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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
2章 立ち上がるために
32/136

人が獣になった訳

 もし、もしだ。赤の他人に剣を抜き斬りかければ罪に問われるだろうか? 答えはもちろんYesである。


「むしゃくしゃしてやってしまいました」


 と仮面の者シズカ・エヴァンシェリンは述べていた。彼女の弁はこうだ。シズカは後進の育成の為ルドレヴィアに来た高位冒険者の一人らしい。後進の育成に人並み外れた使命感を持ってルドレヴィアにやってきたのはいいがやらされることは貴族子弟のご機嫌取りばかり、それにうんざりしながらここでの日々を過ごしていた。


「他の冒険者と同じで気に入った人を囲めばいいじゃん」

「それは出来ないだよね……私今このルドレヴィアで一番ランクの高い統括冒険者だから」


 シズカの冒険者ランクはS。所謂最高ランクであり指導者として呼ばれた冒険者の中でリーダーに仕立てられたらしい。その為下の者への見本とならねばならない事とこの国での冒険者ギルドの立場を守るために彼女が貴族子弟達から逃る事は許されなかった。


 ここからは愚痴のような話だったが。貴族子弟は体を作る目的で組まれた走り込みのカリキュラムを一度も行わなかったらしい。貴族子弟曰く「我ら貴族にそんな泥臭い事はふさわしくない」だそうだ。ならば模擬戦を死ぬほどやらせそこで体力を作らせようとも考えたが彼らは常駐職員が行う接待模擬戦しかやろうとしない。そして勝って当たり前の接待模擬戦で自信を深め教官役の私達に己の優秀ばかりを説いてくるのだ。なにより許せなかったのは肥大化した自己顕示力からか先達からの努力の結晶である流派の技を教えろと軽々しく口に出した。


 言うことは利かない、礼儀や敬意はない、する事と言ったら聞いてもない自慢ばかり、そんな馬鹿共に何かしたいと思いやりの心を抱く事は決してない。


「誰が教えるかアホ、間抜け」


 憤り、子供の様な悪口をシズカは思い出しながら述べていた。更には容姿のいい指導役の冒険者に俺が雇ってやる妾になれなどの暴言。指導役の高位冒険者と貴族子弟に広がる軋轢の緩衝材として仮にもリーダーという立場のシズカは動かねばならなかった。そして起こるべくして起きたのが高位冒険者が指導する人間を限定し始めた今の状況である。それによる指導役の人材不足、シズカのストレスは限界を優に超えていた。そもそもシズカは最前線での戦いを引退し後進の育成に力を入れようと考えていた所にここルドレヴィアの指導役の話が舞い込んできたので仕事を受けた。元々軽いアドバイスは昔から後輩にしていたシズカであったが専門的に教えるとなると初めてでありそのストレスもあった。


 最後の止めに昨日の出来事だ。まともな訓練を一切行わず始まった貴族子弟の実地訓練。もちろん連携の確認など一度足りともしていない。貴族であるのなら指揮の重要性から部隊内の連携その意義は言われなくても理解しているはずなのだが、よくよく考えればここルドレヴィアにいる時点で貴族の次男坊以降の生まれであり、つまるところ家督を継ぐ立場ではないため大変甘やかされ碌な教育を受けていないのだからしょうがないのだ。……そう思わないとやっていられない所までシズカは精神的に追い込まれていた。


 そして実地訓練の中1人の貴族子弟が兎タイプの小さな魔物に軽く引っ掻かかれた。


「き、切られた、助けて助けて」


 軽いすり傷、命に別状がないどころか傷を付けた魔物は貴族子弟の出した大声に驚き逃げてしまった。そして生まれたのが集団パニックだ。貴族子弟達は蜘蛛の子を散らすように別々の方向に逃げ去る。逃げる中で近くにいた貴族子弟を突き飛ばし仲間内で勝手にゲガをし自滅した。ため息を吐きながらも手分けして彼らを回収、ルドレヴィアに戻る最中1人の貴族子弟が再び喚き出した。残ってくれた指導役の高位冒険者の顔にはすでに生気がない。拳を握りしめこのまま山に置き去りにしましょうと、何度か耳打ちされた。そこまでギリギリなこの状況、流石の私もブチギレそうになる。


