傍観者
望見さんがこのボランティア部に入部してから一周間程度経つが全く依頼が来ずに雑談するだけになってしまっていた。
「希一さん、この部活の部員って、何人ですか?」
「僕と望見さん、あと先輩の渚月って人が」
「へー、その人は来ないんですか?」
「まあ受験で忙しいだろうし」
あの人が勉強するかと言われればしないと断言しても良いくらいあの人は勉強をしていないが、流石に受験勉強位するだろうと思う、そう思いたい。
望見さんと話していると扉が唐突に開いた。
「希一、助けやがれください」
去年いろいろお世話になった故か尊敬しようとは思えないが心のどこかで尊敬している人が僕に迫ってきた。
だがあくまでも先輩だ、この人がどれほど終わっていようと敬意を払って受け答えすべきだろう。
だからこそ僕はきっぱりと言う。
「嫌だ」
「なんでだよ~、助けてくれよ~」
「だってどうせ、友達に金を借りて催促食らってるだけでしょ」
「いや、今回は違う」
「じゃあ闇金ですか?それともリボ払いですか?どちらもやめとけとあれほど」
「今回は金は絡んでない、と言うと嘘にはなるが、主語として正しくは無い、結果的に僕の家庭から金が失われるかもしれないけど、とりあえず金ではない」
「一応話を聞きます、一応ボランティア部だし」
「じゃあ史上初のボランティア部の部員からの依頼って事で、俺の名前は渚月だ、望見さんよろしく」
「よっよろしくお願いします」
急に話を振られたからだろう、一瞬言葉が詰まったようだ。
「あの、なんで一人称が俺なんですか?」
『え?』
先輩と僕の発声が同時に放たれた。
少しばかりの思考をしたのち、初対面ならこのゴミは女に見える事を思い出した、しかも制服を注文するとき間違えて女生徒の制服を買ったらしいので服装も女と変わらずさらにややこしくしている、中身はただのギャンブル狂いだがな。
「そりゃ、このゴミは男だから」
望見さんが何言ってんだこいつと言う目で僕を見てくる。
「希一君、先輩に向かってゴミだとか男だとか酷いよ、私はちゃんと女の子なのに」
殴りたくなってきた、殴り合いになったら僕が負けるけど、こいつ一瞬で望見さんが勘違いしていることを良いことに、話をややこしくしてきやがった。
望見さんからの視線が僕の心臓を貫かんとするほどに鋭くなっていく。
どうせ否定したところで信用度で行くと僕に勝ち目は無いので一旦放置しよう。
「ゴミは何をやらかしたんだ?」
「ワンちゃん退学」
「おめでとう、ゴミは授業の事を時間の無駄とか言ってたもんな、学校側から授業を受けなくてもいいって言われたんじゃん」
「卒業資格だけは取りたい、というよりも、進学するために仕方なくこの学校通ってるんだよ」
まあこんなこと言っても一応尊敬できる先輩だ手助けできるならばしたいと思う。
「ワンチャンってことは解決策は見えてるんですよね?」
「そもそも、生徒指導の教員に条件を提示された、授業中は内職で留める事と今年中ギャンブルはしないこと、ただし友人同士のお遊びに収まる範囲なら良い、だってよ」
こいつは何度も言うがギャンブル狂いである、それも競輪や競馬などギャンブルをやってない時は無いと断言しても嘘にならない程のだ。
「一般生徒はやってるので頑張らずともやってください、てか相当ごねただろお前……じゃなくてゴミ」
「なんで言い直した、まあいい、そもそも一般って何ですか、定義を」
面倒臭いな、なんで定義しなならんのだ、まあ良いここには上限と下限が揃ってる。
「じゃあ、お前みたいな屑と、望見さんみたいな天才を除いたのも」
「分かりやすいね、ありがとう」
「それでどうしろと?」
「何とかしてくれ」
何とかしろと言われても本人のやる気次第だ、このゴミは絶対に無理だろう。
「無理だ」
目の前にあるゴミを適当にあしらっていると僕らボランティア部三人以外の声が室内を響いた。
「ここがボランティア部であっていますか?」
女生徒が教室に入ってきた。
女生徒は眼鏡をかけており、いわゆる真面目ちゃんのよになった彼らの悲劇をここに記す。
そう書き始められている本には人類史における最悪の事件が綴られていた、百万人がたった一人の英雄に殺された最悪の事件が綴られていた。
部室で一人適当にスマホをいじっていたら、ノックの音が聞こえ扉が開いた。
