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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
95/136

その盾は今もまだ研がれ続ける

 そして夜。

 何人かの医者が交代制で意識を失っている冒険者の面倒を見てくれる。

 僕はその日の夜眠れなかった、目が覚めたのではなく眠ることが怖かった。

 確かにエルディオは闇の効果を薄める方法を教えてくれた。

 だけどもしももクレアさん達が二度と目を覚まさなかったら、そう考えると布団に入ってゆっくりすることが何より恐ろしかった。

 休む事も重要なのはわかっている、それでも行動という安心感には勝てない。

 冒険者ギルドの裏には普段ギルドの人々が使う訓練場がある、そこで今まで学んだ技術の確認をする。

 ファトゥス流の足運びに気功術、オーラを使った結界術、それを体を解しながら行う。

 それを1時間程続けたら訓練場に置いてあるベンチに座り休憩をする。


「隣いいですか?」

「どうぞ」


 一人きりの訓練場、そこには新しい人影、アーネストさんがティーカップを2つ持ち現れた。

 彼は僕の隣に座ると手に片方のティーカップを僕の眼前に。


「ありがとうございます」


 アーネストさんからハーブティーを受取口をつける。

 味はほんのり甘い。

 ハーブティーにはジャムも入っているようでそのため甘みを感じるのだろう。

 ただその甘味のおかげか少しホッとし自分でも気づかなかった、肩などの固くなっていた場所が解された。


「人間緊張してないと思っても、案外力は入っているものですよ」

「はい、たしかにそうですね」


 彼の気遣いに感謝しつつ、再びカップに口をつけた。

 互いに無言を貫き、カップの中のティーを飲む音だけが周囲に響く。

 それは準備なのだろう、アーネストさんの表情はハーブティーを飲んでいるが固く、目が据わっている。

 あくまでストレスを和らげるためではなく、心の準備の為に彼はハーブティーを飲んでいた。

 彼がここに来たのは僕にあの事を教えるためな事は簡単に想像がつく。

 そう過去アーネストさんがエレボスとの間に何があったかを。


「アーネストさん、教えてよエレボスとの関係を」

「ありがとうございます、そう聞いてくれると話し易い」

 

 彼に目を一切向けず正面を見ながらそう言った。

 目を細め下向きながらアーネストさんは「ふふ」と軽く頬を緩め、そして話しだした。


「そう……あれは20年程前になるのか、私がこのアンタレスに来る前の話し」


 *


「アーネスト頼む」

「ああ、任せてくれ」


 大きなイノシシの魔物を大盾で真正面から受け止める。

 互いに激突し最初は地面に跡を付けながら押されていたがイノシシの勢いは徐々に衰え遂には拮抗した。

 仲間を守り、相手の攻勢を無力化し、味方が勝負を決められる隙を作り出す、それが盾使いの役目だ。

 イノシシの突撃の威力が弱くなるまで、耐えて耐えて、イノシシが盾を突破しようとさらに一歩を踏み出したその時が狙い目だ、盾を動かしイノシシのバランスを崩してやればイノシシは勝手に寝転がる。

 腹ばいになり、身動きできない5メートル台のイノシシ、その眉間を仲間の一人であるフィンが的確に槍で貫き一撃で絶命させる。

 

「アーネスト」

「フィン」


 互いに手を出し力一杯叩き合う、それがかつての私だった。


 そのイノシシは森の中で出たわけではない、街の周辺に現れ我々の住む街を襲おうとしていたのだ、殺されても文句は言われないだろう。

 少しすると多くの兵士達が隊列を組み、私達の後ろにある城壁から現れる。

 そしてイノシシを持ち上げ荷台に乗せるとそこから荷台に縄を掛け数人の兵士達が引っ張り城壁の中身消えていく。


 ここは魔物が多く生息する場所にある城塞都市。

 あまりの魔物の多さに城塞の外で農業はできない、したとしても戦いの後ですぐに畑は荒らされてしまうだろう。

 都市で食べられる野菜や小麦粉の殆どは他所からの輸入品に頼り、逆に近場でいくらでも取れる魔物肉を加工し外に出し金を稼ぐ、そんな魔物に苦しめられるものの、魔物に命を救われるそんな戦いが宿命付けれられた都市だった。


