闘技者としての義務
予定ではダンジョンアタック編が終わったらアンタレス最終章です。
冒険者に復帰した僕だが今いるのは闘技場が運営する訓練場だ。
そもそも数日間の休養をギルド長から与えられた、ほぼ命令で。
空いた時間に崩れた孤児院を見に行っていると、立て直しが始まっていた。
ここの領主はフットワークが軽いと感心していたが。
「違う違う、王都の教皇様の耳に運良く入ってね。お金をグローリア教が出してくれたんだ。本来は教会から立て直すのが普通だけど、そこも教皇様の一声で孤児院からになったんだ」
大工の方に話を聞くとそう快く教えてくれた。
だがこの大工の方も最初はこんなにフレンドリーだったわけじゃない。
最初は僕の安全を考え、素っ気なかった。
「あ、ガキ危ないから……ロスト選手だ」
闘技者と名が売れたおかげで、簡単に教えて貰えた。
つくづく名とは良い方向で売っておくと、得だと実感できる。
「勿体ないだろう」
時間が余っているので、お世話になった人に挨拶をしようと色々な場所を回った。
パン屋ピースに無理を聞いてくれた病院の先生、まだアンタレスから離れるわけではないが節目として……と思ったのだが闘技者の訓練場で教官をしているディルクさんに挨拶をしに行ったら、そう言われた。
「何が勿体ないの?」
外でも僕の耳が痺れるほどの大声で叫んだディルクさんは鼻息を荒下興奮を抑えきれない様子で僕の両肩を掴み、そのまま振り回す。
「だってお前闘技者をやめるって、最後の仕事が残っているだろ」
「最後の仕事?」
はて、僕はアリサさんとの試合に負け、特例制度も終わりを迎えた。
これ以上闘技者としてランクを上げる時間も機会もないだろう。
それにディルクさんの言い方も気になる仕事とは?
とぼけているつもりはないが、僕の態度に、ディルクさんは顔を真っ青にして、信じられない者をみるように数歩下がる。
「ダンジョンアタックが残っているだろ、アンタレスにおいて最も神聖で闘技者たちの憧れ、これの参加資格を得るためにわざとランクを落とす奴もいるくらいだ」
ダンジョンアタック。
世界中でアンタレスのみ行われている闘技者からした憧れの舞台。
僕が参加条件できる物の条件としてはシルバー3以上プラチナ5以下のものになる。
さらにその中から審査に通ったもの100名がその舞台に立つ。
「な、ワクワクするだろ」
「申し込むのはいいけどギルドから許可出るかな?」
「間違いなく許可は出る、よしギルドに行くか、大丈夫だサイモンには俺が説得する」
「え、ちょっと」
そしてディルクさんの肩に強引に背負われ、僕はギルドに連行された。
別にダンジョンアタックに出るのが嫌なわけじゃない。
ただ己を責め続ける極限状態でもなく、踏破を競い合うダンジョンアタックの性質は一刀を研ぎ澄まし己の戦闘意識を作る僕のやり方とは相性が悪い。
要するに不安なのだ。
*
「いいぞ」
「え」
「ほらな、サイモンはこういう奴だ」
あっさりと出た許可、それと同じ位にディルクさんがアポ無しでサイモンさんの元に来れたのも驚きだ。
サイモンさんは厳格な人物だ、だからこそ礼儀やルールを守らない人物の提案を聞く前にこのギルド長室から蹴り飛ばされると思っていた。
「ロスト、お前が思っている以上にダンジョンアタックはアンタレスに住む人間にとって特別なものだ。そもそもダンジョンアタックに出すための休暇だ、大人しく出てこい」
「はい」
そう命じられ僕は部屋から出ていく。
