表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空系公務員の受難  作者: 林海
僕たち、江戸の置き去り……

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/203

第8話 公務員の最終手段


 僕たちは立場上、たとえ肉体を鍛え抜いていたとしても戦えない。でも、戦えないからこその、戦い方ってのがある。

「貧弱っ!」なんて言われようともね。


「ちょ、ちょっと待て!」

 おお、女衒の男、焦りまくっているな。

「早くしないと燃え広がるぞっ!

 野火だ、野火だぞう!」

 焦りまくる女衒をよそに、是田は叫び続ける。

 僕は、大げさに痛がって転げ回る。それこそ、伝説のサッカーの選手みたいに、だ。


 目につく限りの人家、まぁ、農家しかないんだけど、そこからわらわらと人々が飛び出してきた。

「どうしたっ!?

 火事はどこだっ!?」

「怪我をしているのか?

 大丈夫か!?」

 うん、みんなむちゃくちゃ殺気立っているなぁ。


「通りがかりの男に、いきなり連れが殺されかけた!

 火縄を持っていて、怪しい奴だ。

 火付けを企んでいるぞ!」

 是田の叫びが続く。

 うん、なに一つ嘘は言っていない。

 旅をするときに火縄を持ち歩くくらい、誰でもしていることだ。なのに、こういう言い方をすると意味が変わるよね。


 さらにわらわらと壮年男子だけでなく、老爺、老婆までが家を出て元気に走り寄ってきた。


 女衒の男、真っ青になった。

 このままいけば、袋叩きにされて殺されかねないからだ。

 良くも悪くも、私刑が治安を守っている側面は否定できない時代だ。あらぬ疑いを掛けられたら、私刑による死刑になってしまう。しかも、証言者の数は3人対1人だから、女衒に勝ち目はない。

 娘買いの証文なりを見せて、一発も殴られずに切り抜けられるかは、五分五分以下だろう。

 でも、ま、たぶん、それも上手くは行かない。

 なぜならば……。

 

 逃げ出そうとした女衒の肩に是田は手を掛け、ざらざらと7両分の小粒を握らせた。

「いきなり殴られたことに嘘はない。

 出るところへ『畏れながら……』と、訴え出たっていいんだ。

 でもって、2両の儲けがあるんだから、これで忘れろ」

 そう囁き、油紙にくるまった証文を、するっと女衒の男の手から取り上げる。

 でもって、証文を懐にしまい込んだ動きのままに、「痛えっ」と僕と同じく地面を転がる。

 ま、是田も殴られたということになるな。


 それを一瞬呆然と見つめたけど、女衒の男、一目散に走って逃げ出した。

 うん、判断が早くて賢いな。

 そのまま、ここの住人たちと追いかけっこが始まったけれど、僕と是田は結果を見ることなく、娘を促してこの場から逃げ出していた。

 僕たちにしたって、あとでここの住人たちにも説明しにくいからね。

 逃げるが一番だよ。



 僕たちの全財産は、10両からたった3両に減ってしまった。

 替わりのこの娘は救えたけれど、だからってどうしようもない。僕も是田も、法律に反してまでこの娘を抱くとか考えてないし、ましてや再度転売する気なんかさらさらない。

 本当なら、庇わずに女衒にこの娘を渡してしまえばよかったんだ。


 ただね……。

 許認可系の仕事をしている公務員の血が、反社っぽい仕事の相手に対して自動的に反応してしまったんだ。

 なんといっても、旧日本から受け継いだ刑事訴訟法第239条第2項には、「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」ってあるからね。どうしたって、彼らを見る目は厳しくなるんだよ。


 で……。

 ぶっちゃけるけれど。

 たちの悪いクレーマーに何年も粘着されることがあって、それをぴたりと終わらせる最終手段がこれだった。

 あえて殴られること。

 その一部始終はすべて記録し、警察に介入してもらうこと。

 その上で、「穏便に済ます」相談をするんだ。


 ま、実際には、そこまで行くことはまったくと言っていいほどない。

 でもね、そういう相手と話しに行かねばならない時は、一番若い僕が「もしもの時の殴られ要員」をなんとなく押し付けられる。

 ああ、早く後輩が入ってこないかなって思うよ。


 で、これ、半ばは冗談なんだけど、それでも許認可の仕事をしている公務員の誰もが心の底で覚悟はしていることだ。

 殴られないまでにしても、メジャーリーグのプロ野球の審判への抗議みたいな嫌がらせは割りとあることだからね。


 だから、今回の僕と是田との連携はぶっつけ本番だったけど、元々の想定がなかったわけじゃないから、ひとまずは切り抜けられたんだと思う。



 まぁ事件は起きてしまったけれど、暗くなる前に内藤宿に着きたかったので、僕たちはさっさと歩き始める。

 でも、正直言って、草鞋(わらじ)は痛い。靴ってのは、すごい発明だと思うよ。水虫の危険はあるけど、かゆいのと痛いのとの二択だったら……、あれっ、やぱり草鞋かなぁ。


 でもって、同行することになったこの女の子、足は強い。

 疲労なんて知らないんじゃないだろうか。

 僕たちよりも背が低く、その分歩幅だってとれない。つまり、僕たちよりもたくさん足を動かしているはずなのに、そのスピードはかなりのもので、僕たちの方が置いていかれそうだ。

 ただ、さっきの「貧弱っ!」っての、僕は根に持っているんだ。

 単に歩くだけのことで、負けてたまるかっ!!

 

警察沙汰、はい、そうなるともう、大騒ぎです……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