それから その2
愛おしいキューと、時折…違うな…毎度揶揄ってくるが、それでも愛すべき甥の蓮輝を家に残して、青柳さんの件で会社へと向かう俺。
ちゃんとカッコいい所見せてやるからな!待っていろよ〜!
だから晩御飯は残しておいてくれよ〜!
キキィーッ…バタンッ…
車から降りる姿はキマッているのだが、中身が残念な凰哦であった。
(さぁ〜て、今日の晩御飯は何だろうなぁ〜?楽しみだ〜)
凰哦自身、現時点で颯爽と歩く、出来る良い男のつもりで歩いていたのだが、ルンルンルンと小刻みにスキップしている事に、気付いていないのだ。
それを見た社員達は、一斉に騒めくのだった。
「しゃ、社長?…何か良い事でも有ったのですか?とても嬉しそうにスキップなどして…」
その言葉に固まる凰哦。
「ススス…スキップ?わわわ、私がか?……」
「えぇ、しかもルンルンルンと…鼻唄…」
「………オホンッ!さあ会議を開くぞ!皆んな!直ぐ会議室に集まってくれ!」
と、かなり強引にシラを切るのだった。
「鼻唄…」
「会議だ!」
そう言って、何時もは使わない階段をダッシュで会議室の在る12階迄、駆け登るのだった。
(ハァハァハァ…ヤバい…俺のイメージが崩れて行くぞ…)
汗だくになる上、ダッシュで駆け登ったせいで、足がガクガクしている。
こんな姿…見せられない…と、一旦トイレに隠れる事にした凰哦。
トイレの個室に入り
(落ち着け〜落ち着くのだ〜!…そうだこういう時は、アレを見て落ち着こう…)
スマホを取り出し、キューの写真を見る。
(可愛いなぁ〜…って違う!違う!ポンコツ化してる場合じゃないだろ!…でも本当可愛いよなぁ〜キュー…)
パチィーンッ!
自分の顔を思いっ切り叩く音がトイレに響くのだ…。
その音に驚く、他の使用者達。
(ふぅ…これで何とかなるだろう…ここは心を鬼にして、スマホの電源をき…切り…切って、キューの写真を見ない…様に…出来ん!ムリだ!!…よし、諦めよう!)
と、開き直る事にしたのだった。
トイレから、誰も居なくなったのを確認し、コッソリと出て来る凰哦。
そして何事も無かったかの様に、会議室に入るのだった。
凰哦が会議室に入ると同時に、立ち上がって挨拶しようとする社員達に
「そのままで構わない、ではこれから青柳さんの件についての会議を始めようか…」
と、なるべく普段の振る舞いをするのだった。
「…社長?1つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ん?如何したんだ?何が聞きたいのだ?」
「いえ…その頬が赤くなってますが…」
「!!」
「しかもしっかりと手の跡なのですが、如何されたのですか…?」
「いや…これは…そう!気合いを入れる為に、自分で叩いたんだ!少しでも鼓舞したくてな!ハハハハハッ」
苦しい…大変苦しい誤魔化しだと思ったのだが…
「何と!そうだったのですか!では先程のトイレのパチィーンッて音は、社長だったのですね!そこ迄強い気持ちで臨んでいらっしゃるとは、我等とても感服致しました!」
と、まぁこんな感じで何とかなるのでした。
何とか誤魔化せたと安心した凰哦は
「それじゃ本題の青柳さんの店が在る商店街の件だが、本当に再開発の情報は無いのだな?」
「はい、それは確かな事です。我等一通り調べたのですが、何処もそんな話を聞いた事は無いと確認済みです」
「…それが本当なら、何か裏が有りそうだな…」
「はい、そう思ったのですが、何せ昨日の今日ですから、本格的に調べるには少しお時間が掛かります」
「どれ程かかりそうかな?」
「そうですね、今優秀な者達が全力で調べておりますから、遅くても明日、もしくは明後日にでも分かると思います。ですが今日の夜には、ある程度の事は分かると思われます」
「そうか…済まないな、お前達にムリをさせてしまうが、何とか頑張ってくれないか?」
「それはもう!社長のご意向に添える様、奮闘させて頂きます!」
「ありがとう…」
ピコン…
(ん?蓮輝からのメール?如何した?何か有ったのかな?)
