王都での日常
シズカ視点。
「ようシズカ、護衛をしてくれ」
私が東の都ミシェーラでの仕事を終え、ロストとの合流地点である王都に向かおうと駅に入ろうとした時懐かしい声が聞こえた。目線を向けるとそこには褐色肌のダークエルフが胸を張り微笑みを携えている。
彼女の名はオプシディア。私が知る中で最も長生きなエルフだ。最低3000年は生きているだろう。アトラディア王国に彼女がいるとは意外だ。確かに彼女の拠点はこの国の王都にある。しかし近年は主にベルディア大陸中部を駆け回っていた筈だ。
「オプシディア久しぶりね」
「おおよ、シズカも見た所王都に帰るところじゃないか護衛頼めないか?」
「護衛をしろと言われても」
アトラディア王国にも公共の交通機関がある、それは列車だ。東西南北と旧都のみだが安全かつ手軽な値段で行き来できでき、ミシェーラから王都までだと大体6時間程だ。そして私の今いる場所がその列車の駅。安全な旅が保証されている列車で護衛をしろとは意味がわからない。
「ま、話し相手になってくれって意味さ」
「そもそもミシェーラにいるなんて珍しいですね」
「そんな事はないだろう。アトラディア王国東部は神秘と混じり者の町だ。ダークエルフのアタシがいても問題ない」
互いに列車の中に入り対面に座る。長い付き合いだから見逃さない。オプシディアが東部にいた明確な理由がある。彼女がはぐらかした時、軽い足踏みをしていた。そえはオプシディアが昔から直せない一種の癖。つまり、
何かを探して東部に来た?
数年前にオプシディアが酒に溺れて口に出したことなのだが。彼女は10年前から何を探している。しかしその探している物が何かは全く持って教えてくれない。シラフの時に聞いた際は。
「はぁ? そんなことアタシが言うわけないだろう。酔がまだ抜けてないんじゃないのか?」
こんな風にはぐらかされてしまった。大陸中部に固執した活動をしていることからそこに探しものがあるのだと思っていた。ダメ元の情報を頼ったのか彼女の横顔に落胆の色は見えない。ただダメ元の情報に頼るほど友人が追い込まれている、それを見ている事しかできないのは心苦しい物だ。なにかを手伝えればと思うが彼女はそれを拒絶するだろう。
(腹の探り合いはできないからやめろと昔から友人達に言われているし正面からいくか)
「で、探しものは」
「そのわかりやすい態度をやめろ。シズカお前は剣の技術以外繊細さの欠片を持たない奴なんだ。そこを優れた外見で誤魔化してるだけだ工夫しようとするな。私から言う」
そう言ったがオプシディアはすぐには話さず再び窓をしばらく眺める。列車はすでに動き出しており景色が流れしかしそこをオプシディアは見ているわけではないだろう。私の方を向かず思い出すかのように打ち明けた。
「友人の子供を探している」
「友人?」
「そう……友人だ。私がその子を母親のお腹から取り上げそして面倒をみるつもりだった」
「どうしてオプシディアが面倒を見るつもりだったんですか?」
「その母、私の友人は死期が近かった。だから私がその子を守ると勝手に誓った。友人には返せない恩があったからな」
オプシディアの表情はえらく物悲しく見えた。子供を取り上げるつもりだった、つまりはそれをさせては貰えなかったと考えられる。友に信じて貰えなかった辛さを思い出しているのか?
