解き放たれた悪童
「そこまでです」
私、クレアは扉を打ち破り大会本部に乗り込むと同時に奥にいるジョンに向けて銃を構える。
しかしジョンは突入した私達に興味を示さない。
今だ目の前のダンジョン内を写すモニターに夢中だ。
「なんだお前ら、今はそれどころじゃない」
顔すらこちらに向けない。
ただこの部屋はそれほど暑くない筈だが、ジョンは異常な程汗をかきそして、何か飲み物を探すように手を動かす。
「今すぐだ、今すぐCルートの隔壁を閉じろ、2度目だがこのペースで進まれるとマズい」
「いえ、そこまでにしてもらいましょう」
放置されているからと言って私達が何もしないわけではない。
ジョンの目の間に私は立つと手を上げるように命令をする。
だが。
「うるさい、お前らこそ邪魔をすればここの闘技場に設置してある爆弾を起爆するぞ。お前らの動きがわかってないとでも思ってたか」
観客を人質に取られたような物、ここは一度引き下がるしかないか、そう私は考えていたが。
ジョンの部下が焦ったような声を出す。
その隙を狙ってジョンの背後に音もなくグラントさんが立ち機会を伺う。
ジョンの意識を集中させるように私は銃を構え続ける。
「ジョン様」
「なんだ」。
「ダンジョンの隔壁が破壊されました」
「は? 滑りこんだんじゃなくてか?」
「はい、破壊されました」
「う、嘘だ、どうやってコイツを止めれば」
ジョンは膝から崩れ落ちるその一瞬隙を突いて彼に近づきグラントが爆弾のスイッチを奪い去る。
爆弾のスイッチが手元からなくなりこちらに返せと要求するもののジョンの声に元気はない。
「貴様それを返せ」
「何でだ悪と……これ偽物じゃないか」
グラントは起爆装置を確認すると強く地面に叩きつける。
その起爆装置が飛び跳ね私の目の前に落ちた。
手に取りその起爆装置を見てみると。
「おもちゃですね」
「嘘だ、確かに本物のはず」
それに一番動揺していたのは起爆装置を持っていたジョンだった。
彼はグラントを振り切り起爆装置の元に向かう。
そしておもちゃの起爆装置を手に取る。
「ほら、本物じゃないか」
「おいしっかりしろ」
起爆装置を手に取ったジョンの目から光が失われる。
そこで私の目には驚くべき光景が浮かんだ。
5秒後ジョンの頭が撃ち抜かれる。
座り込んでいたジョンを見ていたので犯人はわからない。
弾丸の位置を予測し、弾の種類を変えるために再装填、ここで3秒。
後は殺さない威力にまで弾丸に込める魔力を薄め、そして運任せに銃を放った。
「っく、流石ですね」
「と、当然です」
当たりを引いたことに心の中の安堵を悟られぬように銃を下ろす、私が撃ち抜いたのはジョンの側近をしていた男だった。
「なぜこんな事を」
「そこの愚物は私の名前すら知らない、その時点で動機としては十分でしょう。ま、それが動機ではないんですが、あくまで仕事ですよ、仕事。上司に言われたからやっただけ。どうせ外にも冒険者がいるようですし狙いくらいはお教えしましょう。それよりいいんですか?」
「何が?」
私は再び銃をジョンの部下に突き付け聞く。
ジョンの部下はただ終わった仕事の内容を居酒屋で吐き出すように吐き出した。
「爆弾もう起動してますよ」
それを聞いていた部屋の外で待機していた冒険者達が一斉に走り出す。
「クレアとグラント、リーザはコイツから爆弾の場所を吐かせろ、他の者たちは客の避難と爆弾の捜索解除を同時に行えいいな」
「「「はい」」」
部屋の外からアンタレスのリーダーサイモンが突如現れ、通信機を用いて適切な指示を飛ばす。
そんな緊急の状況で私と同い年位の綺麗な女の子がサイモンの元にやってきた。
「お祖父ちゃん、それじゃ人員の無駄になる」
(お祖父ちゃん)
それに私は反応しそうになる所を口を自分で塞ぎ場を静観する。
私以外にも同じようにグラント、リーザなどこの場に残っている冒険者は皆口を手で塞いでいた。
「アリサ、会いに来てくれたのは嬉しいが、今仕事中で」
「私、ここの闘技者なんだけど、しかもマスターランク」
「……わかった、話だけでも聞こう」
流石にアンタレス最上位の闘技者となれば聞く耳を貸さねばならないと思ったのか、サイモンはあっさりと耳を傾ける。
それにしてもおじいちゃん? 厳格で浮ついた話が何一つないサイモンの以外な関係性。
しかし誰も口には出さない。
もし出したとしたら、後が怖いからだ。
