歩み始め、救うと誓った君
オーガを倒しライラの街、その広場に戻ってきた。日は完全に沈み月明かりこそが唯一の光源。だがそれでいい。広場に到達した魔物の数はゴブリンが10、オークが3、レッドオーガ1、ゴースト15、コウモリが12、そしてこちらの損耗具合は道具はあるが罠はなし、しかし勝機あり。
コウモリは無視だ。魔物ではあるが敵としてカウントしていない。それに鈴の音を調整しコウモリが嫌がる音を出せば追い払える。
魔物達の狙いは匂い袋、その残骸だ。一箇所に集まった魔物達を確認、一網打尽にできる状況に最後の切り札を切る判断を下した。
(多少ですが街を壊します。すみません)
街の人々へ心の中で謝り最終手段を取り出す。今回は煙玉を用意していない、その代わり煙玉に形状が酷似している丸い玉を腰袋から取り出すと匂い袋に群がる魔物へと投げつけた。魔物達が真っ白に染まる、だが周囲を白く染めたのは白煙ではない。煙ではなく粉のような物質が空中に舞い周囲を白く染めている。その物質の正体は大量の小麦粉だ。その小麦玉を5つ同時に投げ、今度は腰袋に入っている最後の火打ち石を取り出し剣に押し付け振り抜く。剣から火花が小麦粉の方へと飛ぶ。その火花は徐々に大きくなり小麦が蔓延するエリアに入る直前で炎の玉に姿を変える。そして小麦粉が支配するエリアに炎が侵入すると大爆発を広場に起こした。広場の近くにあるは建物の窓ガラスは衝撃波で全て割れてしまったが、広場の中央で起こった爆発の為幸いにも民家が燃えることはなかった。そして爆発から生き残ったのはレッドオーガ1体とゴースト8体のみ。
魔物達の中で僕を殺す事が最優先になった、もう建物に吹き飛ばされても放っておいてはくれない。確実に命を摘み取りに来るだろう、だがその方が戦いやすい。
レッドオーガが雄叫びを上げ、ドスン、ドスンと力強い足取りで駆け寄ってくる、そして後ろではゴースト達が魔法を唱え始めた。そして僕はというと胸ポケットから試験管を8個取り出し投げる、この際注意することは試験管を投げる位置、8つの試験管が並び、平行に僕の眼の前に落ちてくるよう調整する。よどみない動きで今度は投げナイフを取り出し、先程放り投げた試験管とゴーストが同射線に入ったタイミングで投擲。ナイフは8本全ての試験管を壊し中にある液体を被ってゴーストに直撃する。試験管の中身は聖水、本来実態がないゴースト達に投げナイフが当たるようにするものであり、そして聖水はゴーストにとっては致命的な毒として効果を発揮する。8本のナイフで8匹のゴーストを確実に仕留めた。
それらゴーストの対処をワンモーションといってよいほど素早く行ったがそれでも少し遅かった。レッドオーガの棍棒が横から迫る。一瞬背後を確認し壁になるような物がないことを確認し、横から振られた棍棒を剣で受け止める。自分から飛び棍棒の威力を殺し、5メートル吹き飛ぶが距離を稼げた。レッドオーガの攻勢を捌き不利な戦況を立て直す事に成功する。
それにしても不思議な感覚だ。目の前のレッドオーガはこちらをじっと見ている。レッドオーガは膝が震えているのか棍棒を強く握り直し地面に何度か叩きつけた。それは己を鼓舞しているようにも、同時に相手の強さを称えているようにも見えた。レッドオーガとの1対1、最後の意気込みとして手袋を外す。より剣の持ち手と手が吸い付く感覚が強くなり、そしてたかが一対一の魔物との戦いに不思議と心が熱くなる。
お互いに緊張した面持ちで向き合い、間合いを図る。開始の合図は何もない。葉っぱが落ちる音も、いや言語が違う以上真の公平などはありはしなはずだが、全く同時に僕とレッドオーガは踏み出した。互いに一歩踏み込む、その瞬間僕の背後には恥知らずな黒いフードを被った男が現れた。ここは見渡しのいい広場でフードの男が現れる音や姿といった前兆となるものは何もなかった。恐らく転移で現れたのだろう。そしてフードの男は僕の背中に短剣を突き刺す。しかし何も感じない、痛さも、熱さも。予想内で想定内、でもそれら全てが頭から抜け落ちていた。そして短剣が背中を突き刺さっている今も男の事は頭から抜け落ちている。ただ一歩前に出るのにいらぬ重りが背中に貼り付いているとしか思わない。
