快進撃、しかしその心には雲が差す
「おっと、今日の試合も新人闘技者ロストが勝利した」
そんな今日突然ついた実況が叫ぶのを耳に入れながらも目の前のハルバード使いに目をやる。
目の前のハルバード使いも結界の効果で傷が治りようやく立ち上がった。
本来ならすぐにこの場を去りたいところだったがどうしても聞きたいことがあった。
「なんで遠距離から魔法を使わなかったの?」
レガリアの使用可能、その一番効果は適正のない魔法も使えるようになること。
火の魔法の適正がなくてもレガリアに生きた魔素を食わせ続ければスキルとして火の魔法を覚える事ができる。
強い弱いはともかく、お手軽に手札が増やせるこれはとんでもない力だ。
しかし彼は身体能力の強化以外あえてレガリアを使おうとはしなかった。
昨日ディルクからこのハルバード使いの情報を貰っていた。
「こいつはな凄い狡猾な奴なんだ。魔法を使って遠距離から相手を疲れさせ、そこから自慢のハルバードで叩き潰す。ただコイツ自身勝利にこだわっているだけであって礼儀はしっかりしてる。負けた相手を煽るマネはしない。だからファンも着いてくる人気の闘技者の内の一人だ」
ディルクはそう言っていたが試合が始まってみるとハルバード使いは魔法など使わずに接近戦を挑んできた。
今までの慎重さなどはどこにいったのか、魔法などはハルバードに纏わせるくらい。
目眩ましもなければ、足場を凍らせるといった工夫もない。
だから気になった。
勝った相手から聞くのは失礼だとは承知しているでも……。
「なんでってそりゃ、前の試合のお前さんを見てファンになっちまったんだよ」
「ファン……どこになる要素があるんだよ」
「その欲にまみれた目に相手を寄せ付けない雰囲気。お前さん見たいな闘技場全体の空気を引き締めてくれる奴は久方出てこなかったからな。それにお前さんになら負けてもいいと思ったんだ。俺達の誇りを、生活が掛かった俺達は中々レガリアを使わないその判断が出来なかったからな。ただ唯一の不満があるとしたらお前闘技者を楽しんでない、違うな楽しんではいけないと己を律してるだろ」
彼の言葉は全て真実だ。
俺は負けられない、気の緩みは負けに繋がる。
だから自分を律している。
それにこれは俺に取っての罰だ、子供達を自分のミスで奪われた俺は楽しんではいけない。
今も子供達が牢屋の中で囚われている中で俺が楽しむわけはいかないんだ。
だがこの考えをやめる気はない。
「1ついいか?」
俺がアリーナを去ろうとした時にハルバート使いの男が声を掛けてきた。
先程質問に答えて貰ったんだ、こちらも聞かねば無礼だろう。
「なんだ?」
「お前の考えは知らない。現状もやりたいことも。でもなお前が誰かに心配されるような顔をしていい理由にはなってないぞ」
「話しはそれだけか、じゃあな」
「明日からも頑張れよ、俺以外にもお前を満足させようとする馬鹿がいっぱいいるからな」
どうしていいかわからなくてハルバード使いから離れ自分の控室に向かう。
ハルバード使いが後ろから声を掛けている、もちろんその言葉の意味もわかっている。
「おせっかいだ」
俺は苦しまないといけない。
そんな言葉が心の奥底でこびりついているのを自覚しながらも明日を見る。
*
「このまま好き勝手にさせてたまるか」
今年の闘技場の運営である企業連、それに連なるレインハート商会の会頭ジョンは怒鳴っていた。
「しかし、こちらの刺客であるリヒターは倒されました、ですが考え方を変えれば我々の勝ち負けなど粗末なことでしょう。闘技場が盛り上がりその年の売上さえよければ良いではないですか」
「うるさい、それでは駄目なのだ。今回の新人闘技者であるロスト・シルヴァフォックスはハイドラが指名した男だ。何としてでもアイツをそうそうに負けさせなければ私が兄に殺されてしまう」
「それは噂のジョン様のお父様とハイドラ様が交わしたという」
「ああ、私達を運営から追い出すための条件だ、まぁ運がいいことに此処アンタレスに所属する凄腕闘技者が大量にロスト・シルヴァフォックスと試合をさせろと言ってきてるからないずれ負けるだろう」
全く父も困ったものだ。
わざわざ自分から不利になる条件を入れておくとは。
私のジョシュの立場は正確にはゴルドラ商会の下、その下部組織のトップだ。
もちろんゴルドラ商会の会頭と一派のトップは兄が兼任している。
しかし何故闘技場という金のなる木が私の下にあるか?
