アンタレスでの僕の今後
少し腰を下ろした僕はあるものを目にする。
「クレアさん?」
彼女は体を自分の手で抱きしめ動かない。
不審に思った僕は直ぐに起き上がり彼女に駆け寄る。
クレアさんは遠くから見てもわかるくらいに肺を強くそして大きく動かし何とか呼吸をしていた。
僕は彼女の呼吸が楽になるよう、体を横向きにし背中を擦る。
「触らないで」
彼女から帰ってきた言葉それは拒絶だ、理由は簡単にわかる箇所に出ていた。
今見える場所は顔だが、服に隠されているが体のあらゆる場所に出ているだろう。
クレアさんの顔にはタトゥーのような黒い痣が生まれていた。
その痣の正体に僕は気づきながらも、彼女の背中を擦る。
少し呼吸が落ち着いた? いや彼女自身の体の準備ができたのだろう。
クレアさんは呼吸を落ち着かせる為胸に手を当て荒れる息を深呼吸の要領で押さえている。
「何をすればいいですかクレアさん?」
「え……、レガリアを取ってきてください」
「わかりました」
クレアさんをその場に寝かせ僕は探知魔法を使うため左足で思いっきり床を踏みつける。
彼女のレガリアが左奥で倒れている黒服の胸ポケットにある事を確認し急いで取りに行く。
黒服の胸ポケットにあるレガリアを奪い返しクレアさんに渡すと今度こそ彼女の呼吸は少し落ち着き始めた。
今さら気付いたが彼女は呼吸が出来ないだけではなかった。
目は血走り目に映るもの全てを憎悪しているそんな感情が読み取れる瞳、本能とは違う衝動がクレアさんに宿っている。
「すいません、さっきは」
「クレアさん、あなた原罪持ちですね」
「……はい」
クレアさんはレガリアを両手で握り胸で抱えるように蹲っていたが呼吸が落ち着きを取り戻した頃には目の中に宿っていた憎悪は消え落ち着いた受け答えが出来るようになる。
僕は擦っていた背中から手を離し彼女に原罪持ちかどうかを聞いた。
クレアさんの顔は見えないが体を震わせながら僕に答えてくれた。
僕も初めて見た事例だが原罪は人にも宿るみたいだ。
そんな事よりも僕は彼女に感謝を述べたい。
彼女にとってこの事実を打ち明けるのは怖いだろう。
呪われていると自ら認めたようなものなのだから普通の人はクレアさんを見て自分も呪われるのではないかと忌避するだろう。
そんな事実を真正面から認め他人に話せるのは凄いと思う。
それより気にしなければいけないのはこの痣、彼女を原罪持ちである事を証明をしているこの痣をどう鎮めるかだ。
こちらは希望がある。
そもそも隠せていたものだ、何かの条件を満たせば再び隠せるだろう。
「えっとその痣はいつ消えるんですか?」
「今日いや明日の早朝くらいに遅くても……え」
彼女は上体を起こしながらそういった。
そしてクレアさんの一言で明日の朝までに隠せば大丈夫とお墨付きをいただけたのなら宿屋で寝ていれば事態は解決する。
後は屋根伝いにでも移動すれば人の目を避けれるか?
「あ、あの」
彼女の顔は不安よりも疑念の顔を向けてくる。
怖くないの?