「失礼します、ここがボランティア部であっていますか?」
新入生の女の子はそう言いながら、このボランティア部の部室に入ってきた。
ボランティア部と名乗っているが、公園の掃除などをする訳ではない、ボランティア部よりもお悩み相談室とでも言った方が正しい、まあ奉仕活動といった意味ではボランティアには当てはまるがどうでも良いだろう。
入ってきた女生徒は見て誰だか直ぐに分かった、確か名前は橋田望見だった筈だ。
何度もテレビとかで見てきた、少なくとも普通に生きていれば数回は目にする様な有名人である、生で見ると以外にも身長が高い印象を覚える、そもそも僕の身長が164cmと低いこともあるだろうが、それを差し引いても女子の中いや男子生徒を含めても高身長の部類に入る高さだ、185cm程度だろうか。
「初めまして、入部ですか?、それとも依頼ですか?」
今日から部活動の体験入部が始まったのでこの部活に体験入部したいのか、依頼しに来ているのか分からないんだよな。
「この部活に入部したいのですが」
体験入部もしないでこの部活に決めたのか、そんな事よりもなんでこんな人が此処にこの部活に入ろうとしているかの方が気になる。
なにせ目の前にいる人はこの学校の教職員を含めても議論の余地が無いほどの頭の良さ、高校一年だがどこの大学だろうと行けるだろう、なんなら大学を卒業という過程を踏まずとも研究員として研究室に入れるだろう、それほどの功績を持っている、この人がこの部活を選んだ事は気になるが今じゃないだろう。
「少し待っていてください」
「分かりました」
確か顧問が「一応教卓の中に何枚か入れておく」と言っていたはずだ。
教卓の中を探るとすぐに見つかった。
「これを書いてください」
そう言いながら入部届を教卓に置いた。
「ありがとうございます」
頭を下げながら彼女は言った。
「ボールペンよかったら使ってください」
教卓にずっと置いてあったボールペンを渡す。
「ありがとうございます」
彼女がペンを握り書き始めたが、ずっと放置されていたボールペンはインクは出なかった。
「すみません、インクが出ないみたいですね」
代わりのペンが無いかと思い、探したが無かった。
「大丈夫です、私のボールペン出すので」
何か業務的なものでない会話をするべきだろう。
「なんでこの部活に入ろうとしたんですか?」
「面白そうだったからです、貴方がこの部活の設立者ですよね?」
「そうですが、それがどうかしましたか?」
「なんでこの部活を作ったのかなって」
「少し恥ずかしいけど、人助けをしたかったけど、自分一人だと勇気が出なくてね」
彼女が少し笑って言う。
「貴方は良い人ですね、やっぱり」
褒められるというのは良いな、気持ちがいい、だが彼女の言葉は何処かで僕と関わりを持っていた様な言葉だ、だが僕には覚えが無い。
「あの時、貴方は一人でも助けてくれたじゃないですか」
あの時ってのはいつのことだ?、こんなすごい人と関わっていたならば覚えていると思うのだが。
「覚えていないんですか?」
「ごめん、全く記憶にない」
「あれは確か5年くらい前だった筈です、私が学校でいじめられている時に、確かに助けてくれました、結局先輩はボコボコにやられましたけどね」
一年下の男子生徒三人組位にボコボコにされている情景が脳内をよぎった。
「あの時の!」
驚きすぎて声が反射的に出てしまった。
「やっぱり、先ほどの良い人ってのは撤回させてもらいます、そんなことよりも、書き終わりました」
彼女から入部届を受け取る、一応抜けが無いか確認する。
彼女が書く文字はプリンターでも使ったかと思うほど綺麗で丁寧だった。
「じゃあ顧問に渡しておく」
「希一先輩、敬語外しても良いですか?」
断る理由も無いな、僕はもとより敬われるような人では無い。
「良いよ、僕としてもその方が話やすい」
「じゃあ希一君は?」
「じゃあ僕は望見君って呼ぶね」
「ダメです、望見様と呼びなさい」
僕もふざけたが飛ばしてくるな、ほぼ初対面なのに、どう返せばいいんだ。
数秒の思考後に解を得た。
「望見様、何なりとお申し付けくださいませ」
跪いて深々と頭を下げながら言った。
「すみませんでした、ふざけすぎました、許してください、希一さんとよぶので」