そして何も言わずに僕は肘を黒いローブの男に打ち込み吹き飛ばすと笑顔でレッドオーガに突っ込んだ。
その間レッドオーガは何をしていたかというと何事もなかったかのように僕との距離を詰めている。
(そうだ、それでいい)
ただ不運に見舞われただけ、互いに勝負は決まっていない。
レッドオーガは棍棒を両手に持ち上段から真下に真っ直ぐ振り下ろす。石の地面を砕くほどの威力だが攻撃地点を読み、ギリギリまで棍棒を引き付けてから雷魔法を使い態勢を崩さずに横に移動する。そしてレッドオーガの懐に入り込むとその両手首を斬り落とし、さらに体を回転させ勢いを確保、正面から両膝を斬った。落ちてくるレッドオーガの上半身、その上半身が地面に触れるよりも早く首を斬り落す、地面に上半身が着くより早く命を刈り取る、それがまるでこの戦いの礼儀であるように僕は感じていた。
*
「やっぱりか」
背中に刺さる短剣を引き抜き情報を整理する。背中の傷は街の道具屋から拝借した血止めの塗り薬を使って止めている。ヒュドラの戦略には続きがあった。匂い袋で魔物を広場に集めた後に魔物達へ狂乱の魔法を掛ける事で街を破壊する、これがプランの最終段階だった。そもそも街に魔物を誘き寄せたとしても人間や家畜を処理出来るだけであって建物をどう壊すのかは気になっていた。しかし街にやってきた魔物は予想よりも数が少なく、なおかつ広場まで到達できた魔物は僅かに41体、しかもまともに街を破壊できそうなのはオーク3匹とオーガが1匹だけだ。
「だからといって直接ヒュドラの一員が乗り込んでくるのは予想外だったけど」
ヒュドラの構成員を捕まえるのは無理だと思っていた。転移魔法使いが周囲にいるのはこのフードの男が姿を現す前から気付いていた。尻尾を出したのは僕がオーガの1匹を倒したタイミング。探知魔法で周囲を警戒していたにも関わらず、突如僕の目の前に2匹のオーガが現れた。真正面から押し負けたのならまだしも探知魔法を持つ僕が奇襲に合うことはありえない。何者かがオーガ2匹を僕の眼の前に転移させなければ。
それにしても転移があるならば黒いフードの男がこの場から逃げ切ることは容易かった筈だ。なのにこの場で現れ返り討ちにあった。それはしてはいけないミスだ。もしかしたら失敗が許されない崖っぷちの人間だったのかもしれないが、ともかく。
「なんとかなった」
被害と戦果はこうだ。街の入り口は罠だらけ、広場及び広場周囲の建物の窓はほぼ全損。民家一見破壊。
ゴブリン40匹、オーク10匹、ウルフ系統3匹(残り27匹は撤退)、オーガ1匹、レッドオーガ3匹、ゴースト11匹(残り4匹撤退)コウモリ15匹全て撤退。
しかし最善を引き続けてもこのザマだ。情けない、情けないのだが。
「やった、できた」
つい拳を握り締め笑みを浮かべてしまう。それくらいは許されるべきだろう。ようやくようやくだ、自分をほんの少し認められる。
一応街の入口に戻り魔物が新たに来ていないか確認をする。遅れて魔物が現れても足の遅いオークかヒュドラの構成員が本格的に襲撃を掛けてくる位だろう。
「来るなら早く来てくれ、傷を直したいんだ」
傷をポーションで直さないのはヒュドラの構成員が来た時の手札。負傷し体はボロボロですというアピールで相手を油断させ戦況を有利にするためだ。しかし2時間過ぎても魔物どころか人影すら見えない。増援はない、そう判断をしていいだろう。となると次にやるべきことは。
「罠の撤去、だけどこりゃ後片付けが大変だ」
焼けたオークとゴブリンが大量に入った落とし穴の処理をしなければいけないのだから。そりゃ大変だ。
*
「何で〜〜」
「いいから待てこっちも確認してる」
僕を襲う試練はまだ終わってくれないようだ。今王都の出切りを仕切る関所で僕は立ち往生している。魔物の襲撃から街を守りヒュドラの一員を捕らえた。この功労者をいかがするつもりだろうか?
