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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
89/136

爆発する発想力1


 課題 オーガを10対を討伐しろ。


「っはっはっはっは」


 小刻みに息を吐きつつ、走り出してから3分ほどで体は悲鳴を上げ始めた。

 奥義である修羅は長距離移動用の技ではない、短時間限定で使う強化技だ。

 だが、10分という時間を埋めるのには奥義を使用しない選択肢はない。


「いや、本当にそうか?」


 先生の言葉を思い出す。

 たしか……。


「ファトゥス流に他流派で言う必殺技なんかあるわけないだろ。それは修羅以外のもう一つの奥義がそれに当たるかもしれないが、修羅はあくまで鍛錬法だ、戻ってきたら一日中使えるように仕込んでやる」


 一日中使える? つまり長距離使っても大丈夫ということか。

 じゃぁ、どうやって?


 目の前の細い通路を抜け少し開けた場所に出た。

 どうやらダンジョンアタックの課題の地点に着いたようだ。

 その場にはオーガが60体ほど。

 本来であれば僕以外の闘技者もここいるため、きっかり10体のみ出現しているとは思っていなかったが、オーガという魔物は戦闘系の魔物だ。

 1度に十体も倒すような課題は死人が出かねないし、それを乱雑に1つの場に置くということは少々度が過ぎている。

 いくらアリーナと同じ結界が張ってあるダンジョンんアタックとはいえ、オーガの討伐を課題で出すのなら3体、それが適正だと僕に託された闘技者の知識はそう述べていた。

 命の安全、そして何により先頭集団に追いつくには足をできるだけ止めずにオーガを10体仕留めるしかない。

 

 気を使用できるようになり魔法の威力を上げる手段を得たが僕はそれを活かしきれていない。

 探知魔法に関しては魔法の威力よりも、発動回数を増やし情報の制度を上げることのほうが重要だ。

 それ以外の魔法に関しても精密な操作を要求され制御を誤れば体にその反動が返ってくる諸刃の剣みたいなものが殆どだ。

 そのため気功術のオーラを魔法に応用するには時間が足りない。

 

 だから最近考えていた体に反動がない、いくらでも練習できるオーラを活かした魔法の使い方を。

 僕が闘技者としてアリーナで試合をしていた人々は当たり前のように気功術を使いオーラを纏う。

 彼らが優秀で強い相手だから僕は学べた。

 気功術で生み出すオーラは身体能力を強化するだけではなく、体の触覚を拡張してくれる物だと。

 

 始めはただの疑問だった。

 集中すると自分が踏んでいる地面の外にまで触覚が広がっているような感覚が時々生まれていた。

 その原因はなんだろうかと悩んでいたら、アリーナで戦っていた時の闘技者達を思い出した。

 彼らは確かに僕の一刀の元に斬り伏せられていった。

 だが誰一人反応出来なかった物は居ない。

 腹を柄で突かれ蹲って前を見ていなかった物でも受け入れるような反応はしていた。

 

 それをヒントに生み出したのが気功術で生み出したオーラが作り出す触覚の拡張を利用した結界。

 他人を閉じ込めるのではなく自分を外から内に見るための物だ。

 新しい魔法と言っても元々探知魔法でやっていた事を別のやり方で再現しただけだ。

 ただこのやり方の利点は波という予備動作を完全に脱した事。

 今まで鈴を酷使しなければ探知魔法高負荷モードは使えなかったが、オーラを広げれば自分の2歩先までという条件下だがそれが無条件で使えるようになった。

 

 この魔法の主な使用方法として、最も力を出せる足場の精査と自分自身の動きの効率化というのがある。

 この状況であるのならばオーガを足を止めずに倒すには自分の身体の動きを完全に制御しなければならない。

 それが出来なければオーガ一体を倒している間に他のオーガに袋叩きにされる。

 この自分の体を制御し無駄を削ぎ落とす、その役割を果たしてくれるはず。

 

 だが心配な面も1つある。

 この魔法が熟練度不足であるという事だ。

 僕自身気功術のオーラが時々途切れる事がある。

 それが僕の気功術の現在の課題なのだが、その頻度が平均5分に1回程度。

 やはり初めて使用する技に全てを託すのは怖い。


「なぁロスト、天才の唯一真似ていい所を教えてやる。どんな時でも失敗を恐れないことだ。人間が一番失敗する理由はビビっちまうからだ。自分の全力を出せばいいのに、失敗したら、と勝手に考えて不安を背負っちまう。準備をするのは当たり前だ、だが何かを初めて行う時は傲慢になれ」