「元気に育っている所を見れればそれでいい。そうすればアタシは安心できる。ただ友人の息子を苦しめるような義親なら私が殺してでも奪って面倒を見る。」
デメテルという薬店を王都で開いているオプシディアから殺してでも奪い取る、そんな言葉を出させるどの関係性、私もオプシディアとの付き合いは長い、だがそんな友人が彼女にいたかとは疑問に残る。確かにオプシディアの友人関係を全てを知っているわけではないため確実な事は言えないが。
湿った空気、それを打ち破ったのはオプシディアのパンと手を叩く音だった。
「アタシの湿った話はこれで終わりだ。ところでシズカいいことでもあったか? なんか顔色いいな」
「その事でオプシディアに相談したいことがあるんです」
「男の話か、遂にと、冗談だって」
余計な事を言った彼女へ刀を見せる。それ以上言ったら斬るそういった無言の圧を込めて。それにオプシディアは両手を上げ降伏を表す、彼女の態度に刀を仕舞い先程の話、その続きに戻る。
「最近調子が良すぎるんです」
「他の連中が言うと蹴り飛ばすがシズカが言うとなんかの前兆にしか聞こえん。お前の事情も鑑みると一度検査がいるな……よし王都についたらアタシの家に来い」
「ありがとうございます。でも今日で終わらせて下さい」
「なんだやっぱり男か?」
「はい。待ち合わせがあるので」
その一言でオプシディアは1時間ほど固まり、その時の目を大きく開けた間抜け面は10年以上はからかえる程の価値があった。
そして現在。
待ち合わせをしていた男の子、ロスト・シルヴァフォックスが目を血走らせそこにいた。しかし彼は本当にロストなのだろうか。
「おいで」
獲物を横取りされぬよう剣を抜く。こちらの殺気に反応して彼は飛びかかってきた。何があったのか普段の模擬戦の時よりも遥かに身体能力が高い。レガリアを使用しているCランク冒険者以上だ、でも。
「今の君じゃ足りなかな」
獣のような力強い踏み込み、そこから放たれた拳を刀の峰の部分で軌道をずらす。軌道をずらされ地面に叩き付けられたロストはすぐに立ち上がり先程と全く同じ動きで拳を振るう。
いつもならこんな簡単に流せはしない。心から溢れるのは憤怒に近い感情。正確には違うのだ、怒りだけではなくどこか悲しく。私と貴方との組手組手を汚さないで欲しいという身勝手な気持ち。
模擬戦での彼は私に呼吸を合わさせてくれない、それどころか目も合わせようとせず、徹底的に自分の不利になる要素を排する。攻め方も工夫されており、牽制による投げナイフで私の刀を右上に誘導、それから最も遠い左下に鋭い薙ぎ払いを仕掛ける。最低限上下の揺さぶりはどの戦いでも行われる必須事項だ。
そして私が何より大切にしている時間。彼が私と模擬戦の中で唯一目を合わせる瞬間。模擬戦が長引くたびに彼の集中力が増し始め、時折見せる見惚れるような芸術的な一振り。私にわかるのはその一振りは努力が滲み出るように泥臭く、しかし何処まで澄んでいるような味わい深い剣ということだ。その一振りが何より心待ちでなにより愛おしい。彼に一般的な剣術の才能はない。だがそれがどうした。実力差などどうでもいい、心地よい世界がそこにある。しかし今のざまは何だ。
「一旦反省しようか」
