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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
2章 立ち上がるために
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僕の依頼料

 野望を持て、そして倫理を学べそれが正しく生きるコツだ。倫理感の薄い師匠が言っていた言葉だ。テオ兄さんと久しぶりに会ったからかそんな言葉を思い出した。

 

 野望つまり未来か、現実的な話決まっていることもある。例えば再教育プログラムの終了後だがすぐに正式な冒険者に戻れる訳ではない。冒険者には特殊ランクというものがある。この特殊ランクは冒険者には提示されずギルド内でやり取りされるものだ。例えばCランク冒険者(危険度B)、Cランク冒険者であるがBランク相当の実力ある、しかし性格的な問題でランクの昇格を認めない。ギルド内でそう処理されている。

 

 今のは冒険者には秘匿されている別に気にされない特殊ランクだ。気にされるのは甲類乙類といったギルドカードに直接書かれるランクだ。甲類乙類とは冒険者活動をしてきた中で行った犯罪の重さ、そしてそれを償う刑期に準じて区別される。甲類は未遂、乙類は実行済みといった棲み分けで再教育プログラムを終えた後この特殊ランクが付与される。


 恐らく僕が付けられるのは甲類だろう。で、そうなった場合どうなるかだ。正確には甲類乙類の特殊ランク冒険者は正式な冒険者と認められているわけではない。一年間の奉仕活動を本部が指定したギルドで行う。賃金はギルドから月に固定額渡されるのみで、ほぼ休みなくギルドで溜まっている配分依頼を延々とやらされ続けるだろう。殆どの者が冒険者を途中でやめる、それは配分依頼のキツさも影響しているがそれ以上にしんどい事は見知らぬ土地で犯罪者というレッテルを貼り付けられながら生活することだ。別にギルドとしては更生の機会を与えたという外面を見せるためのシステム、やめてくれても一向に構わない。ただやりきれば正式に冒険者の復帰を認めてくれる。こちらに例外はない。


 僕はライラの街での行動により本部での預かりとなった。たかが1つの街を救った程度で本部の預かりになるか? どうしてもこれが気になる。そもそも一年の奉仕作業は人手が少ない辺境の街にある支部へと飛ばされるのが常だ。それが王都か……。


「きな臭いな」


 正直ギルドが自由に使える手駒が欲しい、そう考えているとしか思えないのだ。


 *


 そんな事を考えながら王都を歩いている僕だが目的がある。そう、ロベルトと僕の住む場所の確保だ。正式に僕の奴隷となったロベルトだが王都で住む場所がない。そのため借り家を探そうという話になった。資金はテオ兄さんからせびったら簡単に貰えた。というか新築の家を立てられる程度には貰えてしまった。この金額についてはシリウスにある師匠の家の管理を1人でやらせてしまった罪滅ぼしらしいから有り難くいただくことにした。


「ロベルトはどこがいい」

「貴族とかが近くにいる場所は嫌だな。面倒な事も多い、よって貧民街これ一択だ」


 ロベルトのはっきりとした物言いにびっくりした。正直コミュニケーションが一番の課題だと思っていいたためありがたい。


「貧民街か危なくない?」

「家があれば大丈夫だ。それに元々金の蓄えが少ない貧民街で犯罪に手を出す者は少ないからな。盗むなら一気に金が稼げる平民街の貴族御用達の店を選ぶ。そもそも貧しい所で取り合ってもしょうがない事は皆わかっている。それに王都で生まれた一般人は殆貧民街に住んでいる。王都にある平民街という場所に立っている建物は他所で金を稼いだ金持ちの別荘か、商会などの大手の店ばかりだからな。犯罪が多発する場所は別のスラム街って名前のとこだ」

「そっか、ありがとう」

「……」

「返事は?」

「ああ」

「よし」


 まず一歩ずつ、隣に人がいるだけで癒されることもある。話しかけたら返事を返す、まずはそこから徹底させよう。そして僕とロベルトは貧民街に足を踏み入れる。


「約束事として僕が王都にいない時は宿屋に泊まること」

「何故だ?」

「どうせ、家の暗い場所でじっとしてそうだからね。友達増やさないと」

「それが命令なら」

「なら命令」

「命令なら契約を使え」

「必要ならね」


 そんな呑気な話を続けながら街を歩く。貧民街と聞いた時は家無き子がそこら中にいると予想してたが、シリウスにある町並みとそう変わらない。しかし明確な違いはあった。


「ゴーストタウンかな?」

「流石にそれは……王都だぞ」

「だよね」


 先程から1人も住民とすれ違わない。少し焦ったような声のロベルト。さっきも妙に貧民街に詳しかったし知り合いでもいるのだろう。ならばこの焦り様も説明がつく。


「この辺りで事情に詳しそうな人はいないの?」

「いる……こっちだ」


 走り出したロベルトは貧民街の大きな通りを曲がり裏の小道に入っていった。道幅は狭くゴミがそこら中に捨てれている足場の悪い路地裏、そこをロベルトは覚束ない足取りで進んでいく。


