難しさを知る者・変貌
血反吐を吐くほどの努力で何かが確約されるのならば喜んでやろう。努力することは案外誰でも出来るものだ。 本当に難しいのは機を待つこと。焦りを捨て只黙々と行うそれには執着心が必要だ。自分の隣にいる人が昨日成功を掴んだとしても。明日こそは明日こそはと己と世界に期待しただ失望を繰り返す。待ち続けるしかなくても僕は焦りを捨てられない。今日ではない明日という希望が僕を焦らさせる。
ただ歩み続ける、そんな覚悟を持ったとしても焦りを制する事は出来ても捨てきれなかった。ただ最近思う。もしかしたら成功は、今日の自分から変われる日はすぐそこまで来ているのではないかと。もう目と鼻の先まで手が届く所まで。
*
情報量の多さに頭を抑えながらロベルトを連れ森を進む。
「ここだ、マーカーを頼むよ」
「ああ……あった、撃ったぞ大丈夫か」
僕は顔を青くしお腹の中から這い上がる違和感を森の木々その根本で吐き出した。
「う〜頭痛い、次は30メートル先、こっち」
「ちょっと待っててくれ、今地図に書く」
僕の作戦は簡単だ。レディア草を2時間で1000本摘み取るのは不可能だ。なら前もって場所を把握、印を残し誰にでも採取を可能な状態にする。そして僕の探知魔法ならレディア草を見つける事は可能だ。ただし探知魔法のリミッターを幾つかを外せばという条件付きだが。
僕の探知魔法は普段受け取る情報をかなり絞っている。それはそうだ、この世界には無数の物体が存在している。それを全て受け取ってしまえば脳がパンクしてしまう。不要な情報を無意識に受け流したり、情報を受け取る総量を増やす訓練はしているがそれでも情報を絞らざるおえない。そして今回は空気中の魔素を感じ取るセンサーを開放した。
レディア草は周囲の魔素を把握すれば探し出すことができる。アガレスさん曰く。
「レディア草の見分け方は形だ。と入っても似たような形の薬草にリリス草、ルサルサ草、ランベルデ草、
ガラガラ草それから……」
「ちょっと待った流石に多すぎない?」
「だから難しいんだ」
「群生地があるって話だけど魔素が関係するとかないの?」
魔素は世界中に存在する物だ。魔素にも属性があり、それは環境に影響を与え又魔素も環境から影響を受ける互いに影響し合う関係性だ。少ないながらも群生地が存在するなら周囲にある空気中の魔素の属性割合で見分けられないかという話しだ。
「周辺魔素の属性割合を見る方法もあるが現実的なのは薬草その物の残留魔素を見ることだ」
アガレスさんはレディア草と一緒に持ってきた紫色の薬品をレディア草に掛ける。するとレディア草は赤色と黄色に発光し始めた。
「火と光だな、光か珍しいな」
「光……最後の質問」
「いや、俺が当ててやる、レディス草は魔物に好まれる薬草かどうかだな、答えは餓死するほどの空腹でもなければ口にしない。そう光属性だからだ」
「そっか……なら後は僕が吐く覚悟をすればいいだけだね」
探知魔法で光属性の魔素を探し続ける。海の中から針一本を見つけるような物だが手さえ届けば捕まえられる。それが僕の探知魔法なら出来るのだから。
*
「あったぞ、今地図に書く」
「マーカーは打った?」
「ああ、大丈夫だ」
ロベルトの役目は貧民街からかき集めた累積、地元民が持っていた精密な地図にレディス草の場所を書き込みまた地図だけでは間違いが起こる可能性を考慮し薬草そのものにマーカーという子供でもできる簡単な魔法を打ち込むことだ。子供でも出来るというが1000本のレティア草に打ち込まなけばいけない、その為ある程度の魔力量と技術何より根性が必要となる。
「この草でいいんだよな? この場所は他の薬草と密集しすぎだから少し周りの草を抜く、それまで休んでいてくれ」
「わかった、次の場所の当たりを付けておくよ」
腰袋から水筒を取り出し中に入った水を飲む。止まらない汗を袖で拭きつつ鈴を鳴らし再び周囲の魔素を見る。レディア草を遠くから見つけるのは難しいかったが周囲の魔素とのバランス、その関係性を見つける事ができた。
レディア草は偏屈な薬草だ。周囲の魔素に影響されその種類を変える。リリス草、ルサルサ草、ランベルデ草、ガラガラ草なども元は同じ薬草なのでは? というのが今の僕の見解だ。
「終わった、次行けるぞ」
「じゃぁ行こう、次こっちだよ」
