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第18話 盗るよ、あの娘、盗るよ


 淡々と魚を(さば)く様は面白みのない効率厨そのもので、無表情で ものの数分もかからず部位を切り分けていく。その姿はまさに殺人鬼染みており、リリーは「こいつマジ2000%無理」の顔でドン引きしていた。


「浮袋と胃袋は寄生モンスターで汚染されてるので、食用は絶対NGだぞ。いくら食いしん坊のキサマでもやめておくことをオススメするぜぇ♪」


「頼まれたって、こんな気味の悪い魚食べないわよ。馬鹿じゃないの!?」


「え、食わないの? ラッキー、なら全部食っていいんだな」


「え? ……た、食べないわよ。そんなの食べるわけ……」


 (はか)らずも、ぐ、ぐぐぅと誰かの腹が大きな音を鳴らす。

 "恥ずかしい。このまま死んで海の藻屑(もくず)になりたい"と顔を隠したリリーは、空腹を誤魔化しながら荷物の奥底に残っていた一欠片のパンを掴み、少しだけ匂いを確認してから、目を(つぶ)って口に放り込んだ。

 しかしそれっぽっちで腹が満たされるはずはなく、肉を焼く準備を始めた忌々しい青年の姿を、少し離れたところで(うと)ましそうに眺めていた。


 草原に生えている背の低い植物を刈って集め、さらに細長い植物で束にしてまとめたカワズは、それを魚の下腹に溜まっていた脂で全体をまぶし、続いてチッと指を(こす)らせて火をつけた。引火して激しく炎を上げた植物を置くなり、集めた草木を被せれば、火はたちまち膨らみ、即席の焚き火が出来上がった。


「ちょ、ちょっと、こんなところで火なんて炊いたら……!?」


 慌てるリリーに対し、臆する仕草すらないカワズは、慣れたように手際よく炎の調節をしてから、一人用の鉄鍋を吊るし、水筒から少量の真水を流し入れた。


「アンタ、ここがどこだかわかってるの。モンスターだらけの湿地帯のド真ん中なのよ、死にたいわけ!?」


「うるさいなぁ、少しくらい黙れないのかよ。暇ならテメェも手伝え」


 大きめな粒のままの香辛料を三つ手渡したカワズは、「そいつを割って磨り潰して」と指示し、自分はぶつ切りにした魚の肉に下味を付けた。そして拾ってきた葉っぱの匂いを適当に確認したのち、肉全体に被せ、鉄鍋へと放り込んだ。


 熱された水が蒸発して煙となり、葉に包まれた肉がジュウジュウと音を立て焦げ目を付けていく。「微妙に変な匂いだな」と文句を言いながら肉の塊を転がす男を変人として眺めていたリリーは、自分だけはすぐに逃げられるよう準備を整えていた。


「お~い、さっきの粒、そろそろ入れてくれ……って、テメェ何もしてねぇじゃんか。少しは手伝えよ!」


 逃亡準備万端の同伴者を諦め、(かたわ)らでほったらかしに転がっていた香辛料の粒を鍋の縁で潰し、そのままナイフの腹で適当に転がして細かくし、鍋へと放り投げる。

 肉が焼ける香ばしい匂いに加えて、擦れた胡椒(こしょう)に似た食欲を(そそ)る香りが漂えば、自然とまた彼女の腹が鳴った。


「やっぱ肉は焼いてから煮たほうが香ばしくて美味いんだよな。しかしこの草は失敗だったかな。なんか少し匂いが酸っぱい気がしてきた。食って大丈夫なやつなんだろうか」


 さらに少しの塩と、水をトプトプと鍋肌から入れ、持参した大根のような野菜を切ってぶち込み(ふた)する。これで良しと満足した男は、自作した折りたたみ式の三角椅子を取り出し、焚き火を囲んでドスンと腰掛けた。