とメールを開けてみると、キューのお遊戯の写真が送られて来ていた。
(!!!可愛い!!!)
デレッとしてしまう凰哦。
「しゃ社長?」
その声にビクッとなる凰哦。
「ん?な、何だい?如何したのだ?」
平然を取り繕う凰哦だったが、また
ピコン…ピコピコピコン…
と、連続にキューの写真が送られて来るのだった。
その度に、デレ顔と真面目な顔を繰り返す凰哦。
その凰哦を見ていた部下達は、何時もと違う凰哦に戸惑いが隠せなくなっていた。
騒つく会議室。
それを察した凰哦は
「済まん!一旦休憩する!ちょっと私用で電話を掛けて来るから、30分休憩するぞ!それじゃ!」
直ぐ様足早に、会議室を後にする凰哦。
トゥルルルルル…トゥルルルルル…ガチャッ
「コラ蓮輝ー!!お前何してくれてるんだ!」
「えっ?何の事?電話開口1番に、怒鳴り声って如何したのさ?」
「お、おまっ!このヤロー!何会議中に、キューのお遊戯写真を連続に送って来るんだよ!おかげで俺のデレ顔と真面目な顔を交互に見た部下達が、ざわめいてしまってるんだぞ!?それにせっかくの俺のイメージが、崩れてしまうだろうが!」
「えっ?会議中だったの?」
「そうだ!」
「まさか会議中だとは思わなかったから、キューのお遊戯姿を見て、頑張って貰おうと思ったんだけど…そっか…分かったよ…ごめんね…。てっきり部下さん達から報告だけ貰って、1人思案中かな?って…もう2度とキューの可愛い姿送らないから…ごめんね、それじゃ切るね」
ツーツーツー…
あっこれヤバいヤツだ…マジギレしてる?と、不安になる凰哦。
再度電話を掛け直し
「済まん!言い過ぎた!だからキューの可愛い姿もっと送ってくれよ…なっ?頼むから…」
「知りません…それじゃ…」
「待って待て!本当に済まん!許してくれ!許して下さい!」
「…はいはい、まぁ僕も本当に勘違いして、タイミング悪く送っちゃったから、僕もごめんね…。それじゃ仕事頑張ってね〜」
「あぁ、ありがとうな!それじゃ…」
そう言って電話を切る。
(何だか腑に落ちないのだが…でもあのトーンは、本当にキレてる時のトーンだったものなぁ…)
蓮輝はキレると、静かにキレるのだった。
そして何をしでかすか分からない怖さが有るのだ。
一方、蓮輝はというと…
(ケケケッ僕の演技もなかなかなモノですなぁ〜。会議中だった事分かってましたよ!ヘヘヘッ!凰哦さんの状態思い浮かべただけでも面白いからねぇ〜。多分マジギレしてると思ってるだろうけど、全くぜ〜ん然キレてませんよ?まぁ1番の狙いは、とっつきにくいのを少しでも緩和して、部下さん達との意思疎通がスムーズになって欲しかっただけなんだよね〜。それと今の凰哦さん、多分僕のマジギレ演技で狼狽えてるだろうからねぇ、この調子なら部下さん連れて行っても、青柳さんの蕎麦堪能出来そうにないだろうし、正直な事言えば、出来ればキューと同じメニューを沢山食べて欲しかったからでも有るんだよね。その方が、凰哦さんも嬉しいだろうからね〜)
と、こんな感じでいるのでした。
それを知らない凰哦は、唯ひたすらオドオドするのだった。
オドオドしながらも、しっかり仕事をする凰哦。
テキパキ指示を出し、情報収集をしては、何処か怪しい所は無いかと、細かくチェックをする。
「やはり何か引っ掛かるな…」
「社長、今外回りで調べに行った者達からの連絡で、分かった事が1つ有ります」
「どんな事が分かったんだ?」
「再開発と称して買収しているのが、山家建設との事です」
「何!?山家建設!?」
「はい、あの山家建設です」
その山家建設とは、凰哦の会社の1事業の内の土地開発部門での、ライバル会社なのだ。
この建設会社は、手抜き工事を行ったり、不良物件を高値で売ったり、更に言うと、新築を購入する消費者に、契約が成立してから後出しで、新築費用などを嵩上げし、かなり悪どい事を平気で行う会社なのだ。。
それによって、拡大成長した会社でもあった。
それは、同じ業種に携わってる者達にとっては、とても有名なのだ
それを知った凰哦は
