営みの偉大さ
ルドレヴィア周辺にライラという街があった。謂れある建造物もないため一般的な観光地ではない。特産と言えば植物だろうか、珍しい品種や質の良いものが多く揃っているため薬剤師や錬金術師に古くから愛されていた。又広大な自然を自由に走る野生動物の肉は大変美味であり、郷土料理が発達した知る人ぞ知る人気の高い街だった。もしここに源泉かけ流しの温泉など存在すれば間違いなく人気の湯治の地となっただろう。
とは言え時期は春。薬草は王都が近いため馬車を走らせれば新鮮なまま届けられ、動物には肥えて貰わねば困る季節。ある意味では冬と比肩するほど人の出入りは静かな季節だ。だからこそ運が悪かった。これが秋や夏であればまだ話が違った。春だったからこそ秘匿できてしまった。その悲劇はある晩1人の男性が見てしまったその光景から生まれた。
夜、いつものように酒場から帰ろうとした酔っ払いの男性が自身の馬車と間違え1つの馬車を動かした。
自宅に戻り点検をしようと馬車の中を確認するとその中には首輪をつけられた老若男女問わない人々がいた。飲酒をして馬車を動かした点、自身の馬車を間違えた点に問題はあれど彼だけの問題ではない。むしろ奴隷を運んでいた御者に問題があった。
人という秘密性の高い荷物を運んでいるのだ、せめて運び終えてから酒場に来るなど最低限の慎みがあれば良かったが所詮非合法な人攫い、慣れれば仕事は適当になりミスをする。そしてよほどの野心がなければ周りに害をばら撒くだろう。互いに慣れという毒が今回の事件を引き起こした。
奴隷を見つけた御者はすぐに村長の元へ向かった。ライラは街と言っても城壁はない、ただ広いだけの村と変わらぬ場所だ。人口も300人に満たず、自警団はあれど警備隊などはいない。とてもじゃないが人攫いに対応出来る設備も人員もなかった。
そしてもう一方情けなく奴隷を連れ去られた御者は一切の言い訳をさせて貰えず首を跳ねられていた。そして首を跳ねた者が指示を出す。
「村長を捕らえろ」
御者の首を跳ねた者はこの土地をよく理解していた。問題が起こったらまず住民は村長の元に向かい相談、そして街の重鎮を集めくだらぬ話し合いを始める。明日御者を一人用意しここの領主であるロウデウス家に助けを求めると。
手間ではあるがしょうがない、部下を粛清した男は判断し村長宅へ向かった。村長宅の屋根裏で息を潜め村の重鎮が集まった所を図り全員を捕らえた。そして彼らを盾にさらにその家族を捕らえ、その後住民達を広場に集めさせ投降するように呼びかける。
先に彼らの家族を捕らえたのには理由がある。村の重鎮はよくも悪くも老人である。ならば見捨てる判断もできる賢き者もいるやもしれぬと。幼子であるならば義が生まれ逃げる者も減るだろうと。哀れな事だが村の重鎮共は慕われていたらしく大人しくすれば殺しはしないと、誑かせばいとも簡単に全員を捉えることと成った。
どちらにしてもここは廃棄せねばと男は決めていた。この街を滅ぼさなければいけない幾つかの理由がある。まず1つは住人に顔を見られている事だ、手配書など出されたら今後の活動に影響する可能性もある、そしてそれ以上にここは重要な拠点だ。王都から近いが目は届かず、意外にも意外、資材の質は良く豊富だ。この地を滅ぼす事を惜しく思うが、だからこそ万全を帰さねばならぬ。ここは我の組織が手動する人を傀儡にする薬物の生産を担う工場の1つ、外には出せ証拠があまりに多すぎる。
資料を集め建物に火をつける。月夜に照らされ思いふけた。あまりに長くこの街で生活していた。心休まる街を消さねばならない事を残念に思い、すまないと柄にもなく心の中で黙祷を捧げる。ライラの街は明日地図から消す、これは決定事項だ。
