彼女への願望
油断とは恐ろしいものだ完全を不完全にする。未完故の不完全ではなく、こぼれ落ちるが故の不完全である。人の持つ嗜虐性はどこから来るのか? ストレスか、それとも自分が苦痛なく達成できる手頃な目標且つそれを他人と容易に共有できるからか? なるほど被害者の事を考えなくてよいなら優れた方法だ。だからなのだろう人が嗜虐性を持って他者を害する時、視野は極端に狭まる。陶酔しながら自分が被害者より上だと害される可能性がなく証明できるからだ。 まぁ僕から言えることはただ1つ。場は選ばねばならない。彼らがいるのは安全な家の中などではないのだから。
少し豪華な服を来ている邪教徒の背後には足音を忍ばせるだけで簡単に回り込めた。邪教徒は背後を取られてなお目の前の悪趣味なショーに夢中のようで、心の中では背後を取られたら流石に気づけよと呆れていた。
エリックをナイフで刺そうとしている男の背後から心臓に向け剣を突き刺す。この際2つの小細工をする。1つは剣を刺しすぎない事だ。邪教徒達は体のラインを隠す事ができるローブを皆着ている。上手くやれば剣を突き刺した事を目の前の5人は気付かれずに済む。
もう一つは剣から電流を流し刺した男を操ること。といっても人形にするわけじゃない。倒れさせず、心臓を貫いた後の断末魔を上げさせない為のものだ。声に関しては喉の筋肉を操れば結構簡単だ。
こんな煩わしい事をするのはガイとエリックの安全確保の為。せめて彼らの自由を奪っている邪教徒くらいには確実な奇襲を決めねば彼らが何をされるかわかったものじゃない。
それにもう時間を掛けてはいられない。ルドレヴィアに来る途中に第二騎士団を見つけた。現在突入の準備をしており、その状況からルドレヴィアへの突入は最短で一時間後。末端の邪教徒はともかくシズカとの日常を守るには情報を持っている階級の高い邪教徒を第二騎士団に渡す訳にはいかない。だから申し訳ないが死んでもらう。一般的な邪教徒とは違う階級の高そうな、特にローブに金色の一本線が入っている奴は。
人を殺す、その罪悪感が心を突き刺すが手はなにも表してくれない。邪教徒の背中から手を伸ばし先程エリックを刺そうとしていた黒いナイフを取り上げる。嫌な予感のするナイフだ。それに目の前の5人もそれぞれ同じ物を持っている気配がする。現在邪教徒達はガイを抑え、下卑た笑みを貼り付けガイの表情を楽しんでいる。筒からライラの街にあった剣を音を立てぬように取り出し、現在持っている剣と合わせ双剣という形に武器を変更する。今度はガイを抑えている邪教徒2人に近づき、声を上げる暇すら与えずガイを押さえつけている両者の手首を斬り落とす。
「っつ」
くぐもった声を上げた邪教徒2人。両手に持っていた双剣を地面に突き刺し腰袋に入っている投げナイフを取り出す。両手に1本ずつそれぞれ持つと手首を斬った邪教徒2人の喉目掛け投げナイフを突き刺した。
まだナイフを喉から抜いていないのだ、出血が抑えられ今すぐ手当をすればもしかしたら助かるかもしれない傷。しかし邪教徒2人は混乱のあまり何もしなかった。二人の選択を尊重し、地面に突き刺していた剣を再び掴むと邪教徒2人の首へ同時に振り下ろす。ゴトという重い音が2つその場に響いた所で残り3人の邪教徒は状況をようやく理解した。
そして戦いと呼べる物が最低限始まった。生き残った邪教徒3人は同時に距離を取り、魔法を放つための魔法陣を展開した。3人それぞれが個々のスペースを確保し、1人がやられたとしても剣を振れば足は止まる、その隙を狙い僕に魔法を打ち込み仕留める。援護を諦め確実に一々交換をしようとする覚悟には素直に称賛する。
ある意味危機敵状況だがその時僕は剣を筒に戻しながら己について考えていた。
(気が立っている?)
