第66話 初めてのEVA
再び響き渡る、キ○ーティー・ハニーのオープニングテーマ曲。
うんうん、素晴らしい嫌がらせだなぁ。
再びわたわたと焦る生宝氏に、武装した奥女中たちが殺到する。
ついに生宝氏、音を止められないまま鶯張りの廊下を走り出した。
可哀想に、ECMスーツの内側にしまい込んだ情報端末、投げ捨てることもできなかったんだねぇ。
生宝氏、必死で右へ左へ走り回った挙げ句、ついに建物の外に飛び出してきた。
さすがに姿が見えない相手を、奥女中さんたちもぎりぎりで追いきれなかったみたいだ。ま、姿が見えないのに、足音と得体のしれない音楽だけが走っていくってのも、気味が悪くて追いきれなかったよね、やっぱり。
「是田っ!」
すかさず、係長の指示が飛ぶ。
「はいっ」
是田がすかさずマニュピレータを操作する。
昆虫にも見える時間跳躍機の6本の足が、生宝氏を抱え込んだ。
次の瞬間、キ○ーティー・ハニーのオープニングテーマ曲にドップラー効果がかかって、僕たちは上野寛永寺裏に戻っていた。
とりあえず、任務完了ってことでいいのかな?
これで、帰れるのかな?
酷い話だ。
こんな酷い話、あるのか?
とりあえず僕たちは、断固として次の係長の指示、上野寛永寺裏に着く早々の「時間跳躍機を降りろ」ってのを拒否して、座席の背もたれにしがみついた。それこそ係長がなにを言おうと、来ている着物の後ろ襟首を引っ張られようが、背もたれに貼り付いてあわびのように貼り付いた。つまり、日本語が変になるくらい徹底して貼り付いたんだ。
係長の目に殺気が満ちたけど、殺すなら殺せぇ!
自分の時間に帰れるまで、絶対にこの手は離さないぞっ!!
すったもんだの挙げ句、業を煮やした係長はタッチパネルの操作を始め、時間跳躍機が作動し始めたんでなんとか自分の時間に戻れたんだと思ったら、外に見えるのはアースライト。
って、ここ、静止軌道かよっ!!
……初めての宇宙、こんな形で来たくはなかったなー。
「降りろ」
あらためての係長の指示に、背もたれに全身で張り付いたまま是田はへらへらと笑った。
すでに、目の焦点は合ってない。
僕も、はははと笑う。
僕たち、ちょっと壊れだしちゃっているのかも。
こんなことなら、上野寛永寺裏で降りておけば良かった。
「ここ、静止軌道でしょ。
このまんま、ずっと地球の周りを回ってろってことですか?
絶対ここから動くもんかぁ!!」
「そうだ、そうだっ。
やれるもんならやってみろっ!!」
僕、座席の背もたれに改めて抱きついて、そう叫んだ。
……今の、今回の出張での、僕の失言の最大のものかもしれない。
係長の表情が、怖いものに変わった。
座席に抱きつく僕の手の小指を握ると、一気に僕を引き剥がした。渾身の力を込めて座席の背もたれに抱きついていたはずなのに、なんでこんなに脆いんだ……。
そして僕、なんで「やれるもんならやってみろっ!!」なんて言っちゃったんだろう?
こんなん言えば、やられるの、当然じゃんっ。言わなければ、僕じゃなくて是田がこの目に合っていたはずなのにっ!
僕はそのままエアロックに放り込まれて、がっちゃんって音とともにドアが閉まった。
そして、外側ドアの開放まで1分と表示がされて、秒読みが始まった。
僕、全身から恐怖の汗と焦りの汗を吹き出させてきょろきょろし、備え付けの気密服が掛かっているのを見つけて、わなわなと震える手で必死に着込んだ。
焦りのあまり、訓練の倍も時間をかけてようやく着込むことができて、って、1回しか訓練もしてないけどなっ。
で、ヘルメットを被るのと外側のドアが開き出すのが同時。
ああ、宇宙は無限に広くて綺麗だなぁ(現実逃避)。
そこへ、ヘッドレストを通じて係長の声が響いた。
「生宝さんのところへ行け」
ああっ、忘れていた!
そうだ、あの人、最初っから時間跳躍機の外じゃん!!
むき出しのままで静止軌道へ空間移動って、マジかよっ。死んでなきゃいいけど……。
僕、彼を助けるために、時間跳躍機の外側からマニュピレータの付け根に向けて必死で進んだ。
なんで僕、こんな船外活動やっているんだろ?
こんなの、研修のときに、時間跳躍機の性能説明のビデオで見ただけで、ぶっつけ本番にも程があるぞっ。
しかも、僕の頭、まだ銀杏髷を結ったままだ。
ちょんまげで船外活動やったの、たぶん、世界で僕が最初で、たぶん最後だ。
生宝氏、大丈夫かな、生きているかな。
生身のままの人を宇宙空間に連れ出すって、つくづく鬼だな、係長。
あ、最初っから鬼だったな。
うん、知ってた。
それでもさ、いくら死刑になる生宝氏でもさ、ここで僕たちが殺しちゃマズい。絶対マズい。ダメ、絶対。
だからって、僕が死んだらもっとマズい。僕の命は僕のもんで、僕しか持っていない貴重なものなんだからなっ。
頭ん中、支離滅裂に思考が錯綜しちゃっているなぁ、今。
それでも、ようやく6本のマニュピレータの付け根まで這い進み、生宝氏を見つけた。
真空で破裂していないかなって、紫外線や宇宙放射線で焦げてないかなって、おそるおそる視線を向ける。僕、グロ耐性はないんだ。
って近づいてみれば、ああ、ECMスーツ着てたのか。
これは基本軍用だからね。BNC対応だし、短時間なら宇宙でも大丈夫だなぁ。だから、係長、こんな乱暴なこと決断したんだな。
ただ、ボンベを積んでいるわけじゃないから、それこそ長くは保たない。
スーツの内側に残された自分の体臭のする空気を吸っても、息を止める1分を足し、気絶してからの2分を足しても、保つのは5分がせいぜいだろう。
それで係長、焦っていたのかな。
なら、言ってくれよー。
そう頭の中でぶつくさ言いながら、気絶して動かない生宝氏と自分を離れないように固定して、タイマーを見る。
あ、もう、5分、過ぎちゃうぞ。時間跳躍機はそんなに大きくないけど、不慣れな僕が、生宝氏を抱えたまま素早く動けるはずもない。これからの3分で戻れたとしても、その時間は生宝氏にとって致命的だ。
エアロックに連れて戻る時間の間に、きっと生宝氏は死んじゃう……。死ななくても、重度の脳障害が残るかも……。
生宝氏が死んじゃうっ!!




