そして僕は自ら受け入れた鎖に牙を突き立てる
レビューをいただきました、ありがとうございます。
エルヴィン視点
昨日の孤児院及び教会の事件で私は様々な事後処理に追われていた。
領兵に事情の説明、そして裏切った騎士エレノアの変わりの人員を王都から呼ばねばならない。
できれば二人は最低欲しい。
理由は孤児院の襲撃事件そこで王都から出向してきた。
協力関係にあった王都から出向してきた冒険者の一人が瀕死の重症を負い、今も死の淵を彷徨っている。
昨晩の孤児院の事件、燃える孤児院から子供達を救出したその後すぐに彼らは病院に送られた。
問題は冒険者の方だ。
殆どの病院が冒険者の状態を聞き受け入れを拒否し盥回しにされた。
だが運がいいことに(そもそも瀕死の重傷を負う事自体運はないが)死んでも構わないならと領兵のお偉方が領主に駆け寄り領主が了承、領主抱えの凄腕医者が治療をしてくれる運びとなった。
10時間近い長時間の手術。
その理由は彼の状態の悪さに関係していた。
足の傷と全身の火傷は言わずもがな、問題は内臓が破裂していた事だ。
ほぼ完全に且つ複数箇所内蔵が破裂してたが何故か出血は少なかった。
その理由は彼の生きようとしている意志から体内で魔力が回復すると同時に体の血の流れを魔法で作って強引に正しい血流を維持しているから。
正しい血流が彼の命を辛うじて今も繋いでいる。
医者はなんとか手術は成功したがそれでも山は当分の間続くと言っていた。
生きる意思を彼が失わなければ大丈夫とも、そんな気休めの回答。
「正直惜しいな」
私が教会の方から這いずって来た彼を見た時は正直驚いた。
動いているだけでも奇跡そんな状態でも自分の出来る事を探していた。
だから彼が抜けるのを惜しいと感じてしまった。
あれほど強い意思を持っているのなら、体が万全ならどれだけ頼りになっただろうと。
「なんだ」
時間は夜の22時頃。
昨晩から続く雨のせいで頭が痛い。
あの事件のいい所を無理作るとしたら領兵と連携ができるようになったことだろうか。
私があの場に入れたのはエレノアを元々怪しんでいたからだ。
それでも結界のせいで中に入れなかった……突如として壊れた結界、そう考えると結界を破ったのはあの冒険者の少年か。
全部彼が繋いだような物だ。
あの冒険者の少年、名前は……そもそも知らないな。
「エルヴィン様で合ってますか? トーマスです」
そんな時に通信機がなる。
耳に通信機を押し当てながら机にあるはずの冒険者と騎士団の協力提携書にかかれているはずの彼の名前を探す。
そうか名前はロスト・シルヴァフォックスか。
そしてトーマスという通信主だが彼はロストの手術をした人間だ。
「どうしましたかこんな嵐の夜に?」
「いえ、その冒険者の少年なんですが……いなくなったんです」
「……嘘ですよね、確かまだ動ける状態じゃないって」
「はい、そのはずなんですが、姿が見えなくなっているんです。現在病室を間借りしている病院から連絡が
私の元に先程来まして。お手数ですが一緒に病院に来てもらえますか?」
「今行きます」
そして病院に着くと警備をしていた領兵に話しを聞くことにした。
領兵は顔を真っ青にしておりその場で立ち尽くしている。
ロストの病室を警護していた領兵は彼の体の状態を知っていたため止める事もできなかったという。
そしてロストは領兵から剣を受け取ると病院の外に姿を消したらしい。
「では何故顔色が悪い?」
「悪いですか俺の顔色?」
「ああ」
「そうですか……心当たりがあるとすれば彼が私から剣を受け取り、下の階に姿をけしたその時でしょうか、体から力が抜けたんです。気付きませんでしたが汗もびっしょりかいていて……そうだ遅くても明日には戻って来るって言ってました」
「そうか」
手がかりがないため待つしかないか。
明日まで徹夜で待つつもりだったが1時間後ロストがどこに行ったのかその報告は予想しないところから来た。
*
ターニャ視点
同日王都にて
「孤児院が襲われた!!」
「はい、報告が遅れてすいません」
「子供たちは?」
「3人を除いて攫われてしまったようです、それとその場にいた冒険者の少年が全身火傷で瀕死の傷を負っているそうです」
「わかりました、ありがとうございます」
教皇様には悪いがここは一旦アンタレスに戻るしかないだろう、と私ターニャは考える。
そもそもロストくんを責めることはできない。
あの孤児院を狙うというならクラリスを対処できる戦力を整えたということに他ならない。
いや整えられなかったから今まで責めなかったのかもしれないが、それでも準備はそれなりにしているだろう。
一人の一介の冒険者が対処できる領域を遥かに超えているのだ。
「帰りますよクラリス」
「いや、もう少しここでゆっくりしてこうよ」
「何故ですか!! 貴方はそんな態度でも誰かが命の危機なら迷わず突き進む人だったでしょ」
ソファーに寝転がり、起き上がる気配を見せない彼女を叱咤する。
激しく彼女に訴えるがそれ以上に変わってしまった彼女に私は涙が溢れてきた。
「必要ないからかな」
「必要ない?」
何を言っているのだろう、状況は明らかに深刻で手も決して足りていない、そんな状況で必要ない?