「何故だ、何故こんな事に」
「まぁ、俺達も悪いようにはする気はないし、ほら客人対応で茶菓子もだしてるしよ」
そういって門兵は歓迎? ではないか、確かに罪人を扱うような牢屋暮らを僕はさせられている訳ではない。ライラの街を出るまでは良かった。調査に来た騎士団と軍の関係者が現場で揉めていたが僕には関係ない話。現場の保存という本音を隠し、保護という名目で街に残っていた奴隷と老人の方々を乗せた馬車に付き添い王都にやってきた。奴隷の方々はそもそも身分がないため門を何事もなく潜り、一応の確認をするため老人の方々と僕は戸籍の照合をしていった。
さて問題はここからだ。何故か僕は戸籍の照合が出来なかった。一応冒険者ギルドの身分証をと思ったが、今僕は再教育プログラムを受けている身だ、そんな物は存在しない。どうやら同名の人物が存在しいるようだがその人物は貴族と等しい地位を持つ人らしく平民の僕とは重ならない。馬車の御者をしてくれた騎士団と軍の方が事情を話してくれたが兵士の方も仕事だ、わがままを言ってもしょうがない。そして僕は門の中で立ち往生している。打開策はギルドのお偉いさんが迎えに来ること。それかシズカが王都に入る際、偶々鉢合わせて証人なってもらうのが僕の望む展開。実はある程度身元がはっきりしている人が保証人になってくれれば王都の中に入れるのでそれほど難しい話でもないのだが。
「いや、考えないようにしよう」
頭を振り最悪の手段が頭を過る。
「どうして坊主、王都に住む知り合いでも浮かんだか?」
「いや全然、1ミリ、1ミクロンたりとも思い浮かばないよ」
頭に思いうかんだ最悪にして最後の手段。それは王都で宮廷鍛冶師をしている兄弟子に保証人になってもらうこと。
「でもテオ兄さんの手を借りるのだけは絶対にいやだ」
仲が悪いというわけではない。ただ兄弟子との再会はかっこよく決めたいのだ。例えば品評会に出した剣が受賞、兄弟子の目に止まり僕とは知らず会いたいと彼が打診をする。で実際に会ってみたら弟弟子でした。よく頑張ったなと頭を撫でられながら褒めてもらう。
「これがベスト」
「おーい、もう休憩は終わりだぞ」
「あ、ごめんなさい。今行きます」
今は同僚と呼べる兵士に連れられ階段を下に降りそして現場に到着する。今僕は門の中で生活している。
関所の中にある兵士の宿舎を間借りし生活しているが僕の性格上タダ飯食らいは許容できない。
「荷物見ますよ、並んで下さい」
数多の馬車が並ぶ中、制服に着替え合法、非合法を暴く、関所の仕事を現在手伝っている。
*
正直関所の仕事をするまでは商人は皆恰幅が良いと思い込んでいたが、仕事を手伝っているとむしろ少ないことに気づく。馬車の旅は大変だ。不規則な揺れにさらされながらも自身の財産を持ち歩く。これだけでも精神的な苦痛は大きい。それに盗賊や魔物による命の危機。僕なら商人になりたいとは思わない。
商人の鍛え上げられた筋肉を見上げ、格好良いと目を輝かせると気分良さげに何かをくれる人は多い。飴だったり果物だったり、面白いことに宝石をくれる人物もいたがそんな人は大抵違法な取引を行なっている商人だ。僕にくれた宝石の中に違法な薬物が隠されており、ほんの2〜5mgでアトラディア王国の硬貨で3000万ルドほどの大金を稼げる物だ。3000万ルドあれば王都に豪邸1つは楽に立てられる。この薬はあらゆる薬物検査をすり抜け国崩しと裏で謳われている、持っているだけで国家反逆罪としてしょっぴけるものだ。
「次」
魔法で確認した商品の内訳を紙に書いていく。僕には商人が関所に渡した彼らが馬車で運んでいると主張する商品の内訳を見る権限はない、だが必要もない。僕には代償魔法を使った探知魔法がある。鈴を一度鳴らせばどの商品があるか鮮明にわかる。商品の内訳を知らない僕が作ったリストと商人のリスト、それらを照らし合わせるからこそ意味がある。
「おい何だこれは」
僕が出した商品の内訳と商人が出した内訳が違うらしい。商人はすぐさま取り押さえられ僕は馬車の中へ向かう。
「この椅子の下空洞になってる商品はその中だよ」
「おお、任せておけ」
最初は手伝うつもりなんかなかった。でも隣の部屋から聞こえてくる深夜まで聞こえるうめき声。そのせいで眠れなかった僕はついつい口を出してしまった。そして……
「頼む、増員が配置される1週間でいいから手伝ってくれ」
