第13話 離婚勧告
旦那のお母ちゃんが続ける。
「ついては、ひさ。
四郎から三行半を書かせますゆえ、離縁してたもれ」
今、なんて言った?
なんでそうなった!?
僕だけじゃなく、この場にいる全員が耳を疑っていた。
「あの、それはどうしてでございましょう?」
それでも佳苗ちゃんが、一番立ち直るのが早かった。
静まり返った中、おずおずとそう聞く。
僕たちは耳をそばだたせて、旦那のお母ちゃんの説明を待った。
「簡単なこと。
四郎の侍の意地、止められる者はいますまい。
たとえ常世の方が止めたとしても折れぬ。それが侍というもので、そうでなくてはならぬ道理もございましょう。
しかし、ひさ。
その意地に付き合って、娘のひろともども路頭に迷うことはない。ましてやひさは、常世の方に必要とされる身ではないか。
こう見えてこの婆は、四郎にそろばんを手ほどきした身。四郎がいなくとも、常世の方の店になんの障りもありませぬよ」
それってつまり、離縁したら実の息子の方を追い出して嫁と暮らしたいってこと? 「はずれ屋」の経理もしてくれるってこと?
でもって、村の子どもたちに教えていたのは、そろばんもだったりしたのかな?
で、これに慌てたのが旦那だった。
「母上、これはどういう……?」
「黙りゃ。
この母は、四郎、お前のためを思えばこそ、こう言っている。
この母が止めたとて、お前は仕官への道、思いとどまらぬのであろう?
それは仕方なきこと。また、小なりとはいえ武家の端くれ、家を存続させるは当代の務めじゃ。
しかし、首尾よくことが運ばなかったとき、四郎は実の娘のひろをどうするつもりか考えておるのか?
一家で路頭に迷うか?
そうなったら、嫁にも出せまい。
母はお前を、その柵から放ってやろうとしておるのじゃぞ」
……貞享の世としては、すげーこと考えるのな、このお母ちゃんは。
僕と是田、またアイコンタクトだけでお互いになにを考えているのかわかってしまった。こういうの、ホントに嫌。
せめて、是田が同世代の女子だったらよかったのに……。
でもまあ、わかってしまうのは当然で、なぜならこのお母ちゃんの考えていること、僕たちの時間ではよく見るからだ。……借金対策とかで。
つまり、偽装離婚だな。
これでいてこのお母ちゃん、やたらと強かだってことだ。
家計を別にして、貧乏な旦那と裕福な元妻と娘というのを両立させようと考えている。
で、決して口には出さないだろうけれど、会計担当として「はずれ屋」に入り込んで、おひささんに悪い虫がつかないように監視するつもりだろう。で、旦那が仕官に失敗したら元鞘に納める。これで、旦那が先々路頭に迷わないようにって、保険も掛けていることになるんだ。
で、旦那が仕官に成功したら、おひささんを説得して元鞘に納めようとはするけれど、だめだったら新しい妻になる女性をどこかで探してくるぐらいのことは考えているだろう。
ひろちゃんが女の子だから、お家の相続について問題は生じないしね。
うーん、人とはそれぞれの思惑で動くものとは言え、お母ちゃんにとっては、僕たちも「はずれ屋」も駒の一つなんだな。
ちょっと悔しいぞ。
まぁ、侍の家の長老とも言うべき女性としては、こういう打算に抵抗はないのかもしれないな。ってか、こういう事を考えなきゃと、義務感すら持っているかもしれない。
まあ僕たち、今さらこういうのには別になにも感じない。
法律とか制度ってのは弱者の味方ではなく、知っているものの味方だってのを日夜体感しているからね。江戸の世の柵だって同じだ。知っていて利用できる者が強いんだ。ただまぁ、ちょっと引きはするけれど。
ただ、釘だけは刺しておこうかね。
この場でお母ちゃんに、すべて寄り切られるわけにはいかない。主導権だけは持っておかないと、これからの「はずれ屋」での金儲けもできなくなりかねないどころか、いつの間にか経営を乗っ取られているなんて可能性も生じる。
おひささんと佳苗ちゃんがシイタゲられるのも避けたい。
「ご母堂の考え、よくわかりました。
これは常世では珍しきことではなく、ただ事態が人智を超えること多々ありて、とだけ申し上げておきましょう」
僕の言葉に、お母ちゃんはつと眉を寄せた。
「常世ではこのようなこと珍しくはない、と仰られる。
人智を超えるとは、例えばどのようなことが?」
「頭で考える理と人の心は別のものにて、時の流れが立てば立つほどに当初の見込みから遷ろい、かけ離れたものになるのでございます。
それぞれの欲は、それぞれの行動を呼び、そこに外からの事情が絡みますから、江戸と大阪に引き離されたり、方や富豪方や野垂れ死などという例もございます。
ま、有り体に言えば、新しくできた人との柵、地震などの天災、明暦の大火のような災害が起きただけでも、人と人とは引き剥がされる弱き悲しいものでございます。
そもそもでございますが、一度は丸く治まった越後高田藩のお家騒動、上様御自らが再び乗り出して改めてのお裁きになった上でのお取り潰し、想像できた者はいらっしゃらなかったはず」
具体的なことが言うといろいろバレそうで、どうしても説明が抽象的になるな。
でも、最後の例は効いたみたいだ。
偽装離婚、えてして元サヤにならないって見てましたねぇ。




