悪夢
「流石に1人は寂しいな」
一歩踏みしめる毎に何故か気になる床鳴り。
昨晩から夜になるどうにもその床鳴り1つで驚き、少しビビっていた。
元々夜一人になるのは嫌いだ。
昔を思い出し、師匠が死んでシリウスで自分に蓋をし落ちぶれていた時の自分を。
正直今も不安は抱えている。
本当に自分は変われているのか? 誰かを本当の意味で助けられているか。
行動はしているが正直実感は中々持てない。
こんな心持ちをこの床鳴りは考えさせるのだ。
「なんだか嫌な予感がする」
綺麗な月明かりだが澄んだ空ではない。
雲が少しずつ口を覆おうとする。
恐らくだが今夜は雨だ、朝まで続く大雨、しかも雷を伴った。
此処の隅に隠れている不安が物事を悪い風に考えさせるのだろう。
僕の感じる不安の1つがエレノアさんだ。
タイロン先輩から言われた、エレノアから距離を取れ、その一言がどうしても不安を助長させる。
そして先程の聖女の不在をしつこく聞いてきたエレノアさんの様子、ある意味では噛み合ってしまった。
もしもしだ、僕が何らかの企みを持って教会を襲うのであれば今日という聖女がいない日を狙う。
次の瞬間、教会と孤児院を包むような結界が張られた。
「結界か、種類は」
指を鳴らし探知魔法を使う。
結界とは周囲に効果を与えるもの結界内であれば何処にいても効果を調べる事は可能だ。
「防音、幻術、こっちは結果外への対策、他には……結界の解除まで1分あれば足りるか」
「随分余裕ですね」
そのまま結界を解除しようと魔法を使用したその時僕一人しかいないはずの夜の教会に足音が聞こえる。
人の声ではない少し独特な音程の声が響き渡る。
そして隠す気もない足音を引き連れエレノアさんが現れた。
手には剣を持っているが魔法を使用している様子はない、しかし剣の刀身が発光している。
物体で出来ている剣ではない、なんだあれは?
「余裕ではないですよ。優先順位を決めるために情報を集めているだけです、でエレノアさんあなたはどうしてこーー」
結界の解除まで会話で時間を稼ぐつもりだった。
しかし事態は急変する。
僅か一分という時間すらも無駄にはできない。
エレノアさんが何かしたわけではない、ただ大きな爆発音が教会の隣の建物、孤児院から聞こえる。
「孤児院、子供達が狙いか」
「私の目的がわかりましたね」
ここの周辺で戦える人間は僕しかいない。
確実性を求めて僕を抑えにきたのか、と考えるなら最低でももう一人襲撃者がいる。
僕は鞘から剣を抜き、エレノアと向き合う。
「なるほどね……人の大切な者に手を出して覚悟は出来ているんだろうな?」
「ええ、生温い環境の中にいた貴方はどうかは知りませんが」
罠か? そう考えさせられる程簡単に間合いに入る事ができた。
上段、下段、右からの横薙ぎの3連撃を僕は放つが、エレノアは僕の2段目までの攻撃を体の向きをずらすだけで躱し、3段目はそのまま後方に飛び完全に回避した。
「ではこちらも」
そして攻守が入れ替わる。
エレノアは何の捻りもなく僕の正面に立ち剣を右上段から振るう。
だがその剣は早いと言えるものではない、むしろどこか気の抜けた剣。
普段ならなにかあると警戒する僕だが孤児院の事が気がかりで噛みついてしまった。
彼女の真っ直ぐ縦に振られた剣を右にずれる事で回避、それと同時に体を回転させ勢いを稼ぐ、その勢いを使い密着状態で剣を薙いだ。
完璧なタイミングで振ったカウンター、僕の剣は確実にエレノアの腹部を斬り裂くはずだった。
「え」
僕の刃がエレノアの腹部に届いた瞬間、彼女は光の粒になって消えてしまった。
どこだとは考えていは行けない。
戦闘中最も危険なことは足を止めること。
現在位置からから少しでも離れようとその場から飛ぶ。
ステップなんてカッコいいものじゃない、頭を前面に床を転げ回る無様なものだ。
