表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
80/136

追跡

 フリードを病室に送り届け、孤児達と話をした。

 先生も融通をきかせてくれて、彼らが眠るまでは一緒にいることができた。


「先生ありがとうございます」

「正直私は君の方が入院していて欲しいですけどね。本来であれば今だ絶対安静の身気をつけて下さい」

「はい、本当にありがとうございます」


 頭を下げ先生にお礼を言う、その後空っぽなはずの俺の病室を今だに警護することになっている警備兵の元に向かった。

 目的は俺が警備員の人から借りた剣を返す事だ。

 今までも返そうとは思っていたが問題は剣の補充だ。

 師匠から貰った筒はアンタレスに持ってきている。

 問題は置き場所、クレアさんも出入りする宿屋ハナダイ。

 アリサさんとの確執……というほどものではないが、それがなくなった以上現在最も会いたくない人間ナンバーワンがクレアさんだ。

 彼女は相談してくれるのを待っていると言っていた。

 相談することはいくらでもあった。

 瀕死の傷を負ったこともそうだし、闘技場のレガリア解禁の件もそうだ。

 くだらない意地で相談しなかったことは事実だが後悔はない。

 己の中で答えが出たのが理由でハナダイの自室に戻る決心をした。


 警備員の人に剣を返すことに成功したが、何故か家宝にすると泣き出してしまった。

 ともかくハナダイに向かってから隠れ家に行き、そして夜の散策を開始する事にした。

 

 運がよかった。

 クレアさんはまだ宿屋ハナダイには帰ってきていない。

 実はハナダイに入った時はかなりビクつきながら自室に戻った。

 その行動は不審者そのものだが、何故か受付のおじいさんは理解ある目をしていたのがムカつく。

 

 そして最後に隠れ家に向かう。

 すでにスズカはおらず、そして机の上に木箱と書き置きがある。

 内容は見なくてもわかる。

 俺が頼んでいた道具が完成したという話しだろう。

 それを左腕に装着し隠れ家を出る。

 俺の向かう場所はフリードに聞いた孤児院周辺の料理屋、その娘リリィの観察が目的だ。


「一度入ってみるか」


 時刻は22:00時前後。

 地元の客相手に商売しているならまだやっている時間帯だ。

 目的地はすぐにわかった。

 孤児院から東に500メートル程の場所だ。


 暖簾を潜り、店に入ると水が出される。

 普通の地元民に愛される料理屋だが気になるのはその空気。

 こういう場は案外騒がしいものだ。

 見知った間柄のお客がお店でばったり会いカウンターで声を大きく上げ話している。

 そんな遠慮がない客同士の距離が近い店だが俺もそういう場所は嫌いじゃない。

 だが現在この店はそんな空気ではない。

 俺が店に入る前はあれだけ騒がしかった店内の空気が一瞬で静まり、何故か皆俺の方をチラチラ見ている。

 居心地の悪さを感じ、注文で誤魔化そうとする。


「自家製ソーセージと牛肉煮込み下さい」

「わかりました……え、ロスト選手?」

「はい……はい?」

「あのファンです、サイン下さい」


 小さな茶髪の少女が注文を取りにやってきた。

 そして僕の顔を見ると、少女は体を縮め、小さくもぞもぞとしながらサインを求めてきた。

 そこでようやく今の状況を理解した。

 スズカやアリサさんが言ったように僕は少々有名人にな、ったようだ。

 現に周りの人々が僕を見ていた事の理由にもなる。

 しかしこんな簡単に目当ての人物が見つかるとは。

 サインを求めた少女が恐らくリリィだ。

 何故わかるのかって?

 彼女から魔法で操られている痕跡を簡単に見つけることができたからだ。



 お店の料理は絶品だった。

 牛煮込みは噛めば味の染み込んだ牛がプルプルの舌触りで口の中を解ける、ソーセージも噛めばパリッとした気持ちのいい音が聞こえ、口の中にジューシーな複数の肉の旨味が混ざり忘れられない肉汁を堪能できる。

 そして店の料理を堪能した僕はお会計を済ませ、料理屋の向かいの建物上に陣取り監視を始める。


「リリィがどうなるかが気になるな」


 警察に突き出すという話ではない。

 今後も俺達の捜査が進めば彼らもいずれは追い詰められる。

 いずれはアンタレスの拠点を一時は放棄することにもなるだろう。

 その際に使っていた道具であるリリィはどうなる?

