表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
2章 立ち上がるために
41/136

僕の知らない彼女の事情

「待っていたぞ」


 デメテルに近づくと強張った表情をしたオプシディアさん自らが扉を開け僕を出迎えた。

 

「入れ」


 そう促されるままデメテルに入る。机にはすでに二人分の紅茶が用意されており、その準備の良さにオプシディアさんにはシズカさんが邪教徒に負けることがわかっていたようで気に入らない。少し顔をしかめる僕とは対象的にオプシディアさは自嘲気味に笑う。


「優しいな。準備には少し時間が掛かるから話を聞いていけ。知りたいだろアタシがなぜシズカが負ける事がわかっていたかを」

 

 何の準備? と首を傾げるが異論はない。オプシディアさんの対面に座り心を落ち着かせるために紅茶を飲む。

 

「さて、どこから話そうか。まずはお前がこれから戦うであろう邪神教がどういう相手でそれがシズカ・エヴァンシェリンの人生をどう壊していったかだな」


 物騒な前置きを残しオプシディアさんは話だした。そう、シズカ・エヴァンシェリンの半生を。



 ベルディア大陸にはかつて、大まかには300年前にアハト王国という国が存在した。温暖な気候から採れる木の実や海に面しているため漁業なども盛んだった。さらには国家の問題である後継者問題もなんなく決まり、過激派と呼ばれる思想こそあったがそれも勢力と呼べるほどの強さも持たない次代含め安泰の国家と言えた。しかしその安泰の王国は一夜にして滅んだ。偶然、突発、呼び方などはどうでもいい。その平和な国の中心に邪神が現れた。

 

 今だ原因すらわからない災害に当時の人々は戸惑うしかできなかっただろう。そしてアハト王国の王都に住んでいた人々は死ぬことすら許されない。


 邪神、この世界で最も忌み嫌われる存在。そして殺した生き物を異形に変える力を持つ存在だ。王都は瞬く間に陥落し、唯一の生き残りである少女を残し皆異形と成り果てた。その生き残りの名はシズカ・エヴァンシェリン後の邪神殺しの一人だ。


 シズカが生き残ったのは偶然ではない。元々武に秀で幼き頃から道場に通っていた、しかも大人達に混ざり稽古をする毎日。子供ながら道場で彼女に勝てるのは師範代のみだ。嫉妬はあったはずだ、子供しかも女性だ。しかし彼女にはもう一つ武器があった。そう容姿だ。美しい黒髪、整った顔立ち、慎ましやかにに見えるが覗きを敢行した者曰く着痩せしているだけではっきりとした凹凸のある体だったと言う。その獣欲が彼女の勘を磨いたのだろう。ついぞ誰にも持ち帰られる事はなく平穏に過ごしていた。そんな俗らしさに揉まれ日常生活に疲れた彼女は休日に王都の外にある森に行くことを好んだ。しかし森林浴などおしとやかな事をするわけではない、それは今のシズカを見れば明らかだ。そうシズカは転婆だったのだ。山を駆け巡り、食せそうな動物を見た途端刀を振りかぶり襲いかかる。討ち取った動物の肉を食べる姿はどちらが野獣か見粉うほどだ。

 

 そして運命の日。いつものようにシズカは動物を探していたが野ウサギどころか鳥一匹までも見つからなかった。しょうがなく王都に帰ろうと来た道を振り返ったその時異形はいた。その異形は体が溶け、全身から黒い血を流しながら歩いていた。シズカが嫌悪感を覚えたのは異形の外見故だが醜いという事が理由ではない。なんせその異形の体、その半分はまだ人だったのだから。「助けて」と異形が鳴き声を上げるが彼女は決して振り返らず森を走った。恐怖、嫌悪、憎悪、それ以上に世界が命を通して語りかけてくる。あれと関わってはいけない、触ったらあちら側に引きずり込まれると。ただ走り続け彼女は生き延びた。