ロベルトがこちらに戻ってくると次の場所に向かうため僕は立ち上がる。日が沈み始めた。明日の日の出までに残りを見つけ、採集を行うそういう段取りになっている。急がなければ。
*
「なんとか間に合った」
足下に白色の液体を吐き終わった僕は満足そうに顔を上げる。もう吐瀉物の中身も失くなってしまったので文字通り白色の液体だ。
「帰ろう」
急いでこの地図をアガレスさんに届けなければならない。その後アガレスさんが冒険者に依頼し集めたレディア草でルシアさんが霊宝を作る。僕が王都に帰ろうとするとロベルトが嫌な言葉で呼び止めた。
「ちょっといいかご主人様」
「その呼び方はやめてよ」
ロベルトの顔はどこか納得がいっていない顔だ。僕自身御主人様という言葉が嫌で少しきつめな口調を返してしまう。
「で、なんのよう?」
「ご主人さまはいいんですか? 手柄を全て取られて」
恐らくロベルトはこの後の事を言っているのだろう。世間が称えるのはデメテルの人々、そして無理難関を成し遂げた本部の冒険者だろう。その事で悔しくないかと僕に聞いているのだろう
さらには王都の冒険者は僕を敵視している。だから対外的には何もしていない僕に強い当たり方をしてくる馬鹿がいるかも知れない。そんな奴らに手柄を取られていいのかとロベルトは聞いているのだ。僕の答えは決まっている。
「いいよ、別に」
「どうしてですか? 貴方がいなければ霊宝を作る事はできなかった」
「そう拡大解釈するもんじゃないよ、たまたま僕が此度の大役を仰せつかったそれだけさ」
この状況でたまたまレティア草を探せる人が僕以外にいなかっただけ。世界中には僕以外にも出来る人は大勢いる、でも今は自分しか出来る人間がいなかった。それは誇る事であっても風潮し威張り散らす事ではない。それ以上に人を救えるのだこれ以上の功績はない。
「違う、貧民街の人達はしょうがなかったと思う。でも他の連中は違う。冒険者、貴族、城の奴らは……」
「ロベルト」
そしてロベルトの下に駆け寄った。僕より体の大きいはずののロベルトは僕が距離を詰める毎に体を強張らせ、目をつぶる。そんな彼を優しく抱きしめる。
「ねぇロベルトありがとう。どうしてそんなことで怒ってくれているかは分からないけど僕のために怒ってくれて嬉しいよ。……ねぇロベルト僕はね、胸を張って生きたいんだ。僕の背中を見てくれる人達、見せたい人達、彼らの誇りになれるようにね。そしてロベルト君がまた真っ当に生きたい、そう思えるようにね。もし君が僕のために怒り、何かを画策するのならやめてね。そんな事よりも僕の背中を見ていてよ。僕が胸を張って足掻く姿を。どうしても何かをしたいのであれば僕以外の誰かを一人救ってあげてよ。約束できる?」
「……」
「そこは頷くところだと思うけどね。さて行こうか」
ロベルトから離れ王都に向かって歩き出す。後ろから足音がしっかりと聞こえてくるからロベルトも付いてきている筈だ。
ロベルトにも隠した本心が1つある。理解されるとは思う。でも怖がられるんじゃないかと思ったからあえて口に出さなかった。僕が自分の手柄に執着しないのは何故か? 知っているからだ。物事を成し遂げることがどれほど難しいか。それを横から掬い取り台無しにしようとする人間がどれほど多いか。それに僕は手柄なんていらない。僕は自分を認められる結果という名の自信が欲しい。世界中の全員に否定されたしても間違っていないと己の心で叫び、次の一歩を踏み出す力が。それに比べれば手柄なんていつでも取り返せる。己を肯定することがいったいどれほど難しいか、腐り果てていた僕は知っているのだから。
*
ールシア視点ー
「さて、では頼むぞ」
冒険者達は指定された場所に次々と向かっていった。ものの30分もしないうちに採取を終えた冒険者達が帰ってくる。ギルドで集められ、そしてデメテルに届けられる。しかしだ。
「何で霊宝の制作に薬草が足りない?」
霊宝は錬金術で作ることが出来る。オプシディア師匠が書いた本に記された素材の量、術式、必要なものは全て集め釜に入れ制作を始めた。しかしレディア草の効能がどうしても必要な量引き出せない。ルシアは何度もメモを見返すが間違った所はない、ではどうして足りないか?。
「師匠の書かれた本は皆西部基準だった」