だが冷静になろうとは考えない。なら己の狂気の気の向くままに。腰袋から投げナイフを3本取り出し左腕の一振りで投擲。教科書通りに右腕を前に突き出し魔法を詠唱している邪教徒達の右手の平にナイフはそれぞれ一本ずつ命中する。魔法の詠唱をやめたのは一番左側の邪教徒、そこへ体を低くし一気に距離を詰める。この距離で魔法使いが魔法の詠唱すらしていないのであれば狙われるのは当然だ。他二人はそれがわかっていたのだろう。ナイフが刺さり顔を歪めながらも詠唱を続けている。
僕は剣を一度鞘に納め次の手を考え決めた。魔法を止めてしまった邪教徒へ突っ込む勢いはそのままに鞘の先端を鳩尾に叩き込む。その際邪教徒の体を吹き飛ばさぬよう下から浮かせるように突き上げる。浮いた邪教徒の下を通り背後に回る。その背中を右手で掴み空中で邪教徒の体を操り魔法を防ぐ盾として眼の前に置く。
「やったか」
呑気な声が1つだけ聞こえてくる。命の危機を脱したのだ2人でそれを喜んでも良いはず、そう思い呑気な声を口にした邪教徒は隣にいる仲間を見る。しかし生き残りであるもう1人の邪教徒は今にも倒れそうにふらついており、彼の喉元には右手の平に突き刺さっている物と同じ投げナイフが深々と刺さっていた。僕が邪教徒を魔法の盾にした際に空いていた左腕で放った物だ。
「貴様!!」
仲間の死を嘆き大声を上げる最後の邪教徒。仲間の死を尊ぶのは素晴らしいものだ。しかし先程も言ったが場は選ばなければいけない。感情は大きな力だ。己を鼓舞し、戦場で最も不要な怯える心に活力を与え死へと引きずる鎖から己を解き放ってくれる。だが大きな力を突如ゼロから、いやマイナスから生み出そうとすれば必ず溜めがいる。 無意識に生まれる溜を僕ら戦闘者達は隙と言うのだ。
意気込む邪教徒が僕に殺意を向けようとするが視界に入るのは焦げた死体のみ。焼けた死体が邪教徒に向かって飛び、それを受け止めた最後の邪教徒は顔を歪める。仲間の死体に顔を歪めた訳ではない。腹部に突如現れた激痛、自らのお腹を見るとそこには剣が突き刺さっていた。剣の出先を追っていくと自分が受け止めさせられた仲間の死体から伸びていた。そして剣がゆっくりと引き抜かれる。体に力が入らず邪教徒は死体に押されるまま仰向けで地面に倒れる。邪教徒の意気込みは虚しく散り、その意気込みでは僕の姿を見ることはできない。見れるのは先程自分達の魔法で焼いた仲間の顔だけだ。
*
「ガイ大丈夫か」
「ああ……オイラはな」
と聞いているだけでも疲れそうな声が返ってきた。ガイに手を貸し立ち上がらせるとエリックの元に向かう。
「エリック……大丈夫か?」
ガイの声に反応したか、目を覚ますエリック。しかしエリックはガイに目を合わせようとせず、そのまま蹲り返事を返さない。ガイはエリックの気持ちがわかっていたのだろう。5人の邪教徒を引き付けガイに時間を稼いで貰ったのに自分は1人の邪教徒にあっさり負けた。自分の不甲斐なさ故にエリックはガイに顔向け出来ないでいた。
「すまん」
なんとかエリックが捻り出せた言葉がそれだった。その声にはガイに向けての申し訳ないといった思いが溢れるほどに乗っていた。
「何言ってるんだよオイラ達はまだ生きてる。これからだろ」
「……ガイ」
「それにオイラはエリックが生きてて嬉しいよ。もしエリックが核の破壊を成功させても死んでしまったら意味はない」
ガイはそう行ってエリックに手を差し伸べる。
「つつ!!」
エリックはその時初めて顔を上げた。そして目に入る焦げたガイの姿に顔を歪める。エリックは笑顔で手を取ることは出来ない、それでも。
「ありがとうガイ、俺もお前が生きてて嬉しいよ」
互いの無事を抱き合い喜びあった。そんな感動的な場面だが僕は水を刺さねばならない。
