第4話 世界一気高く、美しい尾を持つ魔獣
彼の住むイービン川上流の痩地帯から南の集落を越え、アルリントン砂漠を横断し、ツインクル鉱山をぐるりと回ったところに、アーシュラダンジョンはある。
寝る間も惜しみ小走りダッシュで目的地へと急いだカワズは、周辺でキャンプを張ってダンジョンアタックへ向けて準備を整えている重装備の屈強な戦士たちを横目に、軽装備も軽装備で、躊躇なくダンジョンの入り口を駆け下りていった。
「目的のモンスターは、ええと深層8階の北西エリアに出没、と。思ってたより深いな。急がないと」
ピョンピョンと一段跳ばしで階段を下り、行き交うモンスターを素知らぬ顔でひょいひょい素通りし、すたこらさっさと地図上の道を辿る。
まるで昼間の公園でも散歩するように、そそくさと薄暗い小道を駆け抜けたカワズは、ものの一日半で目的の深層へと辿り着いた。
「う~ん、血生臭い。生き物の腐った香りが充満しておりますなぁ。かぐわしい、かぐわしい」
細長い木の枝を振り回し、壁に一本線を描きながら子供のように歩く姿は滑稽そのものである。ピクニックを楽しむ小学生のようなその姿は、周囲からはさぞかし愚か者に映ったに違いない。
しかし彼のことを嘲笑う者の姿はどこにもない。なにより彼がいるこの場所は、泣く子も黙る特級ダンジョンの最深部。
たった一人で足を踏み入れて済まされるような場所ではないのだからーー
「ふんふんふふふ~ん、ビチクソみたいな匂いだふふんふ~ん♪ ふ~むふむふむ(※ビチクソだけに)、ほほう、多分あれだな、みーっけ」
地図に描かれたポイントと、グレーテストテイルキングの特徴とを交互に見比べる。それから緊張感なく額に手をやり、眠っている様子の巨大モンスターの姿を、まるで遠くの山でものぞむかのように見上げた。
グレーテストテイルキング。
キマイラ系モンスターの最上位に置かれるその魔獣は、身の丈20数メートルもある巨体をゆったり地面に預けたまま、くぅくぅ寝息をたてているーー
この魔獣には幾つもの特徴がある。
性格は獰猛かつ狡猾で、必殺のブレスは一個大隊をものの数秒で壊滅させたという記録も残っている。だが最も重要かつ特異な能力は、前述したものの範囲に収まるものではない。
まず第一に、数いる冒険者が挑み続けてもなお、この魔獣の尾が市場に出回ることは極稀である。それもそのはず、この巨獣は背後を盗ることが "最も困難" と呼ばれているモンスターの一つだからだ。
その慎重さは他の追随を許さない。
決して気を抜かず、敵どころか同族、さらにはその家族にすら油断した姿を見せることがないと言われている。
何重にも張り巡らされたトラップを周囲に置き、姿を拝むことすら至難の技。
何より運良く戦闘にこぎつけ、どうにか追い込んだとしても、身の危険を感じた時には躊躇なく後退する冷静さを持ち合わせている。仕留めるとなれば、余程の強者でなければままならない。
しかも、である。
仮に仕留めることができたとして、この魔獣の尾は、少々特殊な性質を持っている。
たとえ苦労し魔獣を打ち倒したとしても、本体の生気が失われたその瞬間、尾は無価値に荒れ果て、バサバサの汚れた毛玉に成り果ててしまう。要は、死んだ個体から毛束を採取したところで、もとの美しい光沢が消え失せた、ただ硬いだけのほうきが完成する、といった有様だ。
それ故、血で染まらない長く無傷の毛束を手にいれることは、ほぼ不可能に近いとされている。よって尾を採取する方法といえば、長い時間をかけ、危険なテイルキングの縄張りを根気よく歩き回り、個体から抜け落ちた毛を集めるしかない。
グレーテストテイルキング。
別名、《 世界一気高く、美しい尾を持つ魔獣 》
全冒険者が手を焼く、唯一無二の存在。
のはずなのだが――
「さわさわで~、もふもふのしっぽ~♪ ちょちょいのちょいと、ふふんふ~ん♪」
魔道リュックからアダマンタイト製のハサミを取り出したカワズは、鼻唄混じりで巨獣に近付くと、尻尾の毛をムンと掴み、切りやすいようにピンと張った。そうして持ち帰れる量をジョキジョキと切り終え、ヨイショとリュックに詰めた。
「ハイ、採取完了。ど~れどれ時間は…………、まだ2日も余裕があるではないか、良いではないか(大満足)」
くぅくぅ眠り続ける魔獣に手を振ったカワズは、スキップ混じりでその場を後にした。
―― しかし忘れてはならない。
残念なことに、ここまでの作業は彼にとって少しばかり意味合いが違っている。
これまでの工程など、所詮はオマケ。これからが彼にとって、本当の仕事なのだから……
「いよいよですねぇ。ふひ、ふひひひ」
バサッと地図を広げたカワズは、事前に目星を付けていた場所の一つを目標に定めた。そこはダンジョン最深部の、かつ最西点にある奥まったポイント。
目立ったモンスターやアイテム、何よりダンジョンの主や、冒険者が目的とするドロップアイテムがある場所では、ない。
言い換えれば冒険者にとってのエアーポケット。通常足を踏み入れる必要がない、冒険者にとって無価値に等しい場所。しかし彼は経験から、そこに何があるかを知っている。冒険者が近づかず、足を踏み入れる価値のない、そんな場所のことを。
「ではここでクエスチョン。冒険者に見向きもされず、これといったアイテムもない。かといって安全でもなければ、メリットもないそんな場所とは、一体どこなのでしょうか?」
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