同類、運命の始まり
2章最終話です。
その後王都での日々をす少し描いた後に3章に行きます。
「貴様のような小僧が我を相手に戦うのか?」
「え、喋れるんだ」
正直、赤肌の大男は理性があるようには見えずヘザーが完全に操っているのかと思っていた。そういうと大男は肩に載せているヘザーを手で掴み放り投げた。彼女は地面に投げ出されると数回転がった後に動かなくなった。
「ふん、恩でここまで連れてきてやったがこれ以上は付き合いきれん」
「いや、恩にしては軽すぎだと思うけど」
この大男がどこの誰かは知らないが、恩に値する労力と結果が見合ってないのは確かである。往々にして世間はそんなものだと僕も諦めてもいるが少々ヘザーが報われない。
「ふん、復活させるなら完全な形でさせろ」
「で、何が目的?」
大男は気に食わなそうに鼻をならし、シズカに指を刺す。
「その女に入れば我はこの世界を手に入れられる。ならば手に入れるのが筋」
「シズカさんの中にいた邪神?」
「いや違う」
「そっか、まぁどっちにしてもさせないよ」
「ならば死ぬがいい小僧」
剣を鞘に入れ再び集中状態にはいる。今回は探知魔法と合わせた予測も組み合わせる。大男が右拳を振り上げその一撃を剣で真正面から受け止めるが、剣から伝わる拳の衝撃で全身が浮き上がる。続けて大男は左拳を体が浮き自由の効かないはずの僕に振り下ろした。それを空中を蹴ることで後ろに下がり回避すると先程まで僕のいた場所の地面に拳が直撃、ドシンという轟音と共に地面が揺れる。大男は左拳を地面に叩きつけている状態でしゃがみ込み急所である頭が下がっている。140センチそこその僕と3メートル近い大男の身長差的に大男への顔面への攻撃は頭を下げさせなければ通らない。だから相手への大きなダメージを狙うならこの頭が下がっているタイミングは焦ってでも前に出て攻撃をしなければいけない。 でも僕は前には出ずに大男の間合いの外で大人しくしていた。そこで大男は気付いたのだろう。
「貴様、我と戦う気がないのか!!」
「そりゃそうだよ。もう疲れたし。お前みたいに万全な状況じゃないんだもん。真正面からやり合わないよ」
「貴様ふざけるな」
歯を強く嚙み締め、頭突きと言えるほど前傾姿勢で突っ込んできる大男。拳の間合いに僕を入れると右腕を大きく引き腕を振り回す。大ぶりに振られた右ストレートを自らの小柄さを活かし、大男の懐に入り込むことで完全に外す。怒りに任せたそして次を考えていない攻撃、だから致命的な隙を晒す。あまりにも無防備な状態の大男の懐に入り込めてしまった。本来なら勝負が終わってもおかしくない致命的な隙、その隙に僕は鞘が付いたままの剣の先端で鳩尾を軽く撃ち抜き大男の拳の間合いから抜け出す。僕が間合いから抜け出す際に大男は何もしなかった、ただその場に立ち尽くし目を血走らせ僕を睨むのみ。
「き、貴様、貴様ァァァ!!」
赤い皮膚からもわかるほどに顔を赤くし手から血が出るほどに握りしめ震えていたのだから。己の力に自身を持ち誇りを持つ。相手を認め、称え合い最後に勝つ。なるほど素晴らしい崇高な精神だ。僕に取っては死ぬほど羨ましい力と心であり、そして僕にとっては手段を選ばなければとても容易く絡め取れる前座だ。
大男は突撃してくるが理性はない。だからその攻撃1つ1つにカウンターを入れていった。拳の大ぶりは伸び切る前に肘の内側を強打する。掴もうとするのなら股間を蹴り上げ、間合いを考えず回し蹴りをしようとするのであれば足を支える軸足を払い転ばせる。大男は図体に見合った頑丈さだからこそ怒りを冷めさせる事ができない。目は血走り、こんな姑息な真似をする奴には負けたくないと愚かさを持続させる。
「はぁはぁ貴様。戦いを穢しているのを何ともおもわないのか」
大男は立ち上がるとそんな都合の良いことを言い出した。自分の思い描いた戦いではないからとダダを捏ねる体が大きいだけの小さな子供。僕は呆れて溜息を吐く。
「ああ、そうか、お前もその程度のやつか」
