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山を越えるらしい

 飛翔魔法を使い、一直線に港町の方向へと飛んでいく。

 町の外に人は少ない。安全に注意を払いつつ、低空で飛行していく。

 地面から高く飛ぶも、低く飛ぶ方が魔力の消費が少なく、更に加速しやすい。ただ、障害物には十分に注意しないといけないが。

 飛行魔法を使えるようになって気づいたのだが、少なくとも今僕が使っている飛行魔法は空気を利用する魔法ではない。ざっくり言えば非常に高度な竹馬だ。魔力の腕を伸ばし、地面を掴んで体を支え、駆けるようにして加速する。そのため高く飛ぼうとすればするほど伸ばす腕が長くなり、消費魔力が多くなる。魔力の腕で掴むのは別に地面でなくてもかまわない。例えば地面近くを低空飛行している時は、樹木を掴めば回避と加速を同時に行える。

 このやり方はなかなか自力では気づけないし、気づいたとしても危なっかしくてやってみようとは思えない。魔法とは全く別の才能が必要だろう。習得出来る魔法士が少ないのも頷ける。

 岩の目立つ山肌を越えていくと、地面が雪原に変わった。この高さまで登ればもう樹は生えていないし、障害物もあまり気にしなくて良くなる。山頂を目指す必要は一切ない、近場で手ごろな谷間を探しつつ山を越えよう。

 左右は剣のような急峻な岩壁。目下の谷底は厚い雪に覆われ底知れない。可能な限り加速し登っていくと、峠らしきものが見えてきた。

 直後、頭の中に声が響く。


「愚かな人間よ、我らの地に足を踏み入れて生きて帰れると思うな!」


 地割れのような、轟音のような声が、ガンガンと頭に鳴り響く。

 直後、目の前に大きな白いドラゴンが舞い降り行く手を阻んだ。鱗とも肌とも言えない白く輝くような滑らかな体。漆黒の闇のような瞳。その瞳が見えた瞬間、全身に寒気が走り体が震えた。

 止まるな、絶対に止まるな。止まったら死ぬ。

 雪面ぎりぎりを限界まで加速してドラゴンを避ける。しかし、その避けた先にも無数の白いドラゴンが待ち構え、群がる様に僕に飛び掛かってくる。

 大丈夫だ、奴らはそれほど速くはない。

 少なくとも最一瞬で高速に加速して追いつく事なんて出来ない。落ち着いて避けて飛んでいけば、抜けられるはずだ。

 前方から飛び掛かってくるドラゴンは僕を捕えきれないようだった。たぶんグレッゾさんから預かったペンダントのおかげだろう。雪面ぎりぎりを飛ぶ僕は雪に紛れ、その姿がはっきりと見えない。そして樹木を避けて加速するのと同じ要領で、魔力の腕でドラゴンの身体を掴み、加速し回避する。

 そして無数のドラゴンを避け続け、峠を越し、海を目指して雪山を高速で下っていく。

 ちらりと後方を見ると、大小様々な無数のドラゴン達が集まり、僕の方をじっと睨みつけていた。

 追ってきてはいない。

 ひとまず安心してよさそうだが、身体の震えは止まらず、心臓がバタバタとはためき続けていた。

 10や20ではない。まさかあれほどの数がいるとは。あの数に襲われたなら軍隊でも勝ち目はないだろう。この山に手を出せない理由がはっきりと分かった。

 帰りもこの山を越えないといけないと思うと絶望しかなかった。



 海を目指してまっすぐ飛んでいくと、程なくして港町に着いた。

 身分証を見せ、高い税金を払って町に入る。外国人相手には容赦がないらしい。

 急いで市場に向かい、薬草を探す。さまざまな商品が目に入るが、相場があまりに違いすぎて驚く。

 人の多い市場を駆け回ってようやく薬草店を見つけた。呼吸を整えながら、商品をチェックする。

 エフェドラ、エフェドラは……あった!

