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幽霊

 昨日と同じ様に望見さんの教室で適当に雑談している時、途端に僕の脳に激痛が走った、頭を抱えながら激痛にこらえ続ける。

「希一さん?大丈夫ですか?」

 何秒頭痛が続いただろうか、唐突に頭痛が収まりそれと同時に脳に映像が流れ込んできた、その映像には血に染まったナイフを持った手と血にまみれ倒れている誰かも知らない男性が映っていた。

 何故こんな映像が流れてきたのか、この映像がどんな意味を成しているのか考えたところで分からないだろう、取り合えず心配させている望見さんに大丈夫と伝えるべきだ。

「大丈夫、収まった」

「大丈夫な訳ないでしょ!、無理やりにでも保健室に連れて行きます、ほら肩に捕まって」

 確かに普通の頭痛では無かった、それも傍から見ても分かる程に、保健室に行くべきか、立とうとしたが立ち眩みが僕を襲った、おとなしく望見さんの肩を借りて保健室に向かうことにした。

「ごめん、ありがとう」

「謝らないでください、私が助けたくて助けてるんですから」

 望見さんの肩を借りつつ保険室に向かった。

 何故だろうか、保健室への距離はいつもよりとても長い様に感じた。

「取りあえず様子見かな、一時間程度このベットで寝ていて」

「先生、一時間私が傍にいても良いですか?」

「かまわないよ、それよりも二人はそういう関係なの?」

「残念ながら」

 どういう意図で望見さんが言ったのかわからないが、確かにそういう関係ではない。

「頑張りなさいね、とりあえず何かあったら教えてね」

「分かりました」

 僕はベットに寝ころび、望見さんはベットの隣に椅子を置いてそこに座ることになった。

「先輩気分はどうですか?」

「望見さんのお陰で随分と良くなったよ」

「なら良かったです、安心しました」

 安心したなら良かった、心配させっぱなしは嫌だからな。

「望見さんありがとう」

「どういたしまして、先輩急に話変えますが、好きな人いますか?もちろん友人とかじゃなく」

 好きな人と言われ誰も出てこないのはそういうことだろう。

「いないな、今のところ」

「そうですか」

 望見さんの表情はどこか悲し気なものに変わっていた。

「私はいます、誰よりも優しい人が、私の近くにいてその人の事がずっと好き」

 ただの報告と言う訳ではないのだろう、きっとこれは告白と言う物なのだろう、だが僕には相手を振る勇気もなければ、この告白に答える気持ちも持ち合わせていない、ならどう答えるべきか考えよう。

「叶うと良いねその恋」

 僕は卑怯者だ、相手の気持ちに気づいておきながらも気づいてないふりをして答えるのはとても卑怯だ。

「はいきっと叶えます」

 彼女は悲しそうな笑顔で僕に答えた。

「きっとその人を振り向かせて見せます」

 僕はいつまで卑怯者になるのだろうか、きっとそれは彼女に惚れるまでだろう、様子を見る限りこの高校に入学した理由も僕が目的だろう、そして僕には望見さんの気持ちを否定する勇気が無い。

