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スーパーマンな気持ち

作者: きむら

スーパーマンって結構回りにも居たりする、そんな話し。


都内某所。

「ねぇ何かあったみたい、行ってみない?」

「たぶん何かあったんだ、だけど行かない」

「あぁ…ごめん。そうだよね」野次馬とかそういうのは良い事とは思えない、でも何が起こっているのかは気になるじゃない。

だけど僕はそんな事好きじゃないんだね。と、彼女は思っているみたいだ。ほんとのところは全然違うけど。


そして彼女は照れ笑いのようなモノを僕に零す。僕はその笑顔にどう応えていいのか困ってしまう。笑顔で応えたらきっと僕は薄らバカに見えるだろうし、かと言って眉間に皺を寄せて『はぁ?』なんてあまりに酷い。この辺は付き合いが浅いということなのか…。


仕方ない、口で説明しよう。


「いや、そういう訳でもないんだ。ただ俺、スーパーマンだから」

「ん?」これは困ったぞ? と彼女の目は言っている、そして今度は口をむぎゅっと閉じて笑う、『これは困ったぞ』と。

「いやマジなんだ。滅多に人には言わないんだけど。俺、いわゆるスーパーマンなんだ」自分で言いながら自慢しているみたいで恥ずかしくなる。嫌スーパーマンというストレート過ぎるネーミングを口にしている自分が恥ずかしいのか。


「じゃあ尚更行かなきゃ。行って助けなきゃ」もちろん信じていない彼女は右手をぐっと握り、こぶしを作る。

「いや、だから行かないんだ」じゃれようとする猫にそっぽを向くみたいに、僕はサイレンの音がする方向とは反対方向へと脚を進めた。


その後、僕らは彼女の買い物やらウィンドーショッピングを済ませてフランチャイズのカフェに疲れた脚を休める為に立ち寄った。そして彼女は今日も迷うことなくカフェラテを頼んでいた、この間もそうだったし、この間のその前も確かそうだった。


コーヒー牛乳とどこが違うのか今更誰にも聞けないのだけど、彼女になら何時か聞ける気がする。そんな事を考えながら、なんだかやたらと太いストローを啜る彼女を見ていると、彼女は僕に言った。


「さっきの話、スーパーマン。なぜ『だから』行かなかったの?」真っすぐに僕のアイスコーヒーのストローを見ている。彼女も僕のストローがなぜそんなに太いのか気になっているのだろう。


「俺さ、弱いんだ。そういうの、心が凹むような場面とか。体はスーパーマンなんだけど、心はガラス並。『だから』行かないんだ」彼女はゆっくりと太いストローを噛んだ。


なんだか空気が淀んだ気がする…。

「んーと、見た目は子供、頭脳は大人、その名は…。」あわてて無理くり付け足したもののストローはぺたんこに噛まれてしまいました。ごめんなさい叶うなら後者の方は無かった事にしたいのですが……。


彼女がストローを開放したのは「ん?」と、ただそれだけの言葉(音)を発する為だけであった。


なんだか二人の温度がサーと開いている気がする。仕方ない、もう少し真面目にスーパーマンな僕が、スーパーマンらしからぬ理由を彼女に説明しよう。


「さっきの火事だって、映画みたいなスーパーマンだったら全員無事に助けるだろ? 俺だってそれなら行くよ。でも実際は消防車とか何かが着いた後に俺が行っても、助かる人は助かってるし、助からない人はもう何をしたって助からないんだ」

「そこで俺が出来ることって言ったら…人並みに悲しんだり、人並み以上に自分の力不足を悔やんだり、そういう感じなんだ」アイスコーヒーからは早くも啜られる音が鳴る。

「それでも、希望を捨てず、万が一のチャンスに賭けてみてもいいんじゃない?」冗談では無さそうな鋭い眼で、僕の眼を見てカフェラテを啜る彼女。


温度だけでは無く距離までも離れだしている。話題を考え直した方が良いのか、もう少し修復した方がいいのかわからぬまま、僕は続けた。

「んー、それならせめて犯行予告だとか、敏腕の相棒とか居てくれないと、映画かなんかだと大体そうなってるじゃん。現実はリアル過ぎるよ、ヨーイドンで駆け始めてもデキレースみたいなもんなんだ、わかる?」

「で、スタートにも着かないの?」ムッとしたような寂しいような顔をする彼女、そんな彼女は頬杖をつきながら、今度はストローを人指し指で弄ぶ。ストローは無意味な回転運動をしながら時折力の抜けたような変な音を奏でた。


現実の中にあるシュルレアリスム(超現実的)なルールを知らない人にそんな世界を説明してみてもわかってはもらえない、そういう事なのだろう。


「いや、ごめん冗談。スーパーマン」


「スーパーマンってほんとはそういうんじゃなくて、相手にバレないように相手の幸せとかだけを願って、そして迷う事無く動ける存在なんだと思う。相手からの感謝だとか他の人からの評価や賛辞なんてものはどうでもいいんだ。 例えばタイムズの表紙を飾ったクリストファー・リーヴなんてあれはスーパーマンなんかじゃないからね、彼はただの男前だから、それもかなりのぼんぼん」