「その話に何の関係が?」


 座りながら話を続けるオプシディアさんにそう問いかけた。僕はシズカさんがどうして捕まったのか? その説明を聞きに来ている。シズカが1施設を狙いながらも完全制圧出来ていないその程度の戦力しか持っていない邪教徒に捕まるとは思えなかったからだ。わかってないなと、オプシディアさんは首を軽く振る。 

 その態度は人を馬鹿にしているようにも思えるが彼女なりの忠告ではあった。


「ロスト、さっき話した異形はな、お前がこれから戦うかもしれない相手の話しだ。私がお前に言いたいのはな、まとな死に方をしたいならシズカを助けに行くのはやめろということだ」

「ねぇ、オプシディアさん貴方はいい人だね」

「いい人アタシが?」

「そりゃそうさ、脅してでも僕を止めようとしている。でもね、その脅しで僕を止められとでも? あと精々3年、生きられるかどうかの人間をそれで止められる? まともに死ねない……上等だよ。まともに死ねないからこそ後先短い僕が行くのが道理でしょ」


 そこでオプシディアさんは大きなため息を吐いた。


「脅したのは悪いがそんな風に取るな。まったく覚悟が決まっている奴はこれだから嫌いだ」


 ため息だけでは飽き足らず椅子に深く腰を沈めると、顔を上げ脱力するようにオプシディアさんは上を見る。


 シズカは確かに逃げた。だがこの話には続きがある。シズカ・エヴァンシェリンは英雄。いや、生きる伝説と称される人物だ。何故そう呼ばれるか? それは邪神を討伐したメンバーの1人だから。その功績のおかげで各国で何かをやらかしても大体許されている。


 正直僕は彼女がシズカ・エヴァンシェリンだと知って一番驚いた事は彼女がエルフなどの長寿種ではなかった事だ。シズカはどうして300年近くも生きていられる? 彼女の人柄と剣以外興味がなかったから僕は気にしていなかったが、この話しの流れだと邪神が関係しているのではないか? 一つ嫌な仮説が浮かぶ。


「ねぇオプシディアさん。邪神って死んだわけでしょ」

「いんや死んでない。そもそも邪神は1柱だけじゃないしな。ちょこちょこ、こちらの世界に現れては消えの繰り返し、時々やばいのが生まれて世界の危機を生み出しているだけでな。」


 オプシディアさんが知る中で最もやばかった邪神は3000年前の邪神ヘイムダルらしい。


「そもそも邪神は3000年前の一度きりしか討伐に成功していない」

 

 当時は女神の身を削った行動が実を結び何とか討伐ができたらしい。では300年前はどうなのだろうか? その邪神は何処にいる。答えは決まっていた。


「つまりシズカの中に邪神がいると?」

「でなければ人間は300年も生きられないだろう」


 頬を不自然に上げ、悪役じみた笑顔でオプシディアさんは僕に言った。シズカさんが捕まった方法は簡単だ。邪教徒連中は邪神を無力化する術を持っておりそれを使用したのだろう。邪神を崇めていながら邪神を無力化する術を持っているとはなんとも皮肉だが邪神教も一枚岩ではないのかもしれない。邪神を封じている者も邪神と同一人物と認識され術が効いてしまう。つまりだ邪神を封じている限りはどんなに強くても邪教団には勝てないという事だ。 


「シズカが怖くないのか?」


 オプシディアさんのその目には後悔と諦めが映し出されていた。それほどこの世界の人に取って邪神は恐ろしい存在なのだ。だからシズカを見る僕の目が変わってしまう事をオプシディアさんは恐れたのだろう。 

 

 だがルドレヴィアに僕が行くのなら邪神の事は話しておかなければいけない。シズカの過去については、彼女を救う為にルドレヴィアで動いていれば自然と耳に入るかもしれない情報。それに戸惑い悩むくらいなら今この場で真実を話、僕に消化する時間を与えようと。それかシズカを助けにいかない選択肢を僕に与えようとしたのだろう。やっぱりオプシディアさんは優しいと思う。まぁ、僕の答えは変わらないのだが。