「お前らしっかり僕らを守れ、帰ったら必ず問題にしてやるから覚悟しろ」


 同調するように他の貴族子弟も叫びだす、全員寝かせてからルドレヴィアに連れて帰るかそれが指導役の冒険者の総意になり始めた時大きなクマ型の魔物が現れた。森を管理する者を殺し人間の味でも覚えたのだろうか、よだれを垂らしながら私達をクマ型の魔物は品定めをしている。その異質な視線を受け貴族師弟は、


「っひ」


 と互いに抱きつきズボンを濡らす、その姿を見てほんの少し私達のに気分は晴れた。人の味を覚えた魔物を生かすのは本当はダメなのだが、魔物を見逃す事が私の心の中で決定した瞬間だった。

 

 刀を抜き魔物の腕を軽く切り力の差を思い知らせるとクマ型の魔物は森の奥に逃げ去りその場は何事もなく収めることが出来き全員無事にルドレヴィアまで送る事ができた。しかしその数時間後何故か今回のクマの魔物が現れたのは私が原因であり、私の教官として資質を疑う旨の抗議文を送られてきた。そして後日彼らの両親から正式な抗議文がギルドに叩きつけると貴族師弟共は宣言していった。



「ふっざけんな、あのクソども」


 魔物の知識、隊列、状況の対応速度。面倒くさいといって学ばない人手不足を作った元凶共の妄想に久しぶりに我慢を忘れブチギレた。その場に居続ければ貴族子弟を斬り伏せると思い、私はルドレヴィアを囲む森の中へと姿を消した。ストレスを吐き出す為ただひたすらに魔物を斬り続けていたが教育施設近くの森故に魔物が弱く物足りない。これ以上は意味がないとルドレヴィアに戻ってきた時僕を見つけたらしい。マシな獲物が眼の前にいると認識したシズカの理性を完全に崩壊した、つまりだ。


「ほんとにむしゃくしゃしてやったと」

「はい」


 地面に頭をこすりつけながら謝るシズカ、そんな彼女を腕を組み顎に触りながら僕は見つめていた。


 問題はこの次。誰かれ構わず手を出すようでいずれ死人が出る。それなのに彼女のストレスその元凶は何も変わらず跋扈し続ける。つまりこの不発弾不発弾(シズカ)は誰かが処理しなければいけない。現状が変わるまでのガス抜き……どうしようか?


「とりあえずこれから僕と一緒に模擬戦をしませんか?」


 僕の出した答えはこれだ。シズカのストレスの発散が出来るレベルには僕の剣の腕はあるらしい。僕も彼女との模擬戦は苦ではない。知識はルドレヴィアで学ぶ土台があるが高位冒険者の指導は受ける事が出来ていない現状、彼女との模擬戦は大いに歓迎だ。盗んでやる、技を戦い方をそんな明確な得がある僕よりもなんの得もないシズカの方が嬉しそうに見える。


「やった。ありがとうございます」


 顔を跳ね上げ、飛び上がるほど喜ぶ彼女。そこでイタズラ心が湧く。シズカは僕の次の一言を聞いて今と同じ顔をしていられるのか? 