 先生の言葉が蘇る。

 ああそうだ、僕の出した答えだ、なら行けるだろ。


 剣を右から振り下ろしオーガの腰の部分を一撃で両断する。

 意識するのは前に出した右足、剣を振る際にいつもなら強く足を踏みしめるがその無駄な力は不要。

 次の一歩を踏み出す時の足かせにしかならない。

 それに今振っているのは師匠の剣だ、触れ軽く引けばオーガくらいなら一切の抵抗なく斬り裂ける。


 結果完全な力配分により一切の止まらず相手を倒し切る事に成功する。

 ただオーラでの結界術があるからといって探知魔法をやめたわけではない。

 最短にして最速を狙うにはオーガの倒す順序を前もって気にしなければならない。

 だが2体目のオーガも3体目のオーガも倒し方はできたので変わらない。

 いや変わった所はある、1度目より2度目3度目より4度目、俺の探知魔法の最も優れた所は視覚情報の高度さを利用し人より早く熟練に手が届くところ。

 気付いたときには10体目のオーガの首を跳ね、課題を終えていた。


 結界を使用してから大きく変わった事が一つある。

 それは地面の内側への把握能力の向上だ。

 これだけは探知魔法でもできない、オーラを使った結界術の絶対の利点。

 どんなに探知魔法で地面を把握しようとしても限界はあった。

 踏みしめた衝撃で隙間が消え僅かに固くなる地面、隙間が消える、その時生まれる足の僅かな角度の変化は何十年もその小さき事に手を出し続けた人間にしか把握できない。

 そしてその小さな事の積み重ねが戦闘で大きな差を分ける。

 これを実感するのは僕の環境的に難しくない、レグルス先生にいつも実践されていた事だからだ。

 平面の道場ならそこそこレグルス先生と互角に戦えていた筈が、外で戦うと全く勝負にならない。


 ファトゥス流の門下生は耳にタコが出来るほど良く言われる事がある。

 一歩を大事にしなさい、1歩を相手が怠ければ2歩目でお前の勝ちは決まる。そしてそれを積み重なれば相手はお前の姿するら捉えるが出来なくなる。


 そして今僕はその一歩を制す事ができる。

 課題を終えると壁が開く。

 通路までの道のりには8体のオーガがいる。

 ただ倒す必要はない、僕の目的はその先の通路だ。


 オーガを躱しながら通路に進むが4体目までは問題なかった。

 だが5体目から派手に動きすぎた為か明確に僕を敵と認識し棍棒を振るう。

 元々この開けた場所にいる別種族は僕だけだ、敵と認識してもおかしくない。

 5体目のオーガは横に棍棒を振るう、その間合いを完璧に把握し、目の前に棍棒が通過したと同時に走り抜ける。

 6体目もこちらの存在を把握し待ち構えていたが5体目のオーガの体を利用し死角を作る。

 それと同時に手から先程拾っておいた小石を放り投げた。

 ほんの僅かな音に反応し6体目のオーガは棍棒を振り下ろす。

 しまったというオーガの表情、そしては僕は勝負に出る。

 6体目のオーガ、その棍棒を足場に走り抜け飛ぶ。

 出口まではおよそ50メートル。

 7体目のオーガの頭上を飛び越えるが8体目、最後のオーガが空中を浮かぶ僕を撃ち落とそうと棍棒を振りかぶるその前に宙を蹴り、そのまま地面に着地する。

 完璧な着地を決め一切の淀みなく次の一歩を踏み込む、そして上を狙おうと腕を上げていたオーガの横を潜り抜ける。

 この間1度たりとも相手を目で追うことも、そして1度たりとも止まる事はなかった。

 全ては足から始まる、ファトゥス流を体現したような動きは僕の大きな自信になった。


 *


「っはっはっはっは」


 オーラを使った結界術のお陰で走る速度は明らかに上がった。

 ちなみに正確には結界術ではないというツッコミは受け付けない。

 僕もわかってはいる。

 大地を正しく踏みしめる事で動きの質が変わり、不思議と奥義の修羅で悲鳴を上げていた体は声を潜めた。

 だが汗は先程の比ではない。

 袖で額の汗を拭ってもすぐに目元に垂れてくる。

 理由はわかっている、完全なキャパオーバーだ。


 魔力で体を動かしているからといって負担が無いわけではないわけじゃない。

 それに完全な修羅を会得していれば話は変わったのだろう。

 その証拠に僕ははまだ気功術で生み出すオーラを使える。

 ファトゥス流奥義の修羅とは己の気を変質させる事にある、といってもあくまで自然な形でだが。

 気功術に生命の危機というスパイスを常に与え続ける。

 生物には火事場の馬鹿力という物があるのはご存知だろうか?