自分だと気付かない位冷たい声が出たがその言葉が自身の本心だとはっきりと言い切れる。大男は顔を更に赤くしこちらに突っ込んで切る。
「貴様!! なんども我を馬鹿にしよって」
馬鹿にされたと思っているんだろうが違う。僕はこの男に失望した。敬意など欠片も存在しない。
「戦え、真正面から正々堂々と、攻めて来い臆病者」
この大男は戦いが平等だと思っているがそんな事はない。そもそもだ僕とこの大男では勝利条件すら違う。大男にとっては僕を拳で殴り殺しシズカを手に入れる事が勝利条件なのだろう。だが僕は違う。最初から気になってはいたのだ。
復活させるなら完全な形でさせろ。
大男はヘザーを投げ捨てた時の問いにそう返した。つまりどこか不完全な状態であるわけだ。そこから探知魔法で観察し続け答えが出た。恐らく大男には活動限界があること。そしてその活動限界はスタミナにも影響する。大男は気付いているだろうか先程よりも手数が少なくなっている事を。拳の振りも少しずつ遅くなり、僕自身不意を突かれなければ完全な対処が可能になっている事を。違和感は覚えているだろう、だが怒りがその違和感を消す。
それにだ先ほど僕の事を卑怯者だの言ってくれたが、戦いにおける攻防や戦略これらを楽しめないならばもう戦いから離れた方がいい。ただ相手を一方的に殴る事が好きなら命を賭けた戦闘なんてやるもんじゃない。路地裏で小さなゴミの王冠を被った王様でもしてたらいい。
「哀れだな」
そして大男は呼吸もせず拳を振り続けた、ただ我武者羅に。怒りのみで振るわれたそれら全て僕に捌かれ時間が来たのだろう。地に伏せる大男の顔面を踏みつけ、最後に剣を抜き大男の首に刃を触れさせる。
「お前、戦いに向いてないよ」
そして動けない大男の首を跳ねた。
*
シズカ視点
大男とロストの戦いはまさに見事の一言だった。
「さて次、シズカさん、さっきは言い訳してたけど流石にもう立てるよね」
確かに体に力は入る、だが今繊細な動きをできるかと言えばそうではない。それにそんな事をしている状況でもないのだから。立ち上がり話し合おうとすると。
「っつ」
私の顔めがけてロストは投げナイフを飛ばしてきた。顔を僅かに逸らし回避するが寒気が全身を襲う。すぐに刀を抜けと本能が叫びそれに従い前方に刀を構える。中途半端に構えた刀は簡単に押し込まれ私の顔付近でロストの剣と鍔迫り合いになった。
「いいから話を」
「はぁ……まだわかってないみたいだね」
その時の彼の目は普段の燃えるよな挑戦者の目ではない。私の態度に冷めきり失望している者の目だった。
「圧倒的に有利な奴がさ、不利な奴の挑戦を逃げちゃだめでしょ」
普通の論理ではない。邪神教に襲われ今だここルドレヴィアは混乱している。今回の首謀者を倒したとはいえ周りにまだ邪教徒がいるかもしれない。それに私は仮にもドレヴィアにいる最高位冒険者だ、捕まった事を情けなく思うが私自身の安全を皆に伝える事で安心感を与えられると自負している。それが正しい判断だ、そうするべきだとわかっているのに、でも私は彼を否定できない。何故ならロストの言った論理は間違いなく私達の論理なのだから。
少し冷静になり腕に力を込めると鍔迫り合いの状況は簡単に打破できた。難しい事はしていない。ただ腕でおもいっきり押し返しただけだ。
(何強がり言ってるんだか、もう踏ん張れてないじゃん)
ロストの足は限界などとうに超えていた。立っているだけでやっと。推測だが彼はこのルドレヴィアから王都までの距離80キロを自力で踏破しそのまま数度の全力戦闘を行なったのだろう。長距離を踏破する事は可能だろう。しかし戦闘と走る。ボロボロの筋肉に今度は違う使い方を全力でやれという無茶振り。それは体を深い意味で傷つける行為だ。大男との戦以前から既に立っているだけで奇跡。なるほど体に力が入るだけ私が圧倒的に有利なわけだ。だから止めねばならない。
「ロスト、今無茶したら本当に後を引く怪我を追うかもしれませんよ」
