突発的突入
「で、どうするんだ」
「ちょっと待って」
、
せっかちなグラントさんを制し、僕は指を鳴らし探知魔法を使う。
「なんか、ここみたい」
「何だこりゃ」
魔法を改変し隠されていた通路を浮かび上がらせる。
改変したのは相手に気付かれない様にする為だ、まだ子供達が中にいる気付かれては困る。
奥の光景は銀色の箱のような小さなスペース、そこから下に真っ直ぐ伸びた空洞。
訝しむ男性陣とは違い女性陣の反応は明るかった。
「ああ、エレベーターね、といっても大陸中部の発達している都市くらいにしかない珍しいものだけど」
「そうですね、大陸西部だと珍しいですね」
大陸中部出身のクレアさん、魔法大学に通うために大陸中部に一時住んでいたリーザさんらには馴染みのものだった。
「で、どうすんだこれ」
「普通ならこの横にボタンだがある筈だけど」
「でもリーザさん、そのボタン押して意味があるんですか?」
「あるわよ、このボタンを押すと籠が上がってくるのよ」
「この中見てもですか?」
「……」
確かにリーザさんとクレアさんの言った構造であるのならば確かに垂直に動く理屈としてはあっている。
だが僕の探知魔法は一番下の階層まで見えるが籠どころか何か仕組みがあるような構造物は何一つない、ただ空っぽの空間が下に続いている。
あるものと言えばこの垂直に広がる空洞その最下層には何らかの施設があると思われる空間の広がりがある事。
「ロスト何しているんですか?」
僕は下に大きく伸びる空洞を塞ぐ扉を開け下を覗く。
光すら見えないその空間に何かあるのなら僕に飛び込まないという選択肢はない。
宙を蹴れば減速もできる、安全確認の為に行くなら僕一択だろう。
「え? 何故ここに?」
そして僕が空洞に飛び込もうとした時、ちょうど僕の後ろにエレノアが現れた。
彼女がクレアさん達を見て驚くその一瞬の混乱に僕はすぐさま空洞に飛び込む判断をする。
「ローー」
クレアさんは僕が空洞に飛び込む姿を見て声を上げようとしたがそれをリーザさんがすぐに口を塞ぎ防ぐ。
チャンスだった。
施設に乗り込む人数を誤認させ、エレノアという人員が割かれた。
その後のエレノアの報告で施設の撤退作業を行う僅かな間施設内側の警戒が薄れる。
一発限りの潜入としては間違いなく千載一遇の好機だった。
転移陣が出入りの方法というのも施設にいる人間その意識の方向を外側に動かす事にも繋がる。
転移という移動法は移動先の安全確保をしておくのが前提の魔法だ。
当然だが何があるか分からない場所、例えば土や壁の中に転移してしまえばそれこそ一貫の終わり、だから転移場所の安全確約が何よりも必要な魔法だ。
転移魔法の特徴は指定した座標間を移動するという点。
これの何が言いたいかというと転移魔法の指定座標に監視などを置けば必ず侵入者が発見できる有用な罠に化ける。
これは防衛戦での情報と言う意味では非常に有効だ。
監視が難しいなら転移魔法の移動座標の前で魔法感知の機械でも置いておけば確実だ。
転移でしか移動できないように作られているのであればどんな凄腕の暗殺者でも確実に侵入は気付けるだろう。
だからこそ相手はそれに油断する。
隙がないと思う事こそ最も突くべき隙だとタイロン先輩が昔教えてくれた。
僕が突入した空洞を何もないと言ったがそれは少し違う。
侵入者を許さないようにワイヤーと感知魔法が仕掛けられている。
ワイヤーはただ変哲のないピント張られているだけだが、自由落下の勢いを殺さない限りは簡単に人間の手足は切断できる。
ワイヤーの回避それを暗闇且つ自由の利かない空中で行うのは普通に無理だろう。
そして魔法の感知に関しては浮遊などに対応したものだろう。
ただこちらは魔法を探知するだけであり罠と連動しているわけではない。
だが浮遊の魔法で抜けようとすれば奥にいるであろうエイナルには絶対にバレるように出来ている。
隠密性を確保出来ないならこの無謀な突撃をやる意味はない。
ただ魔法の感知に関しては僕の代償魔法は例外だ。
どうやら何かをゼロから生み出すという工程を行えない関係上、自然に起こった現象と同一に見られるらしい。
だからこの空洞を安全に通り抜ける事は僕にしか出来ない。
感知されない探知魔法とファトゥス流の足運びによる空中蹴り、この2つを持つ僕だけしか。