僕を疑心暗鬼の目で見る関所の職員も最初は多かった。しかし文字通り数をこなす毎に僕を認めていった。全員に認められるまで一時間とかからなかった時はこの職場大丈夫かと本気で思ったが、約束の1週間は今日が最後、やると引き受けたからには手は決して抜かない。全力だ。
そして今回珍しいお客さんがいた。
「すいません、お願いします」
「は〜〜い」
綺麗な人だった。金髪の成人女性にしては少し背丈が小さく男性だったら庇護欲か燻られ骨抜きにされてしまうだろう。服も動きやすさを意識した格好だが彼女からはどこか気品が感じられる。貴族かな? と彼女を見上げる。
「あら小さな関所の職員さん、でも関所で働いてるなら成人かしら? ごめんなさいね」
「えっとすいません、今確認しますね」
彼女には馬車の正面で待ってもらい僕は馬車の後方に回る。そして彼女に見られないよう魔法を使かった。
(見事に鉄、鉄、ミスリル、緋緋色金、アダマンタイト)
馬車の中には1人の男性がいたが動かずピクリともしない。……眠っているなら起こさなくてもいいかと思いできるだけ静かにそして普段の3倍以上急いで女性の元に戻る。
「も、問題ないです」
「あら、早かったですね」
関所を利用していれば気付くだろうが僕の物品確認の速さ常軌を逸している。それこそ魔法を使っているから一瞬で終わる。普段は多少誤魔化すためにやっている振りをするのだが後ろで寝ている人がいるし、気遣って早めに終わらせた。普通の商人なら早く済むならいいと気にはしないが、しかし彼女はその善性からか僕を訝しむ。
「いやいや、そもそも王宮鍛冶師の方は貴族籍を持っているようなものですから本来は関所でチェックをしなくていい筈ですので」
僕の強引過ぎる態度が悪かったのだろう。
「まぁ、公務に準ずる方がそんなこと言ってはいけません。ほら、ちゃんと確認して」
「いやーーでーーすーー」
僕の不真面目に見える態度が気に入らないのだろう。女性は僕の腕を取り馬車の方に引きずり再び荷物を確認させようとする。抵抗してしまった為女性と綱引きをしているような光景になり、同じ場所で仕事をしている同僚は固まってしまった。綱引きをして数分、馬車の中で寝ていた男性が僕と彼女が立てた騒音で起きてしまい馬車から出て来る。
「カナリアどうしたんだ。大声出して……」
「人違いです」
「まだ何も言ってないんだが」
僕は馬車から出てきた男性の顔を見た瞬間無意識にそう答えてしまう。女性はそのやりとりに顔を傾げ男性に声を掛けた。
「旦那様知り合いですか?」
「旦那様!?」
「そう旦那様」
カナリアと呼ばれた女性の言葉に慄いていると男性は僕の首根っこを掴み、持ち上げ目線を合わせる。男性は不機嫌そうに目を細めながらも逆に口元はニヤけている。どんなふうに調理してやろうかと考えている悪い顔だ。
「よぉロスト、よくも俺の結婚式をすっぽかしたな」
「結婚式? 誰の……は通用しそうにないね」
知らない事情が僕を襲うが目の前の男性その結婚相手はわかっている。下で未だ首を傾げている女性に目を向けながら大きくため息を吐いた。
「久しぶりだねテオ兄さん。とりあえず弁解を聞いていただけますか?」
確信は持てた。本当の試練はここから始まるのだ。まさか試練の内容がどう取り繕うかになるとは思いもしなかったが。
*
「本当に誤解です。知らなかったんです。信じて下さいテオ兄さん」
王都に無事入れた僕は貴族街にある大きな屋敷に連れ込まれた。そして床に頭を擦り付け謝罪をしている。
「まぁ、それはともかくようこそ王都へ」
「怒ってないの?」
歓迎されるような明るい返事に顔を上げ聞き返す。しかしそれは罠だった。頭を上げた所を鷲掴みにされ持ち上げられとアイアンクローを掛けられる。
「痛い痛い」
「怒ってるが」
「ごめんなさい」
溜息を吐きつつ椅子に深くテオ兄さんは座り込む。しかし僕の頭からは今だ手は離れていない。
「そもそも俺はお前が結婚式にくるとは思っていなかった」
「失礼な知ってたら行ったよ」
「来てない奴が言うことか?」
「痛い痛い、ごめんなさい」
「それにお前が来ないことで問題を起こしたのはカナリアの方だ」
アイアンクローから開放され、締め付けられていた頭を撫でているとそんな事を言われた。
「純粋な疑問だけど僕とテオ兄さんって血は繋がってないよね?」
「ああ」
「ならどうしてそこにこだわるの?」
「子供の頃から弟が欲しかったらしい」
「なるほど」
まぁあるよね。自分にも思い当たる節が大いにあるため強くは言えないが。