私の言葉を聞きロストは手を止めた。いや、目を見開き信じられない物を見ているといった表情をしていた。
「はぁ……もういい。勝ちは貰う」
その時ロストの雰囲気が変わった。気配としては喋る気はもうない、その程度の変化であった。正眼からの一振り。その一振りは彼と私が積み上げていった模擬戦の中で時々垣間見た受ける事が不可能な太刀筋だった。
相変わらず芸術的な剣の軌跡。だが問題はそこからだった。そこからロストは5回剣を振った。そしてその斬撃全てが受ける事が不可能な太刀筋だった。
「どうなって」
こんな事今までなかった。体を逸らし、足捌きだけでなんとか剣を回避しているがそれもいつまで持つか? だがあの受ける事が不可能な斬撃は彼の剣に対する造形の深さからくる物で、そしてどこかツボに入った時に見せる必殺の一撃だと思っていた。
私はもしかした何も彼を知らないのか? そんな事まで考え初めてようやく気付いた。彼が私に勝負を挑んだ理由、それは私が精神的に参っていたからだ。
私の過去と今回の事件の関連性からしたらしょうがないと言えばしょうがないが、簡単に邪神教に捕まり周囲をいらぬ不安を与えた事。正直情けなさ過ぎた。さらには邪神教がここに現れた理由は間違いなく私だ。つまりここにいる生徒や冒険者、彼らが異形になった原因は私、楽に死ぬ、そんな当たりを奪った生きていてはいけない命、それを突きつけられ臆病になっていた。刀に精密さが何一つない理由はそれが原因だろう。毎回邪神関係で誰かが傷つくと死にたくなるし、数カ月間はその事を引き摺る。よくよく考えればさっきまでロストとの戦闘を避けようとしていた理由は己の心情を彼に暴かれたくなかったからだ。周りの人を理由に自分を守っていただけだ。
「はぁはぁはぁ」
先ほどまで綺麗だった私はボロボロだ。足捌きで躱すにしても限度がある。切り傷も体中に出来ているし、今まで気づかなかったがあの芸術的な一振りを前にすると心が消耗する。それとはまた別に受けたら刀ごと斬り捨てられる、そんな一振り普通は怖くてしょうがない。
でもなぜだろう。なんでこんなに私は彼の一振りを見ると落ち着くのだろうか。心から元気がもらえる、今まで寂しかった心が癒やされる。
そう言えばレグルスが言ってたっけ。
「シズカお前はストレスの貯め過ぎでロストに襲いかかったって言っていたがなそれは違う。もし初対面且つ人気が全くない場所にロストがいたらお前は同じく襲いかかるだろう。何故かって? 簡単さお前たちは同類だからな」
今ならわかる。シズカとロストは生きてはいけない命なんだ。
「ふふ」
そこまで考えたら笑えてきた。受けれない斬撃? そんな事はどうでもいい。刀の持ち手を強く握ると今までの防御を捨て、自ら刀を振るう。結果刀の先端を斬られ刀身が本来の4分の3になるが、そのたびに彼への正しい思いを理解する。
ロストを気に入っていたのは事実であるが本当は危険視していた。彼の欲その本質をしれば誰もが危険視はするだろう。だが危険な思想を持っているそれは別に問題ない。一見温厚そうな人でも人には言えない趣味趣向は往々にしてある。大事なのはそれを隠し他人に振りまかない事だ。だが彼の過去を調べ、あ、これは駄目だと理解した。人を愛せる理由がないと。人を守りたい理由がないと。だが人を害したい理由はあると。世界を滅ぼす、とまではいかずとも他人を思いやる遠慮がないと。だからより目を掛けた、私と同類だと思ったから。
刀の刀身はもう半分しか残っていない。私の持つ刀は妖刀、ほっとけば治るし問題ない。それに治らなくてもそれはそれで構わない。より彼を理解をするために、私の思いを本当の意味で理解するためにこの負けが決まった斬り合いをやめる気はない。
彼の剣にはなにもない。斬られ、傷ができるたびに実感する。当たり前だ彼の欲は別に血を見たいという欲ではない。ただ彼が欲を満たしていると自然に人が死んでいるだけだ。
彼の欲とは武器の生きた証を残す事なのだから。