「根拠はレクトかな?」
「レクト彼がどうかしました?」
実の親から虐待を受け、そのストレスで声が出なくなってしまった少年。
人見知りでロストが来るまでクラリス以外には決して懐かない彼がいったい?
「レクトはね強い人にしか懐かないんだ。自分を守ってくれる強い人しか、本人自覚はないけどそれでも私より早くロストにレクトは懐いた。それは今後の予感かも知れない、でも何かが彼にはある。その噛み合わない歯車が今回の事件で上手く嵌る気がする」
「それでも……」
ならより確実性を持って、そう言おうクラリスの寝転がるソファーに寄る。
彼女は手を強く握りしめ爪が肌に食い込み血を流している。
それに彼女自身が己を抑えなんとかその場に留まっているようにも見えた。
クラリスは案外冷たいところがある。
自分は精一杯やった、だから救えなくてもしょうがない、そんな諦める心を持っていた。
アンタレスの教会から自分がいなくなったから、その隙を狙って攻撃された、その事を責任を感じている面は確かにあるだろう。
こんなにクラリスがあの少年を大事に思っていたのかと驚く。
自分も頭に血が登っていた事は認めるが正直このクラリスの判断はありがたい。
何故なら私達は今教皇様の件を抜きにしても王都から離れられない。
「クラリス」
「ごめん、私は2週間王都から離れられない、原初の使徒の対策に、北で破られた凶獣の封印その対策をしないと、だから私は信じるよ」
己が最前線に立ち、人々を救い続け化け物と罵られた最高の聖女が、だれよりもせっかちな彼女のその言葉で私も彼、ロストを信じる覚悟を決めた。
*
目を覚ますとよくある光景が目の前に広がっていた。
真っ白な天井、おそらく病院だろう。
エレノアとエイナルに負け無様をさらした自分をもう貶める気力もわかない。
「フリード達は?」
今確かめようと思えるのはそれだけだ。
痛みなんてもう何も感じない、体の不調を教えてくれるのは違和感のみ。
立ち上がる時に踏ん張りが利かない、歩く毎に体の何処かがずれる。
クロードと戦った時に近いか。
「おい、坊主大丈夫か?」
部屋を出た時に警備の人に声を掛けられた第一声だったか。
すぐさま僕のふらつく体の補助をしようと手を差し伸べる。
「ツツツ」
「大丈夫か」
「大丈夫だから触れないでくれ、それより孤児院の子供達がどこにいるか知ってる?」
「ああ……こっちだ」
警備の人には肩を軽く触られただけ。
だが今まで感じなかった痛みが全身を襲う。
痛みを払いのけるように警備の人の手を肩から叩き落とす。
失礼な態度であるが警備の人は嫌な素振りをすることはない。
そして聞いたフリード達の場所を、自分の事なんてどうでもいい今は子供達が無事であることをこの目で確かめないと気が済まない。
警備の人は少し考えるような素振りをして僕を孤児たちの元へと案内してくれた。
「おい、今は面会できないぞ」
「すまない、この子が例の緊急治療室にいた子だ、せめて顔だけでも子供達を見させて上がられないか?」
「……わかった、少しだけなら」
そんな警備の人の声は僕の耳のは通らない。
閉ざされている扉を開ける。
時間も時間だもう寝ているかもしれない。
それでも顔だけは見たかった。
「お兄ちゃん?」
そして真っ暗な部屋の中に僕が扉を開けたことで光が差し込む。
その光を感じフリードが布団から体を起す、そして僕を見ると飛び上がり病室の入口にいる僕目掛けて突撃をしてきた。
先程の警備の人に触られた時のように無様はさらさない。
フリードの突撃、そこから生まれた腹部への強烈な痛みを一切顔に出さずに笑顔で向かいいれる。
「よかった、お兄ちゃん。ほんとに」
「ああ、ほんとに……フリード?」
「ごめん、ごめん、お兄ちゃん。レクトは僕を助けて、それに領兵も僕の言って事を信じてくれなくて」
そのままフリードは感情が溢れ出し泣き始めた。
僕にはそれを止める手段はない。
嘘つきフリード、でもそれは孤児院の中だけで有名な話し。
彼自身問題行動事態は少ないし、悪くも子供故の視野の狭さかくる物だ。
だからそれが領兵の耳に入り、この子は嘘つきだから証言としては当てにならない、そんな事はないだろう。
領兵としてもただ子供だから見間違えだろうと軽く考えていただけだろう。
