本部との確執
「もう、何なんですかあの人は。」
「クレアさん落ち着いて。事情も含めて話すから。」
ギルド長室から退室し僕らはギルドに併設されている酒場に来ていた。そこでクレアさんを椅子に誘導、頭を冷やして貰うためお店の人から冷たい水を貰ってくる。クレアさんはコッブに入った水をいっきに飲み切ったが怒りが収まらないようで拳を握り机をトンと可愛らしく叩く。
「事情って?」
鋭い目つきを僕に向けるクレアさんだが、その際頬を膨らませ不機嫌である事をまざまざと見せつけてくる。これは僕の伝達ミス、その不手際の結果と理解しているので彼女の感情を受け止めながらアンタレスの事情を話し始める。
「そもそもだけどここアンタレスに冒険者ギルドは存在しない」
「え」
「これじゃ語弊があるかな。文字通り名前だけのギルドがあるだけ。ギルドの名前を名乗っているだけの別の組織、それがアンタレスの冒険者ギルドなんだ」
流石に唖然とするクレアさん。まぁアンタレスの支部は色々あった土地なのだ、そのため1つずつ説明しないとこうもなろう。
「矛盾することを言う様だけどアンタレス冒険者支部はアトラディア王国内で初めて出来た冒険者ギルド。正確には初代本部長グレゴールがアトラディア王国に冒険者ギルドという組織を浸透させるための下地、実績作りとして組織の名前を変えさせて貰ったというのが正確かな」
当時の詳しい話しは僕も知らないが。かつてアンタレス冒険者支部には前身の組織があった。名前は僕も知らないが仮にダンジョン管理団体とここでは言おう。
グレゴール自身このアトラディア王国で新たに武装組織を作る事の難しさを理解していた。そこで考えついたのが元々存在する武力組織の別部署という形で冒険者ギルドを作りそこから実績を積み上げることによって領主や王族達から信頼を勝ち取った後に親団体から分裂、ギルドをアトラディア王国に普及させるという作戦だ。
企業で言う事業を増やし後に独立しただけ、領主や王族達も実績がある以上文句をいう必要がない。アトラディア王国は利権が固まりきっており言い方は悪いが少しずる賢い事をしなければ大きな事はできない。そしてダンジョン管理団体をグレゴールが選んだ理由は彼らはグレゴールに大きな恩があり又その義理堅さから断られることはないと思ったからだ。だがここでグレゴールに予想外な事が起きた、それはダンジョン管理団体が組織そのものの権利全てをグレゴールに託す選択をしたことだ。そして現在の形であるギルド本部の2次団体としてアンタレスの支部を名乗りダンジョンを管理している。
「つまりアンタレスの支部は冒険者ギルドでないと」
「そう、これがこのギルドで活動するに当たっての第一知識」
ダンジョン、偉大な魔道士が資材難を解消するために大地の力を借りて制作した物。時間が経てば魔物や薬草なども復活、またダンジョンの場所もこの世界とは異なる亜空間に存在するため土地の面積を取らず、それ故に今なお新たなダンジョンがひっそりと生まれ増え続けている。このアンタレス冒険者ギルドはその増え続けるダンジョンを探索し、不要だと判断したら核を砕き間引くのを主な仕事としている。
それを聞いたクレアさんはまだ納得できないことがあるようで。
「では質問ですけど
、ここの建物にギルド長室という部屋がありました。ここは通常の支部と同じ役職で職員を管理しているのは間違いないですよね?」
業務の内容は違ったとしても人材の管理の仕方が違うとは限らない。クレアさんが本当に言いたいのは先程言いかけた支部長でもない人がこの場を仕切っている何故か? という事の答えを知りたいのだろう。
「はい、ここのギルドも本来なら同じなはずです」
「じゃあ質問の続き、何でギルド長室にギルド長ではない冒険者がいるの?」
「そこがここの支部のタブーに関係する事」
僕は体全体の力を抜き、椅子に倒れ込むように話し始める。アンタレスに王都から派遣された余所者として来たくなかった理由。話さねばならない先人達の失敗談を。