「スーパーマンなら相手の幸せを見たくもないんじゃないかな。見たら感謝されたくなるんじゃないかな。嫌そういう感覚自体スーパーマンじゃないな。きっとそういう見返りが必要なのは弱い人間なんだ」


「だから純粋に相手の幸せだけを思い、遠いところから風の便りに耳を傾けて、ここぞという時にだけ現れてちょっと気の効いたことをさり気なくこなしてさっと消える。それで相手が幸せならそれでいい。そんな存在がスーパーマンじゃない?」

「まるでサンタクロスね」決め台詞を放ったような表情の彼女だが、サンタクロースと言ってくれ。

「おぉ確かに、サンタクロースはスーパーマンかも」

「じゃあ、さっきの財布をお願いしよーかな、スーパーマン」僕の左耳あたりにそんな事を言う彼女。


そんな願いだったらお安いご用だと心の中で呟きながら、僕は微笑みそして彼女のカフェラテを奪った。





それから何ヶ月か経ったある、私達がカップルっていうのも少しは板に付いてきた休日の昼下がり、事件は突然やってきた。


何故だか知らないけれど、事件は事が大きければ大きい程突然やってくるように思う、その時も突然だった。


私達は駅に向かうバスの中でつまらない映画の話しに夢中だった、いや、達ではなく彼の方が大いに。


「んで来たよ演説、まぁ好きなんだアメリカ人、演説が。軍隊の上官、弁護士、FBIやCIAの偉いさん、大統領に、昔のなんとかーって英雄とか。みーんな最初はくっだら無いジョークで聴衆を和まそうとするとこから入るんだ。 『あんな偉い人がなんて気さくなんだろう』みたいな安堵の安売りみたいなヤツ、するだろ? そして『敵は冷酷で強い、我々の中にも犠牲者は出るだろう、だがしかし! 我々はもっと強い!』みたいな事を段々ボリュームを上げて、唾飛ばして、カメラは段々寄りーの、聴衆の高揚した顔をモンタージュしながらーの、無理やりにテンションを上げようとする訳さ。BGMなんかもしまいにゃおっきいのよ、うるさいくらいに。そして最後は『行くぞー! うぉーーー!』とかって拳を突き上げたり帽子を投げたり。」ずいぶん熱を上げて演説について語る彼、コウスケ。


「もうね、この流れに乗ると、俺なんかはどうしようもなくどんどん冷めていくんだ。最後のうぉーーとかってとこにもなると俺はもう、うわははぁ~んって萎えちまう、きっと現代のアメリカにヒットラーなんてのが」


「あっ」それは突然やってきた。真っ黒な大きい物体、それはたぶんダンプ。


バスの最後尾の大きな窓ガラスは見る見る黒い巨体で覆いつくされようとしている。まだ何かしゃべっているコウスケの顔を見る。


『ん?』って顔をしている。窓はどんどん黒くなる。『当たる!』口に出したつもりが自分の声が耳に聞こえない、コウスケ! 当たるまでもう時間は無いだろう、だからただまた窓に視線を向ける。なのにまだ当たってはいなかった、意外と何かする時間はあったのか? とその瞬間バーン! というもの凄い音と衝撃がバス全体を包んだ。


私の足元から床が消え、私の身体は宙に浮いた。床が戻って来る前に今度はバスの前の方がまるで爆発でも起きたような破裂音と共に光った、それとほぼ同時に私から見える世界は回転した。椅子が足元に来たかと思うと天井に頭をぶつけ、前だか後ろだかに転がり意識が飛んだ。


強い痛みが右足あたりを走り、その痛みで意識を取り戻しかけた時、浮遊感を覚える。『落ちてる…!!』視界が戻る間もなく、床とも天井ともわからぬ何かに身体全体がぶつかり、今度は完全に気を失った。


「ユカリ! ユカリ!」私を呼ぶ声がする、身体中が痛い。コウスケ? こんなに痛いのに身体を揺すってるの? お願い、止めて。死んじゃいそうよ、私。


「ユカリ! 起きるんだ! 起きろ! 沈んじまう! 起きろー!」私の願いはコウスケには届かないようだ。今度は右腕を持ち上げられた、痛い! 激痛に目が覚める。


「あぁよかった! 急ぐんだ、沈んじまうぞマジで。そこの窓から逃げよう!」私の右の脇から顔を出して左腕で私を抱え、右腕で上にある座席の手すりを掴むコウスケは、上にある窓を顎で指す。


どうやらバスはダンプに追突された衝撃で川か運河にでも落ちたようだ、水が今では下となったバスの側面の窓ガラスから怒涛のように入ってきていた。私の白いスニーカーに水がかかる、冷たい。まだ大して時間も経っていないだろうに水かさはどんどん増していた。