「で、どんな状況?」
僕はガイとエリックに状況の説明をして貰った。邪教徒が人を異形に変えるナイフを持っていること、今西棟がパニック寸前であり、それを少しでも押さえるためにガイとエリックは皆に無断で通信を妨害している結界を壊しに来た事、そしてあの魔法陣の中央にある宝石がその核である事。
「で、冒険者が救援に来たのか?」
そう目を輝かせるエリックとガイには申し訳ないが真実を伝える。
「僕1人で来た王都から走って」
僕1人で来たという事実に落胆するのは自然な感情だから気にしないが二人揃って呆れられるのは納得できない。
「良い報告もある。あと一時間位で第二騎士団がここルドレヴィアに突入する」
「本当か?」
「これで助かる」
2人は安心したように腰を落とし地面に座る。それとは反対に2人の行動に僕は思わず眉を潜めた。ここは安全地帯ではない、気持ちはわかるが二人の教育係に近い立場だった僕からすると少し面白くない。僕は手を軽くだが鋭くビシと2度叩く。すると地面にお尻を置いていた二人の体は音に反応し勢いよく立ち上がる。
「しまった癖で」
と言ったガイを見て今度は普段の教育の成果を感じ、満足そうに僕は頷く。
「安心するのは西棟に帰ってからにしよう」
当然だがここは敵地だ。安心して座るにはまだ早い。僕の意見に異論はないようで結界の核を壊してからこの場を離れ西棟に向かった。
*
西棟に戻る際邪教徒とは殆ど鉢合わせはなかった。見回りと称し巡回をこなしていた邪教徒はいたが、それこそ10分に1回通りかかる位でガイとエリックから聞いていたように何かを守っている、そんな印象が見受けられた。ローブが豪華な邪教徒のみに狙いを絞り奇襲、それ以外は無視して西棟に向かった。
西棟に着いた後エリックとガイは冒険者達に死ぬほど怒られた。第2騎士団の話を2人が怒られる前にしていたからか怒りの中にもガイとエリックへの気遣いがあり、感情だけではない怒り方に冒険者達も少し余裕が戻ったように感じられる。体力が余っているなら雑用をやらせてやると冒険者達にエリックとガイは引きずられていった。僕はこんどこそ西棟を出てシズカの元に向かおうとした時スーリヤさんに呼び止められる。
「行くのかい?シズカの元に」
「ええ」
「気をつけなよ」
「はい」
時間もないことだ短い会話で区切り西棟を出ようとする。スーリヤさんはオプシディアさんとも知り合いだろうしシズカの事情も少しは知っているのかも、だから止めない、時間を掛けない、遮らない、それを有り難く思いながら今度こそ西棟を出ようとするが……はて何か重要な事がもう1つあったはずだ。道具袋に手を突っ込み漁っていると少し違和感を感じる。何か仕切りのような物が道具袋を広げており、そこでようやくオプシディアさんからスーリヤさんに手紙を渡してくれと頼まれていたことを思い出した。
「スーリヤさん」
と戻ろうとする彼女を呼び止める。
「なんだい?」
「これオプシディアさんからです」
「はぁ、あの人は」
その返答には過去の苦労が現れていた。そんな手慣れているスーリヤさんでも此度の手紙は異常だったらしい。手紙を受け取った瞬間「なんだこれは」と手紙に付与されている魔法陣の数に戦慄していた。そして恐る恐る手紙の封を開け中身を読む。一文字読む毎に真剣味が増していき横から見ていてもそれがわかる。
「手紙の中身は了解した。とりあえずロストは今回の事件が終わったら1度私の研究部屋に来てくれ。軽い検査をしたら恐らくだが渡すものがある……先生が言うならほぼ確定だろうがな。だから死ぬなよ」
「はい、では失礼します」
今度こそ西棟を出てシズカの元に僕は向かった。騎士団突入まで残り30分。もう時間はないのだから。
*