剣を振り他人を斬りつける。彼はその時に生まれた傷こそが武器の生きた証になると考えている。わかりやすく考えれば習字という文化だろうか? 私の祖国アハト王国にあったその文化。真っ白な紙に己の全てを描く。画家という表現の方がわかり易いかもしれない。彼にとって、いや人や生き物を害するものとして生み出された武器、その人生を描く最良な紙とは何か? そう人間だ。さしずめ強い人間は良質でちょっと特別な紙といったところだろう。彼は人を殺す事に悦楽を感じない、それに故に奢らず、人を斬ることに執着するからこそ対人戦に強い。
しかし彼のその欲求は人間社会では許されない。この欲は成長させてはいけない。成長させれば絶対にロストは抑えきれない。そして彼はいずれ殺されるのか? 無理だろう、己のためではなく武器の為に戦う彼を武器達は殺せない。私にはわかるのだ。武器を真に理解した者は相手の武器すら味方する。武器を持つものは彼には勝てないそんな最高の辻斬りが完成する。
だからこそ断言する。その欲は私が成長させる。何故なら私は寂しかったからだ。自分の隣に誰もいないこの300年が。自分と同じ生きていてはいけない命。そんな存在が隣にいてくれるのなら間違いなく私は縋ってしまう。一緒にいっていい存在として私は。
だからもし、その欲が成長しきってしまったその時は。一緒に死んであげるからね。
そこで最後の刀が斬り落とされた。鍔からは先は何も無い。首元に添えられた剣を目に私は嬉しそうに笑った。
*
こうして邪教徒のルドレヴィア占拠事件は幕を下ろした。第二騎士団の突入後残った邪教徒は捕縛され僕らも保護された。その際いつの間にかヘザーは逃げており首謀者を捕らえられなかった騎士団のお偉さは残念そうにしていたが……ヘザーが捕まっていないのであれば僕としては問題ないだろう。教会もそのヘザーが逃げる際に焼いた事にしておいたし僕に降りかかる火の粉はないだろう。異形に変えられた人々だが邪教徒が使ったナイフで変えられた程度ならば教会で治すことが出来るらしい。
そして僕らは今王都にいる。施設にいた人達を一度王都に戻しその後ゆっくりとルドレヴィアを騎士団が調べるらしい。本部長が第2騎士団長へ頭を下げているとこらも見られたが、いくら嫌われているとはいえそれを見てほくそ笑む趣味はない。
色々あった僕だが己へのご褒美が2つあった。1つは自分で用意したものだが、いや違うな、これは僕がやった行為による報酬であり、そして見ていてくれる人はいるという証拠だ。こちらは貧民街の方々が融通をしてくれたおかげで場所や道具なども簡単に揃い、3日というあり得ない速さで僕の鍛冶場が完成した。
そしてもう1つこちらは予想だにしなかった事だ。
「ではロストこの機械の上に手を」
僕はデメテルで再び機械の上に手を置いていた。この前の種族を測った装置をを少し改造したものらしく、機械の中心部に何かが埋め込まれている。そしてこの場では僕以外にもう二人。
「どうだ?」
「適合者ですね先生」
オプシディアさんとスーリアさんだ。そもそもこの二人の関係はなんだ? と聞きたくなるが簡単にいうと弟子と師の関係性らしい。スーリヤさんは元々ここルドレヴィアで働いており、その後レガリアの専門に行ったらしい。
機械に手を置くのは何も変わらないが、自分の体から吸われているエネルギーは前回と違う感じがする。
今度は体の中にある熱を持ったエネルギーを吸われ、こちらは僕の知識にないため確実ではないが多分生命力であっているだろう。
「はぁ確定だ。生命力だけで本契約も済ませやがった」
「もういいぞ」
とスーリヤさんに言われたように機械から手を離す。オプシディアさんは結果を言わず、機械の中心部にはめ込まれていた丸い物体を僕に投げ渡した。
「おとと……何これ」
急に投げられたため手の上で1度2度と弾いてしまったが床に落とすことなく掴むことが出来た。その物体は丸くつるつるしておりその姿は僕が苦手なレガリアに酷似していた。顔をしかめその物体を眺めているとオプシディアさんが声を掛けてきた。
