最強の賭博師は誰だ
「俺も悪いとは思ってるんだ」
そう胡散臭い男代表のタイロン先輩は、僕が借りている宿屋の一室その椅子に座って言った。
先程部屋を出ていったが10分後気まずそうにまた戻ってきた。
シリウスにいた頃、僕とタイロン先輩そしてベンさんは仲が良かった。
いやベンさんは監視役だったのだろう、ともかく僕ら3人の中で謝罪をしなければいけないような物事を起こしたのならばその分の埋め合わせは必ずするという約束があった。
僕は子供のため金銭に絡むような埋め合わせはさせて貰ってないが二人とも何故かお酌ばかりを要求するのでシリウスの酒を置いている店は10歳にして軒並み顔なじみとなってしまった。
「なら、先輩は何を僕にしてくれるの?」
「ああ、俺の言う通りにすればロストを闘技者にしてやる」
「できるの?」
「ああ、といってもお前にも頑張ってもらうが」
*
「で、ここですか」
宿屋でクレアさんと合流した後僕たちは先輩に連れられ大通りを直進人の多い方向へとひたすらに向かっていく。
屋台を通り過ぎる其の都度立ち止まりそうなクレアさんの背中を押しながら僕らは目的地である、アンタレス大闘技場に向かった。
クレアさんは先輩を睨み2メートル以内に近寄らないようにしていた。
元来敵を作りやすい先輩だがそれよりもクレアさん態度が普段と異なっている。
彼女はあくまで他人に気付かれぬように距離を取る。
敵意なども同様だ。
しかしこのあからさまに出すこの態度、考えられるとすればエレノアさんに何かを聞いたか?
二人きりの時に話を聞いてみようと心に留めておく。
「悪いな俺は少し用事を済ませてくる」
そういってタイロン先輩は闘技場前に僕らを置きその場を去っていた。
「はぁ、あの人は」
「それにしてもどうやって作ったんでしょうかこれ?」
呆れる僕と対象的にクレアさんはむしろタイロン先輩が居なくなって精々するといった顔をしていたがそれもすぐに目の前の建物、アンタレス大闘技場の衝撃に呑み込まれた。
首の可動域限界まで上をただ感嘆を表す。
アンタレス大闘技場だが本当にデカい。
首を直角に上げないと建物の天辺が見上げられない程の高さ。
そもそもアンタレスのどの場所からでも見れるほどシンボルだ、大きくなくては困るか。
闘技場の中に入るには大勢の人々が連なる長蛇の列の最後尾、闘技場をぐるりと回って反対側までいかねばならない。
「凄い列ですね」
「本当にね、飲み物買ってから並ぼうか。今日は少し暑いし水分不足で体調崩すなんてばからしいからね」
「そうしましょう」
手の平を合わせ僕に賛同したクレアさんと共に屋台を探し始める。
長蛇の列を横目に待ち時間を想像し僕らは慄きながら屋台を探す、が少々僕の読みが甘かった。
「ここもか……」
「失礼だけど、私もういいかなって」
予想すべきだった。
どこの屋台も大闘技場に近いという理由なだけでこんなに混んでいるとは。
確実に30分前後の待たされるレベルの列がどこの屋台でも生み出されていた。
なら少し遠い場所で買って戻ってきた方が早い。
「ただタイロン先輩が戻ってくるまでできるだけここを離れたくないな」
「いっそのこと、帰りますか?」
「そういうわけにもいかないから」
タイロン先輩その人物の名を出すと露骨に嫌な顔をするクレアさん宥めつつ、それから20分後くらいに彼は一人の人物を連れてやってきた。
「お、いたいた。待たせて悪かったな」
そのスタッフは僕の前に立つと観察するように厳しい目を向ける。
「昔に比べると雰囲気が変わりましたね」
「人は変わるものだろ」
「確かに、面影ありますし……タイロン様貴方の話に乗りましょうロスト様とお仲間様ご案内します」
人混みを馴れた様子で突き進むスタッフに置いていかれぬように僕らも後を追う、そして従業員用の出入り口からそのまま中に入れてもらう。
「何か悪いことしてるみたい」
「じゃあ嬢ちゃん列に並ぶかい」
「今回だけ、今回だけですから」
従業員専用の出入り口に入る際に長蛇の列を横切る。
それを見て罪悪感をクレアさんは感じたようだが先輩の一言で長蛇の列を並ぶ事を想像したのだろう顔を青くしていた。
静かな場とは裏腹にスタッフに連れられた場所は大変賑やかな場所だった。
「カジノか」
「はい、ロスト様以外の方達はここでお遊び下さいロスト様は準備ができ次第お呼びします。それでは」
カジノにはスロット、カード、ルーレットなどのメジャーどころが隙なく揃えられている。
また実際にお金を賭けるだけでなくコインという物に交換し遊ぶ事も出来るらしい。
こちらはお金を増やす大人の遊びでなくあくまでゲームを楽しむための物であり換金こそ出来ないがその分増やしやすくなっている。
「で、先輩僕は何をやらされるの?」
「わかってるだろ。ただで何かを得られる方が物事怖いってほろ嬢ちゃんも」
「……ありがとうございます」
僕とクレアさんは先輩から1万ルドの軍資金を渡されそれぞれ解散となった。
流石のクレアさんもお金を手渡されては敵意を発しづらいらしく口を歪め何とも言えない顔をしていた。