「っつ」

「大丈夫?」


 ゴミに足を取られ転んでしまったロベルトに手を貸し立ち上がらせる。ロベルトはまともな食事が与えられていなかった奴隷生活をついこの前まで続けていた。歩く分には問題なかったが走ればその後遺症が見えてくる。だが何度転んでも立ち上がりその度に切り傷を作りながらも這い上がりロベルトは足を止めない。  

 諦めないロベルトを見て少し嬉しくなってしまった。自分は不幸になりたいが、でも他人の不幸は許容できない。それが過去の自分を見ているようで、だからこそ僕の変わりに世界を見続けて欲しい。

 

「変わるさロベルトは」


 それは今から僕が証明することなのだから。 



 そして1つの家にたどり着く。風景はだいぶ変わって正面にある高い丘に木造の家がぽつんと一軒建っている。少し振り返り登ってきた道を見ると、上から貧民街が見下ろせた。


「ネロさんいますか?」


 ロベルトはそのまま木造の家に迷うことなく入っていった。遅れぬよう僕もその後ろを追う。家の中には背の低い2足歩行のやけにデカい猫がいた。その猫に向かってロベルトは必死になって事情を聞いている。


「ここで何があったんですか?」


 飛びかかりそうな勢いで猫を問い詰めているロベルト、彼を落ち着かせるため背後から抱きしめ少し後ろに下がらせる。


「落ち着いてロベルト、それじゃ彼は何も離せないよ」

「はぁはぁ……すいませんネロさん」

「ほんとじゃ、死ぬかと思ったわい。そこのちっこいの助かったぞ」


 そう猫が喋った。獣人には獣化という特性がある。しかし肉体が衰えると獣化が解けなくなってしまい獣の姿で今後生きていかねばならない場合があるらしい。この方は獣化しているので正確な年齢はわからないがかなり歳を重ねているのだろう。


「すいません、家のが」

「なるほど。ロベルトの飼い主か、こやつの事を頼むぞ」

「はい」

「って、俺の話を聞いてくれ」


 同時に彼、ネロさんの話を聞き確信する。このロベルト、奴隷になって王都を出てそして奴隷をやめて王都に戻ってくる。これを間違いなく繰り返している。これはロベルトの悪癖、だから頼むぞと今ネロさんに言われたのだ。ただその託し託されの空気がやけに生暖かく、具体的にいうなら結婚をする前の両親との顔合わせの時に、どうしようもない息子を嫁となる義理娘に頭を下げて託す空気とでも言えばいいのか。そしてそんな空気に耐えられずロベルトが割り込んできた。いや、興奮の度合いから恥ずかしがっているだけか。


 一度咳払いをしたロベルトが視線を改め、ネロさんと向き合う。


「ネロさん貧民街はどうなってるんだ」

「そうじゃな、どこから話したもんか」


 2足歩行で歩き出したネロさんは椅子に深く腰を掛け話し出す。ネロさんは話してくれた。今貧民街で起こっていることを。


 *


 貧民街では今疫病の大感染が起こっている。最初の感染者は子供だった。共同井戸に水を汲みに来た子供が熱を出しその場で倒れた。周りの人々はすぐに子供を親御さんの下に連れていき休ませた。最初は皆風邪が悪化しただけだと薬を飲ませ楽観視していた。しかし翌日から何人もの子供が熱で倒れ始め数日後には老若男女問わない被害に広がっていた。異常と考え街の関係者が力を合わせ病状を調べ遂に判明した。

 

 コルニクス感染症。ベルディア大陸東部に存在したここ西部とは真逆の場所で流行った病。症状は高熱と頭痛、強い倦怠感、そして突然避けられぬ睡魔に襲われ活動時間が減っていく。そして4週間以内にその病が治らない場合は死に至る。この病の最も優れた能力は感染力だ。空気感染、飛沫感染、接触感染、母子感染、経皮感染と有名な感染方法を全て網羅している。この僅かな事を調べるまでにすでに2週間という時間が経っていた。