「魔素浄化装置、これを使えばお前の寿命もまた少し伸びる」
「何年くらい?」
「知るか」
「酷い」
と抗議するが。
「医療の進歩はデータの蓄積、発症者は現在世界でただ1人の病気に確実性のある言葉を言えるか」
と誠実さに溢れた言葉を貰ってしまった。
「はい」
とこれには頷くしかない。
「ロスト、魔素浄化装置をレガリアに繋いで起動しなさい」
何故か不機嫌そうに言葉の節々をつり上げるスーリヤさんに疑問を抱くが言われたようにやって見ようとするのだが。
「ええーと、確かこのボタンで」
「もういい。貸せ」
初めて触る装置だ、手間取りひたすらに魔素浄化装置の隅々を手で触れながらレガリアを繋ぐコネクターを捜す。そんな僕を見かねてかスーリヤさんが近づき僕のレガリアと魔素浄化装置を取り上げる。 僕の苦戦が嘘のように装置同士を繋がれ返却。
少し言い訳をさせて欲しいのだが僕はレガリアを触るのはほぼ2ヶ月ぶりだ。オプシディアさんから命を削るからレガリアを使うのはやめろと言われていたが、そもそもルドレヴィアに来た時道具袋と一緒に木箱にしまってから一切触っていない。久しぶりに触るレガリアだ、どこに何があるか忘れていても文句を言われる筋合いはない。この事を心の中にそっとしまいこみ、目の前のレガリアに目を向ける。
「で、なにこれ」
「ようこそレガリアの世界に」
僕の持つレガリアには今までなかった文字が浮かび上がっていた。
LV1と
「この機能すら動かないとか逆に感動的だがな」
「ま、この数字の意味は後でスーリヤに教えて貰うんだな」
「でも」
僕は少し眉を下げる。レガリアが辛うじて機能を発揮できる用になったのはこの魔素浄化装置のおかげだ。そしてこの魔素浄化装置はとても貴重なものだ。だから返さなければ行けない。これがあれば普通の人と同じようにレガリアを使える、他人にとっての当たり前を僕は羨んでしまう。その行動は無意識だった。誰にも渡さないように魔素浄化装置を手で強く握り締め隠すように背中に、二人の死角に持っていった。
「大丈夫だ。それはもうお前の物だ」
「さっき言っただろ。本契約を済ませやがったと先生が」
「すいません」
正直恥ずかしかった。胸を張っていきたい。僕を救ってくれた孤児達やロベルトに背中を見ろと言っておきながら、盗もうとした。でもこの魔素浄化装置だけはどうしても欲しかった。機械に埋め込まれている時から、ごめん嘘ついた。本当はスーリヤさんが厳重な道具袋を開けた瞬間匂った懐かしい香りにどうしても心惹かれてしまった。
「一つ忠告だ。その魔素浄化装置は魔性の道具だ。殆の人間がその道具を見れば奪おうとする。ルシアやシズカの前ですら見せるのは危険だ。お前が将来結婚するかもしれない相手にも自らの子供にも見せてはいけない、わかったな」
「うん」
オプシディアさんの真剣味のある顔は何度か見たことがある。だが鬼気迫ったこの顔には決して及ばない。誰かを怒るよりも、悲しむよりも、より強い義務感を持って僕に言った。僕は魔素浄化装置をより強く握りしめ。
「はい」
僕は決してこれを手放さない事に決めた。
*
スーリヤ視点
「本当に良かったんですか?」
「ああ」
先生の目には後悔はない。元々先生の品だ。私が何かを述べる筋合いがないのはわかってる、わかってはいるが。
「原初のレガリア、今世界に普及しているレガリアの元となったものですよ」
どうしてもそう言わざる終えない。あんな子供に渡す位なら私が後の世のために研究として使った方が良い。彼には恨みはなないしむしろ気に入っている、だがどうしてもそう思ってしまう。
「ちょうどよかった。お前が王都に来ている間に私の監視下でロストに渡せてな。スーリヤお前の事だどうせ勿体ないと思いロストに渡さなかっただろう。だがそれでは困るんだ。お前ほどの才能が死なれてはな。もし私の手紙を無視しスーリヤ、お前が原初のレガリアを手元に置き続けようとしたら死んでたぞ。」