拳を躱すと同時に刀を鞘に納刀、懐に潜り込むと彼との戦いで初めて刃を抜かずに剣を振るう。腹部を刀で振り抜き吹き飛ばす。綺麗な放物線を描きながらロストは5メートルの距離を飛ぶ。そしてロストは地面に頭から激突する。ピクリとも動かない所を見ると一応冷静になったのだろう。彼との戦いで刃を抜かないような出来事が生まれるとは。彼の不甲斐なさに心の中が荒れ、王都にいる間でけでも稽古をしてやろうかと本来拒否する考えを真剣に検討してしまう。不貞腐れたように足元の石を蹴り飛ばしているとオプシディアが話しかけてきた。
「おい、シズカ流石にやり過ぎだ」
「いいんです。調子に乗った人間にお灸を据えただけですから」
少し見ない間に起こったロストの変化。工夫のない戦いをする彼に対しての愛のムチだ、悪く言われる筋合いはない。頬を膨らませているとオプシディアは気になる事を言っていた。
「意識のない人間をイジメて楽しいか?」
「意識のない人間?」
「そう、マナの過剰注入による自己防衛。思考もなく目の前ある人影を襲う。つまり無意識なんだよ。シズカ、お前は言いがかりで彼を過剰に傷つけたわけだ」
体の芯が冷える、そして考えるよりも早く足が動いた。
「ロスト大丈夫ですか!!」
あまりの豹変ぶりにオプシディアは呆れた表情をこちらに向けていた。
そして離れた場所に1人、目も意識も誰もこちらを向いていないオプシディアは小さく呟く。
「探し人見つけたり、そりゃ見つからないわけだ。まさか大陸西部にいたとはな。それにしても魔素適応障害か、良かったなリア、お前の息子は部外者だってよ」
誰にも聞こえてはいけない。全てを知る者はひっそりと影をひそめるだけである。
*
意識を取り戻した直後、先程まで感じていなかった全身の痛みを覚えた。マナを体に注入した所までは鮮明に覚えているがその後は。
「確か視界が赤く染まって」
「ああ、それは間違いなくマナの過剰摂取が原因だな」
声のする方に目を向けると、椅子の背もたれから顔を乗り出しこちらを見ている銀髪のダークエルフがいた。
紫の瞳でじっと僕を見続けている。観察とも診察とも違う、義父母が最初に僕に向けていた目、親愛に似た意味合いを持つ目だ、そして彼女は本来なら誰にも聞こえない声で言っただろう。
「母親に似てないな」
音に敏感な僕でなければ聞くことは出来なかった筈だ。正直凄い気になる事を言っていたがほぼ初対面の相手に深くその事を聞けずにいると。
「そうだ自己紹介がまだだったな。アタシはオプシディア・スカーレット、ルシアとアガレスの師匠で最近放浪癖を克服した。末永くよろしくな」
「はい、ロストっていいます」
「そりゃ知っとる。ま、家の奴らが世話になったな。とりあえず今後お前の治療費、ポーションなどの金は受け取らない。タダで持ってけ」
へ……へ? タダ? デメテルにあるもの全て?
「いや待って下さい。デメテルって高い物も結構ありますよね」
急なことで驚いてしまったがそれもそのはずこのデメテルは宝の山といっていい。各種様々なポーションや希少な魔物素材、例えば玄武の尻尾、古代竜の鱗、むしろ何処から集めてきたのか聞きたい物も山ほどある。
「エクスポーションくらいなら幾らでも持ってけ」
エクスポーション。四肢の欠損、その回復を前提に使われる大変貴重な物であり、市場の値段で言うと1000万ルドは下らない。
「流石に遠慮します」
過ぎた好意は恐ろしいものだ。しかもオプシディアさんとは初対面。まだこれがルシアさんなら……でもダメか。
「本当にいいのか? 後でアタシの案に乗ったほうがまだ気楽だったとか言っても知らんぞ。」
そのニヤリとした笑みに確信が宿っていたのは気のせいだろうか?