無能な部下達だがこれ以上厄介事を起こさぬよう締め上げねばならない。がどうやら遅かったようだ。村に住む子供を一人逃したらしい。ならば問題ない。所詮は子供の足であるのならば行ける距離はたかが知れる。運が良くても30キロは行かぬだろう。そしてライラの街周辺30キロ内に村どころか集落も存在しない。いやあってルドレヴィアというギルドの施設が存在するがあそこは森に囲まれている。もし駆け込めたとしてもあそこにまともな戦力はない、なんせ罪を犯した冒険者の再教育施設なのだから。
ならばと頭を切り替え指示を飛ばす。これ以上厄介事を呼ばぬように、増やさぬように。幼子のその純粋で正しい祈りが届こうとも踏み潰せるように。
*
おおまかな事情を理解した僕はライラの街に来ていた。少女も勿論連れてきている。預けられる場所が存在しない故の苦渋の選択だ。
「さて、どうかな」
首元の鈴を手で弾く、魔導具故に手で弾く必要はないが癖みたいなものだ。音も人間に聞こえぬ高音を使えば問題ない。屋根の上で情報を受け取ると色々と不審な点があった。
まず馬が一匹も殺されていない点だ。普通は住人の逃げる足を奪うため馬は始末するのが定石だろう。
第二に住民たちは本当に集められているだけだった。大大的に自らの存在を明らかにしたはずだが、殺しもせずに一箇所にまとめている。そしてだ、山賊か盗賊かは知らないが自由に動き回っている人間が二人のみのという点だ。300人未満の街ではあるが脅したとしても二人で確保が出来る人数差じゃない。
「話を聞いてみれば早いか」
敵は二人一組で動いている。人質との距離も近い、せめて1対1か人質から離れてもらう。心苦しいがそのためには少女にも協力してもらう。少女に目線を合わせ頭を撫でながら喉に手を当てる。
「目をつぶっているだけでいいから」
「うん」
広場からちょうど死角になっている建物の裏手で少女両目を手で覆い背中を丸め蹲っている。
そして広場にいる人達はある声を聞いた。
「おとうさん、おかぁさん」
広場で住人を制圧している二人は警戒するように目を合わせる。まず1人が慎重に声が聞こえた死角となっている建物の路地裏に入っていく。一歩一歩足取りは重いがその理由はわかっている。先程の声は自分達が逃した少女の声だ。あのガキを逃したせいで危うく上司に殺されかける所だった。そして裏路地の奥に進むとそこには蹲っている少女がいた。それを見て男性は嬉しそうに声を上げる。
「ガキ、良く逃げやがったな」
欲望に塗れた笑み、女性であればその声に恐怖し体を硬直させるのだろうが、その声を聞いた少女は背後を振り返り男を睨みつける。怖くないはずはない。現に少女の心音は上がり、ほんの僅かだが足の重心は後ろにある。それでも彼女は立ち向かった。本当はそんな事をして欲しくはなかった、させたくなかった。目をつぶって蹲ってくれれば後は僕がなんとかする、その筈だったでも……。
「お前の家族を……」
「私が守るんだ」
少女は男に向かって走り出しタックルをする、しかし所詮は少女の悪あがき、男を一歩も下がらせる事は出来ない。舐めた態度を崩さず、拳を振りかぶる男。そしてその少女が作った絶好のタイミングで真上から僕が飛びかかった。
「な……」
「いい加減黙れよ」
屋根からそのまま男の背中に組み付くと、右腕を首下に通し固め、左手に用意していた睡眠薬を濡らした布で男の口と鼻をふさぐ。抵抗しようと体を揺する男だが首への拘束は完璧に決まっている。さらに首に巻き付けている右腕から電流を流し抵抗を奪う。 僅かな痙攣、男は3秒で意識を失った。膝が落ち地面に足が付いた男は僕に寄り掛かるように倒れる。
すぐさま男を地面に寝かせ両腕両足を縄で縛ると屋根の上へと駆け上がった。屋根の上に隠しておいた弓を取り照準をもう1人の男に向ける。僕の姿が見えたのだろう。人質を盾にする為1人の男性を立たせようとしているがすでに遅い。矢はすでに放っている。人質の頭の位置が襲撃犯の首辺りに上がった時には襲撃犯の肩に命中していた。