 「いや、全然」


 微塵も怖くないと表情を一切変えずに話すとオプシディアさんから大きな安堵が返ってきた。むしろシズカには親近感を覚えていた。僕は忌み子だ。女神に嫌われ加護すら貰えなかった男。邪神には昔から不思議と親近感を覚えていた。

 

 それに僕にとってのシズカさんは憎らしいほど剣を扱うのが上手く、同時に憧れを抱く剣士。それ以外の事情はシズカ・エヴァンシェリンの見るに値しない外付けの余分だ。

 

「シズカが話してたか」


 とオプシディアさんが気軽に僕へと言った一言、オプシディアさんの話しを終始驚かずに聞いていたからシズカからすでに聞かされていたのかと思ったらしいが。

 

「まったく聞いてない。なにか事情がある事は剣が教えてくれた」


 そう言いながら僕は軽く笑い、冗談言うなとオプシディアさんは僕の顔を見た。しかし嘘の偽りのない僕の眼を見て。


「マジ」


 と少し引き気味に返される。そして真剣な表情になったオプシディアさんは床に頭を擦りつけ僕に乞う。


「頼むシズカを助けてくれ」


 助けるのは当然だ。シズカの問題行動のせいで中々素直になれないが彼女は僕の恩人だ。彼女との出会いが僕を導き、少しマシな自分になれた気がする。


「シズカは己の体に邪神を封じている、その事を理由に人との関わりをできるだけ避けてきた。職員になったと言っていたが、恐らく浅い付き合いを積み重ねていくだけだっただろう。例えお前がシズカの悪癖が原因で知り合ったとしてもシズカが再び深い繋がりを持つ人ができて私は本当に嬉しいんだ。だからロスト、お前がシズカを救ってくれないか。そしてもっと大切な人になってやってくれ。最近のシズカは本当に嬉しそうに笑っている。それこそ300年前に全てを奪われる前のように。事件は他の誰かでも解決出来るだろうが、私はシズカの友人としてロストお前に頼みたい」


 友人としての願い。オプシディアさんの思いを背負うつもりなんかない。僕は僕として恩人を助ける。そうオプシディアさんに言うとそれでいいと、落ち着いた声色で僕に言った。


「でも、それがシズカさんの為になるなら僕が救うよ」


 力は何かを成すために、そして己の欲を突き通す為にある。欲張れないのであるならば力など求めない。 

 僕は一瞬笑みを返し再び真面目な顔に戻る。


「ただ急いだほうがいいかもしれない」

 

 オプシディアさんは深刻にそうに言った。シズカが邪神を封じているという秘密は国にも隠している。彼女の長寿の理由は女神が邪神討伐の後に与えた褒美だという事にして国には伝えているのだ。その為シズカさんがこれからも平穏に暮らすには国が対処する前に僕がこの事件を解決しないといけない。

 

 現在ルドレヴィアの近くには第二王子の騎士団が演習をしている。もしかしたら最も早い救援は彼らになる可能性も高い。ギルドに貸しを作る、国がこの事件で得る利益としては十分だ。そしてルドレヴィアはアトラディア王国の領土だ。彼らが邪教徒の討伐の為に無断で動いても誰も文句は言わんだろう。

 

「だからこそ必要なのが準備さ」


 その一言と共にデメテルのドアが再び開いた。



 王都郊外の平原でルドレヴィアがある方向に視線を向ける。正式な手順を踏み王都から出たわけではない。現在の時刻は朝の5:00、王都の出入りを把握する関所は業務時間外だ。しかし縁は作るものだとしみじみ思う。関所にいる兵士が融通してくれた。こう思うと無駄な事は何一つない。ただの同情で手伝っていた関所の仕事、それさえもこうして味方してくれる。