 その鍛冶場の馬鹿力の力の質は普段とは違い、押す力という瞬発性だけでなく、ある程度継続的に持ち上げ続けるといった力の持久力も増大する、普段とは想像出来ない程に。

 そして内の馬鹿な創始者は考えた。

 鍛冶場の馬鹿力が何故肉体を壊すのか? つまるところ使い慣れない力の使い方をしているせいではないか。

 なら使い慣れればいい。

 

 相変わらずファトゥス流の創始者はロマンティストだ。

 だが彼の才覚はそれを技術として残してしまった。

 ただ完全な形ではない、気功術で生み出されるオーラ、人間が持つ生命エネルギーを強化するという方向性で。

 修羅の本質は生命エネルギーの鍛錬、そして変革。

 ただし気の生成量を増やすといった単純な意味ではない。

 元あった気よりも高出力且つ低燃費に変革をすること。

 気の質が代わるとどうなるのか? これは火を体の身体能力、気を燃料として考えるとわかりやすいだろう。

 簡単に言えば体を燃やす力の質、燃料が上がればより高い身体能力を引き出す事ができる。

 それは内のファトゥス流創始者が掲げた人間の種そのもの限界値を超える方法の1つだということ。

 というのがレグルス先生の受け売りだ。

 正直そこまではいかないだろうと僕は疑っている。


 ここまでは原理の話しだ、次は方法の話、といってもすぐにこちらは終わる。

 修羅には2つ工程がある。

 体を追い込み、命の危機に瀕した時に発生させる高純度の生命エネルギーを引き出し、それを普段の気功術で使う気と置き換えること。

 そしてその高純度の生命エネルギーを使い続けられるように出来るだけ垂れ流し、体に馴染ませる事だ。


 ちなみに修羅の先とは、その高純度の生命エネルギーを普通に体が受け止められるようになれば元々の高純度の生命エネルギーは体にとって普通となり肉体の強度がさらに上がったと考えられる。

 だからさらに強い高純度な生命エネルギーを強くなった体から絞り出せるのではないかという、これまた脳筋の発想だ。


 さて今僕の気功術の状態を言うと、修羅による気の変質は完全に行えていない。

 僕が生み出せる気の役50%のみ現在変質が可能となっている。

 だから普段通りの気功術も同時に使える。

 気功術で生み出すオーラだが、これは気功術の中の技術の1つ、生命エネルギーの可視化、表面化という技術だ。

 これを僕は修羅で変質させた生命エネルギーでまだ使うことが出来ない。

 修羅に回す生命エネルギーを増やそうとすれば、足元を確認するオーラの結界術は使用不可能になる。

 2つの近いが全く違うエネルギーを体の中でやり繰りするのは確かに体には大きな負担を強いるが、今この中途半端が僕のベストであることも事実。 

 

 ただどこか1つ、何でもいい。

 体にゆとりを生み出したい。

 そこで感じたこの違和感、といっても目に見えるものではない。

 結界があるため、ある程度目を開けていなくても問題はない。

 目をつぶり感覚を研ぎ澄ませ、その違和感の正体を掴む。

 

 それは肌を撫でる風だった。

 早く走れば風を感じる、それに誰だって向かい風はキツイと思った事はあるだろう。

 強引に前へ進もうとすると向かい風は面で押し返し、それは強い抵抗力を生む。

 それは心身ともにストレスだ。

 だた何かしらの壁などの障害物があればその不快感はだいぶ軽減される。

 後は進む力を弱めてみることだろうか? それだけで向かい風は楽しめる風のアトラクションに代わるだろう。

 