 何とも言えない空気が続き会話も弾むこともなく一時間が経ってしまった。

「一時間たったけど大丈夫そう?」

 三十分程度続いた無言は先生が断ち切った。

「一旦様子見した限りは大丈夫でした」

「じゃあ次何かあったら病院に行って検査することだね、今回はこれで」

「失礼しました」

 二人そう言いながら保健室を退室した。

 二人共何を話すでもなく教室に戻ったが沈黙を生むのは僕が耐えられなくなるから適当な話を振った。

「暇だね」

「じゃあデート行きませんか?」

 もしデートの誘いに乗って望見さんに惚れる事が出来たなら、僕のこの罪悪感は消えるのだろうか、ならばデートに行くのも良い選択になるだろう。

「どこに行く?」

「今持ち金何円持ってます?」

「金なら無いよ」

 財布を確認する時間はいらなかった、昨日行ったカラオケで僕の一カ月のお小遣いは無くなった。

「即答ですね、そして私が奢るといっても希一さんは断りますよね」

 理解のある後輩を持つのは素晴らしい事だな。

「そうだね」

「じゃあお金が掛からない場所ならば来てくれるということですね」

「そうなるな」

「じゃあ私の家に行きましょう」

 さっきの事のせめてもの罪滅ぼしになるかな、でも異性の家に上がるのは気が引ける。

「分かった」

 さっきの事を考えると僕が望見さんの意見を蹴る事は出来ない。

「じゃあ行きましょう、荷物もって付いて来てください」

 僕と望見さんの二人で廊下を歩いていると美しくも悲しさを感じさせる音楽が聞こえ始めた。

「希一さんこの学校って音楽の授業ありました?」

「いや無いはずだよ、音楽室はあるけど部活でしか使われない筈」

「今は授業中ですよね」

「そうだね」

「行きましょうか」

 好奇心だろう、僕も気になる、授業中にも関わらずこそこそじゃなく堂々と鳴り響く音色を奏でているのがどのような人物なのか、どんな理由で今この時間に奏でているのか。

「分かりました」

 向かう先を望見さんの家から音楽室に変えて歩む速度を速める。

 僕らが音楽室に来た時にはちょうど曲の終わりだった。

「どうしましたか?今は授業中ですよ」

 ピアノで素晴らしい演奏をしていた少女は僕ら二人に対し言い放った。

「貴方は?」

 純粋な疑問を投げかける、僕が知っている限りこの学校で授業を免除されている天才は隣にいる望見さんのみだ。

「私もそこの女の人と同類です」

 要するに学校に認められた本物の天才。

「何か用があったのでは?」

「私たちの用と言われても、強いて言えば貴方の音楽を聴きに来ました」

「じゃあ、貴方たちに一曲送ってあげる」

 そう言った少女は直ぐに僕達を向いていた体をピアノに戻し弾き始めた。

 何処か聞いたことのあるような無い様な、音楽知識の疎い僕には分かたなかったが少なくともこの人の演奏は素晴らしいいう事は分かった。

 この人の演奏を聴いていると何故だか心臓の鼓動が高鳴っていった、理由は分からない、でも確かに心拍数は上がり体も火照っていた。

「希一さんいい曲ですね」

 話しかけてきた望見さんに視線を向けるとなぜか体はさらに火照っていき心臓の鼓動は高まっていった、望見さんも頬を赤らめ息遣いも荒くなっている様に見える。

 望見さんを見続けるほどに鼓動は高鳴っていく、これは恐らく今聴いている演奏の所為だろう、そう分かっていても望見さんを意識するのを止められない、この感情は何なのか。

 いつの間にか演奏は終わっていたが体の火照りや胸の高鳴りは収まらなかった。

「私が演奏した曲は愛の挨拶、とある結婚式に送られた曲だね、まあ君達にはお似合いだと思って弾かせてもらった」

 確認しておくべきだ、演奏してくれた名前も知らない少女が僕らになにを与えたか、どんな影響をもたらしたか、今の感情がなぜ沸き上がったか。

「貴方の霊想は何ですか?」

「私の霊想ですか。感情、気持ちの増幅です、それでは私は邪魔になりそうなので」

 そう言い残し少女は帰って行った。

「希一さんさっきの答えじゃあ満足できません、きちんと答えを出してください」

 さっきと言うのは保健室での事だろう、この胸の高鳴りは恋によるものなのだろうか、あの子が増幅させてくれたこの感情は恋心なのだろうか、分からないが今答えを出さないと望見さんは満足しないだろう。

「分かった、僕と付き合ってください」

 この気持ちが恋心でなければ何なのか、気持ちの増幅と言うことは少なくとも僕の気持ちの中に恋心はあるのだ、気づいた切っ掛けは関係ないきっと僕は彼女の事が好きなのだ。

「良いですよ、希一さんの事きっとこの世界の誰よりも好きですよ」

「僕も好きだ」

「じゃあ希一さん、抱きしめても良いですか?」

 人に抱きしめられるってのはどんな感覚なのだろうか、少なくとも僕は知らなかった。

「良いよ、来て」

 僕よりも二回り程大きい望見さんに押し倒されながら包み込まれる様な感覚と共に顔に当たる柔らかい感覚を覚えた。

 暖かく心地いいはずなのに、望見さんの胸が僕の顔に当たることにより今の僕は恥ずかしさが勝ってしまう、早くこの状況を脱した方がいいだろう、望見さんもきっといい気持ちでは無いだろう、いや望見さんを見る限り無関心の様に思える。