 膝を曲げ何度か屈伸しながら考える。王都からルドレヴィアまでおよそ80キロ強だ。そして僕の移動手段はこの身1つ。馬を使っても一日60キロが限度。そして到着後の事も僕は考えねばならない。邪教徒との戦闘、しかし施設が占拠されたとはいえ恐らく安全地帯の確保はできているだろう。その根拠はルドレヴィアには今高位冒険者がいるからだ。ルドレヴィアの再編成が原因で半数ほど元いた地域に帰ってしまったがそれでも残ってくれた冒険者はいる。彼らがいれば安全地帯の確保は間違いなくしている。


 問題なのは本部の応援、シズカさんが捕まったことにより王都の冒険者は最大限の準備をするだろう。そして国の顔色を見て2日はルドレヴィアに到着しても動かない。そして3日目、恐らくは騎士団と足並みを合わせ突撃、ルドレヴィアに残っている冒険者と共に攻勢に出て一気に邪教徒を殲滅。これが最も安全且つ確実な本部が考えている今回の事件、その解決までの道筋だ。


 だがこの本部の目論見には第二騎士団の存在は組み込まれていない。彼らは明日の内に動く。ルドレヴィアに邪教徒がいた、これは貴族勢力が邪教徒と手を組んでいることの何よりの証拠になりうる。第二騎士団としては1人でも多くの邪教徒を確保し貴族の力を削ぐために利用したいはずだ。王族は貴族とできた大きな力の差を埋める。其の為なら手段は選ばない、ある意味これは政治だ。

 

 だがシズカさんがこれからも当たり前の日常を過ごすためにはそれを許すわけにはいかない。


「行くか」


 ほんの少し前なら今の自分の行動を無謀だと笑っていたかもしれない。とにかく今日中にシズカさんを救出しなければ僕の負けだ。最後に息を力強く吸い込み広がる草原に向け僕は駆け出す。肉体を筋力で動かすのではなく魔力で体を操る意識をする。手や足、腰や体の捻り方、これはオプシディアさんに教えて貰った移動法だ。彼女は大陸各地を渡り歩く関係上平均50キロという距離を連日移動する。そして移動だけで体力を使うわけにはいかない。その後行く先々の村や街で病人を治しまた次の街へ。そんな彼女を支え移動時の体の疲労を最小限にする方法が魔力で体を操る事だ。神経や筋肉、体の内側を激しく動かす行為は自覚はないが神経を使い疲れを貯める。それを軽減するために魔力で体を動かし負担を減らす。それでも80キロという距離は難しいらしい。彼女の街での診察を僕がルドレヴィア到着後の戦闘に置き換えるのであれば30キロをズルで埋めねばならない。

 

 現在20キロ地点だ。そろそろ打っておこうか。出発前にルシアさんから餞別として貰ったマナのドーピング剤を注射器で僕の右腕に打つ。体を活性化させるということは身体能力を上げるだけじゃない、体の代謝を上げ体力の回復を促す効果もある。劇的ではないが長時間の強行軍、多少でも時間が長ければ効果は絶大。これほど頼りになる物もない。これで30キロという距離を潰す。目に見えない、距離という未知の敵に僕は挑む。



ガイ視点


 助けを求める通信を送ってから何時間がたった? 時間は十時間以上前に遡る。いつもと同じルドレヴィアの夜、その筈だった。


「誰だ貴様らは!!」


 東棟の見回りをしていた冒険者がまず気付いた。黒いローブを被った30人程の集団が教会の方から現れた。東棟の窓ガラスを割って侵入、見張りの冒険者を囲むように陣取ったが流石はルドレヴィアにいる高位冒険者だ、包囲されるよりも前にその場を脱出し持っていた通信機でルドレヴィアの中にいる他の冒険者に事態の説明と応援を呼んだ。応援が来るまでの間、高位冒険者は今だ東棟に残っている僅かな生徒を探し出し生徒を一箇所に集め守っていた。勿論その中にはオイラとエリックの姿もあった。元貴族生徒達の行なった不出来な掃除に腹を立てながら、その尻拭いをしていたため夜まで東棟に残っていた。確かに怒りはあったがそれ以上にこの東棟に愛着が生まれていた為オイラとエリックは残ってまで掃除をしていたのである。  

