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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
86/136

憧れが進む先

 寝坊してしまいました(-_-;) 

 申し訳ないm(__)m

「朝か」


 アリサさんの話を聞いて数日後、今日はダンジョンアタックの日だ。

 別に気負いはないが僕のやる気は依然それほど高くない、少し盛った正直無気力気味と言っていい。

 気持ちが盛り上がらないのは、今までの集中状態の引き戻しが原因で心が麻痺をしているのではないかと疑ってしまう。


「確か道具は持ち込み可能だけど空間魔法が使用されているものは禁止か」


 といっても僕自身持っている空間魔法で拡張されているものは剣を入れておく筒くらいだ。

 

「ディルクさんかクレアさんに預かって貰おう」


 筒から剣を複数取り出し床に並べる。

 剣1つ1つを丁寧に触りながら、考える。


(ただ何が起こるか分からない、予備に1つ剣を持って行こう)


 そう決めるが、本来なら王都で作ってもらったゲイルさんの剣を持って行くのが普通だ。

 予備、つまりは使うことを計算しなければいけない。

 師匠の作った剣を持っていっても意味はない。

 その筈なのだが何故か僕が選んだのは師匠が僕に残してくれた剣だ。

 剣に呼ばれたのは確かでありつつ、使用を禁止されている剣を持っていってどうなるもかと思い悩むが、最初の直感と剣の意思を尊重し、僕は師匠の養子になる際に貰った、ある意味始まりの剣を昨日買った魔法効果もない普通の筒に入れ部屋を出た。



 ダンジョンアタックの説明は受けている。

 ゴールを目指し走るのは別に難くない。

 ただ走るのではなく、ダンジョン内の一定の地点で課題を与えられそれをクリアすれば先に進める。

 課題の種類としては、物を探したり、モンスターを討伐、罠の解除だが熟練の者になると課題の内容を予測し、ダンジョンを走りながら前もって回収し準備をしているらしい。

 そして1位の人物がゴールして5分以内に2位の人物がゴールできれば、ダンジョンアタックの優勝者は決闘によって決められる。

 最後にこのダンジョンアタックはレガリアの使用が禁止されていない。

 これは今年から導入されたレガリアの解禁関係ないく元々だそうだ。

 全身全霊プライドを捨て全力でやれ、らしい。


「でも凄い熱気だ」


 別に気温が高いわけじゃない、周囲の闘技者は皆目が血走り、集合時間から一時間も早いのにすでにウォーミングアップを行っている者が殆ど。

 前もって参加者のリストをハイドラから貰っていたから誰が参加しているかはわかる。

 現にリストにいる約9割の人間がここにいる。

 殆どの人物が一世一代の大勝負、そんな心持ち、そんな熱が心地よい。


「よぉ」


 そんな中僕に喋りかけて来たのは、僕と同じく比較的思い入れの少ないと思われる闘技者だった。

 彼は槍を持ち、どこか皮肉げに頬を上げている、他の闘技者とは違い、目に熱意はない。

 己への自信が抜け落ちた男性だ。

 ただ彼の事は知っている、いや僕にとって印象深い闘技者だ。

 

「えっと、あれだ、そうあれ、えっと」

「いや、済まない。多分俺の名前を知らないよな」

「あの、その」

「気にしなくていい。所詮俺はお前に負けた人間名前を知らなくても文句はない、俺の名前はリヒター・バイエルンだよろしくな」

「うん、よろしく」


 リヒターさんは金髪を揺らしながら笑う。

 そうリヒターは僕の闘技者デビュー戦の相手。

 雷を纏った高速移動得意としており、苦戦をした記憶が新しい。

 ただ彼の顔にはどうして俺がここに居るのか? といった戸惑いも見受けられる。


「リヒターさんはダンジョンアタック嫌い?」

「いや、そもそも闘技者をやめようと思ってな……すまないこれを君が聞いても迷惑か」

「暇つぶしとして聞くくらいなら僕は構わないけど、案外他人に話したほうが自分の整理になっていいかもよ」

「そうだな、聞いてくれ」


 立ち話も何だと、互いに草の上に腰を下ろし話を始める。


 *


 リヒターさんは言う.、俺は闘技者になりたくてなったわけではないと。


「リヒターは本当にのろま」

「そうだ、勉学も運動も何もかもがのろま」

 

