐに天才をフェンス内に無理やり運べばよかったのか、後悔することと泣く事しか出来なかった。


 屋上と校内を隔てるドアの前で待機をしているとベチャと鈍い衝撃音がして何が起こったのか全てを察し屋上に誰が居るか確認したがそこには誰も居らずあの場に居た二人が落下したことが分かる。

 私が人を殺した、直接じゃないにしろ確かに私が原因で人が死んだ、私は何をするでもなく立ち尽くす事しか出来なかった。

これで半分くらいです、楽しんで頂けたら光栄です。

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