「分かればいいのだ、じゃあ望見さんで良い?」
「それでいいです」
適当なノリで話していて思った、天才少女とか聞いていたのでもっと大人びていると思っていたが、望見さんは普通の女の子となんら変わり無かった、本当に周りよりも少しばかり、いや圧倒的に頭が良いだけで普通の女の子なのだろう。
「希一さん、これから何するんですか?校内のゴミ拾いとかですか?」
「何もすること無いよ、依頼でも来たらやる事出来るけど」
「この部活の知名度は?」
「そこそこ、ただし変わり者の巣窟としての知名度はだけど」
「ゴミですね、去年は何していたんですか?」
「ゴミって言ったね、事実陳列罪で起訴するぞ」
「まずそんな罪は無いです、そして陳列について辞書を引いてみてはいかかがでしょう」
「まあいい、ちなみに去年は週一程度依頼が来てたよ」
「そんなに来ていたんですね」
望見さんは意外な話を聞いた様な表情をしていた。
「なんだその意外そうな顔」
「いや、だって、ねえ」
恐らくこんな胡散臭い部活動に相談しに来る奴が居る訳ねえだろと言いたいのだろう。
「まあ、週一は言い過ぎたかもしれないが全員で40人程度は来た筈だ、今年はもっと来るんじゃないかな」
「何を根拠に?」
根拠と言えば目の前にいる望見さんが入部したからだ、この人が居れば認知度は上がるだろう。
望見さんを指しながら言う。
「君が入部したこと」
「自分で言うのもなんですが、話題性はそれで充分過ぎるしょうね」
「まあそうだね、君が居れば勉強で行き詰った受験生のたまり場になってもおかしくない」
「でも二歳も下に教えを乞うのには、プライドをぶっ壊さないといけないと思う」
確かに普通の年下に教えを乞うのはプライドが傷つくだろう、だが望見さんはその領域に居ない気がする。
適当に駄弁っているとノックが鳴り響きドアが開いた。
「失礼します、ここがボアランティア部であっていますか?」
そう言いながら白杖を持っている男子生徒が入ってきた。
「入部ですか?依頼ですか?」
「依頼です」
「望見さん椅子出して」
男子生徒が入ってきた扉を閉め、その後男子生徒を望見さんが出してくれた椅子まで案内する。
扉を閉める時におそらく男子生徒を案内しただろう先生の姿が見えた。
「ありがとうございます」
「まずは僕たちの自己紹介をさせていただきます、僕はこの部の部長で希一です」
「私は望見で、新入部員です」
「そしてなんの依頼ですか?」
「見て分かったでしょうが俺は目が見えません」
白杖を持っている時点で分かったがそれが依頼にどう関係してくるのだろうか。
「はい」
「でも視力はあるんです」
視力はあるが目が見が見えない状態か、取り合えず話を聞く事だな。
「俺の目が見えない理由は、霊想によるものなんです」
霊想、人の想いの力、一人につき一つ物心がついた頃に身に着く、大体の人は幼少期に思った事が霊想になるので単純な物になりやすいが偶に僕の様な例外が居るらしい。僕の場合は殺した人の霊想を使うことが出来るといった、使うにも使えない物だ、このボランティア部のもう一人の部員である渚月先輩は質量を自由に変えられるといった便利なのを持っていたりするやつもいる。
「俺の依頼はこの霊想、透視を制御できるようにしたいのです」
「分かりました、明日また来てください、やり方を考えておきます」
「ありがとうございます」
ドアまで男子生徒を案内してあとは先生に任せた。
「やり方ってどうするんですか?」
「霊想って思い想像の具現化な訳じゃん」
「そうなんですか?、初めて知りました」
「まあ霊想自体の話は一旦置いておくとしてあの子の霊想は透視でそれが原因で見えない、原理として考えられるのは視界に映るもの全てを透明にしてしまっている」
「まあパット思いつくのはそれしかないですね」
「あとはあの子が全てを透かすイメージをしてしまっているのをどうにか変えるだけだ」
過去に何か会ったのだろう、この世を全て透かして観たいと思った理由が、この世を透かしづくして何も見たくないと思った理由が、だがそんなことは僕が知る必要ないどんな人だろうと助ける、そのためにこの部活を作ったんだ。
「そのためにはまず信用を得るのが必要条件だ、そういえば言い忘れていたけど、依頼の事は他言無用で頼むな、学校から守秘義務は出されてる、先生かこの部員程度なら大丈夫だが」
