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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
78/136

僅かな日常

 結果から言うと、今回の作戦は成功と言えた、ただし対外的には。

 僕にとっては孤児全員の救出が最低課題、全ての孤児が保護ができていない時点でまだ道半ばだ。

 ただ今回で大多数孤児の保護と孤児院の職員の発見、違法奴隷の卸先のリスト、それこそ莫大な量の証拠が手に入った。


「目下の課題はエレノアとエイナルの捜索か」

「ああ、あの二人が攫っている子供達のみが居場所を追えていない。ちょっと待て今スズカがまとめた資料を持ってくる」

「失礼します」


 スズカも少しはここに馴れたのだろう。

 いつもは結んだ髪をおろし緊張した面持ちも感じずエルヴィンの前にまで行き資料を彼が座っている机に置く。


「ありがとう、話を聞いていくか」

「い、いえ」


 そう言うと俺を一瞬だけ目に入れた後、逃げるようにこの部屋を出ていった。

 どうやら緊張が解けたというのは間違いだったようだ。

 

「で、本題はその二人が攫った孤児の種族が人間1ハーフエルフとハーフドワーフ1、小人族が1、魔族が1だ」

「何かを企んでいるの?」

「ああ、だがちょっと待て。スズカ聞いてるなら扉越しに聞き耳を立てずにしっかり入って聞け。これから機密を話すので防音魔法を掛けるから外では聞こえないぞ」

「は、はい」


 スズカも話自体は気になっていたようだ、ドアの外で耳をつけこちらの会話を聞いていた。

 機密を話すなならエルヴィンの判断は妥当、だからこそスズカの態度にはエルヴィンは呆れているようにも見える。

 その証拠にいつも以上にエルヴィンの目が冷たく、口が重く結ばれている。

 また机を人差し指で速いペースで突き苛立ちを隠そうともしていない。

 怯えながらも部屋に再び入ってくるスズカに対してせめても気遣いとして、僕は目を瞑り体からできるだけ力を抜く。

 何故かスズカは俺を怖がる、ただそれも体の力を抜けば多少は収まるようだ。


「ありがとうございます」

「いいよ、ごめんね」


 そう短い会話で話を切り、エルヴィンの持つ機密を待つ。


「複数種族の子供を集めるのが邪教徒の常套手段であり、これが何を表しているかは今だ分からない。が予測はできる。ロスト魔神の爪という違法ドラックは知っているか?」

「いや、聞いたことはないけど」

「名前は知らなくても見たことがある筈だ、お前がシリウスのローランド邸の地下室で」

「あれがそうか」


 僕がこの道に入ったきっかけとも言える事件。

 クロードが伸び悩んだ冒険者に力を与えるという甘言で飲ませ、その実態は邪教徒の指示を聞く傀儡に変えるあの薬。


「恐らくだが子供達の何かが魔神の爪の制作に必要なのだろう」

「つまり他の、ノルディス商会にいた子供達は邪教徒にとって狙っていた子供を隠すためのダミーって事?」

「ああ、そしてノルディス商会は証拠を消すための時間稼ぎだ」

「手掛かりを失ったって言うことで良いんだよな」

「ああ、すまないそれに……」


 一度話を切りエルヴィンさんは立ち上がるが、壁に向かい俺の顔を見ない。

 今さら俺を裏切り、何かの罪を擦り付けるような事はないだろう。

 だがとても言いにくそうな間を開ける。


「一度報告の為に王都に帰らなければならない」

「マジメか」

「何だと!!」


 別に報告の為に王都に戻る、それは当たり前だ。

 今回の作戦の結果は得られた物はかなり大きく、それこそ一度王都に戻り当事者が説明をしなければいけない程だ。

 それをこのエルヴィンという男は一度王都に帰ることをアンタレスでの孤児捜索を放り出す事と考え勝手に裏切ると思い込んでいる。


「しょうがないでしょ、掘り当てた鉱脈がミスリルだった見たいなものだ。誰でも報告をしなければいけない、それを裏切りと思い込むとか誰がどう見ても真面目でしょ」

「期間が問題なのだ。恐らくだが1ヶ月は戻ってこれない」

「そんなに?」


 流石に長すぎる不在に目を開けエルヴィンの方に勢いよく顔を向ける。


「ああ、お役所仕事といえばいいか、派閥争いと言えばいいか。そのまま強引な理由で引き止められ続け中々帰ってこれないだろう、その為のスズカでもある」

「スズカさんが?」


 突如自分の話が振られ、スズカはぴょんと反射で立ち上がる。

 普段の関係、凄腕上司とダメ部下を見せられているようだ。


「ああ、アイツは私と違って王族派だ」