 これではあの悪魔と同じだという話は互いに禁句に指定しながら。

 

 運が良かった。邪教徒はまず拠点を欲したのか東棟を襲った。しかし東棟にはほとんどの生徒は残っておらず、邪教徒に見つかる前に高位冒険者に拾われる事ができた。


 応援として到着した高位冒険者達が対処にあたり、その中にはエヴァンシェリンもいた。殆どの冒険者が近距離を捨て、かすり傷すら受けぬように慎重に行動する中で1人の冒険者は前に出て邪教徒を斬り伏せる。慎重さを知らぬ冒険者の容姿は金髪を垂直に立て耳にピアスを付けたやんちゃっぽい外見、己の力を証明するように前に出続ける。周りの冒険者から危険だから下がれと言われるが聞く耳を持たない、だが流石は高位冒険者だ、邪教徒などものともせずに斬り伏せ死体を積み上げる。


「はは雑魚しかいないのか? 物足りないな〜〜」

 

 しかしこの冒険者は怠った。多体1において最も気にしなければいけない事を。それは相手の生死の有無その確認。いずれ死ぬではダメだ。今死んでいるか、今生きているかそれを明確にしなければ擦り切れる前の命から奇襲を食らう。斬り殺したはずの邪教徒が動き出し黒いナイフで金髪冒険者の足を刺す。鍛え込まれた肉体を持つ高位冒険者だ、本来ならその傷はなんの意味もなさなかっただろう。


「クッソ、クッソ」


 太ももを浅く刺されただけ。しかしプライドを傷つけられたからだろう。執拗に邪教徒を切り刻みこんどこそ絶命させる。そして何事もなく次の邪教徒に斬りかかろうとした時、金髪の冒険者の体が溶け、崩れた。


「痛い痛い痛い、痛い」

 

 溶けた体からは黒い液体がいつまでも流れ続け、金髪の冒険者は体の痛みに悲鳴を上げながら剣を敵味方関係なく振り続けた。その光景を見て他の高位冒険者が出した解答は生徒を保護し場を維持しつつ制圧するこの作戦から即座に生徒を保護し撤退するに変化した。


 すぐに西棟に避難するよう指示が出されオイラとエリックも急いで走った。そして西棟まで何とか逃げ切りオイラ達は生き延びた。その時の時間が今朝の8:00頃。

 

 西棟にも邪教徒は来ていたがそこは研究棟だ。東棟に比べて警備が硬い。いや東棟も本来魔法陣などを使った魔法による防衛機構は確かにあった。しかし管理していた者は王都に行ったきりで帰ってこない。そもそも東棟の魔法防衛機能そのものが作動していなかった。恐らく東棟の防衛機能が前もって切られており、そしてその防衛機能は管理人でないと再起動できない。だから東棟が狙われたか。

 

 西棟のドアや窓ガラスを破り突入した邪教徒はその防衛機構によって時間を稼せがれ、素早く対処された。だが残念ながら犠牲者も出てしまっている。金髪の冒険者はもちろんだが西棟に逃げる際に警戒網から漏れた邪教徒に襲われ異形化した生徒も少なからず存在する。

 

 そしてさらに時間は進み現在時刻は17:00。邪教徒も攻めあぐねているようで西棟は今だ敵の侵入を許していない。異形の生徒は皆邪教徒に連れて行かれどうなったかもわかっていない状況。

 

 悪い知らせがもう1つ、このルドレヴィアにいた元最高位冒険者エヴァンシェリンが邪教徒に捕まった。  

 黒いローブを着た女が呪文を唱えるとエヴァンシェリンは動かなくなりそのまま攫われてしまった。エヴァンシェリンが捕まった影響は大きい。生徒達はまだいいが問題は高位冒険者だ。自分達より上の最高位の冒険者が捕まった事実は彼らの足を止めさせた。現在は恐怖に囚われかけ守りの意識しかない。


