第67話 なんとか回収
……これで、生宝氏が窒息死したら、みーんな僕のせいにされるんだろうなぁ。
復命書と始末書で、僕が素早い対処ができなかったからとか、係長に書かれちゃうんだろうなぁ。
殺される心配していたら、殺人犯にされちゃうとはね。
なにを言っているのかわからねーと思うが、僕もなにをされたのかわからなかった。もっと恐ろしいものの片鱗を味わ……。
何度目かの、それこそ何度味わっても慣れることのない絶望でまたもや手が震えだした時、僕の視界いっぱいを何かが占めた。
「回収しとけ。
生宝さんと一緒にな」
って、またもや係長の声。
あ、生宝氏の時間跳躍機、静止軌道待機だったのかぁ。
手を伸ばしたら触れるところにハッチがある。
これなら、いけるっ!
生宝氏を手放したマニピュレータが、生宝氏の時間跳躍機を固定する。
僕と生宝氏の周囲には、6本のマニピュレータが取り囲んでいて、命綱を外してもなんの不安もない。
僕、今度は安心のあまり震えだした両手を握ったり開いたりして、コントロールを取り戻そうとした。
そして、なんとか生宝氏を連れて、30秒で生宝氏の時間跳躍機に潜り込んで機内の気圧を戻した。
ああ、空気が美味い。
生きているって、素晴らしい。
単にだだっ広いだけの宇宙より、人工の時間跳躍機の中の方が美しいっ。
……くっそ、内装に金が掛かってそうな時間跳躍機だなっ。
生宝氏、完全に気絶しているけど、呼吸は取り戻せている。口髭が鼻息でそよぐの、見ていてむちゃくちゃ腹立たしい。
ひょっとして係長、生宝氏の抵抗を封じるために、こうやって気絶させたのかな。
生宝氏の時間跳躍機の回収も兼ねて。
だとしたら、やっていることに無駄と容赦がなさすぎて怖いわっ。
通信機能をオンにして、静止軌道の隣りにいる芥子係長と是田が乗っている時間跳躍機と回線をつなげる。
くっそ、くっそ、金があるっていいなあ。
芥子係長と是田の声、すぐ横にいるように聞こえる。カー・オーディオも良いのを積んでいるんだろうなぁ。
是田が話している。
「……つまり、こういうことですよね?
僕たちがカレーうどんという、その時間にありえないものを作れば、生宝氏たちが様子をうかがいにくる。その際に、身柄を確保するって作戦だってことでしょう?」
「そうだ。
江戸に3人体制で来るのはわかっていた。
1人以上は必ず大奥にいる。だから、これだけで彼らの連携を分断できるし、身柄の確保も容易だ」
なるほど。
「たとえ最後まで大奥に生宝氏が残ったとしても、時間跳躍機のオペレーターと連携がとれなければ、恐るるに足らずということですね。退路が断たれてしまえば、綱吉暗殺にも踏み込もうにも踏み込めない、と」
と、これは僕。
「そうだ。
カレーうどんが、時間跳躍者によるものかどうか確かめるためには、食べに行くしかない。そして、食べるとなれば、身体を運ばねばならない。
つまり、これが時間跳躍機からオペレーターを引きずり降ろす手段だった。
彼らの時間跳躍機はそれなりに改造されていることが見込まれていたから、リスク軽減のために、オペレーターはなんとしても引きずり降ろしておきたかった」
あ、なるほど。
時間跳躍機のモニターでも、味や香りはわからないもんな。「はずれ屋」に来るしかないわけだ。
で、そのために安売り攻勢させたのか。
カレーうどんのことが連中の耳に入りやすくなるし、時間跳躍者によるものか確認しようと考えたとき、「食べに行く人が多くて目立たなくて済む」と、そうも考えさせたんだ。
それに、だ。
そもそも異世界無双を経験するために、江戸でカレーうどん作りに来た人間が、過酷な労働を伴う安売り攻勢を積極的にするわけがない。そのあたりだって謎と思わせることと、時間跳躍してきた人間の商売ではないかもと、思わせることができたんだろうな。
って、そもそも可怪しくないか?
そのために、僕たちがカレーうどんを作るようにことの始めから誘導し、仕向けて、僕たちを置き去りにしたとでも言うんだろうか?
それはいくらなんでも、ありえなくないか?
偶然の要素が高すぎて、納得できない。
そう僕の頭の中に渦巻いている疑問への思考は、係長の言葉が続いたせいで分断された。
「また、生宝氏に、時間跳躍機を操作させて元の時間に戻るのは、職員が同乗していてすらリスクが高すぎた。かといって、我々だけでは生宝氏の時間跳躍機に乗り込むことすら、機器セキュリティが働いて難しい」
「だから、気絶させたんですね。
そして、生宝氏の身柄があったからこそ、あの時間跳躍機のセキュリティは働かず、僕まで問題なく乗り込めた」
僕、係長の言葉を引き取って話してしまう。
自分の取った行動だから、な。
そうだよ、僕一人だけだったら、あの時間跳躍機のドアは絶対開かなかった。生宝氏の自動生体認証があったから、簡単に入り込めたんだ。
……とは言っても。
やっぱり、洒落にはならねぇな。
僕、結局、死神の一歩手前で踊っていたってことに変わりはない。
そりゃあさ、係長の言う手段以外で、静止軌道上の生宝氏の時間跳躍機を回収する確実な手段はないんだけれども。
「そういうことだ、雄世」
「そのために、いきなり真空の宇宙に人を放り出すなんて……」
「生宝氏、ECMスーツのお陰で無事に連れ帰れたんだから、問題はない」
くっ……。
言いたいことは山ほどあるけれど、どう口に出しても勝てる気がしない。生宝氏は無事。この事実の前には、僕はなにも言えない。
言うとしたら次長か所属長が苦言を呈すんだろうけど、これはダメだ。あの性格の悪い次長が、性格の悪い者同士で、係長の側に立たないはずがない。
てか、人って頑丈なんだなぁ。
いくら軍用NBC対応ECMスーツを着込んでいても、宇宙空間に放り出されたら、即破裂して死ぬもんだと思ってた……。
鼓膜とかは別として、いきなり目の玉が飛び出たりはないようですねぇ。
人とは強いものです。