僕は宙を蹴り、ワイヤー陣の間を抜けながら地下に降りていく。
減速を行いながら体感100メートルほど降りた所で終点に辿り着く。
「さて、行くか」
床は土塊ではなく、しっかりとコンクリートで覆われている。
外のスラムよりよっぽど近代的な場所を僕は進む。
*
「ローー」
推定何十メートルもある穴に飛び込んだ彼の行動に驚き声を上げようとした私の口をリーザさんは急いで塞ぐ。
「ごめん、でもチャンスなの」
「すいません」
互いにしか聞こえない声で私達はやり取りをする。
確かにロストの小さな背丈は私達によってエレノアさんの死角になっていた。
人数を誤認させる意味でも気づかれる前に飛び込んだ彼の判断は正しい。
ただ安全確保ができていない場所にロストを飛び込ませたくない私のエゴだ。
「ロストはいないんですね」
「今日闘技場の試合だってよ」
「妖精アリサとの試合ですね」
「意外ですね、ロストの事そこまで気にしているとは」」
私はリーザさんの元を離れ、そして私達を庇うように立つグラントさんよりも前に出て口にする。
エレノアとってロストは力不足の冒険者以外の印象はないはず。
「覚えてはいるよ、今や私達を追う政府組織の正しく尖兵、忘れるはずもない」
「嘘ですね、貴方ロストいたからあの孤児院を狙ったんじゃないですか?」
女の勘といえばそれまでだが、彼女がロストの試合の件を話す時の言葉に何か熱を感じた。
私の一言を受け、エレノアは表情を変える、どこか隣人と話すような気軽さから怨敵とであった復讐者の目に。
「クレア、私は貴方の事は嫌いですよ。いや憎いと言っていい。貴方自身が何かをしたわけではないですが、貴方という存在がこの世に生まれた事が憎い」
「残念です、私はエレノアの事好きだったのに」
そう言うとエレノアさんは何処からか刀身が発光している剣を取り出す。
刀身の色は赤、ロストの話とは違う彼女に少し警戒心を持つ。
ただ私の内心も穏やかではない。
エレノアのあの口調からして、私が最も隠したい秘密を彼女は知っている恐れがある。
原罪とはまた別のこれはロストにさえ知られてはいけない秘密を。
戦いが避けられない状態に移行、私は1度下がりフォーメーションに従う。
前衛はグラントさん、そしてリーザさんが隙を作り、私が魔力を溜めた銃で敵を撃つ。
ダンジョンで実際に行なっている戦略だ。
ただ私もエレノアさんとの戦いを避けられるとは思っていない、ただ少しでもロストに時間を作って上げたかったからだ。
「ま、何があったかは知らないがな、罪科をまずは償ってもらおう」
そう言ってグラントさんは全身に炎を纏いエレノアの元に向かう。
大きく振りかぶった大剣を振り下ろすがエレノアは光の粒になりそれを回避、不可視の状態になるとグラントの背後に抜け、剣をグラントに背中に突き刺したが攻撃は通らない。
彼の纏った高密度の炎がその剣を何事もなかったように防ぐ。
「!」
「抑えておきなさいグラント」
「おうよ」
グラントさんはエレノアの剣を掴み彼女を逃さないよう固定する。
すぐに剣から手を離せば良かったが、いかんせん炎が剣を防ぐなど予想はできなかったのだろう。
手間取っている隙にリーザさんが氷の光線をグラントさんの背中ギリギリ、エレノアに向かって放つ。
ようやくエレノアもそこで混乱を脱したのだろう。
剣を諦め、光の粒子になることでリーザの光線を回避する。
「本当は使いたくないんですけどね。ただクレア、貴方には負けたくない。そんなくだらない意地ですよ」
粒子状態を解除し、再び現れたエレノアさんの手には槍が握られていた。
「へぇ……そっちの方が様になってるじゃないの」
リーザさんの評価は間違っていないように感じる。
先程までのエレノアさんの動きは突き主体。
それに彼女はどこか剣を扱い切れていないようにも感じていた。
熱くなっている、それもある。
だが戦闘に慣れている様子から見ると剣のを使った判断は些か御座なりに見える。
ただ槍になったからといって対応出来ないとは思わない。
問題は彼女が使う粒子状態になるという不可視且つ無敵の技。
ただいくつか弱点もあるだろう、そう例えば粒子状態にはずっとなってはいられない、継続時間もそれほど長くはないだろう。
そしてもう一つ解除時は連続して使えない。
この2点を考慮するのならば狙うのは粒子状態の解除直後。