「分かりました」
「じゃあ依頼も来たところだし、今日はこれくらいで帰るか、鍵とかは僕がやっておくからお先にどうぞ」
「じゃあまた明日、お疲れさまでした」
望見さんは帰って行った。
僕は部室に鍵をかけ、鍵を職員室に返すついでに顧問に入部届を渡した。
「大物が部員になったな、金でも渡したのか?」
「世紀の大発見した様な人が金で釣られると思ってるんですか?」
「そりゃそうか」
先生との話が終わりその日は真っすぐ家に帰った。
「希一さんはどんな方法思いついた?」
昨日帰ってから考えたが、僕が出来る範囲ならば良い景色の場所に連れていき、本人に内側の壁を上ってもらう事くらいと結論づけた。
「景色の良いところに連れていくくらいしか思いつかなかった」
「なら今回は私にまかせて下さい、あの人の内側にある認識を変えれば良いんだよね?」
「そうだね、どんな方法を思いついたんだ?」
「催眠療法って知ってる?」
ちゃんとした医療現場でも使われていると聞いたことがある、そんな催眠療法ならば認識を深層意識から変える事が出来るのだろう。
「なるほどね、僕には出来ない方法だ、それに僕の案よりも良いな」
「私の勝ちってことで」
「勝負なんぞしてないぞ」
「一方的に勝ったって事で」
「意味合いが変わるぞその言い方」
「落ち着いてください、新入部員に一方的に負けた部長さん」
何か嘘は吐いていないからどう指摘したら良いか困るな。
適当に話していた時にノックが鳴り響いた。
「失礼します」
昨日依頼してきた男子生徒が来た。
「いらっしゃい、とりあえず座ってください」
「希一さん、後は私に任せてください、あと催眠療法について説明するのでその間この人が仰向けになれる様に机を並べて、窓とか閉めて外からの音が聞こえづらい様にしておいて」
「りょーかい」
この教室はこのボランティア部以外では使われていないので机は全て後ろに固めてある、縦五個の横二列で十個くらいあれば余裕かな。
机の移動は二分くらいで出来たが、目の見えない人にとって机の高さを上るのはとても大変で危険な事だろう、なら椅子で階段の様にしたら多少安全になるだろう。
一辺に椅子を運び男子生徒が仰向けになる環境は整っただろう、あとは窓を閉めるのみだ。
廊下側の窓を閉める時に呼び止められた。
「確か希一君だっけ」
誰かと思ったが昨日も男子生徒をこの部室に案内したであろう教員だった、確か新任教員だった筈だ。
「はい合っています」
「まずは彼の事はありがとう、今からの話は私の自己満だから別に聞き流してもらっても構わない、私は彼の担任だが、彼がクラスに馴染めていないのは嫌でも分かった、まずは彼にクラスメイトとどう関わりたいか聞いた、そもそも本人が人見知りとかならば無理に介入すべきでないと思った」
「どう言ったんですかあの子は?」
「普通の高校生になりたいって」
普通の高校生か、ならばまず目が見えないのは致命的だろう、普通の生活には程遠い、どこに行くにも普通の人よりも危険で恐怖するのだろう、それはきっと普通の高校生とはかけ離れている、その恐怖が嫌だったのだろう。
「そう言ってくれたのが幸いだった、ほかの教師に相談した結果この部活にたどり着いた、誰よりも人を想っている人が作ったこの部活に」
「そんな事無いですよ、僕は普通の高校生です」
「君が自分をどう思おうが勝手だ、でも自分に自信を持つのは大事だよ」
謙遜なんてしているつもりも無いが、言われたことは真っすぐ受け止めるべきだろう。
「肝に銘じておきます」
「昨日この部に彼が相談して、その後校門まで送ったんです、そしたらあの子が今までにないほど明るく君らの事を話してくれたよ。何か彼の親みたいな事を言っているな、まあいい取り合えず君には助けられた、何か困った言ってくれ、出来る限り力になる」
「良い先生ですね、いや良い人です」
本心からの言葉だった、先生という枠組みに収まらない程、この人は良い人だと思った。
「ありがとう、今の話彼には内緒にしてください、少し恥ずかしいので」
「分かりました、では僕は教室に戻ります」
教室のドアを開けよとしたところ中ですでに催眠をかけているだろう様子が見て取れたので、最大限音を立てないよう、慎重にドアを開け閉めした。
