第47話 いち凡夫風情
あまりにも不敵な言い回しに、エリシア王妃の表情が思わず崩れた。
皆の視線がアメリアに引っ張られた直後、「ヒッ」という小さな悲鳴が聞こえてくる。
「あれ? 誰かいるの?」
自由すぎるリリーが崩れかけた通路を覗き込むと、そこに腰を抜かした男女が倒れていた。双方優雅すぎるほど着飾った服装にも関わらず、どこか脱力しきった様子。どうにか力を振り絞り、男が膝をつきながら割って入った。
「お逃げください殿下、ここは私めが」
「でんかぁ~? はは~ん、さてはアンタたち」
魔法で光を灯したリリーは、眩しさに目が眩む二人の顔を覗き込んだ。
そこにいたのは、事件発生以来姿を消していた第一皇女イルデと、その従臣であるドルグだった。
リリーに礼を述べたアメリアは、二人を見下ろしながら母と兄を呼びつけたうえで、非情にも言い捨てた。
「お母様、そしてお兄様。ここに倒れていらっしゃる御二方。今回、この方たちが何をしでかしたか、ご存知でしょうか?」
冷酷とも思える蔑んだ目で姉と従者を見下ろすアメリアは、「まさか……」と絶句するエリシアとカイルに、罪人である二人の姿を見せつけた。
「この方々は、賊と共謀し、この王国を乗っ取るつもりでいらしたの。もちろん証拠も沢山ございますわ。ねぇハーグマン様、それにエイヴ様も♪」
「嘘だ、妹君は嘘をついている!」と叫んだドルグに対し、短期間でかき集めた物的証拠をザッとバラ撒いたアメリアは、男の顔面を足裏で躊躇なく蹴り倒し、地面に踏みつけた。
「汚らわしい口を開くな蛮族が。……あぁ、それに姉上様も。……無様ですねぇ、バングル国の皇女ともあろうものが、薄汚れた姿をなさって。あ、でももしかすると、汚れたものがお好きということかしら。でしたら御安心なさって。これからはゴキ○リ這い回る牢獄で、カッチカチのパンだけで過ごす悠々自適の毎日が待っていますわ。……明日も、その次も、またその次の日も、ずっと天国を味わわせてさしあげます。覚悟しておいてくださいね♪」
「ひぃ」と慄き失禁したイルデは、そのまま気を失い倒れてしまった。
ご満悦の笑みを浮かべたアメリアは、「これで全て終わりましたわね」と手を打ち、嬉しそうに飛び跳ねた。
しかし一連のやり取りを目撃した者たちが、この上なく引いていたことは言うまでもない――
▲ ▲ ▲ ▲
「このたびはご迷惑をおかけしましたね。だけれど、こうして何事もなくお茶をできているわけですし、一つとして問題はございませんよね?」
「あるし、むしろ問題だらけだし、なんなら恨みしかないし、マジでぶち殺すぞクソガキ」
「まぁまぁ、そう仰らず。かくれんぼが上手なだけの《 いち凡夫風情 》が、次期女王様に向かってなんという無礼な態度でしょうか。…………ぶち殺しますよ♪」
「アイツ怖いよぉ」と、すすり泣くカワズを引き剥がしながらズズズと茶を啜ったリリーは、ハァとため息をつきながら言った。
「結局みんながみんな、お嬢の手の上で踊らされてたみたい。ホント、意地が悪いんだか、ちゃっかりしてるんだか」
その後、城に押し入った賊は例外なく鎮圧され、何事もなく事態は終息した。大きな畝りとなり、民衆をも巻き込んだ騒動に発展する可能性はあったものの、先手を打っていたアメリアが颯爽と収拾をつけ、元の鞘に収まる形で幕は閉じた。
一部破壊され住居不能となった城を離れた一行は、王族専用の邸宅に身を寄せ、ようやく落ち着く場所で身体を休めていた。
同じようにズズズと茶をすすったアメリアは、最後に王国乗っ取りの首謀者として捕らえられたイルデとドルグについて、それぞれ衛兵によって身柄を拘束され、裁きを受けることになるでしょうと付け加えた。
「それにしても、私は本当についていました。お姉様の計画を止めるため、何か良い解決方法はないものかとお庭をお散歩していましたところ、まさかこんなにも便利な玩具が落ちているとは思わないですもの」
便利な玩具扱いされ、鼻からフンフン息を吐いて怒るカワズの頭をバチンと叩き、リリーは続けた。