「この男性が……死んでもいいのか」
矢が肩に命中しただけだ、命、ましてや意識を失うまでには至らない。しかし男は言葉を捻り出すのが精々だった。理由は矢に塗られた毒だ。急いで屋根を降り駆け足で街の広場に向かう。その僅かな間で襲撃犯は持っていた剣を手から滑り落とし意識のない瞳となる。
「ほんとに良かったここがライラの街で」
薬剤師、錬金術師が愛しているそんな街で。
広場の中心地点まで行き襲撃犯を仰向けに寝転ばせる。そして襲撃犯の肩から矢を抜き解毒剤を飲ませた。
「危なかった後数秒遅かったら死んでたよ」
周りの村人がさっと顔を青くし僕から少し距離を取った事に多少不満はあったが、これで少女の勇気も報われただろう。
*
「急げ、早くろ」
「順番は守れよ、その方が早く逃げられる。知り合いに恨まれたいか? 俺はお前たちの顔全員覚えてるからな」
事態は急激な変化を見せている。
犯罪組織ヒュドラ。アトラディア王国で毒の制作に置いて最も優れた犯罪組織と言われている連中だ。もう1つの特徴として証拠の隠滅を行う際過激な方法を取ることで有名だ。そもそもヒュドラが使っていた建物はすでに全焼していた。だが連中の用心深さはその程度の証拠隠滅では納得しない、彼らはさらに魔物で街を轢き潰さなければ完璧な痕跡の末梢にはならないと考えているらしい。馬や家畜を殺さなかったのは魔物がより過激に街を壊す為の餌にでもするのだろう。
移動用の馬を使い潰し、ようやく王都へと救援を呼べる距離にライラはある。住人の制圧ができていなくても救援が間に合わずライラの街は瓦礫に変えられるだろう。詳しい救援部隊の動きとしては仮に騎士団を動かせたとしても王都から出るには数日、1日で来れる距離とはいえ、それは単独かつ馬を使い捨てる事が前提の走らせ方をした場合だ。集団での行動、ライラの街に騎士団が到着するのは王都から出て3日というのが現実的だろうか。
そこまでするのがヒュドラだ。自然は豊かだが立地が悪いライラの街。廃墟の撤去を行い再び人が居つくには並々ならぬ思いの強さと時間がいる。
「お願い馬車に乗って下さい」
「本当にいいのかね」
馬車に人を詰め込み王都へ避難する人々を見送る中で僕が助けた少女とその両親は心配そうに言った。
「ええ、僕に出来ることをするだけですから、それより王都への救援をお願いしてもいいですか?」
「だが……」
「止まるな急げ」
後ろに人が詰まり始め、それが長引けばいずれ暴動が起こる。僕が相手だから少し抑えられているのだろうがそれももう限界だ。それに僕がこの街に残る、その考えは変わらない。
「行って下さい、守るべきお子さんがいるでしょう」
「ああ、わかった」
馬車に上がり母親の膝の上で眠っている少女を見つめる。疲れ果て眠っているが母親の服を決して離さぬように強く握りしめていた。
「ありがとう。君が諦めなかったから多くの人が救えたよ」
眠っている少女にそう声を掛け馬車から降りる。彼らの馬車も人々の焦りに押され街を出ていった。
連中のやり方は簡単だ、ヒュドラの構成員がこの街を離れる際に魔物が好む匂いの匂い袋を置いていった。匂い袋を結界の中に閉じ込める、そして一定時間後に結界が壊れると匂いが周囲に解き放たれ魔物を惹き寄せる。
結界をを壊す事は可能だ。しかし匂いまではどうしようもない。だから普通は逃げるしかないのだ。僕のように立ち向かうなんて考えてはいけない。
「それでも」
日が落ちようとしている。最後の馬車がライラの街を出てすでに5時間が経った。そしてまもなく夜、魔物の時間だ。
僕が残った理由は幾つかあるが一つは残った住民のためだ。