それでも命を救った。
「大丈夫です、殺しはしないので楽になって下さい」
「はぁ、はぁ」
先程の僕のいた場所には剣が突き立てられており動かなければ一撃貰っていた。
襲撃者が複数居ることは理解している、だからこそ今エレノアからの攻撃を受けるわけにはいかない。
僕は落ち着くために深く息を吐く。
確かに孤児院は気になるがここでエレノアを倒せねばその場に行っても意味はない。
考えようによっては、この場にエレノアが来たことは幸運だ。
子供達という守るべき対象を背に戦わなくていい。
「悪いが時間を掛けていられない、だから死んでくれ」
「随分物騒ですね」
「ああ、優先順位は元々決まっている。お前の命より子供たちの安全だ。だからごめんねエレノアさん抵抗しないでくれ」
自分の状態を確認する。
先程の無理な横っ飛びから再び足が痛み始めた。
直線の動きはともかく緩急を活かした揺さぶりや直角の減速しないステップからの死角への移動、スピードを活かす戦い方は出来ない。
鞘に剣を納め抱きしめる。
集中力を高めろ速さで駄目なら質で勝負するしかない。
「なるほどいい気迫ですね、それは私も」
僕が動かないのを確認してからかエレノアから青色のオーラが現れ体に纏う。
シズカやルシアさんが使っていたものだ。
身体能力がどこまで上がるかは予想がつかないが。
(気功術か、だが相手は相手それにこちらも準備ができた)
エレノアに向けて僕は一歩一歩と走らずゆっくりと距離を縮める。
相手に向かって攻撃をする。
それは守る事に比べればリスクが大きいものだ。
どんなに間合いの管理が上手い者でも攻めに変われば間合いを攻略するという相手の土台に立たねばならない。
その不利を少しでも潰すにはゆっくりと足を進める事。
相手の陣地を書き換えるように相手の先手を誘う。
時間は掛かるが工夫なく攻めた所で攻略出来なければ意味はない、ならゆっくりとした攻めでエレノアから確実に何かを削ぎ取る。
そしてエレノアの間合いに入るがまだ攻撃をしてこない。
僕がエレノアの前に立つが未だ同様、互いにわかっている振ったほうが不利だと。
だからこのまま歩けばエレノアにぶつかる、そんな最後の一歩を踏み出すために足を上げると同時に剣の持つ位置をずらす。
手は鞘にそして歩く動作に紛れさせ剣の柄頭の部分をエレノアに突き出した。
完全な奇襲ではあった、しかしエレノアもわかっている、攻撃するならこのタイミングしかないと。
突かれたタイミングでエレノアは再び粒子になり攻撃を回避する。
1度状況をリセットしたかったのだろう。
エレノアは粒子になったまま僕から離れるように真後ろに下がった。
「っく、どうして」
エレノアが粒子状態を解除したと同時に僕は剣を抜き彼女目掛けて振るう。
だが彼女が驚いたのは粒子状態を解除した直後に剣を振られたことではない。
粒子になった自分を把握され常に追い回された事だ。
別に難しい事はしていないただ探知魔法でエレノアの粒子を把握し追っていただけだ。
エレノアを仕留める鍵は粒子になった時だと考えていた、何故なら粒子状態には明確な弱点があるからだ。
それは粒子状態時は攻撃が出来ない事と粒子状態解除時は無防備になること。
例え粒子状態の変化を連続で行えたとしても解除時無防備になるのではエレノアは自分で僕の攻撃態勢を崩すことは出来ない。
「っく」
剣でこそ防いだがエレノアの反応は鈍かった。
不意、予想外その結果が左脇腹の傷に出た。
「浅いか」
かすり傷ではないがしかし命の危機のような深い傷ではない。
あの程度市販のポーションを飲めば回復してしまう。
だがいい位置を斬れた。
体の中心腹部は体の動き1つ1つの衝撃の通り道。
動けば動くほど負担が掛かり力を入れようとすれば体に不意の乱れを生じさせる。
簡単な応急処置で対処可能だが戦闘中にできるかな?