 父はアンタレス周辺の小さい地域を治める準男爵。

 田舎貴族だったこともあり貴族という生活は表面だけで使用人も一人しか雇えない所謂貧乏貴族だ。

 母と姉、兄達は皆俺をのろまだと罵るが五歳も歳が離れた兄、姉相手に同じ身体能力と勉学を求められても子供が勝つのは難しい。

 そんな意味もなく馬鹿にしてくる彼らが大嫌いだった、

 でも父は違う。

 いつも厳格ではあったが誰にでも平等に接し、話を最後まで聞き、領民と共に汗を流すことを厭わない俺の憧れだった。

 領民達にも慕われ、対象的に母と姉、兄達から父は脱兎の如く嫌われていた。


「ただ父は俺にだけは例外的に優しく接してくれた。いやそれも平等だったのかもそれない。母から兄弟から本来貰うはずの愛を父は俺に注いでくれた。」


 でもそんなある時事件が起きる。

 その年作物が満足に取れず領地は飢饉になった。

 だが父はその先祖達は常に備えを怠らなかった。

 得られた財の殆どを貯金として蓄え、今回の飢饉も何事もなく乗り越えられるはずだった。


「どうして貯金がなくなっている」


 父のあんなに焦った表情は初めてだった。

 先祖代々二人三脚で領地を守ってきた銀行に裏切られていた。

 

「この話は父が母と結婚する羽目になった時まで遡るが」


 父と母は政略結婚、ただし母が幼き父に惚れたという理由で強引に組まされたものだ。

 母の実家は先祖代々家の領地を支えてきた銀行社長の娘だ。

 そもそもその銀行は父の先祖、その家臣だった人に領地安泰の為、領主の貯金を貸し出して作らせた代物だったのだが。


 それはともかく、父の祖父の代でどうしてもお金が足りなくなる事態が起こった。

 その際銀行の社長が事情も加味して利子無しでお金を貸してくれた。

 元々領の為に作らせた代物だ、どれだけ大きくなろうとそれは関係ない。

 だがその時の父の祖父は深い感謝を覚え、一般的な利子と一度だけ無理のない範囲でならそちらの都合を優先してお願いを聞くと言う約束をした。

 

 そして月日が流れ、銀行社長にも孫ができた。

 孫、さらに女の子であるならばなおさら可愛いものだ。

 本来なら会社の危機や勝負に使うべき大切な手札を孫の我儘で社長は使ってしまった。


 問題なのはここからだ。

 信頼の証として父は先祖の備蓄をその母型の銀行に預けていた。

 母の金銭感覚のズレを知っていた父は、父のみの名義でそのお金を銀行に預けていた。

 しかし 銀行は暗証番号も知らず、名義人ですらない母へただ父の妻という理由のみでそのお金を妻に渡していた。


 結果妻と父は離婚し、息子娘は全て父が引き取り再教育を始めた。

 最近兄からの手紙も来て幼少期の時の事を謝りつつお金が包まれていた。


「俺が企業連の子飼いだったのは父が飢饉を乗り越える際の借金の担保として俺の魔法特性が買われたからだ。ああ、勘違いしないでくれ、俺を担保にすれば利子を安くするってのは企業連が言い出した事だ。それに父は反対していたからな。当時企業連は闘技場の運営件を会得したのはいいものの子飼いの闘技者がいなくてな、一から育てようと才能ある子供と契約していった。そしてお前に負け、企業連の子飼いですら無くなったのが今の俺だ。だから今後何をしていいかも、俺が企業連の子飼いじゃなくなった事を理由に奴らが父と領民の皆にどんな事を吹っ掛けるか……そう考えると苦労を掛けるようで申し訳なくてな……どうしたらいいか? と考えてたらやる気も出なくて」