先生の才能豊かで死なれて困るという評価を大変嬉しく思う。だが死ぬとは? 道具は所詮道具。今までの研究結果で原初のレガリアは呪いの呪具ではない事はわかっている。あくまで有効なこの世界で唯一魔素浄を浄化する手段、ただそれだけの品のはずだ。
「原初のレガリア、あれは適合者を求め彷徨う性質がある。縁を持たぬ者が適合者との接触を阻害しようものなら牙を剥くぞ」
「そんなばかな。そもそもあの原初のレガリアは誰の物でもない。誰の物でもあってはいけない。人間が今後生き抜くためにも必要な財産の1つだ」
「そもそもアタシの物だがな」
「っぐ……確かに先生の物ですけど先生なら人類の為に」
先生ならわかるはずだ。この世界には問題が多すぎる。1人の子供、その命を長引かせる為に使うくらいなら犠牲にすればいい。種の存続と1人の命、どちらを選ぶか決まっている。
「すまない」
「え」
何が?と 私は混乱する。心を呼んだ? なら先生は激昂するだろう。命をどこまでも大事にする人だ。種と個人どちらか選べと言われたらどちらも救うと言う人だ。だから私は現実的な方を選ぶ悪役になると決めたのだから
「事情を知らないスーリヤがそういうのはしょうがないだろう。でも、でもな、私はこれ以上あの子から何かを奪いたくないんだ。それに原初のレガリアは私の物ではない、そして何より道具ですらないんだ」
「先生」
背中を向けて答える先生の声は震えていた。恩人の涙、それを無下にするほど私はまだ人でなしではないらしい。
「先生が言うなら」
「ありがとう」
事情を調べる事ができればいいのだが難しいだろう。先生は世界中を駆け巡っている。ここ2週間王都に留まり続けているのが奇跡なほどだ。そして3000年前から生きている数少ないエルフでもある。余程の事情があるはずだ、なら先生を信じよう、私も又先生のデメテルの徒なのだから。
*
それから更に1ヶ月程がたった。僕自身王都預かりの身になり貧民街を駆け回っている。依然冒険者達との関係は最悪に近いが貧民街の酒場に出入りする冒険者達とは話せる位の関係になった、というかさせられた。
「おい、マックス、トビー、リアナ、コイツと話せ」
「げ、マスター、コイツは俺らのかわいいアイドルミーシャちゃんを泣かせた奴だぜ。仲良くなんかできんよ」
リーダーのマックス彼の後ろにいるメンバー2人も頷くがマスターの、
「なら次から出禁だ。ああ、ついでにツケにも利子付けるからな」
「そんな」
と追い詰められた故の出会いが始まりだった。
「なんでミーシャちゃんを泣かせた奴と」
周囲を包囲され文句を言われ続けると思ったがこの連中全員漏れなく下戸だった。皆にだる絡みをされつつ、話を聞いていたら一体感が生まれ仲良くなった。
「おい、ロスト知ってるか? 大陸中部から英雄ブルース・クロフォードがやってくるらしいぜ」
「誰それ」
「知らんのかお前」
酒場に来るとマックスさんが肩を組んでくる、その際彼の口から酒臭いが吐かれ僕に襲い掛かる。マックスさんはすでに出来上がっているようだ。酒場を見渡すとマックスさんのパーティーメンバーであるリアナさんとトビーさんの姿はない。その事に少しだけホットする。マックスさんはいいのだ。彼は話をしっかり聞いてやれば被害を出さない酔い方をする。元々酔っ払いの扱いは心得ているが残り二人は少々面倒くさい。ともかくマックスさんをさらに気持ちよく酔わせ、そこから情報を漁る事にした。
「俺も知らない」
「おい」
マックスは呑気に天井を眺めジョッキを持った手を掲げながらそういった。自分から話しを振っておいて……いけない、いけない、相手は酔っ払いだ怒ってはいけない。酔っ払いとはこんなものだ。普通は実りある会話の方が少ないが、このマックス、実りある会話が多い下戸だ。ほっといたら自身の記憶から情報を絞り出してくれる。
「功績の1つに邪神教団の本部を潰しってあったな」
「それは凄いね。で、なんでこの大陸の隅っこにくるの? ……マックスさん?」
マックスは机に体を突っ伏しいびきをかいて眠っていた。これじゃあ興味を引き出されただけ、生殺しだ。調べる伝がないわけじゃないけど、お金が掛かるしいいや。