「まぁ次から王都に入る際はハイゼン師匠の名を出せ、そこからならお前は信じて貰える」
「なんで僕の戸籍そんな面倒な事になってるの?」
自分でもわからない。わかりそうな人物は目の前のテオ兄さんか、シリウスにいるグレゴール支部長だけだろう。
「師匠が悪いとしか俺には言えない、そして同じくらいにお前も」
「なんでさ」
その時のテオ兄さんの表情が面倒くさげな表情だったのを見て、戸籍関係の話をそっと胸の中にしまい込む事に決めた。解決するよりも流れに身を任せたほうが楽そうだと僕も感じたからだ。
*
テオ兄さんに師匠の最後の作品を見せてから僕は王都の冒険者ギルドに向かった。でもテオ兄さんが師匠の最後の作品を見たがるのは理解出来るけど何でいつも僕に振らせるのかね。しかも模擬戦もさせるし……あれを実戦では振ってはいけないと師匠に固く禁じられている。それをできるだけ破りたくないないのだが。ま、テオ兄さんに久しぶりに会えて嬉しかったよ。
そして王都のギルドにやってきた。正確にはアトラディア王国ギルド本部だけれども。扉を開け本部の中に入る、だが正直がっかりした。シリウスの冒険者ギルドより規模が大きくなっただけの内装でほぼ変わらない間取りだったからだ。もっと王都特有の色が出ていると期待していたのだが。
「勝手な期待だと認識してるけどね」
シリウスと同じ内装なら案内の人に聞かなくてもわかるか、恐らく新人冒険者の3日目よりは本部の建物その構造を理解している自信がある。
「ここに来た理由は書類の提出だから……入って右側のギルド窓口で出せば大丈夫かな?」
どこの受付も壁までぎっしりと人が並んでいる。3番の受付を待つ列に並び自分の番まで待つ。暇つぶしがてら周囲を確認すると様々な人種がいた。エルフに獣人、亜人に魔族、シリウスで見れない物が見える。
建物の内装には不服だったがこれには僕も感動する、今まで閉じ困っていたシリウスから飛び出したのだ出来るだけ色々な事を経験したい、それ故の勝手な期待を先程から持っていたのだ。
そして時間を潰すため種族の特徴毎に合った武器を考え始める。獣人なら槍がベストかな、全身のバネを活かせるし腕や足の長さはどんなものだ? それによって最も武器が力を発揮できるポイントが変わる。
魔族は魔法を多用するらしいけど肉体的にはどうだろう。そんなふうに考えていたら僕の番まで直ぐに来た。3番の受付嬢は茶色い尻尾と耳に付けた赤いリボンが特徴の獣人だった。
「今日はどんな御用ですか?」
「ルドレヴィアのギルド施設、その報告書を持ってきたんですがここに提出してもよろしいですか?」
しかし受付嬢からは返答が帰ってこない。僕は書類をカバンから取り出す為に顔を下げていたので彼女に何があったかはわからない。受付嬢を不信に思いながら顔を上げるとそこに彼女の姿はない。受付嬢と僕の間には透明な仕切りが置いてある。だから彼女が机の下に隠れたら僕からしたらどのような事をしているかわからないのだ
「どうしたの、ミーシャ」
隣の受付嬢が気づいたのか声をかける。
「まずい、まずい、間違えた、殺される、殺される」
僕も魔法で探ってみたがミーシャと呼ばれた女性は頭を抱えて蹲り、反狂乱となっていた。
「あなた何をしたの」
「いや何か出来ますか?」
「そうよね」
隣の受付嬢さんも疑っているわけじゃなくあくまで確認だ。それに眼の前の透明の仕切りには様々な魔法が貼り巡らされており受付嬢達の安全の確保はかなり気を使われている。特に精神を汚染などバレず行うのはまず不可能で、様々な人と関わるギルドの受付嬢、その安全を守る最低限の工夫だ。
どうしたものかとその場で考えていたら誰かに肩を掴まれ強引に列から引きずり出される。そしてロビーに放り投げられる。突然の事で転んでしまったが状況を確認する為すぐに顔を上げる。そこには憤怒に目を濡らす1人の男性がいた。
「おい、ミーシャに何をした」
怒りと同じイメージの赤色の髪、それを短く切り揃えた男性は武器を抜き僕に向けた。
「俺は見ていた。お前の番が近づくほどにミーシャは怯え、辛そうにしいる所を。言えミーシャに何をした、事によっては此処で斬る」
そう宣言する男性。だが今の言葉の何処に僕が彼女を苦しめていた証拠があったのだろうか? しかし周りの視線、その男女どれもが共通して僕に敵意を抱いていた。ミーシャという女性は皆から大変愛されているらしい。