 もう一つの問題点は通信が完全に封じられている事だ。オイラ達が西棟に着いた時にはすでに封じられており、結論として邪教徒が通信を阻害する結界を張ったというものだ。オイラ達の持っていた通信機も反応しない。邪教徒に東棟で襲われた際にこっそりと隠し持っていた通信機で東棟の管理人に連絡を取ったが反応は薄い。正直伝わっているかも怪しいところだ。

 

 そして通信ができず外に助けを呼べない事に一番堪えたのは生徒達だった。周囲の状況、その変化のなさとわけのわからない現状に大混乱を起こし自滅しかけた。そんなぎりぎりの状態をこれ以上続けるわけには行かない。オイラとエリックは日が落ちたら通信を阻害する結界を破壊することを決意した。


「恐らく核はある」


 そうエリックは言い切った。結界術の特徴は2つだ。魔力を使い魔法として発動する方法。こちらは一定時間毎に魔法を使い結界を貼り治す必要がある。

 

 そしてもう一つ。核を用意し儀式として発動し続ける方法だ。魔素が豊富な地という条件こそあるがこちらは貼り直す必要もなくそのまま半永久的に発動し続ける。そしてルドレヴィアに貼られている結界は一度も貼り直されてはいない。ならば儀式型の結界であり、核を壊せさえすれば通信手段は復活する。今は少しでも良い結果が必要だ。良い結果があれば生徒たちが再び騒ぎ出すまでの時間を稼げるかもしれない。


 そんな魂胆でオイラとエリックは西棟2階の窓から外に飛び出した。当然正面玄関からは死角の場所だ。  

 当然正面から堂々と出る訳にはいかない。正面玄関は冒険者が邪教徒の侵入を防ぐために固めている。それに真正面から行けば高位冒険者達に自殺行為だと止められ、最悪の場合拘束され倉庫にでも投げ捨てられるだろう。

 

 成功したら英雄、失敗したら犯罪者とはよく言う。


 結界の核を見つけるのならばまず結界の中心を探ることだ。どんなものでも均等に力を発揮させるなら中心部こそが核の置かれる適正な場所だ。


「あの場所どうする?」

「閉じ込めておくだけでも価値はあるだろう」


 そんな会話がオイラ達の壁1つ挟んだ場所の道で聞こえる。自然と早鐘を撃つ心臓。冒険者達はよくこんな心臓の痛くなる事を続けていられなと思ってしまう。


 なんとか小道や建物の裏に隠れながら結界の中心地点に近づくと核を見つけることに成功した。予想通りの儀式型。辺りが暗くなってきているため核の位置もわかりやすい。魔法陣の中心に黒い塊が浮かんでおり、赤色の光が不気味に周囲を照らす。見張りも勿論いる。


「エリック、オイラが囮になってあの場所から邪教徒を引き剥がす」

「本当にいいのか?」

「ああ、オイラにはあの宝石を壊す手段はない。それにエリックこそいいのか? あの宝石を壊す方が危ないように思えるが」


 人を異形に変える手段を持つ相手が作った儀式だ。正直核を破壊した後呪われる可能性だって捨てきれない。未知への脅威はオイラの身の危険よりもよっぽど高いだろう。

 

 それはエリックも理解していることだ。


「まかせろ」

 

 緊張からエリックの笑みは口角を上げきれなかった。エリックも怖いのだ。それでもやらねばならない、その覚悟を理解したオイラは拳を握りエリックの前に出す。何をしたいのかわかったエリックは今度はしっかりと笑顔を見せ。


「「頼むぜダチ」」


 互いの拳をコツンと合わせた。


「ち、邪教徒が、お前ら絶対に牢屋にぶちこんでやるからな」


 そう叫ぶと邪教徒達は皆一斉にオイラに向かい走ってくる。邪教徒を煽るのはそんなに難しくない。何故なら邪教徒はみな己が邪教徒だとは思っていないからだ。邪教、自分の信じる神を貶められれば怒りを覚えるだろう。