「マスターお勘定、マックスさんにツケといて」
「わかった。ロストお前も気をつけて帰れよ」
「はーい」
貧民街で彼が泊まっている宿屋までおんぶで連れていく。この宿に僕は泊まった事はない。しかしこの宿はすでに常連に近い場所にもなってた。その理由はマックスさんだ。すぐに酔い潰れるマックスさんを何度も連れてきている間に店の人と顔見知りになってしまい、今では事情も聞かれずに顔パスで宿屋の奥までマックスさんを連れて行ける。
「ありがとね」
女将さんに手を振られながら、日が沈み始めた王都を歩き自宅に帰る。そしてロベルトの第一声が。
「酒臭いな」
と敬遠するかのように鼻を摘みながら距離を取られた。そんなロベルトを見ると意地悪をしたくなる。
「ローベールートー」
「わ、やめろ」
彼に飛びつき、体についた酒の匂いを移そうと体を擦り付ける。家族に憧れていた僕はこういう何でもないじゃれ合いを好んでいた。だがロベルトには関係ない。だから彼が嫌がっていないかといつも気にしている。口では嫌だと言っているロベルトも本気で引き剥がそうという気配はない。同類だと喜ぶべきか、辛い思いをしてきたと同情すればいいのか実はよく悩んでいる。
そして夕食の時に切り出す。今後の事を。
「ごめんロベルト、明日本部長から直々に呼ばれてるから遠出をするかもしれない。だから宿屋で生活する準備をしておいて」
「たっく。大丈夫だって言ってるだろ」
「ごめん、僕が安心できないから。友人を紹介してくれれば話しは別かもね」
ロベルトが少しずつだが外の人と確かな縁を持ち始めているのは知っている。でもまだ保護者である僕に正式には紹介してもらっていない。多分甘えているのは僕の方だけど、それでも友人を1人でも紹介してくれない内は過保護でいようと決めている。
「アイツは連れて行くのか?」
「ロベルトに……」
ロベルトの言うアイツとはこの家に出来た新しい家族の事だ。今は僕の頼みで王都の外に行っているが明日には返ってくるだろう。ロベルトは頭が良い。人の事もよく見ているし、だからか先程の僕の心情を知ってか冷たい目を送ってくる。
俺もお前の事を心配する資格あると思うが。彼の目はそう言っていた。
「やめてその目は、連れてくから、連れてく」
その言葉に安心したのか、ロベルトの雰囲気が僅かに緩む。
「わかった。とにかくもう寝よう」
明日やることはいくらでもある。互いに自室に入る前、廊下で今日最後の言葉を交わす。
「おやすみロベルト」
「おやすみご主人さま」
ささやかな夢だが、こういう当たり前の挨拶をまたできるのが頑張ってきた一番のご褒美かもしれない。
*
緊張した面持ちで本部長室の扉を叩く。
「入れ」
返事がきたので扉を開け中に入る。そこには本部長とその秘書エヴァさんそれ以外に2人の人影があった。1人は黒髪の男性で成人男性と比べても背が高い。切れ長の赤い目に黒い髪が与えるクールな印象、女性人気が高そうな人だ。
もう一人は綺麗な空色の髪、更に目を惹くのはその目、左が赤色で右が琥珀色のオッドアイの美少女。こちらは14〜5歳くらいの外見か。ふと2人と目がある。初対面のはずなのだが、彼らは僕を見ると驚いたように顔なった。男性の方は目を見開く純粋な驚き方。少女の方は顔より手が動いた。腰にあるホルスターに手を伸ばし魔導銃を一切の淀みなく抜き僕に向ける。
「動くな、初めましてだね、私の死神」
「え、何が?」
両手を上げ降参を示すが彼女の敵意は収まらない。どうやら今回も一筋縄では行かないようだ。だがやることは何も変わらない。ただ1つずつ子供の為に、そして大切な人とこれからも幸せに過ごすために。変わらず手を尽くすだけだ。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
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