そんな心の声が聞こえてくるようだ。
僕は自身の来ていたジャケットを脱ぎながら本心を伝える。
「僕は別に怖くないので大丈夫です、今からクレアさんを連れて宿屋に向かいます。顔を隠せる物……僕の上着でいいか。とにかく静かにしていて下さい」
「は、はい」
自分の上着を脱ぎクレアさんの顔に被せる。
少し汗臭いかも知れないが許してほしい。
彼女を背負、自分の疲れた足に今日はこれで最後と念を込め両手で膝を叩く。
そして天井に大きく空いた屋根から屋敷の外に飛び出し再び住宅街の屋根を飛び回る。
原罪を持っている人をクレアさんには怖くないと言ったが恐怖が完全にないとは言い切れない。
僕は原罪持ちのゴブリンに一度殺されかけている。
あの時はなんとかなったが腹を貫かれた恐怖は今も残っている。
でも原罪持ちへの恐怖なんてものは人々が感じている忌避感よりも僕の場合圧倒的な実力差からくる絶望感あの時のトラウマ以外存在しない。
それにあの日あの時僕が必要以上に心の余裕を失くしていたのは相手がゴブリンだったからだ。
ゴブリンには絶対に勝てる、そんな最後の自己肯定感を否定されたくなかったからだ。
所詮その程度、それに忌み子と言われてきた僕からしたら同族のような親近感すら持てる。
そして彼女を見捨てない理由は簡単だ、苦しんでいる人を見捨てたら子供たちに胸を張れないだろう。
「クレアさん、揺れは大丈夫?」
「ありがとう」
彼女はそれ以降喋ることはない。
病人を運んでいる意識で振動を押さえる事に全力で集中する。
もう鈴はない、屋根を蹴る程度の頻度で探知魔法を使っても足元の把握には少々情報不足だ。
スピードは中々出せないが、僕が走るたびに生まれる振動がちょうど心地よいリズムになったのだろう。
クレアさんは僕の背中で寝てしまった。
突如誘拐されたストレス、僕が追い付く前に戦闘が始まっていた事も考えると隙を見て自力で抜け出し対処しようとしていたのだろう。
未来視の魔眼を持っているとは言え外したら終わりの機械の化け物との戦い、その全ての緊張感がどっときてしまったら彼女が寝てしまうのも無理はないだろう。
寝ているクレアさんを起こさないよう慎重に屋根を走っているとようやく見えてきた。
僕らが今日取った宿屋ハナダイが。
裏路地で一旦屋根から降り通りへ出る時間を最低限にそれから宿屋に入った。
「おかえりなさいませ、おや、お連れさんはだれですか?」
気の良さそうな白ひげのおじさんが宿屋の中で迎えてくれた。
お店側からしても犯罪に巻き込まれるのはゴメンだ。
お客以外のアンタレス風に言うならお持ち帰りをした女性の入店を拒否する宿屋も多い。
僕が背負っているクレアさんが顔を隠しているのも不信感をいだいた原因でもあるだろう。
冒険者でもない一般人ならクレアさんの痣を見られても危険よりの……大丈夫かもしれないが地元民でもない僕では何処に何が潜んでいるかわからない。
他都市でバレたら終わりレベルの事実を人目が少ないとはいえ宿屋のロビーという開けた場所で晒したくない。
「すいません、ここで一緒に宿を取っていた仲間が酒場の匂いだけ酔っちゃったんですよ。田舎者でお酒に触れる機会がなかったからかな?」
「そのお仲間の名前を聞いても?」
「クレア・プロビデンスです。空色髪の女の子」
上着を僅かにめくり彼女の髪をのみを受付のおじさんに見せる。
受付のおじさんはクレアさんが被っている上着を取り顔を確認しようと手を掛けようとしていたがその先手を取った。
自分の伝えたくない情報があるなら自分から見せたいものを見せる。
疑われている時は逆効果になることもあるが今回は軽い確認だけ。
そもそもアンタレスの宿屋なら酒場で酔い潰れるということはよくある。
そして受付のおじさんは上着に掛けた手を一度引っ込め、受付の机に置いてある帳簿を見つめる。
1枚2枚とページを捲り、その度のペラという音がどうにも心臓に圧を掛ける。
今までのは上手くいく根拠は自分に言い聞かせ不安を和らげているだけというのが本音だ。
あと追加できる僕が子供という点か。
誰も見ていないところならおそらく僕は祈っていただろう。
そんな汗が張り付く時間も終わりを告げる。
「どうしたのおじさん? あ、さっきの綺麗な子だ。どうしたの?」
「ああ、酒場の空気で酔っちゃったらしくて」
「美少女にも弱点、男としてどうなの?」
「まぁ……どうなんでしょう?」