「どうして粒子になった私を追えているんですか?」
「僕に聞いてどうするの、って難しいことじゃない。ただエレノアさんの光の粒それを目で追ってただけ、ほら今夜だからわかりやすいよ」
「っく」
エレノアへの返答として嘘を混ぜてみたが信じてはなさそうか。
ま、僕がどうやって粒子状態のエレノアさんを追っているか? その答えを出さない限り彼女に勝機はない、考えてくれその分こちらの攻撃が通り易くなる。
実は気功術を斬った相手は始めてだった。
ルシアさんには触れられずシズカも僕との戦いでは平等でないと殆ど使わない。
シズカは白煙を絡めたルドレヴィアでの戦い以外では使ってすらいない
気功術の斬り心地はレンガの壁とか石、それに近い。
もちろん個人の修練の差があるのだろうけど、だからエレノアの傷はあれだけで済んでいる。
互いに距離が出来たこの時間、エレノアは気功術の精度を上げようと深く息をしている。
僕から目を離さないようにじっとこちらを見つめながら。
そしてこの時僕は何もしなかった。
剣を抱きしめた時に高めた集中力は残っている。
彼女が自分の準備をするその間に僕はレガリアのスイッチを入れた。
身体能力を強化、しかし強化されたとしても動かなければエレノアは気付けない。
そして待つ僅かなそして確実に生まれる隙、エレノア瞬きをするその瞬間に全ての意識を集中させる。
エレノアが瞬きをしたその瞬間、レガリアの身体強化、そして体のギアを一気に上げ己の最高速でエレノアの元に向かう。
もちろん足は痛むしこの状態では足回りを活かした戦い方は出来ない。
だが無茶はやりよう。
直線の動きなら痛む足でも辛うじて全力を出せる。
僕はこのタイミングで勝負を決めるはずだった。
「?」
全力で踏み込こもうとしたその一歩目、僕の右足が何かに押されそのまま態勢を崩す。
もちろん前に出ることなんて出来ない、足で踏ん張り倒れない事で精一杯だ。
正直何が起こったかわからない、エレノアを斬り伏せるその瞬間まで見えていたはずなのに今僕はこの場に立ち尽くしている。
「来ましたか、エイナル」
エレノアのその言葉を聞き僕は理解したもう一人の襲撃者の攻撃によって防がれたのだと。
足に力を入れ踏み込むその時、僕の右太ももは撃ち抜かれた。
撃ち抜かれた右太ももに足を使う毎に痛み体のズレを生む両足首もう踏み込みの精細さは完全に潰れた。
「油断しすぎ、エレノア、本当に役に立たないね」
「隙を狙っていただけの奴が何を行っているのか」
だが諦める理由にはならない。
もう一人の襲撃者はまだ姿は見えないがエレノアと合流させるわけにはいかない。
エレノアともう一人の襲撃者の会話、その僅かな時間が唯一の奇襲が通るチャンス。
本の一瞬途切れた僕への警戒、それを突くしかない。
左足に重心をずらし、そのまま踏み込む。
恐らくだが一歩ではエレノアに攻撃を届かせる事は出来ない。
だが勢い任せれば撃ち抜かれた右足でもう一歩左足を踏み込むまでの補助くらいには使える筈だ。
そして攻撃は突き一択、足の自由が効かない以上体の勢いそのままにぶつかるしかない。
そして右足を補助に左足で2歩目を踏み出そうとした時。
「何かさせると思う?」
もう一人の襲撃者は一切の躊躇なく僕の足を撃ち抜いた。
その弾丸は右足に2発、左足に3発打ち込まれた。
だが銃弾の射線がおかしい、右足と左足どちらも体の外側から銃弾が飛んできた。
考えられる手段は跳弾。
そしてもう一人の襲撃者は教会の中から現れた。
150cm位の身長に黒髪の中性的な顔、そして片手それぞれに銃を持っている。
足は完全に駄目だ、この状況を引っくり返すために代償魔法を使おうと指を鳴そうとするが黒髪の襲撃者は僕の指をノールックで撃ち抜く。
「エイナル、私の獲物ですよ」
「よく言う、負けそうだったじゃん」
「驚いていただけですよ」
僕を無視し話し始める二人を尻目に今の自分の状況を確認する。
両足は完全にダメだ、左に3発、右に3、足に風穴が空いている。
そして力を込めるたびに傷口から血が飛び出しまともに動かない。
上半身は問題はない。
精々左手の指が数本吹き飛ばされただけだ、でも探知魔法は使うことはできた。
結界で覆われているおかげでこの中は環境的な話しではかなり都合がいい。
風に邪魔されず音を遮断するおかげかギリギリであるが孤児院まで探知魔法の範囲に入ってくれた。
そして孤児院の状態だが火の手はそれほど強くない。
孤児院の職員さんのおかげで子供達も避難は安全に出来そうだ。
今の問題は結界で閉じ込められ逃げられずにいる事。
僕がコイツラを倒せば何事もなかったかのように事態は収まる。
だがそれは難しそうだ。
最初から2対1なら、鈴が壊れてなければきっと相性的には僕が確実に勝った、だがもしもを考えても意味はない。
死ぬのなら後を誰かに託すには?
