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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
69/136

幸せと言う名の堕落


 闘技者になるかどうかに悩み一日を無駄にする。

 自主訓練に精こそ出すが、動けだせない自分にいい加減腹が立つ。

 有名な情報屋何人かと話しをしたがその手の裏の話しを得るには金以上に信頼がいる。

 情報屋も自分がその情報を売ったと密告されたら商売やってられない、情報や自らの命を守るためにやはり信頼とは欠かせぬものだ。

 それに仁義や同情で気を引こうとしても冒険者で事件を調査しているその程度では誰も動かない。

 動いてくれる人もいるかもしれないが、僕が拐われた子供達を探しているその事を知られるには知名度がいる。

 全ての手詰まり、その解決法が闘技者で成り上がれば解決するに帰結する。

 だから僕が今できる事は……。



「少し遅くなっちゃったけど売ってるかな?」


 時間はそろそろ13時。

 お昼すぎの時間帯。

 昼食がまだだと流石にお腹が減ってくる。

 今向かっているのは最近僕お気に入りのパン屋だ。

 人気のあるお店でいつも僕が店に向かうと行列が並んでいる。

 行列ができるその理由はこの出来立てのパンの匂い。

 このパン屋、店の立地としてよくわない。

 大通りから2つ通りを外れた場所にあり地元客だけが知っているお店という雰囲気だがこの店が焼くパンの匂いは大通りにいても嗅ぎ分けられる程に香ばしく興味そそられる。

 そんな匂いに釣れて一人また一人とパン屋へ初来店のお客様が現れる、それがこの店パン屋ピースに毎日行列ができる理由だ。

 そんな有名店だ。

 13時という行列が終わり争としては出遅れた僕に残されたパンは少ない。

 あるのは精々コッペパンやバケットとそして運良く残った惣菜パンたち。

 ここパン屋ピースはお店の人に商品を取って貰う形式だ。

 だからかまだ店内にはお客さんの列が残っていた。

 そして店の中に入った僕だが本来お客さんが入れない2階へと足を進め、事務所に入る。


「あ、お客さんちょっと待ってて下さい。店長の話しだともうすぐできるみたいなので」


 それだけ言うと事務所にいた店員さんは部屋を出て下に降りていった。

 事務所に一人取り残された僕は膝を曲げ、軽く腕を伸ばす所謂準備運動をし始める。


「ごめんなさい待たせてしまって、今下で包んでいるから」


 少しすると一人の女性が事務室の扉を開け現れた。

 彼女はミントさん。

 ここパン屋ピースの店長で所謂僕の協力者だ。

 彼女が部屋に現れるのを見てカバンから白い封筒を取り出し手渡す。


「ごめんね、ホントは無料でといいたい所なんだけど」

「いえいえ、そもそもほぼ材料費以外の値段は含めない格安価格なんですから、そこまで気にしなくてもいいですよ。それにいつも出来立てだし」

「私からしたら最高の恩返しをさせて貰ってるので……お金を貰って恩も返せる。本当はタダで持ってってくれと言えれば良いんですが流石に毎日だと私もきつくて。パンの焼き立てを渡すくらいしないと恩返しの部分が少ないのでやらせて下さい」


 腕の裾を捲りぐっと腕を曲げ僕に力瘤を見せたいようだが生憎僕の目には確認出来ない。

 そんな可愛らしいミントさんに感謝を述べていると下の階から人が登ってくる音がする。

 その足音が聞こえるほどに僕は緊張感を増し、深く深呼吸をする。

 