それは兄が10年前にこの闘技場の全てを手に入れようと強引な手を使ったからだ。
当時は領主も出てくる程の大騒ぎ、このアンタレス大闘技場の正式な所有権は領主が握っている。
それを理解せずに事を起こした兄は領主によって今後一切闘技場に関係する事を禁じられてしまった。
そのため弟であり優秀である私、ジョシュが此処を正しく運営しているわけだ。
「さっさと落ちてもらわねば困る」
そして優雅に机の上に乗っているグラスにワインを注ぐ。
焦る必要はない、何故なら我々が試合のカードその決定権を持っているからだ。
*
「クッソ、クッソ、何故だ、何故勝てない」
件の闘技ロストという者は未だに勝ち進んでいた、しかも観客に印象深い方法で。
「何が一撃必殺だ、ふざけよって」
机を強く叩いたせいでグラスが倒れ中に入ったワインが床にこぼれる。
しかしそんな事は気にしていられない。
例の条件、ハイドラが父と交わした我々を闘技場から追い出す条件が達成の目処が立ち始めてしまった。
ロスト・シルヴァフォックスの戦い方は確かに花があった。
相手の攻撃を捌き、耐えて耐えて、そして一刀の元に全てを斬り捨てる。
弐の太刀入らずの剣士、それは人気も出るだろう。
現在彼の試合はブロンズであっても満席という異常な客の入りようだ。
「おのれ特例システムめ」
いやそれ以上にこれはハイドラの演出が美味かったと言っておくべきか。
レガリアの使用解禁、他の闘技場がしていない事だったので目新しさを狙った策だったがそれが裏目に出た。
ロストシルヴァフォックスは僅か5戦でアンタレスの目玉闘技者となりつつある。
「奴は今5連勝マズいマズいぞ」
確かに連勝という数字も大きいがそれ以上に問題なのは彼に抱く人々の期待。
「5連勝はまだいい、だが7連勝になれば人々は期待し始める、伝説が見られると」
ジョンは魔導具を手に取り誰かに連絡を取る。
「すまん、ゾイルを呼んでくれ、ああ直ぐにだ」
昨日兄に推薦された闘技者だ、間違いなく実力は折り紙付き。
もう体裁など頼っていられない。
ゾイルとの交渉が終わったら兄とも相談して今後を詰め始めよう。
*
闘技場の6戦目、昨日通達があったがこれから俺は2試合しなければいけないらしい。
早く終わらせて奥義の練習に時間を使いたい。
それにできれば闘技場には一秒たりとも居たくない。
此処での歓声と外で声を掛けてくる人々の応援の声は、己を罰したい俺には少々耳障りだ。
「でも、このアリーナの中心地は好きだな」
観客の歓声、ここまで大きいともはや音波攻撃だ。
本来であればその振動を感じ己の中で闘志に変えるのであろうが今の俺の体には染みて少し痛い。
医者曰く、痛みを感じ始めたのなら順調に回復していると。
それに気功術を使った身体機能の向上により体の回復能力が恐ろしく速いと医者が言っていた。
まぁ絶対安静とも依然言われているが。
「今回の対戦相手はシルバー5とダイヤ1の選手の戦いだ。この試合に勝てばシルバー5の選手はダンジョンアタックの参加枠獲得も見えてくるかもしれない」
凄いなこのアンタレスの大闘技場ってのは毎回実況が入っている。
そんな事を呑気に考えていると、今回の対戦相手が声を掛けてきた。
「誰でもではないな、席率が70%を超えると強制的に実況が入るらしいぞ。ちなみに今日の座率は95%。俺はゾイルお前は?」
「ロスト」
「仏頂面な奴だな、おじさん悲しいよ」
するとゾイルは突如ホルスターから銃を抜く。
ゾイルの戦闘スタイルは二丁拳銃……エイナルと同じ。
そう認識した途端に頭の中での集中力が強制的に一段階上がった。
「怖い、怖い」
「すいません」
「いいよ、それくらいじゃないと面白くないしな、そうだ俺と賭けをしないか?」
「賭け?」
ゾイルは銃を俺の方に向ける。
挑発のつもりなのか、流石に撃つ気はないだろう。
気を抜くつもりはない、それに賭けとは。
強く剣を抱き直しその言葉を待つ。
「で、条件は?」
「ああ、といっても俺はお前の状況に釣り合うものなんてのは持っていない」
「なるほどお前は企業連雇われか」
「yes、しかし俺はお前のファンだからな。俺に勝ったら1つ俺の話しを聞いてくれないか?」
ゾイルのあまりにおかしな提案に頭を悩ませる。
賭けをするのにその内容が俺、ロストが勝ったら話しを聞けと。
それを賭けと言うのか?