 それが今のリヒターの都合だという。

 自身の事情を喋る毎に頭を下がっていくリヒターさんを見ていると話させてしまったことを申し訳なくお思う。

 だが気になった事がないわけでもない。


「リヒターさん、最近包むお金が増えたって?」

「ああ、元々父から少額ではあったがお金は貰ってたし、最近は兄からも。確かに父からの仕送り金は一年位前から一人暮らしが出来る程度には送られているな」

「あのさリヒターさんもしかしてだけど、リヒターさんの実家は借金の支払い終わってるんじゃない? だから包むお金も増え始めた、そう考えられない?」

「……確かに」

「ちょっと待って聞いてくる」

「何処にだよ」


 そう立ち上がり僕に追従するリヒターさん。

 彼の疑問に答えず、闘技場の受付に向かう。

 ここらへんの事情は僕も良く知らないが企業連は自分たちの年では闘技場などの運営からハイドラ陣営を追い出しているが実際に働く受付などのスタッフはハイドラが運営している時とは変わらず雇用している筈だ。

 そしてスタッフなどの使用料として後日企業連が闘技場側にお金を払っているはずだ。

 企業連側も1年毎にスタッフの新人を育成するのも、大幅な人事異動を行うのも流石に不効率すぎだ。

 

 そして今必要な情報は普段のスタッフが同じように働いていることだ。

 スタッフが同じなら闘技場側の運営、支配人であるハイドラとのパイプを持っている人物が間違いなくいる。

 パイプ役の本命は受付だ。

 人の出入りを確認する場所、まず情報が入る地点がここだからだ。

 ハイドラも僕のおかげで美味しい思いができたと言っていた、なら少しはその恩を返してもらおう。

 

