川に遊びに行くことにしたらしい
グレッゾさんに薬を渡した翌日、回復ポーションが良く売れるので今度は30本作製し販売することにした。魔力的には100本くらいが上限だと思うが、材料的には30本くらいが安定して供給できる上限じゃないかと思う。
たくさん作ったので売り切れるのに少し時間がかかったが、それでも昼前には売り切れてしまった。
売れるのは良いのだが、安いとはいえこの町で1日に30本もポーションが売れるというのはちょっと疑問だった。日に30人もポーションが必要な怪我をする者が出るだろうか。適切に保管すれば1か月くらいは問題なく使える為、保存用に買っている者もいるだろうが、それでも少し疑問が残る。
通常の用途外に使用しているのでは――
回復ポーションの悪用というのはしばしばある。たとえば虐待の隠蔽などがそれに当たる。売る側がそれを防ぐことが出来ればもちろん言うことは無いのだが、そういうのは薬屋の仕事ではない。
薬をどういう用途で使っているのか聞くのは相手の気分を害する可能性も高いし、下手すると事件に巻き込まれる危険もある。聞く方としても抵抗が大きいんだよなあ。人付き合いが下手だとこういう時にほんと困るんだよなあ。
話しやすそうな固定客が出来てからそのあたり聞いてみたいけれど、なかなかそんな雰囲気にならないままだった。
さて、とりあえず今日は食材を買って帰ろう。
今日は製薬はしない!
休みの日とする!
ここ数日ずっと高度に魔法を使いっぱなしだった。魔力の大量使用は能力の向上につながる場合もあるが、やりすぎは逆に体調の悪化や能力の低下を招く。2~3日魔法を連続して大量使用したなら、1日は出来るだけ使わない日を設けるのが一般的だ。
家に帰ってクソ不味いベーコンに向き合う。既に昨日からベーコンを薄切りにして水にさらし、朝からジンジャーソースに漬けておいた。生姜、塩、玉ねぎ、蜂蜜、オリーブオイルを混ぜ合わせた特製ソースだ。普段はこんなめんどい事はしないが、今日でこの臭い肉との戦いを終わらせる。たっぷりのソースを絡ませたベーコンをフライパンに乗せ焼いていく。生姜と玉ねぎのいい香りが漂ってくる。横で見ているスピラも目を輝かせた。
さすがにこれはうまくいったろ。
薄切りにしたパンを用意し、焼いたベーコンを乗せ、レタスを乗せ、スライスした玉ねぎを乗せ、上からフライパンに余ったソースをかけて、パンで挟んで完成!
完璧だ、大勝利したろ。
「クー。はやくっ、はやくっ」
「しっかり噛んで食べるんだぞ~」
「うんっ、うんっ」
スピラと一緒に手作りバーガーにかぶりつく。
まだ少し臭みを感じるが、肉の風味と呼べる程度にはマシになっている。硬かった肉も薄切りにしてソースに漬けたおかげで柔らかくなり、問題なく噛み切れる。生姜と玉ねぎでぴりっと効くところに蜂蜜の甘さがほどよくやってきて甘辛く美味い。
ちょっと大きく作りすぎてしまったかと思ったが、スピラが大きなバーガーをぱくぱくと食べていき、食べきってしまった。
「頬にソース、付いてるよ」
「ふえ?」
スピラが指で頬をつつくが、ソースに当たらない。こちらから手を伸ばし、人差し指でソースを取ってあげた。
「ほらっ」
人差し指についたソースをスピラに見せる。
「あむっ」
その指を、スピラが咥えてしまった。
指先に触れるスピラの舌の感触。生暖かく、小さな舌が僕の指に絡みつき、嘗め回してくる。
「おいしいっ! クー、ありがとうっ、ごちそうさまっ!」
「ふふっ、どういたしまして。ごちそうさま」
口から指を抜かれた後も、指に舌の感触が残って、なんだか妙な感じだ。
「今日はねー、昼からちょっと川に遊びに行こうかなって思う」
「川~?」
「うん。水遊びとか、魚を捕まえたりとかね」
「おぉ~?」
タモ網や釣り具、麻袋を買い、門を抜けて川に向かって歩いた。