「すいませんお待たせしました」


 その袋を店員さんから奪い取るように両手いっぱいに受取、事務所の窓から外に飛び出した。

 宙を蹴り、そのまま住宅の屋根に飛び降りると走り出す。


 ここからは家同士の距離が近いため細かい段差こそあるが助走が必要な隙間という大きな障害物はない。

 レガリアも使って現在走っているが残念ながら全力とは言えない。

 理由の1つに荷物を両腕で持っているというのもある。

 しかし本当の理由は僕が探知魔法を現在連続使用できない事だ。

 僕の探知魔法、いや代償魔法には前もっての準備がいる。

 探知魔法は振動、波が必要だ。

 雷を使う魔法だって体内の信号を強化し電気として扱っているだけ。

 そしてクレアさんと戦った機会の化け物あの時の戦闘で僕が普段首に身に着け戦っている鈴の魔道具が砕けてしまった。

 何度か市場にある道具屋を覗いたが見つからなかった為王都に戻るまでは探知魔法を今まで通りに使うことは出来ない。

 足が屋根を踏みしめる、その時に生まれた振動から探知魔法が使えるくらいだ。

 その程度の発動頻度とタイミングで仮に全力で走ったとしても、足場の情報が足りなさすぎて正しい踏み込みができない。

 恐らく今よりも速度こそ上がるが小回りが利かず、目的地への到着時間では大きく遅れてしまうだろう。

 全力が出せない、確かに辛いがこれも鍛錬。

 目だけじゃない、足の裏で踏みしめる感触を頼りに走り出す。

 そして目的地である教会が見えた。

 地面までの高低差が約3メートル。

 減速はしない、屋根から勢いを残したまま飛び降りる。

 角度のみ宙を蹴り整えるとそのまま着地、その際に肩や腕、足腰に膝を使い落下の衝撃を荷物に影響を与えないように逃がし切る。


「……」

「やぁ、レクト待っててくれたの?」


 教会に着くと5歳の小さな黒髪の少年が僕を出迎えてそして先程の着地を見て小さな拍手をした。

 人の心は移ろいやすいとはよく言うが、その究極型が子供だ。

 黒髪の少年、レクトは僕に飛びかかると自身の脇から絵本を取り出し僕に突き出す。

 読めというのだろう、別に構わないが先にすることがある。

 

「待ってて、パンを配り終わってからね」

「……」

「片方持ってくれるの? レクトにはまだ無理かな、代わりに扉を開けてくれない」


 僕の左腕を引っ張り意思を表すレクトに紙袋の事を聞くと大きく首を縦に振った。

 でもレクトにはまだこの紙袋を持つには重いと思った為、両腕が塞がっている僕の代わりに扉を開けるようにお願いする。

 すると嬉しそうに顔を何回も縦に振り僕を置いて教会の扉に走っていく。

 

「……」

「ああ、今いくよ」


 待ちきれないのか、飛び跳ね始めたレクトを見て僕は小走りで教会の扉の中に入った。

 

「兄ちゃんだ」

「本読んでよ」


 教会の中に入ると大勢の子供たちが僕に寄ってきた。

 各々の活気溢れる力強さに服を掴まれ揺すられ、それを宥め教会の一室を借りパンをそれぞれ2つずつ子供達に配る。

 みなパンを食べ大人しくなている間にレクトから本を受け取り椅子に座り、本を開く。

 物語を読み聞かせているとパンを食べ終わった少年少女達が少し寂れた座布団を後ろから取ってきてそれぞれ自分で敷きそこに座る。

 皆座布団に座ったのを確認した後僕はレクトから受け取った本をもう一度最初から読み直した。

 

 これが今の僕の出した答え。

 子供が攫われる事件が起きている。

 なら子供が多い場所で彼らが拐われないように守ればいい。

 あまりに無計画で無意味、しかし最近忙しかった僕に取ってゆっくり腰を落ち着ける事ができた貴重な機会なのは間違いない。



 本を読み終わった時起きている子は意外にに多い。

 今日は童話のため3分の2以上が最後まで起きているが、もしこれが英雄譚とかになるとほぼ全員起きており逆に恋愛系だと半分が寝てしまう。

 この数の推移は男の子が関係しており彼らの興味次第で最後まで起きている人数の比率が変わる。

 ちなみに女の子はどの話でも最後まで聞いており体力の少ない子でなければ寝てしまう事はない。

 