「あ、そうだこの手紙をお前さんの施設にいるスーリヤに渡してくれ」
真っ白な便箋を手渡されるが僕はそれを見てぎょっとした。
「ああ、見えるのかお前は。とりあえず中身を見なきゃ大丈夫だ。」
この手紙には魔法が仕掛けられている。資格のない者が手紙を開けた場合その周囲を巻き込み爆発する、問題なのは爆破範囲、王都の貧民街が吹き飛ぶほどの魔法陣がセットされていたのだから。
*
時刻は6:00時と少し遅めだが問題ないだろう。床に足が乗れば悲鳴のような床鳴りが響く廊下を進み、キッチンでキノコ、ベーコン、それにジャガイモを鍋に入れ、少し煮込む。その間に昨日用意したパンの入った籠を机の上に起き、鍋の蓋が揺れ湯気が漏れ出したら火を弱めコンソメを入れる。再び鍋に蓋をして後は予熱で仕上げれば完成だ。
コンソメが馴染ませるその間に僕はキッチンを飛び出すとロベルトの部屋に突撃、彼が包まっている布団を掻っ攫う。寒そうに体を縮めるロベルトの首根っこを掴み居間まで引きずっていく。ロベルトを椅子に座らせた後はキッチンに戻りスープを二人分皿に盛り机に持っていく。最後にロベルトの対面に僕が座れば朝食の準備は完了、二人で食べ始める。
ロベルトは終始無言だが僕は彼に話掛け続ける。「今日どうするの?」「スープは口に合う?」「何かやりたいことはある?」それこそ当たり前の事をだ。ロベルトは「ああ」などの空返事が多いが必ず返事を返してくれる。そして食事を終えロベルトを部屋に戻すと洗い物と洗濯を行う。全て終わったのが7:30頃だ。時間を見計らったのだろうか? ロベルトは居間に再びやってきた。
「もう行くのか?」
「うん、今日は予定があるから」
気を張る僕に向かい「気をつけろよ」と声を残しロベルトも外に行く準備をする。僕は一足先に出かけるため「いってきます」と声を掛け外に出る。後ろから「いってらっしゃい」と消え入りそうな小さな声を聞き漏らさず外に出た。
これが僕の新たな日常だ。
*
今日の目的は道場に行くことだ。ルドレヴィアでの模擬戦の結果、シズカが僕にあった流派を紹介してくれる手筈となっている。しかし僕は今その道場に1人で向かっていた。場所は前もってシズカに聞いていた。では何故仲介役のシズカと一緒ではなく僕1人で道場に向かっているかだが、そもそも道場は知り合いに手を引かれながら行く場所なのか? 己を鍛える為に技を心意気を学ぶ場所ならば1人で門を叩くべきだ。
「なんかアンバランスだな」
そして目的の道場に着き門を潜った際の感想がそれだった。左には小さな一軒家がぽつんと建っており、右にはそれこそ大流派の道場と比較しても見劣りはしない大きな建物がある。しかし左の家が隅に追いやられている訳ではない、周りには空き地が広がっておりその気になれば右の建物と同規模の物を建てられるスペースがある。だからアンバランスと言ったわけだ。
「さってどっちか」
僕は今悩んでいた。ここまで同敷地内にある建物に格差があると試されているように感じてしまう。普通なら右の道場が正解の場所に見えるがだからこそ左の家が正解に思えてしまう。質素で飾り気のない剣のみに人生を捧げている狂人が住んでそうな場所だ。答えが出ずに悩んでいると右の道場から声が聞こえる。
「緊張してるのかな?」
自分でも変な悩み方をしている自覚はある。神経質が過ぎると反省し声がする右の道場に足を向けた。
「なにか問題かな?」
言い争う人々の声。それは道場で行われる弟子と師の間で生まれる実りのある会話ではなさそうだ。引き戸を開け中に入ると白髪の老人が木剣を持ち12人の男性を地に叩き伏せていた。
「入ってこい……誰だお前は?」
唖然とその光景を眺めている老人は僕に声を掛けてきた。老人の指示通り中に入ると敵意ある目が僕に向けられる。
「えっと僕は……」
「なるほどコイツラの仲間か。ガキだがコイツラよりマシだ。がその歳でやる仕事じゃないな根性叩き直してやる」