 いつしか日は傾き、少しずつ辺りの景色も暮れ始めていた。しかし慌てる素振りすらない男の異常さと反比例し、三億倍慌てふためく妖精さんは気が気ではない。


「待ってよ。こんなところで夜になったら、アタシたちモンスターの格好の餌食じゃない。ど、どうするの、ここからじゃ急いだって、安全地帯まで半日以上かかるのに!?」


「ふーん、そら大変だ。さぁて、そろそろ煮えてきたかな~♪」


「煮えたかな~♪じゃねぇし。このままじゃ、アタシたちがモンスターの餌だし!」


「なんだよ、お前。あ、もしかして腹が減りすぎて ()()()()()()()() だな。ふんふん、仕方ないなぁ。後で残った骨だけくれてやるから我慢なさいよ」


 煮えたぎる鍋の蓋を開けて匂いを確認したカワズは、「う~ん、もう美味い」とウットリ顔で首を小刻みに振る。そうして自分専用の容器を取り出し、汁と肉の塊をよそった。


「味噌もあったら最高なんだが、もうストックがないんだっけ。早いとこ次の街で仕込まなければ(義務感)」


 いただきますと手を合わせ、ズズズとすする。塩と簡単な調味料で味付けしたシンプルなスープだが、滲み出る出汁の味だけでも最高と舌鼓を打つ。

 アピールするように何度も「うんめぇ」と繰り返す嫌味な姿と、暴力的なまでに漂う香ばしさに、心配や恐怖より食欲が勝り始めたリリーは、縄梯子(なわばしご)を食い千切るほど歯ぎしりしながら、「クソぅっ」と悶絶していた。


「あんれまぁ、妖精さんたら。そんな目ぇバッキバキで下唇噛み倒しちゃってまぁ。不憫(ふびん)だねぇ、可哀想にねぇ」


「黙れこの蛮族ッ。食べ物の恨みは、父を殺された恨みにも勝ると記憶しろ!」


「こっわ……、引いちゃうわぁ……。ねぇねぇ奥様、あそこのお嬢さん、きっと可哀想な人よ。旦那が甲斐性なしなのね、きっと。嗚呼、可哀想」


 一人芝居で(あお)り散らかし、緊張感なく鍋を貪る間も、やはりモンスターが襲ってくる気配はない。

 事態の異常さを肌で感じながらも、リリーは身体が本能から求める欲求に逆らえず、次第に我慢がきかなくなり、無意識下に自分専用の茶碗を取り出すと、鍋の中身を拝借するため、そ~っと手を伸ばしていた。

 しかしその様子を万引きGメンのように眺めながら、「()るよ、あの()()るよ」とおちょくる執拗な嫌がらせに阻まれ、泣く泣く(すんで)のところで踏みとどまるのを繰り返した。


「ったく、素直じゃない奴め。ああー、もう腹がいっぱいだあ。あとは沼にでも捨てちまうかなー」


 ひとしきりを食べ終えたカワズは、わざとらしく容器を置いた。「えぇ、捨てちゃうの……」と悲壮感漂う顔で、遠目に残った鍋の中を見つめる女がひとり。


「しかし流石にそのまま捨てるのはなあ。モンスターが集まっちまうしなあ。誰か食べたい奴でもいれば良いんだけどなあ」


 チラッと細目で飢えた妖精を確認する。

 言われる間もなく鍋袖に着座していたリリーは、「仕方ないわねぇ♪」と嬉しそうに残りの具を茶碗によそうなり、品なくズズズとすすり、「うんめぇ~」とジジイのように唸った。


「ほら見て奥様、あの()。涙流しながら残飯漁ってるわよ。不憫ね~」

「なんとでも言え、この人でなし! あぁ美味しい、ブス魚、マジ神」


 ワチャワチャ言い争う間にも、日は落ち、夜も深まっていく。

 二つの大きな月が優しく照らす草原の沼地は、次第に気温も下がり、周囲のモンスターは活発に動き始めていた。


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