ちなみにぼくは。
「どうしたんですかロスト?」
「全部すっちゃった」
10分ほどで軍資金を使い切ってしまい暇なので周囲を回っていると人集りにいるクレアさんを見つけた。
彼女はルーレットで2連続単品賭けで当たりを引いたらしく、軍資金の1万ルドを10倍以上にしている。
「ずるしてないよね魔眼使ったとか?」
「してないですよ。偶々、偶々ですよ。あ、また当たった」
「本当に!! してないよね」
あまりの引きの良さに少し眼力を強めクレアさんに詰め寄る。
彼女の様子からおそらくであるが魔眼は使っていないだろうと感じ僕は一安心した。
僕自身負け惜しみで言っているのではない。
そりゃぁ探知魔法を使えば僕もボロ勝ち位はできるし……多分。
探知魔法は隠密性も優れているからバレることも決してない。
でもそれはフェアじゃないし、何故か面子との瀬戸際で悩んでいる僕の隣でクレアさんはまたルーレットの単発を当てていた、これで4連続だ。
クレアさんの喜びよりも困惑気味な表情を見て1度指パッチンを行う。
「よし、やるか」
「駄目だからな」
どこからか現れた先輩に肩を捕まれる。
いいじゃんか、こんどは自腹なんだから。
*
それからスロット、カードですらもボロ勝ちをするクレアさんを怪しい目で監視を続けていると。
「ロストも遊んで来て下さい」
「やった」
僕の視線に耐えられなかったのか追加の軍資金3万ルドを貰い、それを15分で溶かしきった後遂にその時は来た。
「ロスト様、こちらに」
僕は一人の男性スタッフに呼ばれ、そのまま赤いカーペットが敷かれた道を進む。
道を少し進むと歓声のような音が地鳴らしの如く聞こえる。
そこで僕がこれから闘技者達が戦うアリーナに連れられている事を理解した。
そして何となくだが話が読めた。
勝ち取れて言うわけだね先輩、僕が闘技者に成るためにはその地位をお金で買えと。
ここ大闘技場では闘技者達の勝敗を予測する賭けも存在する。
昔僕が大闘技場を出禁になった理由がここの勝敗を予想する賭け事でボロ儲けした事が理由だ。
「特別なVIP席です。支配人はこれから気ますでそれでは。」
「え」
「では失礼します」
そのまま何も言わずにここまで連れてきてくれたスタッフさんは部屋を出ていってしまう、
「あの、僕掛け金とかさっき全部溶かしちゃって」
誰今ない部屋でそう情けなく戸惑う。
5分後少し落ち着いた頭で現状を整理する。
この部屋には僕しかいない。
部屋にはVIPルームに本来居るはずのホールスタッフや賭け事を受け付ける機械も何も無い。
精々上げるとすればこの椅子のクッションが凄いいいものだくらい。
ただ本当に話し合いだけか。
お偉いさんと話し合う深い知識なんて持っていない。
となると支配人って方が僕と話したいこと……思い当たる事が1つある。
「師匠のことか?」
元々ここの支配人と師匠は知り合いだ。
その時の縁もあって師匠とテオ兄さんそして僕の3人でここアンタレスに昔旅行に来た。
そういう意味では確かに支配人さんと会ったことはあるのだろう。
何故あるのだろうかというと、僕は師匠が死ぬ前以前の記憶が結構希薄だ。
テオ兄さんは頭をぶつけただけだからそのうち治ると言っていたが、残念ながら今も治ってはいない。
「どうしようか本当に」
覚えていない人間の趣味嗜好を理解して会話し尚且つ闘技者になるための口添えをさせる。
そんな高度な会話術僕は持っていない。
このまま考え込んでもしょうがないと下のアリーナに目を向ける。
VIPルームはアリーナを一望出来るように作られているだからこそ試合がよく見える。
暇つぶしにアリーナに目を向けるとその迫力に度肝を抜かれる。
選手だけじゃない、観客の盛り上がりすら見えるその光景。
音こそ防がれ感じ取れないが正直お偉いさんどうしの秘密の会談で済ませるには惜しい部屋だ。
「ふふ、楽しんでくれて私達も嬉しいです」
「す、すいません気付かなくて」
「いえいえ、ここの部屋を楽しんでくれるお客様は少ないので嬉しいですよ」
下のアリーナに夢中だった僕はこの白いヒゲを携えた初老の男性が部屋に入ってきた事には気付かなかった。
頭を下げ、覗くように男性の顔を見つめる。
背筋が綺麗に伸びた温和な雰囲気の男性だが確かに見覚えがある。
名前はそう……。
「ハイドラさん、で会ってますか?」
「はい、お久しぶりですね。正直あなたが7才の時の話しですかた忘れられててもしょうがないと思っていましたよ」
「はは、忘れるなんてとんでもない」
顔を見て思い出したとは口を避けても言えない。
早くなる心臓を隠しつつ、本題に入る。
「あの話しっ……」
「もしよければこの試合を見終わってから話しませんか? この試合のカードそこそこ注目度が高いんですよ」
「えっとはい。喜んで」
今の僕の心境としてはタジタジだ。
それを少しでも抑え冷静になるためにこの話しを乗るのは悪くない。
それにこの支配人は闘技場をとても深く愛しているような気がする。
なら乗っておくほうがいいのか?