自然堤防を越えると、大きな川が流れていた。この川は北西方向に流れ、大きな下流部分は北部の国との自然的国境を作りながら海に流れる。北部の隣国とは比較的友好な関係にあり、河口の港町ではこの川を使って物流が盛んに行われている。魔道具を搭載した船が魔力を推力にして、下流の港町から川を遡上すれば港からこの町まで物資を運べるが、その便は今は月1回程度しかないらしい。
堤防の上から川を見下ろすと土場が見えた。数名の男性が材木の荷揚げをしているのが見えたが、あまり活気があるようには見えない。
上流方向にしばらく進むと、川の浅いところで数人の子供がはしゃいでいるのが見えた。どうやら魚を追い回して遊んでいるらしい。スピラがその様子を不思議そうに見つめていた。
「一緒に遊んでみる?」
「……ううん。クーと一緒が良い」
スピラは僕の手をぎゅっと握ると体を寄せてきた。
「じゃあちょっと離れて遊ぼうか」
「うん」
はしゃぐ子供達を遠目に、僕達も魚採りを始めた。
二人でタモ網を持って川の中に足を入れた。ひんやりする水が勢いよく足を通り過ぎていく。じゃぶじゃぶと音を立てて歩き、草むらで覆われた所に向かっていく。タモ網を固定し、足で上流側の草を踏んで揺らした。タモ網を持ち上げてみると、小指くらいの小魚とエビが入っていた。
「おおっ、とれたとれたっ!」
「ふぇっ、見せて見せて!」
タモ網を持ち上げて、中にいる魚とエビを見せた。ぴちぴちと魚が跳ねる様子に、スピラが驚く。
網を近くに持っていくと、スピラが網の中に手を突っ込み、魚に触れる。掴んで持ち上げようとすると、魚が跳ねて逃げてしまった。
「あ、逃げちゃった」
「大丈夫大丈夫」
「なんか、ぴくぴくって、ぬるぬるってしてた」
「ん、うん、そうだね。じゃあ、スピラもこんな感じでやってみようか」
「できるかな」
「大丈夫、できるできる」
タモ網を持ったスピラが川を慎重に歩いていく。こけないようにすぐ後ろを一緒に歩いて支えた。
スピラは僕がやって見せたように、川岸にタモ網を固定し、ざぶざぶと草と水面を揺らす。そして、網を持ち上げた。
「重いぃ……」
タモ網に何か重いものが入っているのか、水面からなかなか持ち上がらない様だった。
一緒に柄を持って持ち上げる。確かに少し重く、何かが入っているようだ。水面から網を出すと、茶色のような薄緑のような丸っこい何かが入っているのが見えた。網を近くに持ってきて中を見てみると、大きなカエルが入っていた。
「わああっ!」
スピラが網の中で跳ねる大きなカエルに驚いて、こけてしまった。
慌ててスピラの身体を抱えて起こす。
「大丈夫?」
「ううっ、つめたい」
濡れても良いように薄着で来たのは良いけれど、水浸しになったスピラは濡れた白いシャツが肌に張り付いて、肌が透けて見えてしまっている。
べ、別にどきどきしてないぞ。してない。くそ、不意打ちで来られると困るな。
それにしても大きなカエルだ。僕の手と同じくらいの大きさがある。
「クー、なぁに、これ?」
「これはカエルだね。こんなに大きいのはあんまり見たことないな」
「なんかきもちわるい」
「ん、う~ん。そうだね。でもこれも食べられるんだよね」
「え、食べるの」
「せっかく大きいのを捕まえたし、逃がすのももったいなくて……」
市場でカエルは見た覚えが無いが、食べられるはずだ。あまり一般的ではないが、実家の近くでは食べている人がいた。それほど美味しいものでもなかったと思うけれど、食べてみようか。
「ねえ~! 何つかまえたの~?」
背後から子供の声が聞こえた。
振り向くと遠くで遊んでいた子供達がこっちに来ていた。
「ああ、大きいカエルだよ」
「みせてみせて~~!!」
網を子供達の方に向けると、歓声が上がった。
「すっげ~でっかい!」
「なにこれなにこれっ!」