*
26年前の事だ、ダンジョン管理団体が冒険者ギルドの下について早3年、次期的に言うなればグレゴールが本部長の席を降りシリウスの冒険者支部長になる準備をしていた頃だ。アンタレスに本部から現場をまとめるギルド長が送られてきた。偉大な初代本部長の後釜である2代目本部長にとって、各地の支部に自分の息のかかった人間を送るのは自らの地盤固めの意味もあったんだろう。しかしその送られてきたギルド長が問題だった。
当時から現代に至るまでアンタレスの冒険者は準備を何よりも大事にしていた。知識、戦闘訓練、罠の解除技術、地図の正確かつ素早い制作。これらを全て叩き込み尚且つ5年以上ダンジョンに潜っている人間が3人以上同行しないと新人がダンジョンに潜ることは許されていなかった。これほど規則が厳しければダンジョンに潜れる人間の数は多くはないはずだがそれを埋めたのは過去の累積。当時は300人近くの歴戦のダンジョン潜りがいた。ダンジョンに潜れぬ新人は組織の資金で賄いじっくりと確実に育て苦しい生活もさせなかった。そうやって積み重なっていのがアンタレス支部、いやダンジョン管理団体だった。
しかしそれを崩した馬鹿がいた。それは本部から突如送られてきたギルド長だ。まずギルド長はギルド加入のハードルをほぼ限りなく低くした。それこそテロリストや犯罪組織の幹部でも無い限りは誰でも入れるようになった。そしてギルド長が行なった改革の1つにが新人でもダンジョンに無条件で入って良いように大大的に発表した事だ。勿論反発は出た、それはあまりにダンジョンという未知の環境を舐めている行為であり、又ダンジョン管理団体時代からの続けてきた先人達の努力を無碍にされる行為と同義。だが一度動き始めた歯車は止まらない。新人はダンジョンで無謀な挑戦をするようになり、又アンタレスの冒険者達が面倒をみていた若者達もこんな苦行をやらずにダンジョンに入れるならと、先輩達の静止も聞かずダンジョンに突撃し死んでいった。そんな無謀な事をしながらも意外に死者の数は少なかった。知識も実力もない、方向感覚すらなくなるダンジョンで食料、水、荷物の配分すら分からないのに何故新人達が生き残れたのか? 簡単だアンタレスの冒険者、いや真のダンジョン潜り達が救助隊をしていたからだ。
危険なダンジョンに計画もなく突っ込む無謀共の後を追い必死になって止め、守り、そして身代わりとして死んでいった。徐々に数を減らし続け過去の累積が200人を切った時問題が起きた。ダンジョンから魔物が溢れアンタレスを襲った。理由は人間という餌を与え過ぎたこと。大量の魔物の対処を終えた頃には既にアンタレスの歴戦ダンジョン潜りと呼べるものは53人。最盛期の6分の1ほどになっていた。
そこで当時のリーダー、サイモンは決心した。ギルド長を拘束し自らが仕切ると。ギルド長を捉える事は簡単だった。警護はいたがそれこそ雑兵以外何者でもない。労したのはむしろそれからだ。自らが送ったギルド長が拘束された事を聞きつけた当時の本部長は抗議という名の脅しに王国最強の冒険者を送り付けた。一切の釈明、事情を聞かぬままアンタレス冒険者ギルドをあるべき形に戻せと。しかし王国最強の冒険者はアンタレスの側についた。その現場を見た時に真にあるべき姿がどちらか思い知ったからだ。そもそも当時の現役最強の冒険者は初代本部長に付いてきただけであり、彼が本部長を降りたら故郷に帰ろうと決めていた。それにおこぼれと貴族様の利権が絡んだ本部長の就任には嫌気が差していた。
ここまで話がこじれたら先代、いや初代本部長に出張ってもらうしかないと考えた当時最強の冒険者は隠居し、シリウスでギルド長になったばかりのグレゴールに責任を取らせた。グレゴールを本部長の席に戻させるとアンタレスのギルド運営に本部でも口出し出来ない契約を結ばせた。