「なんだと!?あの山家建設がか!?」
「はい、その様です」
「これは更にキナ臭い感じがするな…もし我等が再開発の件について、調べてる事が知られてしまうと、後々ややこしくなるな…部下達に何かしら危害を加えて来るかも知れないしな…。今直ぐ外回りしてる者達を会社に戻してくれ!直ぐにだぞ!」
そう社員に言うと
「分かりました、直ぐ戻る様に伝えます!」
「それと、山家の社員に悟られぬ様にとも伝えてくれ…」
「はい…」
それから30分程経ち、外回りをしていた社員全員が戻って来た。
会議室に、再開発に携わる者達が全て揃う。
その数15人。
広めの会議室だが、これだけ集まると、少々手狭にも思える。
「皆んな、今日は良く働いてくれてありがとう、ご苦労だった。私から幾つか言いたい事が有る。これからも大変な思いをさせるが、頑張ってくれ。何せこの案件に、あの山家が絡んでいそうだからな…。それと山家の者どもは、どんな事でもして来るから、身の危険を感じたら、即座に撤収して欲しい。お前達の身の安全が、何よりも大切だからな。もし被害を受けたりして、怪我や脅しとかあった場合は、必ず私に報告してくれよ!私自ら話を付けてやるからな!…そういう事だから、皆んな頼んだぞ!」
「「はい!」」
凰哦の語った内容をしっかり理解した社員が、一斉に返事をするのだった。
「それじゃ私から、ここに居る皆んなに絶品の天ざる蕎麦を奢らせて貰うよ、今から青柳さんの店に行こう」
その言葉に驚く社員達がザワ付くのだ。
「ええっ!?しゃ、社長…如何されたんですか!?」
と聞かれ
「ん?そんなに驚く事か?」
「はい!…あっいえ……」
「おまっ…今元気よくはい!って…何だ!?そんなに変な事言った気はしてないのだが、何かおかしいのか?」
「いえ…そんな事は決して…」
「だろう?だが気になるから、素直に言ってくれないか?それによって、処遇を決める様なバカな事はしないから。是非聞かせて欲しい!」
他人には興味が無いと思っている筈なのだが、何だかんだと人の目が気になる凰哦。
「………」
「誰も何も言わないのか?ほら早く…頼むから、誰か答えてくれないか?」
「それじゃ恐れながら…」
「恐れなくても良い、ほらほら早く聞かせてくれよ…」
「では…今迄の社長でしたら、労いを全ての社員にしていました。しかも2,000人を超える、社員の全ての名前を覚えてる事には、流石社長だとも思いました。ですが今迄こんな事をする様な事は、1度も有りませんでしたよ…。全ての社員を平等にと、そう仰ってました。なのにここ最近、今迄無かった休暇を突然取るとか、今日出社した時のスキッ…」
「ありがとう!!良く分かったよ!その先は言わなくても良いから!」
「ですが、先程素直…」
「はい!素直で宜しい!宜しいよ!……実の事をいうとだな…今迄の俺を改めてみようと思ってるんだよ…。詳しくは言えないが、ここ最近ある出来事があったんだ。その出来事で、私の考えを変えてくれたんだよ…。だからこれからは、お前達との付き合い方も変えようと思ってるんだ…」
それを聞いた社員一同の反応はというと
「えっ!?それでデレ顔と渋メン…」
「スキップの鼻唄…」
「はーい!ありがとう、サンキュー!そこ迄にしよう!」
無理矢理会話を強制終了させる凰哦。
「…社長って…こんなキャラだったっけ……?」
と、ザワ付く社員達。
「取り敢えず、お前達には言っておくよ。今後もかなりイメージが違う、そんな俺の姿を見るだろうが…多分、確実に増えるだろう…だからそれが、俺の本当の姿だと思って貰えたら助かるのだが…」
凰哦の話す内容が既にイメージと違う為、如何反応して良いのか分からない社員達。
だがその中から1人
「篠瀬社長!僕はとても嬉しいですよ!やはり社長は、とても素敵でカッコ良くて、尊敬出来る方ですよね!普通なら、部下にそんな事言う社長なんて、世の中どれだけ居るのでしょうね。とても勇気のいる発言をサラッと出来るなんて、本当に僕の憧れですよ!」
と言う者がいた。
それは
「鐘川君!?な、何故君がここに居るんだ!?未だ育児休暇の筈だろう?それが如何して!?」