「コウスケ、無理よ身体中の骨が折れてるみたい、届かない…」左腕がかろうじて動いた、頭の上にある座席の手すりを何とか掴む、だがそれ以上どうする事も出来ない、冷たい水が膝あたりに達する。

「コウスケ、先に登って引き上げて」私を抱えるコウスケ、視線が交わる。その時私の頭の中には何の躊躇ためらいもなく最悪の場合はコウスケだけでもと思っていた。


水がもう腰を超えた。たぶん意識が戻ってまだ1分も経っていない、このままでは二人とも助からない。

「ごめん無理だ、両足が折れてるみたいで」コウスケは腕だけで私を抱えているのか、どうしよう駄目なのか。

「よし、水が満ちる少し前に息をいっぱい吸い込もう。で俺が窓を開けるから、開いたら頭を窓の外に突っ込め、そしたら俺が下から押し上げてやる」

「コウスケは? コウスケはどうするの?」

「大丈夫、後からすぐ行く。そうだ、俺スーパーマンなんだ。いつか言ってたろ? あれ、マジなんだ」頬が付きそうな距離でコウスケは笑った。その自信たっぷりの笑顔に私はその言葉を信じた、いやすがりたかったのかもしれない。


「ほら、そろそろだ。いくぞ!」水は加速度を増して増えている、冷たい水が肩まで達した。身体はすっかり浮いて窓にも手が届きそうだ。

「コウスケ…」どこかで色んな不安が過ぎり、泣きそうになる。

「あん時はごめんな、今度は大丈夫だから」少し頬がこわばっているような気がする、それでも優しく笑うコウスケ。そして二人は大きく息を吸い込んだ。


水が一気に視界を奪う、右半身のコウスケの存在だけがとても暖かい。コウスケの身体から何かの手応えが伝わる、窓が開いたようだ。コウスケの左手が私の頭を窓の外に突き出す、肩が窓枠に引っ掛かりなかなか抜けない、もがくと体中に激痛が走り気を失いそうだ。


また激痛が走る、私の脚をもの凄い力が押し上げている。脚にコウスケの手の温もりを残しつつ私の身体は窓から飛び出した。とにかく左手だけでもがく、水が凄い勢いで下へ下へと私を引き擦り込もうとする。それでも何が何やらわからぬままにもがき足掻いているとふと左手が空を切る。『水面だ!』視界が明るくなる、歪んだ鏡のような天井を、左手で突き破る、私の視界に青い空が広がった。


むせ返しながら空気を吸い込む、水も一緒になって吸い込み咳き込む、それでも空気を吸った。『生きている、だからとても空気が必要なんだ』それから私はあがくようにもがくように泳ぎながら、波と空だけの狭い視界の中で漂った。


いったいどれくらいそうしていたのだろう、狭い視界と冷たい水と体中の苦痛を永遠のように感じながら、私は耐えるように待った。コウスケが水面から現れるのを。


だけど漁船らしき船が近づいてきて、私だけを引き上げた、私だけを…。


助けてくれた顔中皺だらけの船員は言う。

「あんたツイてるねー、あの橋から落ちて助かるなんてよー、こりゃ奇跡かなんかだぜー。」ツイている…。私を助け上げたせいか、男の目は爛々と高揚している。

「ありがとう、おじさん。」感謝してみる…。

「いやー。礼なんていらないよー。当然の事をしたまでさぁー、誰だってあの場に居たらそうしたさー。わっはっはー。わーはっはっはーって」

「本人が言うんでしょ?」

「そう、本人が言うんだ。テレビカメラの前で、役者みたいにカメラには視線も向けずにさ。きっとインタビューの前に演技指導か何か受けてんだぜ、『カメラは見るな』って」カフェラテも無くなりストローからズルズルという音が鳴る。


「それでその後カメラは清々しいくらいに晴れた公園で、元気な姿になった少女と命の恩人の漁師との再会を映す。少女は『今日という日があるのは彼方のおかげです』とか言いながら漁師と抱擁を交わす。そういうのが、嘘くさーいスーパーマンの形。そして川に沈んでいった何も語らない俺の方が、本物のスーパーマン、わかる?」カフェテラスに高層ビルのガラスから反射した夕日の明かりが零れる、少し肌寒くなってきた。


「うんうん、わかる。わかるけど、例えなが!」吹き出す彼女にカフェラテを返す。うん、確かに長い、自分でも呆れる程に。よく付き合ってくれるよ、大事にしなきゃと思う。そして思い出す。

「ところで、カフェラテとコーヒー牛乳ってどう違うの?」

『ん?』という顔をして少し考えてから彼女は答えた。


「言い方よ、コウスケ」空になったカップを振りながら、初めて僕を下の名前で呼んだ。




・あとがき


コーヒー牛乳はコーヒーと牛乳を混ぜたもの、

そしてそれがカフェオレ


カフェラテはカプチーノと牛乳を混ぜたものだ。


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