「それを賭けというのか? って顔にかいてあるぞ」
「心を読むな」
顔をしかめながら言うと、ゾイルは笑いながら片手を出し謝る。
そしてゾイルは何故こんな珍妙な賭けとなったかの理由を話した。
「だってよ俺がロスト、お前と今対等に賭けられる物はないからだ」
「なら何故賭けをしようと?」
「言ったろ俺はお前のファンだと。だからなお前が足りない1つの思考を与えてやろうってな。それになんでお前が勝ったらか? 簡単さ負けたお前に価値はないからだ」
それだけ言うとまたなと手を振り自分の開始位置ゾイルは着い。
僕もそれに習い自ら位置へ。
負けたら俺の価値はない、確かにな。
現在まだ5連勝。
「足りないな」
顔と名を売り、名誉を勝ち取る。
そうすればエルヴィンさんの情報収集をより効率的に行う事ができる。
現在首謀者達の居場所はわからないが、協力者であるノルディス商会の連中の尻尾を掴めたと行っている。
確実に前を歩けている。
一歩一歩とようやく成果も見えてきた、だからよくばれる所は欲張りた。
「っつ」
目の前から突如現れた弾丸、それを顔を動かし回避する。
頬に生まれた一筋の血の跡、そんな俺を見てゾイルはやれやれと声を掛けてきた。
「おい、おいもう試合は始まっているんだぜ」
「……」
「無視かよ、いや、やる気になってくれたか」
感傷に浸ってしまい周りが見えてなかった。
そうだまだ道半ば、油断するところではない。
ゾイルは俺が戦闘態勢に入るとニコニコと笑みを深め再び銃を構える。
間髪入れずに放たれる弾丸、けれど両手にそれぞれ持った銃を一斉掃射するとはまた違う。
左右に持った銃を片方ずつ撃つスタイル。
右の弾を撃ち終えたら左の銃で撃ち始める。
その間右の銃のリロードを片手で行う、絶え間ない安定した弾幕。
さらにゾイルには近づこうとすると相手に対しての秘策がある。
もし弾を数発食らうことを念頭に置いた突撃をしたとしてもゾイルには早打ちがある。
3発が1発に聞こえるほどの早打ち、しかもそれを両手それぞれに持った銃でやるのだ。
だが奇襲でもしなければ銃使いが俺に勝つことは出来ない。
「マジカすげぇな」
飛んできた6発の弾丸全てを一振りで弾き出す。
今までは体の硬さを確かめていただけだ、ここからが本番、試すぞファトゥス流奥義修羅を。
「何だ?!」
ファトゥス流奥義修羅。
それは言うなれば気功術を鍛え上げる技。
人間の体は怠け者だ、命の危機に達しなければ決して限界を見せてくれない。
修羅とはその限界の時に生まれる気を、常時扱えるようにする技術だ。
そしてその時生まれる気とは普段の気功術とは違う顔を覗かせる。
どこが違うかと言うとその人物の人間性を見せるとでも言えばいいのか?