 攫って他の土地でも利用するのか? それとも証拠隠滅の為に殺すのか? どちらを選択するかの話だ。

 1度で使い潰していない事を考えるとリリィの素質はそこそこ変えの利かない物の可能性がある。

 であるなら攫って彼女を奴隷に落とす筈。

 彼女のの安全は一応確保されていると、なら彼女を囮に使いエイナル達の元に連れてって貰おう。

 

「問題点は警戒心を与えてしまった事か」


 ノルディス商会との関係は完全に解消していたため、例え商会が捕まったとしてもそこからエイナル達が行動を変えるということはないだろう。

 ただもし連中のフェイクを1つでも踏んでしまった場合は話が別だ。

 何者かが自分たちを捕らえる為に行動を開始し、尚且つ尻尾を掴み始めているという確信を与えてしまう。

 その偶然を確信に変えるものは時間だ。

 ノルディス商会が解体されて一週間以内に自分たちが使っていたフェイクの施設を破壊された。

 本当に偶然だったとしても間違いなくそう決めつけるし、決めつけられない人間に組織運営の才はない。


「追うのは魔力の糸か」


 通信機の受信と送信の観点だ。

 リリィーは今も魔法で送信者と繋がっている。

 これを追えばいいと思うかも知れないが問題は2点。

 1つ目は例え追ったとしてもエイナル達が使っている施設かという確証が持てない事。


 2つ目はリリィと繋がっている魔力の糸が追えないほど細い事だ。

 操られている時なら魔力の糸を探知魔法と併用して1度掴めば送信者の場所まで追うことができる。


 どちらにしてもこの細い手がかりを追うしかない。

 色々と準備をしてきたが上手くいけばいいが。

 

「あと護衛が来ているかどうかだが、来ていたとしても恐らくエレノアさんだろう」


 少女一人が夜中に出歩く、それはとても目を引く行為だ。

 不審者に捕まらなければいいがリリィを今後も使う気なら護衛くらいは必要だろう。

 フリードの話を聞いた限りではエイナルは仕事はしっかりこなすが、目的以外の端々に興味が薄い印象を受ける。

 その辺の気遣いはできないだろう。


「エレノアさんなら彼女を追うという選択肢もできるか」


 正直それが一番確実性の高い方法だ。

 ともかく息を潜めて機会を伺うしかない。

 夜も深くなり目の前の料理屋も店じまいだ。

 ふと気になった事だが、あの料理屋はお酒を出していないらしい。

 

「それにしてもリリィちゃんとそのお兄ちゃんのウーヴェくん偉いよな、店を二人で切り盛りして」

「女将さん達そろそろ戻ってくるらしいな」

「元々リリィちゃんはともかく、ウーヴェ坊はここを継ぐつもりだからな」

「早く女将さん帰ってこないかな、じゃないとお酒が出ない」

「いや、酔ってなくてもかわらなくない?」


 そんな営みが店の中から漏れ出す。

 そして夜12:00頃になると店も閉まっており、お店の2階部分も部屋からも完全に光が消える。

 自宅と一体になった店だ、つまり彼らも寝静まったという事だ。


(来たな)


 孤児達を攫われたその日に一度エレノアの隠密時の気配を掴めていて良かった。

 僕から左側の屋根に隠れてこの場を見守っている。

 

(捕まえたいけどここは我慢だ)


 彼女を倒し捕らえる事ができても意味はない。

 エレノアには粒子になる能力がある。

 その能力が魔法によるものか、魔道具によるものか、それとも彼女自身の得意な力か?

 正直彼女を捕らえられる檻がこの世には存在しない。

 それに孤児が捕らえられている場所が分からず、まだエイナルもいる。

 リリィへの魔法干渉を解かれてしまったらそれこそ全てが台無しになるのだ、せめて賭けるのでるのならばもう少し賭けがいのある物がいい。


「ああ、そうやっていたのか」


 突如料理屋の2階の窓が開き夜遅く無用心だと思っていたら、エレノアがその窓から料理屋に入り込む。

 中から所謂王子様抱っこの状態で目が虚ろとなったリリィを連れ出し、外の地面に置く。

 リリィは意識ない足取りで歩き出し、そしてエレノアは再び屋根の上に戻り護衛を開始した。


 リリィはアンタレスのスラムに入り足を進める。

 少しすると男たちが現れリリィの前を塞ぐ。


「おい、嬢ちゃんこんな所で何をしてるんだ?」

「へへ、将来美人そうだ。先に唾付けておこうぜ」


 隠れているエレノアさんから溜息を吐くような気配が漏れる。

 スラムなら毎日このような事があるだろう。

 だからといってその程度で気配を漏らすようなら隠密の心構えができていない。

 

