願い事 その4
そろそろクリスマスと、大晦日に正月が近付いた年末のある日、僕はこの病室で、此処に居る家族と、ある事がキッカケで仲良くなれた隆志さんに、僕の我儘と相談事を聞いて貰おうと思っていた。
「何だかんだと、もうじきクリスマスと年末年始が待ち受けてるね〜」
僕が窓の外を見ながら言うと
「そうだな…今年も後僅かになったよな…。1年って、経つの早いよなぁ〜」
凰哦さんが同じく、窓の外を見て答える。
「そうだね…特に今年は色々有って、あっという間だったなぁ〜母さん…」
正樹お爺ちゃんが美砂お婆ちゃんに言うと
「でしたね、その上思い掛けない出逢いから始まり、家族になれましたもの…素敵な年になりましたよね…」
2人は頷きながら、やはり窓の外を見る。
「蓮輝君達は、良い年になったみたいだね。良かったじゃない!」
僕達のやり取りを見てて、そう言ってくれる隆志さん。
「…パパ…ご飯…無い無いして…美味しくないのぉ…スピーィ…スー…スー…」
また、寝言でディスるキュー。
「パパ悲しい…キュー…泣いちゃうぞ〜…」
と、涙を流す凰哦さん。
「って泣いてるじゃん!」
凰哦さんを除き、僕のツッコミで爆笑する皆んなだった。
良いよねこの感じ…。
「蓮輝!本当に教えてくれよ!?しっかり料理をマスターして、絶対キューに上手いと言わせるんだ!」
そう燃える凰哦さんに
「その情熱、違う事に燃やして欲しいんだけど…」
と僕が言ったらさ
「これ以上に燃やせるモノなんて、他にも無いだろう!それとも別に何か有ると言うのか?」
「有るでしょう!再開発の件とか色々と!」
あっ!みたいな顔をした凰哦さんを見た、正樹お爺ちゃんと美砂お婆ちゃん。
「蓮君、それは良いよ。凰君も大変なのだから」
「そうそう、凰さんのおかげで、あれから嫌がらせが無くなったから、私達は気にして無いから、蓮ちゃんも余り気にしないで頂戴ね」
と、気を遣ったお言葉を頂きました。
「僕は傍観するって、凰哦さんと約束したけど、それは出来ないよ。悠長な事してたらさ、どんな事が起こるか心配だしねぇ。それに、余り時間もね…」
僕のその一言で、一気に重くなる空気。
分かってはいたけど、こればかりは変えられない事実だから、今僕が出来るうちに、出来る事したいと思ってるんだよね…。
ただ…
「なぁ蓮輝君、君達の事、全然知らない僕なんだけど、それを聞いてても良いのか?…それに、余り時間も無いって感じの言い方だったけど、それ如何いう事…?何だか聞かない方がいい様な気がするんだけど…」
隆志さんが、当たり前な質問をする。
その質問に、更に重くなり、辛そうな表情になる、凰哦さん達を見た僕は、頭を掻きながら
「皆んなごめん…隠し事したく無いから、隆志さんにも話すね…許してね…。隆志さんも、突然聞かされた内容にショックを受けると思うけど、先に謝っておくね、ごめん…。それでも聞いてくれたなら、僕は嬉しいのだけど、聞いてくれるかな?」
何を聞かされるのか、困惑気味な隆志だったが
「此処迄聞かされて、知らないままでいたら、後から聞いておけばってなるだろうからさ、聞いても良いなら聞くよ…。だけど、聞いて後悔しちゃうかもだけどね…」
「アハハ…多分後者になると思うけど、聞いてくれるなら話を聞いて欲しいって、僕の本音なんだ」
「…うん、分かった。それじゃ聞くよ…」
「ありがとう。…僕ね、余命長くて1年なんだって…」
「ハアッ!?…余命1年!?」
「うん…」
「なっ!…何を…嘘だろ!?」
「いや本当!これ事実…」
「えっ!?そそそ、それ…何の…病気なんだよ…?」
「悪性黒色腫って、皮膚ガンの末期」
「ガン!?…それで入院してる…んだ…」
「それも有るけど、今回のはね…肺炎が合併しててさ、その肺炎の治療」
「ガンの治療はして無いのか?」
「うん、してないよ…」
「何で!?末期だとしても、ちゃんとした治療をすれば、永らえる筈だろう?それなのに、それをしないのかよ!?」
「それについてはね…治療しても、全身に転移し過ぎてて、余り意味が無いって言われたんだ…。皆んなにも治療して欲しいって言われたけど、僕はしないって、したくないって言ったよ」
「それ、皆さん納得したんですか!?」
「…あぁ…」
辛そうに凰哦が答え
「私としても…今でも治療をして欲しいと思うが…」