 すでに貧民街の人々その殆どが感染しており医者もその病気にかかりながら体に無理をさせ足掻いているらしい。国が代々的に動くのは死者が出た1週間後からとネロさんは考えている。犠牲が出たら動く。それが世界に存在するお国様の重い腰なのだから。


 これがネロさんが教えてくれた事だ。


「最後にお主に会えて良かったよロベルト」


 そうネロさんは笑った。恐らくであるが医者達の治療薬の制作は上手くいっていない。もう覚悟はできている、そんな潔い安らかさがネロさんの表情には出ていた。


「ダメだ、ダメだ、ダメだ」


 半狂乱に叫ぶロベルト。

 

 ネロさんの先程の話からして初期患者出たのは3週間前、まだ一週間はある。僕は頭を抱え蹲るロベルトに近づき両手で彼の頬を包み込む。手で顔を引き寄せ互いの額が触れそうな程に近づけると、その両頬を思いっきり摘んだ。


「冷静に、冷静にだ」

「む、無理だ。俺が関わると……」

「僕らはまだ現状の全容を知っただけ。これからもっと詳細を知らなければいけない。案内してくれるよね」


 ロベルト顔をしっかりと抑え目を合わせる。決して彼の心が逃げられぬように彼が決して諦めぬように。


「で、でも」


 目の奥が未だ揺れるロベルトを責めはしない。だが最悪の事態、もう僕とロベルト以外動けるものがいなかった場合に備え彼にはいて貰わなば困るのだ。


「行くよ、その足掻いてる医者のいる場所に」


 立ち上がらせる為に手を強引に引くがロベルトは抵抗して動こうとしない。来てもらわなければ困ると言ったが本当に嫌なら無理にやらせようだなんて思わない。では何故手を引くか? ロベルトの目は確かに揺れ迷っている。だが眉は強く歪み怒りに耐えているようにも見える。自信がないのだろう、勇気が持てないのだろう。だからこそ一歩をいつでも踏み出せるように最前線で振り回さなければいけない。

 

 ロベルト君は優しい人だと僕は思う。でも僕はずるい奴だから君を連れ出す魔法の言葉を使うよ。


「僕は王都に全然詳しくないんだ。だから医者の場所まで行けない。ねぇロベルト、ネロさんに案内させるき?」


 ネロさんにロベルトは目を向ける。彼は静かな寝息をたてていたが顔は穏やかさとはかけ離れている。額は汗に濡れ、顔には風邪特有の辛さが滲み出ていた。そんなネロさんを見てロベルトの足は動き出す。

 

「くっそ、なんで皆が」


 その優しさ故に。



 僕はロベルトに連れられ薬屋デメテルに来ていた。彼曰く貧民街、いや王国で一番優れた医者が経営する薬屋らしい。店主はいつも出張して店におらず、又その一番弟子とも言える人物も店には中々いない。事実上2番目の弟子が切り盛りをしているらしい。


「アガレスいるか?」


 そういってドアを開け中に入る。声の返事はなく薬屋の中は静かだ。とてもじゃないが誰かがいるようには思えない。


「ロベルト入ってみよう、もしもの覚悟をして」

「ああ」


 お店のロビーから仕切りを超え奥に進むと棚が四方を囲むように置いてある部屋にたどり着いた。しかし店の中に人影は未だ見えない。非常事態と考えさらに奥へと進んでいくと書類が廊下にまで散らばっているドアが開いた部屋を見つけた。ようやく見つけた人がいる痕跡、先頭にいるロベルトがまず部屋の中に入る。


「アガレス」


 その部屋に入ると赤い髪をした大男と金髪の美しい女性が倒れていた。


「アガレス」


 ロベルトはその大男の下に向かい体を揺すっている。何度か体を揺すると反応があったようだ。


「ロ……ベルト」


 意識が朦朧としているが赤髪の男性は立ち上がった。頭の動きが鈍いのか首を何度か振り机を支えに立ち上がる。


「アガレス、無事かよかった」

「ロベルト……ああ!! なんとかな」

 