 いつものように片付ける筈が今日は少し運が悪いらしい。


「オイ、オデ二ヤラセロ」


 喋り方が独特で男たちよりも遥かに理性の聞かなさそうな男が現れた。

 髪はないが、身長は250cmという所だろうか、目の前にいる男たちが小さく見える。


「ゲイリーか、チャンスだな」


 アンタレスのスラム街で一番の厄介者ゲイリー。

 理性は殆どなく、本能で生き続ける。

 普通ならすぐ周囲から蹴り飛ばされ居場所を失うが、生まれながらに強すぎた為誰も勝てず周囲が適応するしかなかった。


「どうぞ、ゲイリーさん」

「俺たちはこれでーー」

「ヤッパダメダ」


 逃げ帰ろうとした男達の頭を片手で掴み、そのまま壁に向かってぶん投げる。

 頭から勢いよく壁にぶつかった男は激突後首が変な方向に曲がり、そのまま動かなくなった。


「サテ、オマエダ、オマエーー」

「ッチ、外したか」


 ゲイリーがスラム街の男を投げ飛ばした隙にエレノアは背後に回り込み剣を振るった。

 しかしゲイリーは危険察知が優れているのか、巨体に見合わぬ身軽さでその一振り余裕を持って躱す。


「ナンダオマエ、フ〜〜ン、イイカラダダ、オマエニスル」

「悪いけど、体を許す相手はもう決まってるの」


 ゲイリーは棍棒を構え、エレノアは臆さず剣を振るう。

 互いに間合いを測り、ジリジリと距離を詰める最中、俺が最も気になった事は戦いとは一切関係のない事だった。


「エレノアってあんな声してるんだ」


 彼女は今男女の声か分からなくするような変声機を使っていない。

 綺麗な女性の声が静かなスラム街に響き渡る。

 いい戦いになると思ったが案外簡単に勝負は着きそうだ。

 ゲイリーの大振りの攻撃、その隙に距離を詰めエレノアは己の間合いに入る。

 エレノアの間合いに入ったが構わないと力任せの攻撃をゲイリーは続けるが、棍棒の振り一撃一撃を的確に対処する毎に剣を振りゲイリーを切り刻む。

 傷を負い始めたゲイリーの振りはさらに粗くなり、体格差からか一瞬エレノアの姿を丸太のように太い彼の右腕が隠す。

 エレノアは生まれた一瞬の死角を利用し粒子となりゲイリーの背中に移動、そのまま剣を振り完璧な奇襲を決めるが。


「っち分厚いですね」


 発達した筋肉がゲイリーの命を守るが、それでも動きに影響する程度には深く切り裂いた。

 しかしその一撃でゲイリーにも火が付いたのだろう。

 体から熱気を感じさせ、空気を震わせる程の大声を上げる。

 

「ガァァァァァァァァァ」

「チャンスだ」


 このゲイリーの大声が俺に取って最大のチャンスであった。

 腰にある道具袋から秘密兵器である激しい音を発生させる音波玉を叫び声に合わせ放り投げる。

 音波玉の衝撃音はゲイリーの叫び声に隠れ、隠密性を保ったまま広範囲に音波を届かせる事に成功、その音波を利用し探知魔法を利用する。

 探知魔法の弱点は外での効果が薄いという事だ。

 波が届く範囲の情報を集める僕の探知魔法、逆に言えば波が届かなければ使えないという事。

 音を出さなくても波を生み出せる魔導具、鈴を失っている今の俺では広範囲に探知魔法を使おうとすれば必ず大きな音を生み出さなければならない。

 だからゲイリーの叫び声はチャンスだった、俺の音波玉その音を隠す環境として。

 

 気功術と奥義をそしてレガリアを使いフルスピードで走り出す。

 そして探知魔法で掴んだリリィを操る魔力の糸を追う。

 

 エレノアに背を向けた一瞬どうしても頭の片隅に抑え込んでいた思考が浮かぶ。

 エレノアあなたは本当に悪人なのか?

 彼女をリリィを見る目は、迷子になり怯えていたフリードを宥めていた時と同じ慈悲深い目をしていた。

 違う所はリリィに対しては罪悪感を持っていたと俺は感じた。

 でなければリリィを料理屋の2階から抱き上げ連れ出した後地面に置く際あれほど丁寧な動きをしないだろう。

 いや、道具を長く使おうと思っている人間ならやるかも知れない。

 頭を振り思考を追い出す。

 ただ今回は見逃すことにする。 

 

「じゃあね、エレノアさん」


 それだけ残し、俺は風のように敵の本拠地に向かった。

 


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


もしよければブックマークと評価の方をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