全員で王都へ向かうには馬車の数が足りなかった。正確には馬車の積載量が問題だった。王都までの長距離を馬が馬車を引く。しかも普段の荷物よりも重い人間という荷物を運ばなければならない。それに速度との兼ね合いもある。馬車の移動速度は時速4キロ、最近の馬は魔物血が多少入っているから6キロくらい、もちろん緊急性のない普段が付く。馬も気付いている今が命の危機だということに。緊張はストレスをストレスは疲れを生む。
夜までに街道にでなければ魔物に襲われ住民は全滅する。その為にもやはり馬の歩行速度は重視しなければいけない要素だ。普段よりも疲れが溜まり易く計算通りにいかない事もあるだろう、だからある程度馬の引く荷物には余裕を保たせなければならない。それはつまり捨てる人間を選ばなければいけないという話しだ。
そして選ばれたのが後先短い老人とこの街の住民ではないヒュドラが連れてきた奴隷達が選ばれた。その結果に老人は納得を奴隷は反応を返さない。もしかしたら反対して欲しい人もいたのだろう。だが子供がいる住人も多く残念ながら反対意見は出なかった。
しょうがないのだ、許容されるべきなのだ、だから住民を責めてはいけない。だから明日を生きる為に逃げなさい。
そう僕を除いて。
(変わるんだろう。なら逃げるわけにはいかない)
2つ目は個人的なプライドだ。
最近知ったのだが僕は剣士ではない、鍛冶師だ。剣術というものに興味はなく(最近興味が湧いてきたのだが)剣を振るう理由と戦いが好きな理由、それは戦いこそが武器が輝く瞬間だからだ。そんな危ない思想の僕だが他の職人達に共感することもある。
例えばこの建物、ライラの街は交通網があまりに弱い。そんな中で数世代を支え続ける家をどう作ったか? 現地で資材を調達し加工する、1から行うととんでもない苦労だ。薬草なども自然の恵みだけに見えるだろうが、この街や王都で使われている殆どの薬草は街で栽培されている。土の調合に空気の質、生息地域が違う薬草の場合品種改良も独自にしているだろう。そんな職人達の工夫を営みの偉大さを僕は守りたい、だから……。
暗い森の中に無数の赤い光が煌めいている。数は幾つだ。100匹か? 有効範囲外だが鈴を鳴らしてしまう。
「来るならこいその時は覚悟しろ」
虚勢のつもりだったが魔物達の一部が怯むような目の動かし方をした。
「やってみるもんだ」
神ならざる我らに成功、失敗などわかるものではない。コーレル司祭が言っていた言葉だ。
*
100という数をどう思う? 少なくはないがヒュドラの狙った事を考えると少々拍子抜けだ。
僕の行なった準備は以下の通りだ。罠の配置、道具の制作、武器の手入れ、最後に魔物の出現位置を限定した事だ。魔物を誘き寄せる匂い袋をこちらも利用する。匂いの放出時刻まで閉じているはずの結界を弄り、先んじて結界の一部分のみを時間前に開けることにした。ヒュドラは密閉された空間に匂い袋を入れ、凝縮、そして一気に解き放ち遠くの距離にいる魔物まで引き寄せるつもりだったのだろう。
ここで一箇所のみ結界を開けた理由は方角を絞ることで匂いを嗅ぐ魔物を制限出来るのではないかという思いつきだ。さらに風を読み匂いが飛んでいく場所を選べれば周囲の地図から魔物が少ない場所に匂いを誘導、ライラの街を襲う魔物を大幅に減らせるのではと密かに狙ってもいた。
それ以上に街を守るためには魔物の出現位置を限定させねばならなかったからだ。魔物の出現位置の限定、それが出来なければ物理的に街を守ることが不可能となってしまう。今回の防衛戦、戦闘員は僕1人。
例え出てくる魔物が信じられないほど弱かったとしても多方面から攻められれば何も守れない。
そして匂いを運んでいく風を見守り、ある程度結界内に溜め込まれた匂いが薄くなってから匂い袋に火を放った。