「こちらが賞金です、獲物に関しても」

「ええ、そちらで買い取りをお願いします、少しのお肉だけ残してくれれば後はご自由に」

「はい、ありがとうございます」


 統一された兵服に身を包んだ男は頭を下げ、列の中に戻っていた。

 先程話していた兵士とはもう顔なじみ、この前まで魔物を見てしょんべんを漏らしていたが人の成長は早いものだと考えながら私達も都市に戻るため歩き始める。

 首を上げねば頂上が見えぬほど立派な城壁だが私達からしたら見慣れた光景特段興味を持たず、私達は歩きながら今後の予定を話し合う。


「さて、今日は飲む事は決まってるが、どの嬢ちゃんの店に行こうか?」

「程々にしろよ、明日もあるんだから」

「何を他人事みたいに言ってやがる、お前も一緒に来ることは決まってんだよ」

「私は大丈夫だ、酔いつぶれないしな」

「わかってないな」


 首を振る相棒のフィンは人差し指を立て、左右にふる。

 ただし嫉妬と危機感をその目に宿しながら。


「盾使いのエルフとかいう、イケメン且つ細マッチョ確定の希少種に嬢は皆メロメロだ、大変なのは寧ろお前だぞ」

「はぁ、私をからかっているようだが行く所は決まっているんだろ」 

「もちろんだ」

 

 表情を引き締めるフィンの魂胆はわかっている、それに大丈夫だ彼女は君しか見えていないよ、そう口には出してやらない。

 私の相棒をからかうタネをわざわざ潰してなるものか。

 ただ上手くいったらそれはそれで祝福をしてやるつもりだ。

 

 城壁の中に入り、一旦フィンと別れる。

 互いに一度装備を家に置いてからの現地集合という話になった、私ではまくフィンにとっては準備が必要だろう。

 私は家に帰ると服を着替えすぐに外に出て目的地に向かう。

 集合場所で30分ほど待った後に相棒のフィンもやってきた。

 彼は先程とは違って髪が艷やか且つ少しお高目の香水も付けている。

 よく見るとシャツもいつも着る服よりも上等な生地に変わっている。


「頑張れよフィン」

「な、何のことだ」


 前方を歩く相棒の肩を叩き私達は道を進む。

 私達の選んだ店は大通りにある綺羅びやかな店ではなく、商店街の夜だけに開くバーだ。

 だが表通りの店に華やかさで負けることはないだろう。

 ウェイター服に身を包みカウンターんお中ににいるマスターは清潔感を感じさせるイケオジだし、そしてこのバーの目玉である給仕の女性がいる。

 女性の服装は普段着と言うには少々目立つが表通りの女性が大量に所属している店に比べれば肌面積も少なく質素というイメージを覚える。

 がそれがマイナスになることはない。

 己に合う上手なファッションで身を固め、このバーを一人で盛り上げるまさしく華だ。


「いらっしゃいませ、あらフィンくん今日も来てくれたのね」

「はい」

「じゃ、また後で」

「は、はい」

 

 給仕の女性はフィンを見ると片目を閉じウィンクをした。

 いつもは強気なフィンも彼女の前では、姿を目で夢中に追ってしまう初な1少年に戻ってしまう。

 それは席に座っても同じのようで注文もせずに彼女を追い続ける。

 そうフィンは彼女の事が好きなのだ、今日でこの店に来るのは20日連続。

 見られることを知っている女性もあえてフィンの目の前を通り彼に見られることを楽しんでいる。

 正直に言おう、この二人は両思いで付き合っているのである。

 他人で合ったのなら家でやれと文句を言いたいが、生憎私はフィンの事を他人だとは思っていない。


「マスター、モヒート一つ」

「……」


 私にできる応援はその恋路を懐で厚さで後押しするくらいだ。

 現にフィンは彼女に夢中で注文一つすることができていない。

 普通なら店から追い出されてもいいはずだが私がお酒を大量に注文することによってフィンはこのお店に長時間いることが出来る。


「次はロングアイランド・アイスティーを」


 いつの間にか隣のフィンは姿を消し気付けば私とマスターのみがカウンターにいた。

 それでも構わず、注文したお酒に舌鼓を打ち続ける。

 耳で音を、鼻で匂いを、口で味とアルコールを常套句な楽しみ方をしつつ私は朝まで飲み続けた。


 これが私達の日常。

 変わらないと思っていた日常だ。

 だが変化は突然起きた、ある大きな魔物が私達の住む城塞都市に攻め入った。

 魔物の種類は様々だ。

 スライムが入ればオークもいる、オーガも入れば非生物のゴーレムまで、さらには背中に黒い羽が付いた悪魔のような者も。

 だが城塞都市に住む兵士や冒険者は強かった。

 何とかモンスターの大群を退け、背にある街と誇りとも思える大きな壁を守り切る事ができた。

 そんな時現れたのは全身真っ黒の男だ。

 大量の魔物が来た方向から真っ直ぐ我らの城塞都市に進んで来た。

 