「僕が模擬戦に1回でも勝てたら弟子にして下さいね。邪神殺しの英雄さん」

「え」


 先程までの笑みはシズカの顔から消え、目を大きく開け口を開いた間抜け顔を晒す。

 

 恐らく戦っても今の僕では1勝も出来ない、だからこそ挑戦したい。それに剣を教わるなら彼女がいい、僕の考えを変えた責任は取ってもらわねば。右手に持った剣を彼女に向け宣戦布告を行った。




 そして当日の午前中に時間は進む。


「眠いです、寝ててもいい?」


 僕は手術台に寝転がりながら徹夜した遠因を部屋にいるもう1人の人物に伝えた。今日はこのラボに来るため東棟に行かない分いつもよりは寝る時間はあったのだが、シズカとの出会いによる今後の変化に心が踊り寝付けなかった。


「構わんよ」


 白い付けヒゲを自慢気に触る人物はそう答えた。ここは僕がいつもいるルドレヴィアの東棟ではない。ここは西棟、通称研究棟だ。そして彼女はレガリアの権威であるスーリヤ・アクィナスだ。


「いつも思うんだけど、女性なのになんで付け髭つけてるの?」

「学会ってのは男社会だからね、外見を男に似せれば案外対等になる場面もある。どうせ研究が恋人だって言う連中だ、いちいち書類で男か女か調べんよ」


 僕が彼女の研究に提供しているのはデータだ。彼女スーリヤはレガリアの世界的な権威らしい。なにせレガリアの制作方法が国家機密のため、僕も詳しい事は知らないのだが。


「ありえないね、それがいい」


 彼女曰く僕のレガリアとの適合率は言い逃れできないレベルで最悪らしい。正常に動かないはずの数値でレガリアは稼働しているらしい。彼女曰く研究とはデータだ。できるだけ多くの物を集め続ける事が後の発展になる。だからこそ最低値も又重要なデータの1つらしい。


「あんたも凄いことをしたね」

「何が?」

「シズカの事だよ。あの子は英雄の弟子って理由で注目されるから他人との付き合いを拒絶する傾向あったのにね」

「例外を引いただけだよ」


 紙にデータを写すその手を博士は止め立ち上がると締め切っていたカーテンを開け日差しを部屋に入れる。


「彼女には色々借りがある、親しくしてくれるとありがたいよ」

「まぁ、できるだけね」


 そして博士は再び無言で紙と向き合い始める。紙に文字を書く少し擦れただが不快ではない音を子守唄代わりに瞼を閉じる。博士も多忙だ。大人しくデータが取れるなら例え寝ていても文句は言わない、だがこのゆっくりとした時間はもう少し続く筈だった。


「は、博士、講義がもう始まっちゃいますよ」


 そんな時扉が勢いよく開く。扉を開けたのは青髪の少女で肩で息をしながらそう言った。


「リードの奴に代わりをやらせろ」

「リードなら昨日博士の指示で王都に買い出しに行っちゃいましたよ」

「使えん」

「ロストくん、博士を連れてきますけど、この部屋でゆっくりしてって下さい、行きますよ」

「行ってらっしゃい」


 素っ気ない態度の博士だがため息を吐くと部屋を出ていった。青髪の少女に連れて行かれる博士を見ながら東棟と西棟の差を考えていた。

 

 先程の青髪の少女の名はリンという、ああ見えて貴族だ。だが傲慢な態度をばらまくような真似をしない。彼女が特別といえばそうだが少なくと西棟にいる貴族達は自分の事を他人に押し付けない。むしろ押し付ける事を恐れ自分でやろうとする。職員も貴族を贔屓する事はしないし貴族生徒も求めない。彼らにとって重要な事は知識であり、解き明かす楽しみを取らないでくれとむしろ勤勉である。


 彼らを見ていると目的意識の重要性を再認識させられる。重くなる瞼に身を委ねながら考える事はやはりシズカを倒す方法だ。それが今の僕の挑戦。一本取る、いや倒す。彼女の持つ刀を手から吹き飛ばし、その光景を夢想し胸の中にしまい込む。いつぶりかと忘れるほど高揚感。彼女に勝つために今は心をそして執着心を養う。



