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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 西の都アンタレス
62/136

そして明日へ

「あ、そうだ、これ忘れ物」


 友人に話し掛けるような気安さでエルディオはダニエルをこちらに投げる。

 私はそれを受け取らず、結果ダニエルは無造作に床へ転がる。


「やっぱり大事なんじゃん」

「いえ、まだ死なれたら困るので」


 エルディオは床に倒れ伏すダニエルに向かってナイフを投げた。

 私はダニエルの前に立ち氷の魔法で盾を作り守った。

 死なれては困る。

 この男のしてきたことは死ぬ程度では生ぬるい、むしろ許しとなってしまうだろう。

 この男は塀の中で苦しみながら長生きをしなければいけない。

 心から生まれる黒い炎を凍らせ、私はダニエルを庇いながら投げナイフを防ぎ続ける。


「怖い怖い、じゃぁこれはどう?」


 エルディオは両腕を大きく円を描くように広げた。

 腕が通り過ぎ何もない空間からナイフが出現し浮かぶ、そして計八本のナイフが私の方へと一斉に向いた。

 エルディオが指で音を鳴らすと一斉に私の元に向かって飛んでくる。

 ナイフの軌道は変幻自在だ。

 直線であれば氷の盾で簡単に防げるがナイフは直角や弧を描き四方八方から襲いかかる。

 だがそれも無駄だとエルディオは理解している筈だ。

 私は3つの氷の盾を作り出し自分を囲むように両側面と背後に設置する。

 正面の盾合わせて四方を固めれば完璧だろう。

 そしてそこまで含めたのがエルディオの作だ。

 エルディオが投擲した8つ目の投げナイフが背中の氷の盾に命中する直前、私の死角である頭上に投げナイフが現れる。


「ふふ」


 エルディオの溢れんばかりの笑み。

 その投げナイフに表情を一切動かさずに私は氷の礫を頭上のナイフに向ける。

 この手は読んでいた。

 エルディオがナイフを取り出した手段から空間属性の魔法が得意な可能性は頭に入っていた。

 それにしっかりとした知識を学んだ魔法使い相手に奇襲したいなら、彼らの近くで魔法を使っていけない。

 自分の領域内に魔法が現れれば嫌でも気付いてしまうからだ。

 だがこの事をエルディオが知らないはずはない。

 あの笑みはなんだ。

 人を嵌め、不幸に突き落とそうという人間がよくするあの悪辣な印象を感じ取れる笑みは?


「僕の目的はロストって子を殺す事なんだよ」


 私はあえて魔法を使わず、自らの足で回避を選択するがナイフは私の肩を薄く切り裂き床にささる。

 

「嫌なタイミングでいいますね」

「でしょ、過ぎったでしょ、転移魔法が使える僕が面倒くさがって逃げないように、ロストの元に向かわないように餌になりきらないといけないって」


 ジャンプをしながらも目を大きく、口は楽しそうにまくしたてる。

 これが子供の自慢話ならどれほどいいかと心の中で思うが、それにしても本当に厄介だ。

 餌になる、その思考がなかったらどれほど良かったか。

 理解して最もやられたくない事を今からしないといけない。

 

「そう、嬲り殺しだ。僕の作戦を崩したお前は無様に死んでもらう、好きな人いるなら最初に教えてね、顔だけ残して下は酷い扱いにするから」

「1ついいかしら?」

「何かな?」

「なぜロストなの? あなた達の拠点を奪ったブルースの仲間、クレアちゃんへの復讐じゃないの?」


 時間稼ぎと純粋な疑問。

 肩の傷自体はかすっただけだから対した事はない。

 魔法を使いナイフを調べているが毒などが塗られている様子はない。

 

「クレアって……あの子がそうなのか。いや〜〜気付かなかったよ。さてさてどうするかな。我が神様からは原初の使徒様の計画の邪魔をするなと言いつけられているからね。いや早運命って恐ろしいでもそれならギリギリ大丈夫な範囲かな」


 エルディオが一人考え込んでいる隙に私自身を囲っている氷の盾を解除する。

 そしてダニエル周りを囲むよう今度は上下含めた氷の結界を張った。

 エルディオは興味もなさそうではあるが、ダニエルを一々守らなければいけないのは戦う面でやはり辛い所がある。


「アンタには死なれちゃ困るから」


 善意ではない。

 コイツに狂わされた人々が未来を生きられるように、私が明日を歩く為にも叔父は死んではならない。

 この僅かな間珍しく静かなエルディオを不審に思い顔を上げハッキリと奴の顔を見つめる。

 