「何のようだ」

「旅の者だ。あの街に入って休みたいそれだけだ」


 皆肩を強張らせ武器を構える。

 疑えるポイントは無数に存在する。

 まず魔物達が来た方向から歩いてきた事が怪しい。

 時間が経っていればまだ不信感を持たれないだろうが、最後の一匹を倒した直後だ、もしかしたら今回の騒動その黒幕かとい危機感を持つのは当たり前だ。

 これまでがあくまで疑う材料だ。

 そして私達が冷静でいられなかったのは黒尽くめの男の存在感。

 先程まで命のやり取りをしていたため鋭敏となった感覚が感じ取ってしまう、男の底知れ無さを。


「どうせお前が黒幕だろ」


 一人の冒険者が無策で飛びかかる。

 男の存在感が大きなプレッシャーとなっていなのだろう、たった一人の独断専行、皆抑えていた恐怖感が無策で飛び出した冒険者の行動の結果のせいで抑えきれずになってしまう。

 その冒険者は上段から剣を振るうが黒尽くめの男の体に触れた途端剣が折れてしまう。

 そこからはもう駄目だった、未知の恐怖に負け若い冒険者ほど男に攻撃を仕掛けた。

 魔法を矢を、皆接近戦を恐れ剣を武器にするタイプはこぞって石を投げる。


「やめろ、まだそうだとは」

「落ち着け、落ち着け」


 私とフィンは若手冒険者の肩を掴み、落ち着かせようとするが誰も止まらない。

 私の手を強引に振り払い攻撃を続けるものまでいた。

 次第に兵士までも攻撃に参加し、誰にも事態が収拾出来ないレベルになっていた。

 私に出来たことは何かあった時の為に皆を守れるように盾を強く握りしめることだけだった。


「もういい、じゃまだ」


 黒い服の男は剣を取り出し薙ぎ払う。

 その剣の振りは見えないほど速い訳でも技術に秀でたわけでもない。 

 素人と変わらぬ剣の振り、しかし宿る力はあまりに強大すぎた。

 その一振りが世界を変えた、私は兵士と冒険者の前に立ち盾でその黒き斬撃を受け流す。

 何とか角度を逸らすことは出来たものの、斬撃の風圧で吹き飛ばされ数秒間の浮遊の後に地面に激突した。

 

「フィン無事か?」

「ああ」

 

 砂煙が起こり視界が効かない、起き上がれぬ体で声だけでもと首を上げ相棒の名を呼ぶ。

 すぐに返事が返ってきたのでひとまず安心し周囲に耳をやる。


「何だよこれは」


 その声は私の隣から聞こえたものだ。

 声の人物は運の良いことに首を動かせば見える位置に居た。

 彼が見ていたのは私の後ろ側、私達が守ろうとした城塞都市だ。


「何が……え?」


 うつ伏せだった体を腕を使い何とか仰向けの体勢へと変え彼が驚いた光景を見ようとする。

 

「壁が消えてる」


 私達が住んでいた都市は城塞都市、街を囲むよう何代も昔から大きな壁が守ってくれた。

 その壁の半分より上が消滅していた。

 黒い男の何気ない一撃、それが私達の心を深くエグる。

 後に聞いた被害だが、男の斬撃で死んだものはいなかったがその余波で空中に打ち上がり当たり何処が悪かった者が数人死亡していた。

 黒尽くめの男だが動けぬ私達を放置してその場を去ったらしい。


「ちょっとこい、アーネスト」

「なんだよフイン私は」

「いいから、必要な荷物を纏めてギルドに来い。いいな形見などもしっかりと持って来いよ」

 

 黒尽くめの男が壁を消失させて数日後、フィンに言われたように借りていた家から長期滞在用の荷物を纏め、彼に誘われるままギルドに向かうため家の外に出たその時、私はここ数日で何度目かの信じられない光景を見た。