普通の気功術はオーラを纏肉体を強化する、その時の個人差は強弱除けば色が違うくらいだろう。
俺の場合は銀色の粒子が赤透明なオーラの中を舞っている感じだ。
だが俺の修羅は未完成だ。
発動の維持も出来て数秒、それにレグルス先生には出来るだけ人目で見せるのはやめてくれとも行っていた。
本人曰く。
「いや、だってさ、奥義だぞ。我が流派の奥義だ」
そんな風に言っていた。
だがこれを使えるようになって一番嬉しかったのは先生がしていた、生物の領域を超えた凄みを持つ速さ、それに大きく近づいたという実感が出来たことだ。
そしてさらに一歩先、修羅ともう1つの奥義を収めた先にある秘奥義それが……よくないな今は戦闘中だ、それに俺は楽しんではいけない。
下手な小細工はしない。
ゾイルが早打ちを防がれ、俺の変化に戸惑った一瞬を突き距離を詰める。
あくまで修羅含めての一瞬の強化、しかしその僅かな一歩は確かにゾイルの目には転移に見えた。
「くっそ」
やられたそんな声を出しているゾイルだが顔は笑っていた。
ゾイルと俺の距離は現在3メートル。
しかしゾイルの持っている武器は銃、取り回しのいい射撃武器。
最も銃が生きるレンジに俺は踏み込んでいた。
そして今日始めて行なわれる装弾数6発、両手で12発の足を止めての全力早打ち一斉射撃。
「はぁ? ふざけんな、どんな感覚してるんだよ」
しかしその弾は一発たりとも当たらなかった。
いや正確にはゾイルは12発撃ちきれなかった。
1度目の両手での早打ちで気付いた、ロストに射線から逃げられると、そして2回目の早打ちそのの射線にも入らないと。
早打ちとは筋力をかなり使う、だからこそ大幅に狙いを変える事は出来なかった。
もし強引に2回目の早打ちを敢行すればその内に接近され斬られる。
だからゾイルは2回目の早打ちをやめ一歩下がった。
「たっく、こっからは俺も全力だ」
このままじゃやはりゾイルとの距離を詰め切るのは難しい。
いや、いま俺が考えているスケールを落とせば勝てる。
俺はあくまでエイナルとの前哨戦としてゾイルと戦っている。
だからイメージするフィールドは下がれば壁のあるアリーナじゃない。
何も障害物がないただ幅広いフィールド。
こっちが不利なことは理解している。
ただ有利を想定で考えても意味はないだろう、求めているのは確実な勝利なのだから。
やはりもう一度修羅を使うしかない。
「レグルス先生は奥義を人に見られるのは嫌ですか?」
「なんでそんな事を? まぁ奥義だし嫌だが、それとこれ2回目だ」
奥義を習得できれば僕は誰の目も気にせずに使いまくるだろう。
温存などという手段が使えるほど僕は強くない、奥義を隠そうとはしないその事を面と向かって先生に聞くことを恐れてしまった。
「本当にお前ビビりだな。まぁいいできれば見せないでくれ。だが必要なら使え所詮は技だ。使われず負けるよりは使って勝ったほうがいいだろ。それを踏まえてだが好きにしろ」
できの悪い教え子に肩を落とし呆れながら僕の頭を撫でる。
同時にその言葉は僕なら奥義を習得できるそれを信じていると伝えてくれているように見えた。
(できるだけ短く)
ゾイルの両手での早打ち。
彼の2つの射線が俺の体の中心部分でクロスする。
逃げれはするだろう、しかし逃げてはこの勝負例えゾイルに勝てたとしてもエイナルの前哨戦という意味では敗北だ、だから。
体に赤いオーラと銀の粒子が現れる、射撃音が聞こえると同時に前に踏み出した。
弾丸をくぐり抜け前、ゾイルを斬れる俺の間合いに入る。
しかしその時ゾイルは笑った。
ゾイルのあえて開けられていた体の中心地点、胸の部分そこに炎の玉が現れた。
なるほどだから腕を広げた状態での両手の早打ちだったのか。
全ては俺をこの状況に追い込むために。
そういえばゾイルは言っていた自分は企業連の雇われだと。
恐らく俺の体の状態も調べはついているのだろう。
そして判断した中級魔法一発まともに当てれば確実に勝てると。
ありがとうゾイル。
お前のおかげで俺は自分自身に少し自身が持てた。