「じゃあごめんね。ほら、いかないといけないから己の無力を全身で感じ取るんだね」


 頬を染め薬指を舐め恍惚の表情を全身で表すエルディオがいた。

 そしてエルディオの肉体は薄れ、この場所から消えるはずだった。


「あれ?」

「私は純正魔法使いですよ。触媒とレガリアを取り上げられた程度で何も出来なくなるほど未熟じゃない」


 エルディオは確かに転移魔法を使おうとした。

 しかしその対象は実の所リーザであり流石にその事はリーザも知りはしない。

 彼女の背後に転移した後は貧弱な魔法使いの体術を易易と掻い潜り両手足の腱を切った後お楽しみを行う、そこまではエルディオの中で確定した未来だった。

 しかし転移魔法は発動せず現在リーザの真正面にいる。

 魔法には高等テクニックとして空気中の魔素を予め抜いておくという対抗魔法がある。

 魔法は体内から魔力を出し、魔法陣、またはレガリアの中に存在する術式を通じて発動される。

 必ず外に魔力を出さねばならない、この対抗魔法はその原理を利用する。

 この対抗魔法の原理は簡単。

 エルディオが魔法で使用する魔力それと全く同じ質の魔力をタイミングよく世界から抜き取り、魔法を使うために吐き出した魔力で世界の穴埋めをさせる。つまり魔法を使う為の魔力そのものを別の用途にしようされたため、魔法陣に魔力が注がれず失敗した。


「馬鹿げてる。あんな難易度が高いだけで効果が釣り合わない魔法を使うなんて」

「そうかしらどんな状況にも対応できる素敵な魔法だと思うけど」


 私は笑みを浮かべ体から魔力を放出する。

 先程の恍惚としたエルディオから笑みが消え真剣味がます。

 この魔法ルイン対抗魔法を成功される事は魔法を少しでもかじったものからしたら屈辱以外の何物でもない。

 このルイン対抗魔法は格上が格下に使う、いわば格付け技法と言われるものだからだ。

 

(そんな怒らないでよ、私も迫真のハッタリなんだから)


 先程のエルディオが言ったようにあんな難易度が高すぎる対抗魔法なんてそう何度も成功させられない。

 あの対抗魔法には幾つもデメリットが存在する。

 

 1つはそもそも世界の魔素なんて観測し続けるのはあまりに負担が大きい事だ。

 部屋の中且つあくまで激しい戦闘中ではないから出来たことだ。

 正直戦闘や自分の魔法を使いながらは絶対に出来ない。

 2つ目は世界の魔素を抜く、それは出来ても一過性のものだ。

 魔素は世界中に満ちて常に流れている。

 もし魔素を抜いたとしてもすぐに別の所から魔素が流れ込み、世界の穴を補填してしまう。

 穴は空いてても0.5秒。

 そこに毎回命を掛けるくらいな別の魔法で対抗したほうが心の消耗が防げる。


 私が使ったルイン対抗魔法は成功すれば最強のカウンター技。

 成功すればあらゆる魔法を発動させない恐ろしい術だがその反面戦闘で使えるのは奇跡と言わざるを得ないレベルの魔法だ。

 だからこそエルディオに取っては効果覿面。

 ルイン対抗魔法を使う為の準備をしているようなら私の戦闘能力が大きく落ちている。

 ある意味これはエルディオからしたら挑戦にも感じ取れるはずだ。

 己が格上だとしたら逃げる事自体が己への侮辱、格下と思っているのなら私を倒す恰好のチャンス。


「いいだろう、やろうか」

「っつ」


 姿勢を下げエルディオは正面からこちらに突っ込んでくる。

 私も氷の礫を魔法で放ち応戦するがその全てが空を切る。

 確かにエルディオの踏み込みは鋭い、だがそれ以上にここで取り上げられた物が響いた。

 レガリアそして触媒。

 今私の放っている氷は鋭利な先端を持つがあくまで礫、硬度はそれほど高くなく数も精々一度に10発程度が限度。

 それくらいなら近接を得意とする強者なら簡単に抜けてくる。

 レガリアか触媒のどっちかがあればこの執務室の高さに合わせた氷塊を即座に作り出し、エルディオの逃げ場を完全に潰す事が出来るのだが。

 

