第2話 異世界釣りライフ
「……おいしい」
「うむ、美味いな」
「最高ですぅ!」
口いっぱいに頬張り、モニュモニュと咀嚼しながら、男一人、女二人の冒険者たちが手を挙げながら呟く。
「全身に染み渡る。まるで生き返るようだ!」
「本当に最高。まさかまた生きて美味しいお魚が食べられるなんて!」
「死んだと思った。死んだと思ったよぉ。でもおいちぃよぉ、え~ん」
片や号泣し、片や緊張から解き放たれて貪り食う様は壮観というほかなく、肩肘ついてその様子を呆れながら見つめる青年が一人。
「食うなし。それ俺の晩飯だし。勝手に食うなし」
「そう言うな、少年。この恩は一生かけて返す。本当に助かった!」
「少年じゃねぇし。あと俺の晩飯勝手に食うなし。恩返しいらないから、今すぐ飯返せ」
青年の手を取って上機嫌にブンブン振った男の冒険者は、ありがとうありがとうと何度も礼を言いながら、勝手に魚を頬張った。残りの二人も、抱きついたり、泣きじゃくるなりして感謝の意を示しながら、勝手に魚を食べた。
「「 あ゛り゛がどぉぉ、この恩は、いづががならずぅぅ! 」」
すがりつく冒険者を無理矢理引き剥がした青年は、泣きながら手を振っている彼らの姿に呆れ、ハァとため息をつく。
どうしていつもこんなことに。
もはや消し炭同然となってしまった獲物の骨を指先に摘んでみる。
パラパラと粉になり、生ぬるい風に散っていく。ただただ虚しさだけが吹き荒ぶ。
「せっかくのキングサイズが。あの冒険者どもめ……!」
未だ遠くで手を振っている三人を恨めしそうに見つめた彼の名前は、川洲大海。
この世界では、カワズと名乗っている冒険者である。
しかし彼は冒険者であるにも関わらず、薬草を採取したり、闇に蔓延る悪役を排除したり、ましてやダンジョンに潜ってモンスターを狩るといったことに興味がない。
では何をしているのか。
それはただ一つである。
「ふぁ~あ。しっかしまぁ、異世界ってやつは。……おっ、きたきた」
震える手元。
ピンと張った糸。
激しくしなる竿先。
「よしよし、よーしよしよし」
上腕に力を込め、グッと手繰り寄せる。
月明かりに照らされた水面に、小さな魚影が跳ね、水飛沫を上げた。
「っしゃ、朝メシゲーット!」
彼は釣りをしていた。
異世界で、思うがままに釣りを楽しむだけの冒険者。それが彼だ。
「異世界釣り生活、マジサイコー!!」
◆ ◆ ◆ ◆
彼自身が気づいた時、既に転生は終わっていた。
釣り系配信者として活動していた川洲青年は、動画のビュー数を伸ばすため、はるばる訪れたアマゾン奥地での撮影中、怪しい部族に襲われて、それこそ無様に川へと落下。背負っていた荷物が絡まり溺れるというマヌケな最期を憂いながら目を覚ますと、そこは見たこともない世界だった。
ライルズという横文字の名前に、流れるようなさらさらブロンド髪。
前世とは似ても似つかない端正な顔立ちの少年へと成りかわった彼は、当初その世界の価値観に戸惑った。
スキルや魔法という以前の世界では存在しなかった日常が溢れ、モンスターやダンジョンが蔓延る世界。悪政や暴力による統治も珍しくなく、なかなかに厳しい環境。なにより街や村では殺戮や略奪も頻繁に起こるし、奴隷落ちや貧困に陥る者も多く、それなりのハードモードになりそうな予感。
……なのに、彼は早々に頭を切り替えた。
「まぁよく考えたら、俺がやりたいことなんて、もともと一つだったしなぁ」
竿先を手繰り寄せ、糸の先端に新たな餌を括り付けた。そして静かに水面へ浮かべ、ふぅと息を吐く。
「釣りができればそれで十分。前の世界も、こっちの世界も、あんまり関係ないんだよなぁ」
幸福の基準は人それぞれ。
彼は何より、釣りができるだけで幸せだった。
16歳の洗礼を終えたのち、親元から逃亡し、ちゃっちゃと俗世を離れた彼は、ルーゼル領の街外れの僻地へと移り住み、自給自足の生活を始めた。
「キタこれ。しかも今度はちょっと大きいぞ」
躍る心を落ち着かせ、一気に竿先に力を込める。こうして街外れの清流で、朝の食材を調達をするのが日課だった。
「ハードモードかと思えば、迷惑さえかけなければ、誰に文句を言われることなく朝から晩まで釣り三昧。こんな幸せでいいのかね異世界。異世界釣りライフ、サイコー!」
しかし、人とはワガママな生き物で。
今日より明日。明日よりも明後日。
さらに大きな獲物を。
もっと新しい獲物をゲットしたい。
欲望は次に、また次へと湧いてくる。
となれば、何を成すべきか。
答えは至極単純であるーー
「異世界中の魚を釣って釣って釣りまくる。川も、沼も、海も、ダンジョンも、全部釣って釣って釣りまくる、これしかないでしょ!」
そうして彼は必要に駆られて冒険者となった。
理由は明確なため省略。
そんな、とある日の早朝 ーー