準備
じっとしている、それが僕の仕事だ。
エレノアさんの目を盗み掴んだ魔力の糸を頼りに送信者の元に急ぐ。
そして着いた場所はスラムにある廃墟だった。
「好きだね君らも地下が」
上にあれば目立ってしまう、となれば下に作るしかないだろう。
「よっこいしょっと」
俺は敵の本拠地があるであろう建物、その入口を隣の廃墟から覗く。
突入するにしても確実性が欲しい。
エレノアとエイナルこの二人の出入りが確認できれば、この建物が敵の本拠地だと確実性を得られる。
ここからは我慢比べだ。
しかし監視は夜のみしか行なわない。
俺は顔が割れているしそしてここはスラムだ。
主婦達の井戸端会議の内容より噂話は広がりやすい。
スラムの人達に気づかれずに監視をするなら夜しかないのだ。
エレノアがこの施設に出入りしているのを確認出来たのは早かった。
およそ2時間後にエレノアが目の前の入口から地下に降りていくのが確認できた。
最後はエイナルだがその時は案外早かった。
張り込み開始から翌日の夜にエイナルは廃墟から出てきた。
「っち、あのジジィ人を呼び出しやがって」
あくまで監視は人の目ではなく、魔法で行う。
指を鳴らし、歌を歌えば薬で狂った浮浪者がいるだけだと勝手に判断する。
その際喉を手で摘み抑え魔法で音声を変える、できるだか掠れた、裏返った音がいいだろう。
そうすればエイナルは疑わない……こちらも毎日行なってれば疑問位は抱くだろうが、ここが敵のダミーではない本物の施設だということは確証できた。
ともかく早い内に情報を得られた、明日の昼頃最後の孤児達の救出に挑む。
最後の装備の確認も兼ねて一度隠れ家ではなく宿屋に戻る。
その帰り道ふと気になったのは闘技者の少女アリサの事だ。
僕は今日の試合を2試合とも無事に勝ったので、ランクはプラチナ1つまりアリサと明日試合をする事になっている。
でも僕は明日彼女との試合に出るつもりはない。
残念だけど優先順位の問題だ、孤児の救出と闘技者の試合どちらを取るかはもう決めている。
彼女の熱には答えてあげたいが縁がなかったと諦めてくれ。
「アリサさん本当にごめんね」
少し後ろ髪を引かれつつ、僕は前を向いた。
*
宿屋に久しぶりに戻ると受付のオジサンが白い用紙を僕に渡してきた。
「これ何?」
「サインくれ」
「はい、はいっと」
アンタレスの人は本当に闘技者が好きだなと、顔に出さず呆れながら手慣れてしまったサインを書く。
上機嫌なオジサンから自室の鍵を貰い二階に上がる。
鍵を使い部屋に入ると久しぶりに布団へと飛び込む。
眠気はすぐやってくる、昨日は徹夜だったから無理もないが先に明日の支度だけは終わらせなければいけない。
布団から飛び上がり道具箱を持って椅子と机に向き合う。
昨日消費した音波玉を俺は作り出した。
時間にして約二時間、現在の時刻は22:30分頃。
「少し喉が渇いた」
寝る前に水を1口飲みたくなり部屋の扉を開け1階のキッチンへ。
管理人のおじさんに一言述べてから木のコップを借り水を飲む。
「ぷっは」
数十時間ぶりにとった水分は随分と体に染みる。
コップを使用済み置き場に置き、俺は階段を上がり自室を目視できる場所まで来ると部屋の前に誰かがいる事に気付いた。
「えっと、お久しぶりですクレアさん」
「はいお久しぶりだね、そうだロスト、私に話す事がありますよね」
「ナイデスヨ」
彼女から逃げるように自室に駆け込むが、扉を閉める前に彼女もまた部屋の中に入ってしまった。
彼女は無言のままニコニコと読めない表情で俺に一歩二歩と近づいてくる。
それほど大きい部屋じゃないため、後ろに下ればすぐに壁が背中にくっつく。
逃げ道を失った俺の顔をクレアさんは両手で包むように掴む、そのまま俺の顔を観察し始めた。
所々で右や左を上げ、隅々まで顔を観察する、そして最後に顔に残っている火傷を指で優しくなぞり。
「嘘つき、何かあったら相談するって言ったよね」
「ごめん、でもこれは俺がやらないといけないことだから」
「でも手伝いはあってもいいはず、顔に大きな火傷なんて残して跡が消えなくても知らないよ、それに俺って口調は何? カッコつけてるの?」
「口調の事はいいでしょ。気合が入るとそう言っちゃうの、火傷の傷や指も大丈夫、まだ1つ回復薬あるし」
「指?」
「あ」
クレアさんは僕の顔を開放すると、次は手に目をやる。
僕の右手を取り、何も問題ないと確認すると今度は左手に。
その間僕は下を向き、怒られた子供のようにクレアさんの顔を見ようとしとしない。
僕の左手を見た瞬間、クレアさんの息を呑むような声が聞こえる。
3本しかない欠けた指先、そんな僕を彼女は抱きしめた。
「大変だったでしょ」
「そうでもないよ」
「相談するっていう約束を破ったんだから正直になりなさい」
「わかった……正直辛かったよ。今も全身がジンジン痛いし、本当はもっと泣きたかった。でも泣いているだけじゃあの時と変わらないから。無理矢理にでも前を向いて頑張った。孤児達を奪われて本当はもう立ち上がりたくなかった。いつも、今も、本当は売られてしまった孤児がいてもう手が届かない場所に行ってしまっている。そう考えると不安で不安で夜も眠れない。最近やっている鍛錬法だって本当は強引に自分を眠らせる為のものなんだ」