 やっす。

 本当にエフェドラなのかと二度見してしまった。

 王都で見た価格の半分以下の価格で売られている。

 これはあれだな……たぶん二重関税がかかってるな……

 落ち着いて必要な薬草を再確認する。

 エフェドラは絶対に必要。次いでシナモン。これも田舎町では購入するのが難しい。そしてアプリコットの種とリコリス。この二つは買わなくても大丈夫。

 よし、全部買おう。余っても今後必要になるのは明らかだ。

 薬草店にあったエフェドラとシナモンを全て買い占めた。ついでにポーション用のガラス瓶もかなり安かったので補充しておく。本当は今後の事を考えて他にも色々買って置きたいところだが、今はそこまでする余裕がない。

 軽く食事を済ませ、ストレッチで身体を伸ばし、身体に異常が無いか確認する。

 大丈夫。魔力も問題ない。まだ十分に飛べる。

 深呼吸し、ベルヒレネーの頂を見上げる。

 またあの山に登って、ドラゴンの群れを抜けるのか。考えただけで震えが来るが、やるしかない。

 白いドラゴン達に出会って幾つか気づいた事があった。

 おそらく奴らにとってベルヒレネーの特に高地が彼らの縄張りなのだ。そしてそこから出てくるという事はほとんど無い。もし縄張りの外に出ているのなら目撃した話があるはずだし、こんな山の近くに住むことなんて出来るはずがない。奴らにとって人族の町など餌場でしかないはずだ。

 そして奴らは何らかの理由で自分の縄張りを絶対に死守する必要がある。単なる推測に過ぎないが、侵入者を生きて帰したなら、その理由を暴かれるという恐怖があるのではないか。普通の生物であれば、あの数を維持するだけの食料を雪山だけで確保することは明らかにできない。この矛盾を解消するものが、その理由である可能性は高い。

 ということは、あの白いドラゴンはライオンと同じような形式の群れを作っているという事だ。ライオンは水と食料を確保しやすい川辺を縄張りとし、群れを形成する。魚群の様に逃げる為ではなく、渡り鳥の様に長距離の移動を有利にする為でもない。彼らの生存に絶対的に必要な何かを守っているのだ。

 そこから導かれる白いドラゴンの特徴として、おそらく飛行能力はそれほど高くはない。高速で移動する必要が無いからだ。雪に紛れる白い姿は敵から逃げ隠れする為ではなく、奇襲による先制攻撃をしかけるため。待ち伏せが奴らの基本戦術だろう。そしてそれを実現する高い探知能力を持っていると見るべきだ。もしかしたら今も僕を見ているかもしれない。

 速度で勝負すれば抜けられると思うが、果たして次も同じ方法が通じるだろうか。

 なんにせよやるしかない。

 とにかく速度重視で攻める。峠前で最高速になるように調整し、奴らが出てくるところで一気に駆け抜ける。ドラゴンを避け、加速していく瞬間を思い出し、何度もイメージを練り直す。より速く、より精密に。

 集中力の高まりを感じる。

 いける。

 飛翔し、雪原めがけて加速していく。できるだけ低く、そして速く。

 雪原に入ると体が雪面に触れそうな程、低空を高速で飛行していく。両側を岩壁に囲まれた谷を一気に駆け抜ける。

 そして眼前に現れた白いドラゴン達。

 なんだ? 妙な動きだ。

 僕の方に向かってくるでもなく、一面に並ぶように間隔を開けて集まっていく。

 全員が一度に一斉に襲い掛かるつもりだろうか?