状況は良くないが最善が引けた。予想よりも魔物の数が多くない。方位の力は偉大か、四方に匂いが広がっていれば今の2倍から3倍の魔物がいただろう。それと匂いを流した方角は草原がある北の方向。平原に生息している魔物はゴブリンや強くてオーク、街道が近いため魔物の間引きも定期的にされている、そんな比較的に魔物が大人しい場所を選んだ。
街の玄関から入り込む魔物の集団、屋根から飛び降り弓を構えた。そして鈴を使い周囲の情報を得る。ゴブリンが40匹。ウルフが30匹、オーク10匹、ゴースト15匹、オーガが4匹、コウモリが12匹と使い魔らしき魔物も影に隠れている。
最前列には背の小さなゴブリンが一列に並んでいた。陣形にも見えなくはない魔物達の配置に、まだヒュドラの一員がこの付近で潜伏している? そんな疑問が頭を過るが。
(まぁいずれ出てくるだろうから気にしてもしょうがない)
「さぁ始めようか」
景気づけにゴブリンを狙おうとした。これは癖だな。弓の照準を上げ後ろにいるオークに向かって弓を構え放った。矢はオークの眉間に突き刺さるがそのまま倒れることはない。浅い一撃故に眉間であっても矢は刺さりきらず分厚い脂を阻まれてしまった、これでは矢が通用しない……そんな事はない。今のはあえて殺さなかった。あえて浅く刺し殺さなかったのだ。
理由は簡単だ。魔物と言っても別種族、何故協調できているかはわからないがゴブリンが最前列にいる事からあくまで息を合わせているだけの統率だと予測できる、でなければ体格の一番小さいゴブリンを前にしない。後方にいるオーガやオークが走り出せば足の速さからゴブリンを追い抜きその際にゴブリンは踏み潰されせっかくの手駒が消える。昔魔物使いの知り合いは言っていた。
「弱い魔物でも強い魔物と協力すればそれなりに力を発揮できるし、何より数は力だ。マイナスになることは殆ど無い」
狼にゴブリンを乗せる程度の工夫をすればいいがそういう事はしていない。であるならば感情1つ引き出してやればその隊列も簡単に壊せるだろう。
矢が刺さったオークは額を血で染めていた。僕はオークに向かって指を向けそして腹を抱えて思いっきり嘲笑ってやる。
「なんだその間抜けずら」
勿論オークは人間の言葉の意味などわからないだろう。いやわかるのかもしれないが、案外言葉など分からなくても馬鹿にされているなどは理解出来るものだ。顔を赤くしたオークは前方にいるゴブリンなど気にせず力強い足取りで前に出る。これは計算外だがあのオーク達は一つの群れなのかもしれない。仲間を馬鹿にされ他のオークの表情にも怒りを感じられる。哀れなのはやはり前方にいたゴブリン、いきなり統率を外れたオークに踏み潰され下敷きになる。体重差でほぼゴブリンは全滅。ゴブリンとオークの体重差は軽く5倍以上、だからこそ有効な罠が存在する。ゴブリンの体重で踏んでも大丈夫な罠だったとしても、オークの体重で踏むと作動する罠を作るのはそれほど難しくはない。
「フゴ」
彼らは全員足を取られ、落とし穴に落ちていった。落とし穴といっても深くはない。彼らの身長が入りきる落とし穴を作るには流石に時間が足りない。だから横に広い、縦の長さを基準にした落とし穴じゃない、あくまで転びつまずく程度の落とし穴。ただしその穴の中には油をたっぷりと流し込み、そして様々な有害な毒も混ぜ込んである毒沼にもなっている。
楽観視していられるのはここまでだ。落とし穴の横からウルフ系統の魔物がこちらを襲う。
先頭の1匹が僕に飛びつく。それを左腕で防ぐが牙が服を貫き肌に刺さる。続いて2匹目が右太ももに噛みつき。3匹目は左ふくらはぎ、そして残りは僕の周りを囲むように様子を見ていた。そんな危機的状況、僕はニヤリと笑みを浮かべた。
「いいのか?」
噛み付いていた狼達が苦しみ始め、牙を離し地面に寝転がった。そして元々採血しておいた血を腰袋から取り出し狼達に振りまいた。
