クレアという女性
周囲に冷ややかな目を向けられながらもアトラデイア王国ギルド本部その2階部分に僕はいる。いつもは歓迎もされないため配分依頼を受ける時と本部長に呼ばれた時以外はできるだけ本部の建物に近づかぬようにしている僕だが今日はとある人間を観察しに来ていた。その人物は1階の飲食スペースの一角におり、僕は2階の吹き抜け部分から眺めていた。
「これ、美味しいよクレア」
「うん、ありがとう」
「私もありがとう、歓迎会なんて初めてだから」
目の前にはクレアさんの歓迎会という名の女の子同士のお菓子交換会が開かれている。女性冒険者と休憩中の受付嬢を中心に集まっているのだ男性目線から見ればとても華やかだ。最初は小さい歓迎会だったが、それは和となり小さな交流会も今ではお貴族さんの主催する舞踏会にも見えてしまう。男性陣の多くがその舞踏会のチケットを持っておらず、周囲に溶け込み眺めようとする男性陣は傍から見れば怪しさしかないが。そんな和の中心に僕のお目当ての人物クレア・プロビデンスはいた。
「ちょっといいかね?」
「ヘリオスさんならどうぞどうぞ。クレアさんもいいよね」
「は……はい」
彼女の明るく優しそうな雰囲気に一度見たら忘れない透き通る容姿。それが相まってまだ本部に来て数日の彼女は早くも本部の人気者になっていた。そしてそんな和にギルド本部1番のイケメンを自称するヘリオスが割り込んでいった。他の女性達は黄色い声を上げる一方で外から見るしか無い男性陣は憎しみの籠もった目線をヘリオスに向けている。そういう意味では今まで一番楽な気持ちで本部にいれる気がする。
「初めまして美しいお嬢さん。僕の名はヘリオス、できればご相伴に預かってもよろしいですか?」
「ふぅ、はいどうぞ。私はクレアです。これから仲良くしてくれたら嬉しいです」
隠しきれていない図々しさと下卑た欲望を貴公子然とした顔で隠す。そこで冒険者と受付嬢の男性遍歴の差が見えるのは面白い。受付嬢はヘリオスの登場に露骨にテンションが下がり、逆に女冒険者は憧れを込めた目でヘリオスを見ていた。イケメンって得だよなと興味なさげに2階の手摺りから状況を見守る。
「このお菓子、クレアちゃんが作ったんだ。すごく美味しいよ」
「ありがとうございます。そうだこの紅茶リリアちゃんが作った紅茶と凄い合うんですよ」
「いえ、私は……」
自信なさげにでも嬉しそうに自らの紅茶がクレアさんに褒められた事に頬を赤らめるリリアという女性受付嬢、そんな近場にいる彼女達にすら聞こえない声で。
「邪魔すんな、ブス」
ヘリオスのそんな声を僕は聞き漏らさなかった。はぁと溜息を吐きながら。
「何事も起こらなきゃいいけど」
そんな事を漠然と考えていた。こういう場合は十中八九事件が起こる。ヘリオスに心寄せている少女達がクレアさんに難癖を付けるとか、それこそ色々だ。しかし僕の予想と裏腹にクレアさんはヘリオスの軽いボディータッチを完璧に捌いている。
「意外だ、もっと不器用だと思ったのに」
初対面の人物に銃を向け死神と言い放つ人間が器用なはずはない、そんな冗談はさておき彼女が武芸に秀でているとは僕は思っていない、そのはずなのだがクレアさんは的確にヘリオスの行動一つ一つを潰していく。あそこまで的確であるのならば恐らく未来予知に類する力を使用しているのではないか? どんなに情報を集めても予測は予測、結構外れる。戦闘中僕が外しても無事なのはそもそもの視点の違い。僕のしている予測の本質は勝負どころでは外さない事。しかしクレアさんは相手の僅かな行動でさえ全く外さず、常に正確のものを選び続けている。
そしてお茶会も終わりを告げた。ヘリオスのアタックは全て不発。誰もいない場所で肩を落とすヘリオスに男として同情しないわけでもないが流石に下心が強すぎたな。あの英雄の庇護下にいる存在に手を出そうとは無謀だと思う。
今回のお茶会を見て気付いた事もある。クレアさんはヘリオスだけではない他の女の子との接触も拒絶していた。バレぬよう完璧なタイミングで行っていたが間違いない。だがお茶会の場にいたとすれば多かれ少なかれ誰かに好かれたい、認めて欲しいという欲は感じられる。僕と同じへそ曲がりか、変なところでの共通点が見えてしまった。
「最低限会話位はしたいな」
と現状高すぎる願望を口に出した。
*
西の都への出発まで3日に迫った。シリウスにある孤児院への手紙を書き、デメテル、道場に向かい現状の報告と挨拶を済ませる。ルシアさんのみ急いで何かを作り始めたが放っておけとオプシディアさんに言われてしまった。シズカにも挨拶をしたかったが既に依頼で遠出しており残念ながら出来なかった。ロベルトを知り合いの宿屋にぶち込み準備は完了した。いやあと一つ残っている。
「モッグ」
「お帰り、収穫はどうだった」
残り2日のタイミングで従魔のモグが鉱山から帰ってきた。モグの元々の種族はスチールショウダと言う。鉄など鉱石を主食としているため鉄や鉱石の良し悪しなどは匂いと食欲だけでわかるが、何故かモグは種族の特性に逆らって鉱石を食べようとしない。流石はルークの店で見つけた従魔だ偏食家だなと関心してしまう。
鉱山に向かうにあたってモグには複数の道具を送った。スコップにピッケル、それらを入れて置ける袋だ。鉱石などは製鉄所の人に頼んで加工をして貰う、その際鉱石を製鉄所の人と半々で分けのだ。少しでも良い鉄が市場に流れるようにとの工夫だが、今回の件ようやく王族の耳に入り事態の解決に動くらしいとテオ兄さんから聞いた。もしかして必要のなくなる工夫かも知れないけど今必要なら十分やる価値はある。