リーザさんも同じ事を考えていたようで私との陣形を入れ替える。
リーザさんは先程まで氷の光線を放っていたが、現在はグラントさんの死角全域に氷の礫を放ち続ける。
制圧射撃を思わせる弾幕量、再び粒子となったがエレノアさんだが私がリーザさんと位置を変えたことによって逃げる場所は建物の柱くらいな物だ。
だから最後の抵抗として粒子状態でグラントさんとリーザさん二人に挟まれている私を直接狙うしかない。
そう、ここまでが5秒前の予知だ。
リーザさんに目配せをし、事情を説明。
エレノアさんは私を突き殺そうと首を狙おうとするが、槍は伸びない。
エレノアさんが粒子状態を解除したと同時にその足をリーザさんが氷で固めていた。
「っつ」
そしてその動けない隙に私が銃を放つ。
エレノアさんは氷を砕き、槍でガードをしたが3メートル以上押し出される。
私はあくまで場面を作っただけ、レブレサック邸での機械の化け物相手に放った攻撃ほど威力のある一撃ではない。
ただ生物は命の危機を脱し、ほんの僅かに安全を感じると大きな息を無意識にしてしまう。
リーザさんは杖を卸し攻撃の態勢を取っていない。
ただ一人は違う。
炎を纏った猛烈な突撃、今まではあえて防御に回っていたためエレノアはグラントのへの危険度を下げていた。
だから真正面からの突撃でありながらも奇襲となった。
大きく息を吸った影響で体の動きが僅かに遅れ、グラントの一撃を回避することは出来ない。
再び槍で攻撃をエレノアは受けるが、炎を纏った大剣は威力の桁が違った。
体は簡単に宙を撒い、エレノアが守っていた施設とは別の近くの廃墟に激突する。
「ここまでか、手強かったな」
「ま、私の魔法にクレアの予知が加われば流石にね」
「人数差と相性ですね」
流石に勝負が決まったと私達は考えていた。
グラントの攻撃力は5メートル台の魔物ですらも一撃で屠る。
その攻撃をガードしたとはいえもろに受けてしまったのだ、もう立つことは出来ないと考えていた。
そのままエレノアを確保しようとしたクレア達だが。
「悪いですけどまだやられてあげられない」
「なら何度も」
エレノアは目を血走らせながら立ち上がっていたが様子がおかしい。
グラントの言葉にエレノアは返事を返さず、今の彼女の特徴として目は虚ろで、独り言を呟いている。
私達ではない別の何かを見ているようだった。
「私が世界に奉仕するにあたっての報酬はもう少ししたら手に入る。だからだから負けられない。コイツラを殺す? どんな影響が出るか? でも不要よね、どうせ死ぬんだから。そもそも手を抜いてたのもあの子の知り合いだからだし」
目の焦点が突如合い、先程までがお遊びのようだったと理解させられる。
槍を構え獣ようにこちらに突撃するエレノアさん。
先程と違う所は光の粒子状態を連続で行なっている事だ。
不可視を利用し私達の死角を狙い続ける、ただそこは私の魔眼で対応すれば問題ない。
エレノアさんが攻撃に移ろうとしたタイミングを銃で的確に撃ち抜く。
当たりこそしないがエレノアさんの手鼻を確実に挫き続ける。
「頼むぜ」
「任せなさい」
「はい」
エレノアはもうなりふり構わない。
多少強引でもいいからと粒子になりこちらとの距離を詰める。
そして今まで私を執拗に狙っていたのを見せ玉にしてリーザさんへと突きを放つ。
「甘い」
「!」
エレノアの突きをリーザさんが反応し氷の光線を4本咄嗟に生み出し迎撃をする。
粒子になりエレノアさんの攻撃を回避したが、そこで攻撃は止んだ。
柱の陰で大きく乱れた呼吸音が聞こえる。
攻撃のチャンスとも思えるが、攻撃した所で粒子状態になって躱されてしまう。
「きりがないわね」
「はい、でもこれで良かったかも知れません」
リーザさんの言葉に返答しつつ、千日手となりつつある状況を考えながらそう思う。
そうこれでロストの邪魔をしなくて済む。
きっと私達がいると彼は遠慮する、臆病な子だからどう自分が見られているのかが気になってしまう。
だからこれでいい、彼が悪夢を振り払うには己の手でこの作戦を完了させる必要があるのだから。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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