突如距離を取り始めた狼達に気付かれぬよう注射器型の解毒剤をこっそりと打つ。本当にここがライラの街で良かった。迷いの森で得た知識が役立つ。
ウルフ達への罠は1つ、僕自身に毒を投与することだ。といっても自爆をしたいわけじゃない。迷いの森の森番の中で受け継がれる秘伝の毒。普段から毒の耐性を付けるために解毒剤を用意しながら少量の毒を飲み訓練していた。だからといって何も対処しなければ死んでしまうレベルで強い毒だ。
それにしても面白いだろう? 自分が毒のある食べ物だと理解させるだけでウルフ達は僕をもう攻撃できない。群れとして生き物、だからこそ危機管理能力が高い。知能が高く唯一ライラの街を襲った魔物たちの中で撤退という選択肢が取れる集団。傷こそ追ったが狼達は無力化と言っていい十分な交換条件だ。
「さて大一番だね」
オーガの1匹が僕の目の前に来ていた。3メートル近い巨体、辛うじて出てている夕日が写したオーガの影は僕をすっぽりと覆っている。しかし怯えてはいられない。数の差を潰すためには前に出るしかないのだ。
オーガの股下を滑ると同時に火打ち石と爆弾を腰袋から取り出す、そして爆弾に火を付けオーガ正面に置いてくる。オーガの背後に抜け、立ち上がりながら火打ち石を地面に擦り付け落とし穴に投げる。未だ落とし穴から油で滑り中々立ち上がれないオーク達、火花を散らす火打ち石が油まみれの落とし穴に投げられた、結果は明らかだった。そして数秒落とし穴にいた魔物たちは全て燃えた。油が火を強くし、肉までその熱が届く。地獄の闇鍋のような光景だ。そう思っていると僕の後方でも大きな爆破音が生まれた。
「さてこれでようやく集中できる」
爆発の余波はオーガを盾にしているため全く感じない。流石はオーガ、爆弾を真正面から受けても倒れない。オーガはすぐさま振り返り持っている棍棒を振り回すが動きは鈍い。右、左、上からの大振り、どの攻撃も一撃喰らえば終わりなのは間違いないが爆弾によって鈍った動き、魔法で初動を掴めば確実な回避が可能だ。オーガが再び棍棒を大きく振り上げると同時に前に出る。振り下ろしを躱しそのまま懐に潜り込むと、倒れないイメージのスライディングを行いオーガの股下を通り抜け再び背後に抜ける。そしてオーガの背後に抜けたと同時に剣を抜き、オーガの両膝裏を切り裂いた。オーガの姿勢は崩れ、前方地面に両手を着く形で倒れる。そしてオーガの背後に飛び乗りそのまま首を斬り落とした。
(まず一匹)
「っがは」
オーガの首を切り落とし着地する。そのタイミングを狙いオーガ2人が急接近、僕の腹めがけて棍棒を振り切った。後方に自ら飛び、剣を腹部に滑り込ませ防御も成功した。しかし重量と力の差はどうしようもなく僕は水平に5メートルほど吹き飛び民家に直撃。壁に激突し、ようやくオーガの一撃の勢いが消えた。
警戒はしていた。しかしあの2匹のオーガはまるでワープでもしたかのように距離を詰めていた。さっきのオーガの一撃で体はボロボロ、指先に力が入らない。そんなことよりも剣が折れてしまった事の方が問題だ。上がる呼吸速度、すぐ立ち上がれない僕を見てオーガの中でも一際大きいリーダー格のオーガが街の中心部に向かって歩き出す。それに連れられ生き残ったオーク3匹と後から来たのであろう追加のゴブリン10匹はその後に続く。
「待て」
立ち上がろうとするが足に上手く力が入らず、腰を上げる段階で足が支えきれないようでに後ろに倒れ尻もちをつく。オーガが近づいてくるが慢心はない。僕にトドメを刺すために過剰ともいえる2匹のオーガがこちらに近づいてくる。僕は動かぬ体に怯え後ろに下がる。それを見て勝利を確信したオーガ達は己の足元に僕が居ても攻撃をしようとはしない。
「足元が甘いんだよ」
