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箱入り聖女が恋をした

作者: うる浬 るに

「アドルファス・サースウッド……あの騎士様はいったい何者なのでしょう!?」


 ステファニーは、王宮で初めて会った護衛騎士のアドルファスのことが、頭をよぎるたび震えていた。


 母親が聖女であり、自らも生まれながらにして生粋の聖女であるステファニー。

 彼女は新国王の戴冠式に出席するため、昨日から精霊教会の大司教と一緒に王宮に滞在していた。


 その際に護衛として何人かの騎士がやってきて、その中にいたのがアドルファス。

 彼と目が合った瞬間、ステファニーの胸になんともいえない鈍い痛みが走ったのだ。そのため何か良くないことが起こるのではないかと気が気ではなかった。


 きのう初めて顔を合わせた時は、気のせいだと思い込もうとした。しかし、目をつぶるとアドルファスの姿が浮かんできて、昨夜はずっと眠れず寝不足になっている。


「おかしいです」


 そして今朝、再び会った時にも目が合った途端、身体に痺れのようなものが走った。これを偶然として片付けるには、あまりにもステファニーの身体はおかしな反応をしている。


「悪寒? 悪い予感? 聖女にそんな能力があるなんて、聞いたことはありませんけど……」


 聖女と認定されるためには、精霊の姿を認識できること、そして何よりも多くの精霊に好かれることが重要視されている。


 人間の生活から切り離すことができない、大気の浄化、土壌の豊かさ、天候など、自然に関係あることがらは、その土地に住み着いている精霊が多ければ多いほど良くなるとされていた。

 したがって、精霊に好かれている聖女の存在が多いほどその国は潤うといわれている。


 ステファニーは十六歳になったばかりの少女。

 その若さで聖女の中の聖女と呼ばれていた。


 それは誕生時に精霊から祝福を受けるほどの資質をもっていて、周辺にはたくさんの精霊が飛び交っているからだ。


 精霊教会では、ステファニーがより精霊から愛されることを望んでいる。そのため、純粋で心優しいまま育つようにと、外部の者との接触を避け、あまり外に出すことがなかった。ほかの聖女たちとは違い、過保護にされていた。


 しかし、協力関係である王家主催の催しに聖女たちが呼ばれた場合、欠席することはできなない。


 王宮に精霊を集めて、王国の豊かさを見せつけるという思惑がある。大勢の観衆の中には精霊を認識できる者も少なからず含まれるからだ。


 特に今回は国王の代替わりの儀式ということもあって、王都にいる聖女たちは全員王宮に招かれていた。ステファニーもそのひとりとして足を運んでいたのである。


 国としても大事な聖女たちを傷つけることは絶対に許されない。そのため護衛として厳選された騎士が何人も派遣され、今も精霊教会関係者の控え室の外で待機している。


(怖い……思い出しただけで心臓がばくばくします。大司教様に怒られた時でもこんなことはありませんでしたし、誰かに相談したほうがいいのでしょうか)


 ステファニーが周りを見渡しても、式典後のパーティーを楽しみにしている者ばかりで、同じように怯えているような聖女は一人もいない。

 それでも心配になったステファニーは、聖女の中で一番仲が良い同僚に、確認してみることにした。


「あの、マーガレットさん」

「なに?」


 壁にある作り付けの鏡をのぞき込んで、髪型をチェックしていた聖女のひとりに声をかけた。


「護衛の騎士様のことですけど」

「騎士様がどうかしたの?」

「マーガレットさんはどう思いますか? 怖くはありませんか?」

「怖い? 私はそんなふうには思わないけど、騎士様たちは皆さん背が高くて体格がいいし、職業柄少し威圧感があるかもしれないわね」

「威圧感」

「ステファニーさんが怖いと思うなら、きっと原因はそうだと思うの。だから心配する必要はないわ」

「そうでしょうか」

「ええ。だって騎士様は私たちを守ってくださっているのですもの」

「そうでしたね」


 ただ単に自分の体調が悪いだけかもしれない。みんな嬉しそうにしているのに、これ以上何か言ったら、水を差すことになってしまう。そう思ったステファニーはそれ以上考えるのをやめることにした。


 それから、精霊を集めるために出席した戴冠式が無事にすみ、ステファニーはみんなと一緒に立食パーティーの会場である大広間へ移動する。


 その間ずっと、一緒にいるアドルファスのことは、できるだけ見ないようにしていた。


 今日は聖女たちも貴族同様に着飾っている。もちろんステファニーも。聖女たちは普段、争い事や邪な人間を嫌う精霊たちに好かれ続けるため、教会で慎ましく規則正しい生活をしている。その息抜きも兼ねていた。