「妻が社長の力になって来いと、そう言ってくれましたから、意気込んで来ましたよ!」
「鐘川君…ありがとう、済まないな…。とても助かるよ…」
「いえ、これは僕の強い意志でも有るので、気にしないで下さい!それと妻が宜しくと言ってました、後で良ければ摩羽の写真沢山有るので見て下さいね!」
「本当か?それは是非見せて欲しい!可愛いからなぁ〜摩羽ちゃんは…」
「それじゃ後程お見せしますね!」
と、デレ顔になった凰哦と親しく話す鐘川を見た、社員一同は
「何時の間に!?お前、何時社長とそんな風に、フレンドリーになってたんだ!?」
と聞かれるのだが
「何時からだろうね?」
と、はぐらかすのだった。
そうはぐらかされた一同だったのだが、今後、今迄知らなかった凰哦を知る事が出来るのだと、何処か楽しみにしてしまうのだった。
「まぁまぁ私の事はこれくらいにして、取り敢えず青柳さんの店に、食べに行こう!それとこれには、青柳さんに、皆んなの顔と名前を覚えて貰おうという思惑も有るんだ」
そう聞いた社員一同は、“なる程、流石社長!”と納得してくれたのだ。
「「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます!」」
と、とても良い返事で答えるのだ。
「よし、それじゃ行こうか。だが山家の件も有るから、念の為に少し時間をずらして、少人数で向かってくれないか?私は先に行って、店を貸切にして貰っておくから、後から来てくれよ」
「「分かりました」」
社員の返事を聞いた凰哦は、直ぐに青柳さんの店へと向かうのだった。
近くのコインパーキングに車を停め、青柳さんの店に入ると
「あっ、篠瀬社長!先日はありがとうございました。今日は如何されましたか?何かしら問題でも…」
「いえ、それは未だ調べてる最中でして、報告出来る迄には至ってません、本当申し訳ありません…」
これは、青柳さんが山家建設が関わってると知れば、何かしら山家建設に抗議などして、山家建設から更に酷い被害を受けさせない為の嘘だった。
それに実際に未だ、山家建設が関わっているのか、確認出来て無い事も理由だった。
「いえそんな謝らないで下さい…。ご迷惑お掛けしてるのは此方なんですから…」
「そうですか、では次はもっとしっかりとした報告が出来たら、ご報告しますね。…それと実はですね、今日これからこの店を貸切にして欲しいんです、それをお願いしに来ました」
「貸切ですか?それは全然宜しいのですが、何せお客の1人も居ないですからね…。でも突然如何して貸切に?」
「実はこの後、私の部下15人時間をずらして来ます。その部下達に、此方の絶品天ざる蕎麦を出して頂けますか?」
「社長の部下さんが15人!?」
「今回は私がしっかりお支払いしますから、如何かお願い出来ますか?」
「作るのは構わないのですが、社長からお金を頂く訳には…」
「いえ!それはダメです!そんな事は、今後しないで頂けますか?前にも言った様に、私は此方の大ファンなんですよ!それに、今後も末長くお付き合いするつもりですから、これはキチンとしておかないと、気が引けてしまいますよ。それに今回は、部下達への労いでも有るんですよ!なのでお気を遣わずに、しっかり私からボッタくって下さいよ?」
「ハハハッ、ボッタくれとは…。社長様は大変ユニークな方ですね、私も良ければ末長くお付き合いして頂けたなら、大変嬉しいです。では15人分という事なので、これから準備に取り掛かりますね。部下さん達に、美味いって言ってもらえる様、精一杯腕を振るわせて貰います。では…」
そう言って、とても嬉しそうに厨房に向かう青柳さんだった。
その姿を見た凰哦は、青柳さんの作る絶品天ざる蕎麦を食べて、驚く顔をする部下達を思い浮かべると、1人フフフッと微笑んでしまうのだった。
かなり間を空けての投稿です。
今話は、凰哦さんと部下達の話になりました。
次話は、この絶品天ざる蕎麦を食べた部下の反応の話になります。
次話をお待ち下さい。