今までの試合は自分に呑まれるように戦っていた。
集中して頭の中を何処かに置いていってしまっていた。
だから今回は。
俺ではなく僕で勝てる。
ゾイルが生み出した火球は姿を表す、しかしそこで魔法の成長は終わってしまった。
その時俺は剣を抜いていた、僅かに刃が出ている状態でこれから抜刀術も本番という所。
だがそれで十分だ。
この世界に満ちる魔素を切り裂くにはそれだけで十分だ。
ルイン対抗魔術、それがゾイルの魔法を不完全に成立させた方法の正体。
俺がリーザさんから教えて貰った、まだ隠して起きたかった切り札。
最後の切り札を失ったゾイルは俺の剣を受け入れる。
その表情には悔しさはない。
笑顔で、ゾイルは何故か負けることを本当に望んでいたような気がした。
*
「そこまで、勝者ロスト・シルヴァフォックス」
実況の声が響くと同時にゾイルの元に向かう。
「で、話しって何?」
寝転っている彼に聞く。
目だけをこちらに向け、今まで絶えずに浮かべていた笑みを消しゾイルは言った。
「なぁ、俺はお前のファンだと言ったがな、1つだけ嫌いな所がある。それでお前の今の状況を調べたんだ。なぁロストシルヴァフォックス、お前はここ闘技場が動員場所だか知ってるか」
その答えはもう出ている。
そしてそれを踏みにじるために俺はここにいる。
「アンタレスの夢、闘技者達の将来、俺みたいなただ利用するだけの人間が本来いていい場所じゃない」
俺の返答を聞くと、ゾイルは腹を抱えて笑い出した。
「いや、済まない。俺の予想より根が真面目だからな……俺から言えることはな、お前の今考えている事は考えすぎだ」
「考えすぎ?」
以前寝転びながらゾイルはいる。
ただ気が抜けたのかもう真面目な顔をすることはない。
「そもそもだ闘技者皆そんなもんだ。お前が持っている願いの方がきっと純粋で尊い。他の闘技者なんてのはな、女にモテたいだとか、金が欲しいとかそんなもんだ。例外はいるが大半はもっと俗っぽい、俺がお前に伝えたいのは一種の考え方だ。なぁロストシルヴァフォックス、お前は救われる方の気持ちを考えて事はあるか?」
「救われる?」
そしてゾイルは立ち上がり俺の右手を取り掲げそれと同時に観客達は大きな歓声を響かせた。
だが俺の気分は優れない。
確かに心踊りはするし、認められることは今までの俺が最も欲していものだ。
だが子供達を救うまでは、俺は幸せではいけない。
「幸せではいけない、と思っているんだろ?」
このゾイルという男はどこまでも他人の心を呼んだ発言をする。い
いや、今の俺がわかりやすいだけか。
皮肉げに頬を緩める、だが次のゾイルの一言に俺は呆然とする。
「子供達はそんな辛そうな表情で救われたいとは思わないな」
「え?」
「よく考えろ。ここアンタレスの闘技者、しかもお前ほど顔が売れてれば絶対に映像として記録に残る。もし、もしだ。将来子供達が興味本位でお前の試合を見たとしよう。そんな彼らがお前の表情を見たらどう思う。絶対に自分達がこんな顔をさせたと思い、自責の念を感じるだろ。いいのかお前はそれで。それにな苦しみってのは電波する。もし子供達を攫った連中がお前が苦しそうな顔をしている、それを子供達が見たらどう思う?」
「……不安に思う」
「だろ? なら自分の心が己を責めたくても子供達の為に笑え。それにな心の中で思った事は余程特殊な奴じゃないとわからない。だから今を楽しんでもいいんじゃないか?」
「えっと、ゾイルの言いたかった本命って最後の楽しんでいいって部分じゃない?」
「はは、バレたか。だがな今のお前はまだ自分を抑えつけている気がしてな」
「そうかもな」
俺は少し吹き出すように笑ってしまった。
確かに助けられた側の事を俺は考えていなかった。
いや、少し前までは出来ていたんだ。
シリウスの頃は虚勢だったけど他人を気遣いどう見られているかを考えられていた。
「ありがとうなゾイル」
アリーナを最初に出るのは勝者と決まっている。
ソイルの言っている事はわかる、だが俺は頭が硬い。
だからアリーナを出る際に右拳を自らの意思で上げる。