さきほどアガレスがロストから聞いたと言っていた予測だが、レディア草は魔素により様々な薬草に変化する種の1種類の変化先。となると西部で群生地が出来ない理由は、変化に必要な魔素が西部では希少だということになる。
仮説ではあるが西部のレディア草は東部に比べると薬草の成分が薄いのではないか? そうなると1000本では足りない。でも薄いだけで出てはいる、現在出ているレディア草の成分から考えるに後100本ほど足りない。それにレディア草が本当に1000本あるかも怪しい。誰も口にしないがこのコルニクス病は外から持ち込まれた病だ。なら冒険者の中に裏切り者がいてもおかしくない。
「何で、何でよ、どうして人の命を簡単に利用できるの?」
アガレスは今意識を奪われ眠りについている。予定より2時間早い眠り、恐らく病状が進行している。そして私は動くことすら出来ない状況だ。現在霊宝を作る最終段階だ。今手を離せば採取した薬草がすべてが無駄になってしまう。ここデメテルには少量であれば代用できる素材が僅かにある。だがそれを取りに行くことすら今の私には出来ない。手助けをしてくれる人は今ここには誰もいない。
過去と変わらない己の無力感が悔しくてそれ以上に人の命が奪われる、そのやるせなさに涙が溢れてきた。 後悔先に立たずというがどんなに努力をしても届かない場所がある、そう教えられているようで。
「考えるな、考えるな」
頭に過り始めるのは昔の光景。国単位の人々が私に憎しみの宿った目をただじっとこちらに向けている。
足が震え膝を付いてしまいたいが義務感でなんとか踏みとどまる。あの時は師匠が手を差し伸べてくれたおかげで立ち直れた。でも師匠は今いない。
「助けて」
そんな小さな声をかき消すように扉が強く開かれた。
「ルシアさん追加のレディア草、300本ほどいる?」
勢いよく開かれた扉、そこには泥だらけの姿で籠を肩に担いだ少年ロストがいた。私にはそれが師匠と同じ光に見えた。
「はい下さい、今すぐに」
「急に元気になったね」
涙を左腕で拭いすぐさま意識を切り替える。ロストには部屋の隅にある台所で薬草の泥を落としてもらう。
「水洗いだけだけど。大丈夫?」
「はい、そのまま入れて下さい」
先程とは違い釜の中の水が光が輝きを十分な成分が抽出されているのが確認出来る。
「ありがとうございます。すいませんがアガレスが眠ってしまったので、もしもの為にここにいて貰えますか?」
「いいですよ」
すると彼は部屋の隅で倒れているアガレスの方に近づき顔を人差し指で突付いて時間を潰していた。霊宝が出来るまで彼に何かを頼むことはなかったが1人で気負っていたせいだろうか? ロストが来てから気持ちが何故か安らぐ。彼が側にいるだけで不思議と力が湧いてきた。
「できた」
私は体から力が抜けその場に座り込む。
「お疲れ様でしたゆっくり休んで下さい」
心地よい声を聞きながら眠りについた。
*
僕は知っている。世の中大切な時ほど上手くいかない、どんなに準備をしても何か問題が起こる。それがわかっているからこそ。
「行ってくるね」
眠っているロベルトをデメテルにおいて僕は王都を出た。今頃は王都の冒険者達はレディア草の場所を示すマーカーの説明を受けている筈だ。必要数は1000本。マーカーは1100本用意してきたが不測の事態が起きる可能性もある。僕が最も恐れているのはレディア草が変異した薬草であるのならば再び再変異し別の薬草になってしまう可能性だ。だがそれは言いがかりに近い推論だ切り捨てるしかない。
備えるのであれば徹底的に。薬草も多いに越したことはないだろう。僕は昨日薬草を探索していた森とは違う王都から少し離れた別の森で己が決めた時間制限ぎりぎりまで駆けずり回りレディア草を採取した。そして追加のレディア草を持ってデメテルに帰ってきたわけだが。案の定不測の事態が起こっていた。そもそも多めに用意していたはずのマーカーとレディア草の数が合わない。それに土地柄故の成分の強弱、詳細はわからないが魔力の流れで上手くいっていないことはわかった。
デメテルの目の前でそれに気付き急いで中に入る。そして勢いよく扉を開けた。ルシアさんは心が折れた生気のない目をしている。それを吹き飛ばすように笑顔で彼女に話しかける。少しするとルシアさんも再び目に力が戻り霊宝の制作を再開、そして成功した。崩れ落ちる彼女をその場に寝かしデメテルその玄関に陣取る。