スピラが恥ずかしそうに僕の背後に隠れた。その小さな背を押して、子供達の前に出してあげる。
「スピラが捕まえたんだよ」
「あっ、えっ、あっ」
恥ずかしそうに、不安そうにするスピラ。
「えええっ、ほんとっ!? すっげぇ~!」
「ほっ、ほんとう」
「わたしもやってみたいっ! おしえておしえてっ!」
「うんっ、あ、でも……えっと……」
スピラが不安そうにこっちをじっと見つめる。
「大丈夫、行っておいで」
「……うんっ」
捕まえたカエルやエビを逃げないように麻袋に入れ、タモ網を子供達に渡した。
網を持ってはしゃぐ子供達。僕も昔はあんな感じだったなあと懐かしく思う。
川岸に戻り、子供達の様子を見ながら釣り具を弄る。
岩場に移動し、針にエビを付け、岩陰の深そうなところを狙ってみた。
が、なかなか釣れない。長期戦になりそうだ。
大きな岩に座り、子供達の様子をぼんやり眺めた。スピラは仲良く遊べているだろうか。
不安で仕方がない。
「お兄さん釣れますか?」
「ん、あ、いやあ……ぜんぜんですね」
声の方を見ると、見覚えのある女性が立っていた。
この人は確か……
「この間は、お薬ありがとうございました。心配で娘を見に来たのですが、おかげであんなに元気に遊んでいます」
「ん、それはよかったです」
遊んでいる子供達の方を見る。
スピラと楽しそうに話している笑顔の女の子が見えた。あの子か。
確かに元気そうに見える。見えるが……
「娘さんは何か大きな怪我をされていたんです?」
「いえ、流行り病で寝込んでいたんです。すごく高い熱が出て、起き上がれなくなっていたんですが、お薬を飲んだらすっかり良くなって」
「流行り病……ですか……?」
「そうなんです。2年前にも大流行して、あの時は薬も足りなくて、何人も亡くなりました」
「そうでしたか」
僕は女の子の様子を見続けていた。
普通に話をして、普通に遊んでいる様に見えるが、今……咳をしたような。
回復ポーションは病気の根本的な治療にはならない。場合によっては病状を悪化させることもある。
発熱が落ち着いた後、いわゆる回復期であれば、損傷した臓器を回復したり、衰弱した体力を補う事で治療に寄与できる。だが感染症の原因になった菌等には何ら効果がない。
「その流行り病というのは、熱が出たりとか、咳をしたりとか、そういう風邪のようなものですか?」
「ええ。咳が出て、喉が痛くなって、呼吸が苦しくなるんです。寒気がして、強い熱が出て、身体も痛んで動けなくなってしまう怖い病気です」
「それは今も流行っているんです?」
「そうですね、この町でも少し。近くの村はだいぶ危ないとか」
「……わかりました。ありがとうございます」
「あっ、竿、引いているんじゃないですか?」
「えっ、あっ、ああっ!」
考え事の方に気を取られていて全く気付かなかった。慌てて竿を引っ張る。ぐいぐいと竿がしなり、腕がぐらぐらと揺れた。竿の柄を脇でしっかりと固定し、少しずつ引き寄せていく。
水面近くに魚の姿が見えてきた。
片手でタモ網を持ち、魚目掛けて突き出し、うまく掬い上げた。
「わあっ、立派なマスですね!」
「ん、ぐぐっ。おっもっ」
「ええ~これくらい簡単でしょうっ?」
「んぐぐぐっ!」
少しずつタモ網を引き寄せると、網に入っていたのはブラウントラウトだった。
40cmくらい大きさで、この魚としては大きい方ではないが満足な釣果だった。
そんな1mくらいの大物なんて釣れても困るし。
「あ゛~、おもかっだ」
「も~、こんな事でへばってたらダメですよ。身体鍛えてください!」
「ふへぇ、がんばりますう」
「ふふっ。それじゃあ、うちの子を連れて帰りますね。あんまり冷えると良くないでしょうから」
「ん……そうですね。息苦しさや胸の痛みが出たりしたら無理させず、休ませて下さいね」
「はあ~いっ、気を付けますぅっ。ふふっ」