 そんな喜ばしい会話の中で僕はある意味意外ではないが予想外の人物に目を奪われていた。そうアガレスという男性と一緒に倒れていた金髪の女性に僕は見覚えがあったからだ。


「ルシアさん」


 シリウスに来ていたAランク冒険者ルシアがその場に倒れていたのだから。



「そうか俺が寝てたのは6時間か、計算通りだが時間を無駄にした」

「コルニクス病は昏睡時間でも決まってるの?」

「ああ、今の俺は6時間毎に起きては寝ての繰り返し、ルシアは7時間毎、俺との時間のズレであと2時間は起きない」


 赤髪の男性アガレスは6時間置きっぱなしの冷めてしまった紅茶を口にする。そしてコップを机に置くと同時に表情を引き締める。


「で何が聞きたい」

「コルニクス病の事だ今どんな状況だ」

「残念ながら国の対応待ちだ」


 アガレスさんは現状を述べると肩を落とし溜息を吐いた、だがその目は少し鈍いがまだ光を放っている。  

 だがそれを聞いたロベルトはアガレスの表情でも察したようで言葉をなくす。諦めてはいないが本当に打つ手なしのようだ。何か出来ることはないかと僕は床に散らばった資料を手に取り探知魔法を使い読み取る。専門家でもない僕が資料を見てもわかりっこない。しかしコルニクス病……その病気に僕は心当たりがあった。


「コルニクス病って特効薬があったはずだよね。何に躓いているの?」

「お前名前はなんだ?」

「ロスト・シルヴァフォックスだけど」

「意外に博識だな」


 コルニクス病は有名な病だ。ギルドで本を読み漁っていた時に出てきた。たしか……。


「大陸東部だとメジャーな病気で毎年大量に感染者が出るけど滅多に死人が出ないらしいけど」

「そう東部ならな。そしてここアトラディア王国では特効薬が作れない。素材の確保ができないからだ」


 アガレスさんは現在の問題を話してくれた。コルニクス病の特効薬を作るにはある霊宝がいるらしい。その霊宝を水に漬け、薬草と共に煎じれば特効薬ができる。霊宝は1つあれば何度でも使えるらしいがその霊宝が手元にない。


「俺たちが最近やっている作業は霊宝に頼らない特効薬の制作だが、全く足掛かりも掴めない。クッソ」


 アガレスは机を強く叩く。山となっている書類の束に衝撃が波及し崩れ僕を飲み込む。


「わ」

「す、すまない」


 書類をかき分け僕を救出するために近くに来たアガレスさん、そこで彼の顔が初めてよく見えた。腫れた瞼に目の下にはクマ、口から軽い鉄の匂いがする。そうかコルニクス病で意識を失った場合は意識がないだけであって体自体は活動状態だ。本来ならコルニクス病の意識消失とは別に睡眠時間を取らなければいけない。


「アガレスさん最近寝てる?」

「ああ……さっき寝てただろう」

 

 つまりほぼ寝ずにアガレスさん達は2週間過ごしている事になる。そしてアガレスさんに書類の山から引き上げられた時一枚の研究資料が目に入る。魔素と人間の関係性といった内容の紙だ。そしてその裏にはごめんねと書き殴ったような文字が。


「それはルシアが最近調べていた事をまとめた紙だな。たしか知り合いの男の子が怯えずに生きる為と言っていたが」

「それにしても意外だな。ルシアが病に掛かるって」

「どうゆうこと?」

「いや、何でもないよなロベルト」


 ロベルトが意外そうな顔でそう言った。その言葉を聞きアガレスさんは少し動揺したかのように話題に割り込む。

 

「ねぇ、ロベルトどういう事?」

「ロベルトあっちに行こうか?」

「なぁアガレス、流石にその逸らし方はないぞ。正直に言えよ。ルシアは本来病気に掛かるような体質じゃないって」


 アガレスさんは一瞬ルシアさんを見た後にこちらを向く。

 

「なぁ……お前がルシアが言っていたロスト・シルヴァフォックスなんだろ?」



「アガレス、私これから研究室に籠もるからお店の事よろしく」

「ちょっと待てルシア、俺はこれから」


 話の途中でルシアは扉を強く閉めてしまった。頭を抱えながら、それでもしょうがないと思えるほどには彼女の事を俺アガレスは尊敬していた。ルシアは免疫能力の高さ故にどんなに感染力が高い病気だろうと掛かる事はない。そもそもそれを見込んで師匠はルシアを引き取っている。詳しい話は聞いてはいないが国を滅ぼすほどの疫病が蔓延した都市の中で、唯一健康体を維持しつつ周りの人間の治療を知識がないなりにしていたらしい。そんな彼女に昔聞いたことがある。