だがフリードからしたらタイミングが悪かった。
自身の大切な友人、それを助けるために真実を言っても信じてもらえない。
それは将来誰も自分の言ったことは誰にも信じて貰えないと考えかねない。
「大丈夫、僕は信じるよ」
「うん、うん」
フリードはの背中を撫でながらそう言い聞かせた。
流石にフリードが何を見たのかは今聞くことはできなかった。
泣きつかれ眠ってしまったフリードを布団に戻し彼の寝顔を見る。
聞こえるのはルドレヴィアでヘザーが召喚した大男と戦う前に思い出した師匠との会話。
たのむ人間として生きてくれ。
どんな意味だったかは未だわからない。
昔は知っていた気もするし自分からそれを受け入れた気もする。
ただ。
「いやだね」
何も守れず無力でいるくらいなら僕は化け物になりたい。
孤児たちの病室を出て自分の病室に戻る。
その時僕の病室の警備をしていた人と一緒に戻るわけだが、何をするべきかようやく覚悟が決まった。
「ねぇ、その腰にさしている剣をちょうだい」
「は? 何言ってるんだ。これは俺の支給品だし、そもそもそんな状態で剣を持った所で意味はないだろう」
誰も居ない廊下、僕の病室まで僅か5メートルという距離で言われたその言葉に警備の人は眉を吊り上げそう述べた。
ワガママを言わせすぎたか? そん表情だった。
普段の僕なら警備の人を尊重し手を引くかもしれない。
だがもう時間は掛けてられない。
「ごめんね、言い方が悪かった。剣を寄越せ」
「何を……どこに行くんだ?」
警備の人は僕が左手で剣を寄越せと前に出すと今まで強情な姿勢から一変、聞き届けられ筈のない僕の要求にほんの少し寄り添い始めた。
別に仕組んだつもりではないが、そうか僕が出したのは左手つまり3本しかない指を見たのか。
孤児院で探知魔法を使おうとした時エイナルに手を撃たれ親指と中指が吹き飛んだ。
まぁそれも今はどうでもいい。
「教えられない。でも犯罪組織がいる場所じゃない。この地の誇りを貶めてでも僕は、いや俺は他の囚われた子供達を救ってみせる」
「そうか……お前持ってけ。俺にお前は攻撃できない。警備の対象をしかもどこを攻撃していいかわからないお前の体に」
「ありがたく借りるよ。明日には戻ってくるけどもうここには長いはしないと思う」
「そ、そうか」
剣を受け取ると病院を出る。
外は大雨、雷も鳴っている、しかし風は強くない。
病院を出る際に誰にも止められる事はなかったがこれはこれで丁度いい。
流石に雨ではアンタレスの賑やかさは落ち着く。
頭に何も被らずに雨に濡らされながら歩いているとふっと目を向けた。
「そういえばあの辺はリーザさん達と合流するはずだった串焼き屋か」
たまたま通り道から見える場所にあったから目を向けただけ。
服を傘代わりに冒険者が店に駆け込んでいくその中で知り合いの姿が見える。
「クレアさん」
彼女は見たこともない女冒険者と共に笑顔で店の中に入っていった。
どうやら上手く言ってそうだ。
クレアさんは言っていた、何か困った事が合ったら相談してくれと。
「もう、悩みごとはない。道は決めた」
もう振り返らない、そしてアンタレスの貴族街へと足を進める。
その人物は貴族ではないがアンタレスで重要な職を任されているため領主から屋敷を貸されそこで住み込みで働いている。
「えっと坊や、何かようかい?」
「ああ、闘技場の最高責任者ハイドラに会いに来た」
一瞬怪訝な顔をした警備の人。
門の警備は二人、互いに顔を合せてそこで何故か優しげな声で俺に語りかける。
「君ハイドラさんにアポイントは取ってあるかい?」
「何年か前にいつでも来ていいと言われた」
嘘だと思ったのだろう。
それでも警備の人は態度を変えない。
恐らく俺のような人間は時々現れるのだろう、認定試験に受からずに直接ハイドラに直談判に来る人間、警備の人間もアンタレスの人間だ、門の内側に通しはしないが直談判するほど闘技者に強い思いを持っている人間を無下にはしたくない、それが彼らの温かい心意気なのかもしれない。
だが今の俺は優しくない。
他人を踏みにじるためにいるのだから。
剣を抜き構える、そして。
「忠告だ、闘技場で使っている結界を貼れ。ハイドラは俺がお前達全員を蹴散らす事を望んでいるがお前達が死ぬことは望んでいないそれに……」
