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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
72/136

悪夢の日

 クラリスさんとターニャさんが王都に向かった翌日の朝、変わると覚悟していた僕の生活は全く変わらなかった。

 教会の手入れに関しても他の教会から掃除をしてくれるシスターさんがやってくるため僕のやる事といえば夜の番くらいか。


 昨日の夜は孤児院に夜遅くまで居てしまった。

 子供達は僕が孤児院に泊まるのだと思いこんでいたようで彼らに取って誰かがお泊りに来ることは一種のイベント、知らない人でさえ興味が尽きず夜静まった時間帯にドアに耳を立て何を話しているかを探ろうしたことは誰しも経験したことがあるだろう。

 そして知り合いだと何故かワクワクが止まらなくなりいつも以上に元気よく動き回る。

 職員の人達曰く誰かが泊まりにくる夜は子供達が疲れ果てて早く寝てしまうから楽だと笑いながら言っていた。


「お兄ちゃん、早く」

「いや、こっち」


 そしてそんな子供たちのハイテンションは翌日にも続き、両手を引っ張られ身動きが取れない僕は職員さんが助けてくれるまで動けなかった。

 

 そんなこんなで半日が過ぎ僕はいつものようにパン屋に向かう。

 だがパン屋に寄る前に昨日負傷した足を治すため薬屋に行き、ポーションと痛み止めの軟膏を貰う。

 まだルシアさんから貰ったエクスポーションが1つ残っている、3つあった内の2つは門番の治療と後から聞いたがリーザさんの治療に使われたらしい。

 グラントさんに預けていた理由は人質の2人が酷い怪我を負っていた際の保険だったが役に立って本当に良かった。

 僕が自分の足の怪我にそのエクスポーションを使わないのは最後の1つ故の勿体ないという感情があるからだ。

 欠損さえ治せる回復役を足を挫いた程度では使えない。

 僕が此処で使ってしまえば目の前に現れたルシアさんから貰ったエクスポーション以外で治せない人が現れた場合に助けることができない。


「うん、痛みはあるけど、重心さえ気をつければだいじょうぶかな」


 ポーションを直接足に塗り込み地面を右足で軽く3回ほど叩き足の状態を確認する。

 まだ少し足が突っ張る感覚はあるが屋根の移動くらいは出来そうだ。

 一応軟膏も足に塗りそしてパン屋ピースまで走っていく。

 出来立てのパンを貰い屋根を走り教会に帰ってくる。

 何事もなく着地も成功させ孤児院に向かうと子供達が集まっていた。

 せっかちだなと笑いながら近づくが誰もこちらを向かない。

 よく見れば列を作り皆頭を下げている。

 

「なんだ?」


 パンを買ってくるから大人しく孤児院で待っててねと約束したのだが何かあったのだろうか? 

 様子からすると昨日のような揉め事ではない。

 その証拠に列の前には孤児院の職員さんが顔をしかめている。

 これは何かやらかしたかなと、孤児院の門の陰に隠れて事態を見守ることにした。


「正直に言いなさい、花壇を荒らしたのは誰ですか?」

「レクトくんです」


 職員さんの声は確かに声色に力強さがあった。

 子供たちも怖いだろうが、しっかり怒られる事もまた重要、反省出来なければ成長もない彼らの将来のために心を鬼にして観察を続行する。

 そしてそんな声が子供達の中から聞こえる。


「レクト来なさい」

「……」


 子供達の中からレクトが現れるが、僕は彼が犯人でないと確信していた。

 レクトの手や足、詳しは爪の間や靴の隙間に花壇の土らしき汚れはない。

 ある汚れも砂などの少し明るめな色でレクトが犯人でないことは僕の探知魔法が証明しよう。


 それにレクトは今日僕に一日中くっついていた。

 朝食を食べた時も子供達と一緒に遊んでいた時もみんなで洗濯物を干した時も何故か目を覚ましたら一緒に教会で寝ていた時は驚いたがそれこそずっとだ。

 だからレクトがどこで汚れどこで付いたかも証言できる。

 そして職員の先生が怒りに顔を染める。

 だがこれはレクトが花壇を荒したからではない。。

 

「先程レクトの名を上げた者出てきなさい」


 先生の声が孤児院で鳴り響く。

 子供達は怯え中々指定の人物は出てこない。

 先生が怒った理由は簡単だ、だがそれは子供たちが考えることでもある。


「先生、フリードくんが言ってました」

「私も聞いてました」


 列の左右にいた子供が彼、フリードがそう言っていたのを聞いたと話し始めた。

 そして子供達はフリードの背中を押し最前列に突き出す。

 最前列に突き出されたフリードは怯えた表情をしている。


「何でレクトが花壇を荒らしたと嘘を付いたのですか?」

「だって……その方が早く終わるから」

「フリード、貴方が花壇を荒らしたのですか?」

「……僕がやりました」


 そのフリードの態度に少し僕は違和感を感じた。

 子供が嘘を付き白状するそして罪をなすりつけた人物が真犯人だった。

 だが僕はそれが信じられない。

 花壇を荒らしたのが自分だと先生に断定された瞬間フリードは歯を食いしばり一瞬体を強張らせる、そして次の瞬間には諦めたように肩を落とし白状をした。


「では、この花壇を直しておくように」


 そう言って職員の先生は孤児院の中に子供達を連れ帰ってしまった。

 フリードはただ一人立ち尽くし片手サイズのスコップで土を戻し始め、その時目元から涙を浮かべた。


「どうして、どうして」


 泣きながら土を戻しているふ僕は一度彼と話した方がいいと、フリードに見つからぬよう孤児院にパンを置いてくる。

 職員の方に配給を頼むと、そのまま孤児院の花壇にいるフリードの元へ。

 