 大司教は貴族たちと挨拶を交わし、聖女たちも、軽食を口にしたり、貴族に誘われてダンスをしたりと各々好きなように過ごしている。


 箱入りで育っているステファニーは他人が苦手なため、大司教のそばでマーガレットたちと一緒にいたのだが。


(クラクラが止まりません……)


 昨夜、ほとんど眠れずにいたこともあって、人に酔ってしまったステファニーはずっと眩暈がしていた。そのせいか、一瞬意識が飛んで倒れそうになる。ふっと全身の力が抜けてしまったのだが、うしろにいたアドルファスが気がついて支えたので、転ぶことはなかった。


「ありがとうござい!?」


 お礼を言うためうしろを見て、自分を助けてくれたのがアドルファスで、その腕の中にいることに気がついたステファニー。気が動転しながらも急いで離れようとしたのだが、その瞬間。


「精霊たち?」

「幸運の光だと? いったいどういうことだ!?」

「初めて見た」

「キラキラ輝いていて、とってもきれいね」


 パーティー会場の大広間にいた精霊たちが点滅しながらステファニーたちの周りを飛び始めたのだ。


 精霊が発光することはすごくまれで、人はそれを幸運の光、または祝福と呼んでいる。

 見るだけでも幸せになるといわれているため、光る精霊が見える者たちは、その姿を目で追いながら騒ぎ始めた。


「大司教様、これは」

「うむ。精霊たちがステファニーのことを祝福しておるな」


 どう見ても、精霊たちが光る場所はステファニーの周辺に限られている。


「ということは……」

「ステファニーも、もう十六歳になりますしね」


 真っ赤になっているステファニーに精霊教会みんなの視線が集まる。


「これはこれは」


 大司教は一瞬寂しそうな表情を浮かべたあと、すぐに笑顔になった。


 精霊の光がすべて消えてから、アドルファスに声をかける。


「騎士殿、すまぬが、ステファニーを控え室に連れて行ってくださらぬか。それから、休んでいる間は、ステファニーのそばについていてほしいのじゃが」

「私でよろしければ、承知いたしました」

「ま、待って」


 ステファニーは逃げようとした。

しかし、焦りもあってか足がもつれてしまう。しかも、大司教が前に立ちふさがり行く手を止めていた。


「歩くこともままならないようではないか。それなら運んでいただきなさい。騎士殿、頼む」

「はい」


 ステファニーがもたもたしていたため、アドルファスに抱き上げられてしまう。体格差もあって抵抗がほとんどできず、あっという間にアドルファスの腕の中に納まっていた。


「お、おろしてください」

「ご自分で歩けそうですか?」


 今の状況でおろされたら、床にへたり込むかもしれない。それでも、この状況はつらすぎた。


「だめでも頑張って歩きます」

「そうですか」


 アドルファスはステファニーを静かにおろしたあと、倒れないように肩を支えた。


「では、控え室へ参りましょう」


「念のためマーガレットも付き添ってもらいたいのじゃが」

「わかりました」


 大司教に言われて、マーガレットもステファニーの身体を支える。


(動悸も激しいですし、熱も出てきたみたいです。これは何か仕掛けられているかもしれません。でも証拠もなく疑ったりしたらアドルファス様の名誉に傷をつけてしまいますし、私はどうしたらいいのでしょう)


 ステファニーは悩みながらずっと下を向きっぱなしだったので、そんな姿をアドルファスが心配そうに見つめながら歩いていることには気がつかなかった。


 はっきりしているのは、アドルファスがふれている肩の周辺が熱いということ。

 マーガレットが手を当てている背中の部分はなんともないというのに。


(熱い。怖い。おかしくなりそうです)


 控え室までやってくると、アドルファスがソファーの前で足を止めてステファニーに声をかけた。


「こちらでよろしいですか」


 ステファニーは頭の中が整理できず、声を出すこともできなかった。意思を伝えるために首だけを縦にふった。


 控え室でソファーに座ったステファニーは、胸の前で両手を握りしめて固まってしまう。 


 一方、数歩離れた場所に立ったままのアドルファス。


 無言のままの二人を観察していたマーガレットは、自分が邪魔で、お互いに声がかけられないのだと判断した。


「私はお水をもらってきます」

「え? マーガレットさん!?」


 ステファニーが止めても

「待っている間、騎士様とお話でもしていて」

と言ってドアを閉めてしまった。


(何者かわからない方と二人きりなんて恐ろしすぎます……)