この言葉はあえて言うまい。
今の俺に配慮はない。
実際今までの俺は確かに剣を振るうタイミングでは空っぽな状態で振っている。
だが剣を振るう前の攻防では大切な人を傷つけられない限りはそこそこ配慮はしてきた。
それを配慮しなくていい相手はシズカとレグルス先生のみ、その彼らにも最近手を抜いている? と疑われている。
だが今はそれができそうにない。
絶対的な使命を破り捨てたような喜びが己の中に存在する。
ようやく、ようやくだ、俺は己の本能だけを追求できる、そんな自分を俺は卑下している。。
子供達を救うそれがもちろん一番の理由だ。
だが無視できないもう1つの理由、これ以上自分の存在を否定したくない。
子供達のおかげで立ち直れた。
そんな恩人を自分の無力で奪われ、子供達の人生が棒になろうとしている、それを救えない俺に何の価値がある。
子供達への恩返しが今の僕の生きる意味の1つ、それを否定されてしまえばきっと俺はもう立ち直れない。
情けないが自分の為なのだ。
「若者よ、生きていればいいことはある。ここで俺に殺されることはない」
俺が、11歳の俺が何故他人をあえて下に見るのには理由がある。
確かに魔素浄化装置を手に入れたおかげで3年程生きていられる時間が伸びた。
しかし前の警備の人達……年齢は30前半くらいか。
真っ当にそして何事もなければ3年で死ぬことはない。
俺より長く生きられる彼らを後先短い俺が若者扱いして、その未来を羨みそして守っても問題ないだろう。
「おい、結界を貼れ」
「いいんですか? あれ維持費もかなり」
「いいから……他の連中は知らないけどな俺達は間違いなくこの男に勝てないぞ」
警備員の一人が指示を出す。
それに反発する指示を受けた警備員だが彼の上司の態度に素直に聞くことを決心する。
上司の警備員は震えていた。
今日は彼と一緒だから仕事として命は落とすことはない、そんな安心感を与えてくれる彼が子供のように怯えていた。
「貼りました」
「そうか、悪いが俺達も仕事だ、できればここで負けてくれ」
聡く、慕われ、機転も利くそんな慕われている警備員の人の顔に泥を塗りたくはない。
だが唯一の欠点として武器の扱い、手入れ、そしてそんな素晴らしい男の彼にあんな量産品の剣を持たせていること、そしてそんな剣を作った人間に底しれぬ怒りが湧いてくる。
だから目障りなものはすぐに消してしまおう。
あの時決めたんだ。
地域にいる年老いたジジイも正義感に溢れている近所のお兄さんも普段気遣うってくるおばあさんも、領の職員も領の兵士も孤児院の先生も犬も猫も小さな昆虫だってあの時俺を救ってくれなかった。
唯一救っくれたのは武器だから彼らの為だけに生きると。
あの時今よりも遥かに小さかった俺はあの剣に誓った。
俺は貴方達武器のために生きると。
どうして忘れていたのだろうか? ただ今を否定する気はない。
それはきっと両立できる事だから。
そしてこの怒りは武器というものを汚す貴様らへの怒りだ。
そう考える俺のこの怒りとアンタレスの闘技者その夢の地を悪意で利用するという悪事、今回ばかりはおあいこなのかもしれない。
なら遠慮することはない。
同じことを考えるようだが、俺は己をようやく曝け出せる。
*
ハイドラ視点
今日の仕事を終え、布団に入ったがどうしても眠ることができない。
どんなに寝付きが悪い日でもお酒を飲んでから布団に入れば大体15分以内には眠ることができる。
「雨か」
布団から出て窓から外を見ながらそう呟く。
前日から続く大雨、雷も伴っている。
雷が鳴っているから眠れないのかと子供が眠れない理由と同じような事を自分に当てはめてしまう。
「何を馬鹿な」
だがこんな眠れぬ夜だから考えてしまう。
今後のアンタレス大闘技場の未来を。
アンタレス大闘技場は近年売上を落としている。
絶対王者に見込みのある中堅、卑下するほど人で不足というわけではない。
問題は企業連ゴルドラ一派の八百長ととある特定の闘技者への優遇。
上手くやってくれてればまだ目を瞑ることはできたが流石に観客にすらバレバレな事をされてはこちらもアンタレスの伝統を守るために排斥をしなければいけない。
皆が盛り上がっている所に冷水を定期的に掛けてくるのだ。