 ただの思い付きだが、どうしてこのような発想が今まで生まれなてこなかったのだろう。

 体に魔力の膜を意識し、力強く走る時に生まれる風の抵抗に魔力の膜を馴染ませ、固める。

 それは攻撃には転用できない魔法だ。

 ただ走るという面ではストレスを感じさせない、ほんの僅かな余裕を生み出してくれる風除けの魔法。

 そのほんの僅かな余裕が、今まで足元と体の内側の気の制御に全て割り振られていた意識の中で前を向くという当たり前だが、ゴールを目指す物にとって一番大事な事をする余白を生み出した。

 

「これなら行ける」


 速度を維持しつつ前を走っていると、先程中央を独占していた銀髪の闘技者その護衛だった男が力なく走っていた。

 彼は役目を終えた人物なのだろう。

 その結果が戦闘集団から離れ一人寂しく走っているこの状況。

 彼らがやっていた複数人で優勝を目指す、それ自体は何もルールに抵触していない事だが可愛そうだとは思わない。

 僕もアリサさんに染められたかな、そんな事を皮肉げに考える。

 ただ彼がいると言うことは確実に距離は詰められているということ。

 元々10分遅れという長距離を走る面では致命的過ぎる時間。

 しかも走ってではない、止まっていて10分遅れだ。

 

 そこで思い出すのはゲンさんの話。

 彼らと作り上げた勝利への道筋。

  

「ルート選択といっても、所々合流する場所はある。そしてお前がこの10分という時間を詰めるには1つ大きな賭けに出ないといけない」


 掛けそれはすでに目の前に出ている。

 正直前半の段階で魔の道に落とされ、始めからやり直しだったとしたらこの道を使う事はなかっただろう。

 ただ、闘技場での対戦カードを好き勝手動かし続けた企業連、確かに彼らのお陰で僕がアンタレスで顔を売れ名誉を勝ち取れた、その1つの要因だった事は認めるよ。

 だけどさ、やられっぱなしって面白くないじゃん。

 それに僕は今多くの闘技者の怒りと期待を背負っている。

 なら命程度掛けないと話にならない。


 その賭けとは崖を飛び越えるショートカットを行うこと、ただし直線距離が100メートル程ある深い崖をだ。

 普通の方法だとまず渡れない。

 さらにこの崖の上では魔法が使えない。

 その理由は竜脈という地脈がこの崖の下に通っているためだ。

 何故使えないか? その理由ははっきりしていないが定説だとこの龍脈のエネルギーそのものに魔法陣が干渉してしまい、予期せぬ動作を魔法陣がしてしまう為、この龍脈の上で魔法を使うには、龍脈の影響下でも変わらず使える専用の魔法陣がいる。

 

 それにこの崖を使われない理由がもう一つ。

 このダンジョンアタックで使われるダンジョン内で唯一安全保護の結界が使用できない場所だからだ。

 もしこの崖を飛び越えられずに落ちたとしても誰も助けには来てくれないし、命の肩代わりをしてくれる結界もない。

 このダンジョンアタック内で外の環境と唯一同じ場所がここだ。

 だからとい言うべきか、昔からこの場所はダンジョンアタック内で唯一認められたショートカット。


 僕は先程みたタイムを思い出す。

 先頭とのタイムは4分ほど縮めたが残り距離は40キロほど。

 妨害を躱しつつ先に進むとなれば時間が無さ過ぎる。

 

「行くか」


 短く息を吐ききり、体に溜を作る。

 そして崖まで残り10メートルを切ったタイミングで一気に加速、最高の助走を付けて飛び上がる。


「馬鹿な奴だ、死んだな」


 そう後方にいた銀髪の護衛の闘技者が馬鹿にするように僕を見て呟く。

 普通では無理だろう、この助走を付けファトゥス流の足運びで宙を蹴ったとしても後2歩分手数が足りない。

 だがその2歩を1歩に変える手段は持っている。

 僕とゲンさん達の作戦はこうだ。

 