ディルクさんは明日ルールの説明をするから訓練所に来るように僕に話し、ギルド長室に残った。
彼らに放り出され、街を散策する。
相変わらず僕は一人だ。
クレアさん達は依然ダンジョンでの邪教徒の捜索、従魔のモグもダンジョンに入っているパーティに貸し出している。
何もやることがない、そんな時は散策だ。
このアンタレスという街には昔来たが出歩きはしていない。
つまり初めてが転がっているわけだ。
いい加減鈴の魔導具を見つけなければいけないと考え、次から予備まで用意することを決め街に繰り出す。
今回僕が歩く道は大通りだ、孤児院や街のある東側ではなく西側。
アンタレスで一番お店の種類が豊富な場所だ
そんな道を歩いているととある人物に。再会をした。
「あれ、ロストだ」
「アリサさんこんにちは」
緑色のエプロンを着けたアリサさんがお店から出てきたタイミングで出会った。
しかし彼女を見ているとお仕事中だ、挨拶だけしてこの場を離れようと考えていたのだが。
「ちょっと待ってて」
「??」
僕はてっきり外で待たされるものだと考えていたが、手を掴まれそのまま店の中に引きずり込まれる。
そして店の中に入るとアリサさんは僕の手を離し店の奥に行ってしまう。
取り残された形なったがいいだろう、彼女が戻ってくる間に店の中を見渡す。
店は本屋だった。
流石に天井まで棚が敷き詰められているわけではないが、中々の蔵書量、それに僕が入ってきた入口とは逆のドアを見るとその奥ではコーヒーカップ片手に本を呼んでいる人物がチラホラと伺える。
恐らくこのお店はカフェと本屋を同時に経営しているのだろう。
飲み物を飲みながら本を借りてゆっくりとした時間を過ごす、雰囲気もいいし、男女比率も女性の方が多そうだ。
そんな事を考えていたら5分ほどではアリサさんはエプロンを外して戻ってきた。
「こっちに来て」
「はっはい」
アリサさんに再び手を掴まれそのまま店の奥に連行される。
店の奥は予想通りカフェで男女問わず多くの人がいたが、声を出すにしても互いに聞こえる位の小さな声の者しかおらず、個人の空間を大切にしている場所だった。
というか、僕が入ってきた方が裏口なのではないかとそんな事を考えてしまう。
そしてアリサさんと互いに同じ机の椅子に向き合う形で座る。
「で、何の御用ですか?」
僕をこの店に引きずり込んだアリサさんに事情を聞いた。
ただ真に迫った表情をしていた。
もしかしてアンタレスで起こっている子供達の失踪事件の情報を掴んだのか?
そう思っていたいたのだが、アリサさんはアリサさんだった。
「私、この前の試合勝ったと思ってないから」
「いや、結果はーー」
「ううん、あんなボロボロでありながらも試合はロストのペースで続いていた。わかってるどんな状態で試合に望むかもそれは自己の責任だって、でも私は宣言したかった、今度は互いにベストな状態でやろう」
言いたいことを全て述べた後アリサさんは満足そうに店員さんのいるカウンターに行き、スイーツを頼み始めた。
相変わらず、自由というか、独特な雰囲気を持っているというか。
そして席に帰ってきた彼女に話のタネ程度の言葉をぶつける。
「さっきの店員さんって同僚?」
名前を呼び合っていたし、それ以上に距離が近いように感じた。
対した意味はない。
「違う、元同僚、今店で働くのを今日やめたから。というか元々今日が最終日」
視線を注文したスイーツに固定しあっさりと答えたアリサさんに他人故の余計な興味が湧く。
なぜやめたのか?