「ちょ」
老人は木剣を構えるとこちらに斬りかかってきた。切れ目ない足取りでこちらに向かってくる老人、そん彼を見て僕は逃げた。そもそも戦いに来たのではないし、誤解で生まれた状況だ話をややこしくしてもしょうがないと考えていたのだが。唯一の失敗は道場の外へではなく中へ逃げてしまった事だ。逃げ道を己から潰してしまいこうなってはしょうがないと道場の壁に掛けてある一番質のよい木剣を手に取り老人と向き合う。
「ほう」
僕の構えを見て少し感心したのか足を止め老人はこちらをの様子を伺う。互いに向き合う状態になり、そして不思議と互いの一歩は同時に歩み出された。老人の左からの斬撃、それを体の動きにフェイントを織り混ぜ空振りを誘発。そして老人が剣を空振った事で生まれた隙、そこを狙い剣を振るう。回避が間に合うタイミングではななかった。しかし老人は滑るような足捌きでその場から離脱、次の瞬間には外から回り込み僕の背後を奪っていた。
その老人の足捌きに僕は恐怖を覚えた。確かに動きは早いが魔法で身体強化をすれば対処できる。僕が驚いた理由は2つ。この老人はレガリアも魔法での強化も何も使わず技術だけでこの速さを実現させている。
そしてもう1つは老人の速さの種類。人目でわかる、生き物としての根本的な格が違う鋭さを宿した速さだ、慣性、そして重力さえ無視したその動きに恐怖を覚えたのだ。
恐怖と同居した尊敬もそこまで。老人は背後から踏ん張りもしない舐め腐った木剣を振るう。お前の力はそんなもんか、と馬鹿にされているような振り。それ以上に僕が許せないのは振るっている剣に失礼すぎる老人の態度。背後から振られた上段からの斬撃を剣を後頭部に回し片手で受け止める。背後に回られた事すら気付いていない老人はそう考えていたのだろう。驚いたと共に口角を上げ、鬼のような風貌を老人はする。
信号を強化し筋肉を操り防御が間に合わぬ背後からの斬撃に強引に剣を割り込ませた。衝動的に使ったため力の抜き方を誤り右肩の裏、脇の筋肉を痛めてしまった。だが気にしてはいられない。ここまで来たら温存などはなしだ。剣を左に持ち替え鈴で己の身体、その状態を確認する。老人に近づきながら1度2度剣を振るうことで肩の筋肉の痛みから生じる動きのズレと老人の動きに振り回されぬよう立ち回りを修正する。
再び互いに真正面から向き合う状態だが今度も老人は無遠慮に前に出た。そして生物の限界を超えた鋭さを持つ足捌きで動き出す。一撃離脱を主軸にした戦法、正直僕から剣を振っても当たる気はしない。老人の連撃を剣で抑えるが、1振り2振りと受ける毎に体が押し込まれ反撃に手を出す余裕はない。
距離を一度離さねば攻勢を掛けられないと判断し、受けさせ距離を作る狙いの突きを放つ。狙いは上手くいき老人との距離が生まれる、そして僕はその突きと共に前に出る。老人の剣、そのガードまたは鍔と呼ばれている部分に剣を引っ掛け老人の木剣を掠め取る。マナでの治療を行い始めてから体が軽い。以前よりも体に力が入り心なしか身体能力が上がった気がする。それがなければこの連撃に耐えられなかっただろうしそして剣を奪うことも出来なかった。
だが剣を奪ったとしてもこの道場では意味はない。老人は道場の壁に掛けられた木剣を手に取り再び構えた。連撃を有効だと老人は考えたのか先程と同じくこちらに真正面から接近し剣を振るう。しかしこちらの狙いはそこだ。老人が振るう連撃の初段。押し込められたらこちらは反撃はできない、ならその初段を狙うしかない。雷魔法を使い反射神経を強化する。老人の動きに反応、こちらも最短で攻撃の姿勢に入る。
そしてここが勝負だ。斬撃を振るその瞬間に雷の魔法を複数回切り換える。筋肉を電気で操り一振りを強化、そしてすぐに切り替え電気を増幅させ雷を纏う、現状での代償を考えない最速の一振り。それでも老人はなんとか後方のステップで僕の一刀を躱す。だが常識ハズレの足運びを使う老人であっても完全な回避は出来なかった。躱せたのは体だけ、遅れた老人の剣は僕の斬撃に弾かれ宙を舞う。