 私は氷の礫を一度撃つのをやめて杖を前に構える。

 時間稼ぎ程度の礫をいくら放っても無駄だ。

 肉を断ったとしても一撃でエルディオを倒す事が出来る魔法を使うしかない。


 完全に足を止めた私を見てエルディオは何もない空間からナイフを2本取り出す。

 そして両腕に一本ずつ持つと投擲、投げナイフは私から大きく外側に離れた左右それぞれ均等に投擲された。

 普通では当たるはずのない距離、だが私はわかっている。

 そのナイフは大きく弧を描き私の両ふくらはぎに深く突き刺さる。

 あのナイフが軌道を変えるのはすでに戦闘の最初の攻防で見ていた。

 理解し受け入れただが痛いものはやはり痛い。


「痛っっっった」


 痛みだけでも逃すためにあえて大きな声で言う。

 その間もエルディオは距離を詰め、その目が私のどこを狙うか告げていた。

 右肩から私の体の中心に掛けて振り抜く。

 激痛故に詠唱が途絶えた魔法使い。

 明確になった狩る者と狩られる者の構図。

 しかしエルディオが見たものは右腕を突き出している私だ。

 詠唱をやめる? とんでもない。

 全て承知の故なら集中力を切るわけないだろう。


「ーーアイスブラスト」


 高密度の氷属性の光線、直撃すれば相手の部質そのもの結合を破壊し霧散させる。

 本来ならもっと極太かつ連射も可能な魔法だがレガリアや触媒がない状況ではしょうがない。

 それに誰しも勝利を確信したタイミングは油断するものだ。

 ほぼゼロ距離で放たれ、エルディオに回避する時間は存在しない。


「消えろ」


 迫る光線。

 エルディオがその一言を発すると奴が持っている短剣が黒く輝き始めた。

 その黒い光が魔法を私を包んだ途端、エルディオを仕留める筈だった光線が跡形もなく消失した。

 

「そんな」

「褒めてやる」


 そしてそれは私の完全な敗北を意味する。

 抵抗手段を失った魔法使いが武器を扱う近接職の前に放り出されればどうなるか?

 答えは蹂躙だ。

 左肩から右腹、左腹から右肩まで十字に切り裂かれる。

 さらに流れるようにエルディオは左手にナイフを召喚、両腕に持ったナイフで私の両太ももを切り裂く。

 ナイフという刀身が長くない武器だからこそ体の部位が落とされずに済んだが、もう立っている事もできない。

 そして1秒後、体の血の多くが切り裂かれた傷から吹き出す。


「っち」


 エルディオは私にトドメを刺さずに大きく後ろに距離を取った。

 そして後ろに下がったエルディオの姿も無傷ではない。

 致命傷こそないが全身血だらけで体に穴が開いている。

 私の血ではない間違いなく彼の血だった。

 それは私の最後の切り札。

 自分の吹き出した血を凍らせ相手を突き刺す、近接殺しの最終手段。

 しかしそれも決定的なダメージを与えられていない。

 杖を支えになんとか体が倒れないように踏ん張っているが流石にもう打てる手が存在しない。


「悪いな、僕は邪教徒の枢機卿だ。今まで君が見てきた有象無象とは与えられるている力の格が違う。ただ君は大した人だ。僕の計画を多少狂わせた、それを許せる程度の価値はあったよ」