シズカさんの場所を見つけるのは難しくはない。邪教徒達のルドレヴィアでの本拠地はどこか? そもそもどうやってルドレヴィアに突然現れたか、まずそこから考えよう。転移の可能性が最も高いが森の中を歩いてきた可能性も捨てきれない。仮にも冒険者を教育する施設、そして貴族子弟を受け入れていた事から設備には金が掛けられている。つまり様々な対策がこのルドレヴィアにはあるということだ。転移不可の結界に周囲の森には各種魔法が仕掛けられており気付かれずにルドレヴィアに侵入するのは不可能、そう何かしらの小細工がなければ。問題なのはどこに小細工を仕掛けていたか。そんなのは簡単だ。いたじゃないか、ルドレヴィア再編の時捕まった邪教徒の関係者が。
「コーレル司祭」
実は少し期待していた。もう一度彼に会えるって。厳格を形にした彼がどうして邪教徒に手を貸したのかを本来は聞くべきなのだろう。でも僕は感謝を述べたかっただけなんだ。ありがとうって、ただ純粋に。1度位はこの状況でも見逃していい、そう思えるくらいには恩義を感じていたのだから。だからこれは一方的な期待だ。今回の敵、その元締めが彼だといいな、そんな願望だ。
「ああ?」
教会の扉を開けるとコーレル司祭ではなくギザ歯の赤毛女がいた。
「ガキ、私を裏切り者コーレルと間違えただと?」
赤毛の女は椅子に座って足を組み鋭い目つきで僕を睨む。だがその女を見たと同時に僕の頭は冴え始め優しさが冷たさに変わる。この女には何の興味もない、タダの敵だ。
それより祭壇で寝かされているシズカの方が余程気になる。鈴を鳴らし状況を確認する。脈拍、呼吸や体温に異常はない。シズカに命の危険はなさそうだが……何かに繋がれている? シズカの胸元には大きなパイプのような物が取り付けられており、そのパイプは祭壇の下にある魔法陣に伸びていた。その魔法陣は教会全体に張り巡らせれている結界に連動、時々赤く脈動する。それにギザ歯の女は気になる事も言っていた。
「裏切り者?」
「そうだ。あいつ我らバハムート教を裏切り原初の使徒につきやがった」
気になる内容も多いがもういいだろう。シズカをあのままにしておく訳にもいかない。そもそも奇襲をしなかった理由はそれに適した場所がなかったからだ。時間もないことだ弱音を吐かずに一気に勝負を決める。
足に力を込め目の前の邪教徒に向かって一歩を踏みしめる。証拠隠滅を考えるのならば5分以内に片付けなければ。
「あん、私の会話はまだ終わってないだろうが。動くな」
焦らなければいけない状況、多少の被弾は覚悟したつもりだったが目の前の光景には流石に足を止めざる終えなかった。
「まるで壁だな」
僕とギザ歯の女、その間には魔力で作られた球が天井までぎっしりと壁のように積み上げられていた。この壁を何とかしなければ僕は距離すら詰められない。
「それにしても魔力球か……今一番相手にしたくないかも」
魔力球、魔力で作られた球だ。魔力球に術者以外が触れれば球は爆発する、それだけの単純な魔力技法。
追尾や誘爆、形を変え人に化けさせ奇襲する方法もある初歩的かつ応用が効く厄介な技術だ。
「で、何を聞けばいいの?」
「そうだな。まずは私の名だ」
思考を切り替え時間を稼ぐ。コイツと戦うなら最低でも満たさなければいけない条件が幾つかある。1つはシズカから離すこと。爆発する魔力球、そんな物を意識のない人間の近くに置いてはおけない。もしシズカの近くで爆発したとしても彼女は防ぐ術を持っていないのだ。もう1つはあの魔力球の数を減らしギザ歯の女への射線を作る事だ。ナイフを投げ魔力球を1つや2つ破壊しても意味はない。すぐに補充されるだけだ。