「エレノア、良いこと考えたんだ」
「良いこと?」
「そう、コイツしぶとそうだしね。それにここは教会、少々宗派の違いで土葬と火葬の差はあるがちょうどいい墓標になるだろう」
そしてエイナルは深く被った外套そのポケットから2つの丸い玉を取り出し2箇所にそれぞれ投げた。
1つはもちろん僕に、そしてもう1つは僕の頭上へと向かっていく。
回避する手段はない、背中を丸め頭う腹部の下にして衝撃に備える。
しかし爆発で生まれる衝撃波それほど強くない、変わりに炎が全身を包む。
はっきり言おう運がよかった、神様にこの魔力を変換できない己の体質を引け目なしに感謝できた。
元々爆発とは衝撃と炎この2つの要素が絡み合っている。
衝撃は諦めていた、しかし炎だけは対策できる。
一瞬全身を焼く炎だがその直後に魔力を流し調整する。
炎の温度を下げ、そして自分の魔法に炎ができれば少し……肌が焼ける程度でダメージを抑える事ができる。
「へぇーやるね。でもさいなら」
エイナルと呼ばれた外套の男は銃を教会の天井に向けて発泡、銃弾が当たった天井は大げさ過ぎる音を立てる。
そしてようやく天井に投げられたもう一つの爆弾、その意味を理解した。
天井を見上げるとそこには木製故に派手に燃えた木材が落ちてくる、エイナルの銃撃は歪みを作り出すのが目的だった。
その歪みは焼けたことが原因で木材は割れ僕の真上に落ちてくる。
すぐに逃げなくてはと考えたがそれは無理だ。
1度足を畳んでしまった、立った状態から足を畳むことは可能だ。
しかしこの銃で負傷した足ですぐに立ち上がる事はできない。
僕は抵抗をすることも出来ず木材の下敷きになる運命を受け入れた。
「行くよ、エレノア仕事だ」
「ええ……行きましょう」
木材が落ちる瞬間何故かエレノアの表情が揺らぐ。
なるほどエイナルはエレノアに僕を殺す邪魔をさせないために地形を使ったのか。
そういえばエレノアは最初に、殺すつもりはなかったと言っていた。
どうしてだろう、木材が自分の体を押しつぶすその時間がとても長く感じる。
このエレノアに対しての考えもその時間の合間に考えている。
早く押しつぶしてくれ、早く去ってくれ、僕から目を離して教会から出ってくれ。
でないと……結界を解除出来ないだろう。
エレノアとエイナルこの二人が僕の目から見えなくなった瞬間結界を解除する。
解析はエレノアとの最初の斬り合いのタイミングからずっと行なっていた。
終わったのがエイナルに両足を撃ち抜かれた時くらいか。
その辺りから結界を瞬時に発動できるように準備だけはしていた。
バレないようにと神経を使ったが。
誰かというあり得ない僅かな可能性に祈るしかない。
「待て」
誰もいない教会で心から何かが溢れる。
生きる意味と決めた、腐っていた自分をもう一度立ち上がるきっかけを作ってくれた恩人、子供達。
それを奪われ傷つけられる。
それは今の自分を完全に否定することだ。
ただそんなことよりも、純粋に守りたかった。
人見知りだけど優しいレクト。
彼のおかげで自分が誰かのために慣れているという実感が僕をどれだけ救っだろう。
フリードは嘘つきだけど正義感がある。
過去の視野の狭い自分を見ているようで放っておけなかった。
他にもルールは食い意地を張ってて、トイはリーダーのように周りの子達を引っ張れる将来有望な子だ。
彼らだけじゃない。
他の孤児たちも皆ここアンタレスでできた僕の宝物だ。
一人ぼっちだったシリウスの孤児院時代を取りも出すような日々、眩しくて温かい。
「待ってくれ、待って、お願いだから子供達に手を出さないで」
この教会には僕以外いない。
そんな事は知っている。
でも懇願してしまっていた。
薄れる意識の中で僕はみっともなく懇願し続けた。
*
目から入る情報に暗さが混じる、これは意識が薄れ始めている証拠だろうか?