「ま、保険だよ。保険」
もしかしたら霊宝の制作が成功した、その可能性を考慮し刺客が来るかも知れない。妄想かも知れないがでも色々な人の思いが詰まった希望の結晶。それが少しでも危険に侵される可能性があるなら摘み取らねばならない。
*
霊宝を制作した後は何事もなく進んだ。特効薬は作られルシアさんとアガレスが交代制で24時間薬を作り続けた。眠っている時間が長いほど症状が重い為管理を徹底し優先順位を作る事で混乱せずに事態は収束に動いている。そして僕にとっての宣告がルシアさんからされる。
「ロスト貴方は魔素適応障害という体質だと思えれます」
「魔素適応障害?」
聞いたこともない体質だ。頭を捻るが記憶の中に掠りともしない。
「ロストにとってこの世界に存在する魔素は毒という話です」
アガレスさんが奥から長方形の道具を押してきた。。
「これに触って下さい。この機械は種族を調べるものです。そして魔素適応障害は古代種にしか発症しません」
僕は立ち上がりルシアさんに言われるまま機械に手を置く。魔力が吸われ、吸われた魔力は機械の中であちこち移動している。機械の出っ張り部分が点滅し震え最終的には僕から見えない後ろのパネルに結果が表示されるようだ。
(ちょっとおもしろい。もう一回やってもいかな)
そんな風におちゃらけた僕とは裏腹にアガレスさん特にルシアさんは表示された結果に凄い眼力を向けている。
「やっぱり、古代種」
「決まりだな。仕事を果たせ、ルシア」
歯を食いしばるような顔のルシアさんとアガレスさん相手に置いてけぼりを食らう僕。意を決したようにルシアさんは僕に顔を向けた。
「聞いて下さいロスト、貴方の余命はあと1年です」
目の中に悲しみを宿しながら、それでも僕をしっかりと見て彼女は伝えてくれた。悔しさにやるせなさ、そんな感情を秘めているルシアさんとは対象的に僕の心はおだやかだった。余命1年。なんだそんなことかと。元々シリウスで診断された時と同じ結果だ、落ち込むような事は何もない。
「そんなもんだろうとは理解してたから別に気にしなくても大丈夫ですよ。そもそもシリウスでの診断でもそれくらいだとルシアさん言ってたじゃないですか」
ルシアさんには感謝しきれない。原因としっかりとした期限がわかる、それはそれで気が軽くなるものだ。僕の自然と溢れた笑みを見てルシアさんはより辛そうな表情で僕に聞いてきた。
「怖くないんですか?」
「怖いですよ。でも後一年ある。明日死ぬかもしれないその現実から開放されただけで救われました。ありがとうございます。そもそも覚悟はもう出来ているので」
唇を強く噛んだのかルシアさんの口から血が溢れる。患者と医者の温度差これをどうしたらいいものか?
でもそれはしょうがない。元々覚悟は出来ていた。シリウスで冒険者をしていた頃からもう先は長くない、来年もここに入れるかな? そんな漠然とした予感は持っていた。残された時間が分かればやれる事も見えてくる、向き合い方を決められる。
ルシアさんの空気が重くなりすぎたのを見かねてアガレスさんが割り込んできた。
「ちょっと待て、ロストすまんな。ルシアお前少し熱くなりすぎだ。まだ伝えることがあるはずだ」
「伝えること?」
何かあるのだろうか。個人的には満足の行く答えだ。僕は清々しさを感じている。むしろルシアさんには借りを作ったくらいには思っている。
「ロスト、今私は貴方に治療を受けない場合の余命を言いました」
「え」
「貴方が治療を受けてくれても私では余命を3年程度しか伸ばせません。治すと言っておいて本当に……え?」
目から映る光が歪み、ルシアさんの姿が歪む。
(あ〜〜本当に情けないな僕は)
降って湧いた希望、すでに死ぬ覚悟は出来ていたはずなのに今になって恐怖を思い出したかのように体が震るえ出した。予想より時間がある、それが分かっただけ信じられない程嬉しかったんだ。生き抜く覚悟は変わらない。でも僕にとって1年と3年は100年以上の価値を感じられる。
「本当にごめんなさい」
ルシアさんが僕を抱きしめる。違うんだ。そう違うんだ。怖いからじゃない、辛いからじゃない、嬉しいから涙が溢れているのに声が出ない。涙が心を邪魔して言葉が出ない、僕はどうしていいか分からず泣くことしか出来ない。でも信じて欲しい。恐怖からじゃないんだ。安堵から涙が止まらなかった。そうか僕にはまだ予想よりもずっと時間があった。