そんな個人の自由が気になってしまったのだ。
意を決した僕は彼女の話を聞く。
「なんでやめたの?」
「闘技者のランクがマスターになったから」
「え、いつなったの?」
「ロストとの試合、そもそも闘技者においてマスターからがプロ、それ以下はアマチュアみたいな線引がある。アンタレスではマスターランクしかないけど、他のそれこそ大陸中部のガレリア帝国にはマスターの上のランクの大会も普通にあるし、私からもいい?」
「何でも」
「ダンジョンアタックに出るってホント?」
「申し込むだけ」
「なら出場確定か、気をつけてね」
相変わらず視線は皿に乗っているスイーツに目が釘付けの彼女だが、一度の会話にあまりに気になりすぎる会話が多い。
「出場確定? 僕が?」
「うん、そもそも闘技場側からの推薦枠かつ、今シーズンの目玉だからね。ロストを出さないという選択肢が存在しない。だから気をつけて、企業連の連中は本当に好き勝手にやるから絶対妨害が起こる。闘技場側が運営の時はそんな事ないんだけどね」
彼女がパンケーキを切るナイフを必要以上に強く握りしめる。
企業連の不正が許せない、それだけではない雰囲気だ。
「やっぱり闘技者にとってこのダンジョンアタックって思い入れが深いの?」
少し遠回し気味に聞いた僕の質問に彼女は正しく理解を示したようで。
「闘技者じゃなくて、アンタレスの住民がかな、特にロストが出ようとしているダンジョンアタックに強い思い入れがあるのは」
今まで下に目が向いていた彼女の目が上に上がる。
戦闘時とそうは変わらない聞けという強引さと使命感を宿した瞳が僕を見つめている。
アリサもまた、ここアンタレスの住人なのだと気付かされた。
*
アンタレスの住民にとってダンジョンとは特別な物だ。
資源という意味でも勿論だが、ダンジョンがアンタレスを世界を救うために生まれたからだ。
遥か昔、予想の付く範囲であれば1000は軽く超えるほど昔、世界は滅びの危機にあった。
危機の内容は今では分からないが。
世界各地では生き物が死に絶え、人間、動物、世界に存在する全ての生命が滅びの危機に陥っていた。
そんな時偉大な一人の魔術師達が仲間たちと立ち上がり女神の力を借りて仲間たちと残された資源を掻き集め、それを触媒にアンタレスにダンジョンを作った。
ダンジョンを作る最後の段階で魔術師以外の仲間が全て離反し剣を向けた。
仲間達は滅びの危機は避けられない、なら失敗する可能性のあるダンジョンを作るのではなく、滅びの日までダンジョンを作るのに必要な資材で幸せを嚙みしめながら過ごそうと。
仲間達のいうことにも一利あった。
ダンジョンを作るコアを製作するのには膨大な資材が必要だった。
この滅びに向かう世界ではもう手に入らないものも多い。
ダンジョンの制作が100%の確率で出来るのなら仲間達も剣を向け離反を宣言しなかっただろう。
だがダンジョンコアの精製その成功確率は10%未満だった。
そんな低い確率に世界の命運を掛けることはできない。
それが離反した仲間達の言い分だった。
魔術師は仲間達の前に立ち、立ち会いを求めた。
ただし魔術師対仲間全員との決闘を。
「勝ったら俺の好きなようにさせてもらう、負けたら邪魔をしていいぞ」
そんな勝負条件からも読み取れるように魔術師は諦めないと宣言していた。
魔術師の物言いに仲間達は笑いながら了承した。
ただ前を向いて生きる、その思いの力は停滞を選んだ人間などよりは輝かしいほどに強い。
決闘は3日間続き、最後まで立っていたのは魔術師だった。
魔術師は何度も負けそうになった。
仲間の一人には戦士がいた。
彼は恐ろしいほどタフで力も強かった、魔術師が攻撃を受ければその場で負けが決まっていただろう。
弓使いの彼女も凄かった。
偏差撃ちを完全に制御し正面と真上からの2点攻め、事前の準備がなければすぐに勝負が着いていた。
僧侶の彼女も楯使いの彼も手強くない相手などいなかった。
唯一の決闘に参加しなかったのは魔術師の弟子だ。
彼女も離反していたが、彼女は師を攻撃できないと参加しなかった。
極めつけには魔術師たちのリーダーである勇者でありながら聖騎士だった男。
非力な魔術師一人では前に立った時点で負けが決まったようなもの。