「すいません、少しいいですか? 支配人と話がしたいんですけど」

「ちょっと待てそんな簡単に会えるわけ」


 僕の遠慮のないものいいに後ろのリヒターさんは静止を呼びかけるが、問題はない。

 リヒターさんが元企業連の子飼いだったように、僕の立場もハイドラ達闘技場側の子飼いの闘技者、話くらいは通してくれるだろう。

 闘技者専用の受付にそう僕が聞くと、彼女は少し悩んだ後手元のボタンを押し誰かに連絡をした。

 すると受付嬢の後ろにある扉が開き黒い肌の大柄な男性が出てきた。


「ロスト様、支配人はお忙しい為、お話であれば私が聞きましょう」

「お願いごとだけど大丈夫?」

「はい、支配人から無理のない範囲でなら応えて差し上げろとの指示も受けています。ではこちらに」


 僕とリヒターさんは褐色肌の男性に導かれ、受付の奥にある扉を潜る。

 豪華そうなソファーがある部屋に通され、僕は遠慮なく腰を掛ける。

 リヒターさんは少し申し訳なさそうにゆっくりと腰を沈ませる。

 僕達の対応をしてくれた男性は対面の普通の椅子に座るとこちらの要件を聞いてきた。


「それでご用件とは」

「このリヒターの実家が企業連に借りている借金の状況が知りたい」

「分かりました。その程度なら五分ほどでお調べ出来ます。それでは資料をお持ちするので私は失礼します」


 黒い肌の男性は慇懃な態度を一切崩さず部屋を出ていった。

 案外早くに調べ終わる事に気分を良くし、リヒターに笑いかける。


「良かったね、すぐだって」

「流石に早すぎるだろ」


 逆にリヒターは不審がっていた。

 調べると言っても敵対組織、いくら闘技場側が有能で合っても早すぎる。

 恐らくこんなに早い理由は。


「元々資料は用意して有るてことだろうね。恐らくリヒターさんを企業連から引き離したかったんじゃないかな」

「俺を」

「正確には企業連の子飼いの闘技者達をね、ま、ハイドラならやりそうな手だよ」


 闘技場側は企業連を運営から追い出したがっていた。

 企業連の力を削ぐ一貫での事だろう。

 ま、それ以上にハイドラは闘技場に己の全てを掛けてきた人物だ、そして闘技場を盛り上げるには優れた闘技者が不可欠。

 余程素行に問題がなければ今後も闘技者として活躍して欲しいと思っている筈だ。

 其の為ならどんな手間も惜しまない。


「お待たせしました、これが資料です」


 五分も経たない内に黒服が帰ってきた。

 そして僕らは資料を目にする。


 *


「よかったねリヒターさん実家の借金が全て返済されてて」

「でも、目標も失ってしまったと思ってな」


 集合場所に戻るべく廊下を歩いていた僕らだがリヒターさんの足が目に見えて遅い。


「リヒターさん貴方は何に落ち込んでるの?」

「家族の為に俺は此処にいた、本来なら実家に戻るのが筋だけど……」

「つまり闘技者を続けたいけど自分に自信が持てないって事であってる?」


 僕の一言にリヒターさんも納得が行ったようで、嚙みしめながら。


「そうか……そうだ。俺は闘技者としてここにいたい。でも実力に自信がない」

「実力はあると思うよ、僕が一番苦戦した相手がリヒターさんだもん」

「闘技者アリサよりもか?」

「アリサさんとの戦いは不慣れを突き続けただけだからノーカンで」


 完全に足が止まってしまったリヒターの背中を押しつつ、僕達は集合場所に向かう。


「難しいかもしれないけど、今一番リヒターさんに必要なのは胸を張ることだと思うんだ」

「そいつは難しすぎるな」

「なら次、目標を見つけること。憧れでもいい、その機会は目の前にあると思うから」


 再び集合場所に向かうと、先程と同じだが明確に違う光景があった。

 多くの闘技者がウォーミングアップをしているのは同じ、だがダンジョンアタックの時間が近づいてきているのが原因か闘技者一人一人が緊張感を抱き、周りの闘技者に闘志を隠さない。

 少々入れ込みすぎて顔を青くしている者も数人いるがその緊張感は間違いなく未来への糧になる、そう確信出来るほどこの場の空気は純粋な人の熱によって作られている。


「彼らからなら見つかるんじゃない、リヒターさんの目標が」

「俺の目標……」

 