そんな敵意の目線に晒せれても僕は冷静だ、さてどうするかな程度の心境。まぁこの程度シリウスで受けていた仕打ち比べれば楽なものだ。それにこの程度は覚悟している、自分で経歴に傷を付けた時から。問題は頭を掻いてみたが特に妙案が浮かばないことくらいだ。
「それにだ冒険者でもない奴がギルドの関係資料を持ってくるだと、それこそ怪しい。お前何者だ」
冒険者ではない、何処でそんな判別が出来るんだと言いたかったが、ああ、暗黙の了解である冒険者になる時の年齢制限の事を思い出した。それに今の僕は正式には冒険者と呼べる身分ではない。再教育プログラム中の者は冒険者見習いに近い身分のためだ。そしてそんな冒険者見習いが冒険者関係施設の報告資料を何故か持ちそして届けに来ている。
(うん、僕怪しいね。ごもっともだ)
ここで期待するのはシズカの助けだ。そろそろ元Sランクとしてかっこいい所をシズカには見せて欲しい……今だ……無理なのはわかってます。そんな願望混じりの祈りを掲げるが、そもそもこの場にいない人に期待してもしょうがない。一番現実的且つ尾を引きそうな作戦はこの場からの逃走だ。
(でもこれ以上にマシな作戦は存在しなそう出し……やるか)
関所の宿舎で拝借した素材でこっそり作った煙玉を腰袋から取り出す。そしてこの煙玉を使い逃走しようとしたその時。
「何をしている」
1人の男性の声がその場を沈めた。辺りからは「本部長」と言う声がちらほらと漏れる始める。本部長、種族的にはエルフだろうか? 男エルフとは珍しい、と言ってもエルフと会ったのはルシアさん合せて二人目だが。そんな彼はこの場にいる僕だけを見ていた。その目を見つめ返すと嫉妬に近い感情を覗かせたがそれも一瞬。
「いつになったら来るのかと思ったが、こんな所にいたのか」
その一言に今まで黙っていた周りの冒険者が騒ぎ出す。
「本部長知り合いですか?」
「誰ですこいつ」
「ミーシャを泣かせたんですよこいつは」
「だまれ」
その一言で再び全てを一蹴する。味方なのかもしれない、そんな期待を僕は持っていたがこの本部長は次にとんでもない爆弾発言をした。
「こいつは、ルドレヴィアで再教育を受けている冒険者でな、こんど王都の冒険者本部で預かる事になった幸運な冒険者でもある」
本部の冒険者は皆プライドが高い。地方の支部で実績を上げ本部に両者同意の下引き抜かれる。誰もが本部の冒険者であることに誇りを持っているだろう。再教育プログラムを受けている出来損ないの冒険者が、実績を上げ本部に引き抜かれた自分達と同じ土台である本部で働く事になる。さらにはその宣言を本部長が彼らの目の前で行ったのだ。プライドを傷つけられたどころではない。正直彼らに喧嘩しか売っていないのだから。
同時に確信を持つ。この宣言をこの場でするということはこの本部長僕の事が嫌いだなと。
「手続きがある、ついて来い」
「は、はい」
本部長の決定を避難するような声が後ろが聞こえてきた。この状況に既視感を覚えながら僕は溜息をつく、そして本部長の後を追い2階への階段を登った。このままここにいたら殺されかねない、そんな危機感を持って。
*
「俺はお前が嫌いだ」
そうはっきりと部屋に入室するや否や本部長に言われてしまった。
「僕はそうでもないですよ」
面と向かって嫌いと宣言してくれる素直な人間を僕は好んでいる。ここはギルドの2階にある本部長室だ。そして本部長は眼の前の高そうな椅子に座り込み、ライラの街その事後報告をしてくれた。
「本題に入るぞ、お前が守ったライラの街の後始末だがほぼ騎士団と軍に投げた」
「妥当だと思います」
そもそも街の管理などは国の仕事だ。僕に任されても困る。
「この件は、本部長としてよくやったと褒めよう。おかげてお前の本部預かりが確定したが、まぁ、私の文句はここまでにしよう。問題はこれからだ。今までお前がギルドに顔を出さなかったばっかりに消化できない事案が一つ存在する」
足を組み直し頬杖をついた本部長は笑みを浮かべる。
「さてお前の化けの皮が剥がれるのが楽しみだ」
難しい問題か、身構える僕はギルド長の話を聞いた。
*
本部長視点
「あの話をしなくてよかったんですか」
秘書のエヴァ・ロックハートはそう言った。その一言に眉を歪めつつ。
「そもそもだ、私は認めていない。グレゴール様が唯一認めた最年少冒険者だとふざけるな。」
感情が高ぶり机を強く叩いてしまう。そんな私を見て秘書であるエヴァは。
「嫉妬、台パン乙」
「お前」
「なんとかなりませんか? 本部長の英雄マニアは」