それでも魔術師は一人で彼らを相手にし、一人の死者も出さずに勝った。
魔術師は倒れ伏す仲間を背にダンジョンコアを龍脈の中に生成し、ダンジョンを作ることに成功した。
「どうして、俺達に勝てたんだ」
リーダーの勇者の質問に魔術師は
「心なんて言うわけないだろ実力だ実力……ただ言える事はな俺はお前たちよりも愛しているものが多かっただけだよ」
そう裏切ったとも言える味方に笑顔で魔術師は答えた。
もちろんその守りたかった物には今倒れ伏している仲間たちをも当てはまる。
これがアンタレスの始まり。
このダンジョンを基軸に世界は立て直し、今の繁栄した世があるのだ。
*
「アンタレスでは年に一度風習としてダンジョンアタックを行っていた。世界が平和になり、人口が増え、そして闘技場の1種目として形を変えた。しかしダンジョンアタックは一年に一回しか行なわれない。確かにダンジョンアタックは闘技場の一種目になったけど、アンタレスにおいてダンジョンアタックは神事なんだ」
そしてアリサさんは一息付く。
アンタレスの昔話からここまで殆ど息継ぎをしないで喋っていた。
肩を上下し呼吸を乱している。
ただそこまでの思い入れがアンタレスの住人にあったとは知らなかった。
ただこの知識を知ったからこそ今まで知らなかった1つの面が見えてきた気がする。
「つまりダンジョンアタックは、ダンジョンを抜けながらお題をこなす部分は材料集め、1位と2位の差が5分以内だったら戦いで優勝者を決める部分は魔術師達の立ち会いを表していると?」
神事とはその元となった出来事を再現する事に力を入れる。
ダンジョンを駆け抜ける所は先人達がダンジョンのコアを作る為に素材を掻き集めた所を表し、何故最後に決闘で勝敗を決めるかは、立ち合い、制限時間は、行動の阻止そこに被せているのか。
「うん、そうだね。正直な事を言うと私達はダンジョンアタックの勝ち負けはどうでもいい。ただ企業連が不正をし、私達の神聖な風習を穢していることが許せない。だから、ロストには優勝して企業連に赤っ恥をかかせて欲しい。勝手な事を言ってごめん。あ、私は企業連が気に入らないだけだから私の分は背をわなくていいから」
「聞けてよかったです」
その話を聞いて心が盛り上がれば良かったが、僕の心は冷めていた。
期待されるのは嬉しいし、人と関わるって事はこういう事だともわかっている。
ただ僕にはもう動機がない。
子供達を救うために名を売り、アンタレスの人々から信頼を勝ち取る、それはもう終えた事だ。
ディルクさんが強引にギルド長に宣言しなかったらダンジョンアタックに出る気はなかった。
また今年のダンジョンアタックが低階級向けなのも気に入らない。
元々ここアンタレスにマスターランクという物は存在しなかった。
最上級の闘技者がその神事を行う、後から取り入れられたランクで合ってもマスターランクが基準でよかった筈だ。
しかし理想の邪魔をするのは常に伝統。
今までの階級、ゴールド・プラチナ間ででやるのが正しい、そんな反対意見がどこからか出たらしい。
苦肉の策として元のプラチナとゴールド間で行うルールとマスター間で行う、この2つを交互にやることとなった。
それが弊害となり毎年ダンジョンアタックに応募できる階級が違う。
数人でもいい、マスターランクが参加するならまだ挑むという面でモチベーションも作りやすかった。
去年はマスターランク間のダンジョンアタック、そして今年はプラチナからゴールド限定。
(正直燃えないんだよな)
自分の平時の実力がプラチナランクに到達しているとは僕も思ってはいない。
ただ、やるのなら一番上を目指してやりたい。
僕が男の子だっていう理由なだけだ。
顔を切り替え、スイーツを一口食べる毎に表情を変えるアリサさんを見ている方が個人的にはまだ、お腹が空いたと、僕の心に何かを訴える。
まぁ参加しなければいけないことは確実。
実際に見てみないと分からないと良い方向に考えようとするが僕の心が晴れやかになることはなかった。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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