人離れが起きてもしょうがないだろう。
むしろアンタレスの闘技場だからまだ人気が続いているのだ。
しかし彼らからの支援を受ける時の条件が原因で経営の内側までにゴルドラ一派は入っている。
理由があっても追い出せない。
追い出せる方法はある。
私が指名した新人闘技者がデビューした年にダンジョンアタックの期間で個人売上一位を取る。
与えられたたった一回の任命権、確実性がなければ使えない。
「本当は彼に使いたかった」
少し前に渡しに会いに来た親友ハイゼンの義理の息子。
「いやすまない。孫だったか」
何故か義理の息子とハイゼンに言うと彼は孫だと頭に血が登り暴れていた。
そんな久しぶりにあった彼は様変わりしていた。
牙は抜け落ち、昔の兄弟子とハイゼン以外は認めないという捻くれた根性は矯正され、言葉遣いも丁寧。
それを見てハイゼンの試みは成功したと。
あの男が見せた唯一の親心、しかしそんな彼を見て私は正直がっかりした。
昔の彼なら迷いなく任命権を使っただろう。
レガリアの適合率、身長や体格の格差、身体能力の差、その程度の小さき不安など振りきれた。
何故なら彼の強さはそんなところではない。
「うん? 結界が貼られたか。何が?」
「よぉ、ハイドラ入るぜ。喜ばしい報告だ、侵入者だってよ。しかもその侵入者事前に結界を貼れと言っていたらしい、面白いだろう」
そういって通称100人相のディルクは私の自室に遠慮なく踏み入ってきた。
怒りはしない。
10年来の友人の彼だ、その程度の遠慮は逆にされてはさみしい。
だが丁度よかった。
この男は情報通だ、そして私に何か話しを持ってくる時は事情を把握できる程度の情報を持ってやってくる。
「で、侵入者は?」
「ガキだな、不思議なことにお前がいつでも自分の元に来てもいいと門を警備していた男に言っていたらしい。名前はロストシルヴァフォックス。昨日から今日に掛けて緊急手術を受けていたらしい……ハイドラ?」
「ああ、すまない。続けてくれ」
ディルクの話しを聞いて一瞬心が浮き上がる。
まさか……だがあれは封じられた筈だ。
「そうだな現在はお前の屋敷にいる。確か雇われていた人間は全員戦えたはずだな。そいつらと交戦中だ」
それを聞いて私は決心した。
「なぁディルク私の頼みを聞いてくれるか?」
「なんだ」
「その侵入者と戦ってくれるか?」
「俺がか? お前の命を狙ってくる相手なら当然戦うが」
「違う、彼は私の命を狙ってなどいない。示しているだけだ。人を害する覚悟をしてきたと」
「ハイドラ、知り合だな」
疑念ではなく確信したのだろう。
私の顔は今間違いなく、他人に見せられないほど下卑た笑みをしているのだろう。
他人との戦い、その拮抗した勝負の熱を楽しむ顔ではない。
勝ちを確信した顔。
「ディルク、お前にも悪い話しじゃない。それにその子はまだ未熟な所も多い。だからお前に預けたいとも思っている」
ディルクは人を育てるのが好きだ。
凡人。天才、関係ない。
そんな多くの人間の道を示してきた彼だが、本人は言っていた。
化け物を育てたいと。
天才もまた人間、それとはまた違う異質を死ぬまでには一回育てたいと。
「そいつは嬉しいが」
ディルクは乗り気ではない。
また面倒事を押し付けられるのかとそんな渋い表情をしていた。
「ディルク、今のままお前が彼と戦いに行ったら何もさせて貰えずに負けるぞ」
「お、いいね。ちょっと気が乗ってきた」
この男は掴みどころがないと思わせて、突く所を覚えれば途端に扱いやすくなる。
そういう所が好みだが、それ以上に私は馬鹿が好きなのかもしれない。
「あの子の突出した能力は身体能力じゃない。間合いの把握能力と武器の扱いの上手さだ」
「へぇ、間合いの把握っていうと、何ミリ単位の把握だ」
「だから負けるんだ。あの子は武器を持つ相手限定だが1ミリだろうと1ミクロンだろうと外すことはない。間違わない正確さだ」
「は?」
そういう反応をするのは当たり前だ。
間合いの把握というのは難しい、特に動く相手から測るとなると。
そして戦闘ではこの間合いの把握こそが生死を分ける大きなポイントの1つでもある。