そして僕が今、魔力球使いを一番相手にしたくない理由の1つが足の疲労だ。流石に80キロという距離を踏破した後に全力戦闘を何度も行なうのは無理だ。肉体的な意味での絶対的な限界値がすぐそこにある。
正直足が震えて動かない、なんて状況は等に過ぎているしすでに何度も足がつっている。そんな中で手数が多く、移動を強いられる魔力球使いが相手だ。倒すのにも時間が掛かるし最悪の相手といっても過言ではないだろう。
「私の名前はヘザーって聞けよ」
何も纏っていない投げナイフををヘザーという邪教徒に、正確には彼女が操る無数の魔力球に投げる。魔力球に投げナイフが当たると、何事もなかったかのように1つの魔力球とナイフがその場から消滅した。
「へへ、教えてやろうか。アタシの魔力球は……て聞けよ」
虚言を言われてもそこに付きやってやる時間がないためヘザーの言葉は無視をし自ら検証する。先ほど投げナイフで狙った魔力球はヘザーが操っている魔力球の中でも一際高密度の魔力で作られていた。あの魔力球の効果は当たった存在そのものを対消滅させる。数が一番少ない種類の魔力球だ、所謂トドメ用だが強力故に作り出す際の消耗も大きい。ヘザーを消耗させる為にも積極的に狙っていかないといけない魔力球だ。
さらに数度投げナイフを投擲し続ける。わかったことはヘザーの使う魔力球の効果は主に3つという事だ。先程の対消滅の魔力球。魔力に反応して爆発する魔力球。最後は単純に触れれば爆発する魔力球。
「てめぇ、いい加減私の話を聞け」
「何で? 僕急いでるんだ」
相手に焦りを感づかれないようできるだけ冷静に聞こえる声色で言葉を返す。
魔力球を極めた魔法師をなんというか知っているか? 魔力球は爆発を起こす魔法ではない。空気中の魔素と魔力球内の魔素が触れた瞬間に爆発する、その環境をあの球体の中に作成する技術だ。あくまで爆発は魔力によって起こされている物ではない、そのため魔力球の爆発後空気中にはロスなしで魔力球を制作した時に使った魔力が残る。その魔力を再利用し魔力球を再び作成、魔力球の使い手と戦う者は無限に魔法を作り出される錯覚も相手にしながら戦わなければならない。だから僕達は魔力球を極めし者を「無限の魔術師」と呼んでいる。
ヘザーに向けて投げナイフを投げるがその都度足がふらつきそうになる。ほんの僅かな行動1つ1つに足を踏ん張り意識を使わされこちらが勝手に消耗する。魔力球は持久戦こそが真骨頂、そんな使い手に真正面から挑んでも今の僕では絶対に勝てない。
「女神に騙された哀れな連中だから優しくしようと下手に出てればもういい、死ね」
だから怒らせる必要があった。最低限戦うために、最速で描いた勝ちのイメージを実行するために。
100を超える魔法球が僕に向かって射出される。その魔力球の壁を背に教会の入口に向かって僕は走り出した。
「おいおい、今さら逃げても遅えぞ」
教会の外に出れば助かる、一度時間を掛けて体を回復させてからの方が勝率が高い? そんな弱気が混じった思考が頭を過るが、それは残り時間が少ないという事実が押しつぶす。後30分で第二騎士団が突入する。シズカとこれからも一緒に過ごすためにはコイツを倒すしかない。走りながら剣を抱きしめ集中力を高める。ほんの数秒の事であったが焦りは吹き飛び冷静に考えられた、しかし馬車を斬ったときほどの集中力は得られない。それでも勝ちのイメージに繋ぐプランはできた。
変わらず教会の入り口に向かい走る。とはいえ遮蔽物もない礼拝堂からの直線ルートだ。ヘザーが僕を魔力球で追い始めた時の事だ。ヘザーは魔力球の壁、その下部分のみを使い教会の入り口に逃げる僕を追った。教会の入口までもう少し、このままのペースなら逃げ切れる、だから僕は少しスピードを落した。今のままのペースでは教会の入り口に魔力球より早くたどり着き簡単に逃げ切れてしまう、それをヘザーに気付かれ今引き付けている魔力球を手元に戻されては困るのだ。頑張れば捕まえられる、目と鼻の先にいる美味しい獲物に擬態しろ。教会の入り口その扉を開ける時に足が止まる、その必然の減速時に魔力球が当たるように速さを調整する。