「ルシアはなんで人を治すんだ?」


 悩むべき質問だ。しかしルシアの返答は相槌をするかのように早かった。


「それが私の義務だから。やりたくてやっていることだけど、病気に掛からない私は病の最前列で研究、治療をし続けられる。これは神様が与えてくれた才能でだから私がしなければいけないことなんだ」


 彼女は病気と言っていたがその言葉の本心は疫病への復讐。だから先程コルニクス病で意識を失う前に泣いていた。


「治すんだ。もう昔の私じゃない。いや昔の私じゃないから病気に掛かった?」


 ルシアは無理難題を自ら背負い、それを熱意と行動力でなんとかしてきた。だが心が鉄壁なわけではない。1人でこっそり自分の無力を嘆きよく落ち込む。それでも立ち上がれたのは彼女の体質のおかげ、そしてそこから派生する義務感。決して病に掛からずだからずっと病気と向き合っていられる。だが今回はその体質が意味をなさなかった、いや普段であれば問題なかっただろう。

 

 遡ること4週間前ルシアは衰弱していた。無謀にもロスト・シルヴァフォックスという少年の血で作った薬品を自らに打ち込み、彼の体の環境を己の体で再現しようとしたのだ。そう、ひとまず得られた対象療法を試すために。


「はは、しくったな。これは病気じゃなくて体質だ」

「わかっていたことだ。はぁたっく早く直せよ。あいにく命には別状はない」

「わかってるって、わかってる。でもできるだけ早く助けて上げたかったんだ。彼は吹っ切れたとしても自分の命を諦めてる。そんなの見ていられないからさ」


 ルシアは何処か別の場所を見ていた。恐らく例の少年の事を思い出しているのだろう。しかし問題なのはそこではない。ルシアの衰弱状態は2週間で治る筈だった。しかしその隙を狙うようにコルニクス病が流行った。流石のルシアの免疫でも衰弱状態では強い感染能力を持つコルニクス病に勝つことは難しかった。


「つまり僕が原因って事だね」

「ああ、そうなる。でも責めたかったわけじゃない」


 アガレスさんは申し訳なさそうに笑みを浮かべている。僕を責めたいわけじゃない、これは本当の事だろう。でなければロベルトの話を強引に逸らそうとはしない。

 

 ソファーに寝かされたルシアさんを見つめる。そしてロベルトを。

 

 僕は生きる事を諦めている。それは間違っちゃいない。だから僕は命を使い切ることに決めた、つまり残り少ない人生を悔いなく生きてやるという決心なわけだ。でも生きれるのなら出来るだけ長く生きたい。


「アガレスさん。霊宝ってやっぱり作れないの?」

「無理だ、霊宝の制作自体はルシアが出来るが……」


 アガレスさんの要点をまとめるとこうだ。霊宝の制作にはレディア草という薬草が1000本必要らしい。しかも摘んでから2時間以内の物だ。厄介な点が2つ。熟練の薬草取りがレディア草に絞って探したとしても一日に10本ほどしか見つけられない事。そして大陸西部では群生地帯が存在しない事だ。


「さらに俺たちが原因の解明に時間を掛け過ぎちまったからな、薬草を取りに行ける人間がほぼ感染病に掛かっちまって採取に行ける人もいない。だから」


 本部の冒険者達は現在貧民街に立ち入り禁止。動く必要があるまで待機らしい。もしかしたら本部の冒険者が持っていた過剰な敵意は、このどうしようもない状況への八つ当たりの意味を含んでいたのかもしれない。あの本部長が僕に伝えていないのは伝えるタイミングがなかったと今は信じたいが。


「だから国だよりか」


 国に頼り霊宝を他国から譲って貰うしかない。アガレスさんが悔しがっているのは自分たちで治せないから、そんな小さな理由ではない。 ここ陸の孤島と呼ばれるアトラディア王国は他国との流通を海路のみに頼っている。他所の国から霊宝を取り寄せた所で貧民街の人々へ特効薬が届く頃には治療を施せる人間は誰1人存在しない。


 僕は冷静さを取り戻すため一度大きく息を吸う。それでも拳の力だけは抜けない。何故なら僕が諦めていなければまだなんとかなるかもしれないからだ。


「アガレスさん。現物ってある」

「確かにあるが……」

「ロベルト手伝って、やるよ」

「だがどうやって?」


 首の鈴を軽く鳴らす。僕なら出来る、見つけられる。一日で1000本見つける事は可能だ、しかし1000本を2時間以内に採取出来るかは物理的に怪しい。それなら人手を増やせば良い。