次の一刀が勝利を決める。過剰ともいえる体の信号を使った肉体の強化、力を抜くという行為を無視したための代償として腕の筋が何本か切れただろう。それでも構わない。雷魔法で生まれた体の勢いを逃さぬよう踏み込み老人に向かって横から斬撃を放つ、その時に再び雷魔法で筋肉を弾かせる。老人は剣を失い懐にも入られている。
「やるじゃないか」
そのはずだが老人の嬉しそうな、そして余裕がある声が耳に届く。何かあるだが行動をしてしまった後だ。意識でしか警戒できないが今の最善を迷わず振り抜いた。僕に起こる変化は老人に触れるまで存在しなかった。そして木剣が老人に触れたそのとき思い出すのはシズカとの模擬戦だ。工夫なく振れば簡単に刀に剣を掴まれ引きずり込まれる。この老人はそれを体でやってのけた。馬鹿だと思う。生き死に直接関わる人体でやろうだなんて。振った剣の勢いは老人に触れると同時に全て消える。僕の体は剣を通じ老人に引き込まれる。一度老人から離れるため剣を手放そうとするが、剣が手から離れない。
そして老人は拳を握り今まで疑問だった斬撃の衝撃、それが何処に言ったかの回答を示した。僕の放った攻撃の在り処、それは老人の拳に宿っていた。このままだと僕は間違いなく負ける。剣が手から離れず逃げれない、そんな状況であの拳を受けてしまったら。できる賭けはただ1つ。老人が拳を振り抜き最大威力を生み出す前に額で受け止めること。動かぬ手、逃げられぬのならば前に出るしかない。額を老人の拳目掛け首をしならせ振りかぶる。
「まずい」
そこで初めて老人は慌てた声を上げた。それは己を案じているからではない。
(やっべ)
それは僕を案じてのものだった。意地を張っていたのだろうか? 老人の拳、その威力を計算していなかった。 例え拳を振り切る前であろうとその拳が僕の額を捉えれば用意に頭蓋を砕き脳を潰すだろう。
老人も僕を殺すつもりはなかった。あくまで拳を寸止めするつもりが僕のくだらない意地で命の危機がこの戦いに生まれてしまった。死という言葉を頭の隅で理解しながらも体にアクセルを掛ける。僕は頭の振りを速め拳を向かい撃つ。老人の拳が額に当たる事はもう確定している。ならそれを打ち破る他あるまい、それだけが僕が唯一生き残る道なのだから。目をつぶらず最後の瞬間まで老人の拳を見続ける。只まっすぐにしかしその人生は確実に終わるはずだった。
「っぐ」
突如生まれた横からの衝撃が僕を老人から弾き飛ばす。
「何やってるんですか。道場で殺し合いなんて」
体を床に寝転しながら老人と言い合うシズカを見て少し肩から力を抜く。
「しょうがないだろう。活きが良すぎるのが悪いんだ」
「それでも殺し合いをしていい理由にはならないでしょ」
「殺し合いじゃない、ただ互いに熱が入りすぎただけだ。なぁ小僧」
そこでようやく僕に話が振られる。この道場の事情に巻き込まれただけの僕は少し意地悪げに考え。
「そもそも僕は道場を覗いていただけなのにこの人に襲われたんです」
「レグルス、何をやっているんですか?」
「土地を渡せとかほざく馬鹿共が来てたからな仲間だと思ったんだ。だが剣を持つ姿からすぐに違うと気付きはしたが小僧との戦いが存外悪くなくてな。それに小僧お前も止まる気はなかったよな」
確信を込められている老人の言葉に僕は横を向き何も話さなかった。それを見てシズカは「どっちもどっちか」と溜息を吐いた。
「でレグルスこの子はどうですか?」
「悪くない。が色々と勿体ないな」
「勿体ない?」
「小僧が何度か使っていた加速方法、原理は分からないが緩急をつけるなどの使い方をすればもっと相手からしたら厄介だ。それにあの方法なら剣速を途中で変え、変幻自在な剣技を生み出せる可能性がある。今すぐやるのは難しいだろうが、緩急をつける程度の動きならピンポイントで一瞬だけ使えばいいから今すぐにでも出来るだろう」