 どうにか抜け出そうとしたが二回り違う体格差には男女差が通用しなかったようで僕が何をしようとも無力だった、僕は諦めてこの温もりを感じ続けることにした。

 何分か経った時、僕を抱きしめる力が弱まった、何故かは直ぐに分かった、望見さんはこの状態で寝てしまった様だ。

 どうしたら良いのか考えたが起こすのは可哀想だ、僕が此処から離れるのは論外だ、じゃあ何をするかだな。

 数分の思考ののち一つの答えにたどり着いた、それは膝枕だった。

 どうにか起こさぬように正座の姿勢になり、起こさぬよう慎重に膝の上に頭を乗せた。

 望見さんの寝顔がよく見える、さっきまでは僕の気持ちが分からなかったが、今となっては望見さんの寝顔すら愛おしく思える、この感情はさっきの演奏で増幅させた物らしい、僕にはこの感情が本物か偽物かの区別は付けれない、だが確かなことはたとえきっかけが偽物の感情だろうと本当に惚れてしまえば何も問題はないだろう。

 何分経ったのだろうか、それすらも分からないが何だろうかこの感情はさっきの愛おしいとかの感情ではないのは確かだ。

 脳内で今の感情に当てはまる単語を思い浮かべると一つあった、それは興奮だった、性的興奮だろう、きっとその感情が生まれた理由はなにだろう、望見さんの姿を見ながら考える。

 好意を持っている異性が無防備な状態でいる事だろうか、いや違うな少なくとも僕はにはそんな趣味は無い、ならば何だろうと望見さんの姿を上から下に見ていると一瞬一点に注意が向いたのに気が付いた、きっと唇だ、この感情は唇への興奮だろう、きっと僕は無意識にキスをしたいと思ったのだろう、だが僕が行動に移すことは無かった。

 望見さんの寝顔を見ているといつの間にか望見さんが起きていた。

「おはよう、すまん昨日いろいろしていて睡眠時間を確保できなくて、寝てしまった」

「全然大丈夫だよ」

 時間を見るとちょうど正午になっていた。

「取り合えずご飯食べましょう」

 二人音楽室を後し望見さんの教室に向かった。

「手つなぎましょう」

「良いよ」

 そう言った瞬間に望見さんが僕の手を握ってきた、思っていたよりも早く握られて少し動揺してしまった。

 ちらちらと他の生徒に見られながらも教室に着いた。

「じゃあ食べましょう、それとも食べさせてあげましょうか?」

 望見さんは弁当箱を出しながら僕に問いかけてきた、その誘いは魅力的だが同時に恥ずかしさを感じる、確かに誰にも見られていないがなんとも説明し難い感情が僕を襲っている。

「少し恥ずかしい」

「大丈夫です、周りに人は居ませんし、きっとこの教室に来るようなもの好きも居ませんよ」

 そう言いながら望見さんは箸で挟んだ唐揚げを僕の口に持ってきた、拒否権はないらしい、仕方なくその唐揚げを食べることにした。

 弁当なので当然だが冷めきっている、それでもおいしい唐揚げだった。

「おいしかったよ、料理上手なんだね」

「おいしかったのは良いですが、料理は下手です」

「でも美味しかったよ、この唐揚げ」

「そりゃそうでしょう、冷凍食品ですもん」

 なるほど美味しい訳だ。

「まあ良いんじゃない、人には向き不向きがあって、足りない部分を補い合うのがこの社会体制な訳だし」

「急に話題を変えますが希一さんは人類の誕生ってどんな感じだったと思いますか?」

 人類の誕生についての話は一切分かっていないと聞いたことがある、そもそも始まりがあるかすら分からないなにせ五百年以前の記録が一つも残っていないらしい。

 数秒考えたとて答えに行きつく事は無かった。

「じゃあ質問を変えます、人の歴史って数百年の薄っぺらな物なのでしょうか」

 何が言いたいかは直ぐに分かった、人類の歴史が短すぎる、何か意図的に情報が遮断されていると言いたいのだろう。

「なんでそう思ったの?」

 純粋な疑問だった、なんでその結論に行きついたかが気になった。

「今の技術力から考えても人類が五百年考えた程度で行きついたとは思えないんですよ、単純明快の物や現象でも最初の気づきはとても難しくなる、それにここまでの技術を安定させるには何度も思考錯誤をしたはずです、それが五百年程度で終わるわけが無いんです、少なくとも私はそう思っています、今の世界において学者とか発明家とか言われる科学や技術の最先端にいる職業についている人は殆どいません、そしてその人たちを雇っているのは国です、私の考えがあっているならば国に何か不都合が生じるのでしょうね」