今まではなんとか魔法理論を駆使してこの炎に対処してきたがそろそろ魔力切れだ。
自身の命が途切れる。
今までずっと背中にあった恐怖から開放される。
だが懇願をしていたせいかまだ諦める気分に慣れなかった。
木材落ちてきた衝撃で死を覚悟していたが、レガリアととっさに魔力で体を強化したおかげで体の一部が潰れたとか内臓が破裂したなどの致命的な損傷はない。
問題は足だ。
僕の足は例え僕の体を押さえつけている木材がなかったとしても自力で立ち上がる事は不可能な状態。
「もしかして少し脆くなってる?」
僕の上に乗っている木材は元々エイナルが投げた爆弾の影響を直接受けたものだ。
他の木材より燃えている時間が長く、爆発の衝撃を受け僅かだが摩耗している。
この形が崩れ始めている木材なら壊せる、いや壊せなくても燃えた分軽くなっている筈だ。
問題はこの木材達を持ち上げたとしてここから動けるのかという話しだ。
「掛けるしかないか」
僕のいる場所だけじゃない。
教会の天井はあちこちが壊れ僕のいる場所以外にも木材が落ち始めた。
これ以上脱出の判断が遅れてしまったら焼け死ぬ以前に生き埋めになってしまう。
呼吸を落ち着かせ体に力を込める。
魔力で体の強化、信号を使い筋肉の負担を考えずに、今できるありったけを。
そして両腕、右足、背筋、顎、使える所は全て使う。
僕の上に乗っていた木材は50センチ程跳ね上がる、ただし垂直に。
このままでは自由落下で再び僕の背中に落ちてくる。
(頼む)
願いを込めるように左足で宙を蹴る。
この状況で空中を蹴れるとは思っていない。
足首は軽い捻挫、左足も右足と同様銃弾を打ち込まれている。
そんな状態で精細な踏み込みができるか? 無理だ。
でもやるしかない。
まだ僕は死ねない、あの子達を守るまでは。
その祈りが届いたからだろう。
左足は宙を捉え、僅かに木材が浮き生まれた隙間を飛び越えた。
「がぁぁぁっぁ」
ただ完全に抜けれたわけではない。
足首から下を残す形で再び木材に挟まれた。
まだそれだけなら良かった、タイミングが悪い事に魔力切れだ。
炎の本当の熱さに焼かれる。
どうして熱さの中でも動けたのか? それはすぐに脱出出来そうだったからだろう。
炎も気にせず両手で焼けた木材から足を掘り起こす。
どんな声を出していたかも記憶にない。
ただ前へと匍匐前進で教会の出口に向かう。
教会の床も燃え始め、体の前面が所々焼けるが痛みなど感じない、
それでもと。
教会の外は大雨だった。
水たまりをかき分けそしてなんとか孤児院にまでやってくる事ができた。
そして僕が目にしたのは。
「レクトーー」
「あら、生きてた、凄いね君」
レクトの首を絞め意識を奪おうとしているエイナルだった。
エイナルの反応はほんの僅かに驚いただけ、すぐにその視線は孤児院の前、エレノアと戦う彼女の騎士としての上司エルヴィンさんへと移る。
奇跡はあった、しかしエルヴィンさんも急所こそ外しているが余裕はない。
「無理をするな冒険者、折角拾った命だ無駄にすることはない」
エイナルのその言葉に戦っている二人が反応する。
二人がこちらを見てどちらも驚愕の顔を向ける。
それはそうだろうエレノアは僕の事を死んだと思っていただろうし、エルヴィンさんは純粋に僕の体を見て言っているのだろう。
だが今はそんなことよりも
(休んでなどいられない、今のうちにエイナルを)
今にも消えそうな意識でエイナルの隙を伺う。
武器など何も持っていない。
剣は教会の下敷きに、仮に道具があったとしてもバックは燃えてしまった。
僕にできる事などない、そうこの場にいる全員が思っているだろう。
そんなことわかっている、だからこそチャンスなのだ。
辺りを見回す。
魔法は使えない、そうなると己の目が頼りだ。
そうすると目に入るのはレクトの表情だ。
そして僕は気づくレクトの表情が何かを訴えているように感じる。
恐怖もあるがそれ以上に焦りの表情が強い。
そして僕と目が合うとレクトは焼けている孤児院の方へと眼球だけを動かす。
「まさか」
エイナルなど気にしていられない。
レクトが伝えたい事もしそれが数人の子供達がまだ孤児院の中にいる、という事だったら。
恐らく他の子供達は捕まったのだろう。