そこら辺に置いてあった椅子に座り様子を見る事にしておいた。
望見さんの声は普段喋っている時よりも透き通っており、発している言葉が頭の中にすんなり入ってくるのを感じた。
何分経ったか分からないがどうやら終わったらしい。
「どう?見える様になった?」
「はいっ!、見えます!」
彼は歓喜の声色で言った。
「なら良かった、でも今見えるのは霊想を一旦使えない様にしているだけだから、明日また何も見えなくなったのなら、ほかの方法しかないだろうけど、世界を見るイメージは出来てると思うから何とかなるとは思う」
「一旦待っていて」
そう言い教室を出て教室の前にいるだろう先生に話に行く。
「彼の目は見えるようになりました、そこで提案なんですが屋上に行かせてはもらえないでしょうか、彼に綺麗なこの町を一望できる様に」
「分かりました、鍵を持ってくるから待っていてください」
「お願いします、屋上の扉の前で待っています」
「分かりました」
融通の利く先生で良かった、教室に戻り話をする。
「今から屋上に向かう」
「分かりました」
新入生二人を連れ屋上への出口である扉の前に着いた。
「すみません遅れてしまいました」
ちょうど良いタイミングに先生が来た。
「大丈夫です、僕らもさっき着いたばかりです」
「なら良いのですが、この扉を開ける前に1つ、ここの鍵を持ち出すの誰にも許可取っていないので、他言無用でお願いします」
「分かりました」
先生が扉を開けると同時に心地の良い春風が吹き込んで来た。
「ではどうぞ」
ここに居る四人が初めて学校の屋上に出た。
「世界って、すっごい綺麗」
子供の様にはしゃぎながら彼は言う。
「改めて、ありがとうございます、俺の目を見える様にしてくれて、この美しい世界を見られる様にしてくれて、この美しい景色を見せてくれて」
彼がこの景色をもっと堪能しようと、フェンスのそばまで近寄る。
「危ないですよ、ここから落ちてはひとたまりもありません、気を付けてください」
今まで彼に向けていた視線を景色に向ける。
夕焼けが良い感じに海に反射していたり、反対を見ると山々が見えたりするが、僕らから見たら普通のいや少し良い感じの景色であった、でも今の彼には絶景に見えているのだろうか。
「なんでこんな景色を今まで見ないようにしてきたのかな、自分でも分からないや、それにこの美しい景色をもっと見ていたいのに涙があふれて見えなくなって、なんで泣いてるんだろう、分からない」
何を想って泣いているのか僕らには分からないし、僕らが介入すべき領域でもないだろう、それをこの場に居る僕らは理解し、彼が自身の中で解を導きだせるまで待ち続けた。
すっかり夕焼が海に沈み切った頃に彼は泣き止んで、僕らに笑みを浮かべながら深々と頭を下げ言った。
「本当にありがとうございました」
ようやく、いや今までの人生の問題に対して答えを出したんだ十分早いだろう。
「じゃあ帰ろう」
望見さんがこのボランティア部に入部してから一周間程度経つが全く依頼が来ずに雑談するだけになってしまっていた。
「希一さん、この部活の部員って、何人ですか?」
「僕と望見さん、あと先輩の渚月って人が」
「へー、その人は来ないんですか?」
「まあ受験で忙しいだろうし」
あの人が勉強するかと言われればしないと断言しても良いくらいあの人は勉強をしていないが、流石に受験勉強位するだろうと思う、そう思いたい。
望見さんと話していると扉が唐突に開いた。
「希一、助けやがれください」
去年いろいろお世話になった故か尊敬しようとは思えないが心のどこかで尊敬している人が僕に迫ってきた。
だがあくまでも先輩だ、この人がどれほど終わっていようと敬意を払って受け答えすべきだろう。
だからこそ僕はきっぱりと言う。
「嫌だ」
「なんでだよ~、助けてくれよ~」
「だってどうせ、友達に金を借りて催促食らってるだけでしょ」
「いや、今回は違う」
「じゃあ闇金ですか?それともリボ払いですか?どちらもやめとけとあれほど」
「今回は金は絡んでない、と言うと嘘にはなるが、主語として正しくは無い、結果的に僕の家庭から金が失われるかもしれないけど、とりあえず金ではない」
「一応話を聞きます、一応ボランティア部だし」