正樹お爺ちゃんも辛そうに言う。
「私も同じ気持ちなの…。だけれどね…本人の強い意志だから…納得出来ないけど…納得する事にしたの…」
美砂お婆ちゃんが、本音を混ぜてそう言ってくれた。
「そんな…僕は納得出来そうに無いや…」
隆志は納得出来ないと言う。
「突然こんな話して、本当にごめん…。如何しようか?僕の話の続き、聞く?それとも聞かないでおく?僕の我儘で話を聞いて貰ってるから、隆志さんの思う様にしてくれて構わないから…」
隆志は無言になり、考え込む。
そして考えた後
「聞くよ、後悔しても聞こうと決めたんだから、最後迄聞くよ…」
真剣な目をして、そう言ってくれた隆志さん。
「ありがとう、本当にありがとうね!」
申し訳なさそうに笑って言う蓮輝に、切なさを感じた隆志だった。
「治療の副作用が辛い、怖いって事も有るけど、1番の理由はね、残りの人生をキューに、そして大事な家族に費やしたい、捧げたいって思ったんだよね〜。だから治療して、その副作用で身動き取れなくなったら…如何しょう…って、そんな風に思っちゃったらさ、あっこれ絶対後悔するって…。そんなの嫌だって、強く思ったんだ…」
蓮輝の思いを聞く隆志と凰哦達。
隆志は、蓮輝に"それでも治療を受けなければダメだ"と、言いそうになったのだが、凰哦達を見て、その言葉を既に、蓮輝に言っているのだろうと思って、言えずに黙り込む。
蓮輝も、隆志が思った事を何となく理解しながらも、話を続けるのだった。
「だからね、合併していた肺炎の治療だけをして、肺炎が治ったらさ、後は通院しながら、残りの人生を楽しく過ごす事にしたんだ。その為にもね、皆んなには悪いけど、僕の我儘に付き合って貰って、悔いが残ってるものは、キチンと片付けておかないと…と、思ってます。その1つが、隆志さんに謝罪する事も含まれてました」
「…こんな言い方悪いけど、君の身勝手な我儘に、僕は付き合わされたんだ…」
そう思われても当然だと思う…けど、やっぱりそう言われたら、キツイと感じてしまうね…。
だけど
「だから僕も、自分勝手な我儘をさせて貰うよ。拒否はさせないからそのつもりで!」
「えっ?…隆志さんの…我儘?」
「ああそう!僕の我儘!」
「あぅ…何故か聞くの怖いんですけど…。我儘って響きにビビるよ〜」
「何を言ってんだよ!?君が言う我儘より、何倍も可愛いモンだよ?だから、ちゃんと聞いて貰うから!」
「はい…分かりました…では如何ぞ」
「僕と生涯の親友になってよ!」
「「「「!!」」」」
隆志さんの“親友になってくれ”と言った言葉に、僕達は、よく理解出来ず、驚いたまま固まってしまったのです。
「あれっ?…反応が無いんだけど、嫌だったのかな…」
「!ち、違う違う、違うよ!…ただ僕が勝手に、隆志さんの事、既に友達だと思ってたから、えっ?今更?…って…」
慌てて挽回する僕に続き、凰哦さんは
「蓮輝と親友になりたいだなんて、君は正気なのか!?こいつはかなり捻くれ者何だが、そんな蓮輝と親友になろうだなんて…。それに結婚申し出た君が、親友止まりで良いだなんて、とてもじゃ無いが思えないのだが…」
と、ベクトルの違う質問をブツけて来やがりました!
「あっいやその…」
「凰哦さんのブァ〜〜カ!話をややっこしくしないでよ!今ホームドラマ的に、バックに音楽流れて、感動しながらエンディングに向かう感じだったじゃん!何してくれてんの!?このアンポンタン!隆志さんが困ってしまったじゃない!」
「酷っ…そこ迄言うか…?」
「言うよ!ねぇ正樹お爺ちゃんも美砂お婆ちゃんも、そう思うでしょ?」
「あっえっと、その…」
言葉に詰まる正樹。
「まぁまぁ、蓮ちゃんもそのくらいにしてあげてね…。私は何方の言い分も何となく分かるから、これ以上は黙っておくわね」
そうやんわりと、宥めるのでした。
「…うん、分かったよ…。それで隆志さんは、僕と親友になってくれるの?」
「ああ、蓮輝君が良ければね」
「結婚は?」
しつこく聞く凰哦。
「えっと、その件は…今は、勢いで言った事ですが、何故あの時結婚を申し出たんだろうと、バカな事しでかしたと思ってまして…そこ迄考えてはいません。でも昨日今日と、蓮輝君を知れば知る程、友達に、出来れば親友になりたいって、そう思ったんです…」
はい!此処で素敵な曲が掛かります!