これが今の俺に出来る精一杯。
これだけの事、そのはずなのに観客は今まで一番大きな歓声をあげた。
それが子供達の心を代弁しているようにも聞こえる。
「そうだよな、救われるならカッコよく。安心するなら自分に自身がある胸を張っている生きている奴がいいよな」
今知る事ができてよかった。
そろそろエルヴィンも情報が揃ってきたから動く準備を始めると言っていた。
もう少しかも知れない。
子供達にこの手が届くのは。
*
ゾイル視点
アリーナから出て自分の控室に戻るとそこには企業連のジョンがいた。
どうせ負けた事のお小言だろうが、今の俺は機嫌がいい。
それと聞きたいこともあったしな。
「無様だなゾイル」
情けなく突き出た腹を揺らしジョンは俺に苛立ちを見せている。
だからせめての忠告をするために試合で俺が感じていた事を伝えることにする。
「ジョン、ありゃ無理だ、マスター以下じゃ絶対に勝てないぞ。目の前に立つだけでずっと手が震えてな否応なしに銃の照準がブレるし……おいジョン俺はどう負けた? 最後の瞬間を見落としちまってな」
聞きたかった事はどう負けたかだ。
不覚にも魔法が目の前で消えたで事で動揺して見てなかった。
気付いた時にはもう勝利宣言がされていた。
「ああ、一刀のもと斬り伏せられ気絶したぞ。情けない、またあの闘技者の名が売れてしまった」
「ジョン」
こいつとは長い付き合いだ。
しかし仲が良いわけでもなくあくまで仕事同士の関係。
だが流石に進退が掛かる程の重要な案件で、あれが出てきたのなら正直同情しないでもない。
だから苦しまないように先に言ってやる。
「アイツ、ロストには関わるな」
「どうしてだ、アイツは闘技場連中の……」
「わかってる。もうジョンお前に勝ち目がないことも十分理解している。ただ俺が言っているのはそういうことじゃない……死者が出るぞ」
「は? 闘技場には結界がーー」
俺は自身の服を脱ぎ上半身を晒す。
そこには首下から腹部に掛けてうっすらと傷が出来ていた。
この傷が何を意味しているかはジョンにも理解出来るはずだ。
「嘘だ」
「本当だ。ロスト・シルヴァフォックスにこれ以上餌を与えるな」
俺がロスト・シルヴァフォックスの最後の一撃を見落とした、いやこれは見栄だ、目で追うことが出来なかった。
確かに魔法が発動せず呆然としていたがそれでも正面にいる相手を見失うわけはない。
ジョンに確認したのは姿が消えたからではない。
姿は見えなかった、だが明確に斬られたというビジョンが体を突き抜けた、理解させられた。
それを確認するためにジョンに聞いたのだ。
最後の一刀は明らかに試合中に見せていた動きと質が全く違う。
ゴルドラ一派がこの闘技場の運営から退任することは確実、なら最後くらいは正しい運営をして欲しい。
そんな身勝手な事を俺は考えていた。
*
午後から今日2回目の試合。
結末から言うと勝った、しかも試合時間は俺の過去最速。
ゾイルとあんな話しをしたせいか実は心が少し軽かった。
あくまで子供達の為に俺は闘技者として始めてアリーナに出た。
今日から意識して気功術や奥義を使おうと朝決心して闘技場に来た筈だった。
それが出来たのは午前の1試合のみ、午後の試合は何も考えずに剣を振った。
午後の試合相手も銃使い。
確かにゾイルよりは腕は未熟だ。
だが弱いわけではない、ただ午後の試合は俺があまりに弾が見えすぎた。
開始直後一直線に相手に走り出す。
弾全ての射線、射撃のタイミング、それらを完璧に把握できたおかげで一切スピードを緩めることなく相手の間合いに入り組み、剣を振り下ろし試合は終了。
不思議な事と言えば今もまだ集中力が切れていないことだ。
いつもは剣を振り終わった後、集中力はいくらか下がるのだがその兆候が一切見えない、それどころか増している気さえしている。
「待って下さい」
「誰?」
考え事をしながら闘技場を出ようとした時に誰かに話しかけられた。
この声には聞き覚えがあった。
振り返ると何処かで見たことのある銀髪の少女がいた。
「アリサさん……であってましたっけ?」