「じゃあ史上初のボランティア部の部員からの依頼って事で、俺の名前は渚月だ、望見さんよろしく」
「よっよろしくお願いします」
急に話を振られたからだろう、一瞬言葉が詰まったようだ。
「あの、なんで一人称が俺なんですか?」
『え?』
先輩と僕の発声が同時に放たれた。
少しばかりの思考をしたのち、初対面ならこのゴミは女に見える事を思い出した、しかも制服を注文するとき間違えて女生徒の制服を買ったらしいので服装も女と変わらずさらにややこしくしている、中身はただのギャンブル狂いだがな。
「そりゃ、このゴミは男だから」
望見さんが何言ってんだこいつと言う目で僕を見てくる。
「希一君、先輩に向かってゴミだとか男だとか酷いよ、私はちゃんと女の子なのに」
殴りたくなってきた、殴り合いになったら僕が負けるけど、こいつ一瞬で望見さんが勘違いしていることを良いことに、話をややこしくしてきやがった。
望見さんからの視線が僕の心臓を貫かんとするほどに鋭くなっていく。
どうせ否定したところで信用度で行くと僕に勝ち目は無いので一旦放置しよう。
「ゴミは何をやらかしたんだ?」
「ワンちゃん退学」
「おめでとう、ゴミは授業の事を時間の無駄とか言ってたもんな、学校側から授業を受けなくてもいいって言われたんじゃん」
「卒業資格だけは取りたい、というよりも、進学するために仕方なくこの学校通ってるんだよ」
まあこんなこと言っても一応尊敬できる先輩だ手助けできるならばしたいと思う。
「ワンチャンってことは解決策は見えてるんですよね?」
「生徒指導に条件を提示された、授業中は内職で留める事と今年中ギャンブルはしないこと、ただし友人同士のお遊びに収まる範囲なら良い、だってよ」
こいつは何度も言うがギャンブル狂いである、それも競輪や競馬などギャンブルで100万は使ってるんじゃなかろうか。
「一般生徒はやってるので頑張らずともやってください、てか相当ごねただろお前……じゃなくてゴミ」
「なんで言い直した、まあいいけどそもそも一般って何ですか、定義を」
面倒臭いな、なんで定義しなならんのだ、まあ良いここには上限と下限が揃ってる。
「じゃあ、お前みたいな屑と、望見さんみたいな天才を除いたのも」
「分かりやすいね、ありがとう」
「それでどうしろと?」
「何とかしてくれ」
何とかしろと言われても本人のやる気次第だ、このゴミは絶対に無理だろう。
「無理だ」
目の前にあるゴミを適当にあしらっていると僕らボランティア部三人以外の声が室内を響いた。
「ここがボランティア部であっていますか?」
女生徒が教室に入ってきた。
女生徒は眼鏡をかけており、いわゆる真面目ちゃんのよ。
「いらっしゃい、ボランティア部へようこそ」
さっきまで僕らに無様に助けを求めていた先輩がいつもの他人に見せる状態に戻った。
「あのそうだんがあって」
「取りあえず、席に座ろうか」
先輩が席に誘導しているので教室の扉を閉めに行く。
僕が散々この先輩をゴミだの言ってきたが人を助ける上ででは僕よりも優れているだろう、僕が出来ることをこの人は120%で出来る、要するに僕の上位互換だ。
「すみません、席をもう少し離しても良いですか?」
「ええ、いくらでも、私に声が届く距離ならば」
こいついつも一人称は俺なのに、今日は私を徹底していやがる。
普通に話すならば少々距離が空きすぎている、そんな状態でお悩み相談は始まった。
「私は心が読めるんです」
恐らく霊想が原因だろう、そして席を離した理由もそこにあるのだろう。
「私は半径2m程度の範囲に居る生き物の心が読めるんです」
「それで?」
「私の悩みですが、人の心を読めるからこそ、人と関わるのが怖いのです」
人の心を読めるということは、人の光から闇、善から悪、全てを知ってしまうのだろう。
「人と関わる事への恐怖心をなくしてほしいってことで良いのかな?」
「はい」
「じゃあ、恐怖心は慣れていくしかないと思う、だがこれを伝えるだけならば、私たちの存在意義は無い、だから今から私は人間の愚かさを語ろう、そうしたら君は人間なんてそんなものと諦めに近しい感情を持てる、そうしたら君が人と関わる難易度はある程度下がるだろう、あとはあいつと友達になっておけ」
そう言いながら渚月先輩は僕を指さす。