そんな打算だらけの思考で支配人の話しに乗ったが、支配人は僕の了承を聞き嬉しそうにアリーナを一望できる窓に向かって歩みだす。
そして僕の横に立つと今の試合そのカードを説明してくれた。
「この試合はアリサ・エルベール対ドワイト・ウェイカーの試合です」
アリーナの光景を簡単に表すと、小人と巨人の戦いに見えた。
アリサと紹介された銀髪の少女は身長としては140後半、ドワイトという男性は3メートル近い巨体だ。
ほぼ身長差が2倍でありまたドワイトは全身鎧のような筋肉をしている。
体格面では明らかにアリサという少女に勝ち目はない。
「どちらが勝つと思いますか?」
「アリサって子だと思います。別に殴り合いの試合をするわけではないですよね」
「やはり怒ってます?」
「何故ですか?」
「あなたはそういう人だからですよ」
「?」
確かに僕は今機嫌が悪い。
別に支配人が嫌いだとはではない。
ただ……。
「さて始まりますよ」
大きな鐘の音が鳴り響く。
ただこの部屋は防音なはず、聞こえるのはおかしいと支配人を見つめると何やら手にスイッチのようなものを持っていた。
それをあえて口に出さずに、意識はアリーナで行なわれている試合に向ける。
ドワイトは斧を両手で持ち大きく振り上げ下に打ち付ける。
その衝撃はアリーナだけではない。
結界が張られている観客席の最前列の住民の一部が吹き飛ばされそうになっている程だ。
本来ならその風圧でアリサという少女は動けないでいるはずだが何事もなかったかのように彼女はドワイトの右足に近づき剣を振るう。
その一振りを巨体に見合わぬ身軽さで躱し、再びアリサという少女に向けて今度は横軸の攻撃を斧で行う。
アリサの迎撃手段は簡単だ。
彼女は腰に刺してあるもう一本の剣を取り出し双剣に。
そして2本の剣にそれぞれ炎と氷の力を宿らせ剣を束ねるように両手で握るとドワイトの振るう斧に対して真正面からぶつけた。
結果は明白だ。
ドワイトの斧は砕け、大きく振り抜いた形の彼に向けてアリサは一気に距離を詰める。
股を抜け彼の背後に回り込むと背中を足場に一息で昇りきる。
そしてドワイトの首めがけて剣を振るった。
血は出ていない。
これは闘技場内の特別な結界が理由だ。
試合中はどんなに深い傷を負っても死なない、ただ実際に斬られたなどすれば腕は消え戦闘中に不利になったり、血を流しすぎれば敗北になる。
結界の内容自体は明かされていないため詳しい効果は知らないがリアルな戦いを楽しめるこれが闘技者の試合だ。
「おめでとうございます」
「順当な結果だと思いますけどね」
あのドワイトという男性は自分に合った武器を使っていない。
斧の重量配分にもう少し凝れば間違いなくあの振り下ろしはさらに早くなるし。
もう少し武器の握り部分を自身の手の平と合わせれば、武器そのものの無駄な揺れを制御すれば攻撃後の隙を間違いなく減らせる。
そうすればアリサという闘技者の最後の突撃、それへの対処は間違いなくできた。
「さて本題です。といっても私は今回あなたにある事実を伝えるだけですが」
支配人はそういって僕を見る。
そして彼が言った一言に僕は固まるしかなかった。
だがもう一つ今回わかった事は支配人への僕に対する感情だ。
衝撃と一言その一瞬だが確かに支配人ハイドラは僕の事を憐れんでいた。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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