「彼の間合いの把握能力は私達とは根本的に違う。彼の間合い把握能力は鍛冶師としての能力だ。ハイゼン一派の3人はそれぞれ得意な所が違う。テオ・ホワイトドックスは万人が同じ様な扱いができる万能な剣を、師であるハイゼンは完璧に扱える人間がいない、ただ技術と剣の出来の良さを敷き詰めた空想の剣を。
そしてロストシルヴァフォックスの剣はハイゼンの技術を完全に習得し、その上でたった一人の人間が最高に扱えるよ様な完璧な比重の剣、個人の為の剣を、だから彼は見間違えない。腕や足の長さ、肘膝からくる手と足の比重、肩の稼働域の広さ。そこに剣の長さと、相手がどれだけの速度で動くかを感覚でわかるのが彼の間合いの把握術の正体」
「はは、そいつは強いな」
「話しを変えるがな天才とはどうつくればいいと思う?」
脈略もない話しだ。
だが彼と戦うのならこの話しをしなければいけない。
これは空想現実にした話しなのだから。
「といってもな……環境か?」
「それもある。私は生まれて始めて見た景色だと思っている」
「始めてみた景色」
私の言った言葉にピンとこないディルクだがこれは私の空想に近い理論だしょうがない。
「母親から生まれて始めてみた光景がその人の根本的な核を作る。例えそれが無意識であっても。化け物と言っても大抵の物には理由が付けられるのはこのせいだ。体格がよかったり頭がよかったり、そんな理由が付けられる化け物ばかり。それはそうだ人間文化が生まれたこの世界、母親から取り上げられた子供が最初に見るものは大体人間、白い天井、変な機械、ほぼこれに固定される。能力的に似たような物が生まれるのはこのためだ。その心の、存在の源泉を変えるには経験しかない。何を変えるような強烈かつ衝撃的な経験。だがそれも最初にある源泉を変えるに至らない。それを変えるには完全に心を壊し最初からやり直さなければいけない。彼の凄い所はね、完全に壊れた心でやり直した時に見た光景だよ。その時彼は剣を振っていた。しかもこの世界で最も優れたといえる剣。ドワーフの秘奥、その最後の継承者と言われたハイゼンが晩年作った、そして認めた生涯で最も優れた剣を。だから勝てないのさ。彼に武器を使って挑む事はただの自殺行為だ」
「それが俺が今から戦う相手か」
ディルクは震いこそしていたが、その笑みは私と同じ他人に見せられないほど欲に溺れた笑み。
「といっても完全に目覚めているわけじゃないだろうがな。この部屋への到達の遅さからしてな。恐らく枷が弱まるトリガーはおおよそ2つ、ハイゼン一派が作った剣を使っての戦闘、そして己の存在が否定されかけたくらいか……当然だが集中力が極限に近づけば多少顔を覗かせるだろう。彼の過去故に自身の生死に関しては鈍いはずだからなそれは関係していないはずだ」
彼の話しにはまだ続きがある。
これに関しては教えられない、ハイゼンとの約束だからな。
「おっとそろそろか」
トントンという自室を叩くような音がする。
変なとこで律儀だが昔言っていた。
師の名誉を守る事は弟子の責務だと。
今と昔の彼の大きな違いは昔の彼はもう自分の関わる人間はこの人達だけでいいと決めきっていた事だ。
今は少しでも多くの人達と関わって親しい人を作りたい、そんな寂しがり屋な面が見える。
ハイゼン私は君の孫ロストシルヴァフォックスに唯一同情している所があるんだ。
何故彼から欲を奪ったのがあのタイミングだったんだ。
彼はきっと苦しかったはずだ。
これから新しい、ロストが人として生き始めようとしたあのタイミングで、ハイゼン君は死んでしまったんだい。
何も芯のない赤子をおいていくような真似それだけは許せないよ。
そして扉を開ける。
結界のおかげで血糊など付いていない。
それでも確信した、彼だと。
だからついつい言ってしまった。
「久しぶりだな、ロスト・シルヴァフォックス」
*
「恐らくここですね」
私は昨日事件があった教会に来ている。
あの冒険者、ロストは闘技場の主ハイドラの邸宅に襲撃した後再び姿を消した。
彼の行動は常軌を逸している、そう考える者は多いだろう。
だが私はそうは思えない、彼は必要な事をしているだけだ。
ハイドラ邸に行ったのも闘技者になり、この地で己の名に信頼を付けるための下準備、彼の行動を先読みするには2つの要素を理解する必要がある。
1つこのアンタレスいう地で決して目が届かぬ場所を生み出さぬようにする事。