 

「僕が吐き続けるその覚悟ができれば救えるさ。お前のジンクス。俺が関わったら悪い方に傾くんだっけか。僕が覆してやるよ」


 この貧民街で今、僕以外できない満面の笑みをする。


 ルシアさんこれが僕が貴方に支払う依頼料だ。そんな思いを胸にアガレスさんが持ってくる現物を待つ。


 *


 ルシア視点


 最近何故か思い出してしまう、森を出たばかりの昔の事を。


 私は森が嫌いだった。大人達は閉鎖的でいつも子供の好奇心を否定する。だから大人たちの目を盗みこっそりと抜け出した、でもそれが間違いだった。


「おい、こいつエルフだぞ」

「ガキだが見た目もいい。いい値段で売れる」


 鬱屈とした森から外に出ると清々しい程拓けた視界。今思えば眼の前に遮る物が何もないたったそれだけで私は満足だった。しかしその自由の代償は奴隷という身分だ。森を出てすぐに5人ほどの集団に襲われた。その当時私は戦闘技術など学んでいない。精々魔法が使えるだけのエルフだった。無知で合ったのは認める。だがその当時の私は外の世界を少しでも見れるその事に目がくらみ奴隷となることに抵抗しなかった。 自由を求めた結果始まったのは牢屋の中での暮らし。あいにく男達に襲われることはなかった。


「こいつ襲おうぜ」

「馬鹿言うな、このエルフにはありえない程の高値が付いてんだ。俺等5人全員で分け合っても一生分遊べる値段がな」

「確かに価値を自ら下げるような真似をしてもしょうがないしな」


 そんな理由で私はある意味大切にされていた。といってもベットがある程度の優遇だったが。しかし私が売られる事はなかった。何故なら人攫い達が住むその国はすぐに死臭が漂うことになったからだ。


「はぁ、はぁ、済まないな嬢ちゃん」

「いえ、何も出来ずにすいません」


 私を犯すと言っていた人攫いに治癒の魔法を掛けるが全くと言っていい程効果がない。治癒魔法は傷を治すことを出来ても病を治すことは出来ない。ただ1人動ける私はひたすらに治癒魔法を掛け続ける。

 

 何度も考えた。何故動ける人が私しかいないのか? 何故魔法を使えるだけで医学知識のない私がこんな事をしているのか? 何故痛みを一時的に引かせるだけの無駄な事をしているのか?


 すぐ隣には体が腐り己の腐臭で吐く人、眼球はこぼれ落ち、歯は抜け、排泄物を垂れ流す人。誰かを助けたいという当たり前の論理感が私に無力感だけを押し付ける。手を止めればよかった。でも出来ない。何故なら私以外はみんな病に侵されているから。手を止める事は私がみんなを見捨てたと宣言するようなものだから、助けてと思いながらただひたすらに魔法を使う。無駄だと知りつつ批難から己の心を守るために。

 

 目を覚ますと普段経営を押し付けている弟弟子と身売りが趣味のロクデナシそして見た事のある少年がいた、でも私が知る彼とは目の輝きが違う。意思の強い目で四つん這いになりバケツに吐瀉物を吐いている。


「どんな状況ですかこれ?」

「起きたかルシア」


 アガレスの顔は私が意識を失う前までの諦めた顔とは違う。ただしく医者がする堂々たる姿を見て空気と肌で事態の好転を予想させる。


「ルシアいいから寝ろ。これから忙しくなるぞ。勝負は明日、霊宝を作るぞ。失敗出来ないからな今すぐ休んでおいてくれ」

「ちょっと」


 彼、ロストに声を掛ける前にアガレスに自室へと押し込められた。明日に備える、その言葉に従い布団の中に入る。何日ぶりの睡眠だろう? 眠気はすぐにやってきた。一つ後悔があるとすれば彼の病気、いや正確には体質がわかったかもしれない、そのことをロストに伝える事ができない現状が心苦しい。


 もしかしたらその体質の事を彼が聞けば立ち直れないかもしれない。であるのならば今はこの状況の収束が先だ。


「不誠実だ」

 

 この好転の要因それは彼ロスト・シルヴァフォックスの探知魔法だ。彼ならばと実は何度思っただろう。 

 だからこそ真実を伝えぬままただ利用するようなこの状況にひたすら罪悪感を感じる。しかし睡魔には流石に勝てず私は眠りに付いた。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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