 しかし考えている余裕はない。もう奴らは目前に迫っている。

 並んでいるドラゴン達の隙間を抜けるように、勢いよく飛び込んでいく。

 が――

 全身が何かに叩きつけられ、急停止してしまった。

 前に進まない。

 雪原に反射する光に煌めくプリズム。眼前にあったのは見えざる壁。僕はそれにへばりつくように打ち付けられ、そして雪面に転がった。


「くそ……障壁魔法か」


 ドラゴン達が展開する透明な魔力の障壁は、飛行の為の魔力の腕を容易く弾き飛ばした。

 奴らが考えた対策は、進行方向を隙間なく魔力で塞ぐという、ごく単純なものだった。僕はガラス窓に衝突して死ぬ鳥の様に、無様に雪面に這いつくばった。

 目に映るのは恐ろしく青い空と、そして目が焼けそうな程、眩しい太陽。そして大きな影が太陽を塞ぎ、僕の元へと降りてくる。

 動け、逃げろ、動かないと死ぬ。

 頭ではそう分かっているが、視界が歪み、身体に力が入らない。脳震盪か。


「クウレリイ。お前は何故(なにゆえ)我らの地に踏み入った?」


 ぐらつく頭の中に、大きな声が反響した。

 こいつ、僕の名前を知っている。やはり何か強力な探知能力で僕を監視していたんだ。

 しかし妙だ。僕をただ殺すだけなら会話をする必要なんてないはずだ。こいつらは、何を聞き出そうとしている。


「スピラを……町の皆を病から救う為に、薬の材料を買いに行っただけだ」


 僕は正直に答える。

 おそらく隠し事は無意味だ。今はただ、奴らの気まぐれで生かされているだけ。


「そうか……あの娘か。やはり人族は我らと違って脆弱よなあ。我らはそんな哀れなお前に、情けをかけてやろうかと思っているのだ」


 真っ白なドラゴンの口が少し開いた。真っ赤な口を僅かに覗かせ、それは邪悪な笑みを浮かべている様に見えた。


「その娘、スピラを我らに差し出せ」

「なんだと……」


 こいつらは、スピラの事も、街の状況まで、何もかも見えている。


「どうした? 急がないと町の人族がどんどん死んでいくぞ? 死の縁でお前の帰りを必死に待ち続けている哀れな人族がなぁ」

「くそ……スピラを一体どうしようって言うんだ!?」


 ドラゴン達が、一際大きな笑みを浮かべたように見えた。


「別に、何も? 我らはただ、お前が苦悶する様を見たいだけだ。ああそうだなあ、お前の目の前で、生きたまま皮を剥いで見せようか。それとも手足を一本ずつ食いちぎろうか」


 頭の中にドラゴン達の下卑た笑い声が反響する。気分の悪い笑い声に脳が揺らされ、吐き気が込み上げてくる。


「お前達は、僕を逃したら、スピラを連れてどこかに逃げるかもしれないとか思わないのか?」


 再び割れるような笑い声が響き渡る。


「我らは、お前がそれを出来ないことを知っている? そうだろう? せっかくこうやって命を懸けて薬を取りに行ってまで救おうとした者達を、お前が簡単に見捨てるはずがないものなあ?」


 こいつらは僕らがが逃げたら町の人を殺すつもりだ。


「我らは別に逃げてもらっても構わんよ? お前の愚かな判断で町が滅び、そしてその様を見たお前がどんな顔をするのか。想像しただけで愉快よなあ」


 再び笑い声が頭の中に反響する。

 この邪竜め。

 地面に仰向けになった僕は体をなんとか動かし、地面を這う。

 脳震盪の症状は幸いにも軽く、周囲を見渡す余裕くらいは出来ていた。


「どうした? 地に頭をつけて、命乞いでもしているつもりか?」


 こいつらの話に付き合っても無駄だ。人間をどう楽しく踏みつぶすかしか頭にない。

 ほんの少し先の雪面に見える、雪と雪の切れ目。僅かに見えた黒いスリットの様なもの。僕の予想が正しければ、あれは。


「ほらどうした? 涙を流して平伏しろ。糞尿を垂らし無様な姿を晒して詫びれば我らの気も少しは変わるかもなあ?」


 少しずつ、ゆっくりと張って、前進する。


「ドラゴンって、おしゃべりなんだな、知らなかったよ」

「そうだろう、そうだろう。我らはお前たちの泣き喚く姿を見たくて見たくて、気が付けば言葉も覚えていたよ。話せば話す程、お前達は恐れおののき無様に泣き喚く。これが愉快で愉快でたまらない」

「そうなんだ、すごいね」


 大笑いが聞こえる。何がそんなに面白いんだ。こいつら笑いの沸点が低すぎるだろう。

 僅か1cmほどの雪のスリット。それが手を伸ばせば届くところにある。

 笑い転げているあいつらは、僕が何をしようとしているか全く気付いていないらしい。

 スリットに手をねじ込み、奥へ魔力の腕を伸ばす。その中へ、飛び込んでいくように。

 がさり、と。雪が崩れ落ちる音。

 スリットの下は雪で隠されたクレバスになっていた。幸か不幸か、人一人がゆうに入る広さ。その深い雪の谷は、果てしなく思えるほど深い。普通なら命を簡単に落とすその場所。雪と氷に囲まれた狭い空間の中を、僕は飛行魔法を駆使してすり抜けていく。完全に雪で塞がってしまっているところも当然あるが、強引に突っ込んで雪の中を潜り、掻い潜っていく。

 ペンダントの力で僕の存在は雪に溶け紛れる。雪の中に潜った僕を、奴らは一時的に見失うだろう。そしてこの雪山から降りれば、縄張りから出てしまえば、無理に襲ってくることは無い。はず。