「起きて、外で遊ぶ時間だよ」

「ホント!!」


 眠っている男の子を一人一人肩を優しく揺すり起こす。

 外で遊ぶと一人が叫べば連鎖的に男の子は飛び上がり皆外に走り去っていく。

 

 そんな彼らを見て僕はただ喜びを感じていた。

 僕も孤児院出身だったが友人はいなかった。

 一人で隅に座り込むと、ずっと動かず前を眺めているだけ。

 そんな僕を皆不気味がり近寄ろうとしなかった。

 自業自得、そんな言葉を思い浮かべるだろうけど僕だって怖かったんだ。

 自分で昔いた街を飛び出しアンタレスにやってきた。

 その時は他人を信じる心なんてものはない。

 街の人達と同じ様に僕を見ている、信用出来ないし仲良くなんかしたくない。

 そんな風に意固地になっていた。

 過去の自分を知っているから子供達が互いに手を取り仲良くしている。

 そんな光景に自分ができたら良かったという後悔を重ねてしまう。

 でもこの後悔は悪い意味じゃない。

 未来ある子供達が僕がしてしまった後悔をしていない。

 これほど素晴らしいことはないじゃないか。

 

「お兄ちゃん、何をぼっとしてるの?」


 そんな元気な男の子声。

 しかし本来ここにいないであろう人物の声で現実に引き戻される。


「まだ、ここに来ていたのかロスト、悪いがまだ情報はない」


 最近なんども俺の様子を聞きに来る男、騎士団に所属しているエルヴィンさんの声が俺を現実に引き戻す。

 先程までのにぎやかな子供たちは姿を消し、また綺麗な教会の一室の天井は所々焦げ落ち空が見える。

 時間も先程はお昼すぎの14時頃のはずが今は月が出ている。

 

 そう先程の声は全て過去、一週間以上前の光景だ。

 そして明後日僕は闘技者としてデビューする。

 様々な人が希望や夢を託し、背負う場所。

 そこを荒らすようにただアンタレスの地位と功績を求める俺が踏みにじる。

 気が引けないといったら嘘になるがもう選択肢はない。

 己の未熟が招いた事、子供達を奪われ廃墟となったこの教会こそが罪の証。

 エルヴィンさんがここに来て僕をよく気遣うようになったのはその子供を攫った首謀者の中にエレノアがいたからだ。

 最近の僕は温かったのかも知れない、だからみすみす奪われた。

 体なあちこちで痛む火傷、しかしその痛みだけが今俺の正気を辛うじて保たせてくれる。


「まずは自分の出来ることをしろ、お前が名を売れば売るほど俺たちはここアンタレスでの行動に信頼を勝ち取れるんだ」

「ああ、わかった、今日は帰って寝る」

「自分を責めすぎるなよ」

「無理だよ、でも馬鹿な真似はしない」


 エルヴィンさんに片手を上げ了承を伝えるととそのまま教会を去る。

 もう開ける必要の失くなった教会の扉の隅にレクトの影が写る。

 拳を強く握りしめ、口の中で内頬を噛み切り血の味が広がる。

 血を飲み込む気がおきずそのまま口から唾と共に吐き出し僕は屋根に移った。



 ここは旧市街、闘技場周辺に比べ人の目が少ない。

 だからなのか夜屋根の上で縄張り争いがよく起こる、だが丁度いい実践経験を少しでも積むためには。

 戦闘をしている一方の集団ノルディス商会の連中の中に見覚えがある。

 スピードを上げノルディス商会めがけ音もなく一陣の風となって突撃してた。。

 


「へへ、おいコイツらレイナードの」


 ノルディス商会の一味の一人。

 5対2で数の有利を取っているからか声を大きく上げ戦闘意識を解いている。

 そんな男の丹田を何も言わずに鞘で突きあまりの痛さに男は呼吸困難を起こす。

 