そこでアリサは闘技場の人達その心理を理解した理論を説く。
「多分だけど事情を話さないと闘技場のお客は帰らない」
「何でだ? 言ったら恐らくパニックになる」
「でもこのデブのせいで、更にえげつない妨害を闘技者にし課そうとしているって観客は思う、それにアンタレスの人は気性が荒いから」
「確かにな」
「それとこれがお客さんが帰らない本当の理由」
アリサは一度空気をしっかり吐き出し、新鮮な空気をしっかりと体に入れる。
そして拳を握り。
「今最高に熱い状態なの、運営の罠を潜り抜け3人の闘技者が勝利という栄光に手を伸ばそうとしている。妨害はあった、敵はライバルの同業者ではなく運営、それを潜り抜けた一体感が観客を占めてる。にわかは事情を伝えれば帰るだろうけど闘技者達を見続けた、アンタレスの血を持つ人間は絶対に帰れないし帰らない。命を捨てても見るって言う」
そう熱弁をするアリサさんを見ていたが私には分からなかった。
命の方が大事では? そう私は考える。
リーザさんも同じようで口を出そうとするが、それをグラントさんが止める。
それと同時にわかると言った風に首まで振っている
「そうね……ギルド長、解除班は闘技場の中を等間隔で待機、避難誘導の人員も爆弾の捜索に回しましょう、ロストは優勝は消えたはずだから呼び戻して、彼がいれば簡単に爆弾の位置は把握できるはず」
「えっと、お姉さん」
「ごめんね、お孫さん、私はリーザ」
「えっとリーザさん何言っているの?」
アリサは敵意を持った目でリーザを睨んでいた。
今の状況で敵意をむき出しにする必要があるのかと私は思っていると。
アリサさんはモニターに指を刺しながら、私達の前提を崩すような事を言った。
「今ロストは優勝争いをしてるよ」
「でもさっき、隔壁がしまっているって」
「それは10分で解消された、今トップを走ってる」
「っえ?」
運営本部の画面のモニターには確かにトップと合流し先頭を走っているロストの姿が見える。
自分の過ちを反省しリーザさんはアリサさんに謝罪をする。
「ごめんなさいね、お孫さん」
「わかってくれればいい。それと私の名前はアリサ」
「そうアリサよろしくね」
互いに握手をし、友情を確かめている彼らの姿を目にするが、私の興味はそんなところにはない。
10分の遅れ、それを覆すことは本来できるのだろう?
ダンジョンアタックの闘技者達が走る距離はおおよそ60キロから70キロほど。
それでも競い事で10分の足止めはあまりに致命的な差だ。
「何があったの?」
そんな疑念はモニター越しの彼の表情からも見て取れた。
ロストの表情は清々しさを感じさせるものの、自信に満ち溢れた私の知らない闘技者としての顔をしていた。
*
「どうしようか」
ダンジョンアタックの中間地点から行われる、ルートの餞別を終えた僕に待っていたのは無情な現実だった。
「道が壁で塞がっている」
その絶望感は僕よりも後方から来た闘技者の方が深かった。
「ここまでやるかよ」
「ふざけんな、ようやく出れた憧れの舞台だそ」
気持ちを踏みにじられ皆肩を落とす。
誰一人先を見ず地面に視線が向かう。
僕の気持ちが軽いのはあくまで思い入れの差だろう。
子供の時から闘技者達の全力を見続けその思い出を否定されてた彼らの気持ちが虚無感なら、僕の今感じている気持ちは怒りだろう。
足を曲げ、軽くその場で足踏みをする、体を冷やさぬよう、隔壁が開いた時に備える。
「お前さんは元気じゃな」
僕にそう声を掛けてきたのは白髪が混じった闘技者だった。
恐らく引退間近であると思う。
ただこの場にそぐわぬ程穏やかん雰囲気を醸し出している。
彼には1度たりとも目を向けず、僕はただ壁を見続け、備え続ける、もしかしたら今このタイミングで壁が開くかも知れない、そんな淡い期待に備えて。
「このままやられっぱなしじゃ嫌ですから」
「儂もいやだ」
白髪の闘技者は血管が見え始めた手を強く震えるほどに握りしめる。
そして白髪の闘技者は僕を観察する。
視線が少しくすぐったいが、そして観察を終えると白髪の闘技者は肩の荷を下ろした。
「儂の名前はゲン、今回のダンジョンアタックを終えたら引退するつまりだった、それをあのクソどもせいで」
「ゲンさんも諦める必要はーー」
「安い同情はやめてくれ、儂では無理だ、だからお主に託したい。ここの闘技者達の中で最も可能性のある闘技者であるお主に」