エルヴィンさんの様子からしてエレノア一人と互角、他の敵に対処する余裕はない。
それに孤児院前の足跡。
職員さん以外の大人の足跡が大量にあった。
考えられる状況としてレクトが最後の一人だからエイナル個人が確保している。
だが、もし、もしもだ、エイナル達にバレないように隠れている子供がいたとしたら。
レクトがその子供達を隠すために囮になったおかげでバレずに済んでいる子供がいたとしたら。
レクトの性格上間違いなく囮になろうとする。
そしてレクトの焦った表情は子供達が自力では抜け出せない状況に陥っている可能性がある。
「ぐぁぁぁぁぁ」
本当のこというと自分はもう少し利口な人間だと思っていた。
余裕がないからってわざわざ焼けている孤児院の柱を手すり代わりに立ち上がる馬鹿じゃないと。
選んだ理由はただ孤児院に近かったから。
這いずりながら孤児院に一直線に向かい、玄関口にある一番近い柱だったから。
熱い、焼ける、そんな脳内の危険信号を無視して立ち上がり孤児院の中に入る。
何度も右手を鳴らす。
魔力なんて切れているため探知魔法は使えない、それでも僕にはこれしかない。
今彼らを見つけ出せる手段はこれしかないんだ。
炎と煙をかき分けそして僅かにトンという音が聞こえた。
最後の力を振り絞ったような音。
極限状態だから聞こえた、拾い上げることができた。
そして音のなった方に行くとそこには鍵付きのクローゼットがあった。
昨日孤児院の職員さんが言っていた。
最近寄贈された物で、正直使い道がないから子供たちの遊び場になっていると。
1つは職員の先生達がもう一つは子供達にクローゼットの鍵を預けていると。
「フリード、フリードいるか!!」
何故か彼がこのクローゼットの中にいると思った。
いやもっと単純だ。
レクトが己を犠牲に助けるのならフリードじゃないかと、そんな勝手な願望。
レクトはエイナル達の襲撃した早い段階でフリード達を一緒にクローゼットに隠れようと誘導。
そして自分だけ中に入らずクローゼとに閉じ込め鍵を掛けた。
だがレクトは知らなかったのだろう。
孤児院に火が付けられていた事を、そして焦った。
クローゼットからフリード達を救出しなければ彼らが焼き殺されてしまう。
「少し離れてて」
声は帰ってこない。
本当にクローゼットに人が入っている保証なんてない、でも子供達がいる可能性はある
部屋はすでに燃え始めており、急がなければ燃えなくても皆煙でやられてしまう。
拳を握りクローゼットにの鍵穴目掛けてぶん殴る。
何度も何度も、右左関係ない。
左手は指が欠けていて拳に隙間が出来ているが関係ない。
何度も何度も、こんない言い方は好きではない。
思いの強さのおかげでなんとかクローゼットの扉部分を拳が貫いた。
その穴をかき分ける様に広げていき、そして思った通りフリード含む三人の子供達がそこにいた。
子供達を脇に一人ずつ、そして背中に乗せ立ち上がろうとする。
「いいから、動け、動けよ」
だがもう僕の足は子供3人程度の重さを持ち上げる事ができなかった。
歯を食いしばり涙を流しながらも足を怒鳴りつけるが動いてくれない。
そんな時僕の背中が持ち上げられた。
自分の力ではない、誰かに引っ張られるような。
「変わろう、行くぞ」
そこには先程までエレノアと戦っていたエルヴィンさんがいた。
エルヴィンさんは子供達を軽々と背負い上げ孤児院の外に走り去る。
その後を追って僕も孤児院の外に歩き出す。
「肩をかそう」
そして子供達を外に置いてきたエルヴィンさんが戻ってきて、ゆっくりしか歩けない僕に肩を貸し、僕も孤児院の外に出ることができた。
外には先程救出したフリード達そして僕ら以外にも領兵がいる。
「エレノア達は」
「逃げた、いや退散した。ここにはもう用がないと言っていた」
水の魔法で辺りの火を消化する領兵の横で僕は絶叫を上げる。
「ああああああああああああ」
何も出来ない、シリウスにいたときから変われていない無力な僕を呪いながら。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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