「どこいった?」


 しかし彼は何処にもいない。

 スコップは花壇から3メートル程の位置に投げ捨てられており足跡から孤児院の敷地外を出て外にいったようだ。

 そして僕は一つ気になった事を探すために指で音を鳴らし花壇に探知魔法を使用する。


「やっぱりな」


 僕はフリードを探すために職員さんに外に出るとの報告をしてから跡を追う。

 すぐ追ったはずだが中々見つからない。

 常に歩き回っているのか? 

 再び痛み始めた足に難癖付けながら探し回るが追いつけず日が暮れそうになるがようやくフリードの姿を見つける事ができた。

 ただ一人じゃない仮面を付けた女性と手を繋いで歩いているようだ。

 そして僕はその仮面の女性に見覚えがあった。


「フリード、何処行ってたんだよ」

「お兄ちゃん」


 僕を見てフリードは抱きついてきた。

 僕に抱きつくととフリードは泣き始めてしまった。

 彼の頭を撫でながらエレノアさんに向く。

 

「久しぶりですねロストくん」

「はい、久しぶりですねエレノアさん。フリードの事ありがとうございます」

「私は迷子の彼と一緒に歩いていただけで何もしていないですよ」

「それでもです」


 しっかりとエレノアさんに感謝を告げるため頭を下げる。

 謙遜するように手を振っていたエレノアさんを横目にフリードを一度僕から離し、膝を曲げ視線を合わせる。

 そして頭が冷静になったフリードに問いかけた。

 

「フリード、君は行けないことをしたね」


 その言葉を聞いてフリードは辛そうな、どうせ理解されないと顔を強張らせ横に向く。

 僕は口調を荒げずに淡々と言葉を投げかける。

 フリードは律儀な子だ。

 例え自分に取って都合が悪かったとしても言葉だけは返す。

 つまりちゃんと相手の言っている事を聞けるいい子なのだ。 


「何でレクトを楯にしたんだい」

「え、それは……ちょうど目の前にいたから」

 

 彼の目はそっち? と僕に問うてきているようだが本来気にしなくてはいけない事はこっちだ。

 正直孤児院の先生が一人でフリードに花壇を直させている理由はこの事だ。

 この行為は勇敢な思いも全てを台無しにする悪徳とも言ってもいい。


「どうして喋れないレクトを楯にしたんだい」

「!!」


 だが僕は怒っているわけではない、口調も落ち着いた語りかける事に注視したものだ。

 それに怒ることは僕の役割ではない。

 