 このクレバスが都合よく外に繋がっているかどうかは、運次第。雪で塞がっている程度なら、ペンダントの力で無理矢理潜っていける。


「どこに行ったぁあああっ!! クウレリイぃ! お前をずっと見ているぞ、そこから出てきたらすぐに殺すっ、毛も皮も筋も割いて殺してやるぞ!」


 おーこわ。

 頭の中に聞こえてくるドラゴンの声は、さっきよりも遥かに小さく聞こえた。

 明らかに僕の場所を補足できていない証拠だろう。

 だが、今はドラゴンよりもっと恐ろしいものが、既に僕の身体を襲っていた。

 寒い。

 手足の感覚はとっくに無い。

 ペンダントが僕の身体を守っていても、防御魔法で雪から身を守っても、僕の身体からは少しずつ確実に体温が奪われていく。身体はもうこわばって動かせない。これではポーションを取り出すこともままならない。

 視界がぼやけてくる。

 このまま、凍死するのか。

 クレバスの中を落ちるように、滑る様に進み、雪に埋もれ、暗闇の中を突き進む。その先に、ようやくたどり着く。分厚い雪の壁の底を流れる、雪解け水。それが作り出す隘路。パイプのようなその空間の中を、僕は必死に飛んでいく。

 闇の奥に、僅かに見えた一筋の光。

 そこ目掛けて一直線に飛び込んでいく。

 眩しい。太陽の光で、目の前が真っ白だ。

 真っ白――

 くそ、そうか、そうなのかよ。

 一匹の純白なドラゴンが、目の前にいた。雪洞の出口で、僕を待ち構えていたのだ。

 もう雪はまばらになっている。もう少しで、奴らの縄張りの外だというのに。

 魔法障壁で行く手を阻まれた僕は沢に落下し、全身が冷たい水でずぶ濡れになった。


「なんだ、どうしたその哀れな姿は。潰れた虫けらのようじゃないか。死ぬのかぁ? そんな簡単に死んじゃうのかあ? 何も出来ず、手に入れた物も全て失い、誰も救えず、悲哀に打たれ孤独に死ぬのかあ? 惨めな最期だったなあ!」


 笑い声が、遠くに消えていくように思えた。その声が笑い声がプツリと消え、そして、僕は死んだのだと思った。

 でも――


「おいっ! 兄ちゃんっ! 起きろっ! 起きて逃げろ――っ!!」


 どこかで聞いた男性の声。

 ぼんやりとした視界の先に見えたのは、グレッゾさんの姿だった。他にも、数人の人影が見える。

 生きている。まだ、僕は生きているんだ。

 力を振り絞り、グレッゾさんの方に向かって飛んでいく。

 グレッゾさん達から放たれた火矢。炎を纏う無数の矢が、白いドラゴンの身体に降り注いでいた。雪原を抜けた先、縄張りの外から、グレッゾさん達がドラゴンを攻撃し、戦っている。その矢は、ドラゴン達の白い肌に傷一つ付けられていないが、ドラゴン達は異様に炎を恐れ、逃げまどった。


「走るぞお前らっ! 全力で逃げろっ!!」


 僕は走るグレッゾさん達を追いかけるように飛び、並走する。

 ちらりと背後を振り返ると、何匹かのドラゴンが縄張りを越えて僕らを追いかけてきていた。

 まずい、このままだと追いつかれてしまう。

 どうする……そうだ。

 こんな時にこそ有効な手があるじゃないか。

 僕は魔法障壁を放ち、障壁を置き去りにしてそのまま逃げる。離れれば障壁は消えてしまうが、今はこれで十分だった。僕を必死に追跡していたすぐ後方のドラゴン達は魔法障壁に衝突し、止まったドラゴンに次々に折り重なるようにぶつかり合った。

 やった、やりかえしてやった。

 僕らはそのまま必死に町に向かった。ドラゴン達はもう追ってきていない。

 逃げ切れたんだ。


「ありがとうございます、本当に、ありがとうございます。グレッゾさんが来てくれなかったら、僕は――

「いいんだよ気にすんな。正直、戻って来ないだろうって思っていた。でもな、なんか放っておけなかったんだよ。そんだけだ」

「このお礼は、いずれ」

「だからいいって言ってるだろ! それよりいけるのか? そんなボロボロの身体で、これからがお前の本当の仕事だろ?」


 声を出そうとすれば震える口で、話すのも、やっとだった。

 まだ手の感覚が無い。こんな体で薬を作れる自信は無かったが、心の奥底から、熱い熱い何かが滾り、燃え上がっていくのを感じていた。


「大丈夫です。任せてください」


 僕は自信を持って、そう言い放った。

 



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