 たった今すごい危険な情報を渡されたのではと疑問を持たざるを得ないことを望見さんは僕に話した、なぜ話したのか考えたらすぐに答えは出た、天才故の孤独感が望見さんの中にも少なからずあるはずだ、それを解消できる方法で一番手っ取り早いのが理解してもらうだろう、きっと僕なら理解してくれるとおもったのだろう、それならありがたい限りだ。

 適当に話ながら弁当を食べていたらもう食べ終わってしまった。

「希一さん何か面白そうな事無いですか?」

 さっきの話とは打って変わって内容が殆ど無い様な会話を振ってきたな、何かあるか最近の記憶を辿ると一つ。

「催眠術かかってみたい」

 ふと思い浮かんだ物だがそんなにすぐにかけられる物なのかな。

「分かったかけてあげる、椅子にリラックスして腰を掛けていて」

 カーテンが閉じられる音を聞きながら僕は椅子に座っていた、リラックスしろと言われてもどうすれば良いのかわからなかった。

「リラックスってどうしたら?」

「寝る感覚に近いです、意識は落とさずに寝るみたいな、とりあえず力を抜いて目を閉じ何も考えない様にしてください」

 言われた通りにする。

「希一さんまずは深呼吸をしてください、吸って、吐いて、もう一度吸って吐いて」

 言われた通りに深呼吸をしているとだんだん意識が遠のいて行く。

 希一さんはすぐに催眠状態になった、催眠なんてただの思い込みと言ってしまえばそれまで、希一さんは私への信頼が厚かったのだろう、良い人だからすぐに人を信じたのだろう、私が何をするか考えもせず、私が催眠を悪用するとも考えずに私を信用してくれている、きっと罪悪感に苛まれるべきだろう、でも私の人間はそんなに良く出来ていない。

「希一さんは私の事をどう思っていますか、嘘なしで答えてください」

 今付き合っている訳だがさっきの演奏で起こった気の迷いでは無いのかと思ってしまう、本当は好きではなくあの演奏の効果で私を好きになっているだけではないかと思ってしまう、きっと希一さんがこの立場なら人を疑うこともしないだろう、でも私は疑ってしまう、どうしても人を疑ってしまう、その人がたとえどれだけ優しくても優しさ故の偽りだと思ってしまう。

「僕は望見さんの事を凄いと思っています、それ以上に好きです」

 良かった、この疑いも徒労だった訳だ。

 常日頃思っていた事だが希一さんは低身長と美形で、女装すると良い感じになると思う、でも希一さんに大きさ合う服を持っていないのが問題だ、適当に買ってくるとして、一応渚月先輩にでも話出しておきますか、ここに希一さん一人で放置するのもどうかと思ったが男の子だから大丈夫だろう。