曲が聴こえてるのは、僕だけじゃない筈!
「曲って何?」
「蓮輝、また癖…」
うん!三つ子の魂百迄!癖治すの諦めよう!
「…何でも無いよ…。でも本当に、僕と親友になってくれるんだ〜、本当なら凄く嬉しい!」
「僕もなってくれるのなら、嬉しいよ!」
「やった〜!僕に初めて親友が出来たよ、凰哦さん!正樹お爺ちゃん!美砂お婆ちゃん!」
「ああ良かったな!」
「良かったね、蓮君」
「本当に良かったわね、私も嬉しいわ蓮ちゃん」
「うん!ありがとう皆んな、それと隆志さんも!」
「こっちこそ、ありがとう」
「でも、如何して僕と親友になろうと思ったの?」
「だって、君が大切な人達には、自分の事知って貰いたいって、そう言ったじゃないか」
「あっ言ったね…」
「その中に、僕も含まれてたって、話を聞いてた時に思ったんだ。だから、僕も素直にそう思えたんだ…」
(正直、守ってあげたいと思える人だからね…)
隆志が、蓮輝の言葉から読み取った、大切な人の中に、自分が含まれていのだと、気付いてくれてた事に、嬉しくなった蓮輝。
凰哦達も、隆志のその言葉に、嬉しくなるのだった。
特に凰哦は、他人嫌いの蓮輝に、友達が出来た事に喜びを感じたのだが、蓮輝の余命を思うと、哀れに思えて、胸が締め付けられてしまうのだった。
(もっと早く…出会ってくれてたなら…)
と…。
「でさ蓮輝君、君のお願いって何?ただ僕に病気の事聞いて貰うだけじゃないんだろ?皆んなにって言ってたんだから」
「うん、そうだよ」
「そうだったな、それはどんな願い事なんだ?」
凰哦さんも、そう聞いて来たから
「春になったらね、キューを山に帰す為の旅行に行きたいんだ」
「キューを山に帰す!?」
「キューちゃんを山に帰すってのかい!?」
凰哦さんと正樹お爺ちゃんが揃って聞き返す。
「うん、そうしようと考えてる」
今度は美砂お婆ちゃんが
「何故!?それも突然そんな事思ったの?」
「突然じゃ無いんだよね、美砂お婆ちゃん…」
「それだったら、何時から考えてたんだ!?蓮輝!」
凰哦さんが、少し怖い顔をして聞くんだけど、それだけ重要な事だもんね…。
「実は、入院する少し前から…」
「「「!!」」」
驚きを隠せない3人。
「入院する前からって、もしかして、自分で余命とか分かってたのか!?だから、キューを手放そうと考えたのか!?」
「それは違うよ!…余命の事は、入院してから知ったし、もし入院する前に分かってたとしても、自分勝手にキューを見捨てようとか手放すとか、そんな事考えた事無いよ!」
「…なら何故…」
「凰哦さんは、家をよく空ける事が多くなったでしょ?それに、正樹お爺ちゃんと美砂お婆ちゃんも、一緒に住んで無いから、キューの身に起きてる異変を知らないんだよね…」
キューに異変が有るのだと、初めて聞かされる凰哦達。
「蓮ちゃん、それは本当なの?キューちゃんの身に、異変は感じられなかったのだけど、貴方は感じた?」
美砂お婆ちゃんが、正樹お爺ちゃんに聞くが
「私も何も分からなかったよ…本当なのかい?なぁ蓮君…」
と、同じ答しか返ってこなかった。
「俺も、分からなかったぞ!?なのに何故、蓮輝お前だけが分かったんだ?」
信じられない感じで、やっぱり凰哦さんもそう聞いてくる。
だが隆志だけ
「ねぇ蓮輝君、もしかして今…キュー君、苦しんでる?…」
と、キューを見て言うのだった。
「やっぱり隆志さんは、分かるんだ…。だから、隆志さんにもお願いしたいと思ったんだ…」
隆志に、そう答えた蓮輝に
「何!?今キューが苦しんでるっていうのか!?」
凰哦がベッドに寝ているキューを見ながら聞くと
「キューちゃんの何処が、苦しそうなんだい?蓮君…」
「私にもサッパリ違いが分からないわ…。本当に、苦しんでるの?」