「で、なんでロストくんは本の山に埋もれているんですか?」

「このバカはSランク冒険者相手に絶賛40連敗中だからね」

「ま、勝てる方がおかしいので、気落ちせずに頑張ってください」


 そんな心ない言葉を聞き、僕を下敷きにする本の山から幽鬼のように体を起こす「おきた」とリンさんが僕を人差し指で突くのを手で払い。


「がぁぁぁぁぁぁ」

「うるさい」


 気合を入れるように叫び声を上げると博士がその辺に置いてあった鉄塊を僕の方に投げつけた。それを受け止めると状況の整理をするように博士が聞いてきた。


「で、どう負けたんだ?」

「それは……」


 思い出されるのは初戦、それはもうあっさりと負けた。剣を上段から振り下ろすがそれをシズカはあっさりと受け止めた。問題はその受けだった。彼女の受けの技術は独特で彼女の刀に剣が触れるとあらゆる力が消失する。そして刀に張り付いたように剣が動かなくなってしまいそのまま武器を巻き取られてしまう。流石に剣を奪われれば負を認めるしかない。

 

 これが1敗目でありシズカに一太刀も振らせることなく負けた。何度か敗戦をしていく中でタイミングをずらせば巻き取られる事は防げ事には気付いた。しかし受けを崩すことばかりに注力してしまえば体勢を崩されそこをシズカに攻められ負けてしまう。


 それを20戦程。最近はナイフや砂を投げつけ森に隠れて姿を消し奇襲を狙うなど単純な斬り合いからどんどん離れていく。それでも一本も取れていないのが現状だ。


「なさけな」

「言わないで」


 リンの肩を掴み半分泣きながら揺らし訴える。「言わないから」と言うリンを離し、再び魔法の本に目を向ける。正直僕が一番情けないと思っている事はシズカの余裕ある表情を一度たりとも崩せていないことだ。


「情けないよ、手段を選んでいないのに」

「そんなことはないさ」


 そう言ったのはスーリヤ博士だ。


「そもそもシズカは受けを得意とする剣士だ、得意を引き出している時点で大したもんだ。それにまだ切り札は使ってないんだろ?」

「うん、まだ視界を完全に潰してからの攻撃はしていない。でも今のままじゃ切り札を使っても確実に勝てない」

「なら落ち込むな、お前はまだ負けてすらいない。ただ勝つ為のデータを集めているだけだ。悔しがるなら本気の勝負をしてから悔しがれ。」


 博士はそれだけ言うと書類に意識を完全に向けてしまった。


「ありがとう博士」


 ナイフをシズカの顔目掛けて投げる。シズカはナイフを首だけで躱すが、回避行動っで生まれた死角を利用し姿勢を低くし剣を鞘に納め一気に距離を詰める。腕ではなく体を回すことにより剣を振るう抜刀術をシズカの懐で使った。最初に会った時の意趣返しだが何事もなかったかのように受け止められ剣を巻き上げられる。そこまでは予想通りでありここから今の秘策。剣を巻き上げられるより前に自ら手離し武器を拳に切り替える。自分から武器を捨てたことにより生み出したシズカの無駄な行動。その時間を使い拳でシズカに殴り掛かるが。


「そこまで」


 首に刀が添えられていた。完全な読み負け。


「惜しかったですね」


 汗一つない、晴れやかな笑顔をするシズカを前に。


「くっそ」


 悔しく思いながらも笑顔で返すが、心のなかではこれはないと猛省していた。技術で大きくで負けているため連撃で削るなどは出来ない。そのため不意を付き尚且つ一撃で仕留めねばならない。この条件の中だとやはり武器を捨て自ら攻撃力を下げるのは悪手だ。今回このような真似をしたのはシズカに見放されるという恐怖が心の中で生まれたからだ。


 現在96敗目。さらには僕に合わせシズカはレガリアを使っていない。ここまで来ても一勝もできていない。見放される恐怖を覚えてもおかしくないだろう。

 