そしてもう1つは彼の現在の心境、己は罪を犯した罪人であるという事。
罪を犯したことを認めた罪人はどうすると思う。
懺悔をする、ただ場所が場所だからややこしいかもしれない。
皆勘違いをしているが懺悔は教会でしない、自分が罪を犯した場所でするものだ。
矛盾を言っているように感じるが今回彼が懺悔をする場所それがここ旧市街にある教会。
彼がエレノアとエイナルに負け、子供達が拐われる事が決定的付けられた場所。
「何だ? 私は怯えているのか」
教会の敷地内に入ると体の底が震えていた。
武者震いなどの言い訳は介在しない、ただ何かがこの先にいた。
教会は殆ど焼けていた、辛うじて枠が残っただけ正直この場にいるだけで崩壊に巻き込まれる危険性がある。
だが確かめねばならない。
私もなんとなくだが感づいていた。
彼がこの事件を解決する大きな、そして最初にして最速の突破口だと。
「危ない」
「!!」
教会の建物内に入った途端突然の警告、何も疑わずに横に飛ぶ。
しかし私がいた場所には数秒経っても何も落ちてくることはない。
最後に己の目で周囲をもう一度確認し危険がないと確認してから声の主を確認する。
「はは、ごめん気の所為でした」
「病室から飛出して大丈夫なのか?」
「うん、痛みは感じないから大丈夫」
やはり予想通り、そこには私が探していた冒険者ロストがいた。
会話をしていてもこちらを見ずにずっと天井を眺めている。
彼の横に座り話し合うためにも同じ景色を見てみる。
横に座ると否応なく彼の体の状態が見えた。
体のあちこちから火傷の跡が見えて痛々しいが彼の表情に苦悶はない。
それ以上に気になったのは彼の目、執着も何も無いとても澄んだ目。
「そうですか、少し安心しました、焦って敵陣に突っ込みかねないと思っていましたから」
「エレノアとエイナルの居場所が分からないしそれは無理だね。それに焦りで自分を追い込み自滅する、それはもう学んだ事だから」
先程から彼の行動1つ1つに体が過剰に反応する。
あまりに大きすぎ存在感を放つ彼、だが不思議と逃げたいという気持ちがわかない。
異常な感覚だが私は彼がこの事件をどう解決するのか見てみた。
「そう言えばエルヴィンさんはどうしてあの場所いたの?」
「エレノアを怪しんでいたからです」
「エレノアを?」
「ええ、私の部下に突如配属された謎多き仮面騎士、経歴を調べても何一つ出てこない。だから目を光らせていたんですよ、なので……。本当に申し訳なかった」
「え……わかりました。その謝罪受け入れます」
私は頭を腰を深々と下げた、彼は驚いていたがそれでも構わない。
騎士が民を傷つけた、あまつさえ犯罪の片棒など許されるはずがない。
「エルヴィンさんって真面目って言われない?」
「知り合いからは良く言われる」
ニコニコしながらも言われたくない事を言われ少しムッとするが、彼の顔にある痛々しい火傷の跡が否応なしに目に入る。
そして今度は自分の番とロストは話しだした、何故ここにいるかを。
「ハイドラの邸宅を出たら病室に1度帰ろうと思ってたんだ。だけど不思議とここに足を伸ばしてたんだ。
子供達を救えずミスミス奪われた。正直今まで自分が学んできた事は全て無駄だったんじゃないかって考えたよ。でも、どうしても僕はシリウスから出てきた今までを無駄だとは思いたくなかった。いろんな人に出会って、意地を張って生きていた。もう自分の可能性を自分で殺すのだけは嫌だたから。今はできないけど、落ち込んだ時まず何をするかを王都近郊のルドレヴィアにいた時によく考えたんだ。出た答えは胸を張ることだった。虚勢でもいい、誰にも信用されない理想論でも、それでも人が立ち上がって前に進むには己を騙したとしても自信が必要だから。だから俺は出来ると思い込んだ。本当は泣きたかった、でも病院でフリード彼の心を受け止めた時に俺の心の中で何かが切れたんだ。ああ、そうか俺はこの子の心を守らなきゃって、俺みたいに自分を傷つける事でしか自分を慰められないそんな人間になってしまうって。動かないと思っていた体が動いたのはそれからなんだ。喜んではいけないけど、この時俺は始めてこの薄っぺらな子供達を守りたい、恩返しがしたいって思いが本物だって気付けたんだ」
そこまで述べたら彼は一度話を切った、そして天井を見上げ眩しそうに目を細める。