「はい、私は王族派です、でもエルヴィンさんも……」

「ああ、私も心は王族派だが、体裁としては貴族派だ」

「だからいつも私に厳しいんですね」

「いや、お前のミスが多すぎるから演技しなくて助かっているよ」

「えへへへ」

「と、このように補佐を付けずにやらせるのが不安なのが問題だ」


 手厳しい皮肉を理解せず、そのまま喜んでいる彼女を見ると少し羨ましく、ある意味誰かを癒やし、元気づけるには彼女のような人物が向いているように感じる。

 それはエルヴィンさんも同様なようで言葉事態には棘があるが自分とは違うタイプの人間を好ましく思っているのだろう。

 その証拠に彼の奥に秘められた、声の音程、声の吐き出し方はとても優しい。


「でだロスト、ここからは私からのお願いだ」

「わかっているよ、エルヴィンさんがいない間に片付けろって話でしょ、勿論だよ」

「ああ、責任は全てスズカが持つ、好きにやれ」

「了解、対エイナル用の道具も完成しそうだ、まぁ……出来るだけはやるよ」


 僕は気合を入れてその一言を述べる。

 スズカは顔を青くし、エルヴィンも冷や汗をかく。

 だからそんなに怯える事はないのに。


 エルヴィンは今回の手柄をスズカに正確には王族派に与えたいようだ。

 エルヴィンが王都にいたから手柄を王族派に取られた。

 こういう構図が出来れば今後の自由を貴族派が保証してくれる。

 王族派に手柄をエルヴィンには自由を、彼からしたらこれ程ありがたいことはない。

 

 僕にできることは限られている、だから全てを掛け、全身全霊それ以外存在しない。

 そろそろ撒いていたタネも回収できそうだし、これから俺も本格的に暗躍を始めよう。


 翌日、情報収集? いや情報法整理をスズカさんに任せ俺は闘技場に足を運ぶ。

 今日も試合は午前と午後の2試合ある。

 結果は2試合とも勝ちはしたが、2試合目の俺は集中力に欠けていた。

 ノルディス商会での戦闘、あの時俺は珍しく乗れていた。

 それをもう一度再現しようとして盛大に失敗した。


「受けなきゃよかった」


 主催者側から提示された1日に2試合を行う話、今回の契約では3日間という話だ。

 後一日残っている、荒んだ気分で闘技場を出ていたがすでに日が傾き、綺麗なオレンジ色の夕焼けが目に入る。

 

「一昨日降り」

「嫌なやつにあった」


 闘技場前で黄昏れていたのが悪かった、銀髪の闘技者アリサが目の前に現れた。

 俺を見るアリサさんのジト目に数歩後退する。

 

「その目をやめてよね」

「いくじなしがよく言ね」

「人の都合を考えずに、他人を罵倒する。そんな楽しいことをしてる人間を俺は愉快に思うよ」

「うん、その件はごめん……事情は調べた。ずっと気になっていたんだ、君の顔や全身に生まれた顔の焼け跡を、でも踏み込んじゃいけないとも思ってたけど……ロストと向き合うには必要だと思ったから。」


 アリサは頭を深々と下げ僕に詫てきた。

 僕はその謝罪を受け入れ、彼女に対しての斜に構えた態度を改める。


「で、どういった要件で?」

「うん、私と試合をしよう」

「相変わらずだな、でも答えは……」


 そこで僕は考えた、知名度という点で言うならばもう十分なのではないかと。

 現在破竹の9連勝、ハイドラが言っていた「感謝する」とつまり義理は果たせたと言える。

 そういう意味ではアリサさんの申し出を受けてもいいのかも知れない。

 ランクの面でも大丈夫、後は俺の心だけだ。

 受けたいとは……思う。

 約束をした、それが大きな理由だが彼女に誘われた事は純粋に嬉しい。

 元々彼女を通して俺は闘技者を見ていた。

 それは間違ってなかったし、実際彼らの殆どは誇り高く信頼できる人達だ。

 闘技者の人達と戦う中でアリサさんと戦ってみたい欲求は確かに心の中に生まれていた。


「少し考えてもいいか?」

「以外、断られると思った」

「もう知名度という面では十分なのではないかと思ったからね」

「その認識は甘い、今アンタレスで一番注目されている闘技者が何を言ってる」

「俺が?」

「そう、そもそも全くの無名の新人が9連勝、しかも格上としか戦わせてもらっていない試合カードの悪さ、前評判を打ち崩し続け、勝ち方も一撃のみで相手をノックアウトさせる鮮烈さ。今上のランクではダンジョンアタックが原因となってランク下げっていう負けをわざと行う者が一番多い時期。だから真面目な試合且つ勝ちを重ねているロストの人気が凄いことになってる。それに見た? 普通は2試合して両試合全席埋まるなんて最上位ランクのマスターでも殆ない」