*
彼女の胸を借りていた事に頬を軽く染めながら治療の内容を聞いていた。
僕の体は魔素と相性が悪いどころではない。ただの毒だと宣言されてしまった。古代種と呼ばれる僕の同類はこの魔素適応障害で殆どが死んでしまったらしい。僅かに適応できた存在が今の人間達。つまりこの世界において、獣人もエルフも亜人も魔族も括り的には人間らしい。
(なんか疎外感)
そして治療だが、魔素が世界に広まる前は世界にマナとい形の物体が置き換わるように存在していたらしい。それを僕の体に注入する。魔素は僕に取って毒であるがマナは僕の体を活性化させ様々な体の機能を強くする。つまり毒に対抗できる免疫能力を手に入れそれで体の不調に抵抗するのが今回の治療法だ。
「流石に免疫機能で強引に治すのは無理じゃないの? それにそのマナって何処にあるの?」
「マナなら古い遺跡にいけば結構あるぞ。遺跡に行って神秘的な感覚を覚えれば大抵マナだしな」
アガレスさんの説明にそんな馬鹿なとルシアさんを見つめるが彼女は頷いた。
「気づいていないだろうけど貴方の体は想像以上にボロボロですよ。確かにマナを肉体に入れた場合、魔素との拒絶反応が強くなり肉体に負担がかかります。それでもマナの注入による身体の活性に頼ったほうが幾分マシな位には貴方の状態は悪いです」
悪いのはわかった。問題はこの先、僕にとっては最重要だ。
「冒険者活動を僕はしていいんですか?」
「どうぞ、正直寝ていても良くなる種類の物ではないのでガンガン活動して下さい」
「え、いいの?」
「はい。ただこのまま冒険者活動させていたらそちらはそちらで怪我で死にそうですけどね。だからはい」
「ナニコレ」
ルシアさんの手には注射器が握られていた。それを受け取ったのはいいが、問題なのは注射器の中身だ。
その物体は光こそしないが色の定まらない不思議な液体が入っている。
「それはマナです」
「え、これを本当に体の中に入れるの?」
「まずは体の状態を少しでも良くしないと。大丈夫ですよ。今後は副作用が少なるように調整していくので」
「副作用?」
「大丈夫ですよ? 大丈夫。ちょっと倦怠感が強くなるくらいだから」
「あ〜あ」
アガレスさんが少し意味有りげに呟いた。嫌な予感がする。ただその反応も薬についてというよりはルシアさんに対してな気がする。まだ彼女と出会って日の浅い僕では計り知れないが、それでもこの注射器を使わないという選択肢はない。
「ほら、ぐっと、ぐっと一気に」
「そんな飲み物みたいに」
手の中にある注射器を見つめる。針も異常に太い、注射器も手の平にぴったりと嵌る特大サイズ。
(僕注射嫌いなんだけど)
覚悟を決め右手で持った注射器を左手に刺し中身のマナを体に打ち込む。奇妙な感覚だ。体の中が熱く心臓の音だけじゃない、まるで何十キロも全力で走った後のように激しい体の鼓動が聞こえる。
「どうですか?」
心配そうにこちらを伺うルシアさん、彼女の姿が、いや視界全てが一瞬で真っ赤に染まる。
「え」
気付いた時すでに床に倒れていた。妙な水気を肌で感じる。目を自分の体に向けると全身が透明な液体に濡れている。
この透明な液体は僕の血だと冷めた頭で認識し周囲を伺う。ルシアさんが道具を取るために机の上から何かを取り出す、アガレスさんは僕に駆け寄り状態を確認する。意識が体の奥に押し込められ体が意思と関係なく動き出す。
それは正しい意味での防衛本能。何事もなかったかのように立ち上がり膝を付いている赤髪の男を蹴り飛ばす。
「が……」
男は家から吹き飛ばされ2度3度跳ねた後外で意識を失った。それを確認していると今度は金髪の女が体ごと僕を家から押し出した。外に飛ばされ受け身を取ると珍妙なカッコをした刀を持った黒髪の女と銀髪の褐色肌のエルフの女がいた。
だが関係ない。拳を構え、殴り掛かる。技術すら忘れ、ただ獣の同様の存在に成り果てて。眼の前の危機から脱出するために。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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