私も同じように天井を見上げるが星の光のみで何も見ることはない。
ただ彼の見ている光景には想像がついた・
「この教会面白いんだ。俺には今もこの教会が燃えているように見える、それと同時に俺に助けを求める子供達の声が」
私が教会に入ったその時に、危ない、と声を掛けた理由はこれか。
ロストの目には崩れ落ちる焼けた木材が見えていたのだろう。
まるで生地獄だ、己の罪を目にし続ける、普通なら近寄らずそのままアンタレスを離れ、できるだけ遠くに逃げ出しても文句は言えない。
それでも彼の目は強くそして言葉が空気を震わせる毎に恐ろしいほどの存在感が彼を表している。
「何?」
「そうだな、今君がやるべきことがだが、休むことだな」
ロストの不器用で真面目、でもます直ぐな私が騎士として守りたい少年の頭を撫でながらそういった。
彼は子供達の居場所がわかったら一緒に行くと言い出すだろう。
私もそれを止めはしない。
だからそれまで休んでいて欲しい、その力をそれまで貯め一気に爆発させる為に。
そう思っていた私だが彼の考えは違ったようだ。
「違う、俺のやるべきことは闘技者として勝ち上がり、相手が権力者に頼ったとしても決して逃げられないような名誉をこの都市で積み上げることだ」
「流石にその目論見は甘い、君は今瀕死の怪我をしているそんな状態で勝てるほど闘技者達は甘くない」
「なら試してみるといい」
そう言うと彼は立ち上がり剣を抜く、その姿に何故か私は圧倒された。
私が持つこの剣がおもちゃに思えると同時に彼の持つ剣がとてつもない名剣に化ける。
先程の存在感は覚悟故の人の凄みだと思っていた。
でももしかしたらと、このアンタレスの都市で行き詰まっている私達の突破口になってくれると期待してしまう。
私も剣を抜き、様子を見ようと国から支給される騎士剣を構える。
「そうか……一太刀持てば良いな」
そう言ってロストは走り出す。
しかしその足は早いとは言えない。
当たり前だ気功術の強化や魔法での身体強化、そしてレガリアすらも使っていない只人の走り。
その足運びは精細さを欠いたまさしく素人の足運び。
私が飛び道具を持っていたら辿り着く前に確実に仕留められると断定出来る。
それほど遅く、そして足を引きずりながらやってくる。
見損ないはしない、そもそも剣を握ってこちらに歩いて来ていることが奇跡なのだ。
その思いを私の中に刻み込む為に私は剣で受け止める事を選択する、しかしその考えは間違っていた。
彼が剣を上段から振り下ろすその一刀は恐ろしく早くそして芸術的な美しさの太刀筋だった。
私は受けきれないと判断し剣を流す方向へと行動を変えるがその中途半端な行動が最も悪手だった。
彼の剣は持ち主である私に何の感触を与えず、騎士剣の中央を部分を真っ二つに斬り落とす。
床に落ち音を鳴らす斬られた剣が私を正気に戻した。
「大丈夫か」
剣を振り終えたロストはそのまま床に蹲る、その姿を見て声を出してしまった。
急ぎロストに駆け寄ろうとするが彼は手を前に突き出しそれを静止。
しかし声を出す余裕はないようで、数分してようやく声を出す。
「これで大丈夫でしょ」
どこがと言いたくなるが負けた私に何かを言う資格はない。
今の私にできるのは約束をするくらいだ。
「わかりました……でも約束だ。私が情報を手にしたらしっかりと作戦を立てそれにしたがって行動すると」
「うん、何事も確実にね」
「そういうわけだ、とにかく今日はもう帰るぞ」
「わかりました」
「そういえばあの従魔は?」
「クレアさんっていう僕の監視官に貸したよ、ダンジョンの壁って殆土塊だから」
そんな他愛のない会話をしながら彼と共に私は教会を跡にする。
剣を納め、教会を出ようとする彼の後ろ姿を見て気付いた。
今まで隠されていたその手の内側、皮の一切ない手の平を。
その光景は私が布団に入り睡眠を取ろうとしても頭に浮かぶ、普通なら虐待などの非人道的な行動を想像するはずだ、なのに私は、あの手の平が強い意思の元作られた執念の結晶に見えて仕方なかった。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
もしよければブックマークと評価の方をお願いします。