「本当に闘技者が好きなんだね」


 彼女は並々ならぬ熱を持ち、俺に詰め寄りながら捲したてる。

 人目がある場所で俺に詰め寄っていたことを気づくと顔を赤くし髪を指に軽く巻きつけいじっている。

 そしてもう一度真っ直ぐ俺を見てアリサさんは言う。


「だから、貴方と試合がしたい」

「ごめん、多分無理だ」

「そっか、理由は……知ってる」

「いや、知らないと思うよ」


 僕は人の一つの物に向けられている熱が好きだ、だから少しだけ彼女に真摯でありたいと思った。

 今の彼女は俺を見ている。

 ただし極限まで追い詰められている俺を。

 己を責め、全てを害するという強い目的意識を持った俺を。


「多分だけど、僕は孤児達を救い終わったら、気が抜けちゃうと思う」

「気が抜ける?」

「そう意識も集中力も今とは比べ物にならない位落ちて、多分今のような戦い方は出来なくなる。だから君が望んでいる僕との戦いはできない」


 今の僕は常に戦闘スイッチが入った状況だ。

 ご飯を食べ、仮眠を取り、その間もずっとスイッチが切れないのだ。

 切れても一瞬、その一瞬の間に心と体が強制し始める、あの悪夢を引き起こした己を呪え、敵に責任を取らせろと。


「それでもいい、だから試合しよ」

「わかった、日程はどうする?」

「明後日で、申請は出しとく」

「結局今の僕とやりたいんじゃん」

「違う、私がせっかちなだけ」

「でもいいの? 僕が勝つ前提で」

「何言ってるの貴方のランクは今ゴールド4とっくに条件は満たしてる」


 明日の2試合の僕が勝てば11連勝に到達しそうすればプラチナ2……へ。

 プラチナ2? どうしてそんなに高ランクに?

 呆然とした。

 現実に脳の処理が付いてこずにただ目をパチクリとさせている。


「あ、これは気付いてなかったて奴だね」

「いや、うん、ようやく飲み込めてきた」

「大丈夫私が保証する。それに私はどんな貴方でも構わない、約束通り貴方と戦いたいだけ」


 彼女はそう笑いながら僕に言った。

 そんなアリサの笑顔に周りがざわめき、中には胸を抑えている男性もいる。

 ただ僕にとっては久々に感じた優しい情熱、それを懐かしく思った。


 *

 

 隠れ家に着くとスズカが片手のみ書類の山からの氾濫を逃れ、死んだように眠っていた。 

 最初はエルヴィンこだわりの机と椅子の感触に感激し座りながら作業の間でニヤけていたが今はそんな暇はない。

 スズカを起こしながら書類の束を整理する。


「ロストさん、目立ちすぎです。情報が情報が多い」


 そんな事をソファーで頭を抑えながら恨みがましい目でスズカに言われたが俺は嬉しい悲鳴と考え気にも止めなかった。

 せめて紅茶でもと隠れ家のキッチンに行き魔導具で火を出しお湯を沸かそうとした時スズカからお声が掛かった。


「ロストさん、病院に行ってくれませんか? どうやら眠っていた子供たちがお昼頃に起きたようでーーす、あれ?」


 スズカが声を掛けにキッチンに来た時、僕は既に窓から外へ飛び出していた。

 屋根を掛ける際は勿論全力だ

 久しぶりにレガリアを起動し、魔素浄化装置も全開。

 最近体に馴染み始めた気功術を使い、そして奥義である修羅も全て全開だ。

 なんどか足を取ら、屋根から落ちそうな事もあったが宙を蹴りリカバリーをし何とか最短最速、5分もせずに病院に着く。


 そして病室に着くと何故か緊張して扉を開けられない。

 鼓動が早くなり、思考が悪い方向に動き出す、もしかしたら夢で本当は子供たちはあの火事で死んでいるのではないか? そんな事まで考える始末、手を出せないでいると勝手に扉が開く。


「あれ、兄ちゃん」」

「お兄さん」


  オレを見た瞬間、病室にいた子供達はボクに抱きついてきた。

  そんな彼らを僕からも抱きしめ返して。


「よかった、本当によかった」

「お兄さん何で泣いてるの?」

「お兄ちゃん離してトイレ行きたい」

「俺はお兄ちゃんのサイン頂戴、数年後絶対高く売れるから」


  そんな自由気ままの子供たちの無事な様子が何よりも嬉しかった。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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