正樹お爺ちゃんと美砂お婆ちゃん迄もが、分からないんだと言うのだった。
「よく見てて…一瞬だけど、肌の色が変わるから…」
僕がそう言った瞬間、キューの肌の色が黒く染まるのだった。
だが本当に一瞬だった為、見間違いかとも思ってしまう凰哦達。
「確かに一瞬だったが、肌の色が変わった様に見えたよ…。でも見間違いとかなんじゃないのか?」
「凰哦さん、見間違いなんかじゃ無く、本当に変わってるんだよ…。それにね、僕が1人の時だけ何故か、もがき苦しみ出して、ダラダラ口から何かを吐き出す事も有ったんだよね…。それは何故か、直ぐ消えて無くなったけど…」
「お前が1人の時だけ!?」
「うん…何故かな?皆んなと居る時は、肌が一瞬変わるだけなのに、もがく時は何時も僕1人の時が多かったんだよね…」
「本当に、そうなのかい?蓮君…」
「正樹お爺ちゃん、困った事に本当なんだよね…」
「その時は、如何してたの?キューちゃんを如何やって、元に戻してたの?」
「美砂お婆ちゃん…。僕もよく理解して無いんだけどね、偶然だったんだけど、ハチミツとか舐めさせてあげたり、草木の生い茂った所に連れて行ったらさ、落ち着きを取り戻してくれてね、それからは、なるべく樹木の多い公園とかに連れて行ってたんだ」
「そうなのか?それなら今後、ちょくちょく公園に連れて行けば良いんじゃないのか?」
「多分、それをやっても長く続かないと思うよ…」
「何ー!?それは如何いう…」
「凰哦さん、キューの変化の間隔が短くなってたからね…」
それ以上、説明が出来そうに無い僕を見た隆志さんが
「子供の頃からモノノケの類いを見てきたので、何となくですが、キュー君にとって、自然の少ないこの都会じゃ、汚染されてきてたんでしょうね…。キュー君は見た所、清浄な存在みたいですし、穢れが多いこの都会じゃ、浄化が追いつかなかったんじゃないかと、そう思いますよ…」
僕の思った通り、隆志さんが僕とキューの助けになってくれると、そう思ってたんだ。
やっぱりその直感は間違って無かったみたいだね…。
「説明が出来ない僕の代わりに、隆志さんが言ってくれたよ…ありがとう隆志さん。だからね、少しでも早く、キューを綺麗な山に帰してあげたいんだ…。多分何だけどね、暖かい家に居ても、春迄冬眠しちゃうと思うんだ、キューが“春迄おねんねしちゃうけど良い?”って、言ってたからね…」
「何時の間に、そんな事を…」
余りにも多く、キューについて知らない事を聞かされた凰哦達は、キューを見ながら、その異変に気付いてやれなかった事を悔やんでしまう。
だがそれ以上に、病に冒された蓮輝が、蝕む自分の体の事よりも、キューの異変に心痛めていたのだと、本当は離れたくは無いと思っている筈なのに、キューを想い、別れを決意しているのだと、その想いを痛い程感じでしまう3人だった。
「皆んなごめんね、嫌な辛い思いさせちゃって…。でもこれが、多分僕の…最後にお願いする事だから…」
最後と言った僕は、最低だよね…。
こんな風に言われたら、断れないものね…。
「最後だと言うなよ蓮輝!…」
「そうだ!そんな事言っちゃダメじゃないか!蓮君!」
「そうですよ!そんな…悲しい言い方…しないで…蓮ちゃん…」
ほらやっぱり最低だったでしょ?…。
泣かせた上に、傷付けた事は謝るね、皆んな本当にごめんね…。
でも出来たら許してね…。
皆んなを傷付けた分、1日でも多く、笑って過ごせる様に頑張るからさ…。
だから…如何か…。
とても暗い話が続きましたね…。
でも、蓮輝に親友が出来て、良かったと思ってます。
こんな感じの話でしたが、如何でしたでしょうか?
一気に話も進んだ今話でした。
では、次話をお待ち下さい。