 僕の定めた勝負の場は100戦目。それがまもなく訪れる。



 昨日で98敗、そろそろ準備を始めなければいけない。


 ある意味今までの模擬戦はお遊びのようなものだ。彼女にとってはいつもの100戦目、シズカに取っては普段の模擬戦だ。当たり前のように勝ち1日のストレスを吐き出す。100戦目の準備を始めるとは心構えの話だ。心も体もベストの状態にする為、僕は今東棟で生活をしている。シズカとの模擬戦を始め90敗をきっしたタイミングから一度たりとも西棟には行っていない。博士も、リンさんも、シズカも、コーレル神父だって西棟で生活することに賛成してくれた。でも何か成す力をくれるのはいつだって逆境だ。そして今あの場所東棟でしか逆境は生まれない。醜く地面を這いつくばり力を吸われ明日へと焦る気持ちが心を覆う。そんな中平常心を保ち続けるからこそ出来る執着、それが欲しかった。



「今日は霧が濃いな」


 木々に囲まれた森の中にあるルドレヴィアは雨が降った翌日の朝は霧がよく生まれる。いつもと違う所は今日の霧はとても濃いことだ。普段使っている煙玉が出す白煙と同等、目の前が完全に見えぬ程の濃霧だった。


「ほんとに見えないな、おっと」


 僅かに空気の流れが変わり気まぐれにそれを追う。霧のおかげで空気のながれが簡単に目で追える、その空気の流れを変えたであろう物体も本来なら気にするような物ではない。しかし今は少しでも良いから何かを見つけたかった。こんな小さなきっかけを求め彷徨う、それほどまでにシズカに勝つ方法それが行き詰まっていた。

 

 目を凝らすと黒い影が足元にある、捕まえてみたらそれは野良猫だった。


「生き物が動けば流れは生まれるか」


 当たり前の事だ。だが初めて見えない側に回ったからこそ生まれた気づきだ。僅かな気づきが新たな試しになる。


 手をかざし霧に魔力を送り込む。霧が動かし僕を中心に半径1メートルの内から霧を追い出す。霧を操った事は重要じゃない。ただ出来ることがまた一つ増えた、それは己に自信がない僕を補強する何よりも強い根拠だ。



 シズカ視点


 最近は本当に楽しい。

 今まではどうしようもない貴族子弟の面倒を見ることに辟易としていたがそんな事を吹き飛ばす位に楽しい。


 ロストと呼ばれる低ランク冒険者だが彼は近接戦闘が異常に上手い。

 観の良さとは違う幼さに似合わぬ、経験から生まれる判断のよさ。

 互いに熱が入りすぎるのは良くないが心地よい時間。

 彼は短時間で終わる事や、一勝も出来ないことを気にしているが大した物だ。

 実際私が受けを行わずに互いに真正面から斬り合う分には30分以上は戦闘が続く。

 勝ち負けを気にせずただ斬り結ぶ、そんな時間が何より心満たされるのだ。


 ここでよく考える事だがロスト・シルヴァフォックスという剣士はどういう存在なのだろうか?

 普段は化けの皮を被っているが戦闘が長引く事に集中力が増しその皮が剥がれだす。

 