 ステファニーは緊張で動けないというに、大広間から一緒についてきた精霊たちは、再びピカピカと光りながら周りを飛び回っていた。


「うう、どうして……」


 不可解すぎる現象に低い声を出したステファニー。


 精霊たちが祝福している理由がわからず、ステファニーは困惑するばかりだ。逆にアドルファスは精霊を目で追うことがないので、見えていないらしい。


「聖女様?」


 アドルファスは変な声をだしたステファニーが心配になって、目の前で片膝をつき顔をのぞき込んだ。


「あ!?」


 ステファニーの心臓がドクンと跳ねる。


(私、見えない攻撃をされているのでは!? でも、精霊たちが逃げることもなくそばにいますし……考えれば考えるほどわからなくなります)


「すみません。それ以上、私に近づかないでください。ここまで連れてきていただいたことに感謝はしていますけど、苦しいので、あちらへ行ってもらえないでしょうか」


 部屋の隅を指さすステファニーを見て、アドルファスは急いで距離をとる。


「失礼しました。体調がよくならないようであれば医師を呼んできましょうか?」

「お医者様は必要ありません」

「しかし」

「これは病気ではなくて、私の具合が悪いのはたぶんアドルファス様が……」

「私が?」


「悪魔と契約されていらっしゃるからかと」


 今まで我慢していた、そうではないかという言葉が、思わず口から出てしまった。


「悪魔と契約? いえ、私にはまったく心当たりがありません」

「悪魔でなければ、呪術とか……」

「いえ。そちらも知識がありません」


 ステファニーに問いただされたアドルファスは、その意図がわからずに困惑していた。


「だったらどうしてですか」

「どうしてとは?」

「なぜ、私はあなたを見ると胸が苦しくなるのですか? どうしてそうなるのか、その理由を知っていたら教えてください」

「は?」


 頬を染めて質問するステファニー。

 その姿を見たアドルファスの顔も見る見る赤くなった。ステファニーの発言でそれが体調不良の熱のせいではないことがわかったからだ。


「それって、まさかステファニー様が私のことを? でもそんなはずは……」

「やはり心当たりがあるのですね」

「ステファニー様に自覚がないのでしたら、私の勘違いかもしれません」

「勘違いでもいいので、アドルファス様がいま思ったことを私に教えてください」

「それは、私もステファニー様と同じように、胸が苦しくなったり、体温が上がったりするので」

「アドルファス様も?」


(私のことを恐れているのでしょうか? でも、私には精霊に好かれるくらいしか能力がないので、そんなはずはありません)


「私の状態は、ステファニー様を一目見た時から恋をしているからなのですが……」

「恋?」

「はい。さきほどもずっとステファニー様のことを見ていたから、倒れそうになった時にすぐ助けることができたんです。もしステファニー様も同じ気持ちなら嬉しいのですが、違うかもしれませんし」


 聖女に囲まれ、男性との交流が極めて少なかったため、今まで恋愛感情を持ったことがなかったステファニーは、理解が追いつかない。


「胸がばくばくしたり、顔が熱くなったりするのが恋なのですか?」

「病気でなければ、その確率は高いかと……単純に恥ずかしがっているだけなのかもしれませんから、絶対とは言えませんが。そう言えば私の名前を覚えてくださったのですね。覚えにくい名前だというのに」

「だってそれは、ずっと頭から離れなかったから」


 それを聞いたアドルファスがとても嬉しそうに微笑んだ。


(笑った)


 その笑顔を見たステファニーは、再び胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「この現象が恋なのですか?」


 そう思ったら、今まで怖いと思っていた気持ちが消えて、代わりに今まで経験したこともないような幸福感に包まれた。


 それは箱入り聖女が自分の恋心を自覚した瞬間だった。


「だとしたら、私はすごく嬉しいのですが」


 アドルファスが答えると、一目ぼれ同士の二人を祝福して、部屋にいた精霊たちが眩しいほど光輝いた。


 ◇


 その頃、二人を見守ることに決めた精霊教会の面々。


「精霊に祝福されたということは、あの騎士様がお相手として認められるほど、ステファニーとはお似合いってことなんですよね」


 大広間に戻っていたマーガレットのつぶやきに、大司教とそのほかの聖女たちが頷いていた。


「ステファニーが幸せになるというなら、寂しいがしかたがない。ついでに幸運の光で国に恩も売れたしのう」

「そうですね」


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