 渚月先輩の教室を探すのは容易だった、校内一の変人故に全教員に周知されていると言っても過言ではないだろう、故にそこら辺にいる教員に聞けばすぐに教えてくれた。

 今は六時間目であと少しで放課後になる、そのタイミングで良いだろう。

「渚月先輩面白い事しましょう」

「よし行こう」

「こっちです先輩」

 渚月先輩を自分の教室に連れていった。

「今希一さんに催眠術を掛けました、要するに今の希一さんはなんでも言う事を聞く言わば奴隷です」

「それは面白いな、さっきまで聞いていた授業の何倍も面白い」

「それだとゼロになりませんか?」

「失礼な事を言うもんだな、俺だって授業を面白いと思ったことあるんだぞ、あれは現代文の自習していた時だっけな」

「それ小説でも読んでいただけじゃ」

「よくわかったな、現代文だからと言って押し通したときは気持ちよかったよ」

「面白いですねそりゃ、じゃあ私は服を買ってくるので適当に遊んでください」

「服って女装用の?」

 よく分かったな、それとも普段から女装させようと考えてたりはしないかさすがに。

「そうです、適当にそこら辺のショッピングモールで買いに行こうかなと」

「それなら僕俺が持ってるから取ってくるよ」

 なぜ持っているのか、聞かざるを得ないだろう。

「なぜ持っているのかを聞いても良い?」

「いつか女装させようと思っていたからだけど」

 面白い、私の想像を超えている、もしかしたらとは思っていた、女装させようと思っているかもとは思っていた、だが準備をしているとは思っていなかった。

「じゃあ頼みます、できるだけ似合う服を」

「じゃあ行ってくる、長くても十分で帰ってくる」

 十分で帰ってくるか、学校の隣にでも住んでいるのだろうか、まあ興味ないけど。

 適当に希一さんを見たり触ったりして待っていたら渚月先輩はすぐに戻ってきた。

「適当に三着程度持ってきたぞ」

 そう言いながら背負っていた鞄をおろしながら言った。

「今の希一はなんでも言う事を聞く奴隷なんだろ?」

「そうです」

「じゃあ希一この服に着替えろ」

「はい分かりました」

 希一さんは渚月先輩の命令に従って服を脱ぎ始めた。

「望見さん、一応この教室出ていたら?、希一もかわいそうだし」

 私たちは付き合っている訳だ、問題ないだろう。

「優しいんですね、でも大丈夫私たち付き合っているので」

「早いね、まあ君の見る目が間違っていないのは俺が保証するよ、まあ俺の保証に価値は無いだろうが」

「いや価値ありますよ、あなたはギャンブル狂いだが良い人ですよ、希一さんと同じくらいに」

「いやぁ、過大評価も良いところだな、まあその言葉はありがたく受け取っておくよ」

 適当に駄弁っていたら希一さんが着替えを終えていた。

 さすがに無理があったか、男の顔立ちではある以上女装にしか見えなかった、メイクでもしたら良くなるな、そう考えると素顔で女になりきっている隣の男の凄さが分かった。

「渚月先輩ってすごかったんですね」

「まあな、初対面ならば確実に勘違いされる、たとえどんな格好をしていようとも」

「じゃあ次はなにやります?」

「この状態で催眠を解く」

 やっぱりさっきの良い人という評価を取り下げねばならないらしいが、面白そうなので先輩の出した案に乗ることにした。

「希一さん貴方は目覚めます、催眠にかかっていた間の記憶は思い出せない状態で目覚めます」

 そう希一さんに言ったら希一さんが夢から覚めたように起きた。


 長く眠っていた気がする、なかなかに心地がよかった、これが催眠術なのか。

 目を開き周囲を見渡すと望見さんと渚月先輩が居て、なぜか僕が女装をしていた、テンパっている脳をフル稼働させても何が何だかわからなかった。

「なんでこんな服を」

「さあ、なんででしょう」

「希一その服は俺のだから後で返せよ」

 言われなくとも返す、だがなぜこの服を渚月先輩が持っていたのかが謎だ、少なくとも先輩は自分で女物の服を買わない筈なのだが。

「なんでこの服を渚月先輩が持っていたのですか?」

「そりゃお前に着せるためだ」

 平然と言ってくれるな、前々から僕に女装させようと画策していた訳だ。

「それで僕の制服は?」

「これ」

 渡されたのは女生徒用の制服だった。

 きっとふざけているのだろう、じゃあこちらもふざけておこう。

 渡された制服を大きく振りかぶって、グラウンドに投げた。

「おい、あれ俺の制服だぞ、誰かに拾われて夜な夜な使われることになったらどうするんだ」

 全く焦っていない、普段通りの声色、要するにそれが当たり前だと言っているように聞こえる。

「ごめん手が滑った、取り合えずさっさと取りに行けばいいじゃん」

「お前が投げたんだろ、お前が取りに行くのが道理という物だ」

「身体測定の時ハンドボール投げをした後投げた人がボールを取りに行きますか?」

「身体測定なんてすべてサボったから知らん、まあいい俺が取りに行ってやるよ、優しい先輩が取りに行ってあげるよ」

 渚月先輩が制服を取りに歩いて去って行った。

「希一さん、取ってくださいね」

 途端に言われ慌てて望見さんの投げた物をキャッチしようと頑張ってみたが無理だった。

「まあ落としてもこの教室は私が掃除しているので大丈夫ですが」

 床に落ちた制服を拾って着替えようとしたが恥ずかしい。

「先輩、恥じらいなんて捨てても大丈夫ですよ、着替えるところすべて見てましたから」

 要するに下着までは見られたと、そしてそれを言ったということはこの教室から出るつもりは無いと、ならば仕方ないここでみられなが着替えるしかないだろう。

 制服を広げるとおかしなものまで見えた、僕が朝に穿いたはずのパンツだった。

 じゃあ今何を穿いているのかを確認したら、今の服装と同じように女物の下着だった、それが意味する事はすぐに察した、さすがにここで下着まで着替え始めるわけにはいかない、仕方ないがこの下着で帰るか、先輩のらしいが洗濯して返すとでも言っとけば良いだろう。