 

 肉が溢れただらしのない体を振り走る。チビで太っている(最近少し痩せたが)の足などたかが知れている。すぐに追いつかれるはずだが流石は鍛冶場の馬鹿力100、300メートルと何とか邪教徒から逃げ延びている。それにここはルドレヴィア、オイラの庭だ。警戒用の罠も知り尽くしている……と言いたいがここは東棟近の場所だ。つまりあのロストとかいう管理人が遊び感覚で罠を改造していた場所でもある。本人曰く。


「そろそろシズカに一度勝ちたい」


 そんな理由で自分好みのフィールドを形成するために防衛用の魔法陣を改造していた。そしてオイラはその魔法を遠隔操作出来るよう場所と起動方法を教わっていった。本来は管理人が王都に行っている間に他の貴族連中に襲われた際の身を守る術として授けられたものだったのだが。それが出来るなら防衛機能の再起動を他人にも出来るように改造してくれと思うのだが。


「こんな事態誰も想定してないから、流石に酷か」


 罠の種類に凝った物はない。煙をまき散らし、周囲を水浸しにしたり、その場所に電流が流れたり、さらには落とし穴が多数。貴族生徒を追い払うのにここの罠は過剰だが、この状況なら本当によくやったと褒めたい気分だ。しかしオイラの快進撃もここまでだ。邪教徒は普通に追っては時間が掛かると考え魔法で火の玉を放ってくる。背中に当たる火の玉、死なぬよう調整されているが己の身が焼かれる感覚を味わい思わず悲鳴を上げそうになる。でもその時頭に浮かんだのはエリックの顔だ。オイラが時間を稼ぐほどエリックの安全が保証されるようなもの。だからこそ限界まで。

 

 そして魔法を放たれること3分ほどでオイラは立っておれず邪教徒に捕まった。体を数人係で引きずられ核のあった広場に連れてこられる。そこにはボロボロになったエリックの姿もあった。視線をずらすと他の邪教徒よりもローブが少し豪華な金色の線が一本入っている邪教徒がエリックの近くに立っている。ローブから男が他の邪教徒よりも地位が高いことは容易に想像がつく。こいつだけはオイラの陽動に引っかからずに核の元に残っていたのだろう。そしてエリックはこの男に勝負を挑み、負けた。

 

(すまないエリック)


 心の中でエリックに謝るがそれでオイラ達の置かれた現状が好転することはない。豪華なローブの男は胸元から黒いナイフを取り出す。それは先程金髪の冒険者が異形の存在に変えられたナイフと同じ。


「やめろ」


 叫ぶが聞いてくれる筈はない。その黒いナイフはエリックの首元まで近づく、しかしナイフは首元でピタリと止まる。願いが通じたか? と豪華なローブの男の顔を見るとそいつはオイラを見て笑っていた。


「次はお前だ」

 

 それだけ言うとナイフを更に動かしエリックの首元に触れる直前までくる。友達が異形の姿になる所を見続けることはできず、無駄だと知りながら周囲に助けを捜すため見渡す。もしかしたら助けがいるかもしれない、しかしそんな希望があるはずはない。この広場の人影は邪教徒が6人とオイラ達2人それだけは決して変わらぬ。


 月が雲に覆われ辺りは遂に暗くなる。核から放たれる赤い光が周囲を照らし邪教徒達を写す。悪魔のように邪教徒はオイラをあざ笑い、それを愉悦としていた。

 

 だからオイラは気付き邪教徒は気付かなかったのだろう。エリックにナイフを刺そうとしていた男がすでに死んでいた事に。オイラを抑えている2人の男も既に事切れていた事に。邪教徒、彼らの人数がすでに半分の3人になっている事。雲から逃れた月がオイラの前を光で照らす。

 

 そこには此処にいないはずの管理人ロストが立っていた。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


もしよければブックマークと評価の方をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