 剣の振りに対する技術は優れているが足回りや呼吸を読む、それと太刀筋の持つ種類が少ないななどの対人戦の技術には課題を多く残している。

 太刀筋の種類とは言ってしまえば攻撃の前段階。

 受けさせ、誘導し、必殺を打ち込むためのフェイントや態勢を崩す事を目的とした攻めの組み立て。

 彼の剣にはそれらが一切存在しない。

 彼の剣は所謂獣が行う己の優秀さを示すため、どちらの牙が優れているか競う、牙比べに近い。

 それでも彼が真っ向勝負に強いのは年齢に沿わぬ経験と間合いの把握能力の高さだ。

 センスで戦う人間ではない、だがそれらの経験と間合いの能力が何処から気ているのか全く検討がつかない。

 そしてもう一つの特徴だが彼は戦闘中ふとしたタイミングで集中力のより深い場所に一瞬ハマることがある。

 その際に放たれる一刀は見ものだ。

 腰を深く下げ上段から真っ直ぐ振り下ろす恐ろしいほど研ぎ澄まされた一刀が放たれる。

 その時の彼は芸術品と断言できる。

 その一刀を見たいがそうそう簡単に見れるものでもないし、見てはいけない。

 その一刀だけは私は受けを成立させることが出来ないのだから。


 ここまでは良いことをだけを思い浮かべたが、明確な弱点が存在する。

 それは人を斬ることに強い忌避感を覚えていることだ。

 命に対する無頓着さとは少し話が違う、剣に対する快感の話だ。

 正直に言おう、私自身強い相手を斬り殺した時に達成感などの喜ばしい感情を抱くことがある。

 でもそれは剣の道を生きる人間には当然存在するものだ。

 彼はそれを含めたあらとあらゆる衝動を強引に抑え込みながら戦っている。

 どんな欲求が眠っているのかは知らない。

 だがその自分を抑える戦い方では死闘を勝ち抜くことは出来ない。

 生きていれば敵と出会う。

 死力を尽くし、頭が真っ白になるまで集中力を高め斬り合う。

 そして彼は死ぬ。

 当然だ自分を抑え、戦闘に集中しきれない彼では間違いなく極限に至った相手に殺される。

 彼の感じている壁の1つが間違いなくそれだろう。

 そして戦闘が長引く毎にに顔を出す、深みにはまった時の一刀は間違いなく自らを抑えようとする自制を忘れた時に出たものだ。


 己を律し、どこまでも縛られた不自由な剣士それが彼に対する私の評価だ。

 

 *


 シズカ視点


 私達の模擬戦だがレガリアを使用しないというルール以外存在しない。そして意外とは思うがレガリアを使用しないロストの身体能力は同年代と比べて高い。だがレガリアを含めると同年代との身体能力差は歴戦となる、文字通り大人と子共いやそれ以上の差が生まれてしまう。

 

 スーリヤは彼とレガリアの相性の悪さを皮肉って「動いているだけのレガリア」と言っていた時は流石に笑えなかった。そしてそれ以上に今の彼の現状も。


「シズカどうしたんだいそんな顔して」

「どんな顔?」

「怒ったような顔だね」

「ねぇスーリヤ、ロストをこの西棟で住ませてあげられない」


 

 貴族子弟の雑用を押しつけられているせいで私と彼の生活には大きな差がある。例えば私が目を覚ましてから彼と模擬戦をするのに対し彼は寝る前に模擬戦をする。日中は授業も受けているようで最近は体を壊すんじゃないかと彼を見送る背中を心配げに見てしまう。本当は手伝えば良いのかも知れないが私も此処には仕事で来ており警備の巡回などの仕事も回ってくる為残念ながら時間に融通は利かせられない。正直ロストと模擬戦の時間を作るために日中は休憩所で仮眠を少し取っている。まぁこれに関しては私自身このルドレヴィアで唯一と言える娯楽だから良いのだが……。


「まぁ、そういうことなら言ってみるよ、私は構わないからね」

「ありがとう、スーリヤにはいつも助けられてるよ」


 その一言でスーリヤはくっすりと笑う。


「ちょっと、何で笑うの?」

「いや、シズカ姉が自分から他人に何かしようとしたことが珍しくて」

「まぁ、私の不手際だしね」


 昔ながらの呼ばれ方をしたのは意外だったが、まぁいいだろう。少しの間彼が休めるのならそれがいい。  

 もう少しでこの貴族が幅を利かせているルドレヴィアを変える事ができるその準備が整うのだから。


 2週間が過ぎた頃最近は彼が西棟で生活していると安心していたが一週間くらい前から再び東棟で生活をし始めているという話が聞こえてきた。


 今日の模擬戦後説教ね。そんな感じに考えていたらロストが来た、いや現れた。いつものような普段着ではない。しっかりとした冒険者としての装備を着込んでいた。腰には特製の袋、剣は手になく代わりの特徴とすれば筒入れのような物を右肩引っ掛けている。


 誰でもわかる。勝負を仕掛けに来たと。恐ろしく高ぶる胸の高鳴りを押さえつつ、私も刀、春風を抜く。


 今日は最高な日になりそうだと。


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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