 リヒターさんには悪いが盛り上がり始めていたのは僕の心だ。

 アリサさんやディルクさんなどの熱意が僕の思いと空回りしていたが、実物を見てその溝が埋まる。

 気付くと僕も笑みを浮かべていた。

 それを自覚し右手で隠したその時。


「おい、お前」

「はい?」


 突如声を掛けられ僕は後ろを見る。

 リヒターさんも何事かと向く。


「っち腑抜けたな」

「えっとどちら様で」

「馬鹿、ガストロだよ、知らないのか?」


 そのまま何も言わずにガストロさんは去ってしまう。

 彼の罵倒などを普通は憤たなければ行けないのだろうが、僕の意識ははガストロさんの頭部に向けられていた。

 そう彼のケモミミに。

 正直ガストロさんには悪いことをした。

 別に彼は僕を馬鹿にしにきたわけではない。

 それはガストロさんお目を見ればわかる、彼の目には僕を馬鹿にするような色は一切ない。

 むしろ尊敬が込められていた。

 そう考えるとガストロさんの狙いはヒールとしての自身の役目を果たしにきただけだろう。

 ただ僕の天然気味の所に毒気を抜かれてしまったから、あのような連れない態度になったのだろう。

 いやこれはケモミミを触らせてくれないルシアさんが悪い。

 そういう事にしておこう。


「そうだ、リヒターさん緊張してない、素振り見せてよ」

「いいが、他人の素振りを見てどうするんだ?」

「まぁまぁ、いいじゃん」


 彼は槍を背中から取り出し構える。

 何度か突き、薙ぎと見事な槍捌きを見せるが、我流故の武器の扱いその甘さが見える。

 そこを指摘する。


「ちょっと長く持ち過ぎかな、リヒターさんの体格だともう少し前よりに持って、そう前に突き出すのはいいけど、伸ばし過ぎはダメ。そこから上手い人は槍を弾き飛ばすよ」


 そんな指導もどきの事をやっていたら開会式まで時間はあっという間だった。



リヒター視点


 長々しい開会式のお言葉を受け取っている最中、目の前の小さな影が後ろ向きに倒れてきた。


「大丈夫か?」

「がぁ〜〜」


 コイツ寝てやがる。

 ロストの体格で寄りかかられても負担にもならない為少し置いておくことにする。

 正直コイツの事が俺は怖かった。

 印象深いのは闘技者として互いに戦い、勝負を決めた最後の一刀の時だ。

 槍毎一刀両断にされた俺は今までの闘技者生活で感じたことのない、斬られたという情報を細胞1つ1つに叩きこまれた気がした。

 闘技場に張られている結界のおかげで今までは腕を斬られたとしても、痛みはこそ感じるが、細部の傷を負った時の感触が誤魔化されてきた。

 斬られ、潰され、焼かれたとしても、痛みの出力しかたは同じ。

 ある意味闘技者の心を守る意味も結界にはあるのだろうが、ロストの最後の斬撃はそれを感じ取ってしまった。

 本来なら闘技場外ならそれが正しい、闘技場内だから俺は生き延びられた。

 そのリアルに感じ取れたが故に俺はロストに心のそこから負けを認めてしまった。

 俺の事情ならこいつのせいで家族に迷惑を掛ける羽目になる、そんな八つ当たりに近い感情を抱いてもかしくないが、そんな感情を挟む余地もない。

 そして心に宿るのはロストへの恐怖だった。

 そんな薄暗い感情を引きずり、その後の二戦、立て続けに負けた。

 企業連に捨てられた本当のきっかけはロストじゃないんだ。

 ロストと戦ったその後の二戦目、前評判も悪い格下のが相手だった。

 俺の心は今だ竦んでまともに槍が振れない状態、魔法を使う心の余裕もなくただデタラメに槍を振るう。

 攻撃の質としてはあれだ、子供が良く使う両手を回して相手に突撃するぐるぐるパンチに近いだろう。

 簡単に捌かれ俺は負ける。

 なぜダンジョンアタックの選考に通ったのか分からない。

 

 やはりそのきっかけとしてはダンジョンアタックを申し込む前の格上との3連戦に勝ったことだろう。

 俺の試合が控える中でロストは戦っていた・

 その時ロストは一日に2試合行なっていたのでそのおかげだろう。

 控室を出てアリーナに入場する入口、そこから彼の試合を見れた。

 その時まではロストの姿を見るだけで体の震えが止まらなかった、だがどうにも惹きつけられるような魅力があった。

 一本芯の通った立ち姿、動きは雑でどこからでも批判ができるその筈なのに口を閉じ見惚れてしまう。

 そして誰かと対峙した際に感じ取る圧倒的な存在感。

 最後に剣を振っている所を見ると自分に向けられたわけでもないのに体が斬られたという確信を伝えてくる。

 そして同時に気付いた。

 