そして最後のトドメ。棍棒をオーガの1人が打ち下ろす。その一撃は体を横に回転させる事で回避、そしてオーガの足に近づきそれを支えに立ち上がった。
立ち上がった直後僕はオーガを無視して街の中心部へと走り去った。オーガ2人もすぐさま僕を追ってくる。オーガの方が足は早い、だがギリギリ目的地まで追いつかれずに到達した。目的地とは目の前の民家、その入口のドアノブに掛けてある筒だ。保険として置いておいた筒を手に取り中から剣を取り出す。この筒入れは武器専用のマジックボックスだ。元々は師匠から貰った特別な物で剣が200本入る容量がある。そしてライラの街にあった武器屋からたんまりと頂戴した予備がこの中に入っている。
そして剣を抜き再び2匹のオーガと向き合う。体格差故に全てが振り下ろしになるオーガの一撃。強力無比だがその図体のデカさ、振りの大きさが攻めの起点となる。体のデカさ故に連携が難しいのだろう、左のオーガが右のオーガに遠慮し棍棒を振るのを躊躇する。その一瞬の戸惑いを見逃さず、左のオーガの足元に滑り込み再び膝裏を斬るために剣を振るう。
「っち」
しかし先程とは違い分厚い皮膚に防がれ剣は弾かれてしまった。すぐさま距離を取りオーガを観察する。
「よく見たらこいつレッドオーガか」
オーガの上位種でより強靭な皮膚を持つ厄介な敵だ。別名武器殺しの異名で呼ばれている。
オーガとの戦闘がやりづらい理由は身長差だ。3メートルに対して1メートルと半分満たない僕では急所である首への攻撃を行うにはオーガの上半身を下げさせなければいけない。そして乱戦ゆえに決めるなら一撃、さらには突き刺す攻撃では抜くという作業が追加されるため、その分多方面からの反撃のリスクが高くなる。となるとやはり首を上段から一撃で斬り落とすのがベスト。斬るという行為で重要な事は主に2つ。角度と振る速さだ。腕力の強さも不要ではないがそこは武器がカバーしてくれる。先程の膝裏への薙ぎ払いとは違い上段という利点こそあるが一撃でレッドオーガの首を斬り落とせるか? より早く剣を振るうにはどうする。どうやって?
しかし今は戦闘中考える時間は与えてくれない。右側のオーガが下がり突如砂を掴み投げ始めた。オーガの腕力で投げられる砂、軽い切り傷が頬に出来るが、それよりも砂が体に当たった衝撃でほんの僅かに体が後ろに押し出される。後ろに体が押されるということは完全に足が止まってしまうことを意味する。足が止まった隙にもう一人のオーガが棍棒を振り上げるがこちらも再びオーガの足元に潜り込み棍棒を躱すと同時に膝裏に剣を振るうがやはり斬り裂くことは出来ない。
僕に攻撃手段は存在せず、変わって相手は遠距離攻撃まで手に入れた。魔法で粒一つまで見えているのだが体がついてこれず躱しきれない。見えているはずなのに動ききれない領域がどうしても存在する。身体能力もあるがそれ以上に脳の命令を出し体受け取るまでのラグがどうしても邪魔をする。脳の命令? それを理解した時やってみたくなった。
再び砂が僕を襲う、だが今回は当たる前にしっかりと誘き寄せ、そして逆サイドにステップをする事で砂の面攻撃を回避する。
「ぐが」
驚いたオーガ。だがこれなら行ける。後方のオーガは砂での面攻撃をやめ、棍棒を持ちすぐさま前衛のオーガに合流した。遠距離攻撃が通じないと考え遠距離攻撃を捨てる、判断が早いのは良いことだがその判断は少々早計だ。オーガは再び前衛と合流し連携で僕を打ち取る考えのようだが、こちらもそろそろオーガ達を仕留めなければいけない。
「時間もないんでね」