「私に聞くな」
クレアさんの目を引く容姿が功を奏し彼女を覚えてくれていた宿屋の従業員が来てくれた。
それを聞いてか受付をしていたおじさんは少し申し訳なさそうに眉を下げる。
「すまない。アンタレスは今年最大の活動時期でな人が多く入る時期だからか犯罪も活性化するんだ。それに最近犯罪に使われた宿屋などの主人にも罰金や刑罰が与えられるようになって俺たちもピリピリしてるんだ」
「大変ですね。すいません彼女を部屋まで運ぶので彼女の借りている部屋の鍵を貰ってもいいですか?」
「ああ、それくらいなら皆やってるから気にすんな」
「では失礼します」
僕らの部屋は2階だ。
おじさんから鍵を貰い平静を保つようにゆっくりと一歩一歩どうしても意識しながら階段を登ってしまう。
ここの宿は外に出る際に鍵を持ち出せない。
外に出る時受付に鍵を渡し中に戻った時に鍵貰う、そういう形式だ。
ようやくクレアさんの部屋に着くと一度彼女を軽く背負い直し鍵を使いドアを開けるとゆっくりと部屋に入る。
あくまで自然に隠したいものがあるとは感づかれないように。
部屋に入るとまずカーテンを閉めてからクレアさんを布団に起き、肩まで掛け布団を被せる。
そしてようやく僕は椅子に座り息を大きく吐いた。
今の時間は夜だ。
宿屋の授業員も火事でも起こらなければクレアさんの部屋に来ることはないだろう。
過保護であるかもしれないけどクレアさんの事が少々心配だ。
僕の借りている部屋は丁度隣、一応朝まで寝ずに備えておけば大丈夫だろう。
クレアさんの部屋から出るのが遅いと下の宿屋の人達にいらぬ心配を掛けるだろうと考え一度挨拶に向かう事を決めた。
彼女の部屋のドアノブを掴み押す。
外に出た瞬間何者かに見られているような視線を感じる。
下卑た視線だ。
人の何かを覗き見ようとする目、クレアさんの事情がバレた?
だが原罪持ちの情報なんて持ち帰って相手はどうするんだ?
使い道があるとすれば裏社会で奴隷に落とし競売に掛ける。
その時に原罪持ちの人間という希少価値を利用し高値で売るか?
どちらにしても情報を持ち逃げされることはクレアさんに取っていいことは何一つない。
他人を不幸にする奴ならいっそのこと。
視線の先に目をやる、どんな奴でも来いと心の中で決め筒から剣を取り出そうとするが。
「っち、すぐ出てきたつまんないの」
「はぁ〜〜」
視線の主は先程クレアさんの事を覚えていた従業員だったいや色ボケた従業員という方が正確か。
従業員は僕がすぐ出てきた事で興味を失くしそのまま階段を降りていった。
鈴が壊れ、探知魔法が自由に使えなくなったからと言って少々過敏になりすぎだと反省する。
がさきほどの受付のせいで機械の化け物との戦いよりつかれた気がする。
下の受付の従業員のおじさんに挨拶をしてから部屋に初めて入るとついつい布団に飛び込んでしまった。
突如襲いかかる眠気に首を振り布団から出る。
僕は朝まで起きていられるか少し心配になってしまった。
*
午前1:15分。
流石はアンタレス、今だ外では人の声が忙しなく聞こえるがそれでもそろそろお開きだろう。
衰えを見せ始めた活気を耳に流しつつ明日正確には今日、そして今後のアンタレスの活動を考える。
クレアさんは今回の事件で認められ、様々な冒険者達と手を組み事件解決に近づいて行くだろう。
でも僕はどうだ? ここアンタレスは外から来た者に本部のやらかしが原因で非常に厳しい。
本部から来たよそ者で特殊ランク持ちの僕がクレアさんの腰巾着をして何になる。
正直他のアンタレス冒険者からすると信頼面で大きなマイナスだ。
僕がここアンタレスの支部で活動できる方法……あるにはある、いやあったが正しい。
最も最短かつ僕の望み、子供たちの失踪事件に正式に関わる方法は存在したが時期が悪い。
せめてあと一ヶ月近く早く来れれば闘技者になるという選択肢があった。
アンタレスはダンジョンと闘技場により栄えた都市だ。
だからこそこの土地に住む人々に手っ取り早く認められるにはダンジョンの単独制覇か、闘技者として名声を得るかの二択になってしまう。
ダンジョンはギルドが管理を任されているため入るのには当然ギルドの許可がいる。
無断で入り単独で制覇したとしても闘技者達には認められるだろうがアンタレスの支部に所属する冒険者には認められない。
それはそうだ自分たちの縄張りを勝手に荒らした盗人だ認められるはずはない。