「私が知る限り、彼以上に良い人は居ない、きっとこの学校で一番いい奴だ」
褒められるのは良いが僕自身はそんなにいい奴ではない、そこら辺の人と変わらないだろう。
「分かりました」
それから渚月先輩はみっちり人間の愚かさを実話、もとい自分の行った愚行を織り交ぜながら語った。
さぞ説得力があっただろう、なにせ自身の犯してきた罪を自白しているのと変わらないのだから。
何分経ったか分からなくなるほどに先輩は人間の愚かさを語り続けた、正直僕はこんな事聞き続けていると憂鬱どころか人間不信にでもなりそうなので、同意見だった望見さんと一緒に廊下に出た。
「渚月先輩の話えげつないですね」
「うん、思っていた以上だ」
「どう生きたらあんな話出来るのか、全く見当つきません」
「多分ギャンブルで見たものが殆どじゃないかな」
「希一さんとの話を聞いていた限りそうですね」
望見さんと二人廊下に出たが、あんな話を聞いては、何か話す気にもなれず、ただただ無言の時間を過ごした。
「希一と望見さん終わったよ」
ようやくあの拷問の様な話は終わったらしい。
教室に戻ると依頼者である女生徒はこの世に希望なんて無いと悟った様な顔をしていた。
「ちょっと言いすぎちゃった」
「大丈夫ですか?」
まずは安否確認をした。
「大丈夫じゃないです、もうこの世に希望なんてないと分かりました、死にたいです」
「ちなみに、さっき私が話したのはまだまだ、人間の愚かさには底なしの沼があるよ」
なぜか渚月先輩もといゴミは死にかけている女生徒にボディーブローを仕掛けた。
女生徒は希望が無いと悟った顔から何も考えていない無我の域に達してしまった。
女生徒に近づきながら、人間のすばらしさを語ることにした。
だが僕の話は聞こえていない様に無反応だった。
僕が女生徒の能力範囲内に入ると同時に彼女の顔は絶望から希望に変わっていった。
「貴方のおかげで希望を持てました、貴方のような人と出会えるのなら、この世も捨てたもんじゃないって思えました、私の初めての友達になってくれませんか?」
初めて友達申請された、普通友達ってなるものじゃなくてなっているものだと思うが、この人は友達が居なかったから作れた事が無かったから、このような少しばかりおかしな状況になったのだろう。
「僕の名前は希一です、二年の文系です、これからよろしく」
「私の名前美波です、こちらこそお願いします、私は一年なので先輩って呼ばせていただきます。あとこの部に入部してもいいですか?」
この二日間で部員は二倍になった訳だ、喜ばしい事だが、でも自分の役割が無くなる気がする、あまりにも回りが有能すぎる。
「貴方の役割が無くなることは無いですよ、そもそもこの部員をまとめられるのは貴方しかいないでしょう、誰もがあなたに魅了されこの入部している」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
本当にありがたい、そう思いながら教卓の中に入っている入部届を取り出し美波さんに渡す。
一分も経たないうちに美波さんは書き終わった。
「これで大丈夫ですか?」
そういいながら美波さんが入部届を渡してきた。
一通り内容を確認した限り問題は無かった。
「顧問には僕から渡しておくよ」
「お願いします」
「これからよろしくね美波さん、私は望見、私も一年だから同級生になるね」
「望見さんお願いします」
「俺は渚月だよろしく」
ようやく一人称を元に戻したようだ。
「部活には月一程度で来ると思うからよろしく」
全員の自己紹介が終わった、それと同時に誰かが見計らったようにチャイムが下校時刻を告げてきた。
「今日はこれで解散しましょう」
皆に解散を呼びかける。
「おつ」
そう言い残し渚月先輩はすぐに帰って行った。
同級生の女生徒故か望見さんと美波さんはすぐに打ち解けたのだろう既に一緒に帰ろうと話し合っていた。
「希一さんも、私達と一緒に帰ろ」
「でも僕は職員室に寄らないと」
「それぐらい付いていきますよ、先輩」
申し訳ない気持ちが湧き上がってくるが美波さんにはバレバレでそれを承知での発言だろう。
「分かった」
その後は三人で駄弁りながら職員室に寄ってから帰った。
今後もこの作品を読んでいただけると光栄です。