第42話 ライルズ=ウィンザーノット
彼女の声に耳を傾けていた三人は、どうしたと不思議そうな顔で視線を交差させる。しかしその交差する視線の先で、それぞれがそれぞれのタイミングで、全く同じ人物を目撃することとなる。
『もし私の想定が正しければ、ルンドベック大橋の事件を力尽くで捻じ伏せたであろう " あの方 " が、そろそろお戻りになられるはず。違いますか、お兄様?』
カイルの視線の先。
そこには、貯水池のほとりに佇む一人の男の姿があった。
男の姿は酷く汚れており、血生臭く、酷いものだった。黒く変色した肩当ては欠け、背負った大剣は返り血なのか、こびりついた黒の液体でびっしりと染まっていた。
一呼吸置いてから、何かを決心し、アメリアが息を飲んだ。
『お父様にお母様、それにお兄様。皆様の無事はこれで確定的となりました。……しかし先程も申し上げましたとおり、本当の勝負はここから。おわかりですね、カワズ様?』
冷静さを取り戻したのか、それとも恐れからなのか。様敬称を復活させたアメリアが宣言する。しかしそれは、カワズが最も恐れている展開にほかならなかった。
「いや……、わかりたくないでしゅ……」
『そうもいきません。だって貴方も全てをクリアにしておきたいでしょう?』
「全然、そんなことないでしゅ……」
微かな変化を悟り、背を向けていた男が徐ろに立ち上がる。
その人物が何者なのか、ようやく気付いた王妃が、胸の前で手を合わせ、目に涙を浮かべながら名を呼んだ。
「ジェイド、ジェイドではありませんか!」
誰もいないはずの空間から聞こえてきた声に驚きもなく振り返った大男は、自分が守るべき人物の無事を喜びつつ、すぐに跪き頭を下げた。
「ご無事で何よりです、陛下。このジェイド、肝心なところでお側にいられなかった此度の失態、深く、深く後悔しております」
「何があったのですかジェイド、私にもわかるように説明をしていただけますか?」
近くに国王とカイル皇子がいることを見届け、ほんの一瞬安堵の表情を見せたジェイドだったが、王族への挨拶と説明を済ませるなり、頭を下げたまま「恐れながら」と進言した。
「申し上げます。賊につきましては、我ら勢力が揃い次第、すぐに鎮圧をいたします。しかしその前に、一つお願いしたきことがございます」
「こ、こんなときに何を言っているのです。貴方はすぐに城へと戻り、賊を制圧しなければならないはずです!」
「本来であればそうあるのが筋と存じております。しかし私には、どうしてもやらねばならぬことがございます」
相槌を打つエリシア王妃の言葉とは無関係に、ジェイドの身体からグツグツと揺らめくほどの魔力が漏れ始めていた。凶悪なモンスターを想像させるほどの迫力にエリシアは絶句し、代わってカイルが「やらねばならぬこととは?」と質問した。
「今回の騒動、我々は当初、賊が起こした金目当ての誘拐と考えておりました。しかし深く調べを進めるうち、そこに何らかの陰謀が関わっていることを突き止めました」
「陰謀だって?」
「以前より動きをみせていた脱王権派のトップ、マクシルをマークしていた我々は、その最中、怪しい術を用いて人を拐う者の存在に辿り着きました。その者を操りランカスター殿下を拐った賊は、殿下の身柄を利用し、我ら戦力の分散を謀りました」
「そ、そんな……。今回のことは、キミたち衛兵部隊を分散させるのが目的だったということなのかい?」
「まんまと賊の策に落ちた我らは、大橋付近、城内、城下と戦力を分断され、結果、裏切り者を介し城内へ攻め込まれるという失態を犯しました」
「し、しかし、我々もそれなりの戦力を保持している。そこまで簡単に城へ攻め込むなどできるものか!」
「恐らくは、内部にそれを手引した者がいると思われます。が、今はまだ明らかになってはおりません。ただ……」
「ただ……?」
「幾つかわかっていることがございます。今回の事件に関わったと思われる人物についてです」
「……それはどんな」
「一人は城内へ攻め込み、賊を束ねている脱王権派のトップであるマクシルです。奴は水面下で集めた仲間を城内各所へ紛れ込ませ、今回の騒動を引き起こした張本人です」
「それは私も知っている。実際にこの目でハッキリと奴の顔を見た。先頭に立ち、我々を討たんと賊を指揮していた」
「そしてもう一人。……今回城へ攻め込むうえで、非常に大きな役割を果たした人物がおります。我々はその人物が殿下を拉致し、様々な裏工作を行った " 中心人物 " であると考えております」
「中心人物……。して、それは?」
「その人物は、容易く殿下を拉致し、マクシルを城内へ先導せしめてみせた。賊の仲間を城内へ引き入れ、奴らの準備に手を貸し、用意周到に動き続けている。決して姿を見せず、気配すら悟らせず。……おかしいとは思いませんか? 奴ら、どうやって殿下を拐ったのでしょうか。油断はあったにせよ、我々とてそれなりの人員をさき、衛兵を配置しております。手引した人間がいたにしろ、手口が鮮やかすぎるとは思いませんか?」
ジェイドの言葉を聞き、カイルが何かに気付く。ゆっくりと振り返った視線の先にいた人物。それが何者かなど、いまさら言うまでもない。
「誰の差し金かは存じません。しかしただ一人、非常に怪しい人物について心当たりがございます。その人物は、普通の冒険者を装い街へと紛れ込み、お嬢様を手籠めにし、国の中枢へと忍び込んだ。そしてまんまと王族の皆々様方を連れ出し、何食わぬ顔でこの場に現れた。さぁどうだろう。何か反論はございますかな、ライルズ=ウィンザーノット?」




