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時空系公務員の受難  作者: 林海
僕たち、江戸の置き去り……
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閑話休題 法整備、その後


 この法改正により、過去の拷問によって殺された思想家、政治家の救済や大量虐殺の抑止どころか、極めて些細な事件までが手を差し伸べられる対象となった。

 ホットなジャンルは、法律もどんどん改正されていくんだ。

 ただ願わくは、自分の所管するところはホットであって欲しくはないんだけれど。

 改正された法律を、それに付随する規則や施行令に至るまで完璧に覚えるのは、これでなかなか大変なんだ。


 ただし、「人道的時間改変計画書」の実行性を担保するために、「時間整備局」は「時間整備改善法施行規則」第五条第二項に基づいて、具体的な時間跳躍手段と跳躍後の実行手段の確保がされていることの証明を申請者に求めることになった。具体的には、一定額以上の「資力の証明」だ。

 これにより、銀行の残高証明書の額が多い者しか時間改変はできなくなった。


 裏を返せば、金があれば歴史は変えられるということになる。

 僕、雄世(およ) 比古志(ひこし)の所属している、時間整備局時間整備部時間整備課時間は改善四係の面々は、法改正後のガイドラインまでの「四段表」に目を通して天を仰いだ。

 同僚の、といっても、2つ歳上の是田(これだ) 芽太(めいだ)に至っては、「四段表」のプリントアウトの束を読みながら何度も机に叩きつけた。


 たしかに大人げないニワカな的外しではあるけれど、是田は決して荒っぽい人間ではない。それだけの、「どうしようもない」としか言えないような法改正だったのだ。


「四段表」とは、「改正時間整備改善法」、「改正時間整備改善法施行令」、「改正時間整備改善法施行規則」、「時間整備改善にともなう人道的判断に関するガイドライン」の各法を一段ずつ横軸に、各法の条文のつながりを四段の縦軸に串刺しに書き、理解しやすくしたものだ。

 法体系によっては三段表にもなるし、五段表にもなる。

 なんらかの法律を所管する公務員職場では、必ず用意されているありふれたものだ。


 改正後の法体系では、どれほど恣意的な内容の「人道的時間改変計画書」による申請がされても、目的に「人道」という理屈がつけば、行政訴訟覚悟でないと不許可にできなくなった。法に「許可せねばならない」と明記されたからだ。

 つまり、「商売敵の先祖を殺して市場を独占したい」なんて目的が見え見えの計画であっても、おざなりでも人道的言い訳が書いてあれば止めようがない。

 悪意ある申請者としては、その商売敵の非人道的行為を一例でいいから見つけ出せれば良いのだし、現代の価値観からすればそれは容易なことだ。100年も遡れば、いくらでも非難できる事由は見つかる。


 そして、申請者はみな大金持ちだ。

 恣意的な「時間改変計画」を不許可にしても、「意思決定の経緯を示す公文書の開示請求」から、「不利益処分に対する不服申立て」まで、すべての手を使って対抗されるだろう。


 その上で、法理念が「許可することができる」から「許可せねばならない」に変更されている以上、僕たちの係に権限はあるようでいて皆無に等しく、行政訴訟を起こされれば、ほぼ敗訴が確定する。

 そして、敗訴が確定すると同時に、僕たちの個人としての破滅がはじまる。


 許可が遅れたことに対する損害賠償請求訴訟を、局を対象にではなく、公務員個人に対しておこされたら……。

 しかも、しがない一公務員に対して、数十億単位の請求額だったら……。

 最初の数例は、まだ保険が使えるかもしれない。

 僕たちはみな、「時間整備局」という組織が僕たち個人を守ってくれないことを想定して、自腹を切って公務員賠償責任保険に入っている。


 でも、敗訴とそれに伴う損害賠償請求が何例か続いたら、保険制度は成立しなくなる。

「時間整備局」は予算がないし、そもそも訴えられていないのだから組織として対応できない。

 そうなったら、僕たち個人としての公務員は、どこかの枝振りの良い木から首をくくってぶら下がるしかない。

 そして、二度と局は不許可の判断を出さなくなるだろう。

 これで、是田の怒りもわかってもらえるだろうか。


 そして、天を仰いだ理由はもう一つ。

 敵は身内にもいた。

 実質的にこの法律の運用を司る、ウチの時間改善四係の係長だ。

 彼女は極めて他人に厳しく、自分に甘かった。


 そして、(タチ)が悪いのは、「四段表」を徹底的に読み込んだ上で、法的な抜け道を突いて、恣意的な法解釈をして運用するということだ。


 法律の体系は、ほぼ必ず例外事例に対する規定を含む。

 つまり、「人を殺すのは絶対悪だが、正当防衛が成立するならばその限りではない」ということだ。

 その例外事例が細かく書いてあるのが「改正時間整備改善法施行規則」と「時間改善にともなう人道的判断に関するガイドライン」なのだが、そこに自らの欲望を形を変えて落とし込んでしまうのだ。


 係長とはいえキャリア組、歳を聞く勇気がある係員はいないけど、もしかしなくても僕より年下だ。「時間整備局」は、他の役所からも比較的独立しているから、このようなことが起きる。

 通常キャリアは、所属長級あたりで来るもんだけど、「時間整備局」は地方局みたいな付随する組織が極端に少ない。

 つまりポストも極端に少なくなるから、係長級にキャリアが来るなんてことになるんだ。

 そのかわり、「時間整備局」の給料表の運用は、他の組織とより係長級に対して甘いし、補佐級にもなっている。


 そうなると、「係長と係員」というと立場は近く見えるけれど、その距離は途方もなく遠くなる。僕が係長になるためには、定年間近までの遥かなる道のりが必要だ。

 主事、主任、副主幹、主幹、係長級発令を経てようやく係長なんだから。係長級発令のまま、係長になれずに定年になってしまう人も多いのだ。

 ましてや、補佐が付くまでなんて、絶対ムリだ。


 

 ウチの係長、普段は目付きの悪い女盗賊みたいな顔をして仕事をしているけれど、猫をかぶれば人類200歳時代、見た目は少女にすら見える。

 それが僕たちのパワハラ上司、時間改善四係、補佐兼係長の芥子(けし) 花蘭(からん)だった。


法律は、知っている人間の味方なのです。


決して、弱者の味方ではありません。

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