「でも未遂で終わったとはいえ、クーデターなんか起きちゃって、これからが大変なんじゃない?」
「もちろん大変ですとも。ですがこれはこれとして、少しだけ前へ進んだのも事実なのです。この国はお父様が倒れて以来、ずっと止まったままでしたから……」
含みをもたせたアメリアの発言について、カワズとリリーはまるで興味がないためか、スンと聞き流した。
「お二人とも、本当に良い性格をしていらっしゃいますね。こんなとき、普通は"過去に何かあったのですか"って尋ねるものよ?」
『…………(互いに無言)』
「返事くらいなさい、この不良冒険者ども! ……な~んて、冗談です♪」
目が笑ってないんだよなぁと茶を啜ったカワズとリリーは、共謀の容疑が晴れたため、そろそろ街を出ますと告げた。しかし今回の事件の解決に諸々の手続きが必要だからと、数日間の引き止めを命じられた。
「そこまで急ぎの旅なのですか?」
「ええ。一刻も早くカイエンへ戻りたいの」
「カイエン、……妖精国、ですか」
真面目な顔をしてリリーを見つめたアメリアは、何か言いかけて口を噤んだ。
リリー自身もそれに気付いていたが、互いに余計な詮索はやめましょうと頷き、会話はそこで終了した。
「せっかくですし、城下を回ってみるのはどうでしょう。バングルは商業の都市ですし、ルーゼルより大きなギルドもございますよ」
アメリアの"ギルド"という言葉に何か思い出し、カワズとリリーの顔色が青白く染まった。そして顔を見合わせ、「ギルドッ!」と叫び、冷や汗を流した。
「ど、どうかしましたの、二人とも声をお揃えになって?」
「や、ヤバいよ。ねぇアンタ、アタシたち街に着いてから何日たった……?」
「ああ、これは非常にマズい。コバエ、こうしてはいられん、さっさとギルドへ急ぐぞ、すぐにだ!」
顔面蒼白ですぐに旅支度を整えた二人は、アメリアの静止も振り切り、すぐに屋敷を飛び出した。「後ほどまた話を聞かせていただきますので」と手を振る次期王女へ形ばかりの一礼ののち、六角形の塀に囲まれた城下の中央に位置するバングルの冒険者ギルドに駆け込むのであった。
『れ、連絡用の道具を貸してください、今すぐに!』
駆け込むなりルーゼルの冒険者ギルドに連絡を繋いだ二人は、連絡待ち状態のまま放置され、完全にオコ、いわゆる怒り心頭爆ギレ状態な債権者に、平身低頭謝罪した。
『……街に入るなり、賊に間違われて逃げ回ったり、犯人探したり、王妃や殿下のご機嫌とってたら、三日も四日も報告が遅れましたって、それどんな冗談だ?』
「そ、そうでございます、債権者様。このたびは連絡が遅くなり、本当に本当に申し訳ございません、ランド様……」
『あと数時間連絡が遅れてたら、世界的な罪人としてギルドへ手配書登録するところだったぜ。懸賞金、それぞれ金貨10枚でな!』
「しょ、しょれだけは勘弁してください……。二度としません……、今後はちゃんと連絡しましゅ……」
『まぁいい。今回だけは見逃してやる。次からはちゃんと連絡しやがれよ、バカども!』
こうして遅ればせながらランドにバングル到着を知らせた二人は、また次の国への移動を模索する。
釣りも、一族の命運も、借金返済も、何もかも。
まだまだ 全ては始まったばかりである――
「……なぁコバエ。面倒だし、さっさとこの街抜け出さね?」
「パーティー抜け出さない? みたいに言うなし。それにまたお嬢の言いつけ破ったら、きっとアタシたち、賊と同じ目に合わされるわよ」
「わぁ面倒くさい。……それはそうと、この前行った地下の貯水池なんだが。潜った時にちょ~っと魚影っぽいものが見えた気がするとかしないとか……。よし、これから行って、一つお手合わせを♪」
「行くなし。じっとしてろし」
男の頭にスパンッと鋭いツッコミが入る。
こうしてまた一日が過ぎていく。
一族の命運も、借金返済も、まだまだ何もかも定まらぬまま ――
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