英雄マニア、その不名誉な仇に憤慨する。そもそも私はグレゴール様に付き従いここアトラディア王国に来たのだ、少しくらい嫉妬してもいいだろう。
「そもそもだ。このアトラディア王国に冒険者という組織を認めさせた、ある意味最も偉大な男であるグレゴール元本部長に認められた事を甘くみ、な尚且つ顔に泥を塗った男だぞ。我らが現在整備している作戦に入れるようグレゴール様から推薦まで届いている。嫉妬しなくなんにな、ゲホゲホ」
興奮してしまい口から咳と共に血が飛び出す。吐血に関してはいつもの事なので気にしないが我が秘書の物言いには相変わらず腹が立つ。いつもどおり「体が弱いのに無理してはダメですよ」と顔に笑みを浮かべながらハンカチを渡してくる。こいつクビにしていいかと? 私は別に体は弱くないし、この吐血も不摂生がたったただけなのだ。エヴァをクビにする、毎度本気で考えるが彼女に仕事が助けられているのも事実、己の首を締めるだけなので諦めた。
「嫌いでも、気に入ってはいるんでしょう」
「……不本意ながら、久しぶりに現れた骨のある冒険者だ。レティシアも含め若者が育つのは見ていて気持ちがいい」
「これでレティシアちゃんが成果を出す度にシリウスの冒険者ロストを私と同じパーティに入れろと騒がれなくて済みますね」
レティシア、彼女は優秀だ。100年に一度の天才と言ってもいい。気取ったところはないが少々? 自己中心的で規則を破る事がなければ大変可愛らしい冒険者だ。大きな成果を出す毎に冒険者の移籍の件を訴えてくるのが問題だったが、それも開放されるのか。
「今有りって顔してましたね」
「……」
「無言で逃げるのですか?」
「なんだ、レティシアが騒ぐのは恐らく変わらないだろう。なんせ彼は王都に殆いないだろうからな。それに……」
普通の冒険者として実績を積んだ方が間違いなく安全だろう。口には出さないがこの国のきな臭さを鑑みるに間違いない。
「広間の一件は私からの試練というわけだ」
「可哀想にロストくん」
その後ロストにしか消化できない後始末、その補佐を頼んでいたジェイクからの報告を危機、例の作戦に入れるが本当にロストでいいか不安になる二人であった。ただし当事者の1人であるジェイクが嬉しそうに話していたのは不思議ではあった。
*
僕しか出来ない案件とは奴隷の扱いだ。このアトラディア王国において奴隷は正しく物だ。しかし奴隷での商売はすでに禁止されており、この国にいる奴隷は全て違法な方法で作られている。そのため奴隷を所持している奴らは皆法を犯した犯罪者だと言い切れれば良いのだが、他国から持ち込まれた可能性もある。アトラディア王国は多様性の国、初代国王の宣言に則って他国から奴隷が持ち込まれる事、そして販売、所持は認められている。
大抵の貴族は他国産の奴隷と言い張ることによって国の法律から逃れている。ここで問題になるのはあくまで奴隷は物という話だ。ライラの街を守った僕の今回の戦利品、報酬が奴隷達というわけだ。本当は報酬など受け取る気はなかったが、しかし今回の事件あまりに釣れた獲物が大きすぎた。犯罪組織ヒュドラの構成員を捕まえ、なおかつ全焼したとはいえアジトまで抑えた。僕はヒュドラの証拠隠滅に街を滅ぼすのはやりすぎだと考えていたがそんなことはない。王国側にはあの状態からでもアジトを復元できる魔法使いがいるらしい。最終的な手段が同じ魔法使いに行き着く軍と騎士団だが、縄張り争いしている理由は王位継承の問題に関わってくるのでここでは割愛しよう。国に所属する街を守った者に報酬を渡さないとあっては国の沽券に関わる。だから前もって報酬は奴隷にしてくれと騎士団、軍の方に言っておいた。報酬の中身を明確にしておかなければ国から何を渡されるのか恐ろしくて夜も眠れない。
そして僕がいないと処理出来ない問題とは奴隷達の処遇だ。僕が王都の関所で立ち往生している間ギルド本部の一室で奴隷の人々は生活していたらしい。彼らの未来を早く決めてくれというのが本部長の弁だ。
本部長室を出る際に。
「美人な子を手元に置いておく、そんな選択肢もあるぞ」
と彼は言っていたが、すぐに秘書さんに書類の束で頭を殴られていた。
「えっと……ギルドはどこまで保証してくれるの?」
もちろん奴隷を全て開放するという方針は最初から決まっている。問題は奴隷から開放した後だ。見知らぬ土地で勝手に生きろと放りだしてはなんの意味もない。結局違法奴隷になり又別の所に売られるだけだ。
だからそこはギルドを使う。