流石に時間を掛け過ぎた。そろそろ街の中央に行った魔物達を追わねばならない。オーガ2匹に挟まれるその位置にあえて体を晒す。2匹に囲まれたまま棍棒を見てから躱す。この際オーガは連携を考えずに僕を襲っていた。オーガ達は状況の変化が起こらないその事に焦れ頭に血が完全に登ってしまった。では2匹の棍棒が同じ獲物を狙っているにも関わらず互いの攻撃を邪魔していなのは何故か? それは僕が互いの棍棒がぶつからないように調整していたからだ。魔法でしっかり見て限界まで引き付け躱す、機を作るためにただひたすらに耐え続ける。そしてその時は来た。
正面のオーガ、その薙ぎ払いの一撃は背面のオーガその膝を土台に高く飛び上がる事で回避した。だがそこで晒したのは致命的な隙、背面のオーガはここが勝機だと焦ったように棍棒を振るった。しかしその棍棒が振り切られる事はない。僕は空中故無抵抗、決して躱すことの出来ない一撃は僕の目の前でピタリと止まった。棍棒を振り切れなかった理由、それは正面にいるオーガが原因だ。背面のオーガが振った棍棒は正面のオーガその首部分に直撃。しかし流石はレッドオーガだ。自身と同格の存在、その一撃に倒れずなんとかその場で持ち堪えた。そして棍棒を味方に当ててしまったオーガは驚愕に目を見開き思考停止。
そして敵の頭から完全に僕の存在が消えた。
危機感の欠如といえるがしょうがない。彼らの皮膚を僕の武器では切り裂けない。それがわかっての慢心。体が地面にに落ちきる前に棍棒にしがみつき、よじ登る。未だ正面のオーガ、その首元には棍棒がある。それはそうだ背面のオーガが棍棒を味方に当ててから僅か1秒にも満たない時間だ。そして棍棒を足場に背面のオーガに近づくとそのまま首を斬り落とした。
もう一人のオーガは大変驚いたことだろう。棍棒の衝撃からようやく立ち直り真正面に目を向けると味方の首なし死体があるのだから。ドンと重い音、目を向ければ仲間の首が転がっている。その味方の死に様は重く心にのしかかる筈だ。そして自分の未来だと恐怖する。そして恐怖すればもう目が離せぬはずだ。
そしてそれがもう一人のオーガが最後に見たものだった。
どうやって今まで斬れなかったオーガの首を斬ったか? その疑問は雷魔法を正しく使ったというのが答えとなる。肉体の微弱な電流や信号を魔力で大幅に出力を上げ、操り、雷として攻撃に利用していたのが今までだ。。
今回の魔法の強化はもっとシンプル、あるべき形をそのままに強化する技。体の電流、信号その物を強くし体と脳のタイムラグをなくす。体を動かす際のラグは信号の伝達速度の遅さが原因だ。ならその信号の速さを上げればラグは短くなり、又信号が早くなれば体そのものの連携力が上がりより早い動きが実現できる。早いというのは腕を振るう力が上がる事を意味しており、つまり硬いものをより斬れるようになるわけだ。
これからの課題としては体に送る信号をもっと正確に扱うようにするくらいか。信号の切り替え、つまりは行動の切り替えだ。反応速度をあげるという面では危険は少ないが問題はその先、肉体の信号を強め、筋肉そのものを電気で操り身体能力を底上げるする。こちらを今僕が使おうとすれば命の危機に関わる。
剣を振り下ろした後に切り上げる。この2つの動作を連続して行なう際に強くし過ぎた筋肉の動き、反動を上手く抜かねばならない。力を強くするというのは振り子のようなものだ。反動を無視すれば必ず筋肉は裂けのちの行動に悪影響を生む。また筋肉を手動で動かす魔法と信号を早くするこの2つの魔法を同時使用した際の整合性を組めねば体の内側から引き裂かれるような状態になりかねない。
強くしすぎた筋肉の反動を抜く、こちらに関してはまだ自然に出来ない。魔法で情報を精査し場を整え二の太刀いらずの一撃ととすれば今は問題ないだろう。そして僕は振り返らず、中央に向かった魔物達を追った。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
もしよければブックマークと評価の方をお願いします。