「終わったな」
そんなヘザーの声が聞こえた。教会の入口に手を伸ばす。引くかそれとも壊すか、どちらにしても足は止まり魔力球が直撃。それを防ぐ為に僕が選んだのは教会の壁を駆け上がることだった。垂直の壁を駆け上がりそして壁を蹴り横に飛ぶ。魔力壁と呼んでいい魔力球の集合体その真上を飛び越し、入口とは反対、今度はヘザーへと走り出した。ヘザーは僕を追う際に綺麗に半分に分け下の部分の魔力球の壁で逃げる僕を追った。つまり上半分のスペースは空いていたわけだ。だが露骨に上を通り抜けようとすれば下の魔力球を上に飛ばしてそれを防げば良いだけ。奇策でなければ上を通り抜ける方法は成功しなかった。
そしてもう1つ、垂直に壁を走れた理由は最近王都で学んだファトゥス流のおかげだ。あの流派は剣を教える事はないが様々な選択肢を取れるような土台を教えてくれる。今回使った技は壁走りだ。着地の衝撃を前方回転受け身でそらし、一切の停止行動なくヘザーに向かう。
「っち」
ヘザーもシズカが大事である事はに変わらない。すでにシズカの前方におり離れた位置にいた。そして手元に残しておいた魔力壁の上半分を下ろし僕の進行方向を塞ぐ。結果魔力壁での礼拝堂側と入口側の挟み撃ち。
「調子に乗った末路だ」
冷や汗はもちろんかく、しかしこの方法しか思い至らなかった。
ヘザーの一言の後僕は抵抗を開始した。脱いだ上着を右手で掴み、残った左手で出来る限りの投げナイフを投げた。両手で掴んだもの全てに魔力を込める。ナイフが魔力球に当たる毎に爆風が舞い視界がどんどん利かなくなる。そんな中でも対消滅型の魔力球だけは確実に落としていく。爆風で皮膚が焼け、ところどころ服も破れ始める。誘爆した魔力球もいくつかは存在するはずだ、それを合わせると潰した魔力球の数は50は超えたか。しかし魔力球は減っても減っても増えていくだけ。そして投げナイフも最後の一つ。無駄な抵抗も終わりを告げる時が来た。死に姿を隠すように上着でヘザーから身を隠す。そして最後の抵抗としてヘザーに向けて投げナイフを投擲する。一際魔力を込めた投げナイフだ、1つ2つと魔力球の爆破をものともせずに突き進むが対消滅型の魔力球で受け止められその意地の一撃も終わる。そして遂に背後からも魔力壁が追いつき一際大きな爆発音が周囲を震わせた。
*
ヘザー視点
大きな爆発音だが一度だけでは止まらない。10を過ぎ、20、30と50が見えたところでようやく爆発音はやんだ。あの少年の最後の抵抗のせいで魔力球が直撃したかはこの目で捉えられなかったが魔力反応式の魔力球は確かに発動した。念の為に魔力球を追加でぶつけ続けたがそのどれもが爆発を起こす。つまりあの少年はあの場所で魔力球を受け死んだ。流石に死ぬ姿を見るのは目覚めが悪い。爆風で視界が封じられたのは運が良かったのかもしれない。
見慣れた光景。建物中だから空気を読むのは容易い。そしてここはあのコーレルがいた場所だ。あの生真面目な男が隙間風を許す甘えた教会に住むはずはない。そろそろ煙が晴れるか、そんな事を考え完全に体の力を抜いたその時だった。
「がっ、」
突如背中に強烈な衝撃が生まれた。足の力ではその衝撃に耐えられずに床にたたき付けられる。
「だれ……だ?」
なんとか紡げた言葉。しかしその疑問の答えは目の前の景色が教えてくれた。煙が晴れたその場所には何もなかった。本来そこにあるはずの少年死体は存在せず、つまり私の背後を押さえている人物の正体、その答えは……でもありえるのか? 確かに魔力球は命中していた。しかも50近い魔力球の追撃も行なっていたのだ、それをほぼ無傷で耐えきるなど。