 私の目の前には若い冒険者達がいた、ただし完全武装で。


「アンタ達が邪魔したから俺たちはあの黒い男を仕留められなかったんだ」

「何を言っているそういう次元じゃないだろ、あれは」

「馬鹿な事を言うな老害ども、後もう少しだった。あと1、2発矢か魔法だ当たていればあの黒い男の防御を打ち破り、殺すことができた。真の平和を手に入れられたんだ」


 若い冒険者は手を固く握り、言葉の終わりに右腕を横に振る。

 あまりに現実の見えていない言葉に私は呆れ、情けなく口を開けてしまった。


「城塞都市の人々にもこの真実を伝えておいた。アーネスト、アンタがあの黒い男への攻撃を邪魔し、盾で防げなかったから街の城壁は消えたと。街の城壁は我らの誇り、これでアンタ達は犯罪者だな」

「何を言っている? そもそもお前の妄想が本当だとしても私達は犯罪者にならない」

「うるさい、うるさい」


 若い冒険者が私に剣を向けるとその周囲で大人しくしていた者達も付き従う。

 現実を認めたくないのはわかるがそんな暴論が通るわけがない。

 若い冒険者が剣を構えこちらと距離を潰す、応戦しなければ殺される、そう思った時私の足元に見覚えのある玉が落とされた、それを見て私は目を瞑る。

 次の瞬間周囲は閃光に包まれた。

 

「今だ逃げるぞアーネスト」

「ああ、フィンも」


 あの閃光玉はフィンが私を助けるために投げたものだった。

 彼の後を追い荷物を持ちながらその場から走り出す。

 ギルドで教わる閃光玉、冒険者であるのなら誰でも知っているだろう物にも反応できず若い冒険者は蹲っていた、もろに閃光玉の光を見てしまったのだろう。

 先程の男、冒険者風の格好をしていたから冒険者と判断したが、あそこまで迂闊だともしかしたら……。


「ああ、今の奴は領主の一番息子、甘やかされたロクデナシだ」

「工作というわけか?」

「そうなる、ほれ」


 見知った裏路地を走り抜けながら、フィンは懐から丸めた一枚の手配書を渡してきた。

 何が書いてあるかはわかっている。

 中身はもちろん私の手配書だ。


「ついでに俺のもある、で提案だがこの街でないか」

「そのフィンはいいのか?」


 私が気にしたのはフィンが好意を抱いている女性の件だ。

 彼女とフィンは深い関係性を持っている。

 私をバーに置き去りにし二人でに夜の時間を一緒に過ごすくらいにはだ。

 私の言葉を聞いてフィンは薬指を見せる、そこには指輪が付いており。


「プロポーズしてきた、で事情も話したら一緒に外で暮らそうって」

「そっか、なら大丈夫か」


 私達はその後城塞都市の外で準備されていた馬車に乗り旅立った。

 その後風の噂で知ったことだが例の城塞都市は魔物の襲撃で滅んだらしい。

 どうやら私達以外にも黒尽くめがの男が現れた場面で下の者に指示できる立場の者を徹底的に壁が消えた原因としてあの領主の長男は指名手配していたようで、優秀な者はみなあの都市から去っていってしまったらしい。

 結果ノウハウも何もわからない、領主の長男を指示する若者しか残っておらず、そのまま滅んだ。

 私はその頃すでにあの城塞都市に一切思い入れはなかった。

 いや少々責任も感じる事があったがそれはあの都市に対してではない。

 もしあの時あの黒尽くめの男の攻撃を盾で受けながすのではなく、真正面から防げたら? 状況は変わっていたのだろうか?

 あの城塞都市が滅ばずに済んだのだろうか? と。 


 *


「私がエレボスに抱いているのは憎しみではない、確かに今回の事で仲間達が傷つけられた事は怒りを覚えている、だが今まで積み重ねていたエレボスへの執着は憎しみでなくどちらかというと目標だ」

「目標? なんの?」


 アーネストさんは月を祈るように見上げていた。

 それは分不相応な祈りを神に打ち明けるようだった。

 気づくとティーカップの持ち手を砕き、まだ中身の入ったティーカップが自らの膝に溢れるが気にしない。


「今度は私がエレボスの攻撃を完璧に防いで見せる、盾使いとしての誓いさ」


 それは目標というにはあまりに重い。

 生涯の意味にまで達した目標であった。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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