 聞きたい事は全部エルディオが言ってしまったが邪教の司祭以上の階級の者は神器を持っている。

 形は剣や槍、弓などもあったがそれぞれの特殊能力と魔法を抹消する固有能力を持っている。

 だが魔法を消す能力はよくて初級レベルだと言われていた。

 枢機卿、その階級なら中級魔法まで消せると読んでいたが読みが外れてしまった。

 まぁ、それ以上に邪教徒相手はグラントの役目だ。

 魔法使いが戦う相手じゃない。

 氷で血管をイメージし作っていく、もちろん全ての血管を作る事など私には不可能だが多少死ぬまでの時間を長引かせる事はできるだろう、そうすれば、いやもう私の勝だ。


 「リーザ!!」


 執務室のドアが吹き飛び、炎の塊が私を庇うようにエルディオの前に立ちふさがる。

 グラントは私の方へ一瞬顔を向けるともう一歩エルディオの前に出た。

 私が氷の魔法で延命をしている事に気付いたからだろう、自身の炎で氷が溶けぬよう私を気遣ってくれた。


「なるほど次ーー」


 グラントはエルディオに何も言わさず、右手で持った大剣を振り下ろす。

 ナイフでグラントの炎のブーストが加わった大剣を捌ける訳もなく左下からの切り上げでエルディオはナイフを持つ右腕を大きく吹き飛ばされる。


「消えろ」


 しかしエルディオはこの攻防の結果も重々承知。

 炎をまとい爆発的な攻撃力を生み出しているグラントに対して自分の切り札は神器の魔法抹消効果である事を。

 そして唱えている抹消の言葉を、しかしグラントの魔法は消えず未だ、いや一層激しく燃え上がる。

 そこでエルディオは理解した。

 グラントは魔法使剣士ではなく精霊使いであると。

 そのタイミングでエルディオはすかさず判断を下した、撤退という判断を。

 

 精霊、それは邪教徒、いや邪神の天敵。

 神器の力は弱まり抹消が効かぬ邪教徒からしたら最悪の敵だ。


「な、何故?」


 転移で逃げようとしたエルディオだが、何故か魔法が発動できない。

 目の前に迫る上段から振られる炎の大剣、エルディオは何故か目の前の赤髪よりも死にかけの魔法使いである私を見てしまった。

 エルディオと目があった私は魔法文字を飛ばす。


 ざまぁみろ


 決まった敗北。

 しかしエルディオの表情に負の印象は少ない。

 ただ悔しそうに敗北を認め炎の大剣を受け入れた。

 

 エルディオ視点


 負けが確定したこの状況。

 ならせめて我が神に報告だけはしよう。

 我らの神に此度の成果を報告する。

 神よ、私はしくじりましたが此度の作戦は必ず成功します。

 古の怪物、大精霊共ですら足元に及ばない。

 魔界の大王エレボスがこちら側に付いたのだから。

 

 さてここからは趣味の時間だ。

 あの大王エレボスとどう対抗するか、精々牢屋で見守らせてもらおう。



「はぁ、しんどかった」


 治療を終えた私は腰を下ろす。

 私のお腹の傷は完璧に塞がり命の危険は完全に脱したが、よくエクスポーションなんていう高級品があったものだ。

 お陰で体に傷が残らず済んだ。


「グラント、こっち来てアンタも座りなさいよ」


 地面に座り込み、グラントにこっちに来いと何度も床を叩き付ける。


「どうしてだ? それにロスト達の援護に行かないと」

「ロストならもう此処を離れたわよ」

「よく分かるな」

「あの子の魔力独特だもの。それにグラントがエルディオをタコ殴りにしていた時に大きな魔力が空に飛んでいったし、あっちも終わってるはずよ」


 グラントは大剣でエルディオの意識を奪った後、マウントポジションで意識なきエルディオを無言で殴り続けていた。

 私が止めなければエルディオを殺していただろう。

 だが私もエルディオにやられた傷の気がすまないから少し方って置いたけど。 

 

 グラントは私に言われたように近場に来るがその際私は追加で自分の背後の床を叩きさらに細かい場所の指定をする。

 理解した彼は指定された位置に腰を下ろしす。

 それを確認するとグラントの背中に自分の背中を合わせ体重を乗せた。


「疲れたから、少しだけ休ませて」

「ああ、少しだけだぞ、コイツラを連れてかなきゃ行けないからな」

「わかってるわよ。少し……少しだけ」


 ダニエルを捉え私の中に残ったのはただ両親にもう一度会いたいという思いのみ。

 正直それ以外の感情はすでに枯れてしまった。

 だから新たに自分の足を踏み出すのには丁度いいかもしれない。

 パパ、ママ私これから頑張るからね。

 そう報告し、失われた血を体は求め私を夢の世界に連れてった。



 時間は遡りロスト視点


「クレアさん大丈夫……何あれ?」


 少女の周りには既に黒服が倒れており目の前には空色の髪の少女が大きな機械の化け物と戦っていた。

 機械の化け物は銃と砲台の2つの武装を主に使用しておりクレアさんは見事に避けながらもその装甲の硬さから中な中攻撃の手段が見いだせずにいた。

 クレアさんが持つ銃で撃っても機械の化け物は傷1つつかず状況は膠着。

 相手が機械故の疲れ知らずな事を考えるとクレアさんがだいぶ不利だ。

 

「やるか、起きろモグ」

 

 今まで服の中でずっと寝ていた相棒を叩き起こし彼女の元へ向かった。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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