 とりあえずこの服装から制服に着替えよう。

「望見さん見ないでくださいね」

「適当に見ておくから安心してください」

 安心できない言葉を返されたがなにをいっても無駄だろう、なら僕にできる事は素早く着替えることかな。

 すぐに着替え終わった、そのあと数十秒程度で渚月先輩が戻ってきた。

「もう着替え終わったのか、希一の下着姿見たかったな」

 さんざん見たのだろう、僕が催眠で着替えさせられている間に。

「これ返します」

 そう言いながら服を差し出す。

「洗濯してから返すのが礼儀じゃないのか?」

「無断で僕にこれを着せたやつに礼儀をわきまえる必要が?」

「くそ、お前の母親の困惑する顔を想像するだけで面白いのに」

「じゃあ想像だけで」

 服を適当に放り投げる。

「そういえばお前ら、図書室の幽霊は知ってるか?」

 図書室の幽霊か単なる噂だと思ってるが渚月先輩が話に出すからには何かあるのだろう。

「一応」

「その図書室の幽霊からボランティア部に依頼だ」

 嘘を付いているとは思えないが信じるのもなかなかに難儀だ取り合えず続きを気候。

「内容は?」

「佐藤先生を救ってほしい、私の呪縛から解いてほしい、ってさ」

 その幽霊と佐藤先生の間に何があったのかが分からないとこの悩みを解くのは難しそうだな、まずは幽霊に話を聞きに行くか。

「望見さんはどうする?」

 幽霊を怖いと思っている望見さんまで無理に連れていくわけにはいかないだろう。

「私は図書室の前で待ってます、大丈夫そうなら入りますが」

「じゃあ行こう、先輩は勝手にしててください」

「俺だって立派なボランティア部だぞ、勝手にするけど」

 三人で図書室に向かった。

 図書室に入ると依頼人はすぐに見つかった。

「ようやく来たか、奉仕部」

 ボランティア部だが意味は間違っていないから大丈夫だろう。

「佐藤先生と何があったか聞かせてもらおうか」

「まずは雑談でもしようや、暇で暇で仕方ないんだ」

「じゃあこの図書室で一番おすすめの本はなんだ?」

「ここの本は全部飽きるまで読んだが、今もまだ飽きないのは六法全書だな、あれはなかなかのボリュームで飽きないぞ」

 確かに内容の面白さで聞かなかった僕が悪い、本人がボリュームを基準におすすめをしてくれたのは何も間違っていない。

「死んでから何年くらいですか?」

「私が死んでから、十年くらいかな?、佐藤がこの学校に来てからは毎日花を置いてってくれるから一日が明確に分かるようになったけど、それまでは日にちの感覚なんてとうに壊れていたからな明確には出来んが確かに十年くらいの筈だ」