びちびちと暴れる魚を掴み、麻袋に押し込んだ。早めに家に持って帰って下ごしらえをしようかな。香草焼きか、バターが無いけどムニエルもいいかなぁ、悩むなあ。そういえばカエルの方はどうするかな。一緒に焼いても良いけど、スープに入れた方が美味しいかなあ。
母親に呼ばれて子供達が岸に上がっていく。女の子が帰るのを見て、みんな帰ってしまうようだ。
一人残されたスピラに呼びかけると、こちらに向かって走ってきた。
「楽しかった?」
「うん。あのね、ちっちゃなお魚がいっぱい集まってくるんだよ! それで、足に集まって、つんつんって、つついてくるの!」
「きっとスピラの足がおいしいんだねえ」
「ふえっ、おいしい……のかな」
スピラは不思議そうに自分の足を見つめる。
「お魚さんもスピラの足が大好きなんだよ」
「足、食べられちゃうの?」
不安そうな、泣きそうな顔で僕をじっと見つめる。
ちょっと意地悪な言い方をしすぎたかもしれない。
「冗談だよ。誰も食べたりしないよ」
「むぅ……いじわる」
「あはははっ、ごめんごめん」
「も~~っ!」
スピラが両手を握りしめてぽかぽかと僕の胸を殴る。
謝りながら背中をさすってあげる。
そして手を繋いで一緒に家まで歩いた。
捕まえたカエルは捌くのにかなり苦労した。頑張って皮を剥いで内臓を抜いて、ようやく足のところが食べられる形になったが、頑張った割には可食部が少なくなんとなく残念な感じだ。しかし見た目はぷりぷりとした綺麗なピンク色のお肉で、食べられる形になっていて安心する。足を切り離し、一応10分程度下茹でする。その後鍋にオリーブオイル、切った玉ねぎ、下茹でしたカエル、千切りした生姜を入れて炒める。水と塩を加え、アクを取りながらしばらく煮込む。
ブラウントラウトの方はなやんだけれどムニエルにすることにした。ブラウントラウトを捌いて切り身にする。バターがないので、小麦粉をまぶしてオリーブオイルで炒めた。フライパンに残ったオリーブオイルに刻んで潰したリンゴ、刻んだ玉ねぎ、酢、はちみつ、塩を加えて炒め、アップルソースを作った。それをムニエルにかけて完成。スライスしたパンを添えておいた。
取って来たばかりの新鮮な食材を調理して食べるなんてもうかなり久しぶりだ。子供の頃以来かもしれない。王都では不可能な食べ方なので、ある意味贅沢な食事をしていると思う。
「カエル……食べるの……?」
「ん、うん。スープに入ってるけど、無理に食べなくても良いよ」
「う、うぅ~ん」
スピラは難しそうな顔をしている。
テーブルに料理を並べると、スピラはやはりカエルが気になるのか、スープの中のカエルの足を掬い上げていた。関節のところで切り離したのであまり足っぽくは見えない。
「これ、カエル?」
「うん、カエルの足だねえ」
「むぅ……」
スピラはカエルの足をしばらく眺めた後、ゆっくりと口に運んだ。かじりつくと、肉がきれいに骨から剥がれ落ちた。僕も味が気になるので一緒にカエルの肉を口に運ぶ。
「おいしい? かも」
「そうだねえ。う~ん鳥のささみみたいな感じかなあ」
もっと硬くて筋張っているのを想像していたけれど、意外と柔らかくておいしい。生姜のおかげか下茹でのおかげか、臭みも無かった。
ムニエルのほうは少しソースが甘口になってしまったけれど、これはこれでおいしい。スピラも甘口のほうが良いのか、嬉しそうに食べている。
食事と後片付けの後はいつものようにお風呂に入る。そして外を見回った後、一緒にベッドで横になった。横になると、スピラはすぐに寝てしまい。何か寝言を言っている。今日、川で遊んだことを夢に見ているようだ。
一緒に遊んでいたあの子達は、スピラの友達になってくれるだろうか。
僕一人と一緒にいるよりも、いろんな人と交流した方が、この子にとってずっと良い事のはずだ。
もっと交流の機会を増やしていけると良いのだけれど。