「フェイントはわかったよ。剣速の変換はやらないけど」
「そこは好きにしろ」
的確なアドバイスだ。どちらにしても信号を強化する雷魔法はまだ熟練度が足りない。アイディアが煮詰められている訳でもないし操る技術も足りていない。今後の課題だな。
それと同じくらい肝心な事がわかっていない。
「僕はここに通っていいんですか?」
「ああ、と言いたいが、仮だな」
「仮?」
「そう、お前には課題を与える。まぁ終わらなくても指導はするがな。え……と小僧名前は?」
「ロスト・シルヴァフォックスです」
「ロスト……どっかで聞いた事がある名前だな。3〜4年くらい前だったか。まぁいい」
そう言うと老人は座り込んでいる僕に手を差し出す。
「俺レグルスがお前に強くなり方強くなり方教えてやるよ」
「お願いします」
その手を笑顔で掴み僕は立ち上がった。
*
ーシズカ視点ー
ロストが道場を出た後少しだけ道場主のレグルスとシズカは話していた。もちろん内容はロストのことだが。
「信じてますよ、貴方は教え方は上手ですから」
「酷い言いようだが事実だな。あ〜〜頭痛い二日酔いか」
「レグルス、弟子を取るつもりはありませんか?」
「シズカ、お前にだけは言われたくないな」
「私はこれでも数人の弟子はいましたし貴方みたいに先生って言い方で誤魔化さないですよ」
「悪いなシズカ、この話を討論する気はない」
「はぁ、わかりました。この話は私もしません」
「助かる」
いつもそうだ。このレグルスという男は弟子を作りたがらない。だが今までに彼が技術を教えた人数は優に100を超えるが、しかしこの男の指導を最後まで逃げ出さなかった人物はいない。そのため奥義を見た人物も奥義を会得した人物も存在しない。見せてはいるのだろうがそれが奥義と気付いている人物がいないというのが正確か。今まで育てた教え子達の出来が悪かった訳ではない。問題はレグルスにある。レグルスが教える者は剣術に染まっていない半人前ばかり、レグルスが教えるファトゥス流の性質状、皆詐欺にあったと叫びだし修行の辛さから逃げていく。
ファトゥス流は剣術なき流派。その下地、足捌きだけを教える流派だ。しかしその足捌き、空をを蹴り、水を蹴る、天に張り付き人理をあざ笑う。剣術の下地になる流派それがファトゥス流。だからゴールが見えない故に半端者にはその有益さがわからない。
逆に剣の理を学んだ人ほど彼に教えを乞うが、レグルスはそれらの人には技を決して教えない。彼は未熟者にしか技を伝授しない巷では天邪鬼という噂もある。
世の中の達人が羨む剣技が学べると入門し勝手に失望してこの道場を皆去っていく。そして成長してファトゥス流の有用性に気付き帰ってくが、レグルスは一度門下を去ったものに技を教えることはない。故にその奥義、今だ継承されずその真髄を知るものはいない。
「それにしてもシズカ面白い奴を連れてきた。それにしても禁忌の箱みたいな奴だな」
「それってどういう?」
「どういうって気付いてないのか?」
目をパチクリしながら私をじっと見るレグルス。少しすると腹を抱えながら笑い出した。
「まじか気付いてないのか? 本当に?」
「何をですか失礼な」
レグルスに抗議をするが、スンと感情が消えたようにレグルスは無表情になる、そして。
「いや、お前のそれは気づかないようにしているだけか? まぁともかく、今後俺の教え子に近づくなよ。シズカお前はトラブルメーカーだからな」
好き勝手言われて言い返したかったが最後のトラブルメーカー、その一言だけは否定できず言い返せなかった。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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