 レクトは喋る事ができない。 

 つまり反論できない相手を狙って罪をなすりつけた、そう思われる行為だ。

 フリードに取ってはただ前にいたからそれだけの理由なのかもしれない。

 それにフリードの隠し事故の鬱憤が誰かに存在しない罪をなすりつけるという結果を生み出したのだ。

 フリードもレクトになすりつけた事その本当の意味に気付いたようだ。

 己のやらかした事の卑劣さにそしてすぐにその場を走り去ろうとする。

 その顔の位置は下に傾き感情だけで目的に向かおうとしている。


「ちょっと待った、迷子になるから一緒に帰ろう」

「わかった」


 飛び出そうとするフリードを抱き止める。

 そのまま僕は立ち上がり、フリードと手を繋いで孤児院に帰る。


「もしよければエレノアさんも一緒にどうですか?」

「では、私も一緒に」


 そして僕、フリード、エレノアさんの3人で孤児院へと歩き出す。

 帰り道フリードが僕に聞いてきた。


「お兄ちゃんは怒らないの僕が花壇を荒らしたって?」

「怒らないさ、そもそもフリードは荒らしてないからね、柄の悪い大人に口止めされたんでしょ」

「うん」


 柄の悪い大人、思い出されるのはノルディス商会の連中だ。

 昨日来た奴らで全員だとは思っていなかったがノルディス商会の面々よ、その程度のイタズラしか出来ないとは正直情けないとは思わんのか。

 怒りはある。

 だがそれ以上に呆れの気持ちが強くなってしまった。

 ともかく今は僕はフリードを褒めて上げよう。


「頑張ったねフリード、でもそんな時は大人にしっかり言うんだよ」

「信じてくれないよ、誰も」

「それはフリードが嘘をつき続けたからでしょ」

「うん」


 職員の方が言っていた。

 フリードはよく嘘をつく、でもそれは悪気というより人との付き合い方がわからないかららしい。

 下手すぎる付き合い方、彼以上に人付き合いが下手な僕だからこそできるアドバイスがあるかも知れない。


「ねぇ、フリード、信じて貰えないって辛かったでしょ」

「うん」


 フリードも本当はどうにかしたかったのだろう? 今の結果が満足ではないはずだ、その証拠に僕の手を強く握る。

 でも君は知らなければいけない、一度やってしまった事は付いてくる事を。

 そして君はまだ変われる。

 頭を下げ心から変わりたいと思えば君の失敗はまだ簡単にやり直せる。


「どうしたら信じて貰えるかわかる?」

「わかんない」

「まずはお手伝いから始めよう。職員さんのやっている事を手伝って自分を知ってもらう」

「手伝いすれば信じて貰えるの?」


 僕の顔を勢いよく見上げる、自分を変えたいとこの子は思っている。

 それなら大丈夫だ、子供は純粋だからすぐに思いは伝わる。


「フリードは嘘つき、そう思われているからすぐには無理かな?」

「なら無理じゃん」

「でも毎日やれば大丈夫かな」

「どれくらい、1月位?」

「最低一年かな」

「そんな……」

「でも頑張ればいい、まだ頑張れば君は取り返しがつく」

「本当に?」

「ああ、本当だ」


 僕はフリードの頭を左手で撫でる。

 彼の瞳は真っ直ぐ前を向いている、だから大丈夫君たちはまだ本番じゃない、練習の場に立っているだけだ。

 君が心を入れ替え行動したなら孤児院の先生たちがしっかりと見ていてくれる。

 孤児院の職員達も1ヶ月頑張っていれば変わろうとしていると認めてくれるだろう。

 でも僕が一年と言ったのは何かを取り戻す事、その本当の難しさを理解して貰うためだ。

 今は分からなくていい、将来振り返って思い出してくれれば御の字だ。


 そして僕たちは孤児院に帰ってきた、そしてそこには綺麗になった花壇がある。

 誰がやってくれたか僕にはすぐにわかった。

 門に近づくと人影が現れ僕に飛びついてくる。


「レクト、待っていてくれたの?」

「……」


 僕に抱きつきながらレクトは頭を激しく縦に振る。

 右手でレクトの頭を撫でそしてフリードから左手を離し彼の背中を軽く押す。

 フリードは背中を押され驚いていたようだが、すぐに意味を理解しレクトの前に立つ。


「レクトごめんなさい、君は何も悪いことしてないのに嘘を付いて君になすりつけた。本当にごめんなさい」

「……」


 頭を下げるフリード、でもレクトは言葉が喋れない罵倒も許しも与えることは出来ない。

 でもレクトが取った行動は。


「……」

「許してくれるの」


 レクトは左手をフリードに差し出し握手を求めた。

 意味も理由も簡単、それをみたフリードは急いで手を出し握手をする。


「ありがとう、レクト」

「……」


 泣き出してしまったフリードを見て、レクトはどうして良いか分からず僕を見て助けを求めてくる。

 そんな彼に僕はエレノアさんの手を取り走り出すような動きを見せ、孤児院の方を指差す。

 そしてレクトは一度頷き、フリードを引っ張って孤児院に戻っていった。


「レクトを取られちゃった」

「良いお兄さんですね」

「できてたら嬉しいよ」


 今まで様子を見ていたエレノアさんは教会を見つめる。


「今、聖女様はここにいないんですか?」

「クラリスさんって有名なんですか?」

「ええ、色々有名ですよあの人は」

「物騒な逸話が多そう」


 そんな僕の一言にエレノアさんの雰囲気が少し引き締まる。

 エレノアさんもクラリスさんを尊敬しているのか?

 それなら気分がよくない言い方をしてしまった。

 

「ええ、だから色々な人に尊敬されていますよ」

「そう……だから疲れちゃったのさ」

「で、いるんですか?」


 少し強引に聞きにくるエレノアさんに疑問を覚える。

 この強引さはに思い出されるのはタイロン先輩との会話だ。

 エレノアさんは僕を地獄に叩き付けるチケットを持っている。

 少々予言じみた言葉だ。

 ただフリードを助けてくれた恩義がある。


「今王都に行ったのでいませんよ」

「そうですか」

 

 そしてエレノアさんは僕から距離を一歩取り深々とお辞儀をする。


「ありがとうございます、それでは私はこれで」

「すいません、突き合わせてしまって」


 彼女は暗くなり始めた道を歩き帰っていった。

 声は変な所から出ているが彼女も女性、送って行った方が良いだろうとエレノアさんの姿が見えなくなってから考え出す遅すぎる思考。


「ま、考えても仕方ないか」


 孤児院に帰ろうと足を向けるその時背後から視線を感じる。

 敵意ではない、だからこそ振り返ってしまった。

 その視線の先には屋根の上から隠れてこちらを伺うエレノアさんが見える、そして。


「よろしくおねがいします」


 辛うじて聞き取れたそれが何故か僕に向けられたものの気がした。

 ただこのままエレノアさんの奇行を発見したという情報を与えるのは面白くない。

 首を振りわかりやすい演技をしてから孤児院の中にこんどこそ戻っていった。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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