彼女とはレガリアの闘技場解禁で互いに愚痴を言い合った仲だ、そして闘技者が誇り高い人達だと知ることができた理由でもある。
アリサさんはニコニコと俺を見ている。
何のようか? そんな事は大体予想が付いている。
「ねぇ、私とーー」
「断るじゃぁね」
「ちょっと」
そのまま逃げるようにしてこの場を去った。
目的地はエルヴィンが最近使い出した隠れ家だ。
しかし身体能力の差はどうしようもない。
闘技場を抜け裏道に入ろうとする手前で再度アリサさんに捕まってしまった。
そしてジト目で僕を見続ける彼女にこの場では明らかに間違った返答をする。
「付いてこないでくれない?」
「話を聞いてくれたら良いいよ、てか何で逃げるの?」
僕は一度溜息をつき彼女に向き合う。
こういう人は時々いるらしい、闘技者として個人同士で対戦を申し込む人間が。
個人同士で試合のカードを決める方法は存在する、といっても難しい事ではない申請すればいいだけだ。
だが個人間での試合の申請はゴールドランクから上の人間しか行えない。
昔はランクの制限がなかったが個人間での試合の申し込みを利用しポイントを合法的に受け渡す事を商売とする人間が現れた。
それを運営側は闘技場が廃れる要因を作りかねないと急いで対処した。
例えばランク毎の特典を上げたりなど向上心を煽る形で。
ただそういう形になると低ランクでのポイントの売買が活発になる。
本当は闘技場側もこの制度を廃止したかったがそれは出来なかった。
ライバルだからと毎月同じ相手に挑む人間がいる。
ある人間は、酒をどちらが今夜奢るかを掛けて戦う馬鹿もいる。
個人間でのカードは時に闘技者達と市民の距離を近づかせる、一種の飽きさせない試合を提供するには持って来いだった。
色々な制度の整備をしていく中で不要だった部分が低ランク闘技者のポイントの売買。
そこだけをくり抜くように最後の条件であるゴールド未満の闘技者は個人間での試合の申込みは出来ないというルールが生まれた。
「どうせ、試合をしてくれって話でしょ」
「そう」
「僕まだシルバーだけど」
「でもすぐゴールドになるわ」
「因みにアリサは何ランクなの?」
「プラチナ」
彼女は自身のランクに胸を張りながらも僕がゴールドになることを疑っていない目をしている。
アリサの話の内容を聞かなくてもわかったのは叫びの崖の出来事が理由だ。
彼女は僕にこういった。
私待ってるから、貴方が闘技者になるのを、そして私と試合をする時を
あの時は闘技者になるつもりはなかったがよくよく考えれば否定の言葉を俺は言っていなかった気もする。
だからアリサさんはこんなに目を輝かせているのだろう。
「俺はね、闘技場を利用しに来てるんだ。このまま行けば特例システムで早くランクを上げられる。だから君のような上位ランクの者と無理して戦わない」
そうハッキリと宣言した後俺は逃げた。
宙を蹴り屋根に駆け上がりそのまま音を立てずに地面に降りた。
ただしアリサさんが今いる場所と屋根の上から死角に位置する場所に。
案の定屋根まで追ってきたアリサさんだが俺の姿は見つけられずに。
「いくじなしーー」
そんな叫び声を上げて帰っていった。
彼女がこの場を去ったのを探知魔法で確認してから隠れ場所に向かう。
隠れ家に入る前に彼女のいくじなしそんな言葉が頭に過る。
確かにアリサさんに言った理由も嘘ではない、だがもう一つ理由はある。
彼女の闘技者としての情熱を知っているからこそ俺は受けたくなかった。
ゾイルには俺自身を卑下する必要はないと言われたが、これは俺の気持ちの問題だ。
だから彼女との試合はまだ出来ない、せめて半分孤児を救ってからの話しだ。
「僕にはやらねばならぬことがある」
ただ過ぎた思い入れは体を鈍くする。
そう心の中で唱えてから、隠れ家の中に入っていった。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
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