今だ闘気を消えていない鋭い視線をゲンさん僕に送る。
確かに安い同情だった、これは反省をする。
現実的な話をするとこれから分単位でのロスが僕らに襲いかかる。
その差を埋めるにはゲンさんでは歳を取りすぎている。
決められた最適なペースで走る先頭集団に着いていく事は可能であっただろう。
だがそれではガストロさんやあの憎きパウロに追いつく事は出来ないだろう。
それにこれから襲いかかるゴルドラ一派の妨害も勿論あるだろう。
もしかしたら他の闘技者もそれを理解して、体の力を抜いてしまったのかもしれない。
僕自身が諦めなかった理由は無知であったという事も確かにある、それ以上に僕は少々無駄だとわかっている事を続けるそんな馬鹿な行為に慣れているそれだけだ。
だがゲンさんも気になる事を言っていた。
託す? 何を。
「なら何を託してくれるんですか?」
「知識を、儂が長年研究してきたダンジョンアタックの知識を与える」
その時ふと視線が後ろに惹きつけられた。
後方の項垂れる闘技者達、集合地点で見られた秘めた熱さが腐ろうとしている。
人の思いと経験、それらが全て。
その熱さは僕がアリサさんから学んでいる為よくわかっている。
無意識に僕も拳を強く握りしめてしまう。
許されざることではない、そこで僕は悪い子になる覚悟を決めた。
「ありがとうゲンさん」
「何をだ?」
「僕は悪い子になれそうだ」
「悪い子?」
僕は背中に背負っていたお守りを入れた筒の中身を取り出す。
「ゲンさん僕からも1つお願いをしていいかな?」
「ああ、なんだ」
「この筒を預かってくれない?」
僕は筒の中身に入っている師匠の剣を取り出し、代わりにゲイルさんが打ってくれた剣と入れ替える。
そしてゲンさんに筒を手渡した。
「ああ、いいぞ」
ゲンさんは筒を手に持ち、彼は自信の累積を語り始めた。
ダンジョンの傾向から導き出される今後のルート。
魔物の種類と配置、僕に出されるであろう課題の数々。
そしてある場所を突破することこそが距離を詰める大きな課題になることを。
「何をやっているんだ?」
ゲンさんほどではないが年老いた闘技者がこちらにやってきた。
それを見て他の闘技者達も集まってくる。
気付けばこのルートを選んだ闘技者達が全員集まり知恵を出し始めた。
「頼むぞ」
「ああ、俺に任せろ」
師匠、先生、ごめんなさい。
俺は約束を破る悪い子になります。
師匠の打った剣を使います、人前で奥義を使います。
それらを破ったとしても、あのクソ運営共に一泡拭かせたい。
彼らの長年積み上げてきた思いを無駄にしたくない。
先程から意識が研ぎ澄まされ始めている。
それは闘技場で剣を振っていた時よりはノルディス商会に突入した時に近い感覚。
剣を抱いて集中力を高めているわけでもないのに、手袋1つ隔て剣と接触しているだけなのに、どうしても違和感がを拭いきれないほど、触覚が鋭敏になり始める。
この事態に入れ込んでいるのは確かだ。
だがどこか気負わずに済む自然体でそして何より昔のように武器の声がよく聞こえる。
「隔壁が開くぞ」
「およそ10分遅れだ」
「行ってくる」
そして走り出す直前、手袋脱ぎだし前を見る。
最初から全力にして全開、気功術を、そしてさらに身体能力を高める為に奥義である修羅を使う。
探知魔法を使用し強く踏みしめ、力を伝えられる大地を見つけつつ最短で、そして僕は走り去った。
「いっちまったな」
「ああ」
他の闘技者達は誰一人走らなかった。
バトンを渡し、託した。
もう自分の役目は果たしたとその顔は言っていた。
悔しさに泣く者もいない、全員が清々しい顔で彼の走り去った後を眺める。
「やってくれるさ」
その一言で残っていた闘技者全員が腰を下ろす。
彼らがロストという若者に自信の経験を託せた理由は彼の実績そういた面もある。
ただそれ以上に。
「怖かったな」
「ああ、一緒にいるだけで体の震えが止まらなかった。だからこそ」
「ああ、託せた」
剣を変えた途端、ロストの纏う雰囲気が変わった。
その雰囲気を肌で感じたその時に託さないという選択肢は消えた。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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