「とりあえず希望する者は元いた国に送還し、それ以外は王都で仕事の斡旋と生活の援助をおこないます。仕事先も皆信用できる場所ですから安心してください」
そう秘書のエヴァさんは言っていた。そしてメガネを掛けた浅黒い肌のかっこいい男性がこの場の担当らしい。冒険者ギルドは国際的な組織だ。そして数少ない奴隷を認めないと宣言している組織でもある。
「えっとジェイクさん、つまり僕がやることは奴隷のみなさんと正式に契約し、その後奴隷契約の破棄をすればいいんですね」
「はい。お願いします」
必要な手続きとは何故総じて面倒くさいのか。担当さんの死角に顔を向け舌を出す。
「ま、そう言わないで下さい。あなたが救った命、噛み締められると思えば悪くないでしょ」
「たしかに」
物は言いよう、だが納得はできた。さすが本部の職員、仕事ができると心の中で称賛をしてしまう。
「じゃんじゃんやろう」
「お願いします」
20人ほどいた奴隷達の殆どは自らが開放されたと知っても感情を見せることはなかった。3人位が涙を流し、他は現実だと理解できずに呆然としている。ただ少し目を離すと皆横になって眠っている。そして最後の一人。
「こちらも女を泣かせそうな顔してる」
担当のジェイクさんを見てそう笑った。少し一緒にいただけでわかる、ジェイクさんは僕を好意的に見てくれている。冒険者本部で嫌われる事が確定している僕に向かって歓迎すると言ってくれた。僕はチョロいからその言葉を簡単に信じてしまう。
「でだ……」
「どうしました?」
「ねぇジェイクさん、僕はこいつを奴隷として手元においておきたい」
「何故ですか?」
何故、何故か、理由を答える必要はない、でもジェイクさんには誠実でありたい。ジェイクさんにもそして目の前の奴隷に対しても。
「多分彼はこのまま奴隷じゃ失くなっても変わらない。もうどうでもいいと全てを諦めた顔をしている。他の奴隷だってそんな思いを持っているだろうけど、彼は少し違う」
そして僕は横になっている奴隷たちに目を向ける。
「彼らの事情は様々だ、望まぬ形で奴隷にされ、売り飛ばされ、ようやく開放された人。納得して売り飛ばされ、それでも辛い境遇に心が腐り死んだ目をしている人。心から笑える日が彼らには来ないかもしれない。常に今まで奴隷だった日々が足を引張つづけるかももしれない。でも彼らの未来が暗いままなんてことはまだわからない。そうなるかもってだけでやり直せないなんてことはない」
綺麗事かもね、と最後に付け足す。そして再び目の前の不貞腐れているような男に目を写す。
「でもどんな日常に戻ろうとも彼は変わらない。この中で唯一不幸であることを自ら望み奴隷として心から生きたいと思っている。僕も少しそうなりたいと思ったことがあるからわかるんだ。だからそんな生き方は認めない。彼に寄り添い、彼に人として生きて欲しい。その為に僕の手元においておきたい。僕は彼と関わり抜きたい」
もし彼を変えられればシリウスで燻っていた自分が変われた、そう自信を持って言える気がする。だからこの判断は間違っていない。それに癪だろ、まだこれから何十年も生きていける奴が諦めた目をしているなんて。僕よりも何倍も生きていける奴を救えたら、この世に何を残したと死んだ後に聞かれても十分胸を張れる。
ジェイクさんは何も言わなかった。何も言わず扉まで行きそして最後にありがとうと僕に感謝を述べた。
僕は彼の前に出る、そしてかつてルシアさん言われた傲慢すぎる言葉を彼に送る。
「僕は君を救うことにした」
少し違うけど、一方的に独善的に宣言をする。
「君は僕が新たに歩みだして最初に救うと決めた人物だ。だから諦めろ。大人しく僕に救われてろ」
人1人を真正面から見て決めた事だ。シリウスを出て、ルドレヴィアで己を磨き、試練その入り口を潜った。その先に進むため、己を認めるため、彼を僕という人生の人柱にする。奴隷契約を使い名前を強引に吐かせた。
「お前の名前は何だ?」
「ロ・・・べ・・ル・ディー・ド」
「長いね。ロベルトで」
手にある奴隷との契約紋がより深く輝く。
「もう一度言うよ、ロベルト僕に大人しく救われろ」
最初にして最後の命令。ロベルトには今だ変化はない、だがこれでいい。僕とロベルトはこれから始まるのだから。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
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