「どうやって?」
「敵に聞いてどうするよ」
少年は動けぬ私を捨て置き英雄シズカの元に歩き始めた。私に命に別状はないがほぼ再起不能な傷だ。少年の攻撃は私の背中、しかも腰を強烈な一撃下砕いたのだ。私の少しイカれている体じゃなければ死んでいてもおかしくない。それでも意識は途絶える。薄くなり始めた意識の中で最後の手段を取るための準備を開始する。
「迴セ繧上l繧埼が逾槭?蟄舌?ゆク也阜縺ォ逍弱∪繧後@謌代i縺ョ蠕檎カ呵??h」
*
「敵に聞いてどうするよ」
そんなヘザーを捨て置きシズカさんの元に足を進める。
危なかった。前もって決めていた作戦とはいえ失敗してたら死んでいたのではないか?
背後から迫る魔力球。それはファトゥス流の技法を使い空中を蹴る事で危機を脱したのだ。といっても今の僕では空中を蹴れる回数は態勢が整っているという条件付きで2回。むしろそれ以前の小細工に気を使っていた。
ヘザーにした小細工は2つ。1つはあくまで相手の魔法球の爆発により生まれた煙で視界を塞ぐことだ。
己の技術で生み出された環境は見慣れているため中々疑えない。自分で作り出したいつもの光景、それこそが勝利の油断を誘うことができる。もし僕の煙玉で作った煙があの場を覆っていいたらヘザーは油断せず、最後の背面の一撃は簡単には入らなかっただろう。何故なら相手が作り出した状況だ、何かあるかも? そんな一瞬の疑念が相手の心をキツく縛り上げるからだ。
自分の爆発のみが周囲の環境を作り出し不純物がない完全に支配出来ている状況。相手は最後の抵抗として足を止めナイフを投げる。視覚は両者爆発により生まれた見慣れた煙でほぼ潰れているが、こちらは魔力球で相手を囲い込むことにも成功している。自分の思い描く最高の必殺タイミング、信じない奴の方が少ないだろう。
そして最後の大きな爆発。追撃まで入れそれが全て正常作動した。こちらは騙されてもしょうがない、なんせ実際に当たった物があったのだから。そう僕の魔力をたっぷり込めた上着だ。魔力に反応するタイプの魔力球は誘爆してくれない。かならず魔力のあるものが触れねば爆発しないのだ。これをヘザーは探知魔法代わりに使っている事に僕は気付いていた為これを利用しヘザーに僕が今だ爆発地点の中心にいると思い込ませたのだ。例え魔力球の一撃で上着が粉々になってもその僅かな破片が後から来た魔力球に干渉し爆発させる。全ていつも通りだからこそヘザーは疑うことすら出来なかった。
「はぁ、何とかなったか」
祭壇に近づきシズカを見つめる。
「まだ、一本も取れてないんだから死なれたら困るよ」
シズカを抱き上げ彼女の胸元から伸びる黒いパイプのような物に剣の刃を近づけた。パイプに刃を添わせ最初はゆっくりと引く。パイプに傷を付けながら探知魔法でシズカの体の状態を把握し続ける。少しでシズカに異常が少しでも見えたら一旦手を止めるつもりだ、だが何事もなくパイプを斬り落とす事に成功した。
そしてパイプの切断面からシズカの胸元に取り付けられている装置を解除、無事救出は完了した。
意識のないシズカを抱き上げ教会の入り口に向かう。その際不敬であるがこの教会を燃やす事に決めた。
シズカを入り口付近に置き普段常備されている油を教会の台所に取りに行く。邪教徒の教会だったわけだが大変世話になった場所でもある、だから最後に3分ほど入り口で祈りを捧げ、その後教会中に油を撒いてからシズカを抱え教会を出た。
剣で種火を作り魔力で炎にそれを教会に撃ち込んだ。木造故に教会はよく燃える、夜も相まって暗い夜空を照らしていた。