「そうだな、もし、もしだ本気でこの状況から優勝する気ならあの崖の攻略は必須だろうな」

「流石にゲン、あの崖は無理だ、毎年何人かの馬鹿が挑むが全員崖下に落ちて死んでる」

「崖?」


 内輪だけは話しを進めないで欲しい。

 僕はこのダンジョンアタックをそれほど詳しくないんだぞ。

 そんな風に目でしつこく訴え続けた成果か、呆れつつもゲンさんは教えてくれた。


「ああ、このダンジョンアタック内で唯一認められたルート短縮法だ」

「その変わりに助けすら呼べないがな」

「だが、方法が無いわけでもない」


 ゲンさんはそう言って胸の内ポケットから小さな、それこそ手の平台の短剣を取り出す。


「ホーランドダガー、魔力を溜め込める短剣だ、これを崖下の龍脈に投げ込め」

「おい、それは都市伝説だぞ」

「勝手に話を進めないでよ」


 何故か当事者の僕が置いてけぼりにされている中、ゲンさんの説明は続く。


「あの崖を唯一攻略した男が言っていた、龍脈は大量の魔力を外から叩き付けられると呑み込まず反発する。その反発でできた風に乗れ」

「ちなみにだけどその唯一の攻略者って闘技者なの?」


 都市伝説、つまりは実際に見たものはいない、迷信に近いものだ。

 だが条件がはっきりとし奇跡を埋める方法があるのなら、僕はそれに命を掛ける。

 幸いな事に僕は今回の崖渡りの奇跡を埋める技術を持っている。

 ただゲンさんに僕が崖の攻略者を聞いた時に顔を一瞬逸らしたとき嫌な予感がした。

 

「いや、ダンジョン内に逃げ込んだ、悪徳商人が雇った護衛だ」


 その一言を聞いて僕は、このゲンさんって人はここで足止めを食らわなければいけない人だったのではと考えてしまう。

 彼の年齢は初老、正直いつ闘技者を引退するのかと、悪気なく裏で囁かれる外見だ。

 ホールディングダガーを準備していた事からもこの壁による足止めがなくてもこのゲンさん、もしや崖渡りに挑戦するつもりだったのだろうがと勘ぐってしまう。


「なんだ、お前さん……正解だ」


 ゲンさんはそう僕だけに耳打ちをした。

 正直あの年頃の爺さんには僕は弱いんだよね。

 師匠もあれくらいの年で死んでしまったから。


 そして意識は現実に戻る。

 この短剣にはあの場にいた闘技者全ての魔力が込められている。

 怖くないと言ったら嘘になる、精密さを乱す体の震えは確かにある。

 それでもいつも通り命を掛けるだけ、これだけは弱い僕は人一倍やってきた。


ー大丈夫だよー


 そんな声がハッキリと耳に聞こえた。

 そうだ昔はこの声に耳を傾け、体を捧げてきた。

 だから行けると自信を持て。


 身体能力を強化し、宙を蹴る。

 オーラによる結界術のお陰で体の制御能力が向上、結果今まで2歩までしか宙を蹴れなかったが今回は3歩まで行う事ができたが、それでもまだ距離が足りない。


 現在の位置はおよそ崖から飛び出して70メートル、あと30メートルで対岸だ。

 そして右手に持っていたホールディングダガーを取り出し、崖そこの龍脈に向かって投げる。

 体を広げ落ちる時間を稼ぐが、それでもこの崖は深すぎた。

 5秒、10秒と経っても何の反応も示さない。

 もしかしたら龍脈が反発する量の魔力をホールディングダガーは所有していなかったのかもしれない。

 だがもう地獄の底への崖に飛び出した僕には祈り、信じる位のことしか出来ない。

 いや、下から吹き荒れる突風を掴み、対岸に着地する姿勢を整える為の準備は出来る。、

 己を鼓舞することは出来るが、現実はそうもいかない。

 掴むはずの崖の頂上はすでに僕の遥か頭上。

 もしかしたら後ひと伸び作れるかもしれない。

 此処で宙をもう一度蹴れれば、だがその行動を僕はまだしない。

 今ここで宙を蹴ったとしても崖の中腹。

 崖の頂上に飛びつけねば大幅な時間のロス、優勝は消える。

 だから耐える、信じる、勝ちに準じる。

 無駄死にを嫌いシリウスで腐っていた僕が、目的の為に命を掛ける。

 上等じゃないか、死に方としては上等。

 そう己を納得させる、そして待ったかいが下から吹いてくる。

 

 体を持ち上げるほどの突風、その風を先程の風除けの魔法を応用して掴み、急上昇。

 崖の頂上、それよりも高く再浮上する。

 風を掴み態勢を調整、そして4歩目宙を蹴り、対岸を渡る事に僕は成功した。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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