今回というよりこれからモグも一緒に依頼に向かう。僕の感知が甘くなる地面を見張って貰うのが主な役割になるが、彼は溜こそいるが強力な土魔法が使える、頼もしい仲間が出来て僕も嬉しい。
そして出発の日の早朝。ルシアさんが慌てて僕の家にやってきた。前日にロベルトは宿屋にぶち込んでいる為自宅にはモグを除いて僕1人だ。
「朝早くすいません」
そう言うとルシアさんは木箱を僕に渡す。中身を開けるとマナの入った注射器が3つ納められていた。これは最近僕とルシアさんが共同で作っていたマナを利用したドーピング剤だ。
「何かあったら使って下さい。それと無茶もダメですよ。あと絶対に帰ってきてください」
「大丈夫ですよ、これでも少しは強くなったんですから」
「強くなっても心配はするものですよ」
胸を張って見たがルシアさんは心配そうな目で溜息をする。それを現すようにルシアさんは3つのポーションを僕に手渡した。こちらは最高級のポーションであるエクスポーション。欠損すら治せる代物だ。
「では無事に返ってくるのを待っています」
「ありがとうございます」
ルシアさんは少しふらつきながらデメテルに帰っていった。恐らく昨日から寝ずにポーションを作っていたのだろう。先生の言葉、僕を大好きでいてくれる人がいる。それがルシアさんの背中から実感として見える。見えたから変わるための勇気を僕にくれる。
そして家で装備の最終確認をして駅に向かう。これから列車に乗り西の都アンタレスに向かう。始発の便故に僕に見送りはいない、いや必要ない。そもそも時間も日も教えていないのだ、むしろルシアさんの準備が良すぎるといえる。それに既に挨拶も済ませてきいるし問題はない。そこで思い出されるのは師匠に貰った2つの言葉の1つ。
「この世で最も不幸なことは自分が2人いないこと。この世で最も幸運な事は自分が2人いないこと」
不思議と声に出していた。
意味として期待通りには相手は動いてくれないが、君が君として行動する限りオリジナリティは保証される。だから好きにやれ。特にお前がその気になれば誰も追従できない。そんな自己肯定の言葉だ。アンタレスに行く、その事に体が固くなっているのは理解している。事件内容も事件内容だ。この言葉の中で一番重要なのは意味ではない。レグルス先生がくれた言葉という点だ。不思議と俺はお前を信じている。そう直接言われている気がするかのだ。
「気付いていないだけでずっと恵まれているな僕は」
自分に期待するからこそ緊張せずにはいられないんだけどね。
*
一方クレアさんは仲良くなった女の子達と別れを済ませていた。僕が知っているクレアさんの友人はお茶会で見かけたリリアって子だけだ。忘れてはいけないがポイント稼ぎのヘリオスも来ている。どうやらクレアさんはあれからも上手く撒けていいるようでまだ問題が起こってなくて安心だ。別れの挨拶をしているクレアさんから目を外して先に列車の席に向かう。
アンタレスまでおよそ7時間の長い旅になる。体を窓際の壁にもたれかけ目を瞑る。すると対面に誰かが座るような気配がする。
「すいません。こちら相席大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
緑髪の美しい少女が座った。たがそれを魔法で確認するだけで目を開かずそのまま眠気に身を委ねる。少女は僕が眠ろうとするのに何故か驚いていたが対面にいる彼女が悪い人じゃない気がしているので問題ないと僕は動かない。少しすると隣に人が座る振動を感じた。
「初めましてクレアです」
「はい……」
その声を聞きメンバーが揃た事を理解する。この寝たふりもクレアさんの僕への態度を確認する意味合いがある。隣に座ったのなら最低限依頼には支障はなさそうだと判断し寝たふりを本物にし意識を沈めた。
*
「起しちゃいましたか?」
目を開けると本を読んでいた緑髪の少女が僕に声を掛けてきた。ページを捲る小さな音だけがしていた為起こされるということはない。
「いいえ、あと一時間ほどで着くと思うので起きただけです。ご配慮ありがとうございます」
「小さいのにしっかりしてます。あ、動かない方がいいですよ」
緑髪の少女は脅しでそんな事を言ったわけではない。僕の肩に別の人物の体重が乗っていた。美しい空の髪が辛うじて目の端に入る。それで誰が寄りかかっているかの判断はできたがますますわからなくなってしまう。クレアという人物は僕に明確な敵意を持っている、そう判断していた。しかし敵意を持っている人間に寄りかかって眠るか? それにだ本部で仲の良い人物ができたにも関わらず彼らに壁を作っているし、正直態度と感情が逆に感じてしまう。彼女は僕を信頼し他の人間を拒絶しているかのように見えてしまう。
「本当に意味の分からない人だね」
不安を抱えながらも、目的地はもうすぐそこだ。二度目の西の都、昔師匠と行った事のある思い出の地に近づいていた。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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