第10話 一番大切にしているもの
「荷物をなくしたんですか。それは不憫なことで」
「嘘よ嘘、アイツに食べられたときだって、確かに持ってたはずなのに。どうして!?」
「あー、そういえば、ハエが地面を転がってたとき、なんだか小さい箱みたいのが転がってた気もするなぁ」
過去を確かめるように記憶の1コマ1コマを振り返ったリリーは、結界を破って落下した際、道具袋を落としたシーンをプレイバックしながら、
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
と悪魔のような断末魔をあげた。
全てを恨む堕天使のような充血した眼をしてカワズの胸元を掴み、「キサマ、なぜ黙っていた!?」とぶちギレた。
「知らんし。そもそもダンジョンが自己責任ってのは常識中の常識だろ。人のせいにするなよ」
「で、でも、一声かけてくれるとか、それくらいできたはずじゃない!」
「キサマが喚き散らしてモンスターを集めなければ可能だったかもな。自業自得だ」
「それだって拾ってくれるとかできたじゃない、この人でなし!」
「あの状況で、命を賭けてテメェのなんだかわからない袋を拾えと。……お前、それ本気で言ってんのか?」
「そ、それは……」
リリー自身も、自分の言葉の危うさを自覚していた。
冒険者の心得として、一番初めに叩き込まれる最重要事項がある。
それは、どれだけの身分であれ、博識であれ、たとえそれが王族であったとしても、ダンジョンでは生死が保証されることはないという絶対的ルール。
自ら足を踏み入れたが最後、全ての責任は己にあり、全てを背負わなければならない。これが永遠と変わることのない、冒険者普遍のルールとされている。
何が起ころうとも決して他人をあてにしてはならない。金を積み、優秀な冒険者を護衛につけたとしても、冒険者としての絶対的な矜持は、何人にも変えられはしないのだから――
「お前はお前の責任で深層にいた。そこで何をしていてもお前の勝手だし、お前の自由だ。俺には関係ない」
「で、でも……、だからって、あれは……」
明らかに落胆し、ガクンと膝をつく。
輝きを放っていた両翼も、萎んだように地につき、高飛車で軽口を叩きがちな性格も、途端にどこかへ消え失せたように口をつぐんでしまった。
「……ふん、なんだか知らんが好きにしろよ」
「好きにしろって。あそこへ行くために準備したアイテムも、お金だって、アタシにはもう…………」
「はい、そうですか。ではごきげんよう!」
後ろ手ふりふり去ろうとするズボンの裾を、最後の力を振り絞ったリリーがむんずと掴む。振り向きもせず「触るな」と言ったカワズは、聞こえるように大きく舌打ちした。
「こっちにも都合があるんだ。頼まれた商品を期日までに届けなきゃなんない。悪いけど、わがままフェアリーに付き合ってる暇はないの」
小さな手を振り払う。
しかししつこく裾を握るリリーにイラつき、「いい加減にしろよ」と語気を荒げた。
「…………します」
「なんだって?」
「お願い、……します」
「……は?」
「お願いです。アタシを、もう一度深層へ連れてってください、お願いです!」
「無理です。これから往復してたら色々間に合わないので」
「だ、だったら、それを届けてからでいいの。それで構わないから!」
「……見返りは?」
「そ、それは……」
「見返りもなく連れてけと。コバエさん、あんたちょっとむしが良すぎませんかね?」
「でも、でも、諦めるわけにいかないの。どうしてもアレを手に入れないと、みんなが!」
必死の形相ですがり付くリリーを払い除け、「最後は泣き落としかよ」と怪訝に突き放す。この世界に慈善事業で深層へ潜る者などはいない。高ランクダンジョンのリスクは、いかなる冒険者にとっても普遍で、揺らぐことのない意味を持つものだ。
借金で首が回らないカワズ相手ですら、依頼者が深層へと人を送るためには、金貨一枚というリスクが発生する。これだけは冒険者にとって譲ることのできない、絶対の領域だった。
「他のパーティーにでも潜り込んで挑戦したらいい。運が良ければ辿り着けるぜ。運が良ければ」
しかしリリーは首を横に振った。
「無理、……よ。アタシたち妖精族は、全て等しく光の属性を持って生まれてくるの。違いはあっても必ずね……。光属性の存在は、闇に属するダンジョンのモンスターにとっては驚異でしかない。モンスターにとって驚異ということは、それだけ察知されやすくもある」
「だったら姿を隠せよ?」
「それも無理なの。妖精族は、ダンジョンへ入るときは必ず退魔のポーションを使うの。そうしないと、すぐに気取られてしまうから。他のパーティーを隠れ蓑にしたところで、アタシを目標にしたモンスターが集まって、パーティーを全滅させちゃう。そんなこと、……できっこない」
「疫病神だな。なら気長にポーション集めて再挑戦しろよ」
「退魔のポーションは貴重品。お金があっても、あれだけの数を集めてる時間は、アタシにはもう…………」
いつかとは種類の異なる大粒の涙を流しながら、リリーが助けてくださいと懇願した。しかしそれはそれとして、無理は無理だとキッパリ拒否した。
「お願いです、もう一度深層へ連れてって。お礼は必ずします。一生かけてでも、必ずします。だから!」
「仕事の依頼は一部前金が常識中の常識。バックれられて何も手に入りませんでしたってのが関の山だからな。何より冒険者にとって報酬は全て。無一文と知ってるバカの言葉を信じる人はいませーん」
それでも必死にすがりつくリリーは、弾かれても、引きずられても執拗に懇願した。我慢の限界に達したカワズは、足を大きく振りかぶって彼女を振り落とした。
「どんな役目があるか知らんし興味もない。手を貸す義理もなければメリットもない。何より、キサマはまるで理解していない……。お前は、俺が 一番大切にしているもの を奪ったんだからな!」
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