 毎日花を添えているのか、それを呪縛と言ってるのだろう、それの理由が原因が分かれば。

「過去に佐藤先生と何かあったの?」

「佐藤とは友達だったよ、まあ多少話す程度のだがね、だが先生が一番仲の良い友人だった、いや唯一友人と呼べる様な人だった、私はだけどね」

 大体の憶測は出来た、何らかの理由で自殺したこの子、それを止めれなくて後悔している佐藤先生、その罪滅ぼしでいつも花を供えている、大体こんな感じだろう。

「貴方は先生の事どう思ってるの?」

「私は好きだぞ、私が死んだときも泣いてくれた、謝ってくれた、だから私はあの子が好きだよ」

「希一はどう思う?」

「何がですか?」

「自殺した霊とその自殺を止められなかった友達の百合カプ」

 珍しく黙ってまともに話を聞いていると思ったらこいつは何を言ってるんだ。

「先輩変態ですね、まあ後輩に女装させようとしてた時点で明白ではあったのですが」

 望見さんが渚月先輩を貶しながら図書室に入ってきた。

「怖くないの?」

 幽霊の女の子が望見さんに聞いた。

「そっか、貴方は優しいから大丈夫だと思ったから」

「幽霊ちゃんは佐藤先生に思いを伝えたいんだね」

 幽霊ちゃんというのは恐怖を多少でも紛らわすためだろうか。

「そうだね、きっと佐藤は後悔しているから」

「じゃあ簡単だよ、きっと先生本人には貴方の事が見えなかった、じゃあ貴方を見えるようにすればいい、正確にはすでに見えていると思うよ」

 確かに見えれば自ら想いを伝えられる、でもこうして僕らを頼ったということはきっと出来ない理由があった筈だそれこそ佐藤先生には幽霊が見えなかったとか。

「幽霊ちゃんがこの世にとどまった理由って何ですか?」

「分からない」

「質問を変えます、今一番したいことは何ですか?」

「今一番したいことか」

 目の前にいる何らかの理由で幽霊になった少女は数十秒考え、その質問に答えた。

「佐藤に謝りたい、少しでもあいつに頼れたなら、貴方に頼れないような弱い私でごめんって、でもそれよりも感謝したい、いつも私を気にかけてくれてありがとうって」

「じゃあ希一さんと渚月先輩出ましょうか、二人の時間を邪魔してはいけません」

 どういう意味か考える暇もなく望見さんに引っ張り出された、その時とある人とすれ違った、この数分で話しの軸になっていた佐藤先生だろう。

 なるほど、話の途中で図書室前から職員室に行き佐藤先生を呼んできたのか、にしても驚きだな、佐藤先生ってあの生徒の担任か。

 

 急にボランティア部の望見さんに貴方を十年間待っていた人が図書室にいると聞いてとりあえず来てみたが図書室か、大体の憶測は出来るがそんなことあり得るのか?だとしたらまずは謝らないとだな。

 図書室に入ると私が救えなかったあの子が居た。

 あの時の選択を謝らなければ、もっと彼女に気を掛けて入れたら、こうはならなかったかもしれない。

 彼女の前に立つがどう話したらいいのか分からない、きっと彼女は私を恨んでる私がもっとちゃんとしていればきっと彼女は助かったのだから。

 沈黙を破ったのは目の前にいる彼女だった。

「佐藤、私を気にかけてくれてありがとう、それと貴方を頼れなかった弱い私を許してほしい」

 紬は私を恨んでなんか無かった、馬鹿だな私は、紬の性格を考えれば当たり前だった、人を恨んだりするような奴じゃなかった。

「私も、紬を助けれなくてごめん」

 安心からか、感動からか涙を零してしまった。

「当たり前だけど何も変わらないな、十年前から」

「佐藤は何もかも変わったな、話の種は無数にあるんだろう、聞かせてくれよ」

 なにかあったかと聞かれれば、何も無かったと答えざるを得ない、友達を見殺しにした十字架は私には重かった、故に幸せになろうと思わなかった、だから勉強をして、勉強だけをしていい大学に行って教師になった、私みたいな十字架を背負う人を一人でも減らしたかった、それよりも自ら死を選ぶ程に追い詰められている人を助けたかった。

「貴方が死んでから、私は勉強しかしてこなかったから、特に話せることはないかな」

「じゃあ何も変わってなかった訳だ、私と同じ様に、止まった時間で十年間過ごしてきた訳だ、きっと私の人生のレールはこの先で途切れてる、そこに急ブレーキを掛けて止まっていた、でも貴方のレールは続いている、でも私が止まったのを見て同時に止まってくれた、もう良いんだ、私を置いて行って」

 紬が死んでる事を再認識させられると同時に涙が溢れ出した。

 目の前を見ると彼女は消えていた、成仏したのだろう。

 もう彼女に会えないとわかってしまい嗚咽交じりになりながら泣いた、この感情を止める事は出来なかった。

 何分泣いたのだろう、私は泣き止みいつの間にかボランティア部の生徒たちはどこかへ行っていた。

 職員室に帰り業務を再開しようと思った時、机に紙切れが置いてあることに気づいた。

 紙を拾いあげてみると一文だけ彼女の文字で書いてあった、彼女の最後の言葉だろう。

「またね」

 それと同時に住所が書いてあった、スマホで調べてみると墓場が出てきた、そういえば十年間一度も行ってなかった、盆休みにでも行こうかな。

百合って良いよね。あと催眠と惚れ薬、総じてこのお話に出てますがまあそういうことです。

話の内容的にはこっから大きく動くはずなので楽しんでいただけると幸いです。

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