「そっか、頑張ったね」
僕は彼女に強く抱きつきながらそう懺悔した。
クレアさんは何を言っているか殆理解できていないだろう。
今まで距離をとっていたのだから当然だ。
それでも彼女は僕が泣き止むまで抱きしめ続ける。
あの日アンタレスに来て意識を失った彼女が目を覚まし僕に抱きついた時の僕と同じようにただ待っていてくれた。
*
「本当にごめんなさい」
「そうですね、流石に助けを求める所をガン無視とは凄い勇気だね」
「えっと、その……」
「冗談だよ、でも次はないから」
「はい」
おかしい、最近強敵と戦い続けて生まれた自信と強さが全く役に立たない。
体が怒ったクレアさんには勝てないと認め始めてしまった。
「で、今の状況は?」
「それが」
僕は話した、孤児院の事、エレノアさん事、エイナルの事、そして明日の昼頃に敵本拠地に乗り込むことを、傷の事は少し軽めに話しながら。
「私も行きます」
「いや、クレアさんはダンジョンがあるでしょ」
正直エレノアさんとクレアさんは初対面とはいえ息が合い仲が良さそうだった。
そんな彼女とエレノアを戦わせられない。
「エレノアさんとの事を気にしてるなら大丈夫。そもそもあの人は別の目的で動いているように感じる。ロストはタイロンにエレノアさんには近づくなって言われたんだよね」
「うん、逆にクレアさんは先輩に近づくなって言われたと」
真逆の主張だが彼らの人となりを、といってもエレノアさんはまだ分からないが、それを考えると。
「そもそも先輩がまともな騎士をしているかが怪しい。エルヴィンさんとはまた違う意味での5重スパイくらい平然とやってそうだし」
「私の直感でいいのなら、エレノアさんは嘘を着いていない」
「先輩は僕には嘘をつかないよ」
つまりこの状況にはまだ裏がある。
僕らが掴んでいない何かが水面下で動いているということだ。
「悩んでもしょうがないと」
「そうですね、とにかくロストは明日に向けて寝ましょう。寝れないなら手を握って上げましょうか?」
「やめて僕の沽券に関わるから」
「そうですか残念です。明日の作戦派手にいっても大丈夫なんですよね」
「うん、その為にバックアップもスズカさんに頼むつもり」
「私も戦闘員の助っ人を二人連れてきます」
恐らくあのリーザさんとグラントさんの二人だろう。
「とにかく明日、私達がアンタレスに来た命令、子供の失踪事件の調査の本番、今日はもう寝ましょうか」
「はい、おやすみなさい」
そしてクレアさんも自室に戻るため僕の部屋のドアを開け廊下に出る。
扉を閉める直前。
「ロスト、大丈夫です私がついているから」
彼女は自分の胸を叩きながらとびっきりの笑顔で僕にそういった。
そして扉を閉め彼女は自室に戻っていった。
*
そして翌日の昼頃。
スズカさん、クレアさん、グラントさん、リーザさん、そして余計な憲兵と領主の娘ナディアがいた。
「総員」
「ちょっとまった」
バカ正直に陣を組み、突入しようとする愚か者がいた。
恐らくあのまま突っ込ませれば部隊は全滅、いらぬ死者も出す。
というか、こっそり後ろのリーザさんとグラントさんに意識を向ける。
この二人の方がナディア達より戦力的な意味でも強すぎる。
「何か」
「引っ込んでてくれない」
「私になんと?」
「帰れ」
「っひ」
少し力を込め言葉にする。
ナディアは僕の前に立っていられないらしく、腰を抜かしその場で座り込む。
兵士たちがこちらに来るが変わらない、彼女とは違い腰こそ抜かさなかったが、抑えられぬ体の震えに戸惑い、重心は後ろに、今にも逃げ出しそうにしていた。
昨日のクレアさんとの関わりで勘違いされても困るのだが、僕は今研ぎ澄まされている。
多少肩の力は抜け一人称も戻ってしまったがそれでも領兵の足手まとい共全員を片付けるくらいはできる。
色々な人との会話でわかったが、どうやら僕が研ぎ澄まされている時は存在感が増すらしい。
弱いものは何故か体が震え、立っていられない。
昔から獣人や獣にされてきた態度がここに来て普通の人間にも効果が出てきたという。
ただ今はそれを利用させて貰う。
「欲張るな、お前らはここで敵を逃さぬよう囲む、いいな」
「は、はい」
腰を抜かし地面に尻を着いているナディアに視線を合わせそう命令した。
強い弱いの話ではない。
兵とは隠密には向かない、そりゃ特殊部隊などの例外もいるが。
兵の本懐とは数の力、どれだけ多い人数が息を合せられるか、子供達を確保するまでは相手に気付かれたくない、それに内部の構造まではわからない。
並んで仲良く突入すれば確実に罠を踏む、そんな愚かな事はしたくな。
「おお、怖」
「男子3日とは言うけど成長したわね」
「体調は大丈夫かなロスト」
久しぶりにあったが故に好き勝手の返しをしている3人。
因みに上からグラントさん、リーザさん、クレアさんだ。
「所でいいのかよ、今日闘技場の試合があるんだろ?」
「うん、でもこっちが優先だから……時間があればね」
「ま、だな」
「行こうか」
「「「おう」」」
僕らはそのまま廃墟に向かった。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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