闘技者……残念ながらこの時期だけは闘技者資格その試験を行っていない。
この時期は闘技者達が競い合いアンタレスのメインとも言えるダンジョンアタックの出場を賭けた選考が始まる。
どちらにしても新人が入って注目をかっさらえる状況ではない。
「すまない、部屋を借りれるか」
「部屋が空いてればいいんですがね生憎空き部屋がなくて」
「金を払うからここで休ませてくれないか?」
「すいません、部屋ならともかく店の玄関口で酔っ払いの介抱は……」
「そうだな無理を言ってすまない」
僕の思考を遮るように下の階からそんな声が聞こえてきた。
この会話を聞いて僕が思ったことは、ちょうどいいだった。
そもそも部屋越しだとクレアさんが狙われた際に壁を斬ることが彼女の元に向かう最短ルートとなってしまう。
しかし酔っ払いに部屋を譲れば合法的に廊下に居座りクレアさんの警護ができるのではないか、と後で考えれば何でそんな思考になったのかと己を川に蹴り飛ばしたい。
ともかく今はそれが最善だと判断した僕は部屋を出て一階のロビーへと走った。
「おじさん、僕の部屋を今夜だけ貸してもいいよ。あ、値段も宿屋の人に払ってね」
「本当か、って流石に子供が起きてる時間じゃないだろう」
「はは、連れの寝相が悪すぎて隣で何か壊すんじゃないかと思ったら心配で寝られないんだ。寝られないなら誰かの為に使って貰ったほうがいいしね」
クレアさんを守るためと言いつつ、風評被害を広めた事に心の中で謝りそう提案すると緑髪の酔っ払いを介抱していた男性は力なく完全に眠ってしまった相方を見てため息を吐くと僕の提案に乗ることにしたらしい。
「すまない、よろしく頼む」
「店のおじさんもいいよね」
「俺は金が払われるなら断れないよ」
緑髪の男性がお金を払い終わったのを確認すると僕は自分の部屋の鍵205号室の鍵を渡す。
緑髪の男性が酔っ払いを2階に運んでいる時に僕は受付の人から毛布を2つ貰い206号室のクレアさんの部屋前の廊下で陣取る。
剣を抱き周囲に気を配っていると先程の緑髪の男性が僕の横に座った。
「先程はありがとう、私の名前はアーネスト・スタンブルック、本当に助かったよ」
「僕はロスト・シルヴァフォックスよろしく」
「君があのロストかサイモンから聞いてるよ、監視役とその対象の役割が入れ替わってる凸凹コンビだと」
「ま、そう見えてもしょうがないね」
クレアさんのサイモンさんに対する初対面を称するならまさしくそうな為何も言えない。
それにアーネストってどっかで聞いたことがある、たしか……
「緑髪に目の下の隈、目つきの悪いエルフでアーネスト……ダンジョン管理の現場トップ?」
「声に全部出てるからな、まぁ嘘は何一つ言っていないから困るけどね」
口に出ているどころか現在の僕は気配を探る以外の能力がだいぶ希薄で、会話も話半分に朦朧とした意識のまま行なっている。
その為トップに対して大変失礼な事を言っているのを理解するのに時間が掛かってしまった。
「本当にすいません、アーネストさんに失礼な事を言ってしまいまこーー」
「いいからそんなの、それよりロスト君の悩みを聞かせて欲しいかな朝まで暇だしね」
立ち上がり背筋を伸ばし頭を下げようとする僕をアーネストさんは手を挙げ僕の行動を諌める。
彼の言葉にはたまには気軽に過ごしたいとの意図が込められているように感じ、また僕もこのアンタレスを知り尽くしている人に悩みを相談するのは理にかなっていると感じたため色々相談することにした。
一度床に座り僕は悩みを語りだす。
僕がアンタレスで認められるためにはどうしたらいいかを、しかしその返答は難しいものだった。
「ここアンタレスで認められるには闘技者かダンジョン潜りになるしかない」
「そうですよね」
「ごめんね、当たり前のことしか教えられなくて、でも私は君が気に入った」
「どうしてですか?」
「ロストくんの目の前には私、ダンジョン管理のトップがいながらその2つなら闘技者の道がいい。そう思っているその正直さにかな」
本心を言い当てられた僕は笑みを浮かべる。
不敵な笑みをただ淡々と。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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