 その光景を見て戦いの場は一瞬止まる。

 このガキはなんだ? どこから来た。

 敵なのか味方なのかそんな考えは俺には必要ない。

 二人目に急速接近し相変わらず剣を抜かず振り、男の足首を砕く。

 動けなくなった男は放置し3人目、速度をさらに上げレグルス先生が見たらブチギレるだろう精細さを欠いた足運びで距離を詰める。

 しかしいい意味で荒れていたのだろう。

 3人目の間合いに入る直前でバックステップ。

 男はフェイントに引っかかり剣を振り切る、そして開いてしまった体で隙を晒した。

 その隙を逃さずに男の頭部を剣で強打、意識を失って屋根の上に寝転がる。

 4人目は俺に怯え体が動かないようで間合いに入り顎を砕く。

 5人目は右側の肋骨を砕くと膝を付いた。

 下がった頭を蹴り上げると男仰向けに倒れる。

 仰向けになった男に馬の乗りをになり男の胸その中心部分に鞘を押し付け全体重を乗せて突く。

 くぐもった声、苦しそうに泡を吐いた男を放っておき、足首を砕かれ動けずにいる男の元に向かう。


「な、何をする。俺達が何を」

「……」

「お、おいやめろ」


 足首を砕いた男の首を掴み屋根の端に引きずる。

 それを止めたのはノルディス商会と敵対していたレイなんとかだった。

 だが聞く耳を持つ必要はない。

 そのまま屋根の上から足首を砕いた男、その半身を屋根から下に吊るす。

 俺が手を離せばそのまま屋根の上から落下、地面に叩き付けれれるのは想像出来ただろう。

 息を粗く激しく、懇願するように言葉を並べる。


「俺が何をした。はぁはぁ、いや済まない悪かった謝るからやめてくれ。いや違うわかったノルディス商会に入りたいんだろう? 俺の言伝で入れてやる」

「何を的はずれな事を言っている。お前は見せしめだ。これからお前ら一人残らず関係組織全て吊し上げてやる。だが俺の欲しい物をくれればお前の今の境遇だけは考え直そう。では聞こう最後に1つ、俺に言いたいことは?」

「や、やめてくれ、金も払う、スパイもしろと言われたらするだから、だからさ」

「さようなら」


 足首を砕かれ、着地も満足に出来ないであろう男を屋根の上から下に落とした。

 グチャという何かが潰れた音。

 殺しはしていない。

 たかだが4メートル、それにレガリアを使い身体能力が上がっている男だ。

 俺と違って死ぬことはないだろう。

 全治半年って所だがもう心は駄目だろうな。

 精々足を洗平穏に暮らして行け。


「おい、大丈夫か、急げこいつ内臓が破裂してるぞ」

「マジか、俺が回復魔法を掛けりからお前は背負え、慎重に慎重にだぞ」


 人数差で殺されそうだったノルディス商会の敵対者レイなんちゃらの二人が何故か救命活動をしているがもうここにいる必要は俺にはない。

 俺がレイなんちゃらの二人に目を向けると、二人組は救護活動を止め怯え始める。

 別に無差別に攻撃をして回るほど馬鹿じゃない、手を振り行動の許可を与えてやると二人はそのまま救護活動を続けていた。

 それよりも今は自分の情けなさに反吐が出る。


「だめだ、甘すぎる」


 ノルディス商会相手の大立ち回り。

 僅か3秒の瞬殺劇、しかし俺の心に奢りはなく存在するのは焦りのみ。

 俺の体を覆う鉄分を多く含んだ血のような赤黒いオーラはそのまま足元に流れ霧散する。

 シズカやルシアさん達が使っていた体から発せられ纏い続けるものとは違う。

  

 気功術を併用しなければ使えないファトゥス流2大奥義の1つ修羅。

 だが残念ながら不完全。

 闘技場でのデビュー戦は後明日。

 明日間に合うとは俺も思ってはいない。

 しかししかしだ、これから俺は勝ち続けなければならない。

 明日は駄目でも明後日、それが駄目ならその次。

 絶対に必要な技だ。

 

「修羅を早く完成させないと」


 俺は思い出す、あの苦く灼熱のような肌を焼くその経緯を。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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