教会から背を向け歩いているとルドレヴィアでの日々が蘇った。確かに最初は辛かった。深夜まで終わらない掃除。教会での食事は正直物足りなかった。剣の鍛錬のために睡眠時間を削り、昼間の授業も何1つ聞き漏らさぬよう睡魔に耐え続ける。
そんな日々を変えてくれたのは間違いなくシズカさんだ。彼女を目標に挑み始めたからここでの生活が色づいた。その後のシズカさんのやらかしが余りに大きくて敬意を中々態度に表せないけど。それでも。
「感謝しています」
シズカさんを少し離れた場所に寝かし、燃える教会を眺め続ける。今日は長がった、そう感傷に浸りながら。
「う〜ん」
そんな風に燃える教会を目に写しているとシズカも目を覚ます。
「ここは?」
「ルドレヴィアですよ」
「当たり前か」
と笑う僕。その笑い顔にニッコリとした笑顔をシズカは返し、目を擦りながらも体を起こす。
「ろすと」
と僕の名前を眠そうに呼ぶが、次の瞬間焦ったように目を開く。
「邪教徒は……そうだ私、ヘザーに捕まってそれで」
「もうすぐ全部終わりますよ。救援に来た第2騎士団が全てを終わらせてくれます」
火に照らされている僕の横顔を見てある程度を察したシズカは、
「ありがとう、それと強くなったね」
彼女の小さくて素敵な手は僕の頭を撫でた。だが僕は彼女の顔を見ない、むしろ撫でる手を振り払う。
「ロスト?」
撫でられて照れくさい、そんな感情も確かにあるが今の僕は歯を食いしばりシズカを睨みつける。そして立ち上がり彼女に向かって宣言をした。
「シズカさん、今のあんたなら勝てそうだ」
「それはどういうことかな?」
僕の物言いにシズカは眉を潜めた。しかしそれだけだ。怒りを見せる事もなければその言葉に力強さは乗っていない。むしろ消え入りそうな程小さな声だ。
「剣を抜け、あんたの方が有利なんだ、受けないなんて言わせないよ」
自分が最低な人間だという自覚はある。これは身勝手な思いだという事もわかっている。でもそんな弱ったシズカなんて見たくなかった。
剣を抜き彼女に向けるその時だった。燃えているはずの教会。そこから大きな音が鳴る。木製だとはいえ教会の天井をそのままぶち破り何事もなかったかのように着地。現れたのは肌が赤い大男。他の特徴としては先程のギザ歯の女、ヘザーが肩に担がれているくらいか。
「ガキ、これで最後だ。お前を殺してやる」
ヘザーはそう言っているがとてもじゃないが自分で戦える状態ではない。来ていたローブの所々が焼け、皮膚にも深い火傷の傷が刻まれている。それ以上に目を引くのは彼女の素肌があるはずの場所、教会に来る前に何度か見た異形達の肌と同じ物だった。だが今はどうでもいい。僕は今不機嫌だ、せっかくシズカの根性を叩き治してやろうとしている時に邪魔がはいった。
「ッチ、前座をさっさと終わらせよう」
集中力は増しているがどちらかというとこの場にではない。その証拠に過去の事が頭の中で思い起こされる。しかも普段無意識に忌避している事をだ。
それはハイゼン師匠との記憶。師が俺にした最後のお願いの記憶。
「頼むロスト、人間として生きてくれ」
それがどういう意味だったかは覚えていない。ただそれは自分にとって大きな欠落を意味しており、また師ではなく家族としての最高の親孝行、そのチャンスでもあった。だからそのときは。
「わかったよ、俺は受け入れるよ」
どうせ大男との戦いが終れば覚えていないのだ。気にしてもしょうがない。剣を納め、相手の出方を伺った。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
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