「因みに当時最強の冒険者が現在の本部長でアンタレスの冒険者のリーダーが先程ギルド長室にいたサイモン・エルベールさんって事」
クレアさんは頭を抱えていた。先程クレアさんがサイモンさんに言おうとしていた事は文字通りアンタレスの悲劇を起こした2代目本部長と同じ行動。王都からやってきて一方的にこちらの言う事を聞けと喚き散らす。そして自分の指示を聞くギルド長を出せと。そういう意図がクレアさんになかった事はサイモンさんも理解していたから、クレアさんが無礼な態度をとってもまだ会話の余地を残してくれていた。しかしクレアさんの言葉を僕が止めなければ確実にここアンタレスでの仕事は事実上不可能になっていただろう。
「すいません」
落ち込んだクレアさんはそう僕に謝ってきた。しかし彼女も重症で、謝りながら頭の位置はドンドン下がっていき机に頭を乗せる程になると今度は体が解けるように机の下に沈んでいった。
「いえ、僕も配慮が足りなかったです。そもそもクレアさんはここ大陸西部の人間じゃ無いんでしょうがないですよ」
「そう言って貰えてありがたいですけど」
正直あのクレアさんがここまで心を開いてくれていることに喜びを感じている。だがこの落ち込みようを見て彼女の人物像が少しわかってきた気がする。人を拒絶し仮面を付けている人物がここまで落ち込みが激しいとなると人に本心を明かしたくないって言うよりも人間関係に怯えている事が考えられる。恐れているから人にいい格好を見せる、好かれる自分を作り出し仮面を被る。
だが今はクレアさんのテンションを元に戻さないといけない。文句を言いたくないが、宿を取り、協力者を探すために聞き込みをしたり、さらに騎士団の事を考えると時間がいくらあっても足りない。女の人の機嫌を取れるもの……周囲を見渡しながら考えていると鼻が甘い匂いを捕まえる。そう言えばここは酒場であるがギルドに併設された酒場でもある。つまり酒場と言うよりは料理屋というのが正確か。美味い不味いよりもギルドにある店は種類の豊富さが売り。
「クレアさん甘いもの好きですか?」
「はい?」
脈絡もない僕の質問に疑問のような返答を返すがまぁいいだろう。席を立ち、注文をするために酒場の受付に向かう。
「なんですかこれ」
注文をし山盛りのパフェを持ってクレアさんのいる机に戻るその光景をみてクレアさんは目を輝かせ。
「食べていいんですか?」
「はい、いいよ」
「わーい」
クレアさんの精神年齢が多少下がっている気がするが気が落ち込んだ時はやけ食いだ。あとで女性が気にする体重の事で文句を言われても僕は知らない。それにしても見ていても胸焼けしそうな量だ。椅子に座っているため机の位置と僕の上半身の高さを基準には出来ないが僕の頭の高さをを超えるパフェを見て驚愕ではなく喜ぶとは。先程酒場の店員さんから聞いた話しだが。
「流石に大きすぎじゃありません?」
「レガリアを使っている女の子なら荒れくらいペロリと食べちゃうよ。それにやけ食いさせたいんでしょ。最初のインパクトが弱いと、落ち込んだ気分は吹き飛ばないよ」
そんな風に乗せられた結果の注文だった。クレアさんが早くもパフェの中間辺りに手を伸ばそうとしていた時青髪の女性が声を掛けてきた。
「隣いい?」
現在時刻は16:00、ぎりぎり夕食前で周りの席は空いている時間、相席をする意味はない。見知らぬ僕らへの興味と考えるのが普通だが僕にはこの人物の声に聞き覚えがある。
話は変わるがハッキリと言おう、僕はこのアンタレスの事情に他所から来た人間としては詳しい。何故ならアンタレス出身の知り合いがいるからだ。もう分かるな、その知り合いがこの人。
「何故ここに?」
「私はここの冒険者ギルド所属だもの」
僕の代償魔法、それを作るきっかけとなった魔法理論の師がそこにいた。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
もしよければブックマークと評価の方をお願いします。