「ああ、これは彼が特別だからか」


 その事実に気付いた時、俺は再び槍と魔法を正しく使えるようになっていた。

 俺はそこで生まれて始めて彼に憧れている事を理解した。


「おい起きろ」

「うん〜〜っは、寝てないよ」

「いや寝てただろ」


 ロストは頭を掻きながら無邪気に笑う姿に呆れながらも指定の位置に着く。

 ダンジョンアタックは前もってクジを引いておき、そのクジによってスタート位置が決まる。

 企業連が主催の場合は優遇選手が前に置かれる事が殆どだが、長い距離を走るからかその優遇はさして意味をなさない。

 それに俺みたいな最後方且つ人気のない選手は埋もれていくだけなのは変わらない。 

 やる気もない、ただ流していくだけだと朝目を覚ました時に考えていたが、少し気が変わった。



 そして開始を告げる鐘の音が鳴り響く

 一斉に走り出す闘技者達だが勿論一斉に飛び出す以上、気持ちが流行った闘技者がぶつかり合いマスターランク限定の時であっても、ここでは毎回激突事故が起こる。

 最後列の闘技者はスタート直後はあえて様子をみる立ち回りにするとスムーズに前に出れる。

 利口な事をしていると、最前列の人の渋滞から早くも抜け出した2つの人影が先頭を引っ張る。

 1つは元マスターランクの闘技者ガストロ。

 実家の都合で長期間闘技者家業を休養していた男だ、実家の都合といっても、ガレリア帝国と獣人の国での戦争の件だろう。

 和解という形で最近戦争が終わり、そのタイミングでこの闘技者の世界にガストロは帰ってきた。

 そしてもう一人はとても小さな影だった。

 年齢は10かそこそこ、性欲が激しい闘技者ならこの歳の孫がいる者もこのダンジョンアタックに参加しているかもしれない。

 そうロストだ、彼が前に並ぶとガストロはしつこく体をぶつけ道から押しのけようとする。

 魔の道、ダンジョンに流れる魔素の道であり落ちても問題はないが最悪どこか変な所に飛ばされる可能性もある。

 がここは運営が管理しているダンジョンだ、恐らく最後列かスタート地点に飛ばされる位で済むだろう。

 ガストロのしつこい押し出しに、ロストは吹き飛ばされ崖近くでなんとか留まった筈が、突如彼の足場が崩れ魔の道に落ちていく。

 誰もがロストは優勝争いから脱落だと考えたが彼は何事もなかったかのように宙を蹴り、道に戻るとそのままガストロに突っ込んでいく。

 勢いが付いたショルダータックルにガストロも少し態勢を崩される。

 それを受けてガストロは笑った、苛立ちなど一切ない、二人は互いを認め合うように妨害をやめ、速度を上げて走り始めた。

 二人のみの先頭集団、そこからどんどん他の闘技者は離されていく。


「早すぎる」

「自分のペースを守るんだ、どうせあの二人は後でバテる」


 などと言っているが皆ペースを上げ、二人に追い縋る。

 ここで置いていかれたら優勝はなくなる事をどこかで理解していたからだ。

 列がばらけ、少し隙間ができた所を雷を纏い速度を上げそのまま抜き去っていく。

 上のアナウンスではかろうじて俺の事をゴボウ抜きだと、取り上げているようだが興味はない。

 今はそれより彼らの戦いを身近で感じたかった、ただそれだけだ。

 後でバテてもいい。

 優勝出来なくても付いていける所までは。

 心境の変化はダンジョンアタックの前、ロストが俺の槍捌きを見ていた時だに生まれた。


「僕はこのダンジョンアタックで闘技者を引退するんだ」


 表情に出さないように心をなんとか沈めたが、殆どパニック状態だった。

 

 ロストはこのダンジョンアタックに参加する人々を俺に見せる事で新しい目標を作らせる腹積もりだったが、実は憧れはもうできていたんだ。

 ロスト、君が俺の目標だ、だからより近くで見ていたい。

 それだけの意地で前に出る。

 そして最前列になんとか追いつく事ができた。

 君が闘技者をこのダンジョンアタックでやめるとしても、その姿を目に焼き付けるために。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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